東方狐答録   作:佐藤秋

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第八十一話 風神録後

 

 異変の後には宴会をする、というのが幻想郷では一つの決まりになっている。例によって例のごとく、今回は妖怪の山の守矢神社で、結構な規模の宴会が行われていた。まぁ厳密に言うならば異変なんかは起きていないし宴会は本来の目的ではないのだが、細かいことはこの際言わないでおこう。

 

 そもそも異変の定義とはなんなのだろうか。『妖怪が人間に害をなすこと』? 『放っておけば大変なことが起こること』? いろいろ考えられるだろうが、どれも今一ピンと来ない。

 それならばいっそ異変の定義を『弾幕ごっこにより収拾するもの』とすれば、博麗と守矢のちょっとしたいざこざも異変だったと言えるんじゃないだろうか。それに山の妖怪連中に守矢神社を知ってもらう目的であっても、大人数が集まって酒を飲むならばそれはもう宴会以外のなにものでもないと思う。

 

 今回の宴会は開催場所が妖怪の山であるため、参加者のほとんどはこの山に住む妖怪たちだ。霊夢と魔理沙、それに俺と萃香あたりが例外だろうか。妖怪の山に住んでいた時期があるとはいえ、俺も萃香も今は別の所に住んでいる。

 

 ところで魔理沙は、どうして宴会に来れたんだろう。この宴会の存在は、博麗神社を除けば妖怪の山にしか知らされていないはずなんだが。

 まぁおそらく霊夢から聞いてついてきたんだろうが、妖怪に囲まれたこの宴会に参加するその胆力には感嘆せざるを得ないだろう。それだけ宴会が好きなんだな。博麗神社で開かれる宴会も、参加者のほとんどは人間じゃないが。

 

 

 そしてその魔理沙は今、俺と一緒に仲良く酒を飲んでいる最中だ。博麗神社にいるときは魔理沙はよく俺の膝の上に乗ってきたが、今日はなかなか久しぶりに魔理沙を膝の上に座らせた気がする。

 

「……いやぁ、まさか妖怪の山に新しく神社ができるとはなー」

「そうだな。できたというか現れたというか」

「……ところで真は、外の世界まで何しに行ってたんだ?」

「ん、内緒」

 

 魔理沙に尋ねられた質問を、俺は人差し指を口に当てながら答える。博麗神社によく来る魔理沙だから俺が外の世界まで行っていたことは知っているが、それでも俺の目的は教えていない。

 別に秘密にする必要は特に無いのだが、橙に内緒で進めている以上、バレてしまう確率は少しでも下げておきたかった。そのため実は俺が外の世界に行ってたことを、知っている連中は少ないのだ。

 

「……えー、なんだよそれー。こんな神社をお土産に持ってこられても私は別にいらないぜ」

「ははは、近いうちに教えてやるよ。それに外の世界のお土産は、魔理沙にも別に用意してある」

「え、本当か!」

「ああ。魔理沙、口開けろ」

「? あー……」

 

 魔理沙が俺のほうに振り向いて、言われた通りに口を開ける。俺がやれと言ったのだが、真顔でこっちを向いて口を開ける魔理沙の姿は、なんとも間抜けでかわいらしい。

 できるならもう少しこの顔のまま放置しておきたいが、さすがにそれは酷いだろう。俺は懐から魔理沙へのお土産を取り出すと、その内の一つを魔理沙の口に放り込んだ。

 

「ほいっ」

「ん。 ……なんだこれ、甘い。 ……飴? いや、砂糖の塊みたいな感じだな……」

 

 俺が魔理沙の口に放り込んだのは、カラフルな星形のお菓子の金平糖だ。実物を見せずに食べさせたため、魔理沙はいま口の中で、どんなものを入れられたのかを確認中である。

 

「どうだ? 金平糖っていうお菓子なんだが」

「ふーん…… っと、味は私のスペルカード(スターダストレヴァリエ)みたいだな……」

 

 魔理沙は口の中の金平糖をガリガリと噛み砕くと、一風変わった感想を漏らした。弾幕って食べられるものだったっけ。子どもはなんでも口に入れるが、その情報は初耳だ。

 とりあえずお土産の感想は聞けたので、俺は金平糖の袋を取りだし魔理沙の目の前に持ち上げる。

 

「ほら、これだ」

「どれどれ…… おお、ますますそれっぽいぜ。他の連中にもこれをあげるのか?」

「いや、これは魔理沙用のお土産だから他には無い」

「そうか。じゃあありがたくもらっておくぜ」

 

 そう言って魔理沙は俺から金平糖の袋を()(さら)う。その受け取り方はなかなか無礼な気もするが、無邪気な笑顔をされると何も言えない。それだけ気に入ってくれたのだと解釈し、ひとまずここは満足しておく。

 

「あとでアリスと一緒に食べよっと。いつもアリスからはいろいろもらってるから、そのお返しだ」

「そうか。金平糖は日持ちするから、急いで食べなくても大丈夫だ」

「へぇ。まぁそれに、酒には甘いものは合わないからな」

 

 口に残る金平糖を飲み込んでから、魔理沙はあらためて酒を口に含む。両手で杯を持ってくぴくぴと飲む姿はかわいらしいが、すでに飲んでいる量は俺よりもずっと多い。いいんだ、俺はゆっくり飲む派だから。

 

 膝の上に乗る魔理沙の後頭部をぼーっと見ていると、フッと俺たちの元に影が差す。見上げるとそこにはいつの間にか、霊夢と早苗が立っていた。

 

「……見てましたよー、魔理沙さん」

「ん、早苗か。見てたって何をだ?」

「ふふ、真さんに食べさせてもらってることに決まってるじゃないですかー。羨ましいことされちゃって。ねぇ霊夢さん?」

「そ、そうかしら? ……うん、そうかもね」

 

 早苗の振りに、霊夢がしどろもどろにも同意する。おかしいな、霊夢なら「別に」の一言で一刀両断しそうなものなんだが、いつの間に相手に合わせるということを覚えたんだ。

 もしかしたら早苗だからこんな反応したのかもしれないが、それにしたって早苗と霊夢はいつの間に仲良くなったんだろう。思えば会ったときからすでに結構仲良かったような。同じ人間であり、女の子であり、更に年も近いからだろうか。

 

「羨ましいて、真から勝手に食べさせてきたんだが。それに霊夢だって前に風邪を引いたとき、真にお粥とかリンゴを食べさせてもらってたじゃないか」

「え、そうなんですか霊夢さん!」

「そ、そんなことあったかしら? 風邪のときのこととかほら、あんまり覚えてないのよねぇ…… そ、それよりほら! 魔理沙は何を食べてたのよ!」

 

 霊夢が目をそらしながら、話題を別のところに持っていく。風邪のときの話なんて広がるものでもないし、避けたい気持ちは分からないでもない。俺にとっては風邪の引いたときの霊夢は、頼ってくれるかわいい存在ではあったが。

 

「ああ、真がお土産をくれたんだよ。これだ、星型の甘い砂糖菓子。外の世界には面白いものがあるな」

 

 魔理沙が金平糖の袋を持ち上げて、霊夢と早苗の二人に見せる。簡単なお菓子なのでもしかすると幻想郷にあるかもしれないが、少なくとも魔理沙は知らないようだ。

 

「……へぇー、甘いの。それだったらお酒には合わないわね」

「そうなんだよな」

「あ、あはは……」

 

 おおよそ外の世界の同じくらいの少女では考えられない会話に、早苗は頬を掻いて苦笑いする。俺にはもう慣れたものだが、やっぱり子どもに酒は早いよなぁ。

 

「霊夢は真から何もらったんだよ。一個あげるから交換しようぜ」

「私? 私はええと……お茶の葉とかよ。神社に来たら飲ませてあげるわ」

「お茶か。完全に霊夢専用のお土産だな」

「あれ? 霊夢さんへのお土産ってお茶だけでした? 他にもあったと思いますが」

「!」

 

 早苗の細かい指摘を受けて、霊夢が驚いた顔をする。早苗とは外の世界にてお土産を買うのに付き合ってもらったため、どんなお土産があるかを把握しているのだろう。

 とはいえ買ったものもそれなりに多く、早苗が瞬間記憶能力でも持ってない限り全部把握するのは不可能に近い。霊夢への土産は複数個あり、また選ぶときに霊夢の名前を出していたため、たまたま覚えていただけと思われる。

 

「なに? 早苗、それはどういうことだ?」

「いえ、私もお土産選びに一枚噛んでいたので。真さんは霊夢さんへ何個か買っていたなーって思っただけですが……」

「……ほーう? 霊夢、嘘はいけないなぁ。楽しみは分け与えるものなんだ、一人占めはよくないぜ」

 

 魔理沙が嫌らしい笑みを浮かべながら、身を乗り出して霊夢に詰め寄る。なるほど、お土産を統一せず一人ひとりバラバラにするとこういった弊害が生じるのか。しかしお土産とは渡す相手のためにではなく、半ば俺の自己満足のために買ったものなので、文句を言われる筋合いは無い。

 

「べ、別に嘘なんかついてないわ…… ほら、お茶の葉()()って言ったじゃない」

「……あれ? そうだっけ」

「もう! 言ったのよ! 魔理沙に分けてあげられるような食べ物系のお土産はそれくらいしか無かったから、分かりやすいようにそう言っただけ! まったく……」

 

 霊夢は腕を組んでプンスカと頬を膨らませる。確かに魔理沙の聞き方は少々鬱陶しかったかもしれないが、怒ることでも無いだろうに。

 

「あらら…… 霊夢への土産と言ったら普通食い物だろ。まったく、真は分かってないなぁ」

「……む」

 

 魔理沙はそんな霊夢を見て、俺に責任転嫁してきた。分かってないとは心外だ。霊夢がご飯を幸せそうに食べる姿を、ここ数年のあいだ誰よりも近くで見てきたのは俺である。

 食べ物系のお土産だって、実はちゃんと別に用意してある。一度に渡すのはどうかと思い、まだ渡していないだけだ。

 

 ……まぁこれを言ったら言ったで、今度は魔理沙側が面倒なことになりそうな気がするな。元来お土産とはそいつのために買うものなので、他のヤツとお土産を比べるものではないと思う。

 

「……で、真は霊夢に他に何をあげたんだよ? 湯飲みか?」

 

 とはいえ魔理沙には霊夢に他にお土産を渡したことは知られているので、ここは素直に教えておこう。なるほど、湯飲みって選択肢もあったのか。

 

「ああ、それも買ってくりゃよかったなー。いや、俺があげたのはだな……」

「わわ! 真、言っちゃ駄目!」

「おっと」

「うわっ」

 

 何をあげたか魔理沙に言おうとしたら、霊夢がいきなり飛びついてきて俺の口を塞いできた。俺の前に座っていた魔理沙は寸でのところで避けたため、俺は霊夢の攻撃がモロに当たる。口を塞ぐのが目的であっても、勢いがあればそれは攻撃と変わらない。

 

「いてて…… 別に隠すことでも無いだろうに……」

「嫌よ恥ずかしい!」

「なんでだ? なかなか似合ってたじゃないか」

 

 そう言いながら、俺は体の上に乗った霊夢を抱き上げて身を起こす。先の魔理沙をこちらに向けたような格好だ。その魔理沙はというと霊夢と入れ替わるように、今は早苗の隣に立っている。

 

「なんだあ? 霊夢のヤツ何を恥ずかしがってんだよ。なあ早苗、お前は霊夢が何もらったか知ってるか?」

「いえ、私も全部覚えているわけでは…… あ、でもお洋服を買ってたのは覚えてますよ」

「服?」

「ええ。かわいらしいのからボーイッシュなものまでいろいろと」

 

 俺と違って口を押さえられていない早苗は、ごく自然に魔理沙の質問に答える。そしてその答えは見事に当たっていて、俺が霊夢に渡したのは、今のところお茶の他には洋服だけだ。

 

「わー! 早苗アンタ何バラしてんのよ! ってかなんで知ってんのよ!」

「あれ、さっき言いませんでしたっけ? 真さんの買い物に付き合ったって」

「……霊夢の反応からして本当みたいだな。 ……なるほど服か、いいじゃないか。霊夢のヤツ巫女服ばっかり何着も持ってるしな」

「だろ? ……ああこら霊夢暴れるな」

「うう……早苗め……」

 

 膝の上で暴れる霊夢を拘束しながら、落ち着かせるように頭を撫でる。そう言えば今日も霊夢は、いつもと同じ巫女服だな。着て見せてくれた服、かわいらしくて似合ってたのに。

 

「なあ霊夢、今度着てるところ見せてくれよ」 

「いやよ。なんでわざわざ私がそんなこと……」

「あ! 私も見たいです! いつにしますか? 明日? 明後日?」

「しないっつってんでしょうが! 真もなんか言ってやんなさいよ!」

「そうだな。着るだけじゃなくて、その格好のまま三人で人里まで遊びに行ってくればいいと思う」

「アンタは何を言ってんの!? あ! さてはもう酔ってるわね!」

 

 そりゃあ酒を飲んでいるのだから、大なり小なり酔っているのは当然だろう。しかし酔っているからと言って言動が適当になると思ったら大間違いだ。酔って気分が良くなることで、より感情を素直に表現できるようになるだけ。つまり俺の言っていることは、嘘偽りの無い単なる本心なのである。

 

「……うん。霊夢はどんな格好でもかわいいなぁ……」

「……えっ、あっ、ちょっ」

 

 俺の膝に乗って目の前にいる霊夢を、そのままギュっと抱きしめる。我ながら酔うとこうしてしまうのは悪い癖だと思うが、霊夢がかわいいのだから仕方ない。酔うとこういう性格になるのではなく、普段は理性があるため自制が効いているだけだ。普段の霊夢もフランのように、甘えてきてくれたほうが俺も嬉しい。

 

「……うー……」

「……じゃあ明日の朝に博麗神社に集合ということで決まりだな」

「分かりました! 文さんからカメラ借りてきたほうがいいですかね?」

「おっ! それ採用!」

「……ってアンタらは、なに勝手に話進めてんのよ!」

 

 早苗と魔理沙は今日が初対面のはずだが、こいつらもいつの間にか意気投合している。同じくらいの年の子は仲良くなるのがかなり早いな。

 それとも早苗の性格が成せる技なのだろうか。早苗はぐいぐいと積極的に話を進めるヤツだから、俺と違って知り合いもかなり多くなりそうだ。

 

「……いやー、早苗! お前なかなか面白いヤツだな!」

「そうですか? ありがとうございます!」

「よっしゃ、それじゃあいっちょ一緒に飲むか! 私が酒を注いでやる!」

「よろこんで!」

 

 二人はドカッと腰を下ろして、本格的に飲み始めようとする。霊夢もこの体勢じゃ飲みづらいだろうと思い、俺は霊夢を持ち上げ前に向けた。なお俺の膝の上からは、指摘されるまで降ろさない。

 

「乾杯!」

「いただきます!」

「……霊夢も、飲みたくなったら言えよ?」

「う、うん……」

 

 霊夢は俺の膝の上で大人しくしているが、魔理沙と早苗はそれぞれ杯に注がれた酒を一気に飲み干す。いつ見ても幻想郷の少女たちの酒の飲みっぷりは凄まじい。こいつらは見た目も年齢も子どもの癖に、よくもまあそんなに酒が飲めるものだ。外の世界じゃなくてよかったな、未成年は酒を飲むのは禁じられて…… 

 

「……あれ? 早苗ってお前もしかして、酒を飲むのは初めてなんじゃ……」

「……きゅう~」

「わっと!」

 

 早苗が酒を飲み干し杯を置くと、そのまま魔理沙にもたれかかった。顔はほんのり赤くなっておりぼんやりとした虚ろな目。誰がどう見ても酔っている。

 やっぱり初めてだったのか…… 人間は初めて飲んだときが一番酒に酔いやすい。それにしても酔いが回るのがとても早いな。もしかすると酒が飲めない体質なのかもしれない。

 

「……あー、うー……」

「……早苗アンタ、大丈夫?」

「……はれ? 霊夢さんが三人います…… んみゅ……一人ください……」

「やらん。全部ウチのだ」

「あう…… 真は何を言ってんのよ!」

 

 霊夢を早苗に取られないよう、腕の中にいる霊夢を抱き寄せる。霊夢が三人もいたら両腕じゃ足りないな、尻尾も使ってつかまえないと。

 

「……すぴー」

「……寝ちまったか? 弱いな早苗……」

「……このまま放置するのも悪いし、どこかに運んであげましょうか。 ……にとりのとこでいいか。なんでも人間はめいゆーらしいし」

 

 そう言うと霊夢は俺の腕からスルリと抜けて、寝ている早苗の元へ近付いていく。うぅむ、しっかり抱きしめていたのに、いとも簡単に抜けられたな。残念だがずっとそうしているわけにもいかないので、霊夢を無理やり(とど)めることはしないでおく。

 それにしても霊夢のヤツ、にとりのことを知っていたんだな。いったいいつの間に……なんて考えている間に霊夢は魔理沙と二人で早苗を連れて、どこかに歩いていってしまった。

 

 思いがけず一人になり、なんとなく寂しい感じになる。待っていれば二人は戻ってくるのだろうが、どれだけ待たされるか分からないものを我慢するのも馬鹿らしい。

 折角ここに山の妖怪が集まっているんだ、ついでにお土産を渡せるヤツには渡してしまおう。そう思い俺は腰を上げて、知ってるヤツがいないか探して回ることにした。 

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 レティと静葉、穣子が三人で仲良く飲んでいるところを見つけたので、それぞれにお土産を渡しておいた。レティにはこれから来る冬に備えて白い手袋とマフラーを。冬の妖怪であるレティにはおそらく必要無いだろうが、似合いそうだと思ったのだから仕方が無い。

 秋姉妹にはというと特に買っていなかったので、これもレティにと思って買っておいた雪見大福というアイスをあげたら怒られた。こいつらには秋に関するものをあげられたらよかったのだが、秋の味覚をあげてもそれらは自力で手に入れられるだろう。そう思ったため特に用意をしていなかったのだ。

 しかし怒られた直後、橙へと手に入れていた秋刀魚(さんま)があったのを思い出し、渡してみると大層喜ばれた。海の無い幻想郷では手に入らない秋の魚である。酒のつまみにもなるし、なかなかいいタイミングで渡せたと思った。

 

 

 その後またしても一人でぶらついていると、一人でぼーっとしている諏訪子を発見した。お互い一人ぼっちの者同士、ここは一緒に飲もうと思い、俺は諏訪子の前に腰を下ろす。 

 

「よ、諏訪子」

「あ~真だ~、やっほ~」

 

 諏訪子の顔は少々赤く、間延びした話し方から酔っていることがすぐ分かる。宴会なので酔っているのは当たり前。諏訪子はトロンとした目をこちらに向けながら、四つん這いになって近付いてきた。

 

「真~」

「おっとっと。諏訪子一人か? 神奈子はどうした」

「ん~、あっち」

 

 俺にもたれ掛かる諏訪子の視線の先を見ると、たくさんの天狗がわらわらと集まっていた。なんだあの群れ……中心で面白い催しでもやってんのかな?

 

「神奈子はね、あそこで萃香って鬼と一緒に飲んでるの。自分と同じくらい飲める相手が見つかって嬉しいんだろうね~。私も一緒になって飲んでたんだけど~……」

「……なるほど。追いつけないから諏訪子は戦線離脱ってわけか」

「そゆこと~。 ……ふい~、休憩休憩」

 

 諏訪子は全体重を俺に預け、完全に脱力しきっている。吐息からはかなりの酒のにおいが漂っていて、まったくどんだけ飲んだのだろう。萃香に付き合える神奈子はそれ以上だ。萃香は自分の体積以上に飲んでるんじゃないかってくらい飲むからな、鬼の体の仕組みはどうなってるんだか。

 

「……ん~、寒い~……」

「寒い? こんだけ顔が赤いのにか?」

「……顔は熱いけど体は寒いの。真、あっためて~」

「はいはい」

 

 俺は諏訪子を抱き寄せつつ、諏訪子の小さい手を包み込むように両手を重ねる。諏訪子の両手は確かに少しひんやりしていて、まだ秋なのに冬の訪れを感じずにはいられなかった。

 

「……へへ~、あったかい。しあわせ~」

「……やっすい幸せだなー。まぁ俺も風呂に入ってあったまるときは幸せだと思うけど」

「……真、ありがとね」

「どういたしまして。こんなのでよければいつでもやってやるよ」

 

 俺の両手の体温が、諏訪子の両手に奪われていく。俺はレティに手を握られてもなんら動じなかった男である、この程度では嫌がるにも値しない。むしろ俺だって諏訪子を近くに感じていられるのだから、お礼を言うのは俺のほうだ。

 

「……違うよ。いや、違わないけどそれ以外にも感謝してる」

「? それ以外って何を」

 

 先ほどのお礼を言ってきたあたりから、酔っているはずの諏訪子の言動がはっきりしている。そんなかしこまってお礼を言われるようなことをした記憶は無いのだが、一体どうしたというのだろうか。

 

「……宴会なんて久しぶりにやったよ、大勢で騒ぐのはこんなに楽しいものだったんだね。今こうやって笑ってられるのも、幻想郷に来るきっかけをくれた真のおかげ。きっかけもくれたし、力も貸してくれたし、早苗も一緒に来るようにしてくれた。全部、ぜーんぶ真のおかげだよ」

 

 諏訪子はポツリポツリと語るように、空を見上げながらなんとも恥ずかしい台詞を言ってきた。ああ、それ以外ってそういうことね。確かにいろいろ手を貸したけど、こんな風に正面から言われると照れるものがあるな。

 

「……なんだぁ? どうした急に」

「……別に~? 急に言いたくなっただけ~」

 

 一瞬だけ真面目な雰囲気になったかと思ったら、またすぐに諏訪子は緩い雰囲気に戻っていった。諏訪子は腕の中でもぞもぞと、俺に体を寄せてくる。

 

 本当に俺は、お礼を言われるようなことはしていない。全ては自分のためにやったこと、かつての友に力になってあげたかっただけだ。諏訪子は自分を誇ればいい。

 とはいえわざわざそんなことは言わない、感謝されて嫌な気持ちにはならないのだから。感謝してくれるのならそのお返しに、もう少しだけ諏訪子の体温をこの体で感じていよう。俺にはそれで十分だ。

 

 妖怪の山の上で見上げる空は、外の世界で見上げる空よりも、いくらか星が輝いて見えた。

 

 


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