東方狐答録   作:佐藤秋

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第六十九話 花映塚①

 

 春が奪われ冬が延びるという異変が起きたのは去年の話、今年の冬は普通に訪れそのまま普通に終わっていった。『雪が溶けたら何になるか』。普通に考えたらこの問いの答えは『水』なのだが、『春』という答えも趣があって俺は好きだ。

 

 雪が溶けて春が訪れた幻想郷には、沢山の花が咲き乱れた。博麗神社には桜が、太陽の畑には向日葵が、妖怪の山には菖蒲が、迷いの森には竹の花まで咲いている。

 百花繚乱、千紫万紅。季節を問わず咲き誇る花々は、幻想郷を色鮮やかに染め上げた。見た目こそ美しいが、これは誰もが見て分かる異変である。

 

 今回の異変について霊夢と共に調べたところ、幽香が言うにはこれは異変ではないらしい。なんでも六十年に一度はこういったことがあるのだそうだ。

 原因は幽霊の大量発生。多すぎて未だ三途の川を渡れていない幽霊たちが、現世の植物に取り憑きその花を咲かせているらしい。

 

 こういった幽霊たちを管理するのは幽々子たち冥界の住人だが、今回はそれ以前の話である。なんせ幽霊たちはまだ三途の川を渡れていないのだ、幽霊たちが来ていなければどうしようもない。

 

 今回の異変が異変じゃなかったので、予想外に今日の予定が空いてしまった。今日一日は異変解決に走り回り、終わったら宴会をすると思っていたのだが。

 幻想郷には俺の行ったことの無い場所がまだまだある、三途の川もその一つだ。この予想外に空いた時間を有効活用するべく、俺は三途の川まで行ってみることにした。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「ここが三途の川へと続く道かー。人間でも普通に来れそうだ」

 

 草原のような原っぱのような平坦な道を、感想を呟きながら歩いていく。三途の川までの道のりは『答えを出す程度の能力』で確認済み。やはりここにも花は咲いており、よく見れば花に幽霊が取り憑いていた。

 そんな幽霊たちを横目に、耳を澄ませば風の音が聞こえてくる。耳を撫でる風を心地よく思いながら三途の川まで進んでいくと、風の音に混じって女のぼやき声が聞こえてきた。

 

「……ふいー、幽霊を渡すのも楽じゃないねぇ。ひと休みひと休み……っと」

 

 そう聞こえたと思ったら、また周囲には風の音だけが支配する。先ほどの声はどこから聞こえてきたのかと見渡してみると、一際大きな岩が目に付いた。どうやら岩陰に誰かがいるみたいである。

 人間かどうかも分からない存在を驚かしても、俺には何の得も無い。できるだけ声の主を驚かさないようにそーっと岩陰を覗いてみると、仰向けになって目を閉じている少女の姿を発見した。

 

「……zzz」

「……寝てる」

「……zzz」

「……こいつ、美鈴に似てるな」

 

 赤い髪、ちょっとした身体的特徴、それに幸せそうに眠る姿を見て、なんとなく思った言葉が口から出る。顔立ちは全然似ていないのだが、特徴を照らし合わせるとそういうことになるから不思議である。

 

 少女は両手を頭に当てた仰向けの姿勢で気持ち良さそうに眠っていた。よくあの一瞬で眠れたものだと感心する、俺が声を聞いてここを覗くまでそれほど時間も経っていないのに。

 起こして話を聞いてみたいところではあるが、寝ている者を起こすのは好きじゃない。俺は岩の上に座り込んで、少女が自然に起きるのを待つことにした。

 

 

 

 

「……うぅん……」

 

 十分ほど経っただろうか、岩の陰で寝ていた少女が目を覚ます。別に俺は見知らぬ女が寝ているからと、毛布を掛けてやるほど善人ではない。今も少女が寝起きに背伸びをしている様子を、岩の上からただ見下ろしていた。

 

「……んー! あーよく寝た。さーてそろそろ仕事に戻るとしようかね…… ん?」

「……よ。おはようさん」

 

 背伸びをして顔を見上げた少女が、岩の上にいる俺を発見する。今の時間が何時であろうと、起きたばかりの挨拶はおはようと決まっているのだ。俺は岩の上から少女に手を上げて挨拶する。

 

「……誰だいアンタ? 自殺志願者ってわけでも無さそうだし……そもそも人間じゃ無さそうだ。妖怪がこんなところに何の用だい?」

「へー、分かるのか」

 

 少女が俺を一目で妖怪と見抜く。この姿の俺を妖怪と分かるヤツはそういない。見かけによらずこの少女、かなりの実力者と見るべきか。

 見下ろした状態で話すのもなんなので、俺は岩から飛び降りる。とりあえずは自己紹介も兼ねて聞かれたことに答えよう。

 

「……よっと。俺は真、狐の妖怪。ここに来たのは……この先にある三途の川を一目見に来ただけだ。いま幻想郷は大量の幽霊で溢れていてな、それを見てなんとなく三途の川ってどんなんなのかって気になった」

 

 名前も正体もここに来た理由も、隠すことではないので正直に話した。人間は死ぬと三途の川を渡るみたいだが、妖怪の俺はどうなのだろうか。もしかしたらここで見なければ一生縁の無いものかもしれない。

 

「へー、三途の川が見たいだなんて珍しい妖怪もいたもんだ」

「そうなのか? お前だって多分妖怪だろ、なんでこんなところにいるんだよ」

「おっと失礼。相手が名乗ったんだったらこちらも名乗るのが礼儀だったね」

 

 少女がゴホンと咳払いをして、足元に落ちている大鎌を拾う。少女が寝るときに柄を枕代わりにしていたものだが、それにしても物騒な武器である。

 

「あたいの名前は小野塚(おのづか)小町(こまち)。この先にある三途の川で船頭をやってる死神さ」

「船頭? ああ、なんか仕事がどうの呟いてたな」

 

 どうやらこの少女……小町は仕事の休憩時間にここでのんびりと寝ていたようだ。三途の川で仕事をしているのなら、こんな僻地にいてもおかしくはない。

 それに死神ならばそんな大鎌を持っているのにも納得がいく。命を刈り取る形をしているな。

 

「……って、死神が船頭? なんつーかイメージと違うな……」

「あぁ分かるよ。お前さんが言ってる死神は人間の魂を持っていくタイプの死神だろう? ついでに顔が骸骨みたいな」

「そうそうそんな感じの。お前はそんなことはしないのか?」

「それは別の死神の仕事だね。あたいは幽霊を運んで閻魔様の元へ届けるだけさ」

「へー、いろんな死神がいるんだな」

 

 小町が心底丁寧に教えてくれる。似たようなことを他のヤツからも言われるのだろうか、やけに言いなれた感じである。

 

「真だっけ? アンタ三途の川を見に来たんだったら、あたいが案内してあげようか」

「え? そりゃあありがたいが……休憩時間はもう終わったのか?」

「なぁに、元々休憩時間なんてありゃしないよ。幽霊が多くて面倒だからサボってただけだしね」

「……なんのフォローにもなってないな」

 

 小町があっけらかんとした態度で言ってくる。幽霊が多いなら今こそ働くときだと思うのだが…… もしかして幻想郷が花まみれなのはお前が仕事してないせいじゃないだろうな。霊夢、異変の犯人を見つけたぞ。

 

「さ、じゃあ行くよ。できるだけゆっくり歩いていこう」

「俺はいいけどさ…… そんなことして怒られたりしないのか?」

「大丈夫、慣れてるからね」

 

 慣れてるってのはサボることにだろうか、それとも怒られることにだろうか。どちらにせよ胸を張って言えることではない。

 俺はそんな小町にあきれながらも、三途の川に向かって歩き出した。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「……なんだ、じゃあその鎌を持ってること自体には、特に何の意味も無かったのか」

「意味ならあるよ。『あ、やっぱり死神だから鎌を持ってるんだ』って喜んでもらえたりする」

「……小町は仕事に熱心なのか熱心じゃないのか分かんねぇな」

「熱心かどうかは別にして、この仕事は好きだし誇りを持ってるよ。熱心かどうかは別にして」

「そこは二回言うほど大事なことなのか」

 

 小町とどうでもいいことを話しながら三途の川へと向かっていく。小町みたいに明るくてお気楽なヤツが死神なら、幽霊になっても道中なかなか楽しいかもしれない。とはいえ死んでいる時点で楽しくないので実際どうなのかは分からないが。

 

 歩いていると微かに波の音が聞こえてきた。三途の川が近いのだろう。

 別に何をするのでもなくただ三途の川を見に来ただけなので、見たらその後どうしようか。ただぼーっと川の様子を見ていても仕方ないので、適当に小町の仕事ぶりを観察してから帰ろうと思う。ここに来たついでに、霊夢へのお土産として川原の石を拾っておくのも面白い。 ……いらなそうだな、止めとこう。

 

「……あー、もうすぐ仕事に戻らなくちゃいけない。折角丁度いい話し相手がいるってのに…… ねぇ真、ここで私の仕事を手伝うって気になったりしない?」

「ならないな。俺はタダ働きはしないんだ」

「えー、タダじゃないよ、あたいが喜ぶ」

「ははっ、そいつは魅力的だな。 ……お」

 

 小町の冗談に笑っていると、三途の川が見えてきた。川と呼ばれるような規模ではなく、向こう側が全く見えない。その他三途の川の岸辺には、大量の数の幽霊がいた。

 

「……うぇへぇ、この量を見るとやる気が無くなっていくねぇ…… あたいのやる気が回復するまでもうちょい話していくつもりは無い?」

「いや……そろそろ仕事再開しないといい加減バレるだろこの量は。それともこの幽霊の量は、ここじゃあ日常茶飯事なのか?」

「そりゃあ違うけど……」

 

 未だに仕事を再開するのを渋っているのだろう、ここまで歩いてきた小町が足を止める。気持ちは分からないでもないが……おそらくこの仕事は時間制ではなくノルマ制だ、やらないと永遠に終わらない。

 小町がやらなくても俺は困らないが、ここはやらせるのが優しさだろう。本当に優しかったら手伝うのかもしれないが、とりあえず今はそのつもりは無い。小町が本気で手伝って欲しいのなら手伝うが、そもそも俺にできることなどあるのだろうか。

 

「ほら、小町が幽霊を渡さないと他の仕事が滞るんじゃないか? 自分が困るならどうでもいいが、他の人に迷惑をかけるのはダメだ」

「そこはほら、あたいが働かないことで上も思いがけず休めるから喜んでるんじゃないかねぇ。そう、これは上司を労るあたいの優しさで……」

「小町! 貴女は何をしているのですか!」

「きゃん! そ、その声は……」

 

 小町が前から聞こえた大声に、かわいらしい声を出して驚く。声がしたほうを見てみると、立派な帽子を被った背の低い少女が立っていた。小町はその少女を見て、なにやら焦っている様子である。

 

「……やっぱり四季様! ど、どうしてここに……」

「さっきから全然霊が来ないから様子を見に来たんですよ! 案の定来てみたら小町は船にいないし、やっぱりまたサボってたんですね!」

「ち、違うんですよ。別に私はサボっていたわけじゃなくてですね……」

「誰だ? この子」

「あたいの上司の閻魔様! あー、何か良い言い訳は……」

「言い訳無用! 大体貴女は言い訳をしすぎなのよ。私たちは罪を裁く者なんだから、常に公明正大を心掛けて……」

 

 いきなり現れた小町の上司が、小町に向かって説教を始める。なるほど閻魔か、それなら小町の焦った態度にも納得だ。

 小町が説教されるのは当然だし、部下をキチンと叱れない上司は駄目だと思う。しかしながら先ほどまで楽しく話していた小町がシュンとして、ただ叱られている様子を見ているだけは忍びない。それにさっさと小町を仕事に戻らせなかった俺にも原因の一端はある気がするし、ここは小町をフォローしよう。

 

「なあ閻魔様」

「……なんですか、今はお説教の途中で…… っ!」

「小町は俺の我儘に付き合って三途の川まで案内してくれたんだ。だからその……あまり怒らないでやって……」

「真さんじゃないですか!」

「ん?」

 

 二人の間に割って入ると、閻魔様が俺の名前を呼ぶ。閻魔様には相手の名前が分かる目でも持っているのだろうか、どちらかというと小町のほうが持ってそうだが。

 

「……俺名前言ったっけ?」

「私です! ……覚えてませんか?」

 

 目の前の閻魔様がそう言いながら自身の帽子を取る。ととのったかわいらしい顔をしているが…… んん? どこかで見たことがあるような…… 

 

「……ああ! お前映姫か!」

 

 顔をまじまじと見てようやく思い出す。こいつ、妹紅と一緒に旅しているときに会った動く地蔵だ。冬の間だけと短かったが、一緒に行動を共にした。

 

「そうです! 真さんお久しぶりですね!」

「おー、服装が違うから全然気付かなかった…… なんで映姫がここにいるんだ?」

「それはこっちの台詞ですよ! まさか小町と話していたのが真さんだったなんて……」

「いやー、ホント久しぶりだな!」

 

 懐かしい顔に少しだけ俺のテンションが上がる。こいつ閻魔とか呼ばれていたな、地蔵からクラスチェンジしたのだろうか。相変わらず身長は小さいままだが、てゐだってそうだったしルーミアに至っては小さくなっていたのでどうでもいい。

 

「……あのー、状況がうまく飲み込めないんですが…… 四季様は真とお知り合いだったんですか?」

「知り合いなんてものじゃないですよ! 真さんがいたから今の私があるんです! 小町、一体どこで真さんを?」

「へ? え、えーと……起きたらそこにいたと言うか……」

「起きたら? やっぱり仕事をサボってたんですね!」

「しまった!」

 

 小町の失言により、映姫が再び説教を開始する。再会に驚いたり説教をしたりと忙しいヤツだ。とはいえ小町の言う上司が映姫だったので、説教を止めるのは気が楽である。

 

「えーと……映姫」

「はい、なんでしょう」

「その、小町が仕事をサボった原因は俺にもあるから、小町を怒らないでやってくれ」

「……どういうことです?」

「小町が寝てるのを俺は起こさなかったわけだし、そもそも俺がいなければ小町はさっさと仕事に戻ってたんじゃないかな。だから俺こそ怒られるべきだと……」

 

 あれ? 説教を止めさせようとしたのに、矛先を俺に変えてしまったような気がする。まぁこれはこれでいいか。説教されるなら一人より二人、赤信号も皆で渡れば怖くない。

 

「それに、今は説教している場合じゃないだろ。幽霊がこんなにいるんだから、さっさと三途の川を渡らせてやらないと。小町が遅れた分、俺も協力するからさ」

「……そうですね。小町、真さんに免じてお説教は後回しにしてあげます」

「え、本当ですか!? ……って結局お説教はするんですね……」

「当然です。貴女のためになりませんから」

「はぁ……」

 

 小町ががっくりと肩を落とす。ただ単に嫌なことが後回しになっただけに過ぎないので仕方が無いが、今の危機は去ったので良いと思おう。それに映姫はムカついたから怒るのではなく、小町のために叱るのだ。良い上司だと俺は思うぞ。

 

「では真さん、お手伝いお願いしてもいいですかね? 今ここは猫の手も借りたいほど忙しいので。といっても難しいことは頼みませんが」

「ああ、ドンと来い」

 

 手伝いをするつもりは無かったのだが、自分の言葉には責任を持とう。それに昔の知り合いの力になれるのなら、それはそれで悪くない。

 

「ありがとうございます。でしたら真さんは小町の見張りをお願いしますね、サボっているのを見たら引っ叩いてくれて構いませんので。一区切りついたらゆっくりと話しましょう」

「ああ分かった」

「小町、貴女は遅れを取り戻せるようキリキリと働きなさい。働きようによっては減俸は無しにしてあげます」

「分かりました。 ……って既に減俸は決まってるんですか!?」

 

 俺と小町が映姫の言葉にそれぞれ頷く。妖怪の山と同じように、ここにも給料という概念はあるんだな。

 

 映姫が三途の川の向こうに飛んでいくのを見届けたあと、小町が小さく息を吐く。

 

「……ふー、いろいろ驚いた。一番驚いたのは真と四季様が知り合いだったことだけど」

「俺も映姫に会うとは思ってなかったから驚いた。懐かしいなぁ…… 映姫は自分のやりたいことを見つけたんだろうか」

「あんな四季様初めて見たかも。真はどこで四季様と知り合ったんだい?」

「……そんな話は後にして仕事するぞ仕事」

「えー」

 

 俺は小町の背を押して、幽霊で溢れている三途の川まで歩いていく。小町を見張るだけという簡単なお仕事ではあるが、頼まれた以上はしっかりとやり遂げなくては。

 

 三途の川の回りには、幽霊たちの影響で大量の彼岸花が咲いていた。彼岸花は秋の花だが、おそらくここでは幽霊の影響で、一年中咲いていることだと思う。どこかの漫画に出てくる吸血鬼のいる島みたいだな。

 彼岸花の花言葉の一つに『再会』ってのがあったなとなんとなく思った。

 

 


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