東方狐答録   作:佐藤秋

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第七十七話 幻想郷へ②

 

 つい先ほどまでこの俺は、幻想郷の外にある守矢神社という場所にいた。そこで偶然にも再会した神二人とついでに少女を一人つれて、たったいま幻想郷に戻ってきたばかりである。

 にもかかわらず今の俺の視界には、先ほどと同じ守矢神社の景観が変わらずそこに映っている。それもそのはず、俺たち四人は守矢神社ごと幻想郷へと戻ってきたのだ。

 

「……ついた…… の……?」

 

 掴んでいた俺の腕を諏訪子は手離し、周囲の景色に目を向ける。本当に移動に成功したか半信半疑だろうが、俺は周囲の空気でここは幻想郷だと確信できた。外の世界と比べると幻想郷のほうが空気が軽い感じがする。

 

「うわー! 景色がさっきと全然違います! 本当に移動してきたんですね!」

「ふむ……見たところここは山の中かな? 真はどこだか分かるかい?」

「……えーとだな……」

 

 続いて周囲を目渡す早苗と神奈子につられ、俺もまた周囲に目を向けた。近くの景色は変わっていないが、神社の敷地内より外の景色は今までより大きく異なっている。

 人の迷惑にならない場所を選んで移動してきたが、どうやら俺たちは山の上らへんに来たみたいだ。周囲には自然が広がっており、標高も高い位置にいる。

 

 俺は更に居場所を絞り込むため、遠くのほうまで見渡してみた。 ……うん? なんだか見覚えのある景色だな…… 幻想郷には目印にもなる、一つの高い山があるはずだ。しかしここから見える景色に高い山など存在しない。となると俺たちのいるこの場所は……

 

「……ああ! 分かった、ここ妖怪の山だ!」

「妖怪の山?」

「なかなかストレートなネーミングですね。どこかのゲームにでも出てきそう……」

 

 早苗が外の世界の人間らしい感想を漏らす。なるほど、確かに言われてみたらそうかもな。他にも幻想郷には魔法の森とか、ゲームに出てきそうな名前の場所がある。

 

「待てよ…… 妖怪の山となると少しマズいな……」

「マズいって何が?」

「実はだな……」

 

 頭によぎった心配事のため思わず漏れた呟きを諏訪子に聞き返される。ここでそのことを隠しても意味は無いので、俺は素直に教えることにした。

 

「妖怪の山って言っても、たくさんの妖怪が無秩序にうようよと蔓延(はびこ)ってるってわけでもないんだ。この山は、今は天狗によって治められるんだが……」

「天狗? あの顔が赤くて鼻の長いやつですか?」

「そういうのもいる。それで……」

 

 新しく幻想郷まで来た三人に、妖怪の山について説明する。妖怪の山は一つのまとまった組織であり、それゆえに部外者に対してはひどく冷たいのだ。人里から人間が侵入してこないように常に見張りは存在するし、俺が久しぶりに訪れたときも顔を忘れられていて大変な目にあった。つまり俺たちがここにいる事実は、妖怪の山から見れば無断で進入してきたことに他ならないのである。

 

 諏訪子たちがこちらに来て、まず心配になるのは衣・食・住だ。しかしこちらへは神社ごと移動してきたことから考えると()(じゅう)の心配事はあまり無く、一番の心配ごとは食料に関するものだと俺は考えていた。

 それが妖怪の山に移動してきてしまったことから、住処に関する心配もしなくてはならない。妖力を消費していたとはいえ、面倒なところに来てしまったものだ。

 

「しかも人里から結構距離もあるからな、このままだと人間からの信仰も……」

「……うん、だいたい分かったよ。ありがとね」

 

 妖怪の山に関する大抵のことの説明を終えて、諏訪子が俺にお礼を言ってくる。本当はもっと細かいところまで教えたほうがいいのかもしれないが、一度に説明されても困るだろうし一区切りつけることにしよう。

 ……あ、俺が天狗の中ではそこそこの地位にいるのを伝えるの忘れてた。まぁ長い間留守にしてるし、今さらの話なのでどうでもいいか。椛などは未だに俺を慕ってくれているので嬉しい限りである。

 

「……となると当面の目的は、妖怪の山の妖怪に私たちを認めさせること、かな。ついでにウチに入信させて、信仰がもらえれば言うこと無し!」

「……え。信仰するのって、人間じゃなくて大丈夫なのか?」

「そうだよー。人間だろうが妖怪だろうが、信仰がもらえるなら関係無いね」

「そうなのか……」

 

 どうやら諏訪子たち神にとっては、()(じゅう)よりも信仰のほうが重要らしい。信仰するのが妖怪でもいいというのは初耳だ。神社には結構長いこと住んでいるのに、未だにこういった事情には詳しくない。とはいえ妖怪が信仰するなんてケースは普通無いだろ、知らないのも十分にありえる話だ。

 ……ところで博麗神社って、人間よりも妖怪の信仰のほうが多いような…… 人間よりも妖怪のほうがたくさん訪れていると思う。

 

「さて、じゃあ早速その、山を治めてるっていう天狗のお偉いさんにでも挨拶に行こうか。真、どこに行けばいい?」

「いきなりだな。そんな急に行っても天魔に取り次いでもらえるとは思えないが…… そんなことしなくてもここで待ってれば、天狗たちが様子を見に来るんじゃないか? いきなり妖怪の山に神社が現れたわけだし……」

「こういうのはナメられないためにも、こっちから行ったほうがいいんだよ。場所だけ教えてくれたら真はついてこなくていいからさ。早苗と一緒にここに残って、早苗を妖怪たちから守っててよ」

「え? 私もついていきますよ?」

「ダメ、危ない」

 

 諏訪子が見事な保護者っぷりをみせて早苗を止める。というかこいつら順応が早いな。見知らぬ土地に来て自分から動くなんて、そうそうできるものじゃない。

 諏訪子が天狗たちの住むところに行くのは止めないが、それで本当に大丈夫だろうか。やはり俺も早苗を連れて、二人についていったほうがいいのでは……

 

「しかし神社を留守にするのもマズいだろうし…… ん?」

「スクープ! これはスクープです! おそらく私が一番乗りですね! 『妖怪の山に突如現れた謎の神社! これはまた新たな異変の始まりか!?』」

「わぁ! あ、あそこに誰か飛んでます!」

「おお! どうやら住民もいるようです! 『はたして幻想郷に訪れたのは神か悪魔か……』っておや? あれは……」

「あ! こっちに飛んできますよ!」

 

 空の上からやかましい声が聞こえてくる。見上げなくても分かる、この勝手に楽しそうな声は文の声だ。

 それでも一応見上げてみると、(あん)(じょう)文がこちらに向かって飛んできている。文は俺たちの前に着地すると、背中に生やしていた真っ黒な翼を仕舞って、驚いたように目を見開いた。

 

「……やっぱり真さん! こんなところで何してるんですか!?」

「よ、文。これはちょっとした手違いがあってだな……」

「……もしかしてこの人たち、真さんがつれて来たんですか? マズいですよ、勝手に部外者を山に呼んだりしちゃあ……」

 

 文が俺以外の三人をチラリと見て、少しだけばつの悪そうな顔をする。文もこの山を組織する天狗の一人なので、部外者がいる今の状況に対するその反応は自然だろう。

 文以外に天狗は見当たらないので、どうやら一人で来たみたいだ。どうせ後々説明しなければならないだろうが、いま来たのが文だけなことに俺は少しだけ安堵した。

 

「それは分かってるが……今回は仕方ない事情があったんだ。いやまぁ俺のミスでもあるんだが……」

「……まぁ私の立場じゃ真さんのやることに口は出せませんが…… それでも今回のこれはなかなかに大事(おおごと)だと思いますよ? 部外者が三人、それも土地ごとやってくるなんて……」

「……ちょっと待ちなよ。別に私らは部外者ってわけじゃないからね?」

「え?」

 俺が文に言い訳をしていると、諏訪子が間に割り込んできた。現状の一端は守矢神社側にもあるので、諏訪子が説明してくれるのならばそれでもいい。俺だって先ほどから説明しっぱなしで疲れているのだ、今は諏訪子に説明を任せ俺は口を閉じて黙るとしよう。

 

「……部外者じゃない、とは?」

「なに、言葉通りの意味さ。私たちは引っ越しのためにこの山まで来たんだよ。同じ山に住む者同士なんだから部外者なんて呼ばれると悲しいねぇ」

「なるほど、それは大変失礼しましたー……とはなりませんよ!? 引っ越してきたってなんですか! もう少しキチンとした説明をお願いします!」

「仕方ないね……分かったよ」

 

 諏訪子が文に、妖怪の山に来たこれまでの経緯を説明する。外の世界で得られなかった信仰を求めて、といった簡単な説明だったが、文はすぐさま事情を理解した。こう見えて文はなかなか頭がいいのだ。

 

「……で、私はこの守矢神社に住む神の一柱の洩矢諏訪子。そしてこっちが……」

「もう一柱の神の八坂神奈子だ。それとこの子は巫女の東風谷早苗」

「どうも、よろしくお願いします。 ……私はここでは巫女になるんですね……」

「なるほど…… こちらこそよろしくお願いします。私は烏天狗の射命丸文。どうぞ親しみを込めて名前でお呼びください」

 

 説明のあと四人がそれぞれ自己紹介して頭を下げる。文のヤツ、『清く正しい射命丸です』とは言わないんだな。あれは取材モードのときの挨拶であるため、今は少なくとも天狗モード寄りというわけか。

 

「えっ、天狗!? 私と同じくらいの女の子にしか見えませんよ!?」

「妖怪にもいろいろいるんだよ。こう見えて文の歳は早苗より遥か上だ」

「はえ~、信じられません……」

「ほほう、これが妖怪に馴染みがない外の世界の人間のリアクションですか。なかなか新鮮なものですね」

 

 とはいえ文は天狗の中でもとびきり人間に友好的だ。話も聞かず追い出すなんていう排他的行動は絶対にしない。受け入れることに前向きかはともかく、話が分かるのでありがたい存在と言える。話が分かるついでに、一つ頼みごとをしてみよう。

 

「……そこでなんだが文、諏訪子と神奈子(こ い つ ら)を天狗の集落まで案内してやってくれないか? こいつらをここに住ませることを天狗の皆に知らせようと思うんだが……」

「……えー。そんなことしたら私も上から目をつけられるじゃないですか」

 

 文は俺の頼みごとを、唇を尖らせながらつっぱねる。 ……まぁそうだよな。文にとって見ず知らずのヤツらのために、損しかないことをやる意味が無い。しかしここで文を味方にできるといろいろ助かるのだ。得は無いだろうが文にとっての損を減らせるようなんとか説得してみせる。

 

「頼む! 全部俺のせいってことにしていいからさ! そうだ、俺が言ったっていう証拠のために今から変化で証文を……」 

「……なーんて、冗談ですよ。分かりました、私が責任を持ってお二人をお連れします」

「! 本当か!」

「真さんは私の上司なんですから普通に命令してくれればいいんです。 ……ま、そんな真さんだから好きなんですけど」

 

 そう言って文は俺に向かってウインクしてくる。 ……よかった、やってくれるのか……落とした後に上げるなんて文もなかなかやるじゃないか。

 とはいえやはり文には最低限の配慮はするべきだ。俺は左腕に巻いてあるリボンをほどいて手に取ると、術を使ってリボンを証文へと変化させた。

 

「ありがとう、助かる! ……それじゃあこれを」

「お任せください!」

 

 文は俺から証文を受けとると、大きく敬礼のポーズを取った。証文には諏訪子たちの話を聞いてやってほしいということだけが書いてあり、あとは俺の名前が押してあるのみだ。変化が解ければ俺のものだという証拠になるだろうし、説明はすべて諏訪子たちに任せることにする。

 諏訪子の言う通り早苗は俺と留守番だ。やはり早苗は人間であるため、いきなり大勢の天狗の前に行くのは心臓に悪いだろう。

 

「それではお二人とも行きましょう! こちらです!」

「じゃ、行ってくる」

「早苗のこと頼んだよ」

 

 諏訪子と神奈子がそう言い残して、先導する文の後ろについていく。妖怪の山に住まわせてもらうこと以外に信仰させる話などもするだろうから、おそらくは結構時間がかかるだろう。

 早苗の記憶操作から幻想郷の移動まで、俺は妖力を使いっぱなしだったんだ。ようやく息がつけそうでなによりである。早苗と一緒に、どこかに座って待っていよう。

 

「よし早苗、ずっと立ってて疲れたろ。というか俺は疲れてる。神社の中にでも戻って……」

「……真さんはさっきの天狗さん……文さんにずいぶん好かれてましたね」

「む、そうか?」

 

 神社に向かって歩きだそうとしたところで、背後から早苗が話しかけてくる。早苗は天狗を見るのが初めてのようだが、何か思うことでもあったのだろうか。

 

「そうですよ。正面から好きって言われてたじゃないですか。妖怪だろうと可愛い女の子にあんなこと言われて、真さんも(すみ)に置けませんねー」

「そうだったっけか。まぁ文は大体あんな感じだ」

「またまたー、そっけない態度をしちゃってー。正直、好きだって言われて嬉しいでしょ」

「そりゃそうだ」

 

 俺の隣に並ぶ早苗に、俺は至って淡白な反応を返す。早苗は外の世界の女子高生らしく誰が誰を好きだのといった話に興味を示しているみたいだが……おそらく文のあの言葉は単なるお世辞だ。そう分かっていてもやはり少しは嬉しいのだが。

 

「……言っときますけど、私だって真さんのことは好きですからね?」

「そうか、ありがとう」

「おおう、清々しいほど照れ度ゼロです」

「……あれだな、早苗は文になんとなく似てるな」

「そうなんですか?」

 

 早苗が少しだけ身を乗り出して、俺の前に顔を持ってきながら首をかしげる。もちろん早苗が文に似てるというのは、見た目の話ではなく性格の話だ。裏表無く好意を素直に表せるところなんかそっくりだと思う。それにどっちとも敬語だし。

 見た目だって俺から見たら、どちらも幼い少女であることに変わりないな。強いていうなら文のほうが歳上だろうか。

 

「……そういえば文さん、普通に空を飛んでましたよねー。似てると言っても私は文さんとは違って背中に翼は無いわけで…… あ、諏訪子様たちは翼が無くても飛んでたっけ」

「そうだな。早苗は飛ぶのを見るの、初めてなのか」

「……いいなぁ、私も飛んでみたいです。とうっ! なーんて……」

「ん?」

「え?」

 

 早苗が隣で、スーパーマンみたいに空を飛ぼうとする挙動を見せたかと思ったら、頭上から声が聞こえてきた。見上げると、俺より背の低い早苗から、なぜか上から見下ろされている。先ほどの変な掛け声から、早苗は地面を離れその身を空中に静止させていた。

 

「……うわっ! 真さん私浮いてます! 物理的に!」

「……こりゃ驚いた……」

「私もです! ……うわーすごい! 飛ぶ方向を想像したら思っている通りに動けますよ!」

「お、おい早苗、危ないぞ!」

 

 早苗が空を飛んだと思ったら、今度はその体で上下左右へと飛び回りだす。なんだろうこの、子どもが刃物とか炎で遊んでいるのを見かけた気分は。初めて空中を飛んでテンションが上がるのも分かるが、見ているこっちは落ちたりしないかとひやひやものだ。俺は万が一早苗が落ちてきたりしないかと、早苗の動きに合わせて地面で右往左往とふらふらしていた。

 

「大丈夫ですって! 霊力って言うんですかね? 自分の体に流れてるのが分かるんです! これはもう落ちようがありませんよ! ほらほらほら!」

「……人の気も知らないで……」

 

 早苗は俺の心配をよそに、元気に空を飛びまわっている。俺や妹紅が初めて空を飛んだときとは比べものにならないほど自然な動きだ。どうして初めて空を飛ぶ早苗が、これほどまでにスムーズに空を飛べるのだろうか。

 

「……まさか、幻想郷に来たから……か?」

 

 早苗が空を飛べる原因は、ある程度だがすぐに察しがついた。おそらく早苗は外の世界でも幻想の類いが見えていたことから、空を飛べるだけのポテンシャルを有していたのだ。俺が外の世界で変化の術が使いにくかったことから察するに、幻想郷の中では術の類いが使いやすいと考えられる。早苗の才能と幻想郷の環境、その二つが合わさることで早苗はいま空を飛べているのだろう。

 

「あるいはそうだな……早苗が諏訪子と神奈子についてきたことから、二人に認められてなんらかの加護を受けたとか……」

「真さん? おーい」

「ん? ああ、すまん」

 

 少しだけ考え事をしていたせいで、飛んでいる早苗から目を離していた。まぁ原因は何であれ空を飛べるのだからいいじゃないか。それよりも早苗が空を飛んでいることで発生している問題を、早苗に伝えておくことにする。

 

「……ところで早苗、元気に空を飛べるのはいいんだが……」

「はい、なんでしょう?」

「……スカートで空を飛んだら下着が見えるぞ?」

「……? ……!!」

 

 空中にふわふわと立っていた早苗が、俺の言葉を聞いてスカートを押さえる。膝上の短いスカートじゃないにしても、俺の身長より高い位置を飛んだらそうなるわな。

 早苗はその体勢のままゆっくりと下降して地面に降りると、じとっとした目で俺のほうを睨んできた。

 

「……見ました?」

「……まぁ、見えたからこその指摘だよな」

「……もー! なんで正直に言うんですか!」

 

 ある程度予想はしていたが、やはり理不尽にも早苗に怒られた。たまにこういう、どちらを選んでも悪い結果に転がる選択肢ってあるよな。教えたらこうして怒られるし、教えないなら教えないでなんとなく俺に罪悪感が残ってしまう。相手のことを思うなら気付かないフリをするのが正解なんだろうが、今回は俺のためにもあえて指摘をさせてもらった。

 

「……う、うぅ~……!」

「ドンマイ。次からは見られても大丈夫なかぼちゃパンツでも穿いてこい」

「せめてドロワーズって言ってください!」

 

 指摘の次には軽い助言をしてやったのに、やはり早苗が理不尽に怒る。男である俺が、そんな女こどもの下着の詳しい名称なんて知ってるわけないだろ。そもそもこの発言も、霊夢や魔理沙の普段の格好から考えて言っただけで他意は無い。

 ……一応言っておくが、もちろん自分から見たんじゃないぞ。あいつらが空を飛んでるときに見えるだけだ。あいつらも別に恥じている様子は無いし、そういうものだと理解している。

 

「まったくもう…… 真さん! 行く前に渡した私の荷物を出してください! 見られても大丈夫なやつに穿き替えるんで!」

「まだ飛ぶのか?」

「当然です!」

「まぁいいが……」

 

 懐から木の葉を一枚取りだし、紙袋に戻して早苗に手渡す。俺も初めて空を飛べると知ったときは嬉しかったし、まだ飛びたいという早苗の気持ちも分からなくもない。怒っているほうの気持ちはまったく分からないが。

 

「こっちを見ないでくださいね!」

「はいはい」

 

 早苗の着替えを見ないよう、そう返事しながら早苗に背を向ける。着替えといっても上から一枚穿くだけだろうに…… まぁそれでも見るもんじゃないわな。

 

 飛ぶ機会が多い幻想郷において、見られても大丈夫な下着は必需品であるのかもしれない。霊夢と魔理沙の他に、チルノやフランも穿いているのを見たことがある。あいつらよく飛んでるからな。

 どうでもいいが、よく飛んでいる筆頭の存在は文である。にもかかわらず、俺は文のスカートの中を見たことが無い。『風を操る程度の能力』で隠しているらしいが、意外と言えば意外な気がする。 ……本当にどうでもいい話だったな。

 

「……終わりました! はい、真さん!」

「ん? ああ」

 

 考え事もそこそこに、着替え終わった早苗が再び紙袋を俺に渡してくる。俺は受け取った紙袋を木の葉に変えると、また懐へと仕舞いなおした。

 

「じゃあ真さん、気を取り直して行きますよ!」

「俺も? 着替えたんじゃなかったのか?」

「見られても大丈夫なものに替えようが、わざわざ見せびらかす真似はしたくないものなんです!」

「そんなものか」

「そんなものです!」

 

 男であることもさることながら、おそらく今後スカートを穿くことの無い俺には一生分からないものだと思う。俺は座って諏訪子たちを待っていたいのだが、渋々ながら付き合おうじゃないか。また早苗に怒られるのも嫌だしな。えてして子どもの相手は疲れるものだ。

 

「どっこいせっと」

 

 年寄りみたいな掛け声を上げながら、空を飛ぶための妖力を全身に回していく。俺、完全におっさんみたいだなー…… 

 

 大人と子どもの違いの一つに、全力で遊べるかどうかというものがある。子どものころは次の日の疲れも気にしないでその日に全力で遊びつくすが、いつしか大人になると次の日の疲れを勘定にいれ体力を温存してしまうのだ。

 自分が歳を取っているということは知っているが、最近でも妖力を使って疲れ果たすという経験はしていない。こうやって自分が歳を取っていると思うことは久しぶりだ。前に思ったのはいつだったか……フランの狂気と一晩中付き合っていたとき……いや、幽々子が妖怪桜を咲かせようとしたときか。あれ、結構最近だな。

 

「真さん何してるんですか! 行きますよ!」

「あ、おい待てよ!」

 

 一緒に飛ぶという話はなんだったのか、早苗は一足先にまた空中へと飛び上がっていた。早苗をこのまま放っておいたら、妖怪の山から出ていってしまいそうだ。早苗を追って俺もまた、山の上空へと飛び上がった。

 

 


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