俺の持っているこの『答えを出す程度の能力』は、身についた当初も思ったが『
『
天気予報で思い出したが、外の世界の天気予報。あれはどのようにして降水確率を割り出しているかご存知だろうか。
もしかしたら『気温や風向きその他もろもろを複雑な計算式に当てはめ導き出している』などと思っている人もいるかもしれないが、それは大きな間違いである。降水確率50パーセントとは読んで字のごとく単なる確率の話に過ぎず、『過去同じような天気図では十回中五回雨が降った』という単なる事実を、ただ示しているだけなのだ。
では次に、その天気の確率の話に移ろうと思うのだが……そうだな、ここで一つ質問しよう。
長時間……ここでは仮に一ヶ月とする。『一ヶ月という長い期間毎日まったく同じ天気になる』というのは、一体どれほどの確率になるのだろうか。
どうして俺がこんなことを聞いているのか。それは勿論、俺が住んでいる博麗神社にて同じ現象が観測されているからに他ならない。ここ連日の天気はずっと、空に雲がほとんど見えない快晴に固定されているのだ。
当然同じ天気がずっと続くなんてことは確率的にほぼゼロであり、梅雨の時期にまで太陽がずっと出ているとなると拍車をかけてありえない。最近続く同じ天気は自然現象なはずもなく、誰かが起こしている異変であることは明らかである。
異変となるとそれは博麗の巫女の管轄であり、俺は自分から積極的に異変を解決しに行ったことなど一度も無い。しかし俺は幽々子の起こした冬が長引く異変以降、毎回行っていることがあった。
それは『答えを出す程度の能力』を使い、今回の異変によって誰かが大きな不利益を被ることが無いか調べること。自分に関係無いからといって異変を放置していたら誰かが死んでしまったなんて目も当てられない。幽々子が妖怪桜を咲かせようとしたあの異変の後に、次に同じような失敗はしないと心に誓ったのだ。
今回もその例に漏れず、異変の全容はさておいて、被害者が出ないかどうかを能力を使って調べておいた。複雑な因果が絡み合うこの世界、今回の異変が遠い原因で被害を受ける者はそりゃあたくさんいるだろう。その全員の面倒を見てやるほど俺は知らない人にまで親切ではない。しかしその中に、しかもかなり直接的に結構な被害が出る者として、博麗霊夢の名前が出てきたのである。
さすがにこのまま放置するほど、俺は霊夢に無関心ではない。そんな未来を回避するべく、更に俺は能力を使って、事件の全容を理解した。
今回の同じ天気が続く異変はこういうことだ。
今回の異変の犯人は、誰もが持つ『気質』というものを集めていた。気質は人によってそれぞれ異なっており、集める際に漏れ出す気質は天気に直接影響する。
例えば霊夢は晴れの気質。霊夢の気質を集める過程で、博麗神社には快晴の天気が続いているというわけだ。
この異変は幻想郷中で起こっており、各地では違う天気が連日続くという異常気象になっている。おそらく魔理沙は雨の気質だ。それは博麗神社が晴れている間、一度も遊びに来なかったことから予想できる。魔理沙の周りがずっと雨ならば、外に出ることはあまり無いだろうから。
なぜ犯人がこのような異変を起こしたのかも分かっている。端的に言うと犯人の目的は、単なる暇潰しに過ぎなかった。
犯人の正体は妖怪の山の更に上、天界という場所に住む
そうそう、どうして天気が連日続くってだけで霊夢が被害を受けるか言ってなかったな。犯人の目的は先ほど言ったように異変解決に来た連中で暇潰しすることなんだが、その中でもやはり博麗の巫女とは特に戦ってみたいらしい。
犯人は、天気を固定するだけでは博麗の巫女が来るか微妙だと判断し、集めた気質を使ってもう一つ異変を起こそうと考えた。それは博麗神社に地震を起こし、神社を倒壊させることだ。
その結果霊夢は多大な不利益を被ることとなり、また、神社の倒壊に巻き込まれ少なからず怪我をすることになる。しかもついでにこの異変の犯人、異変の後は神社の復興に協力するつもりらしいが、そのときにどさくさに紛れて博麗神社の土地を奪おうと考えているらしいのだ。
……いかがだろうか、これが今回の異変の全容だ。まったくふざけた話である。
俺は異変を解決しに行くつもりは無いが、そんな天人の暇潰しに協力してやる義理も無い。というか霊夢が怪我するんだぞ。お前何しようとしてんだよ、おい。
そんなわけで俺は霊夢に怪我なんかさせないように、つまり地震で神社が倒壊しないよう、変化の術を使って博麗神社の土地を固定した。
簡単に言っているがこれはなかなかの重労働。変化の術でこれほど妖力を使うのは、初めて藍に会ったときに山火事を止めて以来だろうか。
ちなみに俺から霊夢へは、地震を含めた今回の異変のことは伝えていない。俺の能力のことを知らない霊夢にとっては、なんでそんなこと知っているのかって話だし、わざわざ不安にさせたり恩を着せる必要も無いだろう。
ただ、俺は今回大規模な変化の術を使っているため、少しでも楽をしようと尻尾を限界の九本まで顕現させている。そのため霊夢はもしかしたら、何かしらの異変を感じているのかもしれない。実際霊夢はここ数日、尻尾を出していることについては問うてこないが、時折俺の顔をじいっと見ては、目が合うと慌てたようにそっぽを向くことが何度もあった。
霊夢が怪我をさせられると知って、少しピリピリしていたのが伝わってしまっているのだろうか。まぁもう霊夢は怪我をしたりはしないので、俺がピリピリする必要は無いのだけれど。
……ところで、俺は先ほど霊夢には異変のことを伝えていないと言ったが、実は伝えざるをえない問題が発生していた。
今回のような大規模な変化の術を使う場合、術の効果を保つため俺は博麗神社からそう離れられない。そこから生じる問題が何かと言うと、なんてことない問題だ。つまるところ
まさかこういった形で犯人の気持ちが理解できるとは思わなかった。暇や退屈はありがたいことだが、度も過ぎればそれも立派な苦痛なのだ。
今回の異変はどのようにすれば終わりに向かうのだろうか。
犯人の目的は大きく分けて二つ。
一つは、異変解決に来た連中と闘うこと。これは萃香などが既に探っているため、運が良ければそれはもう達成されている。
もう一つは、異変解決に来た博麗の巫女と闘うこと。こればっかりは俺にどうすることもできず、霊夢が動かないと達成されようはずも無い。
なんで犯人の暇潰しのために霊夢が動かなければならないんだ、と憤慨したくなるがその気持ちをぐっとこらえ、俺の暇潰しのために霊夢には動いてもらうことにした。霊夢には異変の詳細は特に教えず、いい加減同じ天気が続き過ぎだからと説明して、渋々ながらも異変について調査させる。
ざっくばらんな説明に霊夢は眉をひそめていたが、「真の頼みを聞いてあげるんだから、帰ってきたら私のお願いも聞いてよね」というのは霊夢の弁。子どものお願いなんてたやすいものだと、俺は快く了承した。
「……じゃあ、面倒だけど行ってくるわ。 ……まずは魔理沙のところにでも。最近神社に顔を出さないし、もしかしたら何かを企んでるのかも」
「ああ、行ってらっしゃい」
「……約束はちゃんと守ってよね」
「分かってるって。ほら、バイバイ」
「
両手と共に九本の尻尾も振りながら、異変解決に行く霊夢を送り出す。出ていく直前も霊夢は何やら不服そうな目をしていたが、悪いな、この埋め合わせはちゃんとするから。
それにしても霊夢のヤツ、最初に疑うのは、妖怪じゃなくて友人の魔理沙が先なんだな。今回の異変の原因である"気質"は、魔法使いならよく知っているらしいからあながち間違ってはいないとも言える。
本当に霊夢には異変についての詳細を何一つ話していないので、もしかしたら解決するのに何日もかかるかもしれない。一人で長く待つのは少し抵抗があるが、霊夢がどうやって異変を解決したか、土産話を期待するのも一興だろう。
「……それにもしかしたら来客が訪れて、結構退屈しないかもしれないしな」
そう呟いて、神社の縁側に座り込み空を見上げる。
霊夢が出ていっても天気は同じ、相変わらず元気な太陽が空の上では輝いていた。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
「……あー、暇、ひま、ヒマだー。それに暑い。今日は何して暇を潰そう」
霊夢が異変解決に出かけたその
「暑い…… そうだ、折角暑いんだし、俺の知り合いの中で炎の技が使えそうなヤツを挙げていこう。えー、まず妹紅だろ。そして………… えー、妹紅だろ。あとは………… えー、俺。狐火使えるから。 ……そういえば藍って狐火使えるのかなー…… 使えるよなー、藍を見かけたら顔とかが熱くなるって人里の男連中が言ってたもん」
誰か参拝客でも来ないものかと賽銭箱の横に座ったまま一人で古今東西ゲームを始めて、三十秒もしないうちに考え事が別のところへ行っている。題材が限定的過ぎる上に悪すぎた。どうしてこう暑い日に、更に暑くなるようなテーマを選んだんだ俺。
「……あー、風呂に入りたい……」
馬鹿なことを考えたせいで、額から汗がじわりと出てくる。風呂に入るには尻尾を隠さねばならないため、実は昨日も風呂には入らず、濡れタオルで全身を拭いただけである。
尻尾を隠したら変化の術を保つことができなくなるため仕方がないのだ。まぁもっとも、いま博麗神社には俺しかいないため、尻尾を出したまま風呂に入り浴槽を毛だらけにしても誰にも迷惑はかけないわけだが。いや俺にかかるか、後始末が大変だ。
今も風呂は諦めて、額に浮かんだ汗をタオルで拭う。
ああ暑い暑い。今日になったら風まで止んでいるものだから更に暑い。
そう思っている矢先に、いきなりピタリと汗が止まった。
「……? なんだぁ?」
まだ夜どころか昼にもなっていないのに、フッと辺り一面が暗くなる。不審に思って空を見上げたら、先ほどまで見事な快晴だった空が一転、どんよりとした曇り空へと変わっていた。
「……ああそうか、霊夢がいなくなったから天気の固定が無くなったのか」
空を見上げて一瞬で、辺りが暗くなった原因を理解する。なんてことないただの雲だ。最近はずっと快晴だったため、曇りという天気を忘れていた。
もしかしたらこれは雨雲の可能性がある。もう少し待てば雨が降り出すかもしれない。
曇りにせよ雨にせよ、先ほどよりも温度が下がるのだから大歓迎。ただ、雨まで降ってしまうと参拝客が来る確率が減ってしまいそうなので、最高はこのまま曇り空が続くことだ。
さてどうなるものかと空の様子を伺っていると、雲の間からは雨ではなく、別の物体が降ってきた。雨よりも落下スピードがいくらかゆっくりなその物体は、次第に雨ほどにも数を増していき俺の周囲を舞い始める。
「これは……雪か?」
辺りに風が吹き始め、視界がほんの少しだけ白くなる。俺は立ち上がって神社の
一粒の物体が俺の手のひらの上に落ちてくる。落ちた部分がひんやりと冷たく、物体を見ているとあっという間に溶けて水になった。にわかには信じがたいことだが、どうやら本当に雪のようだ。
「……え、マジで雪?」
「……そうよ~。涼しくなっていいでしょう?」
「む、誰だ」
予想外の天気に驚いていると、雪に混じって誰かの声まで降ってきている。もう一度空を見上げてみたらそこには、雪のような肌を持つ一人の亡霊がそこにいた。
「やっほ~。私よ♪ わ・た・し♪」
「幽々子…… 珍しいな、一人か?」
「ええ、そうよ♪」
雪よりも更にふわふわと飛んでいた幽々子が、そのままゆっくりと俺の目の前に降りてくる。地面に足をつけないのは自分が亡霊だということを意識しているからだろうか。幽々子は両足を持っている幽霊だけれど、二本の足で立っているところを見ることはまったく無い。
「なるほど…… この雪は幽々子の気質の仕業だったか。いきなりありえない天気に変わるから、一体何事かと思ったぞ」
「……あら、真は異変に気付いていたのね。個人の周囲で天気が固定されていることに」
「ああ、まあな。 ……中に座るか?」
「ええ、座るわ」
気が付けば周囲の気温は暑くないどころか、少し寒いというところまで来ている。俺は寒さには強いほうであり幽々子も気質が雪ならば寒さに耐性がありそうだが、外で立ったまま(浮いたまま)話すのはまた別だろう。
俺は幽々子を連れて神社の横に回り、いつもの縁側までやってきた。
「……ここでいいわよ?」
「む、そうか」
縁側から神社の中に入ると思いきや、幽々子はそのまま縁側に腰を下ろす。俺は一足先に建物内に足を踏み入れてしまったため、折角だからとお茶を準備することにした。
「……ほら、お茶だ」
「あら、ありがとう。やっぱり今日みたいな寒い日は、熱ーいお茶に限るわね」
「俺にとっては、寒くなったのはさっきだけどな」
幽々子の近くに中身の入った湯呑みを置いて、俺も幽々子の隣へと腰を下ろす。幽々子が来るまでは、まさかこんな暑い日に熱いお茶を飲むことになるなんてまったく思っていなかった。
お茶は熱い状態で飲むのが一番美味しいと俺は思う。しかし夏の真っ只中で飲むのだから、好みよりも体への影響を優先するのは当然だろう。
「今日は……妖夢は一緒に来てないのか?」
「それなんだけど……昨日から妖夢、一人でどこかに行っちゃったのよね~。おおかたこの異常気象の原因でも探りに行ってるんでしょうけど、
「……良かったら団子でも食べ「食べる~」……分かったよ」
食い付き気味に返事をする幽々子のために、懐から木の葉を取り出して団子に戻す。
おそらく神社の中にも団子くらいはあるのだろうが、そういった食べ物は全て霊夢が把握してることだろう。勝手に消費したら後が恐い。
「……~♪ さすが真ね、ありがと~♪」
「なに、俺も一人で暇してたところだからな。幽々子が来てくれて丁度よかった」
「……真も一人? ……ああ、霊夢を見ないと思ったら、やっぱりもう異変解決に向かってるのね。 ……せっかく涼しい夏を満喫してるんだから、解決なんてしなくていいのに。ねえ?」
「はは、確かにそうだな」
団子を食べる前から頬を膨らませる幽々子を見て、俺は笑いながら同意をする。仮に今回の異変で霊夢の持つ天気が雪であり、更に霊夢が被害を受けないのならば、俺が霊夢を異変解決に向かわせなかった可能性はかなり高い。暑い夏を避けることができるうえに人里にも迷惑もかからないという好条件、自分に都合のいいように行動するのは当然である。
「……んっ、美味しい。これなら何本でも食べられるわね♪」
「……ゆっくり、味わって食べるんだぞ?」
「は~い♪」
元気良く返事している幽々子であるが、本当に分かっているのだろうか。霊夢も幽々子も幸せそうに食べる一面は同じであり、見ていてこちらも微笑ましい。しかし幽々子の場合は油断していると微笑ましさが苦笑いに変わってしまうので、注意が必要になってくるが。
「~♪」
「……どれ、俺も……」
幽々子に全部食べられる前に自分の団子を、一本だけだが確保しておく。
幽々子は亡霊であるため体が成長せず未だに少女の姿のままだが、精神が成長しているかと聞かれたらそうとも言えない。永夜の異変や今回の異変にすぐさま気が付く洞察力には驚かされるが、団子を食べるあどけない姿は誰が見ても子どもだと思うだろう。それにあの子どもっぽい紫の数少ない友人の一人であるため、必然的に幽々子も紫同様に俺にとってはまだまだ子どもなのだ。
「……あ」
「あら、もう無くなっちゃったわね」
……なんてことを考えている間に、幽々子はあっという間に団子を食べつくしてしまっていた。ゆっくり食べろと言ったのに……俺なんてまだ一本目の一個だけしか口にしていない。
「……」
「……」
「……じ~……」
幽々子が自身の視線の擬音を口にしながら、俺の手に残る団子を見つめてくる。団子は全部で十本もあり、俺はまだ一つしか食べていないんだぞ。俺の二十七倍も食べておきながら、今なお団子を狙うつもりか。
「……」
「……」
「……はぁ。食うか?」
「食べる~。あ~ん♪」
「ほら、あーん」
幽々子が大きく開く口に、俺の手にある団子を運んでいく。子どもという存在はこれだからズルい、喜んだ顔をすれば何をしても許されると思うなよ。
……まぁ今回は特別に許してやるけどさ。もしかすると俺は子どもに対して甘いのかもしれない。厳しくするのも大事であることは分かっているのだが……
「……甘~い♪」
「……まぁいいか」
「~♪」
美味しそうに団子を頬張る幽々子を見て、食べさせるために伸ばした右手でついでに頭を撫でる。こうしていると少し前に、椛にお土産を食べさせてあげたときのことを思い出すな。あのときの椛も今の幽々子も、どちらも優劣がつけられないほどとてもかわいい。
かわいいってのはやっぱりズルい。赤ん坊のかわいさは己の身を守るための防具だが、成長してもかわいいと思われるのは女だけの特権だ。
……まぁ俺も、あと一本だけ尻尾を解放したら、かつて美鈴に"かわいい"と言われた姿に変わってしまうのだが…… 大人の男に"かわいい"ってのは違うだろう。
「……ところで真。今日の真は狐なのね、珍しい」
幽々子が俺の頭の上に目線を向けながらそんなことを言ってくる。俺の頭に生えている狐耳を見てそう言っているのだろうが、生えていようといまいと俺はいつでも狐なのだが。
「尻尾も今日は大量ね~。ねぇねぇ、ちょっと触っていい?」
「ああ、いいよ」
「やった~♪」
『どうして尻尾を出しているの?』と尋ねられたらどう答えたものか悩んでいたが、どうやら幽々子はそんなことは気にせず俺の尻尾のほうに興味が行ったようだ。俺がこの姿なのは霊夢のためだが、恩を売るつもりは無いのでできれば内緒にしておきたい。
霊夢に内緒にするということは他の連中にも内緒にするのと同じこと。とはいえ丁度いい嘘も思いつかないので、おそらく尋ねられたら俺は正直に話してしまいそうだが。
「ぎゅ~♪」
「冷たっ!」
「えへへ~、真の尻尾あったか~い♪」
"ちょっと触る"とはなんだったのか、幽々子は俺の尻尾に思いっきり抱き付いてきた。それも一本ではなく複数本纏めて、だ。
幽々子の幽霊の体はそれなりに冷たく、また周囲の天気の関係により冷たさは更に増している。冷たさに驚いている俺なんかまったく気にせず一人で尻尾を堪能するとは、幽々子のヤツなかなかいい性格をしてるじゃないか。
「……真、膝枕してくれない?」
「……その前に俺に言うべきことは無いか?」
「……? あ。お団子ご馳走さまでした~♪」
違う、そこは『あら冷たかったかしら、ごめんなさい』だ。しかし幽々子は俺の指摘もなんのその、手も合わせずにご馳走さまを言ってからすぐに、尻尾を抱き締めたまま俺の膝元に寝転んでくる。
俺が慌てて床にある湯呑みをこぼさないように回収し終わったころには、幽々子はすでに自分が一番楽だと思う体勢になってのんびりと幸せそうに
「……えへへ~、真のお膝~♪ 真を独り占め~♪ そして真と二人っきり~♪」
幽々子が俺の尻尾を頬に擦り付けながら、これ以上無いくらい上機嫌な態度を取る。なんだろう、妖狐の尻尾にはリラックスの効果でもあるのだろうか。今までも顕現する度に、誰かにモフられている気がするが……
しかし俺が藍の尻尾を抱き締めるにしても、恥ずかしさが
まぁ十中八九後者だろうな。自分の体の一部が好まれているのは嬉しいが、本体がモノ扱いとは少し悲しい感じがする。
「……しあわせ~♪ 後で紫に怒られちゃうかも~」
「……そうだな、紫がどうかは分からんが、妖夢が知ったら『迷惑をかけるな』って怒るんじゃないか」
「迷惑なんてかけてないもの~。でしょ?」
「……今は、な」
幽々子にギリギリ聞こえるくらいの声量でそう呟くと、俺は目の前にある頭を優しく撫でた。今やっている膝枕と尻尾は許容範囲、微妙なのは団子と冷たい手で触ってきたことだろうか。
怒るタイミングを逃した今、何を言ったところで意味が無い。それに幽々子は俺の退屈を潰してくれたのだから感謝しているし、今のこの状態を俺は少なからず楽しんでいる。
それならば幽々子と二人きりという珍しい状況を、満喫したほうが得じゃないか。そう判断した俺は、膝に寝転んで目を閉じている幽々子の頭を再度撫でる。
幽々子の体が冷えないように、俺は少し離れたところにそこそこ大きな狐火を作り出した。