東方狐答録   作:佐藤秋

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第六十五話 博麗神社にて②

 

「霊夢、濡れタオル持って来たぞー」

「……熱い……」

「ああ、服はちゃんと着とけ。そんで布団はしっかり被る」

「……うー……」

 

 

 

 霊夢と一緒に眠った次の日の朝、俺は顔を赤くして(うな)されている霊夢の姿を発見した。どうやら熱を出しているらしく、額を触ると少し熱い。布団を捲って見てみると、かなり着物がはだけていた。

 ……これはあれか。俺が近くにいたせいで暑くて少し着物を緩めて、結果寒くて風邪を引いてしまったパターンか。

 なんてことだ、完全に俺のせいじゃないか。過失割合は本人も納得の10対0、俺がいたせいで霊夢は風邪を引いてしまった。

 

 俺は霊夢の体にうっすら流れる汗を軽く拭き、乱れた着物を着なおさせる。そして霊夢に「ちょっと待ってろ」と一言告げ、タオルを濡らして戻ってきた。

 

「霊夢、大丈夫か?」

「……頭痛い……」

「……ごめんな」

「……は? なんで真が謝るのよ」

 

 霊夢の額に濡れタオルを乗せながら謝ると、霊夢はキッとした目で睨んできた。俺は霊夢に布団を掛け直しながら続きを言う。

 

「なんでって…… 俺が邪魔だったから、変に暑くなって風邪引いたんだろ?」

「ああそういう……」

 

 布団を霊夢の肩まで掛けて、十分熱を逃がさないようにする。少し熱いかもしれないが、風邪はたくさん汗をかいたほうが治りは早い。風邪薬などで中途半端に熱を下げたら、そのぶん治りが遅くなってしまう。

 

「(……真はどういう思考回路してんのかしら? 真に抱きしめられたせいで体が熱かったのは事実だけど、そこから帯を緩めてだらしない格好になって風邪を引いたのは自業自得なんだけどなー)」

「だから、風邪引いてる間は俺がなんでもしてやるからな」

「(……ま、いっか。役得役得)……そう。好きにしなさい」

「うん。なんでも言ってくれ。一人になりたいなら出て行くから、用ができたら式神で連絡を」

 

 そう言いながら俺は懐から紙を取り出し、ひらひらと指に挟んで霊夢に見せる。このあいだ藍に教えてもらったばっかりの式神だ。少し応用できるようになり、こういう形で使うこともできる。

 

「……別に、真はここにいて…… あ、萃香の朝ごはん作らなきゃ……」

「ん。俺が作ってくる」

 

 起き上がろうとした霊夢の頭を押さえる。風邪が治るまで霊夢には安静にしてもらう、何のために俺が何でもするって言ったと思ってるんだ。

 

 俺は霊夢に安静にするよう再三言って、部屋を出て萃香の朝食を作りに行った。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 萃香は昨日の夜と同様、縁側で気持ち良さそうに眠っていた。ならば起こすことはないと思い、朝食を適当に作って部屋に戻る。その際にいろいろ必要になるだろう物を、変化で木の葉に変えて持っていくことにした。

 

「霊夢、戻ったぞ。萃香のヤツまだ寝てた」

「……そう。昨日も遅くまで飲んでたみたいだしね」

「霊夢は朝飯どうする?」

「いらない。食欲無いから」

「そっか。じゃあもう少し後に食べような」

 

 寝ている霊夢の横に腰を下ろし、霊夢の額に乗っているタオルに手を当てる。急いで濡らしてきただけなので既にもう(ぬる)い。俺はその濡れタオルに術をかけ、冷たい状態に変化させた。変化の術にはこういった使い方もできるのだ。

 

「あ……ひんやりして気持ちいい……」

 

 霊夢の表情が少し穏やかになる。俺はそのままタオルに触れて冷たくなった手を、霊夢の頬に移動させた。

 

「……熱い」

「……冷たい」

 

 霊夢の顔から発する熱が、俺の右手に流れ込んでくる。少しだけ冷たくなっていた俺の手は、あっという間に元の状態に戻ってしまった。

 

 俺は今度は自分に変化の術をかけ、両手を冷たい状態にする。太陽の手ならぬ北風の手だ。俺は改めて両手を霊夢の頬に当てる。

 

「……」

「……」

「…………えいっ」

「……ひょっほ、ひゃにひて……」 

 

 不意に霊夢の滑らかな頬をつねりたい衝動に駆られ、指で挟んで両側に向かって引っ張る。期待通りの柔らかさだったが、普通に霊夢に怒られた。

 

「……すまん」

「……謝る気無いでしょ。なんでまだつまんでるのよ」

「いや……霊夢の頬の感触が気持ちよくて」

「やめてよ、変な顔になるでしょ」

「え? 別にかわいいぞ?」

「--っ!」

 

 霊夢の顔は整っているので、少し引っ張った程度でも全然かわいい。まぁ美的感覚なんて人それぞれだし、俺の場合は身内びいきを無意識にしてるのかもな。

 それより、病人の顔で遊ぶものではない。俺の無神経な行動のせいで、霊夢の顔がまた少し赤くなってしまった。

 

「……こんなことしてたら悪化するな」

「本当よ……」

「すまん。お詫びになんかするから」

 

 名残惜しいが霊夢の頬から手を離し、霊夢に向かって頭を下げる。今日の俺は謝ってばっかりだ。

 

「……じゃあ膝枕して」

「え?」

「膝枕。さっきから枕が熱いのよ」

「あ……それだったら変化で氷枕に変えれば……」

「膝枕!」

 

 なんだろう、霊夢が少し怒ってる気がする。ここは素直に従っておこう。

 膝枕か……正座は嫌いだからあぐらでいいだろうか。耳掃除したときもあぐらだったしいいと思う。

 俺は霊夢の枕元に座りなおし、枕をどかして霊夢の頭を俺の脚に改めて乗せた。

 

「こ、これでいいか?」

「……うん」

 

 霊夢が満足そうに目を閉じる。どうやらもう怒ってないようなので一安心……なのだが、どうにもこの体勢はまずいな。霊夢の顔が真下にあるせいでどうしても触れてみたくなる。また頬に触れるのも悪いし……髪なら大丈夫だろうか。俺はおずおずと、霊夢の髪に両手を伸ばした。

 

「……」

 

 俺の指の間に、霊夢の黒髪がさらさらと流れていく。しかし霊夢は目を閉じたまま何も言わない。そのまま俺が頭を撫でるのを享受しているようだ。

 

 しばらくの間、部屋の中を沈黙が支配する。霊夢は眠ってしまったのだろうか。

 

 ゆっくりと霊夢の頭を撫でていると、襖を開ける音が静寂の中に現れた。

 

「おいすー。霊夢元気ー?」

「ん、萃香か」

「……あら、お邪魔しちゃった?」

「いや、別に。ただ霊夢が寝てるかもしれないから静かに……」

「……起きてるわ」

 

 萃香が部屋の中に入ってくる。あまりうるさくしないように自分の口に人差し指を当てようとしたら、霊夢がゆっくりと目を開けた。

 

「やっほー霊夢。やっぱり風邪?」

「……やっぱり?」

「朝ごはんがお粥だったしさー。霊夢も真もいないから、あぁこれは何かあったと思ってね」

「……お粥、作ってたの?」

「まぁ、な」

 

 俺は自分の頬を人差し指でポリポリと掻きながら答える。お粥は萃香の朝ごはんを作りに行くときに作ったものだ。さっさと霊夢のところに戻ろうと思っていたので、霊夢と萃香二人分の朝飯を別々に作らずに萃香の朝飯もお粥にした。

 

「……言ってくれたら食べるのに」

「いや……食欲無いなら、無理に食べさせる必要も無いと思って」

 

 それに俺には変化の術がある。霊夢が食べたいと思ったときにすぐに出せるよう、あらかじめ作っておこうと思ったのだ。先に作ることで出てくるデメリットは特に無い。

 

「……じゃあお腹空いたから今から食べる。飲み物もちょうだい」

「そうか。飲み物は水でいいか? なんなら冷たいお茶も……」

「霊夢、お酒あるよお酒」

 

 萃香が持っている瓢箪を霊夢に見せびらかす。どうやら昨日の夜こっそり飲んだのはバレていないみたいだ。

 

「馬鹿野郎、病人に酒を飲まそうとすんな」

「なにー? 酒は百薬の長なんだぞ!」

「知らん。自分で飲め」

「ちぇー」

 

 萃香が瓢箪に直接口をつけてそのまま飲む。さすがに本気で飲ませるつもりは無かった……と信じたい。しかし酔っ払いは何をしでかすか分からないため、萃香のことはしっかり見張っておこうと思う。

 

「お水ちょうだい」

「ああ」

 

 霊夢が布団の中から上半身だけ起こして一息つく。よかった、霊夢も酒が飲みたいとか言い出さないで。風邪を引いているときに酒を飲むなんて悪化するとしか思えない。

 俺は懐から木の葉を二枚取り出し、それぞれコップ一杯の水と茶碗一杯のお粥に戻した。まずはコップを霊夢に手渡す。

 

「…………っぷはー」

 

 霊夢がコップの水を一気に飲み干す。普段水はあまり携帯していないが、今は霊夢のためにストックしてきたので再度注ぎに行く必要は無い。

 俺は空のコップを受け取って、そのままコップをレンゲに変化させた。

 

「萃香、どうだったお粥は」

「美味しかったよ。宿(ふつか)酔い明けの朝にピッタリだった」

 

 じゃあまた酒を飲んでるんじゃないとか萃香は酒気を散らせるだろとかそういう突っ込みは置いといて、美味しいと言ってくれたなら及第点だ。俺はレンゲでお粥を軽くかき混ぜる。作りたてのものをすぐに変化させたからまだまだ熱い。もう少し冷めてから変化させればよかったと思いながら、レンゲに掬ったお粥をふうふうと冷ます。

 

「ほら霊夢、口開けろ」

「ちょ、ちょっと……さすがに恥ずか……」

「あーん」

「……あ、あー……」

 

 霊夢が軽く開けた口に、お粥をそっと差し込んでいく。ふふん、こう見えて介護経験は何度かあるんだ、妹紅とか藍とかでな。そのままレンゲを滑らせるように、閉じた霊夢の口から引き抜いた。

 

「熱くないか?」

「はふ……ふぁいほーふ」

 

 霊夢が口から湯気を出しながら返事する。霊夢は猫舌ではないようなので、舌の先に触れなければ少しくらいの熱さは大丈夫みたいだ。俺は再びレンゲにお粥を掬い、息を吹きかけて冷ましていく。

 

「ちゃんと噛んで食えよ」

「ふぁーい」

 

 柔らかいお粥は病人食の代表だが、実は消化吸収にはあまりよくない。きちんと噛んで食べないと、唾液が出ず炭水化物が分解されないのだ。霊夢を急かすことが無いよう、飲み込むのを見届けてから次の一口を差し出す。

 

「いいなー霊夢。真、私にも一口」

「萃香はもう食べただろ」

「食べさせてほしいの! あーん」

「……ほらよ」

 

 霊夢の隣で口を開ける萃香にも、一口だけお粥を分けてやる。子どもなのは見た目だけにしてくれよ。萃香も俺と同様病気になったりはしないので、こういったことが少し羨ましいのかもしれない。

 

「……うまい!」テーレッテレー

「あー、私の……」

「大丈夫、霊夢の分はまだあるからな。おかわりが欲しかったら言ってくれ。味に飽きないように梅干とか鮭とかも用意してある」

「酒?」

「鮭」

 

 萃香が布団の霊夢のいない部分に寝転がる。そういえばここ俺の部屋だ、使ってる布団も俺のもの。今夜も霊夢はここに寝るだろうから、一体俺はどこで寝ようか。そんなことを考えながら、霊夢に続きを食べさせた。

 

 

 

 

 霊夢がお粥を食べ終わってから、霊夢のことは萃香に任せとりあえず食器を洗いに行く。萃香に、霊夢に酒を飲まさないように念押ししておくのも忘れない。

 

 食器を洗って戻ってきたら、霊夢はちゃんと横になって安静にしていた。

 

「……寝るわ」

「ああ」

「……手、握ってて」

「分かった」

 

 布団の上に出された霊夢の右手を手に取ると、霊夢は安心したように目を閉じる。霊夢の額にある濡れタオルに改めて変化の術をかけ冷たくすると、俺は小さく「おやすみ」と呟いた。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 昼過ぎくらいになり霊夢が目を覚ます。萃香は結構前にこの部屋を出て行った。来客が来たら萃香に対応してもらおう。

 たくさん寝ることで汗をかいたからか、少しだけ顔色がよくなった気がする。

 

「よ。少しは元気になったか?」

 

 目を開けた霊夢を上から覗き込んで尋ねてみる。まぁ元気になったと答えても、最低今日一日は安静にさせるつもりだが。

 

「……手、ずっと握っててくれたんだ」

「当然だろ」

 

 病気のときは誰かがそばにいると安心するし、少しだけ甘えたくなるものだ。妹紅の場合もそうだった。

 

「よし、汗拭くか。霊夢、上半身起こせるか?」

「え? い、いいわよ別に」

「よくない、そのままにして体を冷やしたらまた悪化する。ついでに汗で濡れた着物も着替えようか」

「ええー……」

 

 額に乗っているタオルと体の掛け布団をどかして、不満げな顔をする霊夢の上半身を持ち上げる。風邪で体がダルいのは分かるが、それも少しの我慢だ。それにその状態だと気持ち悪いだろ。

 

「ほら、脱がすぞ」

「ま、待って! ……自分で脱げる。だから後ろ向いててよ」

「? ああ分かった」

 

 霊夢に言われた通り後ろを向き、その間に体を拭くタオルを取り出す。ええと……どこに仕舞ったっけ。

 ……ああ、あったあった。懐から木の葉を取り出し変化を解いてタオルに戻す。それと霊夢の着替えだが、勝手にあさるのも悪いから変化で着物を作るとしよう。大きさはまぁ着物なら少し大きくても問題ない。

 

「霊夢、いいか?」

「まだ見ちゃ駄目! ……あっ」

「ん?」

 

 誰かが襖を開けて入ってくる音が聞こえてきた。俺は霊夢に言われて後ろを向いているため誰だか分からないが、霊夢からは見えるだろう。

 

「魔理沙……」 

「よっ霊夢。風邪引いたんだってな、見舞いに来てやったぜー。 ……なんだその格好」

「魔理沙が来たのか? 丁度いい、霊夢の汗を拭くの手伝ってくれ」

「汗? ああ、なるほどそういう……」

 

 魔理沙が近付いてくる音がする。霊夢の風邪は萃香から聞いたのだろうか、折角来たのなら邪険には扱わないでおこう。

 

「よっしゃまかせろ。ほら霊夢、ちゃっちゃと脱げ」

「ちょ、ちょっと魔理沙……」

「……よし。真、タオル寄越せ」

「ああ」

 

 俺の横に、魔理沙が霊夢の着ていた着物を放り投げる。もう振り向いてもいいと思い後ろを見ると、魔理沙が霊夢の足に馬乗りになっていた。

 

「ほら魔理沙、タオル」

「おー。さすがにこっち側を真に拭かせらんないもんな」

「霊夢、力を抜いてそのままの状態をキープな」

「…………」

 

 魔理沙と二人で霊夢の体を拭いていく。俺は霊夢の首周りから背中全体、それと腕を順番に拭いていった。

 

「……魔理沙、変なとこ触らないで」

「触ってないぜ。 ……それにしても霊夢、お前いつの間に…… 普段はサラシ巻いて隠してやがったな!?」

「ひゃっ!? ちょっとくすぐったいから……」

「む? 悪い」

「真に言ったんじゃない!」

 

 魔理沙の協力もあり、短時間で霊夢の体を拭き終わる。本当は温かく濡らしたタオルで全体を拭いてやりたいところだが、一日目くらいはいいだろう。風邪が長引いたらそのときにすればいいと思う。

 

「じゃあ冷えないうちに服を……」

「自分で着れるから!」

「ん、そうか?」

「なぁに、私も手伝うから真は後ろ向いてろ。あんまりこっち見るなよ」

「あんまりじゃなくて見ちゃ駄目だから!」

 

 魔理沙に霊夢の着替えを手渡し、また後ろを向く。袖に腕を通すだけだからまぁできるだろう。

 

 そういえばもう昼は過ぎたんだよな、霊夢は昼ごはんを食べるだろうか。とりあえず懐からリンゴとナイフを取り出し、待っている間に皮でも剥いておくことにする。霊夢が食べるかは分からないが、食べやすいように一口サイズに切って皿に盛り付けよう。

 剥いた皮と中の種は別の皿に置いておくとして、他にはフォークが必要だな。俺は必要だと思ったものを、それぞれ変化で作り出した。

 

「しっかし霊夢お前、巫女服と頭のリボン取ったら没個性だよな…… あ、真もうこっち向いていいぞ」

「ああ。霊夢、リンゴ剥いたけど食べるか?」

「なんだ霊夢、昼飯まだだったのか」

「さっき起きたのよ。食べる」

「よしきた」

 

 皿に盛ったリンゴの一切れにフォークを刺し、霊夢の隣に移動する。霊夢の足に馬乗りになっていた魔理沙が、邪魔にならないようピョンと退いた。

 

「真、私の分は?」

「魔理沙も食べたいのか? それならあっちに……」

「おーあるのか、聞いてみるもんだぜ……って皮じゃないか!」

「ほら霊夢、あーん」

「あ、あー……」

「お前ら無視すんなよ!」

 

 なにやら魔理沙が喚いている。一体何があったというんだ。

 

「どうしたんだ魔理沙?」

「どうしたじゃないぜ! リンゴあるって言われて皮出されたらこうなるだろ!」

「魔理沙、リンゴは皮が一番栄養があるらしいぞ?」

「だから!? そうだとして皮だけっておかしいだろ! ってか種も混ざってるし!」

「冗談だ、ほら」

 

 いくら俺でも本気で来客にこんな仕打ちはしない、ちょっとしたお茶目なジョークである。いいリアクションだったな魔理沙。

 俺は手に持った皿を魔理沙に差し出した。

 

「……ふん、寄越せ。これは私と霊夢の二人で食べる」

「あ」

 

 魔理沙に皿ごと全部奪われる。魔理沙はリンゴを一切れ自分の口に放り投げると、俺を押しのけて霊夢の隣に陣取った。

 

「なにが、あーん、だ。いまどきそんなこと雛鳥でも親鳥にしてもらわないぜ」

「なんだその例え」

「そんなに霊夢が甘えんぼなら私が代わりにやってやる。ほら霊夢、あーん」

「え、ちょ、魔理沙……?」

「あぁん? 真からのあーんは受け入れて、私のあーんが受け入れられないってのか?」

 

 なんだその『俺の酒が飲めないってのか?』的なタチの悪い酔っ払い発言は。霊夢はいま病人なんだからほどほどにしておけよ。

 

「あ、あー……」

「それでいい」

「……」

「どうだ、美味いだろ」

「……魔理沙、食べさせるの下手……」

「な!?」

 

 霊夢がリンゴを飲み込んでからボソリと呟く。え、リンゴを食べさせるのに上手い下手があるのかよ。

 

「リンゴを食べさせるのに上手い下手があるのかよ!?」

 

 魔理沙が俺と全く同じことを口にする。とはいえ多分俺のほうは褒められていて、魔理沙のほうは(そし)られているんだろうけど。

 

「あるわよ」

「むむむ……じゃあ真やってみろよ!」

「お、おう」

 

 魔理沙から皿を渡される。やってみろと言われても、普通に食べさせるだけだよな?

 

「ほら」

「……んっ、美味ひい」

「……おー、良かった」

「違いはどこだよ!」

 

 霊夢がリンゴを頬張って目を細める。霊夢は物を食べるときにはとても幸せそうな顔になるが、今がまさにそのときだ。

 

「真! 私にもだ!」

「別にいいけど……ほれ」

 

 魔理沙の口元にもリンゴを持っていく。魔理沙の開いた口の中にリンゴを一切れ持っていき、口を閉じるのを見てゆっくりフォークを引き抜いた。誰がやってもだいたいこんな風になるから、上手い下手なんて無いと思うのだが。

 

「んん……分からん」

「だろうな」

 

 仮に上手い下手があったとして、俺が魔理沙に食べさせても魔理沙にはその違いの判断はできないだろう。霊夢が受けたように比べる対象が存在しているか、せめて下手なほうからアクションを受けなければ。

 

 魔理沙はウンウン唸っているが、もう今からは俺が霊夢に食べさせてもいいのだろうか。 

 

「魔理沙……あんまり近くにいると風邪が移っちゃうわよ?」

「む? 私は馬鹿じゃないけど風邪は引かないんだぜ。今日はここに泊まるんだ」

「え、泊まるの?」

「な、いいだろ真?」

「俺に聞くのか」

 

 この神社の家主は霊夢なのだが……それに風邪を引いているのも霊夢だし、俺が決めることじゃないと思う。でもまあ泊まるくらいはいいんじゃないだろうか。魔理沙ここに泊まっていくことがよくあるし。

 

「泊まるのは別にいいけど、霊夢は風邪なんだから邪魔したら駄目だからな」

「分かってるって。真、私の分の布団持ってきて」

「ここで寝んの? ってかまだ昼過ぎなんだが…… いいのか霊夢」

「……お好きにどうぞ」

 

 霊夢がいいと言うならそれでいいか。魔理沙が泊まるときに使っている来客用の布団を持ってこよう。

 なんだかんだで、魔理沙も霊夢のことを心配しているのだろう。体を動かさず安静にしていなければいけない霊夢にとって、魔理沙とのおしゃべりは退屈しのぎになるはずだ。

 

 

 今日この後は来客も来ず、ゆっくりとした一日を過ごせた。夜中にはもう霊夢の顔色はすっかり良くなっていて、おそらく明日には完治しているだろうと思う。

 姉妹のように仲良く並んで眠る二人を見届けてから、俺は部屋を出て行った。

 

 





~翌朝~

「ゴホッ! ゴホッ! ……うー……喉の調子が悪いぜ……」
「だから言わんこっちゃない……」


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