東方狐答録   作:佐藤秋

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萃香「……そろそろ霊夢は真に会えたかなー。妖怪の山に行ったなら私もついていけばよかったかも。
 ……あ、弾幕ごっこの描写は全カットだってさ」




第八十話 風神録③

 

 椛との弾幕ごっこに勝利して、私はいま妖怪の山の中を進んでいる。さっさと終わらせようと思っていたのに、椛との勝負は予想以上に長引いてしまった。最初のスペルカードは全部避けられたし……椛は目がいいのかしら。

 さすがに椛が直接神社まで案内するわけにはいかないのだろう。先導するなどの案内ではなく、言葉で道を説明してくれた。今のところ道中で天狗に見つかってないことから考えると、もしかして見張りのないルートを教えてくれたのかもしれない。

 

 ……さて、椛の話だともうすぐ神社に着くみたい。ここまで来たら、もう誰にも会わずに神社に行きたいところね。

 

「……みたいなことを考えてたら、結局誰かに見つかるような気が……」

「……あー! 霊夢さん! 霊夢さんじゃないですか!」

「やっぱり…… あら? この声は……」

 

 こういう勘はよく当たる。神社に向かって低空飛行していたら、頭上から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「早苗……」

 

 私は見上げて視線に入ってきた少女の名前を口にする。今日会ったばっかりの少女の名前だ、忘れていようはずも無い。

 早苗はそのまま私に向かって急降下すると、目の前でふわりと速度を緩めそのまま空中に静止した。

 

「どうも霊夢さん! 先ほどはご心配をおかけしました! 少し休んだらこの通り、再び飛べるように回復しましたよ!」

 

 そう言って早苗は元気そうにくるくる回りだす。別に心配などしていない、むしろトドメを刺そうと思ったくらいだ。真にお姫様抱っこされるなんて……意識が無かったならギリギリ許せていたものを。

 決定だ、早苗は有罪。異変を起こした罰として少し懲らしめてやろうと思う。

 

 しかし早苗がここにいるということは、真も近くにいる可能性は大いにある。真が素直に帰ってくるなら、早苗のしでかしたことを不問にするのも(やぶさ)かではない。そう思い、私は辺りを見渡してみる。

 

「……」

「おや、誰かお探しですか?」

「……真は、早苗に付き添ってないの?」

「ああ、それなら……」

「今は私が真さんの代わりに、早苗さんに付き添わせていただいています!」

 

 早苗の言葉を遮って、どこにいたのか文が早苗の隣に姿を現す。相変わらず飛ぶスピードは尋常じゃなく速いみたいね、目で追うことができなかったわ。

 まぁ目で追えなくても文と弾幕ごっこで戦うときはいくらでもやりようはあるわけだけど。風の動きを肌で感じて、文の動きを点じゃなく線で捉えればいい。

 

「……そう」

「あや、霊夢さんそっけないですね。急に私が出てきたというのに、まったく驚いてくれませんでした」

 

 登場したときの勢いが弱まって、少しだけ残念そうに文が言ってくる。ほんの少しだけは驚いていたが、いきなり出てくるのはスキマ妖怪のおかげで慣れているのだ。それに私は驚きよりも、じゃあ真はどこにいるのかという答えのほうに意識が行っている。

 

「……真は?」

「真さんはですね、早苗さんの神社の神様と大天狗様が今回の件に関してモメてまして、その仲裁に行きました。その間に私は早苗さんを任されたというわけです」

「そう…… で、それはどこで?」

「守矢神社で、です。 ……うーん、もしかしたらもう終わっているかもしれませんね」

 

 文が腕を組みながら、真の現状についての考察を教えてくれる。それなら私は同じように、神社まで向かって飛んでいけば良いわけだ。話し合いが終わっていたほうが私にとっては好都合、用があるのは神社の連中だけなのだから。文の言葉から察するに、幻想郷まで来た連中には、早苗の他には神様がいるみたいね。

 

「……それより、霊夢さんは何しにここまで?」

「守矢神社の連中に用があってね。 ……私を止めるんだったら相手になるけど」

「まさか。霊夢さんがここまで来てしまったのなら、もう止めるつもりはありませんよ」

「……そう、それは助かるわ。私としても無駄な戦闘はできるだけ避けておきたいから」

 

 お札でも取り出そうかと懐に手を入れたが、文の言葉を聞いて何も取り出さずに外に出す。今回の異変に関係の無い文と勝負をしても仕方がない。関係があるのは隣の人間のほうである。

 

「守矢神社に用? 一体何の用事でしょうか?」

 

 文の隣で浮いている早苗が、一人言のように疑問を口にする。守矢神社に用があるということは、当然早苗にも用があるということだ。そこのところを早苗は分かっているのかしら。

 

「……そうね。ひとことで言うと、貴女と貴女の神社の神様に、話がしたくてやってきたの。先に幻想郷に存在していた神社として、いろいろ教えてあげようと思って」

「本当ですか!? それはありがとうございます! 私も実は霊夢さんと、お話がしたいなって思ってました!」

「わっ」

 

 早苗が目をキラキラと輝かせながら、私の両手を握ってくる。 ……なんだか、私の言う"話"と早苗の言う"話"に、少し差異があるような気がするわ。私は幻想郷での決まりを教えてあげるつもりなだけで、仲を深めるために話をする予定は無いのだけれど。

 ……ああそうか、妖怪の山に来たばかりの早苗にとって、私は幻想郷で初めて見る人間なのか。最初からやけに絡んでくると思ってたけど、そういう理由なら納得である。 

 

「……そう、ありがとう。うれしいわ」

 

 そう言って私は早苗の両手を握り返す。いくら私でも、仲良くしようと歩みよってくる子をそこまで無下には扱ったりしない。早苗が友達になろうと言うのならそれもいいだろう。

 ……まぁそれは別として、早苗には責任を取ってもらうけど。

 

「……『早苗』」

「『はい!』なんでしょう! ……あら?」

 

 私が意志を持っての呼び掛けに早苗が反応することで、周囲に結界が形成される。友達とはお互い対等の意識があって成り立つものだ。それならば私と早苗の関係を、一度チャラにしないといけない。

 

「これは……あ! もしかして、弾幕ごっこってやつですか!?」

「話が早くて助かるわ。無抵抗の相手に攻撃するのもなんだし構えなさい」

「はい!」

 

 早苗は私の手を離すと、すかさず後ろに下がって距離を取る。文が隣で「ちょ、ちょっと霊夢さん!? いきなり何を……」とか言っているようだが気にしない。当事者である早苗が文句を言ってこない以上、文が言えることなど無いはずだ。 

 

「早苗さんも! 弾幕ごっこのルールは知ってるんですか!?」

「知りません! こういうのはやってみれば案外すぐ覚えるものなんですよ!」

「なんでそんなに乗り気なんです!?」

 

 文がまだ何やら喚いているようだが、危ないのでさっさと結界の外に出て行ってほしい。この結界は私と早苗に対して張られているものだから、文は何の問題も無く結界から出ることが可能なのだ。

 

 早苗は幻想郷に来たばかりなので、当然弾幕ごっこは初めてである。ルールも知らないみたいだが、だからといって容赦はしない。

 

「いくわよ! 覚悟しなさい!」

「いつでもどうぞ!」

 

 私の軽い威嚇に対して、早苗が威勢よく返事をする。いい度胸だ、もしかしたら初めての弾幕ごっこでも、油断できない相手かもしれない。

 

 私は目の前を飛んでいる早苗に向かって、両手から大量の霊力の弾を撃ち出した。 

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「……早苗さん!? よわっ!!」

「……きゅ~๑」

「……そりゃあスペルカードを一つも持ってないのに、霊夢さんと戦えばそうなりますよね」

 

 

 早苗との弾幕ごっこは特に苦戦を強いられることも無く、被弾ゼロの無傷で快勝した。いや、それでも早苗は人間の中で三番目に苦戦させられたと言っていい。戦ったことのある人間は他に魔理沙と咲夜くらいしかいないけど。妹紅とは戦ったこと無いし。

 

「霊夢さんも容赦ないですねー。いきなり夢想封印をぶっ放すなんて」

「早めに勝負を決めてあげるほうが、無駄に苦しい思いをしなくて済むじゃない。私もスッキリしたし、お互いのためにもこれでいいのよ」

「なんという暴論…… とりあえず早苗さんの負け姿は、博麗の巫女の被害者としてカメラに収めておきましょう。乱れた衣服がとてもセクシーです」

 

 負けて目を回している早苗に、文は肩を貸しながらもカメラで早苗の写真を取っている。文がいるんだしもう早苗は放っといても大丈夫か。さっさと守矢神社に向かいましょう。

 

 ありがとう早苗、貴女との弾幕ごっこは有意義だったわ。このあと真が素直に帰ってきたら、あらためて友達になりましょう。 ……まぁ真が帰ってこなかったら、早苗にはもう何回か弾幕ごっこをしてもらうけど。

 

「……さて、文。守矢神社はこっちでいいのね?」

「あ、はい」

「そう。じゃ、早苗は任せたわ」

「はぇ? ちょ、ちょっと霊夢さん!? ……行っちゃった」

 

 早苗をコテンパンに叩きのめせて、私はもう十分気が晴れた。後は早苗の神社にいる神もやっつけて、真をつれて帰るだけだ。

 ……え? 話し合いに来たんじゃないのかって? 話し合いもやっつけることも同じでしょ、どうせ私の言うことを聞いてもらうんだし。

 異変の解決はもうすぐそこ。私はまだ見ぬ守矢神社に向かって一直線に飛んでいった。

 

 

 

 

「……あら、本当にすぐそこだったわ。おそらくあれが守矢神社ね」

 

 早苗と文に会ったところから、そう離れていない場所に一つの神社を発見した。人間の子どもは遊ぶときにあまり遠くに行ったりしないから、近くに神社があるのは当然だったかもしれない。まぁ早苗は子どもと呼ぶには少し大きいけど。 ……私と同じくらいかしら。

 

 神社の前にある少しだけ長い階段を上りきると、大きい鳥居が私を迎えた。むぅ……近くで見ると結構大きい…… 見たところ神社の大きさも敷地の広さも、博麗神社と同じくらいと言ったところか。でも多分見晴らしは博麗神社のほうが綺麗だと……

 

「ちょいとアンタ」

「ひゃっ!? だ、誰!?」

 

 初めて見る博麗以外の神社を見回していると、前から誰かに声をかけられた。博麗神社のほうが優れている点を探すことに集中していたため、予想以上に驚いた声を出してしまったではないか。見るとそこには変な帽子を被っている、私よりも小さな金髪少女が立っていた。

 

「やあ。私はこの守矢神社に住む神の一柱、洩矢諏訪子だよ。アンタ、見たところ巫女っぽいね。もしかして博麗の巫女ってのはアンタのことかな?」

「わ、私は……」

「だろうね。幻想郷に神社は博麗神社しか無いみたいだし、諏訪子の予想で間違いないと思う」

「!?」

 

 背後から更に別の声が聞こえてきて、私は慌てて振り返る。そこには背の低い少女とはまた別の、青色の髪をした背の高い女が腕を組んだまま立っていた。

 こちらの小さい少女に驚いていたとはいえいつの間に…… まったく気配を感じなかった。

 

「……アンタもこの神社の神なわけ? 一つの神社に二人も神がいるなんておかしくない?」

「む。いかにも私はこの神社に住むもう一柱の神。名前を八坂神奈子と言う。 ……まぁ、一粒の米にも七人の神がいるって話だし、そんな神社があってもいいじゃないか」

「……別に悪いなんて言ってないじゃない」

「おかしいとは言ってたみたいだが」

 

 二人を視界に捉えながら、私は横方向に後ずさる。この諏訪子、神奈子と名乗る二人が早苗と一緒に幻想郷まで来た神だろうか。

 神が二人もいるなんて聞いていない。私の神社には祀られている神はいないから、特に文句は言えないけれど。平均したら一つの神社に丁度一人だけ神がいることになるわね。

 

「……幻想郷に来たのは、早苗以外にアンタら二人だけ? それとも他にも誰かいるの? いるなら早いとこ出てきてほしいわ」

「私ら以外にはもう誰もいないけど。なんで?」

「一身上の都合により、この神社の連中全員をぶっ飛ばすことに決めたから。まとめて相手したほうが早く終わると思ってね」

「……へえ」

 

 神奈子の口元がニヤリと歪み、諏訪子の目付きがギラリと鋭くなる。おお、この迫力はいかにも神っぽくてビリビリくるわね。前に博麗神社に来た秋の神は大人しかったし、花見にやって来た死神は神とは関係無い。強そうな神は初めて見るかも。

 

「神奈子聞いた? この子私たちをまとめて相手にするんだってさ」

「ああ、私の聞き間違いじゃなかったんだ。まさか二柱の神相手に、そんな無謀なことを言うヤツがいるなんて思わなかった」

「無謀? 一粒の米以下の存在に何を恐れる必要があるのかしら? 安心しなさい、アンタたちは私が美味しく食べてあげるから」

「あっはっは! 言うねえ!」

 

 神奈子が心底楽しそうに大声で笑う。実は私も、我ながらうまいことを言えたほうだと思っていたところだ。楽しんでもらえて何よりである。

 

「……正直、なんでアンタが私たちを倒しに来たのかは知らないんだけど……」

「あら、もう負けたときのいいわけかしら。戦う理由が分からないから本気を出せませんでしたーって? だったら教えてあげてもいいわよ」

「……いや、いいよ。ついさっき、こっちにもアンタを倒す理由ができたからね」

 

 諏訪子が音も無く自身の体を宙に浮かせる。私を倒す理由? なんだろう、挑発しすぎたせいかしら。

 

「ウチの神社の大事な巫女を、よくもまぁいじめてくれちゃって! 早苗の受けた痛みを百万倍にして返してやるから覚悟しな!」

「! ああそういうこと!」 

「『いくぞ!』」

「『来なさい!』」

 

 ああそうか、早苗と戦った場所はそう離れたところじゃなかったから、ここから様子が見えてたのか。自分の巫女の敵討ちとはずいぶん巫女思いの神様だが、まぁ戦う気になったのならそれでいいか。

 

 諏訪子が叫ぶと同時に、私たち三人を囲む結界が周囲に形成される。弾幕ごっこは相手が了承すれば一対二の変則的な試合をすることも可能なのだ。もっとも幻想郷に来たばかりの神二人が、このルールを知っていたとは思えないけど。二人相手なんだから早苗よりは楽しませてくれると思う。

 

 そして……

 

 ……諏訪子と神奈子と戦い始めて四半刻ほど過ぎたころ……私は意識を失った。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 ……視界が暗い。私が目を閉じているせいだ。頭が何やら硬いものに乗っている。 ……私はどこかに寝かされてるのかしら。頭上から誰かの話し声が聞こえてくる。

 

「まったく……お前ら何してんだよ。神二人で人間をいじめんな」

「……だって、この子がまとめてかかって来いって言うからさぁ。 ……私も早苗がやられて少し怒ってたし」

「……神奈子、お前は諏訪子を()める役目だろ」

「いやー、天狗との拳の話し合いを真が力ずくで止めてくるもんだからさー、私も少し興奮してて…… 実際この子、結構強かったし」

「俺のせいにするんじゃないよ」

 

 この声は……真? それに真から少し離れて聞こえてくるこの声は、確か諏訪子と神奈子だっけか…… どちらも私と戦っていた神様である。

 どうやらさっきまで私は気絶していたみたいだ。この二人が普通にここで話しているということは…… そうか、私は負けたのね……

 

「……まぁ別に弾幕ごっこするのはいいんだよ。でもやるならルールは守れ。柱で相手の弾を全部防いでいいわけないだろ。それに逃げ場の無い弾幕を張るのも禁止だ」

「え、そうだったのかい?」

「……あちゃー。だから最後の私の弾幕を、この子は全部避けようとしてたんだね。打ち落とせばなんとかなるはずなのにさ」

 

 ああ、そう言えばそんなルールがあったわね。ずっと弾幕ごっこは同じルールでやってるから、細かいルールは覚えてなくても体が勝手に覚えてたのか。

 でも、それにしたって負けた言い訳にはならないと思う。相手が弾幕ごっこのルールを知らないのなら、こういったことも十分考えておくべきだった。避けられない弾幕も、周囲から浮くことで体を透明にする『夢想天生』を使えばよかったわけだし……

 まぁあれは魔理沙から弾幕ごっこでは使用禁止にされてたわけだけど。ルールを知らない相手だったらほとんど実戦みたいなものだ、咄嗟に反応できないなんて私もまだまだ判断が甘い。

 

 ……さて、イレギュラーな戦いだったとはいえ私は負けてしまったわけだ。このまま情けない姿をさっきまでの戦闘相手に見せるのも嫌だし、さっさと起きて……

 

「……はぁ。霊夢、大変だったな」

 

 誰かの手が私の頭にそっと乗せられ、そのまま髪の上から優しく動き出す。真が寝ている私を撫でているのかしら。 ……というか真の声が真上から聞こえてくる気がするのだけど、もしかして私いま、真に膝枕をされてるの?

 

「……うぅん……」

「お、霊夢、気が付いたか?」

「…………」

「……違ったか」

 

 横に寝返りながら薄目を開けて確認してみると、間違いなく真の膝が目の前にあった。 ……ま、まぁ、まだやられたばっかりで頭がクラクラするし、もう少しこの状態でいてもいいと思うのよね。

 ……そう、別にこの状態を心地良いと思ってるんじゃなくて単なる不可抗力。声を出したり気がついていることを伝えないのも面倒なだけで、気絶しているという免罪符を残しているわけじゃない。

 

「あ、そうだ。ルールを知らなかったとはいえ私たちこの子に弾幕ごっこで勝ったんだし、この子の神社を守矢神社の傘下に置いてもいいのかな?」

「いいわけ無いだろ。分社くらいなら置いてやるから、対等の立場にとどめておいてくれ。それに霊夢だって、守矢神社を傘下に置くために来たんじゃないだろうし」

「…………」

「そうか! きっと霊夢さんは分社の話をするためにここまで来たんですね! そしてついでに弾幕ごっこについても教えてくれた、と!」

 

 ……ま、まぁそんなつもりがあったような気がしないでも無いわ。 ……って言うか早苗もここにいたのね。目はほとんど閉じたままだから、声がしないと誰がいるのかまったく分からない。

 

「弾幕ごっこについて教えてくれたって……早苗アンタ、この子にボコボコにされてたじゃん。さすがに好意的解釈にもほどが……」

「はい! 完敗でした! 霊夢さんは本当に強くて、ほんと憧れちゃいますよね!」

「……まぁ早苗が気にしてないならいいか。私も気は済んだし」

 

 早苗……アンタなかなか良い子じゃないの。一方的に私に倒されたくせに、言葉からまったく恨みの念が感じられない。たまにだったら友達として、魔理沙みたいに博麗神社に遊びに来ても構わないわよ。その都度お賽銭を持ってきてくれれば言うこと無し。

 

「……今は別のところも羨ましいですけど。いいなぁ、真さんの膝枕……」

 

 少し離れたところで早苗から、指をくわえた子どもみたいな声が聞こえてくる。いいでしょ、友達だからってこれは譲らないわよ。

 

「私が気絶から目覚めたら、霊夢さんが真さんに膝枕されてるなんて…… 私は床に放置なのに、霊夢さんだけなんというVIP待遇! これはズルい!」

「そうか、ごめんな。でも俺は余所(よそ)のガキより自分の子どもがかわいいんだ」

 

 私の頬に、真が手のひらを当てる感触がする。自分の子どもって……アンタは私のお父さんか。

 

「……あれ? 霊夢さんなんだか顔が笑ってませんか?」

「本当だ。楽しい夢でも見てるのかね」

「……う~ん……」

「あ、隠れた」

 

 なんだか顔を見られている気がしたので、寝返りを打つフリをして真の膝に顔を伏せる。そんなにニヤけた顔をしてたかしら。早苗よりも優先させられて嬉しかったのかな。

 ……あ、こうして伏せていると真の匂いを鼻に感じる。なんだかあったかい感じがして、この感じは私きらいじゃないわ。

 

「……それにしても霊夢さん起きませんね。真さんこのあとの予定とか大丈夫なんですか?」

 

 早苗が真に問いかける。そうだ、真はこの神社の連中の面倒を見るとか言ってここにいるんだ。幻想郷での決まりを教えるほかには、人里まで案内したり、食料を買うためのお金の稼ぎ方を教えるとかだろうか。もしかしたら自力で畑を作る方法なんかも教えるのかもしれない。 

 ……ううう、これは長くなりそうね…… 面倒だけど私もここに残って手伝おうかしら。弾幕ごっこに負けたとかを理由にすれば可能よね。

 

「このあとの予定とか俺には無い。霊夢が起きたら博麗神社に帰ろうと思う」

「え。まだ私たちが幻想郷に慣れてないから、いろいろ協力してくれるっていう話は……」

「ああ、早苗には言ってなかったか。その話は守るが、別のヤツに任せることにしたんだ。いま文に呼んできてもらってる」

「別の人……そうですか、真さんじゃないんですね、残念です」

「はは、まぁちょくちょく顔は出しに来るからさ。久しぶりに幻想郷に戻ってきて霊夢の顔を見たら、やっぱり博麗神社に戻りたくなってな。 ……霊夢、少し髪が伸びたかな。俺が軽く切ってやろうか」

 

 真が私の後ろ髪を、四本の指を使って軽く()いてくる。 ……なーんだ、私がわざわざ迎えに来なくても、真はすぐに博麗神社に戻ってくるつもりだったのね。一日を無駄にしたうえ神社に分社が増えるはめになったけど、友達も増えたし結果オーライということにしておきましょう。神社に戻ったら真に髪を切ってもらうのも悪くない。

 

「真さん女の子の髪切ったことあるんですか?」

「それが無いんだよ。妖怪は髪が伸びたりしないし、妹紅は髪を伸ばしてるからな。なーに、髪を切るのを失敗しても変化で誤魔化せばいいんだよ」

 

 訂正、髪を切るのは止めてもらおう。最低限、間に魔理沙で実験しないと。

 

「駄目ですよそれは。髪は女の子の命ですから」

「だから失敗しても誤魔化すって。知らぬが仏……とはまた違うな。箱の中で猫が死んでようと、蓋を開けなければ気付かないんだよ」

「その例えはなんだかおかしいような…… おや?」

「お、文が戻ってきたみたいだな」

 

 神社の外から、誰かが着地した音と何人かの話し声が聞こえてくる。一人はどうやら文のようだが、真は文に頼んで誰を連れてきたと言うのだろう。見返りも無しに誰かに協力するお人よしが、真以外にそうそういるとは思えないんだけど。

 

「ただいま戻りましたー! 連れてきましたよー、褒めてください!」

「こんにちは。畑その他の面倒を見てあげれば分社を建ててくれるっていうから来たわよ。あと真の頼みだから仕方なくね」

「姉さん、本音と建前の主張の割合が間違ってる気がするわ」

「よ、二人ともよく来てくれた、ありがとな。文、うるさい。霊夢が起きちゃうだろ」

「私にだけ厳しい!」

 

 ……ああ、なるほど。どうやら真が呼んだのは静葉と穣子の二人みたいね。畑を作るなら穣子は適任だし、分社を作るという簡単な見返りも用意できる。見事に利害が一致するわね。

 

「……あら、霊夢寝てるの?」

「それじゃあ外で話しましょうか、畑を作るのは外だしね」

「分かりました! それじゃあ真さん、行ってきます!」

「おー。霊夢が起きたら一声かけてから帰る」

 

 穣子の言葉を聞いて、ここにいる連中が神社の外に出て行く気配がする。そうか、じゃあもう本当に真がここに残ったりすることはないわけね。

 

 今回の異変……いや、異変とも呼べない軽い騒動はこれでおしまい。私はもうすこしだけ真の膝を堪能してから、折を見て起きて博麗神社に帰りましょう。

 今日は最悪の日かと思ったけれど、終わってみれば最高の日だった気もするわ。ああ、もやもやしていた心が晴れていく。椛や早苗、それに諏訪子と神奈子も、弾幕ごっこを挑んだりして悪かったなぁ。もう二度と、一方的な感情でケンカを売ったりしないとここに誓うわ。なんにせよ平和が一番よね。話し合いで済むものは、話し合いで終わらせるべきよ。それを理解できただけでも、収穫のある一日だった。

 

 

 

 

「……とりあえず霊夢さんの寝顔は撮っておきましょう。真さんの膝で幸せそうに眠る博麗の巫女を激写! ……待てよ、これ加工したらまた別に、面白そうな写真もできそうな気が……」

 

 ……文は後でボコっときましょうか。

 

 


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