東方狐答録   作:佐藤秋

74 / 156
第七十一話 お花見

 

 春の日差しが気持ちよく降り注ぐここ博麗神社にて、今日はお花見と言う名目で宴会が行われていた。未だに幻想郷には沢山の花が咲き乱れており、博麗神社には見事な桜が咲いている。

 いつもなら異変解決のお祝いとして宴会を開くのだが、今回は異変の真っ最中だ。しかし今回の異変には犯人もいなければ解決方法も無い。それならばいっそのこと、この異変を楽しまなければ損というものだろう。

 

 咲き乱れる花々は人間や妖怪の心を陽気にさせるのか、博麗神社にはたくさんの人が訪れている。紅魔館の連中や白玉楼の連中以外にも、ざっと見ただけでも去年萃香が萃めた連中を超えた人数が博麗神社に集まっていた。

 人数が多かろうと、宴会でやることは変わらない。大勢いるからといって、その全員に挨拶するなんて決まりは無いのだ。

 

 俺は大勢の輪の中で騒ぐよりも、その騒いでる姿を遠くで見ているほうが好きである。太陽の日差しを遮る野点傘(のだてがさ)の下に座りながら、フランと二人でゆっくりと酒を飲んでいた。

 

「うわー、すごくキレイだねー」

「キレイだなー」

 

 フランを膝の上に乗せながら、咲いている桜を見て息を吐く。まだ太陽が真上にいる時間帯で、フランが外に出るのは珍しい。真っ昼間に沢山の花を見るなんて経験はフランとって初めてだろうから、さぞかし感動していることだろう。

 

「真、お酒おいし?」

「ああ、フランが注いでくれたから美味しいよ」

「へへーっ」

 

 後ろからフランの頭を撫でると、フランの羽がピコピコと動く。どういう原理で動いているかは分からないが、何だか見ていてかわいらしい。こっそりと手を伸ばして羽の先を触ってみたが、感覚が無いのか気にしてないのか、嫌がる素振りは見せなかった。

 

「あ、お姉ちゃんだ。知らない人と話してる」

「ん? あれは……永遠亭の連中だな」

 

 フランが遠くで話している文の姿を発見する。ここにはフランの知っている人が少ないため気になるのだろう。何人かは顔を見たことのあるヤツもいるだろうが、話したことが無ければ同じことだ。

 

「文は誰とでも話すなぁ…… フラン、文と話してる長い黒髪の女の子いるだろ?」

「うん」

「あれな、かぐや姫。昔読んだ絵本に出てきたことのある」

「え、そうなの? ふーん、本当だったんだ……」

 

 フランには何度か絵本の読み聞かせをしたことがある。かぐや姫もそのうちの一つだ。フランと輝夜が仲良くなればいいと思ったとかそういうことはなく、ただ思いついたので言ってみた。

 

「ああいう見た目が、人間にとっては美人なの?」

「んー、まぁそういうことになるだろうな」

「ふーん…… よく分からないや。お姉さまだって美人でかわいくてかっこいいじゃない?」

「ああ、そうだな。それならフランだって輝夜やレミリアに負けないくらい十分かわいいぞ?」

「……本当?」

「本当だ」

 

 振り向いて首をかしげるフランがあまりにかわいいので思わず頬が緩んでしまう。再び帽子の上からフランの頭を撫でるという、のんびりとした時間がなんとも心地良い。

 

 幸せな時間を感じながらフランをじっと見ていると、フランが先ほどからチラチラと遠くのほうを見ていることに気が付いた。視線の先である神社の横では、チルノたち子どもが元気に騒がしく遊んでいる。どこでこの花見のことを聞いたのかは知らないが、人数が増えて困ることも特に無いので気にしない。

 

「……フランもあの中で遊んできたらどうだ? 気になるんだろ?」

「え? ……うん。でも今はお日様が出ているし……」

「よっと」

「え?」

 

 俺は頭を撫でている手からそのまま、フランに変化の術を施した。太陽の光が弱点という吸血鬼の性質を変化させるのは一苦労なので、フランの表面に太陽の光を遮る薄くて透明な膜を作り出す。

 これならフランは普段と同じように動けるし、膜が破れないように気を付けることでフランも力加減を覚えるだろう。膜はフランが暴走してやっと破れる程度なので、チルノがやんちゃしても破れない。

 

「はい、これで大丈夫。ほら、手を影から出しても平気だろ?」

「……本当だ!」

「『いーれーてっ』って言って遊んでこいよ」

「うん!」

 

 フランが俺の元から離れて、チルノたちが遊んでいる場所に向かって走っていく。子どもにとっては花より団子より遊びだろう、元気に走り回るぐらいが丁度いい。

 

「いーれーてっ!」

「おー? 新入りなのかー」

「いいよー、一緒に遊ぼっ」

「特別にあたいたちの仲間に入れてあげるわ!」

 

 フランは子どもたちの輪の中に、あっという間に溶け込んでしまった。子どもはすごいな、知らない相手でも一瞬のうちに仲良くなる。まぁあいつらの平均年齢を計算したら軽く百は超えてしまうのだが、見た目が子どもなら子どもだろう。いや待て、それだと俺も下手したら子どもということに…… 俺だけは例外ということにしておこう。

 

 それよりフランが行ってしまったから、俺は一人残されてしまった。別に一人で飲むのは嫌いじゃないが、なんとなく手元が寂しい気がする。

 

「さ、咲夜ー! フランが日傘も無しに太陽の下に! フランが溶けちゃう!」

「お、落ち着いてくださいお嬢様!」

「パチュリー様、吸血鬼って日の光を浴びたら溶けるんですか?」

「日焼けして火傷して焦げるんじゃない?」

 

 辺りを見渡すと騒がしいところが目についた。フランの代わりにレミリアを、とも思ったがどうやらレミリアは忙しそうだ。

 他に誰かいないのか、橙とかてゐとか。近くにいい感じのヤツがいないか探してみる。

 

「……む、妖夢、丁度いいところに」

「?」

「こっちこっち」

「は、はぁ……」

 

 丁度近くにいた妖夢と目が合ったので、そのまま手で招き寄せる。妖夢は呼ばれるままにひょこひょこと、俺の元までやってきた。

 

「どうしたんですか真さん?」

「あぁ、まぁ座れよ」

「はぁ……失礼します」

「いや、座るところはそっちじゃなくてな」

「え? えーと……ではどこに……」

「こっち」

「きゃあっ」

 

 目の前にいる妖夢の手を掴んで引き寄せる。妖夢はそのまま倒れこみ、正面から俺に体を預ける体勢になった。

 ……これだと向きが逆だな。妖夢を半回転させて俺と同じ向きにさせる。

 

「し、真さん!?」

「……うん。小っちゃい小っちゃい」

「小っちゃい!? なんですかいきなり!」

「……刀ジャマだな」

「聞いてくださいよ!」

 

 妖夢の背負っている長い剣を、外してそのまま近くに置く。邪魔なものは無くなったので、俺は改めて妖夢を引き寄せて先ほどのフランと同じような位置に持ってきた。

 

「……うん」

「え、えぇー……」

 

 両腕ごと妖夢を抱き締めて、妖夢の頭にあごを乗せる。妖夢もフランほどではないが背が低い。余裕で俺の腕に収まる大きさだ。

 

「……え、えーと……それで私を呼んだ用は……」

「ん? うん」

「『うん』じゃないですよ。無いんですね?」

「あるよ。 ……えーっと……」

「いま考えてるじゃないですか! 無いんですね!?」

 

 妖夢が俺のあごの下でなにやら(わめ)いている。宴会の中で話すことに、用など無いようなものだろう。用が無ければ話してはいけないのか。妖夢はそんな子じゃないと信じていたのに。

 

「うう……妖夢が冷たい…… そんなに俺と一緒にいるのが嫌なのか……」

「いや別に、嫌というわけでは……」

「じゃあいいじゃん」

「あわわわわ! ……あれぇ?」

 

 更に妖夢を強く抱き締める。本気で嫌がる素振りを見せたらすぐにでも離すが、妖夢は暴れようとはしてないし大丈夫……のはずだ。

 

「……あぁそうか! おかしいのは今の体勢ですよ! どうして私が真さんの……その……腕の中にいるのかっていう……」

「幽々子も呼ぼうか」

「わざとですか!?」

「何が? おーい幽々子ー」

「きゃー!?」

 

 妖夢が元いた場所の近くにいた、料理を食べている幽々子を呼ぶ。幽々子は俺の声を聞き取ると、食べるのを中断してふわふわとこちらまで飛んできた。

 

「どうしたの~真? ……あら」

「ゆ、幽々子様、これはその…… あ、あまり見ないで下さい……」

「幽々子、妖夢が冷たい」

「……まぁ、妖夢は半分幽霊だからね~」

 

 幽々子が俺と妖夢の前に座り込む。なるほど、確かに幽霊がいると周囲の温度が下がると聞いたことがあるな。幽霊の体温が冷たいのも納得だ。

 

「……本当だ、冷たい」

「ほっぺを触らないで下さい!」

「すまん」

 

 妖夢の頬に軽く手を触れたら怒られた。残念だ、頬は"触れてみたい身体の部位ランキング"で上位に位置する部位だというのに。

 

「真、楽しそうね」

「楽しいよ。妖夢がいるから」

「いいわね~」

「幽々子も来るか?」

「いいの?」

「いいよ、おいでー」

 

 妖夢を抱えていた腕を一旦離し、幽々子に向かって前に出す。幽々子は間に妖夢がいるのもお構いなしに、倒れこむように抱きついてきた。俺も後ろ向きに倒れながら、倒れてくる幽々子をうまく支える。

 

「~♪」

「ぎゃー! 潰れるー!」

「潰そうか」

「うわー! 背中側が硬くて前は柔らかいー!」

 

 俺は二人に下敷きにされている状態になり、妖夢は俺と幽々子に挟まれている。幽々子が俺に抱きついているため妖夢に更に負荷がかかっているのか、妖夢が苦しそうな声を上げた。

 とはいえそれで圧死するわけでもあるまい。俺は幽々子の背中に腕を回して、俺からも幽々子を引っ張ることで更に妖夢を押しつぶした。

 

「あははー♪ 妖夢楽しいわね♪」

「なにがですか!? 苦しいだけなんですけど!」

「……仕方ないな」

 

 本当に妖夢が苦しそうなので、腕の力を若干弱める。重力が働くため妖夢が幽々子に押しつぶされているのは変わらないが、このぐらいなら平気だろう。

 幽々子は着物がひらひらしているため分かりにくいが、妖夢より少し大きいくらいなので体重も軽いほうだ。一体なぜこの小さい体に大量の食べ物が入るのかと甚だ疑問ではあるが、大食いの人物は得てして皆そういうものである。

 

「……ん? 幽々子、口元が汚れてる」

「え? どこ?」

「あーいい。ちょっとじっとしてろ」

「はーい。 …………」

「……よし、取れた」

「ありがと~」

「いえいえー」

 

 手に届く位置に丁度いいものが何も無いので、着物の袖で幽々子の口を拭う。拭ったついでに幽々子の頬に両手を当ててみると、妖夢以上にひんやりしていた。

 冷たい肌と幽々子のおっとりとした性格から、なんとなくレティを思い出す。特徴だけを抜き出してみると、幽々子とレティも似てるなぁ。

 

「幽々子の肌も冷たいなー」

「私も幽霊だから~」

 

 両手を幽々子の背中から完全に離し、目の前にある幽々子の顔の頬に手を触れる。幽々子は特に嫌がる様子は見せない。柔らかくていい感触だ。 

 

「……そうだ、幽霊で思い出したけど、お前らは冥界の仕事は忙しくないのか?」

「え? どういうことです?」

 

 先日三途の川で大量の幽霊を運んだが、確かあの幽霊たちは運ばれた後に白玉楼まで向かうはずだ。冥界も忙しい時期だと思うのだが、花見なんてしててもいいのだろうか。そう思って尋ねてみると、幽々子ではなく妖夢が反応した。

 

「どういうことって……この花たちから分かるように、幽霊が大量発生してるじゃないか。三途の川も大賑わいだったし、白玉楼も忙しいだろうと思ったんだが」

「ええっ!? そんなの初耳ですよ!? 確かにこの花の咲き乱れようはおかしいとは思ってましたが……」

「妖夢には教えてなかったもの~」

「幽々子様はご存じだったんですか!?」

「あ……」

 

 妖夢が勢いよく起き上がり、そのまま幽々子の肩をつかむ。上に乗っていた二人がいなくなったため俺の体も動かせるようになった。俺も二人に合わせて上半身を起こし座りなおす。

 

「そりゃあ知ってたけど…… 妖夢が自分で気付くか試してみようかな~って」

「またそんな…… 白玉楼に戻らなくて大丈夫なんですか?」

「大丈夫よ~。経験上、忙しくなるのは花たちがおさまり始めてから。多分数日後になるかしら、だからまだそう焦ることは……」

「……いえ。今回はいつもより早くこちらが終わりましたので、明日……もしかしたら今日にでもそちらが忙しくなると思いますよ?」

「あら?」

 

 幽々子が妖夢に説明していると、誰かが話に割り込んできた。位置的には俺と妖夢の後ろ側、幽々子にとっては前方方向だ。

 振り返って声の主を見てみると、この前会ったばかりである映姫と小町が立っていた。

 

「え……それはどういう…… というか貴女……もしかして閻魔様ですか?」

「はい、そうですよ」

 

 妖夢に尋ねられて映姫が肯定する。映姫の格好を見て閻魔だと分かったのだろうか。妖夢も冥界を管理する一人だから知っていたのだろう。

 

「それはまた…… えーと初めまして、私は魂魄妖夢といいます。閻魔様、先ほどおっしゃった話は本当ですか?」

「はい。先日諸事情により大量の幽霊に三途の川を渡らせることに成功しまして、地上にあふれていた幽霊の大半を裁くことも終わりました。裁き終わった幽霊たちはもう冥界に向かっているので、貴女たちも早めに冥界に戻っておいたほうがいいと…… いえ、そちらの問題にあまり口を出すものではありませんね。しかしそもそも冥界の者が現世に軽々と出てくるというのは良くありません。貴女はもう少し自分の立場というものを理解して……」

「四季様、口を出しちゃってますよ」

「おっと」

 

 映姫が小町に止められて、「失礼。」と言いながら持っている(しゃく)を口に当てる。説教したがり……とは少し違うな。映姫は閻魔であることから結構な導きたがりとでも言うべきか。

 

「幽々子様、聞いたとおりです。急いで白玉楼に戻りましょう!」

「……え~…… 真~……」

「幽々子ー……」

「はいはい、戻りますよ。真さんも手を離してください」

「あ~ん」

 

 妖夢が立ち上がり、更に幽々子も立ち上がらせる。残念だが、『死霊を操る程度の能力』を持つ幽々子の存在は冥界にとっては大事なものだ。戻らないわけにはいかないだろう。

 

「閻魔様、ご忠告ありがとうございます。後日改めて挨拶に伺わせていただきますので」

 

 妖夢は映姫に頭を下げると、刀を拾い幽々子を連れて帰っていく。この場には俺と映姫と小町が残された。

 

「あー……」

「ごめんなさい真さん、お楽しみのところをお邪魔してしまって」

 

 映姫が俺に頭を下げる。確かに楽しい時間を邪魔をされたが、仕事ならば仕方がない。気を取り直して映姫のほうに向き直る。

 

「別にいいけど…… お前らはもう仕事が一段落ついたんだな」

「はい。真さんが協力してくれたおかげで」

「本当はまだあるんだけどね。あたいと四季様だけ休暇がもらえたのさ」

「……ふーん」

 

 小町が具体的に教えてくれるが、この際二人の仕事がどんな感じなのかには興味ない。俺は適当に相槌を打つ。

 

「で、折角の休暇に何しに来たんだ?」

「結局今回は真さんにとても助けられましたので、改めてお礼をと思いまして。 ……それに、あれだけ手伝ってもらっておいて、お給料も用意できませんでしたし…… 本当に考えが浅かったと反省もしてます。 ……真さん。私が真さんにできることがあればなんでも言ってください。その……真さんが何をもらったら納得するか思いつかなかったものですから、それならいっそ真さんの望むことをしようかと。今回の件で十分お給料も出ましたし、並大抵のものなら私でも……」

「……映姫」

「はい?」

「話が長い」

「あいたっ」

 

 俺の前で長々と話す映姫の頭に、座ったままでチョップをかます。映姫は昔から話が長い。要約すると、『手伝ってくれてありがとう、なんかいる?』ってことだろう? 別に俺から言い出したことだし、気にする必要など無いのだが。

 

「あのなぁ…… なんか欲しかったらこの前の時点で言ってるし、そもそも俺から手伝ったんだからそんな恩着せがましいことはしないって」

「で、ですが、真さんがやってくれた仕事の分も私のお給料に入ってますし、小町なんて真さんが幽霊にわたした三途の川の渡し賃まで懐に入ったんですよ? このまま何もしないなど、私の気が済まないというか……」

「えいっ」

「わっぷ!」

 

 無駄に食い下がってくる映姫の腕を引っ張り、倒れてくる映姫を抱きとめる。その反動で落ちた映姫の帽子を横に置きなおすと、俺はそのまま映姫の頭を撫でた。

 

「よしよし、映姫はいい子だなー」

「し、真さん何を……」

「映姫のその気持ちだけで十分なものをもらったよ。これ以上もらったら贅沢ってもんだ」

「あ、あうあう……」

「おー、元地蔵のくせに柔らかいなー」

 

 俺はひとしきり映姫を抱きしめた後、反転させて膝の上に座らせる。やっぱりこっちの体勢のほう映姫も動きやすいだろう、酒を飲むときとかに。

 

「今日は休みなんだろう? それなら一緒に花見を楽しもうじゃないか。うん、それで全部チャラにしよう」

「……真さんがそれで良いのなら。 ……でもその……この体勢は恥ず……動きにくいので離してもらっても……」

「やだ。動かなくていいし、離さない。 ……まぁ映姫が本気で嫌なら離すけど」

「うう……その、嫌というわけでは…… こ、小町……」

 

 映姫が小町に視線を移動させる。ああ、いたな、そういえば。

小町は膝を曲げて目線を映姫の高さに合わせる。さすがに上司を見下ろしたまま話すのは失礼なのだろう。

 

「ええと……まぁ……四季様は放っておくとここの連中に説教を始めそうだし、そのままでいいんじゃないですか? うん、いいと思いますよ」

「な! 貴女は私をなんだと……」

「それに、嫌じゃないんでしょ? なら別にいいじゃないですか」

「そうだそうだ」

「あう……近い……」

 

 映姫を二つの意味で丸め込む。妖夢や幽々子の冷たい感触とは逆に映姫の体は温かい。これはこれでいい感じだ。

 

「小町、お前なかなか分かってるな」

「だろ? こんな四季様は滅多に見られないからね」

「小町……覚えてなさい」

「さて、じゃあ飲むか。小町、適当に酒をどっかから持ってきてくれ」

「え、あたいがかい?」

「当然だ。俺たちはいま動けないから」

 

 映姫が膝の上にいるので、俺の手の届く範囲はもの凄く限られる。フランと二人で飲んでいたため、近くにもうあまり酒は無い。俺は小町に酒を持ってきてもらうようにお願いする。

 

「仕方ないねぇ。どこから持ってくればいい?」

「そこら辺に無いか? 無いなら最悪、人里から買ってきてもらうか」

「うええ……あたいの自腹?」

「いいだろ別に。この前のあれで結構金は入ったんだろ?」

 

 三途の川の船頭は、給料のほかに渡し賃という形でもお金が貰える。渡し賃は幽霊を運んだだけ貰えるので、小町はこの前の機会にほかの死神よりもたくさん稼いでいるはずだ。

 

「まぁその通りだし構わないけど…… あれ? 真のことだから『金は俺が出す』くらい言うと思ったんだけどなぁ…… いや思っただけで文句はこれっぽっちも無いんだけど」

「……お前はこの前会ったばかりの男の何を知ってるんだ」

「だって会ったばっかりなのに仕事も手伝ってくれたし、しかも無償で」

「別にお前のためじゃないだろ。映姫のために手伝ったんだ」

 

 小町がなにやら勘違いをしているが、俺は別に出会った人物全員助けようとする聖人ではない。そりゃあ困ってたら助けたいとは思うが、タダ働きは御免である。今回は映姫のために働いただけで、小町一人だったとしたら俺は何もしていなかった。

 

「ああでも、映姫のために手伝ったけど結果的に小町も手伝ったからな、小町はもっと俺に感謝するべきだ。映姫には見返りなんか求めないけど、小町には見返りを求める。それが俺だ」

「……うわー、納得できるけど納得できない」

「さ、理解したなら酒よろしく。なぁに、どうせそこら辺にあるって」

「はいよー」

 

 小町が酒を探しにどこかに行く。小町には悪いが俺は誰にでも平等に接する存在ではない、裁判官である映姫とは違うのだ。自分が俗っぽいことは理解しているが、直すつもりはまったくない。

 

「……映姫はすごいなー」

「? どうしたんですか?」

「別に。なんとなくそう思っただけ」

「?」

 

 小町が酒を持ってくるまで、映姫の頭を撫でながら待つ。そういえば、地蔵を撫でると自分の悪いところが治るという話があるな。俺の性格もちょっとはマシになるだろうか。

 

 程なくして小町が両手に酒を持って戻ってきた。そこら辺にあったものだろう。いちいち誰のものか気にしてなどいられない、宴会とはそういうものだ。

 

「それじゃ、乾杯」

「乾杯!」

「いただきます」

 

 三人で杯を合わせてそれぞれ酒を飲む。相変わらず酒の味はよく分からないが、綺麗な景色に囲まれた状態で飲む酒は美味しい。

 

 映姫と小町がここに来ていることから、もうすぐこの綺麗な景色は見納めとなる。明日にはもうこの花たちは元に戻っているだろう。

 六十年に一度の貴重な異変の中、昔の知り合いである閻魔と新しくできた知り合いの死神とのひと時を、しっかりと目に焼き付けようと思った。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。