東方狐答録   作:佐藤秋

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第七十話 花映塚②

 

 船頭の仕事は単純だ、舟に幽霊を一人乗せて三途の川の向こう岸に渡すだけ。そして俺の仕事は更に単純、その仕事をする小町を見張るだけだ。

 ただ見るだけの仕事といえば、例えばベルトコンベアから流れてくる不良品を見つける仕事などが思い付く。しかし俺の見る対象は小町という一人の存在なので、言葉の響きほど退屈ではない。話しかければ反応することが、無機物とは大きな違いである。

 

「……おい、このペースだと終わるのにかなり時間がかかると思うんだが……」

「そうだねぇ…… 来月中には落ち着いてくると思うよ」

「来月!? 長っ!」

 

 幽霊を運ぶ小町の舟に同乗して、俺は小町の邪魔にならない程度に話しかける。とはいえ幽霊のほとんどは話すことができないため小町はただ黙々と舟を動かしているだけだ、邪魔になることなどほとんどない。

 こう言ってしまうと小町の仕事は楽そうに見えるが、実際のところそうではない。運ぶべき幽霊の数が途轍もなく多いため、かかる時間もまた途轍もなく多いのだ。

 

「一月て…… こりゃあ大変だなー」

「帰りたかったら帰ってもいいよ、四季様にはあたいから言っとくからさ。元々四季様もそこまで真にさせるつもりじゃないだろうし」

「手伝うって言ったんだから最後まで手伝うよ。言った言葉に責任は持つ」

「律儀なヤツだなー真は。あたいとしては嬉しいけどね」

 

 幽霊を運び終わった戻りの舟で、小町がそう言って笑ってくる。しかしこう言っておいてなんだが俺がやっていることは小町を見張っているだけだ、そんなことで役に立ててるとは到底言えない。

 俺は他に手伝えることはないかと、小町の仕事を見て探してみる。簡単に見つかるわけもないので、小町からもいろいろ聞いてみることにした。

 

「例えば幽霊を大量に舟に乗せて、一気に運ぶのは駄目なのか?」

「三途の川は幽霊によって川の距離が変わるんだ、現世での罪が重いとそのぶん川も長くなる。短い距離でいい幽霊と長い距離の幽霊、同時に運んだら不公平になるだろう?」

「幽霊を運ぶ順番とかは? あいつら並んで待ってるわけでもないみたいだし」

「大抵は早く来たヤツから運ぶけど、今回は特に気にしてないよ。ほとんど同じようなものだからね」

「舟を使わず幽霊たちを運ぶのは?」

「川に落ちたらいろいろとマズいし、手間もかかるから止めといたほうがいいね」

 

 小町からいろいろと細かい話を聞いていく。さすがに本職なだけあって、小町は詳しく教えてくれた。

 

「えーと……つまり運ぶ距離が同じ幽霊なら、一度に運んでも問題ないのか」

「そうだけど、そんなのわざわざ調べる時間があったら一人ひとり運んだほうが結局早いんだよ」

「ふむ……それなら俺が調べる役をしようかな。小町が幽霊を運んでいる間は、俺には時間があるわけだし」

 

 小町から話を聞いていく中で、俺ができる仕事を発見した。二人いるなら同じ仕事をするのではなく、別の仕事をして作業の効率化を図るのである。

 

「よし。じゃあ俺は一足先に向こうに戻って、幽霊たちを選別してくるから」

「え? ちょ、ちょっと……」

「小町はゆっくりと戻ってこいよー」

 

 思いついたなら即実行。俺は小町の舟から宙に浮いて、三途の川の上を飛んでいった。

 

 

 

 

「……行っちゃった。どうやって幽霊たちの距離を調べるつもりなんだろうねぇ…… っていうか距離を操れば一瞬で向こう岸につけるんだけどなー……」

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 大量の幽霊たちが待つ岸までたどりつく。相変わらず幽霊の量が多い。

 幽霊はほとんどが話しかけても反応が薄い、全体に呼びかけてもあまり効果はないだろう。少々面倒だが、俺は一人ひとりに声をかけて力ずくで集めることにした。

 

「『三途の川を運ぶ距離が同じ幽霊たち』……っと」

 

 『答えを出す程度の能力』を使って、幽霊たちを選別する。まずはできるだけ短い距離の幽霊から集めたい。俺は条件に合う幽霊たちを、小町が来るであろう岸の近くに集合させた。

 

 

「……ふー、戻ったよ」

「お? 思ったより早かったな」

「ま、まぁね」

 

 予想よりも早く小町が戻ってくる。まだ幽霊たちを完璧に選別できてはいないのだが、一度に運べるのも限度があるので今はこのくらいでいいだろう。

 

「……で、この中のどいつを運べばいいんだい?」

「この中ならどいつでもいい。全員同じ距離だから」

「……は? ぜ、全員? もうこんなに見つけたの?」

「ああ、とりあえずな」

 

 ここに集まっている幽霊たち……百は多分超えてるな……を見て小町が驚いた顔をする。ううむ、でも全体の一割にも全然届かない。

 

「ええと……ちょっと待ってよ。本当かどうか調べるから」

「ああ」

「どれどれ……うわ、マジだ。 ……ええと、残りも……」

 

 小町が幽霊を一人ひとり見て回っていく。能力を使って集めたので間違いはないと思うが、そう言った確認は大切だ。

 小町が幽霊を見ている間、俺は小町の舟の元まで行く。この舟では一度に運べる量も限られてくるので少し細工をさせてもらおう。俺は小町の舟に手を当てると、変化の術でそのサイズを二周りほど巨大化させた。

 

「これでよし……っと。小町ー、調べ終わったかー?」

「もう終わるよー。 ……すごい、本当に全員同じだった……」

「そうか、よかった」

「でも全員一度に運ぶのは無理だから、とりあえずは乗れるだけ……って、あたいの舟が巨大化してる!?」

 

 小町が自分の舟を見て驚きの声を上げる。変えたのは大きさだけなので、さしたる問題もないだろう。

 

「なにこれ! 真がやったのかい!?」

「ああ。このほうがたくさん運べると思って少し大きくしてみた」

「いやこれ少しって次元じゃない…… と、とりあえず、お前ら乗れるだけ乗り込みな!」

「「「……」」」

 

 小町の指示に従って、幽霊たちが舟に乗り込んでいく。よかった、なんとか全員乗れそうだ。

 幽霊たちには重さがほとんどない。こうして乗り込むのには時間がかかるが、川を渡る時間は今までとさほど変わらないはずだ。

 

「じゃあ小町、俺は運んでる間にまた幽霊集めとくから」

「分かった、任せるよ」

 

 そう言って小町も舟に乗り込む。俺は小町の舟を見送ってから、あらためて幽霊たちを集め始めた。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「すげー! 幽霊が目に見えて減っていってるよ! もしかしたら今日明日中には終わるかも!」

 

 順調に仕事が進む様子を見て、小町が喜んだ顔を見せる。長い距離を運ばねばならない大罪人なんてそうはいないので、今のところなかなか早いペースで進んでいるようだ。

 

「長距離運ばなくちゃいけない幽霊は基本後回しにしてるからな、後半少し失速すると思う」

「それでもだよ! 四季様は今ごろ大忙しだろうねぇ」

「……あ、そうか。こっちが早く終わっても映姫は映姫で仕事があるんだ」

 

 小町の言葉で、映姫は別の仕事をしていることを思い出す。閻魔という名前からおそらく俺たちの運んだ幽霊を裁いてるんだと考えられるが、こんなに一度に運んでしまって大丈夫なのか。少し心配になってきた。

 

「小町、俺ちょっと映姫の様子見てくるよ。次に運ぶのはこいつにしてくれ」

「ん? ああ分かった。 ……次に運ぶヤツ長っ!」

 

 特に運ぶ距離が長い幽霊を小町に任せて、映姫の様子を見に行くことにする。俺が映姫のところに行っている間は幽霊たちを一度に運べないので、こうするほうが無駄がなくていい。

 俺は小町に少しだけ指示を残して、映姫のいる三途の川の向こう側まで飛んでいった。 

 

 

 

 

 三途の川の向こうにある、大仰な建物の中に入る。小町と運んだ幽霊がこの中に進んでいくのを見たので、おそらくこの中に映姫がいるはずだ。

 奥に進むと案の定、忙しそうに仕事をしている映姫の姿を発見した。たくさんの書類が積み上げられた机で、映姫は今も作業をしている。

 

「よ、映姫。元気?」

「あ! 真さん! この幽霊の量はなんなんですか!?」

 

 映姫が俺に気付いて机から立ち上がる。勢いよく立ち上がったため書類が少し床に落ちてしまった。俺はそれを拾いながら映姫のそばまで歩いていく。

 

「まぁ、小町と頑張ってたくさん幽霊を運んだ結果だが…… 映姫が忙しいんじゃないかと思って様子を見に来た」

「見てのとおり大忙しですよ! 裁判のほうはなぜか似たような幽霊が多いのでまだ間に合ってますが、書類が溜まっていく一方です! ああまた来た!」

「うん。で、俺に手伝えることがないかと思って来たんだが…… この書類を片付ければいいのかな」

「お願いします! とりあえず全部にこの印を押してくれればいいですから!」

 

 そう言って映姫は、新たに訪れた幽霊の対応へ向かう。ああ、やっぱり一度に幽霊を運んだせいで忙しくさせてしまったみたいだな。そのまとめて運んできた幽霊とは距離が同じ幽霊なので、背負っている罪が似通っているんだろう。そのため裁判は滞ってはいないみたいなので、そこに関しては運が良かった。

 

 映姫の机の上を見ると、所狭しとたくさんの書類が積み上げられている。一体何枚あるんだろうか、これに比べると辞書はまだまだ薄いと言えるだろう。映姫は印を押すだけでいいと言っていたが、頼まれたこと以上のことをこなしてこその仕事である。俺は映姫の印を手に取り一番上の書類に目を通した。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「……ふぅ、やっとひと段落つきました……」

 

 三時間ほど経っただろうか、映姫がくたびれた様子で戻ってきた。パッと見では気丈に振る舞ってはいるが、微かに疲労が見てとれる。それだけ閻魔の仕事は大変だということだ。聞いたところによると、幽霊が生前に犯した罪を全部把握しなければいけないらしい。

 

「お疲れ。まぁ座ってゆっくりするといい」

「そうします……ふぅ」

 

 俺は閻魔の机の椅子を引き、映姫に座るように促した。映姫はそのまま座り息をつく。椅子が高いせいで座ってもさほど身長は変わらない。俺は映姫の横に立ったままなので、撫でやすいところに頭がある。

 

「大変だな、閻魔の仕事って」

「……今日は今までで一番忙しいと思います。六十年前も忙しかったけど今日ほどでは…… あ、書類……」

「書類は俺がやっといたから今は休め。何か冷たいもんとか飲むか?」

「そ、そうですね……真さんも少し手伝ってくれたみたいですし、書類は後回しにさせてもらいます……ふぅ」

 

 映姫がそう言って帽子を取る。さっきからふぅふぅ言いすぎだ、そんなに冷ましたいなら熱いお茶でも出してやろうか。

 そんな冗談をしても映姫に嫌われるだけなので、素直に水を取り出して映姫にわたす。映姫は水を受け取ると、そのまま一気に飲み干した。

 

「……ぷはー! 生き返りますね!」

「お? 三途の川ジョーク? 死んだ幽霊たちの前で『生き返る』とはなかなかブラックな……」

「違いますよ! ……ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 映姫が飲み終えたコップを受け取り、木の葉に変えて懐に戻す。うん、突っ込む元気はまだ残っているようなので安心した。

 映姫は妖怪ではないので、妖力をわたすことでの疲労回復は不可能だ。変化で一時的に疲れを無くすことはできるのだが、それだと変化が切れたら元に戻るので意味がない。

 

「映姫、団子でも食べるか? 疲れたときには甘いもんってよく言うしな」

「……本当は甘いものは良くないらしいですよ?」

「そうなのか? ……いらないならまぁ別にいいけど……」

「いただきます。だから落ち込まないでください」

「落ち込んでねーよ」

 

 ブツブツ言いながら団子を取り出して映姫にわたす。科学的に見たらそうなのかもしれないが、実際甘い物を食べたら元気になるだろ。大体の人がそう思ってるんだし、プラセボ効果というやつだ。

 

「……真さんは未だにお団子を常備しているんですね。妹紅さんといるときもそうでしたし」

「そうだっけ。団子は妹紅が好きだったからなー。 ……なんだ、映姫は団子派じゃなくて饅頭派だったか? それならそうと言ってくれれば良かったのに」

「なんですかその派閥。私はお団子もお饅頭も好きですよ」

「……熱いお茶が欲しくなってきたな。映姫もいるか?」

「いただきます」

 

 二人で団子を食べながらお茶をすする。立ったまま食べるのは行儀が悪いかもしれないが、人目があるわけでもないので気にしないでおこう。

 やはり和菓子には熱いお茶が良く合う。が、こぼして書類が濡れてしまったら元も子もないので、そんなことにならないように注意しよう。当然映姫の机にあるお茶にも注意しておく。

 

「……それにしても、こんなところで真さんに会うとは思ってませんでした。幻想郷にいる人物は全員把握していたんですけどね」

「俺も、まさか映姫が閻魔になってるとは思わなかったなー。これが映姫のやりたかったことなのか?」

「ええ。これも一種の人を助ける道かなと思いまして。それに人を裁くというのは、私の『白黒はっきりつける程度の能力』と相性がいいんですよ」

「『白黒はっきりつける程度の能力』?」

 

 おそらく映姫が身に付けていると思われる能力を聞き返す。俺と旅しているときには能力を持っていなかったので、新しく身に付けた能力だろうか。なんとなくオセロで常に勝ちそうな能力名だが絶対違う。

 

「なんだそれ?」

「簡単に言えば、迷わない能力、でしょうか。迷うような二つの物事も一つに決定できます。 ……有罪か無罪かを判断するのにも使えますね」

 

 映姫が自分の能力の説明をする。なんとなく俺と似たような能力のような気もするな。

 

「……あー、映姫そういえばトマトが野菜か果物か迷ってたもんな」

「な! 別に、その答えが気になったから身に付けた能力じゃありませんから! ……ちなみにトマトは野菜です」

「へー。じゃあパンダは白と黒どっちになるんだ?」

「パンダは白です、割合的に。あれは白地に黒ですね」

 

 こんなどうでもいい質問にちゃんと答えてくれるあたり、映姫の真面目さがよく分かる。じゃあシマウマはどうなるのかとか、砂糖と塩を同じ量食べたら甘いのか辛いのかも聞いてみようと思ったが、くだらなすぎるのでやめておこう。

 

「……ごちそうさまでした、美味しかったです」

 

 団子を食べ終わり映姫が行儀良く両手を合わせる。俺も映姫に倣って両手を合わせた後、空になった皿と湯飲みを回収した。

 

「……そろそろ仕事に戻りましょうか」

「そうだな。船にかけた変化が解ける時間だし俺も小町のところに戻るとするか」

「ありがとうございます、いい休憩ができました」

「いえいえ。じゃあな」

 

 俺は団子をあげただけだ、お礼を言われるようなことではない。むしろ俺のせいで映姫にたくさん仕事ができてしまったのだから、リフレッシュできたならよかったと思う。

 

 次は程よく幽霊を連れてこようと決心しつつ、俺はこの建物から出ていった。

 

 

 

 

「……さて、では次が来る前に書類を少しでも減らさないと。真さんはどのくらいやってくれたんでしょうか、三割くらい減っていたら嬉しいのですが…… え? う、うそ! まさか全部終わってる!?」

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 三途の川を、今度は現世側に向かって飛んでいく。小町と入れ違いにならないよう岸まで一直線に飛んでいったが、小町の舟は見かけなかった。ひょっとして見落としてしまっただろうか。幽霊によって三途の川は距離が変わるので、そういったこともあるかもしれない。

 ともあれ仕事をしていたら岸には必ず戻ってくるので、心配することもないだろう。それなら俺は小町が来るまで、幽霊たちを選別しながら待っているだけだ。そう思い辺りを見渡そうとしたら、岸に小町の舟が停めてあるのを発見した。

 

「…………」

 

 無言で辺りを見渡してみるが、小町の姿は見当たらない。舟がこちらに停めてあるということは、当然小町もこっち側にいるということだ。

 それなのに姿が見当たらないということは、小町はいま仕事をしていない。噛み砕いて言うとサボっているのだと考えられる。

 

 別にサボることには文句は無い。既に何日分かの仕事はこなしたようだし、映姫も休める時間がとれるからな。

 しかし俺が戻ってきた以上そのまま見過ごすわけにはいかないのだ。俺は能力を使い小町の場所を特定すると、その方向に向かって飛んでいった。

 

 

 

 

「見つけた…… おい小町!」

「げっ!? 真!?」

「真?」

 

 岸から少し離れたところで小町の姿を発見した。俺は遠くから大声で小町の名前を呼んでから、小町のすぐそこに着地する。

 

「こんなところでまたサボりか? さぁ、早く幽霊を運ぶ仕事に戻るんだ」

「ち、違うんだよ真! これにはれっきとした理由があって……」

「あ、本当に真だわ」

 

 俺が小町の前に立つと、小町は焦った表情で両手を振って言い訳してきた。別に怒りに来たわけではないので、俺に言い訳する必要は無い。俺はただ小町を連れ戻しに来ただけだ。

 

「はいはい、怒らないから言い訳もしなくていいぞ」

「言い訳じゃないって! ほら! この人間が自殺しに来たのをあたいは説得してたのさ!」

「だから自殺じゃないって言ってるじゃない」 

 

 そう言って小町が前を指差す。小町に隠れて見えなかったが、どうやら誰かいるようだ。

 まったく……自殺だと? 別に見ず知らずの人間が死のうが俺には関係ない。三途の川の近くなんだからむしろ丁度いいんじゃないか。そう思いながら前を見てみると……

 

「……え、霊夢?」

「……今頃気付いたのね。さっきからそこにいたじゃない」

 

 じとっとした目で俺の顔を見る霊夢の姿を発見した。

 

 霊夢が神社を離れるなんて珍しい、どうしてこんなところにいるんだろう。そういえば、辺りが少し暗くなってきてたのに霊夢に連絡をするのを忘れていたな。仕事がいつまで続くか分からなかったから後回しにしていたが、丁度いいので今連絡しておこう。

 

 それにしても、霊夢は何をしに三途の川まできたんだろうか。そういえば、さっき小町が自殺しに来た人間を説得しているとかなんとか言ってたな。 

 で、そこにいる人間を見ようとしたら霊夢がいたんだ。つまり、自殺しに来た人間というのは霊夢というわけで…… 

 

 ……え?

 

「れ、霊夢!」

「わっ!」

 

 俺は霊夢の両肩を掴む。まさか霊夢が自殺しようと考えていたなんて……一緒に住んでいるのにまったく気付かなかった。どうしてそんなこと考えたのだろう。ともかく思い止まらせなければ。

 

「だ、ダメだ自殺なんかしたら! 自殺ってのは自分を殺すってことなんだぞ!」

「え、いや、だから私は……」

「もう一度よく考えてみろよ! 少なくとも俺は霊夢が死んだらすごく悲し……」

「聞きなさいよ!」

「ぐはっ!?」

 

 霊夢を説得しようとしたら、いきなり顔面を殴られた。痛い。

 

「……まったく、人の話を聞かないヤツばっかりなんだから」

「いてて……」

 

 霊夢に殴られた頬をさする。 ……そうだな、いきなりのことに少し取り乱した姿を見せてしまった。まずは霊夢がそんな考えに思い至った理由を、霊夢自身が語るのを待つことにしよう。

 

「……よし、何時間でも話を聞いてやる。どんなに辛いことがあっても俺は霊夢の味方だからな」

「……まだ勘違いしてるのね。あのねぇ、私は異変を解決するためにここに来たのであって、自殺しに来たなんて一言も言ってないわ!」

「うんうんなるほど、それは辛かっただろう…… ん?」

 

 まずは霊夢の言葉をできるだけ否定しないように…… ってあれ? いま霊夢はなんて言った? 自殺じゃないって言ったように感じたが、念のためもう一度聞き返しておこう。

 

「自殺……じゃないのか?」

「そう。そこの死神が、私が来るなり勝手にそう言いだしただけ」

 

 そう言って霊夢が小町を指差す。

 ……なんだ、俺が早とちりしてしまっただけか。良かった、死のうとする霊夢なんていなかったんだな、今週聞いた中で一番いいニュースだよ。

 それより、誰だその前のバッドニュースを持ってきたのは。

 

「……小町~?」

「い、いやぁ……ここに来る人間の九割は自殺目的みたいな気がするし……」

 

 小町が人差し指同士をくっつて、目線を横に逸らしながら言ってくる。まったく無駄に焦らせやがって…… 霊夢が自殺に来てないならば、結局サボってたってことじゃないか。そもそもここに小町がいる時点でおかしいんだ。

 

「……霊夢、異変を解決に来たんだったよな。あいつが犯人だから倒していいぞ」

「す、すいませんでした!」

 

 小町が九十度以上腰を傾けて頭を下げてくる。そうだな、言い訳するよりも素直に謝ったほうが賢い選択だ。反省しているなら許してやらないこともない。

 

「……ふぅ、にしても焦った。霊夢が生きることに夢も希望も無くしてしまったのかと……」

「まったく…… そんなわけないじゃない。……ま、まぁ、心配してくれたのは嬉しかったけど……」

「そうだよな。"霊夢"が"夢"を無くして"霊"になったなんて笑えない……」

「もっぺん殴るわよ」

「すいませんでした」

 

 小町と同じような体勢で霊夢に頭を下げる。焦った気持ちを落ち着かせるジョークじゃないか、だから顔面は勘弁してくれ。

 

「……さて、じゃあ真。真はこの子と知り合いなんだろう? だったらもう一緒に帰っていいよ」

「え? あ、もう暗くなるからか。それじゃあ明日また……」

「いや、もう来る必要は無い。今日一日で随分霊の数は減ったからね。あたい以外にも死神はいるしもう十分さ」

「え、いいのか?」

 

 小町に、もう帰っていいと指示を出される。異変を解決しに来たからといって霊夢に仕事を手伝わせるわけにはいかないし、一緒に帰れるならそのほうがいい。しかし本当にいいのだろうか。

 

「いいよ。四季様にはあたいから言っとくからさ」

「……そうか、悪いな」

 

 どうしても働きたいというわけではないので、帰っていいならさっさと帰ろう。もとより俺は部外者なのだ、冥界の仕事に首を突っ込み過ぎるのはよろしくない。

 

「じゃ。サボんなよ」

「ああ」

 

 俺は小町に一言告げると、霊夢を連れて三途の川から去っていった。

 

 

 

「……小町、真さんは?」

「あれ、四季様どうしたんですか? 真はさっき帰らせました」

「そうですか…… お礼を言いそびれてしまいましたね」

「お礼? というか四季様、こんなところにいていいんですか? 今日は大量の幽霊を運んだのでさぞ忙しいことだと思ってたんですが」

「……真さんのおかげで終わりました。書類が全部まとめられてて、しかも重要度の高い順に整理もされてましたね」

「書類って、この時期四季様の机に溜まるあれをですか!? すげー……」

「ええ。それにしても、今日はどうやってあの大量の幽霊を運んだんですか?」

「ああ、それはですね……」

「……なるほど。 ……すごいですね」

「本当にすごいですよ。同じ距離の幽霊を短時間で見つけるなんて……」

「……それもすごいですが、本当にすごいのはそこではありません」

「え? どういうことです?」

「いいですか? 距離が全く同じ幽霊なんてほとんど存在しません。にもかかわらずそのような方法を取ったということは、真さんが幽霊の距離を調節したに他なりません」

「距離を調節? えーっと、幽霊を運ぶ距離は生前の罪の他には稼いだお金の量で決まるから……え? まさか……」

「そうです。真さんは自分の所持金を霊に渡すことで距離のズレを無くしたんですよ」

「……道理で金を持ってる霊が多いと……」

「……後日、改めて真さんにお礼を言いに行かねばなりませんね」

「そうですね……」

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「……それにしても霊夢、今回の異変は解決できるものじゃないって知ってたのになんで来たんだ?」

「幽霊が原因ってことは、つまり冥界の職務怠慢が原因ってことでしょ? あいつらが仕事してないせいで私が仕事してないみたいに思われたらたまったもんじゃないわ。だから私が催促しておこうかと思ったのよ」

「……なるほど。まぁ今回は俺も手伝ったし、早く終わるんじゃないか?」

「ふーん。手伝ったってことはお給料も貰ってきたでしょうね?」

「え? いや…… むしろ所持金は減ったというか……」

「なにしてんのよ!」

 

 

 三途の川の帰り道、霊夢と並んで飛んでいく。空から見下ろす幻想郷には、相変わらずたくさんの花が咲いていた。

 

 花に取り憑いていた幽霊がいなくなっても、花がその身を閉じるまでは時間がある。幻想郷がまだ幻想的な風景を保っている間に、一度花見でもしておこうかなと思った。

 

 


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