東方狐答録   作:佐藤秋

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第七十四話 東風谷早苗③

 

 引き続き早苗と一緒に外の世界を見て回る。せっかく外の世界に来たのだから、幻想郷の連中に何かしらお土産を買って帰ろう。それに俺の財布の中には幻想郷では使えないお金が混ざっているため、全部使いきってしまいたいところだ。

 

 しかし外の世界のお土産として、幻想郷に高度な機械などを持って帰るわけにもいかない。進化した道具を気軽に与えては、人間にも妖怪にも悪影響だ。

 程よく外の世界を楽しむような都合のいい物は無いものかと、俺は早苗に連れられて大きなデパートメントストアに訪れていた。

 

 

「……あのー真さん。真さんってお土産を買うとか言ってましたよね。こんなところにお土産になるものなんてあるんですか?」

 

 デパートのとあるコーナーにて、早苗が不思議そうな顔をして尋ねてくる。俺たちが今いるところは、デパートの中の食品フロア。言ってしまえばスーパーマーケットだ。

 早苗にとっては見慣れたどこにでもある場所かもしれないが、幻想郷から見ると珍しい物にあふれている。視界に広がる沢山の商品は、幻想郷の住民にとってまさしくご当地の名産なのだ。

 

「真さんが今持ってるのは……塩?」

「ああ。俺の住んでる所には周りに海が無くてな、塩はかなり貴重なんだ」

「へー、内陸部から来たんですね…… って、ここも十分内陸ですけど!?」

「そうなのか。とりあえずこの塩は買って帰ろう」

「……塩を袋でまとめ買いする人、初めて見ました」

 

 早苗に奇異の目線を浴びせられながらも、塩をカゴの中に入れていく。事情が分からない人が今の俺を見たら、あの人は米と勘違いして塩を買ってるんだと思うんじゃないか。

 紫の協力があれば外の世界にはいつでも来れるが、念のため少し多目に買っておこう。これほど買って帰ってもまだ、財布には金が余りそうだ。

 

「……というか、そもそも俺がここ(外の世界)に来たのは、海の魚を求めて来たんだよ。知り合いに頼まれてさ」

「海の魚を頼まれるってどういうことですか……」

「言葉通りの意味だ」

 

 早苗が更に奇怪な目で見てくるが、仕方ないだろう幻想郷は隔離されているのだから。そこのところを詳しく説明するとボロが出るので誤魔化しておこう。咄嗟に嘘をつくのは難しい、あらかじめ何か考えておくべきだった。

 本当に外の世界に来た理由は単純明快、紫に頼まれて橙のために海の魚を手に入れるために来たのである。

 

 幻想郷には海が存在しないため、当然海の魚が存在しない。それ故に幻想郷の住民は、海の存在を知っていても海の魚の味は知らないのだ。

 当然橙もその例に漏れず、海の魚は食べたことが無い。しかし橙は猫の妖怪と言うこともあり、ひそかに海の魚というものにある種の憧れを抱いてるのである。

 

 今度橙の式としての修行が一段落つく。これを機に海の魚を食べさせてあげようと、保護()()たち()は俺を外の世界に連れ出したのだ。橙には秘密裏に計画を進めるべく、本人たちが行くわけにはいかなかったらしい。

 

「……よく分かりませんが、お魚なら向こうにありますよ」

「……一応ここでも買っとくか。本当は海で直接釣り上げようと思ったんだが」

「本当に、なんでここ(内陸部)に来たんですかね……」

 

 本当に俺もそう思う。最初から紫に海のそばまでスキマを開いてもらえば済む話だったのにな。

 しかしまぁ橙の修行が終わるまではまだ結構時間があるので、急いで幻想郷に戻る必要は無い。海へは後々行こうと思うので、細かいことは気にしないでおこう。

 

 魚を適当にカゴに放り込み、他のお土産を探していく。塩や魚以外で、幻想郷に無い物といえば…… 

 

「……ここはお菓子コーナーみたいですね。真さんは甘いものとか食べるんですか?」

「うーん……食べるが、こういったものは食べないな。俺はどちらかというと和菓子が好きだ」

「ああー。っぽいですね、服装的にも」

「お、金平糖。魔理沙が好きそうだから買って帰ろう」

 

 見渡す限り幻想郷には無い物ばかりだが、ひとまず近くにあったお菓子のコーナーへ向かう。星の形をした金平糖は、なんとなく魔理沙に合ってる気がした。

 幻想郷にいる全員にお土産を用意するのはさすがにしないが、なんとなくそいつに合ってると思ったら買って帰ろう。金平糖などはもしかしたら、幻想郷にもあるかもしれないが、そのときはまぁそのときである。

 

「シガレットチョコ……妹紅に似合いそうだ。本当のタバコは吸ってほしくないしな」

「また別の女の人の名前が……」

「早苗もなんかお菓子いるか?」

「……へ? あ、いらないです」

「そうか。 ……お、ねるねるねるねはパチュリーにあげよう。オレオは白黒だから映姫に似合うかな」

 

 完全に面白半分でお菓子をカゴに入れていく。何だか楽しくなってきた、目に付いたものは片っ端から買っていこう。駄菓子なんかは慧音の寺子屋に通う子ども達にとって、なかなかいいお土産になる。

 

「随分大量に買いますね、お菓子ばっかり」

「……これが大人の財力だ」

「昨日まで無一文だった人が言いますね。そんなに買って重くないですか?」

「軽い軽い。よし、他のも見に行こう」

「はいっ」

 

 お菓子のコーナーは十分堪能したので、そろそろ別の場所に行くことにする。お菓子といい食材といい、ここには魅力的なものがいっぱいだ。食べ物だったら外の世界の技術なんかを気にせず、気軽に幻想郷に持って帰れる。 

 

 

「霊夢にはお茶でも買って帰ろう。 ……早苗はどのお茶がいいと思う?」

「え? えーと……そうですね」

「早苗は紅茶が好きそうだよな、苗字も紅茶だし」

東風谷(こちや)ですけど! 誰が紅茶(こうちゃ)早苗ですか!」

「そこまで言ってねーよ」

 

 お茶っ葉が売っているコーナーで、早苗と漫才みたいなやり取りをする。静葉と穣子からもらった秋のお茶はまだ残っているが、せっかくなので買っていこう。霊夢といえばお茶のイメージが強い。

 

「ああ、でも早苗は緑茶も好きそうだ」

「? どうしてですか?」

「髪が緑色だから」

「そんなの、色が同じってだけじゃ…… え?」

 

 早苗は高校生にしては珍しい、色鮮やかな緑色の髪をしている。というか髪の色が黒じゃない時点で、幻想郷でも外の世界でも珍しい。まぁ俺の知り合いには黒髪じゃない連中も沢山いるし、だからといって大したことでは無いが。

 俺は特に気にする様子も無く流れで早苗の髪の色を話題にすると、早苗は動きを止め目を真ん丸くして俺を見てきた。何か変なことでも言っただろうか。

 

「……真さんは、私の髪の色が緑に見えるんですか?」

「見えるっていうか、緑だろ?」

「本当に? 黒じゃなくて?」

「ええ? えーと……薄緑かも…… それかエメラルドグリーン? 信号機で言うと青」

「……!」

 

 そう言うと早苗は、更に目を大きく見開いた。早苗は何に驚いているんだろう、どっからどう見ても緑だろうに。

 あれか、男は虹が七色に見えるけど、女は二十九色に見える的な。残念ながら俺の語彙では、緑色であるとしか表現できない。

 というか確実に黒ではないだろ。髪を緑に染めるのは結構難しく、一回目ではあまり馴染まず黒いままであることが多いらしいが。

 

「……私の髪が緑に見える人に初めて会った…… もしかしたら真さんにも、お二人の姿が見える可能性が……」

「? おーい」

 

 早苗がなにやら一人でぶつぶつと呟き始める。話しかけてみるが反応がニブい。どうやら深く考え事をしているみたいだ。

 

 このまま早苗が気が付くまで待ってもいいが、それだと時間が勿体ない。丁度カゴもいっぱいになったことだし、今のうちに商品をレジに通してしまおう。

 俺は未だ動かないまま考え事をしている早苗を置いて、ひとまずレジに向かうことにした。

 

 

 

 

「……さて、第二ラウンド開始といこうか」

 

 商品をレジに通した後、改めて買い物に戻ってくる。さっきまでカゴにあった大量の塩とお菓子はこの通り、木の葉に変えて懐へと仕舞っておいた。

 なぜか少しだけ変化の術が使いにくかったが、ここが幻想郷ではないからだろうか。外の世界では幻想が否定されているため、こういったことが起こるのかも知れない。

 

 それはさておき、買い物の続きを開始する。先ほど霊夢のお茶っ葉を買ったところから、少し離れた場所に来た。ここには紫と同じ名前のふりかけがあったので、紫にはそれを買っていこう。

 橙、紫と来たらあとは藍だ。藍には何を買って帰ろうか…… 藍の好きな油揚げは幻想郷でも確実に買えるからなぁ……

 

「あ、餃子をお手軽に包む道具がある。これはなんとなく美鈴にあげよう」

 

 藍へのお土産は思いつかなかったが、美鈴へのお土産を発見した。お土産を食べ物にこだわる必要はまったく無い。このデパートには様々なお店があるようなので、そこでもいろいろ買うつもりだ。

 

「んー、でもまぁもう少し見て回るか。カップラーメンとか幻想郷では珍しいかも……」

「……し、真さん! いつの間に消えてたんですか!」

「あ、早苗。おかえり」

 

 引き続き商品を見ていると、早苗がやっと戻ってきた。考え事は終わったのだろうか。

 

「どうしたんだ、さっきは」

「い、いえ、なんでもないです。真さんを神社に送ってからのことを考えていたもので…… それより、カゴの中身減ってません?」

「そうか? こんなもんだろ」

「気のせいかなぁ……」

 

 気のせいではないのだが、説明も面倒なので黙っておく。早苗に関する物を入れていたわけでもないので、早苗も深くは考えずそういうものかと納得したようだ。 

 

「あとどのくらい買い物します?」

「そうだな、もう少し見たら別のフロアに行こう。 ……あ、もう昼か? それなら次は昼飯だな」

「そうですね! 次こそは私が……」

 

 どうして早苗があのタイミングでそんなことを考えたのかなどは特に聞かず、俺たちはもう少しだけここで買い物を続けることにした。早苗がなにやら意気込んでいるが、俺はおごってもらうつもりは無い。

 

 商品をレジに通したのち残金を見たら、お金にはまだまだ余裕があった。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 昼食を済ませた後、服飾関係の店まで足を運ぶ。勿論自分のための買い物ではなく、幻想郷へのお土産だ。

 お金はまだ残ってるとはいえ、服やアクセサリーは値段が高い。予算をオーバーしないよう、手頃な物から見ていくことにする。

 

 

「いろんな髪飾りがありますねー。 ……あ! これかわいい! 真さんつけます?」

「……この、船の(いかり)をかたどったのは水蜜に合いそうだ。 ……この目玉っぽいのはさとりとこいしに…… いやどうしよう」

「……聞いてないので、勝手につけちゃいましょう。 ……む、髪が短いのでつけにくい……」

「なにやってんだお前は」

 

 髪飾りのコーナーにて、早苗が俺の後ろ髪で遊んでいる。一人で勝手に楽しそうだ、俺は気にせずに髪飾りを物色しよう。

 とはいえ女の子の装飾品だ、俺が気に入ったからといって相手も気に入るとは限らない。丁度早苗がいることだし、早苗から見てどうなのかを尋ねてみる。

 

「早苗、これかわいいと思うか?」

「はい! どっちも!」

「そうか。じゃあ買おう」

 

 早苗のお墨付きを貰ったため、手に持った髪飾りは戻さないでおく。どうやら俺のセンスもなかなか捨てたもんじゃないらしい。俺から見てもこの髪飾りには、珍しさの中にかわいさがあると思う。 

 

「早苗もかわいい髪飾りをしてるよな。蛙の髪飾りと、蛇の髪飾りか」

「あ、これですか? えへへ……似合います? 実はこれ、とある人からの譲り受けたものなんですよ」

「へぇー。 ……うん、似合ってる」

 

 そう言いながら早苗の顔をまじまじと見る。早苗もなかなか珍しい髪飾りをつけているな。そういったものをつけている人はあまり見かけないが、不思議と早苗に良く似合っていた。

 

「……しかしどこかで見覚えがあるような……」

「そうなんですか? 私はこれと同じものは見たこと無いですが……」

「そうか、じゃあ気のせいかもな」

 

 早苗の緑色の髪も含め少し引っかかるような気がしたが、深く考えないことにする。蛙と蛇の組み合わせなんて、そう珍しいものでもない。

 

「それより真さんほら、もっと聞きたいことがあるんじゃないですか? 誰からもらったものなんだ、とか。ふっふっふ……ですがご安心を! これをくれたのは女性なので、真さんの心配することは何も……」

「よし、つぎ行くか」

「スルーですかそうですか。はい、行きましょう」

 

 髪飾りはもう十分見た、もうここら辺はいいだろう。俺は一人で楽しそうな早苗を連れて、別のところも見に行くことにした。 

 

 

 

 

「傘……かぁ。紫と幽香はまだ持ってるし…… レミリアとフランに買っていくか。姉妹でおそろいのでも」

 

 次に訪れた傘売り場のコーナーにて、吸血鬼の二人に丁度いいお土産を発見する。吸血鬼は太陽の光が弱点なので、昼間に外に出るときには日傘が手放せないのだ。

 紫と幽香も日傘を持っているイメージがあるが、あの二人は未だにお互いが渡した日傘を愛用しているため必要ない。紫には他のお土産も買ったし、幽香には傘とは別の……そうだな、麦藁帽子でも買っていこう。

 

「真さんって知り合い多いですねー」

「そうか? 早苗より長く生きてるからな」

 

 様々な種類のお土産を買う俺を見て出た早苗の呟きに、無難な返事を返しておく。別に幻想郷にいる全員分、それぞれにお土産を買おうとは思っていない。しかし丁度いいものを思い付いてしまうのだから仕方ないだろ。にとりなんかはすぐ思い付くな、外の世界の機械を上げたら喜びそうだ。

 機械はまた別の機会に買うとして、今はもう少しここを見て回る。

 

 

「! おい早苗、これ良くないか?」

「どれですか? ……へぇー、かわいいですね、尻尾のアクセサリー」

 

 装飾品売り場にて、俺の尻尾を模したようなアクセサリーを発見する。ズボンの後ろ側に引っ掛ければ、あたかも尻尾が生えてるように見せかけるような装飾品だ。なんだか面白いと感じたので、思わず早苗を呼んでしまった。

 

「霊夢にあげたら俺とおそろいになるな」

「おそろい?」

「あ、いやなんでもない」

 

 霊夢にあげたときのことを考えていたら、うっかり変なことを口走る。危ない危ない、俺が妖怪であることは内緒だった。まさか尻尾を出して、こういうことだと説明するわけにはいかないだろう。

 

 というか外の世界の住民には、尻尾を顕現させたところで見えないらしい。外の世界では妖怪が幻想になっている影響のためだ。念のため尻尾はいつも通り隠しているが、おそらく早苗も見ることはできない。

 

「霊夢に尻尾か…… それより先に服だな。早苗、あっちに行こう」

「あ、はい」

 

 誤魔化し半分、興味半分で、早苗を連れて女性用の洋服売り場まで歩いて行く。霊夢はいつも同じ巫女服姿をしているため、寝巻き以外の別の格好をしているところを見たことがない。

 妖怪ならいつも同じ格好でも構わないが、霊夢は人間なんだからもっといろんな格好をしてみるべきだ。

 ついでに妹紅の分も見ておこう、あいついっつもモンペだからな。

 

「……ふむ。早苗は霊夢より少し背が高いかな」

 

 早苗の頭に手を当てて、霊夢との身長を比較する。少し大きめの服のほうが、成長しても着ることができるので丁度いい。

 

「誰ですか? 結構その名前出してますけど」

「早苗と同じくらいの女の子だ」

「それはなんとなく予想できてます」

「お、この袖がだぶついてるやつとかいいな」

 

 早苗への霊夢の説明もそこそこに、適当に服を見繕う。早苗が一緒で助かった、男がここに一人でいるのは肩身が狭い。

 俺は選んだ服を早苗の前に当ててみる。ふぅむ、おそらくサイズは合っていると思うのだが、着ているところを見た方がより分かりやすい。せっかく早苗がいることだし、早苗にも協力してもらおう。

 

「早苗、試着してみせてくれ」

「……え!? 私がですか!? ……私が着ても仕方ないと思いますが……」

「試しにだ、試しに」

「女の子の服はそう単純じゃないんですけど……」

「……」

「わ、分かりましたよ! 覗かないでくださいね!」

 

 早苗に快く協力してもらい、選んだ服を試着してもらう。"覗かないで"なんて言われたが、俺でも分かるぞそれがダメなことくらい。

 

 早苗が着替えている間に、近くの商品に目を向けてみる。 ……あっちのほうに扇子があるな。幽々子あたりに買っていこうか。

 幽々子は食べ物でもあげようと思っていたが、いいものが見つかったので仕方がない。ついでに妖夢には、近くにある新撰組の衣装でも買って帰ろう。

 

「し、真さん? 着ましたけど……」

 

 早苗が試着室のカーテンを少し開け、別の物を見ていた俺を呼ぶ。そりゃあ試着室の前で仁王立ちして待つわけにもいかないだろう、少し離れた場所にいるのは当然だ。

 

「……どうですか?」

 

 カーテンを完全に開ききり、早苗が身に着けた服を披露する。

 ……うん、やはり着ている姿を見たほうが分かりやすい。サイズ的な問題は無さそうだし、早苗にも十分似合っている。

 

「おー、いい感じだ」

「へ、変じゃないでしょうか?」

「全然。馬子にも衣装って感じだな」

「それってあんまりいい言葉じゃないような……」

「あ、そうだっけ」

 

 あまりに語彙が少ないため、うまい言葉が見つからない。そういえば馬子にも衣装という言葉は、どちらかというと服を褒める言葉だっけ。ここはあまり洒落た表現をせず、思ったことをそのまま言おう。

 

「うん、似合ってるしかわいい」

「そ、そうですか…… ならいいです! ……まったく、私は真さんの孫じゃないんですから」

「そのマゴじゃないだろ、馬子にも衣装は」

「冗談です。真さんはそんな歳じゃないですもんね」

「……」

 

 そう言われてしまうと返しに困る。実はそんな歳なんだけどな。孫どころかそれ以上がいてもおかしくない。

 

「あれ? どうしたんですか真さん?」

「……なんでもない。さぁ、次だ。今度はこの服を着てみせてくれ」

「まだ着るんですか!?」

 

 俺の年齢のことはさておいて、まだまだ試してみたい服は沢山ある。早苗にはまだまだ協力してもらおう。

 俺は新たな服を早苗に手渡し、更に他の服を見繕いに行った。

 

 

 

 

「……着ましたけど……これ肩出しすぎじゃないですか? オフショルダーは下着の紐が……」

「それも似合うな。 ……よし次は……これだ。これならきっと早苗に似合う」

「なんか目的変わってません!?」

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 デパートから出ていくころには、既に夕方くらいの時間になっていた。洋服を買った後もいろいろ回ったのだからこんなものだろう。今は早苗の案内の元、俺が泊まる神社に向かって歩いている。

 

「あー! 楽しかった! ……結局今日一日遊んでばっかりでしたね。洋服も買ってもらっちゃいましたし。そんなにお金を使ってよかったんですか?」

「……残金200円か。そしてこれで80円」

「そんなに使っちゃったんですか!?」

「うん」

 

 自動販売機で珍しいジュースのボタンを押しつつ、隣にいる早苗の突っ込みを軽くいなす。予定通り外のお金はほとんど使い果たした。ちょっとこれ言ってみたかったんだよな、『宵越しの銭は持たない主義なんだ』ってやつ。

 

「真さんたくさん買い物してましたからねー。なぜか荷物はとても少ないですが」

「気にするな。 ……うわ、このジュースおいしくない。早苗、やる」

「……なんですかこのジュース。"きなこ練乳"?」

「やっぱりお茶がよかったなー」

「なんで買ったんですか!?」

 

 珍しいから買ってみたが、甘すぎたので早苗にジュースを手渡す。早苗はジュースを受け取った後、なにやらその缶を睨んでいた。

 

「……こんなにロマンティックじゃない間接キスのシチュエーションが未だかつてあったでしょうか。なんだか別の意味でドキドキしますね……」

「? なにブツブツ言ってんだ?」

「……なんでもないです。それより、もうすぐ着きますよ」

「お、そうか」

 

 デパートから出てまだあまり歩いていないが、神社までの距離は意外と短かったようだ。まぁこれは俺が思ったことなので、早苗が長いと思っている可能性は十分ある。

 

「悪いな、最後まで案内してもらって。口で説明してくれたら、早苗は先に帰ってくれてもよかったんだが」

「いえ、大丈夫です。真さんの部屋を案内しなければいけませんし…… それに、確認したいこともありますから」

「確認? 一体なんの……」

「あ、見えてきました!」

 

 少し早苗の言葉に引っかかりを覚えたが、早苗の声にかき消された。まぁ最後まで案内してくれるならそれでいい。それに神社はもう見えているようだし、あまり気にしないことにする。 

 

 目的地が見えたらそこからはあっという間、少し歩いてすぐに神社に到着した。人がいないと聞いていたのでもっと古い建物を想像していたが、意外にも神社は小綺麗な景観をしている。入り口にあった神社の名前はかすれているため読めないが、そこは気にしないことにしよう。

 

「……ん?」

「…………」

 

 神社に入って目の前を見ると、賽銭箱の後ろに早苗よりも幼い少女が座っていた。少女は一人でポツンと座っており、近くに両親の影は見当たらない。

 

「真さん、せっかくなのでお参りします?」

「え? あぁそうだな、宿泊代として払っとくか」

 

 とはいえまだまだ日が沈みきるまでは時間がある、心配することも無いだろう。早苗も気にしていないようだし、俺も気にせず賽銭箱に向かうとする。

 

 こう見えても俺は寺や神社に縁があり、世話になったことも沢山ある。今も神社に住んでいるので、ある程度の作法は分かるのだ。

 本当は鳥居をくぐるときにも作法があるがそれはこの際置いておき、賽銭を入れるのはちゃんとしよう。賽銭箱にお金を入れ、二礼二拍手一礼をする。

 

「…………ん」

「……ふーん、こいつが早苗の言ってた男か。 ……顔がよく見えないなぁ」

 

 賽銭箱の前で手を合わせて目を閉じると、なにやら周囲に気配を感じる。片目を開けて確認してみると、先ほどの少女が俺の周りをウロチョロしていた。

 好奇心旺盛な年頃なのは分かるが、よくもまぁ知らない大人に近付けるものだ。多少俺が気になったとしても、遠くでじーっと見ているのが普通だと思う。

 

 変な帽子を被っているため、顔が見えないのはこちらも同じだ。俺は少女が前を通るタイミングを見計らい、丁度前に来たときに屈んで少女と目線を合わせる。

 

「おい、お嬢ちゃん」

「うえあっ!」

 

 俺が目線を合わせて話しかけると、少女は驚いてしりもちをついた。おいおい驚きすぎじゃないか? 驚かせたのは悪かったが、十分予想のできることだろうに。まぁ半分くらいはそのつもりだったが。

 

「あ…… え? 私が見えてる?」

「やっぱり! 真さんには見えるんですね!」

「は? 見えるってなにが……」

「あれ、アンタまさか……!」

「ん? ちょっと待てよ……」

 

 早苗がなにやらハシャいでいるが、それはさておき俺はこけた少女に向かって手を伸ばす。少女が顔を上げたため、帽子で隠れていた顔が見えるようになった。金髪とはまた、子どもにしては珍しい…… あれ? この顔ひょっとして……

  

「よっ」

「うわぁっ!」

 

 少女の顔をよく見るため、俺はもう片方の手も伸ばしてそのまま少女を持ち上げた。先ほどよりも更に近い距離に少女の顔がある。お互いしばし見つめた後、先に少女が口を開いた。

 

「し、し、し、真!?」

 

 少女が俺の顔を指差しながら、口から俺の名前が発せられる。俺のことを知ってるとは間違いない。こいつはもしかしなくても……

 

「やっぱり! お前諏訪子だな!」

「えええええ!」

 

 諏訪子の驚いた声が神社に響く。思わず耳を塞ぎたくなるほどの大声だ。

 諏訪子を持ち上げている俺の目線の先には、神社の全体像が写っている。その中心には紛れもなく、『守矢神社』と書いてあった。

 

 


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