「遅い!0.5秒で展開しろ!」
「はっ!!」
「敵は待っちゃくれないわよ?」
(これでも最高速度だっての…!)
先ほどまで十字マークの髪留めの形で待機していたISが、展開しただけでもすごいと思う。だが、この教官とババアは許してはくれまい。
俺はチラッとハル教官とババ…本妻を見た。
あれから一か月間、俺は小学校最後の月をデュノア社の訓練場で一日の大半を過ごしていた。これまでは座学だったが、ようやく今日から実践に入る。
正直、超スパルタだった。
喋っただけで知識が口から出て行く感覚がするくらいの、詰め込み学習だった。……いかに一夏がチートか分かったな。俺も例の電話帳と見間違って捨ててしまうほど極太の参考書を使ったんだが、学校終わってラヴコメして寝るまでの時間で覚えられるようなもんじゃない。俺の場合は、朝昼晩フルに参考書に首ったけ、おまけに本妻もつきっきりという人生最高(もちろん皮肉だ)の二週間を過ごすことで、IS用語と基礎を覚えた(余談だが、物覚えが悪いと嫌みを常々言ってくる本妻は心の中でババアと呼ぶことにした)。
その間に、何度このIS世界に来させた誰かさんを恨んだことか…。俺もチートが欲しい。
「次は歩行だ」
ハル教官が言う。
彼女は、ハル・フォーフという。今日から始まった俺の実地訓練のために、ドイツからデュノア社に教官としてやって来たそうだ。濃い青色のセミショートに青い瞳の色白美人。彼女を見たとき、ババアとの個人スパルタレッスンから抜け出せると思って浮かれた俺は全く悪くないだろう。
だが。
…現実は厳しい。教官が挨拶もそこそこに、展開のみを50回命令、さらにババアも嫌み要員として傍に付き添ってくださるときた!
50回目にして1秒の壁を破った俺は、何度このIS世界に来させた誰かさんを
「何をぼけっと立っている。バランスを取りながらまっすぐと歩くのだ!」
「はいっ!」
……恨み言を頭で考える暇もないようだ。
だが、展開と比べて歩行は簡単なんじゃ?アニメでも初めての子でも上手に出来ていたみたいだし。
俺は、一呼吸いれてISを前進させた。
ガシャン、ガション!
「……くっ、はぁ、はぁ…」
そして20mほどでへばった。
操る機体はラファール・リヴァイヴ・カスタムだ。重い。流れるプールを逆走しているみたいに動きづらい。アニメではカスタムⅡだから、もう3年経つ頃には滑らかな動きも可能になるんだろうか……………………………それとも、俺のやり方が悪いんだろうか……
カクカクと機械じみた動き(実際ロボットに乗っているから当たり前か)をしながら考えていると、ちょっとした地面のくぼみにつまずいた。
「ぐえ…!」
痛…くはない。でも教官とババアの視線が痛い。っつか、うまく動けない俺を見かねて、教官が自分のISを展開して助け起こしてくれたんだけど、めっちゃ滑らかな動きだ。
………あれだ、ドイツのISがフランスのラファールより性能がはるかにいいとか……いや、分かってるよ!俺の操縦の仕方が悪うございました!
チートじゃないにしろ、歩くぐらいは出来ると思ったのに…!
追い討ちをかけるようにハル教官の指導の声が上がる。
「何をしている!ISは自分の手足の延長だ!!お前は普段の生活でもこんな小さなでっぱりにつまずいてしまうドジッ娘属性を持っているのか?!」
なるほど、機械を動かすんじゃなく、手足を動かすようにイメージするのか……って、ど、どじっこ?
「え、いいえ??」
「では、立て!立つんだ、じょ…シャロン!!」
もう立ってるんだけど……
とりあえず、うまくコツがつかめるようになるまで訓練場を何周も歩き、暗くなるまでよく分からんバネで出来たギブスを腕に装着しながらアイススケートみたいに地面を滑る走りを特訓した。そのまま空中を飛び回る訓練も。しっかし、このギブス、腕を曲げるのに一苦労するくらいだ。ISの腕力をもってしてもこんなに伸び縮みを封じるバネって何なの…あと、マジでこの教官何なの…この教官選んだババアは、いつか絶対ぶっ飛ばす…
酸素不足でぼおっとする頭で怨嗟を吐きながら、俺は走り続けた。
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その日。
「シャロ…何か隠してない?」
「え」
シャルとお母さんと夜ご飯を無菌室で食べていると、シャルは意を決したかのように語り始めた。
「今日も病院来るの遅かったし、いつも以上に疲れてるよ?」
ああ、あの地獄の訓練のせいだな…
遠い目をしそうになり、慌てて否定した。
「あー、今日バイト先の赤ちゃんが熱出しててさ。なかなか離れられなかったし、そのお兄ちゃんも家の中をハイハイで爆走しちゃってね。私も家中走り回ったり、赤ちゃんの容体に気を遣っていたから、疲れちゃったのかな」
この一か月、シャルには俺がベビーシッターのバイトをいくつも掛け持ちしている設定で通している。お母さんの方には入院の流れを説明するとき、どうしても話さなくてはならないと思い、デュノア社がお母さんの為に入院費を保障することになったことだけ話している。バイトを始めたのは少しでも自分で入院費を出したいからだということにしている。
嘘ばっかりだな…。
シャルとお母さんは本当に心配してくれているようだ。
「シャロン…無理はしなくてもいいのよ。お母さん、すぐ元気になるから」
お母さんはこの一か月で随分痩せてしまった手を伸ばした。
やっと抗癌剤治療が終わり、味も戻ってきたのだろう。今は食事も普通に食べられるようになったようだが、それまでは大変だった。
食べても吐いてしまうらしく、俺たちの前では絶対にご飯を食べないお母さんに何とか食べてもらおうと、病室に大量の食事を持ち込もうとするシャルを何度なだめたことか。終日熱で気だるそうなお母さんを見るのは辛かった。
そう、お母さんは急性骨髄性白血病、だそうだ。
言い渋るお母さんに、俺たちはシャルを共に幸せにすると誓ったのだから仲間のお母さんの病状を知る権利がある、病名が分かれば俺もシャルに事前に何らかの言い訳ができる等様々なことを言ってようやく「レイくんにだけね…」という前置き付きで教えてもらったのだ。
「今日はお母さんもご飯食べてくれてるもんね!」
シャルが嬉しそうに言った。そのまま、「あ」と声を上げる。
「シャル?」
「明日から私も春休みだし、シャロと同じバイトするよ!だから、雇い主さんに紹介してくれるかな?」
「え…あー、俺一人でも子どもの面倒見れるからなぁ…。一応明日言ってはみるけど、シャルも一緒にベビーシッターのバイトするのは難しいかもなぁ」
「…シャロ、『俺』って言葉遣いは女の子だからやめてって言ったのに」
「あ、『私』です、気を付けます」
「うむっ、よろしい。…でも、シャロ一人じゃ大変そうだし、雇い主さんに頼んでおいてね」
「分かった」
絶対、あのババアには言うまい。
しかし、シャルのベビーシッターっていいなぁ。俺もお世話されたい。泣いていたらシャルが優しくその小学生にしては育っている胸であやしてくれるんだ…
にへら、と顔がだらしなくなったところをお母さんが呆れたように見ていた。
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次の日、病院に行くシャルを見送った後、俺はバイト先…デュノア社へと向かった。ただでさえ、病院は隣接してるんだから気を付けて行動しないとシャルに見られてちまう。
「シャロン」
「おっ、おはようございます!ハル教官!!」
背後から教官の声が聞こえて、思わず飛び上がった。
「おはよう。敵に背を向けるな」
おお…朝から注意されてしまった。
「今日から実戦も取り入れる」
「え?!」
早くないか?!
「さっさと準備をしてこい。獲物もリヴァイヴの中に入れておいた。チェックしておけ」
「はい!!」
急ぎアリーナに向かい、展開後に装備を見たが拡張領域の中に10個の様々な武器が入っている。通常ISの装備は5つ、多くて8つらしいから、自分と戦況に合った武器の選択をしろということなのだろうか。
とりあえず、ISのシャルロットを思い出し、銃を出そうとした…が、種類が多いのでとりあえずマシンガンを展開する。
ハル教官はすぐに現れた。黒くて大きい…なんだろうな、長い大砲みたいなものをつけた鈍重な印象を受けるごついISだ。そのわりに頭の周りにウサギ耳のような黒と赤のツートンカラーのパーツが…ん?アニメで見たラウラの機体にもあったような…
「黒ウサギ…」
「?!」
「え、あ…黒ウサギみたいですね。その頭のパーツ」
ビビった。黒ウサギ部隊って言おうと思ったけど、ハル隊長が一瞬で怖い顔をしたから、言い直した。
「ああ、ドイツのIS仲間全員で同じパーツを着けようということになってな。私がうさ耳を推したのだ。無論、他の獣耳がダメだとかそういう話ではない。そう、貧乳と巨乳どちらが良いかと聞かれると双方良くて困るだろう?同様に」
な、何か語り出したが、ドイツ・黒ウサギ部隊・オタク・ショートヘアといえば、ラウラがアニメで水着の相談をした副隊長がそんな感じの人だったような。でも、確か「クラリッサ」って呼んでいたし、名前も違うし、眼帯も着けてないから…他人の空似か。
俺がひいていると、試合開始のベルの音が鳴った。
ハル教官はその途端ピタッと話を止め(そのときには何故かナース服の良さの話になっていた)、戦闘体勢に入った。
「行くぞ」
一言言ってくれたのは教官の優しさだろうか、とりあえず言ってくれて良かった。
「うわあ!」
でないと、教官が地面の上を滑るようにして振るった鞭を避けることは出来なかっただろうから。何とか縄跳びの要領で鞭を避けた俺が見たのは、鈍重だと思ったISが俺に向かってプラズマ手刀で切りかかってくる姿だった。
「ッ!!」
避けなきゃ、と思ったはずなのだが、体が咄嗟には動かなかった。
次の瞬間、左肩から右のわき腹に衝撃が走った。
「うわああぁあ!!」
ISには絶対防御まであるのだから、怪我することはない。だが、古傷がずくりとうずいた気がした。それと同時に、今まで見たこともない光景が網膜の裏に浮かぶ。
見知らぬ男に腕を引っ張られているシャル。
シャルと目が合う。
助けなきゃ助けなきゃ
男に俺はつかみかかって、
もみ合いになって、
そこで男の懐から出てきた刃物が
一閃。
「きゃあぁっあああああ!!」
衝撃と情けないほど高い悲鳴が喉からほとばしった。
「何をしている?!避けんと、負けるぞ!!」
男の映像でごちゃまぜになっていた俺の頭は、ハル隊長の言葉で遅ればせながら、またプラズマ手刀に切りつけられたということを認識する。
だが、頭で分かっても体はうまく動かない。
全身ががちがちに強張っている。目だけが素早くプラズマ手刀の刃部分の赤い光を追う。短刀に比べて持っているマシンガンが…いや、自分自身がとてつもなく弱いものに感じる絶望感。
こわい。
手刀の第三撃目は俺が腰を抜かしたことによって目の前の空を切った。
「あ、…や、やだ……」
しかし、心の奥底から湧き上がってくる恐怖で立てそうもない。
刃。
こわい、こわいもの。
痛い。血が。
こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいだれかだれか
だれか
「シャロぉおおおおぉお!!!!!」
シャル。
シャルの声が聞こえる。
そうだ、シャルを助けなきゃ。
俺は四撃目を何とか地面に転がって避けた。近くの地面が刀で抉れ、土埃が舞い上がり、視界が悪くなった。
だが、刃が見えないのが俺にとっての救いになった。
「うあああああああああ!!」
手に持っていたマシンガンを座り込んだまま当たり構わず乱射する。
射撃の向きや目標物なんて関係ない。
マシンガンの衝撃で銃身が打つたびに大きく動く。はるか虚空、地面をえぐる弾丸が舞い散る。
さらなる土埃で視界は零になり、そして、
「敵に背を向けるなと言っただろう」
ハル教官の声が背後からしたと思ったときには、俺の目の前の画面にはエネルギー残量がなくなったことを示す赤い表示があった。負けた。一撃も与えられずに、ろくに攻撃も避けられずに負けた。ただただ、刃を目の前にすると体がすくんで…怖くて…
だが、そんなことよりも。
「シャロ!シャロ!!」
何でシャルが、ここに、いるんだ。