東方狐答録   作:佐藤秋

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第九十一話 緋想天後&地霊殿①

 

 変化の術で神社に地震が起きないよう押さえつけたのはいいのだが、力ずくで押さえつけても地震のエネルギー、いわゆるマグニチュードは勝手に無くなったりはしない。じゃあ一生俺がここで押さえていないと地震を止められないのかと問われればそうではなく、ちょっとした工夫で地震が起こらないように変化の術を解除するのは可能なのだ。

 ではどうやって地震が起きるのを避けるのか。それはというと、一気にエネルギーを解放するから大規模な地震が起きるのであって、徐々にエネルギーを解放していけばそんな地震は起きないのである。要は、マグニチュード10の大地震を一回起こしてエネルギーを取り除くのではなく、マグニチュード1の小揺れを十回起こしてエネルギーを取り除くのだ。これは単なる例であり、実際マグニチュード1の地震十回分のエネルギーは、マグニチュード10の地震に全く届いてはいないのだけれど。

 

 この方法さえ使えば、多少時間はかかり小規模な地震は何度も起きるものの、神社を倒壊させることもなく地中のエネルギーを取り除くことができる。宴会に行かず神社に残った俺は、誰にも知られないまま一人で黙々と、この面倒な作業に勤しんでいた。

 

「……今ごろ霊夢たちは天界で楽しんでるんだろうなぁ」

「……気になるなら、真も宴会に行けばよかったのに」

 

 一人で黙々と、と言ったことは訂正しよう。霊夢たちを見送ったその直後、どこかで見ていたとしか思えないほど、タイミングよく紫が姿を現した。今はその紫と二人っきりで、適当な会話をしながらのんびりと、俺は作業に勤しんでいる。

 

「真だけ割を食ってここに残るくらいなら、異変の犯人の小娘に全部押し付ければよかったのよ」

 

 紫は俺の横に立った状態で腕を組み、何やら憤慨している様子である。今日まで見かけなかった紫がどこまで知っているのかは分からないが、おそらく全部知ってるんだろう。異変の犯人のことを『小娘』と形容できていることから、天子のことはほぼ確実に知っている。

 

「……なるほど、天子だったら地震を起こさせないようにどうにかできた可能性は十分にある。手伝ってもらえばよかったかも」

「ダメよ。そんなことしたら地面に要石(かなめいし)だのなんだの埋め込まれて、神社の土地を奪われてしまうじゃない」

「……手伝わせたいのか手伝わせたくないのかどっちだよ」

 

 話に一貫性の無い紫に突っ込みを入れる。やはり紫は異変の全容を知ってるようで、天子の目論見まで気付いていたようだ。これは後から知ったことだが、俺が行動を起こしてなかったら、紫は紫で天子に対してかなりエグい仕打ちをするつもりだったとか。

 

「違うのよ、私の言いたいのはそうじゃ無くて……」

「そうじゃ無くて?」

「……真は今もこうして裏でいろいろ支えてくれてるのに、そのことを誰も知らないなんて薄情じゃない」

 

 そう言って口をへの字にする紫を見て、思わず口がポカンと開く。先ほどから機嫌が悪いとは思っていたが、もしかして俺のために怒ってたのか?

 

「……くっ、ははははは!」

「……何が可笑しいのよ」

 

 いきなり笑い出した俺に、紫は更に不機嫌そうな顔をする。いやしかし、紫には悪いがこれは笑わずにはいられない。

 

「くくく……いや悪い悪い。ちょっと予想してなかったからさ。まさかそんなことを紫が言うなんて思わなかったよ」

 

 口元を押さえながら、俺は紫に言い訳をする。笑いというものは予想外のことが起きたときに出るものだが、今回はそれに加えて微笑ましさも追加されていると言ったところか。

 

「あのなぁ……別に俺は、誰かに凄いとか偉いとか言われたくてここに残ってるんじゃないんだぞ?」

「……それは分かってるんだけど、真のその優しさを誰も知らないっていうのは、やっぱり納得がいかないわ」

「ははは、俺が別にいいって言ってるのに、なんで紫が気にするんだよ」

 

 しゃべると同時に、押さえていた口から笑い声が漏れる。つまるところ紫は、誰かのために何かを成し遂げた存在が評価されないことが嫌なのだ。今回で言うと、宴会にも行かず地震が起きないようになんとかしている俺のこと。無駄に心配をさせる必要もないと黙っていたことが、こんなところで問題になるとは。

 

「……まぁ確かに、俺はこんなことしてたんだぞって、誰かに知ってもらいたいという気持ちもある」

「! それなら……!」

「でもな、俺は紫が知ってくれてるってだけでもう十分だよ。むしろ紫だけが知ってるくらいで丁度いいと思う」

 

 ありがとな、と、そう言って俺は紫の頭にポンと手を乗せる。己の力を誇示するために行ったわけでは無かったが、それでも自分のちょっとした頑張りを知っているヤツがいるというのはやはり嬉しい。そう思うと、口から自然にお礼の言葉が漏れていた。

 

「……むぅ……」

「……いやぁ、誰も知らないのと、一人だけでも知ってるヤツがいるってのは結構違うもんだな。紫がいてくれてよかったよ」

「……真がいいなら、もうそれでいいけど……」

「いいんだよ」

 

 変な柔らかい帽子の上から、紫の頭を軽く撫でる。まるで、いじけた子どもをなぐさめている父親の気分だ。幻想郷の賢者とか大仰な名前で呼ばれている紫だが、その(じつ)子どもっぽい一面はまだまだある。そんな一面を見せるのも、俺の前だけかもしれないけれど。

 

「……さて、俺の作業はまだまだ続くが、紫ももう天界の宴会に参加しに行ってもいいんだぞ? 紫のおかげでもう十分元気が出たから」

 

 撫でる手を止め紫に言う。異変の最中は相手の都合を無視して引きとめたりもしたものだが、今となってはもう一人で残ろうが構わなかった。

 

「嫌だ、行かない。真と一緒にここにいるわ」

「……そうか。じゃあのんびりと作業するか」

 

 しかし紫は俺を一人にはしなかった。手伝えることは無いにしても、隣にいるだけで十分ということを紫はよく知っている。

 それならば、と思い俺は賽銭箱の隣に腰を下ろす。立ったままでないと変化を解除するのに集中できないなんてことは無く、むしろ紫がいてくれるのならば並んで座っているほうが楽な気がした。紫も俺に合わせて腰を下ろす。

 

「……ねぇ真。膝枕」

「俺は膝枕じゃありません」

「もう…… 膝枕してってことに決まってるじゃない」

「ん、おいで」

 

 俺は足をあぐらに組み替えて、尻尾を一本上に敷き膝の上をポンポンと叩く。ついこの間、尻尾を出しているときに膝枕をする機会があれば、尻尾を上に敷こうと決めたばかりだ。小町が来たときに決めたのであるが、考えてみたら尻尾を常に出して生活していた地底でも似たようなことはしていた気がする。

 あぐらをかいた状態で横から太ももに頭を乗せることを膝枕というのかは知らないが、それでも横に座っていた紫はそのまま、俺に向かって倒れこんできた。まぁこれが膝枕かどうかなんてどうでもいい、足に寝転んでるなら膝枕だろう。ただし女性が膝枕をする場合は、足の形は正座もしくはベンチ座りと相場は決まっているのだが。

 

「……柔らかい……」

「ん」

「……この前は、幽々子にこうしてあげたそうじゃない」

「……なんで知ってんだよ」

「……今は、私が真を独り占め。真と二人きりなんて久しぶりね」

 

 紫が、俺と同じ前方向を見つめながらボソリと呟く。そうだっけ、と俺は幻想郷に来てからの生活を思い出しながら、変化の術を安全に解除する作業を再開した。 

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「……なにこれ」

 

 俺の膝で眠っていた紫が、起きて開口一番疑問を口にする。おはよう、という寝起きの挨拶でも、あらいつの間にか寝ちゃってたのね、という驚きでもない。目の前に広がる別の驚きに対しての言葉ではあるが。

 

「……間欠泉、だな」

 

 俺はその紫の疑問に、極めて簡潔に回答する。目の前に広がる驚くべき光景。俺と紫の視界左ななめ前方方向には、決して規模の小さくない巨大な水柱が噴き出ていた。

 

「……そういうことを聞いてるんじゃなくて、どうして神社に間欠泉が噴き出てるのかを聞いてるんだけど」

「そうだなぁ…… やっぱり俺のせいなのかなぁ……」

 

 なんとなく、膝にいる紫から見上げられているような気がして目を逸らす。いやはや、この事態は俺も想像していなかった。能力を使ってもっと細心の注意を払っておけば、今の状態は避けられていたものを。

 

 目の前にある大量の温泉の(もと)(溜めると温泉になる的な意味で)。これが地面から噴き出してきたのは、紫が目覚めるほんの少しだけ前のことだ。

 膝の上で眠る紫をそのまんまに、俺は地中に残る地震のエネルギーを少しずつ解放する作業を続けていた。眠る紫を起こさないよう、また、エネルギーを一気に解放して神社に影響がでないよう、言わずもがな慎重さが大事である作業。しかしあと少しで終わるというところで、地面に穴が空きそこから間欠泉が噴き出してきたのである。

 最後の最後で気が緩んで雑になってしまったか…… いや、雑だっただけではさすがに地面に穴は空かないだろう。おそらくは、不運にも間欠泉が噴き出そうなタイミングと地震を起こすタイミングが重なってしまっての結果だと思う。

 

 幸い神社の本殿からは離れたところに噴き出ているため、神社に主な被害は無い。しかし被害は無いからといって放置しておくのもマズいだろう。さてさて一体どうしたらいいものか。

 

「……ん? 待てよ…… 幻想郷の地面から出てきたということは、これってもしかして地底から温泉が噴き出してきてるのか?」

「旧地獄から? ……その可能性は高い……というかほぼ確実にそうでしょうね。旧地獄には灼熱地獄もあったから」

 

 俺の膝から頭を上げて隣に座りなおしていた紫が答える。地震のエネルギーを取り出す作業はほとんど終わっていたために、紫に敷いていた一本の尻尾を除いて残りの尻尾は全て消していた。もう紫は頭を上げため、その最後の一本も消してしまおう。

 

「……よし。それじゃあいっちょ地底まで行って、この間欠泉をどうにかしてくるか」

 

 そう言って俺は賽銭箱の隣から立ち上がる。噴き出している間欠泉をどうにかする方法、思い付いたのはその根源をどうにかしようということだ。上から力ずくで押さえることも可能だが、それだと長く持たないのは先の地震のエネルギーにて学習済みである。

 

「……え、今から行くの?」 

「そりゃまぁな。霊夢にこの光景を見せて驚かせるのもどうかと思うし」

「……確かに驚くだろうけど、霊夢は『温泉が湧いた』って喜ぶと思うわよ?」

「いや、それはどうだろう?」

 

 いくら霊夢がのんきだと言っても、間欠泉が噴き出てそこまで楽観視はしないと思うのだが。既に地底へ行く気分になっている俺は続けて言う。

 

「紫も一緒に来るか?」

「……私は行けないわ。地底とは互いに不可侵条約を結んでいるから、私が破るわけにはいかないの。本当は真も行っちゃいけないのよ。まぁ今回は正当な理由があるし、真一人くらいなら向こうも文句は言わないでしょうけど」

 

 ああ、そういえばそうだった。外の世界からお土産を買ってきて地底のヤツらにも渡しに行こうとしたときも、紫に不可侵条約がどうのという理由で引き止められた覚えがある。俺が地底から出てくるときは特に問題無く出てこれたのだが、もしかしてあれは裏で紫やさとりが何かをしてくれていたのだろうか。

 

「分かった。じゃあ俺一人で地底まで行ってくる」

 

 両腕を着物の袖の入れつつ紫に言う。出掛けるからといって準備する物など特に無い。必要な物は常に木の葉に変えて携帯しているし、女と違って身だしなみを整えるなんてこともしないしな。

 紫はそんな俺に対して座ったまま、いってらっしゃい、と軽く返した。なんだか少しだけ面白くなさそうな顔をしているようにも見える。自分が行けない地底へと、俺が簡単に行ってしまえるからだろうか。俺が行ってしまうことを少し残念に思っているとかならかわいらしいんだが、まぁそれは無いだろう。

 

「紫も途中まで一緒に行くか?」 

「え?」

「地底の入り口は妖怪の山にあるだろう? 天界への入り口も妖怪の山の上空に位置してるみたいだし、紫は今からでも宴会に参加すればいいじゃないか。ここで噴き出る間欠泉を眺めていたいなら無理にとは言わないが」

 

 桜や月を眺めるならともかくとして、紫にそんな趣味があるはずも無く、紫は俺に途中までついてくる意思を示してきた。スキマの調子が良くないらしく一気にワープとはいかないようだが、俺としても紫のスキマを通るのは好きではないので丁度いい。

 間欠泉が噴き出ているという珍しい神社は一旦放置して、俺と紫は妖怪の山を目指して出発した。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 妖怪の山に到着した。紫とは山の麓で別れて、俺は地底の入り口に向かって歩いている。

 以前地底から出てきたときは紫のスキマで一気に博麗神社まで飛ばされたため穴の位置を詳しくは知らなかったのだが、そこは『答えを出す程度の能力』を使うことでなんとかなった。この程度であれば、能力を使うことにためらいは無い。

 木でできた『立入禁止』の看板を見て、不可侵条約があるためだろうな、と軽く思う。俺は用があるので完全に無視して看板の奥へと進ませてもらおう。能力からも看板からも、この奥に地底の入り口があることを示していることが分かる。

 

 更に奥に進むと、底が見えないほど奥深くに続く巨大な穴を発見した。言わずもがな、これが地底への入り口だ。中から出るときもこの穴は見かけたはずであるが、外から見るとまた違う感想を抱くもので、俺は穴の大きさに少しだけ度肝を抜かれていた。

 

「……この穴ってこんなに大きかったっけ。これはちょっと危ないなぁ」

 

 地底の入り口の(ふち)に立ち、 穴の中を覗き込んでそう呟く。立ち入り禁止の看板は立てていたくせに、この穴はむき出しのまま周りにロープすら張っていない。飛べない人間がこんなところに来ることは無いだろうが、それにしたってこれは危ないだろうと俺は思った。思うだけで、知らない誰かのために対策しようとまではしないのだが。

 

「さて、じゃあ早速……」

「……ちょっとそこの貴方! 待ちなさい!」

 

 地面の無い場所へ一歩踏み出そうと足を上げた次の瞬間、後ろから大きな女性の声が聞こえてきた。突然のことに少しだけ体がビクンと震え、反射的に体の動きが止まる。意図せずして『待ちなさい』という命令に従ったことになるのだが、俺に向けられて発せられた言葉なのだろうか。俺は今の声の主と、近くに他に誰かいないかを確認するために後ろを振り向いた。

 

「ふぅ危ない…… こんなところに、貴方は一体何の用があって……」

 

 見ると声の主であろう人物が一人視界に入る。それ以外に俺の周囲には人影は無く、やはり俺に発せられた言葉のようだ。声の主はやれやれと首を振りながらつかつかと俺のほうに近付いてきて、顔を上げて目線が合った瞬間、驚いた様子でピタリと足を止めた。

 

「……え、真さん?」

「……おお、誰かと思ったら華仙じゃないか。どうしたんだ一体こんなところまで」

 

 声の主は、いつぞやの博麗神社で出会った説教好きな仙人、華仙だった。異変の最中は一度も会うことは無かったが、あれから何度か博麗神社や団子屋で顔を合わせたことがある。

 俺は穴から一歩遠ざかり、立ち止まっている華仙のほうに今度は俺から近付いた。

 

「……それは私の台詞ですよ。真さんはどうしてこんなところに? その穴は旧都に繋がっていて、興味本位で行くことはオススメしませんが……」

 

 目の前まで行き立ち止まると、華仙が質問を質問で返してきた。考えてみれば華仙は妖怪の山に住んでいるらしいので、むしろこの場では俺の方が異質の存在だ。

 ちなみに旧都とは地底に存在する町のこと。紫は地底のことを旧地獄と表現するし、地底の呼び名もいろいろある。

 

「いや、興味本位というわけではなくてだな……」

 

 俺は華仙に、何の用があってここまで来たのかを説明する。さすがに異変のことから説明するのは面倒なので、博麗神社に地底からの間欠泉が噴き出したことだけを伝えておいた。随分突拍子もない話に聞こえるだろうが、事実なのだから仕方がない。

 

「……そうですか、神社の敷地内から間欠泉が…… どの程度の規模かは分かりませんが、なるほど確かにそれは少々厄介ですね」

「……説明しててなんだけど、信じるんだな」

「真さんは、そんな嘘などつかないでしょう?」

 

 華仙が、なにをそんな当たり前のことを、みたいな顔をして俺を見てくる。たった数回顔を合わせただけで、随分とまぁ信頼されたものだ。しかし今回はあっさりと信じてくれたほうが都合がいいので、そこに関してはスルーしておく。

 

「……しかし、地底に用があるとなるとどうしましょうか。旧都には危険な妖怪も多いんですよ? 真さん一人だと危ないというか……」

「……まぁ大丈夫だろ、なんとかなるさ」

 

 依然険しい表情をしている華仙に、俺は軽い表情でそう返した。返した後、これだと俺が深く考えずに物事を言っているように見えるな、と思い、続けて言う。

 

「それに、俺は一時期地底に住んでたこともあったから、心配するほど危険じゃない。地底の主とも顔見知りだし、地底でおそらく一番腕の立つ鬼とも友達だしな」

 

 それぞれ、さとりと勇儀のことだ。その二人とも互角ぐらいには戦えるほどの実力はあると自負しているが、俺の実力をいまいち知らない華仙にとってはこう説明したほうが心配を減らせると考えての言葉である。

 

「……(鬼か…… 考えてみれば、真さんが旧都にいくと私の正体がバレる可能性も少なからずあるのかな……?)」

 

 しかしこんな説明ではやはり華仙は心配なようで、未だに苦い顔をしている。わざわざ地底に続く穴の様子まで見に来ているのだから、それだけ地底が危ないと思っているのだろう。心配性なお人好しは、時として厄介なものである。

 

「……」

「……あー…… 良ければ華仙も一緒に地底に来るか?」

「……え?」

「いや、そんなに心配なら、実際に目で見れば危険も少ないことも分かるかなって」

 

 それに俺は華仙が何を言おうと、地底に行くことを止めるつもりもないし。そう華仙に伝えると、先ほどの苦い表情から、今度は呆れた表情になった。

 

「……はぁ、分かりました」

「お、そうか。なら……」

「あ、分かったというのは真さんが地底に向かうことが分かったってだけで、私が旧都までついていくことがじゃないですから。今このタイミングで地底になんて絶対に行けませんよ」

「……む、そうか……」

 

 紫に続き、華仙にも地底に共に行くことを断られ、少しだけ残念な気持ちになる。どちらも理由があっての拒否であるため仕方が無いが、華仙のほうは地底にそこまで悪いイメージを持たなくていいのにな。

 それともイメージだけじゃなくて、本当に地底のことを知った上で行きたくないと言っているのか。真実はどうであれ結局ついてこないのならば、詳しく聞いてみるなんて面倒なことはしないのだけど。

 

「……じゃあ、俺はもう行くから。心配させないよう、無事に帰ってきたら報告に行くよ」

 

 そう言って俺は地底への入り口のほうに(きびす)を返す。可能であれば今日中にでも間欠泉を止めて、何事も無かったかのように神社に帰りたい。なので今ここで時間を無駄に消費はしたくなかった。悪いことをしてしまった子どもが、自分のしでかしたことを隠してしまおうと焦っている心情に少し似ている。

 

「ええ、是非そうしてください。 ……約束ですよ!」

 

 穴の縁までという短い距離を、華仙が並んで歩いてきながらそう口にする。やけに真剣な表情だ。

 

「ああ、約束だ」

「(……よし。これなら最悪私の正体がバレても口止めできる)」

 

 大丈夫、俺は約束を破ったことはほとんど無いから、華仙がいなくならない限りその約束は果たせるはず。諏訪子のときみたいに長い間待たせるなんて真似は絶対にしない。

 

 俺は華仙と並んで地底の入り口まで歩いて行き、穴の縁で一瞬立ち止まる。また後で、とそう一言華仙に告げて、今度は止められることはなく、俺は地底の穴に飛び込んだ。

 

 


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