東方狐答録   作:佐藤秋

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第九十三話 地霊殿③

 

 ヤマメ、キスメ、パルスィの三人と別れた俺は、地霊殿へと向かっていた。俺の目的は、博麗神社に噴き出した間欠泉をどうにか止めること。旧地獄の血の池地獄が原因で温泉が湧いている地霊殿へ行けば、どうにかできるのではないかと考えたからだ。実際、『答えを出す程度の能力』で『向かうべき方向』を調べてみたら、地霊殿の方向が導かれた。

 

 地霊殿は、旧都の真ん中に位置している。数年振りとなる地底の旧都。もしかしたらあの店では勇儀たち鬼が宴会をしているかもしれない。もしかしたら向こうの店では星や一輪がこっそりと酒を飲んでいるかもしれない。そんな予想を立てつつも、とりあえずは地霊殿のほうに足を進めた。

 

 道中さしたる問題も無く、無事に地霊殿まで到着する。相変わらず大きい建物だ。大きさに反して住人は古明地姉妹のみであるが、その分ペットがたくさん存在するので広すぎることは無いだろう。お燐やお空のように人型のペットもいるわけだし。

 大きく立派な建物であるが、残念ながらドアチャイムやインターホンは付いていない。なので少々無礼ながら、俺は扉を開きそのまま中へ足を踏み入れた。

 思えば初めて俺がここに来たときも、藍のスキマで勝手に中まで入ってきた。もう少し防犯面に気を付けたほうがいいのではないかと思うがそれはさておいて、たしかあのときはお燐が対応してくれたんだっけ。今回もそうなのかなと広い屋敷内をキョロキョロしていると、目の前の階段から地霊殿の主が降りてきた。

 

「……お。ようさとり。お邪魔してるぞ」

「いらっしゃい真さん、お久しぶりですね」

 

 地霊殿の主、古明地さとりはそう言いながら俺のほうに歩み寄ってきた。

 さとりは心が読める覚妖怪だ。体外に出てコードに繋がれて浮いている第三の目が俺を見る。さとりが心を読める範囲は限られているが、あの第三の目で見られている以上、俺の考えていることは筒抜けと言っていいだろう。

 

「……どうしたんです? 名前を呼んだだけなのに少し嬉しそうですが…… あら、地底の入り口でそんなことがことがあったんですか? ふふ、ヤマメさんもキスメさんも言いますね。パルスィさんはさすがと言ったところでしょうか。私は真さんが尻尾を消そうが別の姿になろうが気付けますけど。 ……ああそういえばそれ以前に、私は真さんの尻尾を消した姿を何度か見たことがありましたね。一緒に温泉に入った仲ですから」

 

 案の定、さとりが一方的に会話を始める。基本的にさとりは普段の生活では、相手の表層意識しか読み取らない。簡単に言えば、いま考えていることだけを読んでいるのだ。俺の目的は神社に吹き出る間欠泉をどうにかすることであるのだが、さとりの声を聞くたびに俺の考えていることは変わっていくため、このような会話になるのである。

 

「……それで、今日は真さん、一体どのような用件で?」

 

 さとりの問いに、俺はそれに対する答えを頭に思い浮かべる。思い浮かべるというか、さとりに問われた時点で勝手に思い浮かぶと言ったほうが正しいのか。さとりはこのように会話を用いることで、自分の知りたいことを優先的に引き出している。

 

「……なるほど、間欠泉ですか。それはこちら側にも少し非があるようですね。ですがご安心を、そう心配することはありません」

 

 さとりが、俺が何の用事でここまで来たかを読み取ってそれに対する言葉を放つ。説明が楽なのはいいのだが、さとりには一体どこまで知られたのだろうか。表層意識だけなのだから天子が地震を起こそうとしたところまではおそらく知られてはないと思う。知られたところで特に問題があるわけでもないが。

 

「……というと、どういうことだ?」

「そうですね。真さんが能力を使って調べればすぐに分かるでしょうが、説明させていただきます」

 

 そう前置きしてさとりは説明を始める。さとり側に少し非があるとはどういうことか。そして、どうしてそう心配することは無いのかを。

 

「いいですか? そもそも間欠泉というのは、『地下』で『大量の熱』が発生したために起こる現象です。『地下』とはもちろんここのこと。そして『大量の熱』の原因になるものも、ここ地霊殿に存在します」

 

 ……ふむ。ということはとりあえず、ここに来たのは間違ってなかったというわけだ。まぁ間欠泉の仕組みなんて知らなかったので根拠は適当だったし、結局は『答えを出す程度の能力』を使って来たのだけど。

 長年生きてそれなりに知識を蓄えてきたつもりだったが、まだまだ知識は足りないしそれを活かせる頭脳も無い。もしかして俺は心の底では「能力を使えば答えは出せるから」と油断して、考える力を鍛えることを放棄してしまっていたのだろうか。

 まぁこんな反省は後にして。

 

「じゃあ、その大量の熱の原因をどうにかすればいいってわけか。で、なんなんだその原因って」

「……おそらくお空の仕業でしょう。最近のお空は元気が有り余ってまして、目一杯仕事をしてくれてましたからね。それはそれでいいと思ってたのですが、まさか地上に迷惑をかけていたとは」

 

 なるほどな。それなら先のさとりの『こちらにも非がある』という言葉に納得がいく。そういえばお空は火を吹いたりできるし、灼熱地獄の管理もしてるんだっけ。

 ん、待てよ…… ということはつまり、間欠泉を止めるためには……

 

「ええそうです。ですからお空に注意するよう言っておけば、もうそちらに間欠泉が噴き出すことは無いでしょう。ペットが迷惑をかけて大変申し訳ありません」

 

 さとりが頭を下げてくる。

 いや、間欠泉が噴き出したときにも思ったが、今回のことはいろんな不運が重なったからこそ起きたことなのだ。お空がしたことにさとりが謝る必要は無いし、お空にしたってバタフライエフェクトほど遠い事象じゃ無いにせよ、灼熱地獄の管理をしていてそれが間欠泉に繋がるなんてどうして予想できようか。そんなことを言い出したら地震を起こそうとした天子にも原因はあると言えるし、今回の件で俺が誰かを責めるつもりは全く無い。

 

「……そう言っていただけると幸いです」

「俺は何も言ってないが」

「思ったのなら、私にとって同じことですよ」

 

 そう言ってさとりがクスッと笑う。心が読めるさとりを笑わせるなんて、実は俺ってすごいんじゃないだろうか。まぁさとりは結構笑うほうだけど。

 

「……それで、真さんはこれからどうするんですか? 用事が終わってしまったから、地上に戻られるおつもりでしょうか」

「え? ……あ、そうか。間欠泉の原因はお空だから、俺のできることはもう無いのか。となると、そうだな……」

「……真さんがよければ泊まっていってもいいですよ。今日はもう夜遅いですし」

「夜遅い? もうそんな時間なのか」

 

 地底は地上と違い太陽が見えないから現在の時間が分かりにくい。しかしよくよく考えてみれば、今日は朝から雨の中を文が来て衣玖が来て、その後天子に説教して、紫と共に地震を取り除いてと、すでにいろいろやってきた。地底の穴を通るときには日はもうすぐ沈みそうだったため、今はすっかり夜だというのは当然といえば当然である。

 ふむ、そうなると……

 

「そうですね。今から神社に帰っても、霊夢さんに間欠泉が噴き出したことを内緒にするのは難しいのではないでしょうか? そうなると、帰るのはまた後日にして、今日のところは温泉に入ってゆっくりしていくのも手だと思います」

「……む。 ……なら、お言葉に甘えて今日は泊めてもらおうかな」

 

 俺は、まだ霊夢が天界での宴会が長引いていることに賭けてすぐに帰るという選択もできたのだが、さとりの言葉を聞いたためあっさりと(とど)まる選択をする。甘い言葉とはこのようなことを言うのだろう。自分の考えていることをただ肯定されるだけで、人はこうも欲望に負けてしまうものなのか。もともと紫が宴会に向かった時点で、霊夢に間欠泉が噴き出したことを内緒にするのは無理だったんだ。

 

「ええ、歓迎します。お部屋は、以前と同じところが空いていますのでそこを。もうペットたちは寝ている時間なので、あまりうるさくしないようお願いします」

 

 了解だ、と俺は答える。うるさくしようにも、一人でどうやってうるさくできるのだろうか。単独で騒がしくなれるのはもはや才能である。

 

「早速温泉に入られますか?」

「ああ、是非入りたい。どうだ、さとりも一緒に」

「遠慮します。真さんも一人で入りたいと思っているようですし。私は真さんの後で入らせてもらいますよ」

 

 バレたか、と俺は内心苦笑する。さとりと一緒に入りたくないと思っているわけではない。さとりは幼い見た目に反して落ち着いているし、手間がかからないなら一緒に入るのもいいだろう。

 しかしやはりお風呂には、一人で入るほうが落ち着けるのだ。誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われてなきゃあ駄目なんだ。独りで、静かで、豊かで……

 

「……って、俺の後で? さとりはまだ入ってなかったのか?」

 

 アホな考え事を中断してさとりに尋ねる。今日はもう遅いと言っていたのはさとりだから、てっきり温泉にはもう入っていて後は寝るばかりだと思っていたが。

 

「ええ。今から入ろうかなと思ってたところで真さんが来ました。入浴中でなくてよかったです」

 

 さとりが穏やかな笑みを浮かべながら言う。そういえばさとりは最後に温泉に入るクチだったな。地霊殿の亭主ならばむしろ最初に入っていてもおかしくないのに、逆にみんなの母親のようなポジションである。あながち間違っては無いのだけれど。

 

「なんだ、それならさとりが先に入ってこいよ。俺は客なんだから最後でいい。それに俺の風呂は長いからな、先に入ったら迷惑だ」

 

 さとりを気遣って俺はそう提案する。俺が先に入ってさとりを待たせないように早めに風呂を出るという選択肢を出さない程度には、自分の都合も優先しているが。

 いいじゃないか。久しぶりの温泉なんだから長く入りたいんだ。

 

「……いいんですか?」

「いいというか、むしろ俺にとってはそれが一番だな」

「……分かりました。では先に入らせてもらいますね」

「ああ。俺のことは気にせずゆっくり入ってきてくれ」

 

 自主的に待つことよりも、待たせることのほうが心の負担が大きいと思う。諏訪子を千年以上待たせておいてどの口がそんなことをほざくのか、とも思うが、それは別の話ということで。

 温泉に向かうさとりと別れ、俺はひとまず部屋へ向かうことにした。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 部屋に入り、俺はベッドに腰を下ろす。俺としては眠れるスペースさえあれば十分なのだが、ここは使ってない空き部屋としてはかなり広い。家具もそれなりに充実していて、座るソファや椅子もある。まぁ尻尾を出している俺としては、背もたれのあるものよりもベッドに座るほうが楽なのだが。

 

 ふう、と息を吐き俺は少しだけ目を閉じる。どうやらそれなりに疲れていたようで、考えてみれば今日一日で妖力もなかなか消費したし、『答えを出す程度の能力』も数回使用した。疲れとは、終わって一人になって初めて実感されるものなのだ。

 

 人間は、五感の中でも主に視覚で周囲の情報を得ているらしい。そのためこうして目を閉じると、視覚が無くなるぶん残りの感覚が鋭くなる。

 自分の呼吸音がいつもより大きく聞こえ、周囲からは土と木と微かに甘い匂いを感じ取る。口内はなぜだか少しだけ苦い。そして両手からはベッドが自分を押し返している感覚を。尻尾からは誰かが乗っているような圧迫感を感じ取った。

 

「……ん? 圧迫感?」

 

 何か変なものが混ざっていたな、と思い、俺は目を開けて尻尾に目をやる。一度感じ取ってしまえば目を開けても意識できるようで、そこには堂々と圧迫感の正体が絡み付いていた。

 

「……こいし。お前、いつの間に……」

「わあっ」

 

 圧迫感の正体だった少女に尻尾を巻き付け、俺の目の前に吊し上げる。

 少女の正体はさとりの妹である古明地こいし。無意識を操る妖怪であり、気が付いたらそこにいるという、考えてみたらなかなか怖い妖怪だ。

 一体いつこいしはこの部屋に入って来たのだろう。俺の尻尾にまとわりついて一緒に入ったとも考えられるし、俺の後で扉を開けて入ってきたとも考えられる。俺は扉が自動で開く様子を見ていないが、こいしは透明になれるのではなく意識から外れることができるのだ。こいしの服や帽子も意識から外れることから、こいしが扉を開いても俺が意識できなかったという可能性もゼロではない。

 

「あー、バレちゃったー? えへへ、真おかえりー」

 

 ……まぁ、いつからいたなんてどうでもいいか。そう思い、俺は無邪気に笑うこいしにただいまと返す。

 

 俺は、おかえり、と言われる場所がやけに多い。博麗神社に帰れば霊夢に言われ、妖怪の山に行けば文に言われる。この前だと守矢神社に行ったときには諏訪子に言われた。少し前までは紅魔館に行くと毎回、咲夜からお帰りなさいませと出迎えられていた気がする。

 迎えてくれる場所が多いのはいいことだ。まぁそれは同時に、俺が一つの場所にとどまらず、ふらふらと生きてるということでもあるけれど。

 

「真は地上まで何しに行ってたの?」

「何しに行ってたというか、逆に俺は地底には地上からの用事で来ただけで、地上には帰っただけなんだが」

 

 尻尾で巻き付けていたこいしを解放して、両手で抱えあげながら俺は答える。そんなこと言うなら地底にいる妖怪は地上から来た者が大半だという話になるので、少々ズレた回答だったかもしれない。

 ともかく俺は、用があって地底を離れたというわけではなく、昔からのふらふら病が再発しただけの結果なのだ。きっと今後幻想郷を出て行くことがあっても、多分そのときにも理由は存在しないと思う。

 

「……あ、そうだこいし。地上……というか、外の世界からのお土産を持ってきてるんだ。こいしにもやろう」

「え、お土産! なになに!?」

「えーとだな……」

 

 懐に手を入れて何枚か木の葉を掴み出す。ヤマメたちにはお土産を渡していなかったが、渡すのにもタイミングというものがあるだろう。今は間欠泉に関する心配事も無くなったので、気持ちに余裕を持ってお土産を渡せるというものだ。

 

「こいしには……これだ」

 

 木の葉の一枚を手に取り直し、変化の術を解除する。お土産には不特定多数の者に渡す物、例えばお菓子などもあるのだが、これはこいしのために買ったものだ。

 

「わー、なにこれー」

「目玉を(かたど)った髪飾りだ。うーん、いつも帽子を被ってるこいしには微妙だったかもな」

「髪飾り? あはは、へんなのー。つけてつけてー」

 

 こいしが俺の膝に座りなおし、帽子を脱いで前を向く。変なのと言われてしまったが、付けてくれるならまぁいいだろう。

 俺は左手に髪飾りを持ちこいしの髪を軽く整える。少しくしゃっとしているこいしの髪の右前側に、目玉の髪飾りを取り付けた。

 

「……できたぞ」

「やったっ。ねー似合う?」

 

 こいしが首だけこちらを振り向く。髪飾りを付けただけなので特に大きな変化は無いが、変なところも特に見当たらない。

 

「ああ、似合う」

「ほんとっ? えへへー、もう一つのサードアイだー」

 

 自らの頭に触れながら無邪気に笑うこいしを見て、つられて俺も頬が緩む。やはりお土産を渡すのはこうでなくては。お土産が相手に渡ればいいのではない。自分の手で相手に直接渡し、反応するところまで見てこそである。

 かしこまって「ありがとう」と言われるのは照れるけれど。ただ無邪気に喜ぶこいしの反応は俺の中では百点満点だ。

 

「……実はこの髪飾り、さとりにも同じのを買ってるんだ」

「えっ、そうなの? お姉ちゃんとお揃い?」

「ああ。まだ渡してないけどな。ほら」

 

 木の葉をもう一つ、元の姿に戻してこいしに見せる。色違いなんて気の利いた物じゃなく本当に全く同じ髪飾りだが、これはこれで喧嘩も起こらないからいいんじゃないだろうか。私はこっちの色のほうがいいです、なんて言うさとりは、ちょっと想像しにくいが。

 

「本当だっ。じゃあそれは私からお姉ちゃんに渡したいっ」

「わっ」

 

 こいしが、髪飾りを持つ俺の右腕に飛びついてくる。重心がズレて、俺はベッドに倒れこんだ。

 必死の抵抗をする間もなく、髪飾りはこいしによって奪い去られる。

 

「ゲットだぜー」

 

 俺に馬乗りになってこいしが言う。

 

「……まぁいいか。でも今さとりはお風呂だから、渡すのはお風呂からあがってからな?」

「はーい」

 

 いい返事だ、と俺はこいしの頭を撫でる。落ちたこいしの帽子が俺達のどちらかによって潰されないように少し遠くに放り投げた。

 お土産は自分の手で渡してこそだと先ほど言ったが、心が読めるさとりには、前に立つだけで渡す意思と何を渡すのかがバレてしまうのだ。それならば心を読めないこいしの手でさとりにお土産を渡すのもいいと思った。

 

「うおー。真の尻尾ー」

「……好きだなぁ」

 

 こいしが俺の腹の上で、尻尾に抱きつき蹂躙する。時折こいしの肘や膝が当たって痛い。

 天井を見ながら、他のお土産はどうしようと考える。不特定多数の誰かにあげようと思っていたお菓子類のことだ。ドーナツやクッキーなどの手作り可能なお菓子はさとりが自ら作れるだろうから、飴やチョコレートなどのお菓子を渡そうかなと思った。喧嘩にならないようにさとりにだけ、明日の朝にでも。

 

 コンコン、と部屋に扉を叩く音が鳴る。次いで聞こえてきたのはさとりの声。どうやら温泉に入り終えたため、俺を呼びに来てくれたらしい。

 

「真さん。お風呂からあがりましたので、次どうぞ」

 

 扉を隔てて俺はさとりに、分かった、と返す。わざわざ報告に来てもらって申し訳ない。さとりが相手の思ってることを受信するだけでなく、自分の思ってることの送信ができたなら、余計な手間をかけさせなかったのになと思った。この思考が扉の奥のさとりにまで伝わっているかは微妙なところだ。

 

「ん…… さとり、ちょっと話があるから入ってくれ」

「? なんでしょう?」

 

 こいしに言われ、さとりを部屋の中に呼ぶ。部屋の外にいるさとりの頭に疑問符が浮かんでいるような感じがした。 

 

「失礼しま……わっ」

「お姉ちゃーんっ」

 

 扉が開かれ顔が見えたところで、すかさずこいしがさとりに抱き着く。さっきまで俺の腹の上にいたのになんというスピードだろう。俺は体を起こしながら二人に目をやる。

 

「こ、こいし…… 貴女まだ起きてたの?」

「うんっ。へへー、お姉ちゃんいいにおーい」

 

 さとりにじゃれるこいしを見て、姉妹ならではのスキンシップだなと俺は思った。兄弟だったらおそらくしないし、してもいい匂いなどしないだろう。少しだけ、さとりもこいしも羨ましい。

 こいしに顔をこすりつけられて、さとりはこいしの頭に見慣れない髪飾りがついているのを発見する。

 

「……あら? こいし、どうしたのそれ?」

「お土産! さっき真からもらったの! はいこれお姉ちゃんの分!」

 

 密着状態から少し離れ、こいしがさとりに手に持っていた髪飾りを渡す。私に?と疑問符を頭に浮かべてこちらを見るさとりに、俺は軽く頷いた。サプライズは成功だ。こいしを通してお土産を渡すのは正解だったと思う。

 

「お姉ちゃんもつけてつけてー」

「え、えぇと……」

「ん。じゃあ俺は温泉入ってくる」

 

 ベッドから立ち上がり、俺は部屋の外へ向かう。二人とすれ違うときに、ありがとうございますとさとりに言われた。

 返事代わりにさとりの頭にポンと手を乗せそのまま出ていく。風呂上がりだったのでさとりの髪は濡れていた。髪飾りをつけるのは乾いてからのほうがよさそうだな。

 

「お休み」

「ええ、お休みなさい」

「おやすみー」

 

 もう寝るであろう二人とそう挨拶を交わしてから、俺は温泉のほうに歩き出した。

 

 


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