東方狐答録   作:佐藤秋

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さとり「前回を読んでない人のためにさわりだけでも軽く説明しておきますね。真さんは勇儀さんと二人きりでお酒を飲んで、なんか色々ありました」

勇儀「……え、えーと…… なあさとり。その、なんか色々ってのは具体的にどういったことを……」

さとり「しかし翌朝、勇儀さんは自分のしでかしたことを綺麗さっぱり忘れていたのです。これはひどい。そのことに対して真さんが取った行動は、勇儀さんに仕返しをすることでした」

勇儀「む、無視するなよ! し、仕返し? 仕返しで私は真に…… そ、その……(キ、キスを)……されたのか? それじゃあもしかして私が先に……」

さとり「(……まぁ真さんがしたのは勇儀さんに比べて軽いものでしたけどね)」

勇儀「……って、そこで意味深に口を閉ざすなよ! ……あーもう! こうなったら真に直接……」

さとり「……真さんならもう地底(ここ)にはいませんよ。先ほど帰ってきたと思ったら、頭の中を羞恥と後悔の念でいっぱいにしながら地上に戻ってしまいました。 ……ああ、ちょうど今の勇儀さんみたいに顔を真っ赤にしてましたね」

勇儀「な、なんだって!? なにしてんだよ真のヤツ! 恥ずかしいなら最初からするなよ! ……いや、することが悪いって言ってるんじゃなくて、そういうことはもっと雰囲気を大事にしてだな……」

さとり「うわぁなんというブーメラン…… やった後に冷静になって後悔するのはよくあることですよ。それでは前回までの説明は終わりです。本編をどうぞ」



第九十八話 静養

 

 地底でのごたごたが終わり、俺はなかなか久しぶりに地上まで戻ってくる。久しぶりと言っても前回地底に(とど)まった期間に比べたらかなり短い期間なのだけど、まぁおそらく俺は今後も地底から地上に戻ることがあれば、その度に久しぶりだなという感想を持つんだろう。地底と地上では環境が違うため必ずそう思ってしまうのだ。どちらがいい場所かと()かれたら、その点に対しては答えに悩むほど、どちらも同じくらい良い場所だとは思うけど。

 

 地底ではやるべきこともやりたいことも全て終えることができたため、地上に戻ったことに不満は無い。だがそれでも()えて心残りをあげるとするならば、逃げるように戻ってきたというのが少し残念、といったところか。

 それでも、あのまま地底に残るよりは何倍もマシだと思った。理由は単純。勇儀に合わせる顔が無いからである。

 

 軽く見積もっても数ヶ月、地底に行くことはできないなと俺は思った。行けないというか行きたくない。時間を置くことで心の病気を癒さなければ、地底に行くのは心情的に不可能なのだ。仮に数年期間を置いて完全に病気が治っても、勇儀の顔を見ることで再発する可能性は大いにあるが。

 記憶を操る能力者の知り合いがほしい。わりと本気でそう思った。

 

 博麗神社に戻ってみると、数日しか経っていないのに隣に立派な温泉ができていた。いやまぁ外からは湯が張ってあるところは見えないのだけど、間欠泉の穴が空いていた近くに新しい建物ができていたら、それはもう萃香が言っていた温泉に他ならないのである。

 まさか数日でできるなんて、と俺は萃香の仕事の早さに感嘆する。まさか萃香一人の力では無いだろう。聞けば、天子の遣いである天人や妖怪の山の天狗や河童たちも協力してくれたそうだ。

 たいした見返りも無かっただろうにありがたい。文なんかはちゃっかり新聞記事にして見返りを得ているような気もするが、そうだとしても新聞によって参拝客が増えれば霊夢も文句は言わないだろう。利害関係の一致と言うやつだ。

 

 ところで、温泉ができたというならば早速入ってみたいのだが、残念ながらそれはできなかった。男湯が完成していないからだとか、客が多すぎるからだとか、そういった温泉が原因ではなく、主に俺が原因で。まだ俺の両腕にはしっかりと火傷の痕が残っているからだ。

 火傷が残っているうちは熱いお湯に浸かってはいけない、というのが地底で(さとりが一方的に)交わした約束である。さとりが見ていない地上でならばそんな約束反故(ほご)にするのは簡単なのだが、それはなんとなく駄目だと思った。

 約束を守らない大人ではありたくない。子どもたちの手本になっていると、自分に胸を張るためにも。

 

 

 

「……でも、目の前にあるのに入れないってのは生殺しだよなあ」

 

 博麗神社の縁側に座り、遠くで立ち(のぼ)っている湯気を見ながら、俺は口から呟きが漏れる。新しく神社にできた温泉に入れるのは一日二回。昼と夜、それぞれ間欠泉が噴き出してお湯が溜まる時間である。

 今は昼。どっかの誰かが今ごろ温泉を堪能していると思うと、なんともやってられない気分だ。くそう、俺のお陰(せい)でできた温泉なのに。

 

 誰が入浴しているかなんてのは特に把握していない。というのも温泉に入りに来るのは女性が多いため、基本的に霊夢が対応しているからだ。まぁ女性が少ないにしても霊夢が対応するとは思うけれど。受付には俺のようなおじさんではなく、霊夢のようなかわいい女の子が相応(ふさわ)しい。

 

 ……え、『風呂を覗けば誰が入浴しているか把握できるんじゃないか。温泉は露天風呂みたいだし、上から覗くのは簡単だろ』って? ……おいおい、そんな自分の評価を落とすような真似、わざわざするはず無いだろう。変化の術で透明になればバレる心配なんてほぼ無いとしても、だ。

 というかこの温泉には紫と霊夢が覗き防止用の結界を張っているため、覗きをすることは不可能である。なんでも結界の外から覗くと、その者が一番苦手なものが視界に映し出される仕組みだそうだ。

 そんなことするくらいなら見えなくするだけで十分なのに。『覗きなんて最低な行為をしたんだから、相応の仕打ちを受けてもらうのは当然でしょ』、とは紫の弁。そんなものなのかな。俺は男なのでよく分からない。

 

「……まぁ、紫や霊夢の裸を見ようなんていう不届(ふとど)き者は、確かに俺も許せないけどな」

「? どうしたんですかお兄さん? 不届き者?」

 

 独り言を言っていたら、近くにいた妖精に話しかけられた。チルノといつも一緒に遊んでいる緑髪の妖精、大ちゃんだ。当然というか、大ちゃんの近くにはチルノもいる。

 

「いや、なんでもないよ。大ちゃんは気にせず続きを……お、もうできたのか」

「はい! お兄さんみたいに上手にはできなかったけど……頑張りました!」

「うん、うまいうまい」

 

 大ちゃんの手元にある紙で折られた動物を見て、俺は上手にできたなと頭を撫でる。

 温泉にも入らず神社で安静にしていた俺は、妖精二人の遊び相手になっていた。何をして遊んでいるかというと、俺が外の世界で大ちゃんのために買ってきていたお土産の一つである折り紙で、である。

 

「えへへ…… チルノちゃんも見て見て! 犬さんだよ!」

 

 大ちゃんが近くにいたチルノにも完成した折り紙を見せに行く。顔だけでなく、全体も折り紙で表現されている犬だ。何を折ったか知らない人が見ても、お、これは犬だな、と分かるくらい完成度が高い。

 

「……わ、すごい大ちゃん! どうやって作ったの? あたいにも教えて!」

「も~。さっきお兄さんに、チルノちゃんも一緒に教えてもらったじゃない」

「そうだっけ? 覚えてない!」

 

 胸を張って元気よく宣言するチルノ。力強く言えることではない。

 が、まぁ折り紙を一回で覚えるなんてそうそうできないから別にいいか、と俺は考える。むしろ一回で覚えた大ちゃんがすごいのだ。

 

 チルノが俺の頭を叩きながら、もっかいちゃんと教えなさい、と(わめ)いてくる。活発な子どもは暴力的でいけない。これくらいで怒ったりはしないけれど、それが人にものを教わる態度だろうか。大人より非力な子どもだとしても、子どもは手加減を知らないので、叩かれるのは結構痛かったりする。

 

「……チルノ。折り紙は一旦中止にして、お前は温泉に入ってきていいぞ」

「そんなことしたらあたい死んじゃう!」

「そこをなんとか気合いでだな……」

「いいから教えて! 犬以外でもいいから!」

「……そうだな、チルノにはもう少し簡単なのから教えてやろうか」

 

 チルノを追い払うのに失敗したので、仕方なく折り紙を教えることにする。チルノは人の話を長時間聞かない。前にあやとりを教えたときもそうだった。

 集中力の無い子どもに長々と説明しても途中で飽きてしまうので、すぐに作れる折り紙作品を脳内で検索しよう。その中でチルノに合っていると思われるものを選択する。

 

「じゃあチルノ、まずは紙をこんな風に折ってだな……」

「うんうん…… で、何ができるの?」

「それは完成してからのお楽しみ。折れたら、ここを鋏で切ってみろ」

 

 三回ばかり折った折り紙に、変化で作り出したペンで軽く線を引く。これならば頭の弱い子どもでも分かりやすい。

 チルノは俺の指示通り線の上に鋏を入れた。そして折った紙を元通り開いてみせると、そこには綺麗な図形が浮かび上がる。

 

「……おおっ! あたいのダイヤモンドブリザード!」

「いや、雪の結晶だけど…… まぁいいや。こんな感じで切って開くと綺麗な模様ができるから、自分でも考えて作ってみな」

「面白そう! やってみる!」

 

 いつになく楽しそうな表情で、チルノが俺の膝の上に座ってくる。いつもこんなに素直だったらかわいらしいのにな。基本的にチルノは寺子屋の男子よろしく生意気で、そして無駄に騒がしい。

 

「……あの、お兄さん。私も……」

「うん、大ちゃんにも何か別のを教えようか」

 

 まぁ、そのぶん大ちゃんが素直で大人しいので、二人合わせるとプラマイゼロだなと俺は思った。膝の上にいるチルノは放置して、今度は大ちゃんの相手をする。犬があれほど上手に作れるのだから次は難しいのも教えようか。鶴なんかでもいいかもしれない。

 

「じゃあ次のは難しいから……」

「あ、あの!」

「ん?」

 

 折り紙を一枚手に取って鶴はどう折るんだっけと思い出そうとしたら、なにやら大ちゃんが意を決したように声を出した。どうしたんだろう、急にかしこまって。たかが折り紙にそう気負うこともないんだが。

 

「……わ、私も……」

「私も、どうした?」

「……私も、チルノちゃんの隣に行っていいですか……?」

「ん。ああいいよ、俺のことは気にせずおいで」

「は、はい!」

 

 表情をぱぁっと明るくして、大ちゃんは俺の膝の左側に座ってくる。なるほどね。友達の隣に座りたかったけど俺に迷惑じゃないか気にしてたんだな。

 そんなこと大ちゃんが気にしなくていいのに。なんともいじらしい行動に、俺は思わずニコニコとしてしまう。

 逆にチルノ、お前は冷たいからもっと気にしろ。最近感覚が戻ってきた右腕が、冷やされてまた感覚を失おうとしている。

 

「見て見て大ちゃん! あたいのパーフェクトフリーズとアイシクルフォール!」

「わぁ、すごー……い?」

「チルノ、それは単なる六角形と、ひし形になっている切れ端だ。もう少し頑張れ」

「まさか一回目でこんな見事な作品の品を作るなんて……やっぱりあたいったら最強ね!」

「……大ちゃん、まずはこう三角を作ってだな……」

 

 チルノは放っといて、俺は大ちゃんに鶴の折り方を教授する。台の上ではなく空中で折るというのは少し難しい。しかし大ちゃんも条件は同じだし、こうしたほうが見やすいだろうと思った。

 

「……お兄さんはすごいなぁ」

 

 膝の上で大ちゃんが呟く。大ちゃんはどんな些細なことでも素直に感動してくれるとてもいい子だ。ただ、こうも直接言われてしまうと少し照れる。

 

「はは、ありがとう。まぁこんなの、知ってるってだけなんだけどね」

「いえ! 教え方も丁寧だし…… それに私はお兄さんみたいに、片手でヒョイヒョイ作れません!」

「ああ、そっち…… 別に、両手あるんだから大ちゃんはどっちも使えばいいよ」

 

 火傷を隠した片手生活に慣れていたせいか、折り紙も片手で折っていたみたいだ。器用さは俺が地味に誇れる唯一の部分。その一面を誰かに見せるのはなんだかんだで初めてかもしれない。

 

「あれ? お兄さんは両手を使えないんですか? 怪我?」

「ははは、ちょっと格好つけてみただけだ」

 

 意外に鋭い大ちゃんに俺は笑いながら返事をした。凄いと言ってもらったし嘘ではない。それにイエスかノーかは言ってないし。

 

 この後も右手の火傷を隠しながら、俺はこの妖精二人としばし折り紙に勤しんだ。温泉に入れないのは残念であるが、実りのある時間を過ごせたなと思った。

 

 

 

 

「あー! チルノちゃん私のカエルさん凍らせないで!」

「ご、ごめん大ちゃん! つい本能で……」

「カエルを凍らせるってどんな本能だ…… 妖怪の山にある神社に、カエルみたいな帽子被った神様がいるから、凍らせてきていいぞ」

「なにそれ! 面白そう!」

「……神様? あ、危ないよぅ……」

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 日も暮れて、妖精二人は帰ってしまった。大ちゃんは帰るときに「ありがとうございました」とか「また遊んでくださいね」とか言ってくれるから好きだ。次に来るときはチルノを置いて一人で来てくれてもいいと思う。

 

 霊夢と萃香は今、二人で温泉に入っている。偏見だが、女の子は群れるのが好きだ。

 まぁ仲良きことは美しきことだし、二人で温泉に入るのはいいと思う。それに一般家庭では一緒に入ることなんて無いから新鮮だろう。

 

 俺は霊夢たちが入浴中に、自身の身体を濡れタオルで拭くことにする。考えてみれば地震を押さえたときから、博麗神社では風呂に入れず身体をタオルで拭いている。あのときは尻尾を隠せないからだったのだが……こんなに長いこと風呂に入っていないのも変な気分だ。

 むかし旅をしている間には風呂に入れなくて当たり前だったのに、一体いつの間に風呂に入らないと満足できない体になってしまったのか。慣れとは恐ろしいものだなと改めて思った。 

 

「さて、じゃあ…… ん?」

 

 体を拭こうと着物の襟に手をかけたら、近くで誰かの気配を感じた。誰かがいるというか、誰かが来そうなそんな気配。なんともおかしな気配だが、すぐに俺は間違っていなかったことが分かる。

 

「……こんばんは、真。夜分遅くに失礼する」

「おお藍か、こんばんは。まだそんなに遅くも無いけどな」

 

 目の前にスキマが現れて、中から藍が登場してきた。俺は襟にかけていた手を放し、その手をあげて藍に挨拶をする。

 危ないなぁ。もう少し遅れて藍が来ていたら、危うく体を拭いているところを見られてしまうところだ。生憎男なもので上半身の裸を見られても騒いだりしないが、傷がある身体はあまり見せたいものではない。

 

「で、藍は神社に何の用だ? 橙と一緒に温泉かな」

「いや、来たのは私一人だが……真はもう温泉に入ったのか?」

「あー、ちょうど今から……」

 

 体を拭こうと思ったところだ、と続けようとして、すんでのところで口を閉じる。せっかく温泉がそこにあるのになんで真は体を拭いて済ませるんだ? そう藍に尋ねられたら怪我を隠し通せる自信が無かった。

 

「あ、いや、まだ入ってないよ、ははは……」

「……ふむ、今から体を拭くところか。それはそれは、我ながらうまい時間に来たものだな」

「……えっ」

 

 どうしてバレたし。そんなに俺の愛想笑いが不自然だったか。いやいやそれにしたって、体を拭くという目的までは普通バレないと思うのだが。いつから藍はさとりの能力を身に付けたんだ。

 

「地底で腕に火傷でも負ったのか? それを熱いお湯につけないために体を拭いて済ませてるんだろ?」

「……なんで」

 

 なんで知ってる、の短縮形を口にする。『なんで分かった』ではなく『なんで知ってる』。俺の態度でバレたのかと思ったが、藍の態度は以前から知っていたようなものに感じた。

 俺はもう一度、今度は短縮せずに口にする。

 

「なんで、俺が体を拭いて済ませることを知ってるんだ。それに火傷のことだって……」

「ふふ、真のことはなんでも知ってる」

 

 なにそれ怖い。ストーカーみたいな台詞だと俺は思った。

 きっと俺はこの上なく怪訝な表情をしたのだろう。藍が俺の顔を見て笑い出す。

 

「あはははは、冗談だよ。もともと私は、真が地上に戻ってきてから一度も温泉に入ってないことは知ってたんだ。風呂好きの真が温泉に入らないってのは意外と目立つものなんだぞ」

「む……」

 

 そういうものかな、と俺は思った。当事者なので分からないが、普段と違う姿を見たら違和感を覚えてしまうのは当然と言える。

 例えば霊夢がお茶ではなく酒を飲んでいて、萃香が酒ではなくお茶を飲んでいるとかだったら、俺は不自然だと思うだろうな。もっとも俺と藍は一緒に住んではいないので、そんな細かいところに気付くものかと疑問は残るが……

 ……いや、もしかしたら、「温泉ができて真は喜んでいたか?」「それが、真のヤツまだ一度も入ってないのよね」みたいな会話が藍と霊夢の間であったのかもしれない。それならば結構納得がいく。

 

「……だが、『腕』に『火傷』があるって予想は普通できないだろ。一体どんな頭の回転をしてるんだ」

「ああ、それに関しては偶然なんだが……昼間私は、ここの結界に綻びが無いか確認していてな。そのときに妖精たちの世話をしている真の姿を見つけたんだ。そのときに右腕を(かば)っているのを見て、怪我でもしてるのかなと思ってな」

「む……」

「火傷と分かったのは今さっき。真の横にあるそれを見たからだ。それ、永遠亭の火傷に効く塗り薬だろう?」

「え…… あ」

 

 藍に指差され、薬を隠していなかったことに今さら気付く。体を拭き終わった後にでも塗ろうと準備していたものだ。藍の言う通り、永遠亭で永琳からもらった薬である。

 

 そのため永琳だけは俺の火傷のことを知っている。ついでに言うと輝夜は知らない。俺が薬をもらいに行ったとき、輝夜は妹紅と仲良く遊んでいたためだ。猫みたいに互いにじゃれあっていたから、ああいうのをキャットファイトって言うんだろうなと思った。

 「本気を出したら妹紅が圧勝するんだろうなぁ」と永琳に言ったら、「輝夜も結構強いわよ」と返された。永琳も身内贔屓をするんだな、と思ったのを覚えている。俺のほうは身内贔屓ではなくて事実だけど。

 

「ふふ、納得したか?」

「ああ。藍はやっぱり頭がいいな。探偵にでもなればいい」

「ははは、幻想郷で起きた事件を解決するのは博麗の巫女の役目だろう。それに探偵の仕事はもっと地味な、浮気調査とかが主らしいぞ」

 

 笑いながら藍が言う。へぇそれは知らなかったなと俺は感心した。幻想郷に探偵なんていう職業があることすらも不明なのにさすがは藍。毛利探偵の娘と同じ名前をしているだけのことはある。

 

「なるほど、口が堅いからこその仕事だな。藍も、俺の怪我のことは霊夢とかには内緒だぞ。紫に知られてないなら紫にも」

「ああ、分かったよ。私と真だけの秘密だな」

 

 唇の前に人差し指を立ててそう言う藍は、なんだか少し楽しそうに見えた。皆には内緒だよ、という言葉を聞いてテンションが上がる気持ちは分からなくもない。俺もそうだ。

 実際にはさとりや永琳、それに勇儀も、俺の怪我のことは知っているのだけど。 ……あれ、俺って意外と隠し事が下手なんじゃないか。あと十日くらい我慢すれば治るだろうに、もうこんなにバラしてしまった。

 

「……さて、それじゃあ真。霊夢たちが温泉から戻る前に、さっさと身体を拭いてしまわないとな」

「……そんなことまで分かってるのか」

 

 怪我のことは霊夢たちにも内緒にしているから、二人が入浴中でいないタイミングに俺は身体を拭くことにしている。そのことに藍も気づいていたのが少しだけ俺を驚かせた。少し考えたら予想できることかもしれないが、それでもほぼ確信を持ってそう言える藍はとてもすごい。

 

「……じゃあとりあえず、俺のことは気にしないで藍は自分の用事を済ませてく…… って、どうして背後に回り込むんだ?」

 

 藍は藍の用事で神社に来たみたいだからと用事を促したら、なぜだか藍は俺の後ろまで来て立ち止まった。そのまま正座で腰を下ろし俺の肩に両手を置く。藍が何をしたいのかいまいちよく分からない。

 今の藍の格好は、まるで父親に肩たたきをしようとする、成長した娘のようだなと俺は思った。まぁ俺には残念ながら、肩を叩いてくれる娘なんかはいないのだけど。

 

「さ、真。濡れタオルを」

「……?」

 

 藍が俺に向かって手のひらを見せてくる。なんだその手は。濡れタオルなら既に持ってるぞ?

 軽く首をかしげると、藍は呆れたような目で俺を見てきた。

 

「……察しが悪いな。風呂に入れない真の背中を、私が代わりに拭こうと言ってるんだ。そこにあるタオルを渡してくれ」

「え…… 藍、お前、用事はいいのか?」

「愚問だな。私は最初から真の身体を拭こうと思ってこの時間に神社まで来たつもりだが?」

 

 俺の手にある濡れタオルを奪いつつも、あっけらかんとした態度で藍が言う。それはまたしょうもない用事で来たものだな。なんだか少しだけ申し訳無い。身体を拭くくらい自分でできるんだが。

 

「……どうした? 片腕で着物が脱ぎにくいなら私がやるぞ」

「……えっ。ちょ、ちょっと待て自分で脱ぐ……」

 

 藍が俺の着物に手をかけたため、反射的に俺はそう口にしてしまった。断ろうと思っていたのにやられた気分だ。誰しも藍のように頭の回転が速くはないのだから、もう少し待ってくれてもいいと思う。

 ……というかなんだ今の自分の台詞。何がとは言わないが普通逆だろう。三秒前の自分を殴りたくなってきた。

 

「……よっと」

 

 俺は自分の宣言通り、着物の襟を開いて上半身の肌をさらす。口に出してしまった言葉は今さら飲み込めない。言行一致の法則というやつだ。

 やったことは無いが、今から切腹するみたいな格好だなと思った。人によってはこんな格好を見られただけで、それこそ切腹したくもなるかもしれない。

 

「……じゃあ拭くぞ。タオルが熱すぎたり冷たすぎたら言ってほしい」

「ああ」

 

 とはいえ、そこまで恥ずかしくはないなと思った。そりゃあ多少は恥ずかしいが、見ているのは藍だけだ。その藍も厚意でやってくれてるのだから、照れるのは少し違うだろう。

 

 藍は割れ物を扱うように丁寧に俺の身体を拭いていく。背中に当たるタオルの感触が自分でやるときと比べて心地良い。

 思えば、地底で温泉に入ることを禁止してきたさとりからも、何度かこうやって身体を拭かれた。今もそのときと同じ、なんだかとても贅沢なことをしている気がする。自分でもできることを人にやってもらうというのはそういうことだ。

 

「……やれやれ。悪いなぁ、もう俺も介護される歳になってしまったかぁ」

「はは、歳のせいじゃなくて怪我のせいだろ?」

 

 面倒くさそうな態度を全く取らず、笑いながら藍が返事をする。俺が年寄りだということに全く肯定してこないのは藍の優しさから来るものだろうか。年齢の話は俺は全然気にしないのに。むしろ完全肯定して「お爺さん、それは言わない約束でしょ」と返されたら、一生藍についていってたかもしれない。

 

「……しかし、見たところ背中にも腕にもあまり怪我は無いようだが…… これはもしかして、私のときのように変化の術で何もないように見せているのか?」

「……ま、一部分な」

「やっぱりか。いや、まぁどちらでもいい。おかげ、と言うのはおかしいかもしれないが、真が怪我をしたおかげで、こうしてあのときの恩を返すことができる」

 

 しみじみとした態度で藍が言う。あのときとは、初めて藍に会ったときのことだろう。

 確かに今とは逆の立場で怪我した藍の世話をしたけれど、恩と言うほど気にする必要無いのにな。あれは俺の都合で助けたようなものだ。

 

「……さて、では次は前を失礼する。 ……む、こちらは少々(あざ)が多いな」

 

 藍が正面に回り込み、そんな感想を漏らしながらも今度は前を拭き始める。俺が藍の身体を拭いたときは正面までは拭かなかったが……まぁ向こうは女性だから当然か。それにこうすることで藍の気が済むのならば黙って受け入れるのも(やぶさ)かではない。それになにより嫌ではないのだから。

 

「……ふむ、これは……何があったかは聞かないほうがいいのかな?」

「……まぁ、怪我をした話なんて格好いいものでも無いしな。ただ名誉の負傷であるとだけ言っておこう」

「ははは、名誉の負傷なら十分格好いいだろう」

 

 話しながら笑いながらも、しっかりと両手は動かしている藍。目の前にいるので、背中を拭いてくれたときよりも、藍が慎重に俺の体を扱ってくれているのが分かる。痣の上を拭くときは更に優しく、また俺の身体を固定するための力はとても弱い。

 

「……よし、終わりだ。ついでに火傷の薬も塗っておこうか。変化の術を解いてくれ」

 

 藍が俺の身体を拭き終わり、薬を手にしながらそう口にする。もともと身体を拭いた後に薬は塗ろうと思っていたのだが、そこまで藍に甘えてしまってもいいものか。

 その考えが顔に出ていただろうか、藍は続けて、なに、片手で薬を塗るのは難しいだろうと言った。薬を腕に塗るのだから、必然的に使える腕は一本である。

 

「……じゃあ、頼む」

 

 そう言って俺は変化の術を解く。やってほしいかほしくないかで言えば、やってほしいと思うのは当然なのだ。火傷の痕に対して引きつった顔を全くせずに薬を塗り始める藍を見て、なんていうか、至れり尽くせりだなと俺は思った。

 

 本当に全部任せっきりで、藍に頼めばなんでもやってくれるという錯覚に陥りそうだ。実際その感覚は当たらずといえども遠からずで、藍には人を駄目にする才能があると思う。一緒に住んでいる紫が堕落した生活をしていないか心配である。

 

「……左腕のほうはもう治りかけているな。 ……逆に右腕のほうはまだまだひどい」

 

 差し出された腕に薬を塗り広げながら藍は言う。こちらも丁寧に塗ってくれてるのだろう、感覚がほとんど無いのにくすぐったい。

 薬指とは、読んで字のごとく薬を塗るための指であるが、藍は薬指を使わずに手のひらで薄く広げるよう薬を塗っている。火傷の範囲が広いためだろう。俺もそうしたほうがいいと思った。

 

「……む? 顔にあるのもこれは火傷か?」

「え。 ……ああ、まだ残ってたか」

「……一応こちらも塗っておくか。真、じっとしてるんだぞ」

 

 右腕に薬を塗り終わり、次に藍は俺の頬に残っていたらしい火傷に目を向けた。やはり顔も自分で塗れるのだが、ここまできたらもう任せっきりだ。塗ろうか、お願いするよの問答はもはや無しに、俺は藍が顔に手を触れてくるのを受け入れる。

 

「……どれ」

 

 両手を頬に軽く当て、火傷の痕を見つめる藍。顔が近くて不覚にもドキッとしてしまう。

 俺の顔ではなく火傷の痕を見ているのだと頭では分かっていても、異性の顔が近くにあったらこうなってしまうのは仕方ない。それが美人ならばなおさらだ。

 

 ……ああ、やっぱり藍は美人だな。ぼんやりとした頭で俺はそんなことを考える。客観的に見てもかなり整った顔だと思うし、俺個人の感覚としても藍は非常に魅力的だ。

 普通、顔に薬を塗ってもらうときには、目を閉じておくのが作法なのだろう。しかしなぜだか俺の目は、藍を捉えたまま離そうとしない。なんだろう、誰かの顔がこんなに近くにあるのを、つい最近も経験した記憶が……

 

「……なぁ」

「!!」

 

 不意に、藍の唇が動くのを見て、心臓が更に大きく脈を打つ。危うく変な声が漏れるところだ。今から薬を塗ってもらうというのに、なに俺は意識を飛ばしていたのだろう。

 

「左手、どかしてくれ。そう防がれたら塗りにくい」

 

 少し困った表情をして藍が言う。どうやら俺は無意識のうちに左手で自分の口周りを覆っていたようだ。

 更にもう一つ余計な説明を加えておくと、俺は無意識のうちに藍の唇あたりを見ていたらしい。そうしてしまっていた理由は明白で、地底を出る直前の出来事が原因だろう。 ……勇儀め。

 

「あ、ああごめん……」

「……? 変な真だな…… そう警戒しなくても、ただ薬を塗るだけだから安心しろ」

「あ、あはは…… まぁ藍はそうだろうな……」

 

 暗に「私はあの鬼と違っていきなり唇を奪ったりはしないよ」と言われているようで、俺は乾いた笑いが思わず漏れる。被害妄想というやつなのだろう。藍にそんな気が無いのは承知の上だが、意識してしまったら安心しろといわれても上手くできない。

 ……というか実は藍も前科があるから安心できないのだけど。藍は酔っていて覚えてないかもしれないが、外からのお土産を渡したときにそんなことがあったのだ。

 

「……ん?」

 

 藍が俺の顔に薬を塗り始めて数秒後、不意に藍の手がピタリと止まる。どうしたんだろう。顔にある火傷の面積なんてそう広くないんだし、恥ずかしいからさっさと塗り終わってほしいんだが。

 ついでにもう一つ塗り終えてほしい理由を挙げるならば、俺は上半身裸だからということもある。身体を拭いてから自然な流れで薬を塗ることに移行したため着物を着るタイミングを逃したからだが、このままだと身体を冷やしてしまう。

 

「……おい真。お前は今、『私はそうだろう』って言ったのか?」

「? ああ、言ったが……」

「……ふむ。『私()』、ねぇ…… もしや今と似たような状況で、真に不埒な真似をしたような(やから)がいたのではあるまいな?」

「……えっ」

 

 失言だ、と俺は思った。そんな細かいところに反応することもないだろうに。最悪のタイミングで最悪のことがバレてしまったような気がする。

 いや、まだバレたわけではない。今からうまくごまかせばいいのだ。目を逸らしたら白状してるも同然だから、俺は藍の目を見つめ返す。

 

「……どうなんだ? 真」

「……い、いや、そんなヤツいないって。そんなの単なる言葉の綾じゃあ……」

「……そうか、いるのか」

 

 今ほど『真』という自分の名前の由来をうらめしいと思ったことはない。そんなに俺はごまかすことが下手なのか。俺の周囲にいる連中が、偶然みんな勘が鋭いだけだという可能性も、まだ十分にあると思う。

 

「……いつ、どこで、誰にされた? いや、そうだな……真の様子からすると最近だろう。となると地底で何かあったんだな?」

 

 なんだよその推理力、なぜ分かる。こんなところで探偵としての素質を発揮しなくていいのだが。

 なんだか本当に浮気調査をしてるみたいで少し笑える。依頼主が気になるところだ。

 

「……相手は誰だ。地底の主の覚妖怪か?」

 

 藍が更に問い詰めてくる。やめてくれ。さとりはそんなことをしてくるヤツじゃない。

 

「いやだから、何も無いって言ってるじゃ……」

「じゃあ、地底に繋がる穴に住む土蜘蛛か? もしくはその近くに住む橋姫か……」

 

 藍は俺の反応を見ているのだろうか。金髪の妖怪を例に挙げてくるのはやめてほしい。

 

「……ああ、そうそう、昔パルスィに似たようなことをやられてな。いやまぁあれは未遂だったし何も無かったんだよ」

「……それとも怪力乱神の名を持つあの鬼だったり……」

 

 無視されると傷つくんだけど。急に藍は会話のキャッチボールができなくなったな。

 

「……えーと、違……」

「そいつだな!」

 

 頬に当てていた藍の手に、ギュッと力が込められる。どうしてピンポイントで分かるんだ。

 とりあえず変な顔になるのでやめて欲しい。更に言うなら顔が近いので離れて欲しい。

 

「一体何をされたんだ! いや、何をされたかは既に予想はついているが…… 一体どこまでされたんだ!? ま、まさか一線を越えたりなんかはしてないだろうな!」

「近い近い近い、落ち着け藍」

 

 あのときとは違い今は両腕が自由なので、藍の頭を掴んでそのまま奥にグイッと押す。どうして藍はこんな話に食いついてきてるのだろう。女の子はこういった話が好きだとか、そういった類いの反応ではない気がする。

 変な風に必死で少し怖いぞ。しかし心配してくれてるのだと考えたら嬉しいという気持ちもある。 

 

「……はぁ、ここまでバレたならもうごまかしたりしないよ。だが、何があったか察しているなら、恥ずかしいからあまり説明させないでくれ。あれは酒の席での事故だったんだ。勿論一線を越えたりなんかはしていない」

 

 今なお俺に迫ろうとしてくる藍の頭を押さえながら、溜め息混じりに俺は言う。黙っていても時間が経てば藍なら全てを察しそうだが、変な誤解はすぐに解きたい。

 ここでバレたなら、先に自白することで更なる追求を防ぐ作戦に変更しよう。計画通り、最後の言葉を言い終えると、藍の勢いは目に見えて収まってきた。 

 

「……ほ、本当だな……? 本当に、間違いを犯したりまではしてないんだな……?」

「当然だ。もしそうだとしたら、俺は責任を感じて地上に戻ったりできないと思う」

「そ、そうか…… 最悪のケースじゃなくてなによりだ」

 

 とんだ最悪のケースを想像してくれたものである。もっとも、最悪なのは俺にとってであり、藍にとってはそこまで最悪なことでもない気もするが。取り乱してもしっかりと俺目線で物事を考えてくれる藍には感服するばかりだ。

 

「……藍、心配してくれてありがとな。それと、拭いてくれたりとか薬とかもありがとう。まぁなんつーか、嬉しかったよ」

「……え? い、いや、私は当然のことをしただけだが……」

 

 作戦その二、少し話を戻すことで現在の話題を有耶無耶(うやむや)にする。一応どちらも俺を心配しての行動だと言えるので、うまいこと話を逸らすことができた。

 といってもこのお礼の言葉は本心から出たものだ。感謝の気持ちを言葉にするのは大事だと思う。

 

「……さて。確か藍は、この神社へは俺のためにわざわざ来てくれたんだよな。もう用事は済んだわけだが……せっかく来てくれて、終わったからともう帰らせるのは忍びない。よかったら一緒に夕飯でも食っていかないか? 霊夢たちももうすぐ温泉から上がるだろ」

 

 感謝の気持ちを、言葉の次は行動で示そう。藍は、大昔の恩返しだ、みたいなことを言っていたが、そんなことは関係無しに今回のことはありがたかったのだ。そう思い藍を引き止めようとしたのだが……

 

「……悪い。先ほど、急にやらなければいけない仕事が増えたのでな」

 

 残念ながら断られてしまった。幻想郷の創造主の式は多忙らしい。夜中になってもやることがあるなんて大変だなと俺は思う。

 

 藍はその場に立ち上がり、近くの空間に手をかざす。スキマを開こうとしてるのだろう。遠くの場所に一瞬で行ける便利な能力だが、もしかしてそれ故に藍は忙しいのではないだろうか。

 

「……なぁ藍。よかったら俺も藍の仕事を手伝おうか?」

 

 俺は藍に提案してみる。仕事は、報酬が無ければ責任が足りない働きになってしまうものだが、藍の助けになれるのは俺にとってかなりの報酬だと思った。しかし藍は笑いながら、

 

「ははは。なに、真に手伝ってもらうほどの仕事じゃない。ただちょっと……」

「……ただちょっと……?」

「……地底まで行って真にふざけた真似をした鬼に、生まれてきたことを後悔させてくるだけだから」

 

 藍はそう言い終えると同時にスキマを開いた。恐らく地底へと繋がるスキマである。

 

「……え?」

 

 思わず自分の耳を疑った。いま藍の口からかなりおかしい言葉が出てきた気がする。藍は楽しそうに笑っているが、よくよく見ると目元が全く笑っていない。

 

「……じゃあ行ってくる。必ず目的を完遂して、真に良い結果が報告できると約束しよう」

「い、いやいやいや待て藍! 色々おかしい! 恐らくだが、目的を完遂したら俺に良い結果は報告できないと思う!」

 

 スキマに入ろうとする藍を、すんでのところで後ろ襟を掴み引き止めた。引っ張る力が少し強すぎて二人で尻餅をつくように床へ倒れたが好都合。藍がまたスキマに入らないよう、首回りに腕をまわして拘束する。

 

「な、何をするんだ真! 放せ!」

「何をするはこっちの台詞だ! お前、地底まで行って勇儀に何するつもりだよ!」

「私の真に手を出した罪、万死に値する!」

「殺そうとすんな!? あと、『私の』ってなんだ!」

「私だってまだなのに…… くそう、あの女狐め!」

「藍がその表現を用いるのはどうなんだろうか!? お前さっきから言動がおかしいぞ!」 

 

 藍が、俺の拘束から逃れようと、必死に身体を動かそうとする。一応俺も男なので、藍に力で負けることは無いと言っていい。まぁ勇儀には負けるけど。

 

 一体藍はどうして勇儀のところへ行こうとしているのだろうか。もしかしたら藍は、俺のこの身体の傷や火傷が勇儀によってやられたものだと勘違いして、勇儀を懲らしめに行こうとしてるのかもしれない。俺のために怒ってくれたのなら嬉しいのだが、藍らしからぬ早とちりした勘違いだと思う。

 

「藍! 俺は別に気にしてないから! な!?」

「これは私の問題だ! 私がやらなきゃいけないんだ! 放せ真!」

「いい加減に俺の言うことを……」

「……ふ~、いいお湯だった~。真、お風呂から上がったよ……ん?」

「「……えっ」」

 

 藍を落ち着かせようとしていたら、温泉から上がった萃香が現れた。萃香と目が合い、時間が止まったような静寂が訪れる。 ……あ、あれぇ、これはもしかしてものすごく悪いタイミングなんじゃ……

 

 考えてもみてほしい。まず第一に、俺は藍が動けないように拘束している。第二に、「放せ」と言う藍に俺は「言うことを聞け」などと言っている。そして第三に、俺は上半身裸である。

 このシーンを見た人がどんな場面だと思うか、想像するのは簡単だろう。しかしそれは事実ではない。おそらく萃香が考えているであろうことは、全くの誤解と言うやつで……

 

「……おーい、霊夢ー、こっち早くおいでー。ちょっと面白いものが見られるよー」

「わあっ! 萃香! 誤解だ誤解! 俺に弁明の余地をくれ!」

 

 霊夢を呼びにいこうとする萃香を、俺は慌てて引き止めた。俺が幻想郷に来てからコツコツと積み上げてきた大切なイメージを、一瞬で壊すわけにはいかないのだ。

 

 

 ……結局、萃香の誤解を解くために、この後かなりの時間がかかった。まぁかなり大変だったがとりあえずは、霊夢の耳に入らなくてよかったと思う。こんなの、子どもの教育に良くないものだから。

 

 


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