円環少女×魔法科(サークリット×マギテクス)   作:象印

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Introdution Part 2

整理された道路、閉じられたシャッター、夜にも明かりがつかない電灯。

それは日本でもありふれた光景だった。

2095年日本の総人口はおよそ3億人弱だが、そのほとんどは都や県の中心、都市部に集中している。

理由としてはやはり人口の減少が大きい。もちろん、20世紀初頭に比べれば三倍近くの人口なのだが、2030年の寒冷化、それに伴う世界戦争が始まる直前の人口は六億人近くいく。近年の人口減少を補うため、交通システムや医療、果ては家事に至るまで無人化が進められてきた。しかし、それらを全ての地域に供給することは不可能である。政府は複数の県を一つにまとめる広域行政区制度をとり、その中心部だけを徹底的に開発し、地方の住民をそこに集中させた。これは見事にはまり、都市部に人口が集中することで日本はとりあえずの安定を見せた。

最後に残るのは、ゴーストタウンのごとく取り残されたかつての街や、村。

政府もこうしたゴーストタウンの再利用を考えているのだが、現状は手付かずといってよかった。

だからこそ、とあるゴーストタウンで起きた轟音の存在を知る人間はいなかったのだった。

 

月明かり以外の光源がないゴーストタウンに、昼と見紛うような閃光が矢のように走った。

アスファルトに沿って走る光の矢は、空気を引き裂いて地面に着弾し、轟音とともに地面をめくり上げる。

強力な「魔法」だった。おそらくは加速・移動・放出の三系統を同時発動する高等「魔法」だと、多くの魔法師は分析するだろう。

矢の発射元を辿れば、紺のスカートと白いシャツの学校制服にパーカーを羽織った少女がいた。

肌は白く、髪は黒い。彫りの深いあめ色の瞳に、日本人離れした雰囲気がある。黒いパーカーの背中には、ハートと雷マークが重なったロゴがのっている。

彼女は舌打ちを挟み、その場から飛び退く。瞬間、彼女の立っていた地面がひび割れて陥没した。

まるで巨大な破壊槌による一撃のようだが、目を細めてみれば、砂埃の中に半透明の塊が見える。地面を粉砕したハンマーの正体は、通常起こり得ないほど超圧縮された空気だ。

系統魔法・エアブリットの強化版とでも見て取れる空気のハンマーは、直撃すれば全身がぺちゃんこになるだろう。

 

光の矢が巻き上げた砂煙の向こうから、歩み出る影があった。紋様の入った黒いローブを身につける男。

見た目からして30代あたりだろうか。金髪によく映えるはずの青い目が、すこし淀んでいるようにも見える。

二人は互いの共通語たる日本語で喋った。

 

「さすがは、『魔女』アリューシャの血統か。子供ながら高位の魔法をたやすく扱う。心底厄介だな」

「私の魔法を余裕でかわしたくせによく言うわ。私、心のないお世辞はキライなのよね」

「それは失礼した。しかし、あの魔法は俺では防ぎきれんからな。」

 

見た目からして何もかも違う二人は、同じ〈魔法〉という言葉を口にした。

しかし。

しかし、決して間違えてはならない。

 

彼らの口にした〈魔法〉は、「魔法技能」とは全くの別物である。

 

 

「あなた、こんなとこまで来ちゃってどうしたわけ?ここは〈魔法世界〉じゃあないのよ」

「ほう、なるほど。ここがかの〈地獄〉だったか。一体どうして…元の場所に戻る方法を考えねばならんな。」

「だったら、見逃してあげてもいいわよ。私、ヒマじゃないの」

「しかしな…」

男が言葉を切って、宙を見上げた。

ゴン‼︎と響く破砕音と共に、空気のハンマーがひび割れたアスファルトをぶっ叩いた。

 

「かのアリューシャの娘がここにいるのだ。是非、一手御指南いただいてもよかろうと思ってな」

 

男の言葉に、字面ほどの誠意などない。彼に宿るのは、前途洋々な少女への膨大な嫉妬の念。

眩いほどの才能の塊、その芽を摘み取ることの愉悦に男の口がわずかに歪んだ。

膨れ上がった悪意にさらされて、少女の背筋に寒いものが走る。

衝撃で細かく砕けたアスファルトが、彼女のパーカーをびしびしと叩いた。

 

「俺の名を名乗っておこう。因果大系魔導師、アスラガルド・マーナだ。名乗れ、アリューシャの娘」

男の周りの空気が歪む。アスファルトを砕いた圧搾空気が、身を守る鎧のパーツとして組み合わさっていく。冷や汗がレイチェルの頬を伝った。

「……円環大系、レイチェル・アリューシャよ。これで良いのかしら」

「然り。では行くぞ、レイチェル・アリューシャ」

 

 

ーーー地球の外、暗黒の宇宙に幾千の星が瞬くように、地球も含まれる空間の広がりの中にもまた、幾千もの魔法世界が存在していた。

魔法世界の大まかな位置関係を語るとき、大抵は宇宙と宇宙に存在する星々が例えに引用される。

「巨大な空間の広がり」が宇宙、「それぞれの世界」が星々に相当して、人々が「三千大千世界」と呼ぶ空間は構成されていた。

魔法世界の全てには、ある共通項が存在する。「自然秩序」の一部分が安定せず、法則性が全く見当たらない「秩序の歪み」が存在すること、歪みによって魔法世界が崩壊しないよう、調停役たる「神」がいることだ。

 

全ての魔法世界には、必ずどこか自然秩序の「歪んでいる」ところがあり、そこに己の意思を押し付けることで、魔法は成る。もろい自然は、観測者たる人間によって、いくらでも変化を見せる。

魔法世界のひとつ、円環大系世界を例に挙げよう。

この世界では周期運動の類が安定しない。回る車輪が理由なく止まったり、ブランコがなんの後押しもなく急に跳ね上がったりする。こうした歪みに付け込み、円環大系世界の住人は周期運動するものに《魔力》を見出し、操作する魔法を作り上げた。

「周期運動の歪み」を認識し、観測し、己の望む結果に再配置する。

これが円環大系の魔法であり、これを使うことでブランコの動きを止めたり、車輪を規則的に回す、止めるといったことができる。

一方で、観測者たる人間の感覚、認識が及ばない部分は「神」が調停役として働き、安定させる。

円環大系でいえば、「神」の調停部分は自転周期や公転周期にあたるだろうか。

 

 

自然秩序の歪みは各々の世界で違うから、魔法も世界の数だけある。

魔法世界の住人は生涯己の故郷の世界の自然秩序を引き連れて生きる。円環大系の魔導師は、他の魔法世界にいても円環大系魔法しか扱えないのだ。

 

それぞれの魔法世界の住人たちは、魔法の恩恵によって、地球とは比べることが馬鹿らしく思えるほどの物質的幸福を得ていた。

無限に湧く資源、広大なる土地。熱力学の基本法則をあざ笑う魔法世界は、奇跡に溢れた「神に愛された楽園」である。

 

 

風を切る音とともに、アスファルトが弾け飛んだ。

 

「くぅっ!」

 

レイチェルはゴーストタウンを滑るように移動して距離をとる。周期運動するものを操る円環大系の魔導師が最も好んで扱うのは、原子核の周りに軌道を持つ電子だ。足元に展開した電子を反発させて、レイチェルは時速にして200キロ超の高い機動力を確保している。

 

「よくかわすな」

 

空気の鎧を身に纏う因果大系魔導師、アスラガルドがつぶやく。

彼の生まれた因果大系世界は、ものとものとの「因果関係」が曖昧な世界。

 

では、因果関係が曖昧というのはどういうことか。

例えばやかんに火をかけ、お湯を沸かそうとするとしよう。熱とは常に温度の高い方から低い方へ流れるから、高温の火が持つ熱はやかんに流れ、やかんの帯びた熱は中の水へ流れる。これが通常の熱伝導の法則のはずだ。しかし因果大系世界では、こうした熱伝導すら一方向ではないし止まることもあるから、火にかけたやかんがいつまでも冷たいままだったり、熱伝道がすべて逆転して中の水が凍ることも、十分起こりうる事象だ。

『魔法使い』は観測した事象を己の意志のもとに従わせる。因果大系の魔導師達はこの一連の出来事を観測して「火の熱がものに伝わる因果」などを自在に操る。物体の熱をやりとりする関係のような、「矢印で図化できる」事象を完全に己のコントロール下におくことが、因果大系の魔法と言える。

 

因果大系魔導師は、熱伝導の逆転はもちろん、「気体が拡散する因果」を止めて滞留させる、「重力でものが下に落ちる因果」を変えて重力のベクトルを変えるなど、あらゆる現象の因果関係を操作することができる。

「人間が生存できる環境ならどこにでもある」空気は、操作できる物体の多様な因果大系魔導師にとって最も身近な魔法媒体であり、武器に等しいのだ。

 

 

「嫌な小技を使うのね」

「円環大系にはなかなか有用なのでな。結構愛用しておる。」

 

気流操作による加速では、レイチェルの機動力には追いつけない。アスラガルドは鎧と同時、トラップのようにレイチェルの進路に圧縮空気の壁を展開していた。時速200キロ超のレイチェルがこれにぶつかれば、当然だが軽傷では済まない。

誘導されている。そうとわかってもレイチェルには逃げることしかできない。移動しながらレイチェルは魔法陣を展開する。円環大系の魔導師は、おのれを中心とした魔法陣内の「周期運動するもの」を認識する。陣内に存在する電子を左手に収束し、加速させることで、編み上げるように稲妻を生成する。

振り向きざまに、稲妻を持たない方の手で、プラスの電子を放出した。アスラガルドが正電荷を帯びたタイミングで、本命の稲妻が走る。

 

轟音とともに投げつけられた人口稲妻はしかし、アスラガルドのはるか前方で炸裂した。敵の魔導師はレイチェルが手元に電子を集める動作を先読みして、アスファルトを空気の腕で持ち上げ盾にしたのだ。

 

「追い詰めたぞ、witch(くそがき)」

 

魔法世界の住人にとって、英語は最低の卑語だ。魔女を罵るアスラガルドは、愉悦で顔を歪めた。

 

「ヘンな顔ね。笑顔が汚いのは心がよごれてるショウコよ」

「辞世の句はそれでよいのか?」

 

減らず口を叩いたところで、レイチェルの行き着いた先は袋小路。コの字型の空間へ蓋をするように、レイチェルの上空に半透明の空気壁が展開する。

 

「これは…」

「行けば地獄、行かねば死だ。さあどうする、レイチェル・アリューシャ?」

 

両手を地面につけて、アスラガルドはクラウチングスタートの構えを取った。体に纏う空気鎧の形状は頭部分を頂点にした円錐型に変化する。それと並行して、伸ばした足の後部に圧縮した空気が、まるで離陸直前のジェットエンジンのようにだんだんと熱を帯び始めた。これは空気の推進による突撃をもって、レイチェルを轢き殺す構えである。

レイチェルに逃げ場はない。前後左右、上空へ逃げることすら封じられた袋小路。かろうじてアスラガルドの突進を回避したとしても、その余波は確実に大ダメージとなる。絶体絶命とはまさにこのこと。

 

「追い詰めたぞ、ですって?」

 

だが、前傾姿勢のアスラガルドは目を見開くことになる。

 

「まさか…っ!」

「あなた、これのこと『俺では防ぎきれない』って言ってたわよね」

 

振り返る魔女が右手に持つのは十円玉。約4.5gの銅硬貨を、電磁誘導で加速して打ち出すそれの名前はレールガン。超音速の弾丸が人工稲妻と異なるのは、アスファルト程度たやすく撃ち抜く貫通力。

罠を張ったのはレイチェルの方だ。

 

「本当かどうか、試してあげるわ」

「この…witch(くそったれ)が‼︎」

「あははっ。あなた、さっきよりステキな顔してるわ…タイプじゃないけど」

 

不可視の磁力レールが、10メートル程の袋小路に一気に浮かび上がる。レイチェルが逃げる時に使用した磁力レールが、まだ残っていたのだ。

逃げ場のない袋小路から、アスラガルドが飛びのこうとするが、もう遅い。

 

「避けられるもんなら、避けてみなさい!」

「う…うおおおおおおっ!!!!!!」

 

銃の形に作った両手、そこから発射された十円玉は、ローレンツ力に従って加速する。音を置き去りにする光の矢は、路地を照らしアスファルトを裂いて、アスラガルドを撃ち抜かんと走る。

轟音が、戦いの決着を告げた。

 

 

「ぐぅっ…!」

 

苦悶の声をあげ、アスファルトに膝をついたのはレイチェル・アリューシャだった。レールガンをかわしきれないと悟ったアスラガルドは、置き土産に地面を砕き、圧縮空気を解放させてアスファルトの散弾を射出したのだ。杭のように長細いかたまりが、レイチェルの左脇腹に深く刺さっていた。

どくどくと血が流れ、レイチェルの服を汚していく。パーカーがダメになることが、レイチェルにとって今一番ゆるせないことだった。

 

「もう…っ。これ、お気に入りなのに…」

 

痛みと、脇腹の異物感に喘ぐレイチェルは壁ぎわまで身体を寄せてへたり込む。

体に治療用の魔術をかけるには、まずはアスファルトの杭を抜かねばいけない。それはかなりの難題に思えた。

刺さったアスファルトを抜こうと手をあてると、笑えるくらいに力が入らないうえ、思ったよりずきずきする。

血でぬめった手がアスファルトを滑って、力なく血だまりに落ちた。

「母さん…」

 

魔法使いは世界にたった一人で向き合う存在だ。魔法使い同士の戦いで死ぬのは、あくまで己の未熟ゆえ。ここにレイチェル以外の魔法使いがいて、誰が彼女を助けるだろう。それでも、こんなにあっさり死んじゃうんだなと思うと、あめ色の瞳からぽろぽろと涙がこぼれた。

「お母さぁん…」

レイチェルは眠るように目を閉じた。すぐに何も聞こえなくなった。

 

 

 

袋小路に、冷たい風が吹いた。

観測した自然秩序に己の意思を押し付ける〈魔法〉は、原則として己の認識ありきの技術である。

今、目を閉じて深い眠りについているレイチェルは、まだ死んではいない。

しかし呼吸は浅く、杭からの出血が止まる様子はない。

だから、それは一体いかなる奇跡だったのだろうか。

ずぶり、ずぶり、ずぶり。

嫌な音を立てて、アスファルトの杭が、触れてもいないのにレイチェルの体から抜け落ちていく。

杭が抜けたレイチェルの脇腹に、ゆっくりと左手があてられた。手のひらから、幾何学的な円模様が展開される。

淡い緑光の円は、間違いなく〈魔法〉による者だった。円環大系には生命活動を〈生命という円環〉と捉え、これを維持することで死を遠ざける高度魔術がある。

しかし、一体誰が?

決まっている。この場にいる円環大系の魔導師など、一人しかいない。

レイチェルは忽然と消えた。彼女の存在が、夢幻ではないことを証明するように、血だまりだけが袋小路に残されていた。

 




円環×魔法科Introdution をお読みいただき、ありがとうございます。
本作は長谷敏司先生の著書「円環少女」を広めんとする思いで執筆しています。
後書きでは主に円環少女の単語解説を行います。ここが違う、とか、ここはどうなってる?などのご指摘ご質問はいつでもお待ちしております。

・魔法世界
地球とは別の世界ですが、パラレルワールドではありません。
劇中でも述べたようにいくつも世界があり、全てが違う世界で、共通するのは「自然秩序が安定していない」ということ。産出される資源や、動植物は地球のそれと似通っているようです。

・故郷の魔法秩序
たとえば因果大系世界に生まれた者は、その世界の「歪んだ自然秩序」を生涯引き連れて歩きます。
この魔法資質は先天性のもので、上記の因果大系魔導師が別の魔法世界に長年暮らしたからといって、扱う魔法が変化することはありません。

・〈魔法〉
「不安定な自然秩序に己の意思を押し付け、望む結果を引き出す技術」の総称。
魔法使いたちは以下のステップで魔法を発動します。
①周囲に対し、己の引き連れている歪んだ秩序を上書きする。
②上書きされた秩序の歪みを起点に、己の意思を押し付ける。
③魔法の実発動。
このうち、①のステップはほぼ無意識のうちに、いつでも行っています。

あまり説明が長くなるのも面倒ですので、この辺りで打ち切らせていただきます。
ご指摘ご質問お待ちしております。
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