東方狐答録   作:佐藤秋

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第六話 伊吹萃香と星熊勇儀①

 

 あれから十年、諏訪の国もだいぶ安定してきたように思える。洩矢神社は『守矢神社』と名前を変え、諏訪子と神奈子の仲も良好だ。最初は少し諏訪子が神奈子に対して、なんていうか苦手意識を持っていたようだが、最近ではそんな様子は無い。それでもたまに喧嘩するのは、仲の良さの裏返しだと思っておこう。

 こいつらといるのは正直楽しい。しかしもともと、定住するつもりはなかったのだ。もうこの国に俺は必要ない。そろそろ旅を再開しようと思った。

 

 

「……真。 ……本当に行っちゃうの?」

「ああ。俺は旅人だからな、もう少し世界を見て回りたい。 ……この国には随分長居した」

「……」

「アンタがいなくなると寂しくなるねぇ…… たまには顔見せに戻ってきなよ?」

「そりゃあもう」

 

 守矢神社の入り口で、諏訪子と神奈子が見送りに出てきてくれる。前々から今日出発することは伝えていたのだ、ここで止めるなど言い出したらいつまで経っても出発できない。

 

「……ほら、真もこう言ってるし、しゃんとしな諏訪子!」

「……でも……」

「……そうだ諏訪子、これ」

 

 諏訪子と共にいたのは神奈子と比べてはるかに長い。その分諏訪子は俺との別れを惜しんでくれているようだった。

 俺は諏訪子に、懐から取り出した木の葉を渡す。今日のためにこっそりと用意していたものだ。

 

「……なにこれ?」

「プレゼントだ」

「? なにそれどういう意味…… わっ!」

 

 俺は指を鳴らして変化の術を解除する。諏訪子の手の上にあった木の葉は煙をあげて、元の物へと姿を戻した。

 

「これは……」

「あぁ、俺の尻尾……を真似て作った枕みたいなもんだ。ほら、初めて会った日……その……なんだ、俺の尻尾を気に入ってくれたみたいだったし……」

「……」

 

 諏訪子が俺の渡した尻尾をジッと見ながら、一言も言葉を発そうとしない。渡す物が渡す物で少し恥ずかしいから、こういった驚かす渡し方を演出したのだが、もしかして失敗しただろうか。

 

「……」

「……な、なんか言ってくれ! 自意識過剰みたいで物凄く恥ずかしいんだよ! ……あ、もしかして嫌だったか? 一応別の物もあるんだ! ヘビとか蛙の髪飾りとか……」

「これがいい! ありがとう! 真の尻尾大事にする!」

 

 俺の尻尾(枕)を抱きしめて、諏訪子がやっと笑顔を見せる。よかった、どうやらお気に召したようだ。

 湿っぽいのは嫌いなんだ、見送るならそういう顔で見送って欲しい。

 

「あ、あぁ。丈夫に作ってあるから多少乱暴に扱っても大丈夫だ」

「……ちょいと、私には何もないのかい?」

 

 俺と諏訪子の間にズイっと割り込み、神奈子がじとっとした目で俺を見てくる。神奈子がそんなこと言うなんて思ってなかった。そりゃそうだ、片方に渡したらもう片方にも渡さないと不自然だよな。

 

「え、あぁ、えーと……じゃあさっきの髪飾りたちを……」

「……なんか諏訪子に比べて適当だねぇ…… ま、あっちのが付き合いが長いから仕方ないか」

「ま、まぁそういうことだ」

 

 諏訪子の予備に用意していたプレゼントを、そのまま神奈子の手に渡す。神奈子も守矢神社の神だから、的外れな物ではないはずだ。

 

「緑とは?」

「昨日のうちに挨拶は済ませたよ。今日は一日中仕事らしい」

「……そうか」

「……じゃ、またな」

「うん、またね」

「元気でな」

 

 そう言うと、俺は背を向け歩き出す。

 少し歩いて振り返ると、諏訪子が大きく手を振っていた。

 俺は苦笑しながら手を振り返す。

 見えなくなるまで俺と諏訪子は、お互いずっと手を振り続けていた。

 

 

 

 

「……行っちゃったね」

「……ああ」

「……」

「……」

「……」

「……なぁ、諏訪子……?」

「……なぁに、神奈子?」

「……もらった真の尻尾少しさわらせてよ」

「……」

「……え、だ、駄目?」

「……だーめ♪」

「ええ!? 頼むよ! 実は初めて見たときから少し触ってみたかったんだ!」

「……そーなの? でもだーめ。今日はこれは私が一人占めだー! 神奈子が触っていいのは明日から!」

「くっ……絶対だぞ!」

「ふふ、はいはい……」

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 諏訪の国を出て三日経った。俺はいま山の中を歩いている。

 近くの村村はすべて諏訪の国のもの。新しい村はかなり遠くにあるだろう。次に目指す村は、山を三つばかり越えた先にあるようだ。

 

「……それにしても見かけない生物が多いな…… 『ものしり』」

 

 目の前にいる手のひらより少し大きい魚みたいな生き物に、某ペラペラRPGで最初に仲間になる栗みたいに能力を使う。喋れない妖怪や動植物のことを調べるときにこの能力は大変重宝するのだ。

 能力を使ってすぐに、目の前の生物の情報が頭の中に現れる。

 

酒虫(しゅちゅう)・・・捕獲レベル5

 少量の水を与えると一日後酒を体から染み出させる。虫によって様々な味の酒になる』

 

 ものしりを使うと、なぜかトリコみたいな捕獲レベルが出る。手強さの目安になるかと思ったが、稀少さでも捕獲レベルは増えるのであてにならない。

 例えば人間だと捕獲レベルは1未満になるが、特定の個人で見る場合には捕獲レベルは測定不能になるようだ。俺はもっぱら前者の方法で使っている。知りたいのはそれぞれの個性ではなく、種としての特徴や習性なのだ。

 

「ふむ、酒虫か。丁度いい、確か壺を持ってたからそれに入れていこう」

 

 木の葉に変えていた壺を元に戻す。酒虫は警戒心があまり無いようで、簡単に捕まえることができた。捕まえた酒虫を壺の中に入れ蓋を閉める。

 

「少し荷物が増えるが、まぁ良いだろう」

 

 変化の術では自分以外の生物を無生物に変化させることはできない。また自分であっても、水や空気といった形をとらえにくいものには変化できない。

 しかし、大きさであればある程度変えることができる。俺は酒虫入りの壺を小さく、ついでに紐付きのものに変化させた。

 他の荷物は全て木の葉に変えて懐にしまってある。この程度の荷物があったほうがより旅っぽいと思った。

 

 その後、川を見つけたので酒虫に水を与えることができた。この酒虫はどんな味の酒を作ってくれるだろうか。自分の好みの酒が見つかるといいな、と思いながら旅を続けた。

 途中でまた何匹かの酒虫を見つけたが、俺には一匹で十分だ。もしこの酒虫の作る酒が俺の口に合わなかったら、改めて捕まえればいいと思った。

 

 

 

 さらに翌日、山中の森を歩いていると、どこからか足音が聞こえてきた。動物か、とも思ったがこの足音は四足歩行のものではない。二人分の二足歩行のものだ。それも大きい者と小さい者の二人だろう。

 人間の親子でも迷い込んだのか。そう思い足音のするほうへと行ってみると、女の声が聞こえてきた。

 

「……見つからないねぇ勇儀(ゆうぎ)

「……見つからないなぁ萃香(すいか)

 

 木々の間から声のするところを見ると、二人組の女を発見した。一人は俺と同じくらいの身長の女で、もう一人は胸の高さにも満たない少女だ。腕に鎖をつけたりと珍しい格好をしているが、それ以外には普通の体つきをしているし、一見ただの人間に見える。

 しかし俺は二人が人間ではないと確信できた。なぜなら、勇儀と呼ばれた大きい女性の額からは赤い大きな角がそそり立っており、萃香と呼ばれた小柄の少女の側頭部には、身長に不釣合いな大きく捩じれた枝のような角がそれぞれ生えていたからだ。

 間違いない、鬼だ。察するに二人は何か探し物をしているようだ。意を決して、俺は二人に話しかけた。

 

「何かお探しかな鬼のお二人」

「! 誰だ!」

 

 俺が話しかけると、すぐに勇儀が反応する。俺も旅している身だから分かるが、もしものときのために常に警戒はしておくものだ。この反応は当然と言えよう。

 勇儀の反応とは数瞬遅れ、萃香もすぐに身構えた。

 

「おっと待て、怪しいものじゃない。俺は真。狐の妖怪だ」

「……狐だぁ? 私は狐みたいな、人を騙して小馬鹿にしたような態度を取る妖怪は大嫌いでねぇ」

「私もだよ。で、その狐が私たち鬼に話しかけて、いったい何が目的だい?」

 

 出会って早々、鬼の二人に睨まれる。いきなり姿を現したからというのもあるだろうが、そういえば一鬼も狐妖怪は嫌いだって言ってたっけ。こいつらほど喧嘩腰ではなかったが。

 

「待て待て、なにかたくらみがあって話しかけたわけじゃない。鬼を見かけるのは久しぶりでね、つい話しかけてしまったんだ」

「……はっ、狐の言うことなんざいまいち信用できないねぇ」

「久しぶりって、あんた鬼に知り合いでもいるのかい?」

 

 ううむ、警戒心が解けないな。いくら狐妖怪が嫌いでも、それぞれ個性と言うものがあるだろう。そこを見てからでも冷たく当たるのは我慢してくれてもいいんじゃないか。勇儀よりかは萃香のほうが警戒心は薄いようだし、とりあえずは正直に萃香の問いに答えておこう。

 

「ああ、鬼は俺の名付け親でね。恩もある。それでつい話しかけてしまったんだ。貰った『真』という名前に誓って、この場で嘘は絶対に言わない」

「鬼が名付け親、ねぇ……」

「……勇儀、なんか本当っぽくない?」

「本当だとも。それに考えてもみろ、このように人間の姿をしてるのにわざわざ狐だって正体をバラしてるんだ。騙すつもりならそんなことしないよ」

 

 両手を挙げて、何かしようという意思がないことを示す。心の中のことなんて証明の仕様がない、どうやったら信用してもらえるのだろう。

 

「……」

「……えーっと、これ以上は何も言えないんだけど……」

「……ま、たしかに言われてみればそうか」

「……ふう。信じてくれてよかったよ」

 

 勇儀が敵意みたいなオーラを出すのを止める。とりあえず信用はされたみたいで、俺はほっと胸を撫で下ろした。

 

「……で、二人はどうしてこんな山の中に? 何か探し物でもしている様子だったが。えーと勇儀と萃香?」

「あぁ、こちらの自己紹介がまだだったね。私は星熊(ほしぐま)勇儀。種族は、ご存知のとおり鬼だ。で、こっちの小さいのが」

伊吹(いぶき)萃香だ。小さい言うな」

 

 鬼の二人に話を聞けば、勇儀と萃香はここから離れた『妖怪の山』というところに住んでいたらしい。そこには鬼の仲間も沢山いて、ある日鬼の仲間から面白い物の噂を聞いたのだそうだ。二人はこの山まで、それを探しに来たのだという。そしてその探し物が何かというと……

 

「……酒虫?」

「そうだ。その妖怪が作る酒はとてもうまいそうじゃないか。だからわざわざ歩いていろんなところを探し回っているのさ」

「いやー、でもなかなか見つからないものだね。それっぽいのは何匹か見つけたんだけど……」

「結局、全部ただの虫妖怪だったんだよ! まったく嫌になるねぇ」

 

 そう言いながら、勇儀が苦虫を噛み潰したような顔をする。そりゃあ酒虫を探していて見つかった妖怪が全部虫妖怪だったらそんな顔にはなるだろうが……この話の突っ込みどころはそこじゃない。

 

「……あのーもしもし? ちょっと一つ尋ねてもいいか?」

「? なんだい?」

 

 もしやと思い質問する。虫妖怪と間違えるって、普通に考えるとかなりおかしい。

 

「二人は酒虫がどんな姿をしているか知らないのか?」

「? ああ、知らないよ。でも大きさがこれくらいだってことは聞いている。ほら、この両手に収まるくらい」

 

 勇儀が両手をあわせ杯をつくる動作をする。その大きさ自体は間違ってないが、なぜ数ある情報の内で大きさだけを知っているのだろう。

 続けて萃香が言ってくる。

 

「そんなに大きい虫ってのは限られてくるだろ? だから見つけたら分かるかなーと」

「……わかった、つまり二人とも姿は知らないんだな」

「まぁそうなるね」

 

 勇儀が俺の言葉に肯定する。お前ら、なんつーか……もうちょっと情報を集めるべきだっただろう……

 

「ふう……いいか二人ともよく聞け。お前らはとても幸運だ。なぜならここで俺に出会えたからだ」

「? どういうこと?」

「俺は今、お前らが探している酒虫を持っている」

「! 本当かい!?」

「え、でもどこに?」

「この壷の中だ。 ……ああ、変化の術で小さくしているんだ。いま元に戻す」

 

 腰にかけていた壷を持ち上げ、変化の術を解除する。元の大きさに戻った壷の中身を見せるように、俺は二人に壷を突き出した。

 

「そしてこれがお前らが探していた酒虫だ! よく見やがれ!」

「「どれどれ」」

「「……」」

「「ええええええ!!?」」

 

 壷の中身を見た二人が驚きの声をあげる。

 二人の絶叫が山の中に木霊した。

 

「え? え? 魚じゃん!」

「そうだよ、酒虫は魚みたいな姿をしている」

「酒虫って名前なのに虫じゃないなんて詐欺じゃないか!」

「たまにあるだろそういうの! ほら、ウミネコだって猫じゃないだろ!」

「「へ? ウミネコって猫じゃないの?」」

「ウミネコは鳥だぁぁああああ!」

 

 ボケ倒してくる勇儀と萃香に、俺は全力で突っ込んだ。驚愕の事実から目をそらしたいのは分かるが、これは純然たる事実である。

 まぁ正確に言うと、酒虫は魚ではなく山椒魚なのだが、見た目が魚っぽいことに変わりはないからいいだろう。

 

「でも……でも……」

「勇儀……」

「論より証拠だ、飲んでみるか?」

 

 かなり動揺している勇儀と、それを落ち着けるように背中を支える萃香。なんだか憐れに思えてきたので、俺は二人に酒を飲むよう提案した。

 

「! いいのかい!?」

「やったぁ! 飲む飲む!」

「よし決まりだ。ここで飲むのもなんだし『ひらけた場所は』……っと、こっちだ」

 

 途端に顔を上げて二人は喜んだ様子を見せる。一鬼もそうだったし、鬼は特に酒が好きなのかもしれない。

 俺は能力を使って落ち着いて飲めるような場所を探す。近くにいい場所があったので、二人を先導して俺はそこまで歩いていった。

 

 程なくしてひらけた場所にたどりつき、俺は巨大な木を背によりかかり腰をおろす。鬼の二人がそれに合わせて俺の前の岩に胡坐をかいて座り込むと、そこで何かを思い出したかのように、萃香が「あ」と声を出した。

 

「そういえば杯とかが無いんだけど……」

「大丈夫だ、問題ない」

 

 俺は近くの落ち葉を拾い、それを大きい杯三つと壷から酒を酌むための柄杓に変化させた。鬼二人は「おお……」といった表情で驚いている。

 それぞれの杯にたっぷりと酒を注いだ後、勇儀と萃香に手渡した。

 

「それじゃ、乾杯」

「「いただきます!」」

 

 俺が乾杯の音頭を取ると、二人はすぐに杯を傾けた。持ち主の俺がまだ一口も飲んでないのになんて気の早い二人だろう。

 

「おいおいおい、この杯結構大きいんだぞまさか一気に飲み干す気じゃあ……」

「「っぷはー!!」」

 

 俺の心配も何のその、二人は一口で注がれた酒を飲み干した。だから俺はまだ一口も飲んでないというのに……

 

「………うん、まぁいいや。どうだ、口にあったか?」

「なんだこれ! むちゃくちゃ旨いじゃないか!」

「ああ! なんだこの複雑な味!」

「そりゃあよか「「おかわり!」」早ぇよ。もっと会話を楽しめよ」

 

 しぶしぶ言いながらも、二人の差し出す杯にそれぞれ酒を注いでやる。そんな嬉しそうな顔をされたら文句も何も言えないじゃないか。

 

 後になりやっと初めて俺もこの酒を飲んだが、なるほど確かにかなり美味しい。酒の味がよく分からない俺でも美味しいと感じるのだ、これはかなり上等なものだろう。

 

「いやぁこんなに旨い酒は初めて飲んだよ。しかも久々の酒だから格別にうまい!」

「ほんとにねー。あ、真、つまみとかないの?」

「急に図々しくなったなおい。 ……枝豆と、燻した肉でいいか? いなり寿司と団子もあるが」

「「全部くれ」」

「あいよ。いなり寿司は俺の分も残せよな」

 

 携帯していた食料の一部を、木の葉から元の姿に戻す。渡してからふと鬼に枝豆って大丈夫なのかと心配したが、二人は気にすることなく食べていた。あれか、炒った豆になったら駄目なやつかな。

 

「……んーうまい!」

「そりゃ良かった」

 

 酒を飲んでいるときも思ったが、食事中のこいつらは本当にあどけない顔をしている。萃香なんか本当に子どもみたいだ。飲む量は子どもの比じゃないが。

 こいつらの酒を飲むスピードはすさまじく、半刻もしないうちに全部飲み終わってしまった。 ……あの壷、結構でかいはずなのに……

 

「……あれ? もう無くなった?」

「おかげさまで売り切れました」

「でも酒虫がいるしまだ作れるんじゃ……」

「それも知らないのか…… 酒虫は水を与えてから一日待たないと酒を出さないんだ」

「なーんだそうかぁ…… じゃあ続きは明日だね」

「明日も飲むのか!?」

「当然だ」

 

 勇儀がきっぱりと断言する。しかたない、携帯していた水筒の水を酒虫に与えておこう。

 

 酒が無くなって一息つく。二人も少し落ち着いたようだ。

 

「いやぁそれにしても、真みたいにいい狐妖怪もいるもんだね!」

 

 勇儀がバシバシと俺の背中を叩いてくる。

 痛い。ぜんぜん落ち着いてなかった。

 

「あ、そういえば真は狐だったね、姿は完全に人間だったから忘れてたよ。 ……本当に狐なの?」

「狐だよ。ほら尻尾尻尾」

 

 萃香が証拠を求めてくるので、尻尾を一つ具現化させて萃香の近くまで持っていく。狐である証拠を見せるには、尻尾を見せれば十分だ。

 

「うひゃあ大きな尻尾だね! ……うーん、でも違う違う。元の狐の姿にはなれないの?」

「なれるよ」

 

 どうやら俺も少し酒で気分が上がっているらしい。萃香の問いの答えを、行動をもって実践する。俺は随分久しぶりに、元の狐の姿に戻った。

 

「ひゃあおっきい! 私と勇儀、二人で背中に乗ってもまだ少しあまるね!」

「それに尻尾が七本も…… 大妖怪じゃないか!」

「あ、あれ?」

「? どうしたの?」

 

 なんだか自分の目線に違和感が…… 狐の姿に戻ると目線がいつもより低くなる。にもかかわらず、萃香たちを見上げるような角度になっていない。

 いったいどうしたころだろうか。俺は振り返って自分の身体を見ることで、すぐにその疑問を解消した。 

 

「これは…… いや、久々にこの姿になったんだが……俺の体はこんなにでかくなかったんだ。 ……おかしいな、これじゃあ狐の規模を超えてるぞ……」

「成長したってことじゃないか?」

「そうなのか…… でもこれ前と比べるとかなりでかいぞ? 普通の狐と同じくらいの大きさだったのに……」

「いいじゃない別に! 今の真、大きくてかっこいいよ!」

「か、かっこいい?」

 

 いきなりの賞賛に思わず言葉を繰り返す。正面を切って褒められると、なんだか少し照れくさい。

 

「(めっちゃ尻尾揺れてる)」

「(うれしいんだろうね)」

「は、話を変えよう」

 

 このままだとなんだか調子が狂う。狐の姿を見せたんだから、もう元に戻ってもいいはずだ。

 俺は自分の身体に人化の術をかけなおし、二人の前に息を整えつつ座りなおした。

 

「……ふー」

「(尻尾がまだ一本出てるよ。照れが隠しきれてないね)」

「(こいつ狐のくせに隠し事が下手糞だな)」

「そ、それで、明日お前たちはどうするんだ? 酒虫の姿が分かったんだし酒虫探しを続けるのか?」

「そうだよ。 ……ああ、まさか酒虫が魚だったとは…… 今までいろんなとこ探したのが無駄になったなぁ探し直しかぁ。」

「そうだなぁ…… 真、参考なまでに聞かせてよ。その酒虫はどこで手に入れたんだい?」

「……ふふ」

 

 実はその質問をずっと待っていたんだ。俺はニヤリと笑って二人に言う。

 

「最初に言っただろう? 『お前らはとても幸運だ。なぜなら()()()俺に出会えたからだ』ってな」

「ああ、そういえば言ってたような気も…… ってことはまさか!」

「ご明察! 俺はこの山で酒虫を見つけたんだ! 今までいろんなところを旅してきたが、酒虫を見つけたのはここが初めてだ! おそらくここがヤツらの生息場所なんだろう、歩いてるだけで数匹見かけた!」

「本当か!」

 

 萃香と勇儀の顔が、ぱあっとより一層明るくなる。俺は驚く顔は勿論好きだが、その中でも嬉しさで驚く顔が一番好きだ。

 

「本当だ! それに無知なお前らにもう一つ教えてやろう。酒虫は個体ごとに生成する酒の味が異なる!」

「「な、なんだって!?」

「聞いたか勇儀!」

「おうとも萃香!」

「私たちの旅は無駄じゃなかったんだね!」

「ああ! 私たちはここにたどり着くために旅してきたんだ!」

「勇儀ー!」

「萃香ー!」

 

 テンションが最高に上がった二人は互いに抱き締め合っている。完全に酔っ払いのテンションだと思う。勿論無駄に声を張り上げた自分も含めてだ。だが後悔はしていない、これほど喜んでくれたのだから。

 身長差のある女二人がじゃれてるのを見ると、諏訪子と神奈子を思い出す。まだ諏訪の国を出て数日しか経っていないのに早くも寂しくなってきた。この寂しさを紛らわせるために、明日は二人の酒虫探しを手伝ってやろうかな。

 

「……ほら、いつまで抱き合ってんだ。もう今日は遅いから寝よう。明日起きたら探しに行こうか」

「ん? んん…… それもそうだね」

「うん。よし、じゃあ真、尻尾出して」

「?」

 

 萃香の言う、じゃあ、の意味が良く分からない。別に尻尾は全部でなければ、出すことに特に抵抗は無いが。

 

「いいけど……何するんだ?」

「いや、もふもふしてて気持ちよさそうだから、それを抱いて寝ようかなーと」

「何言ってんだ」

 

 萃香が諏訪子みたいなことを言い出した。そんなにいいものに見えただろうか。自分で触ってもいまいち良さが分からない。

 

「馬鹿なこと言ってないでもう寝るぞ」

「えー、今いいって言ったじゃないかー。鬼に嘘をつくのかー?」

「……いいだろう。嘘はつかん。今日だけ特別だ」

 

 そう言って俺は尻尾を四本具現化する。うお、既に一本出てたのか。

 そのうち二本伸ばして萃香を捕まえる。どうせ抱き付かれるなら、自分で伸ばしたほうがくすぐったくなくて丁度いい。ついでに残りの尻尾で勇儀も捕まえておくことにする。

 

「やったー」

「きゃあっ!」

 

 そのまま萃香たちを持ち上げると、寝る体勢にさせて程よく緩める。萃香が尻尾に頬ずりをしてきた。頼むから角を刺したりするなよ。

 

「それじゃ、お休み」

 

 そう言って俺は目を閉じる。この状態になると、やることはもはや寝ることだけだ。

 

「あ……やわらかくてきもちいい……」

 

 暗闇の中で、勇儀がそう呟く声が聞こえた。

 

 


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