先ほどの刃物と男の映像が頭の中でぐるぐるする。傷跡を思わず押さえた。
何故この傷がついたのか。
俺はお母さんから聞いて知っている。シャルの誘拐を阻んだときにシャロンさんが負ったものだ。この脳内の記憶は俺が経験したものじゃなく、シャロンさんが経験したものなのだ。それにISを装着していたのだから怪我はしていない。安全なのだ。こわくないはずだ。ISがあるから、あのときみたいに斬られる訳じゃない…だから、しっかりしろ!
俺はがたがた震える頼りない足を叱咤しながら、シャルの方に歩いた。
「シャル、何でこんなところに…」
「シャロ…シャロの姿が病院の窓から見えて…ベビーシッターのバイトのはずなのにデュノア社に入って行ったから、気になって…。こちらのソフィさんに聞いたの。シャロって、デュノア社専属パイロットとして働いて母さんの治療費を稼いでるんでしょ?!」
「シャルロットちゃんがあなたのことについて聞いてくるから正直に答えてしまったわ…内緒にしていたのね?」
「…!」
俺はシャルの背後にいるババアを勢いよくにらみつけた。そういえばソフィとかいう名前だったが、俺もババアもお互いのことを心底嫌っているから一度も名前で呼びあったことがないというのに、「シャルロットちゃん」「ソフィさん」って?!しかも正直にバラしてしたのか!!
俺の怒りの視線にシャルが割り込んでこなければ、俺はババアにつかみかかっていたかもしれない。
「シャロ!ソフィさんは悪くないの…私が強引に聞いちゃったの!ごめんね…」
いや、100%ババアが悪いだろう。俺がシャルをISに関わらせたくないと知っているはずなのに、わざわざご丁寧にも真実を伝えた上でここまで連れてきたんだから…
「シャルを私が怒るなんてありえないよ。それよりもここを出よう…ここは危ないし…」
「シャロ!」
シャルの肩を押してアリーナから出ようとしたが、それはシャルの鋭い声によって阻まれた。シャルはこれまで見たこともないような顔をしている…すごい怒っているような…
「シャロ、私もISに乗るから!!」
「ダメだ!!!!!」
反射的に俺も叫んだ。思えば俺がシャルの言ったことを頭から否定したのは初めてだったかもしれない。
「ダメじゃないよ!!シャロは私とお母さんのために、自分だけが頑張ってデュノア社パイロットになったんだよね?!でも、私だって、シャロ一人を頑張らせたくない!シャロと一緒にお母さんのために出来ることをしたいの!!それにシャロが傷つくのを知らずに自分だけ普通の生活をするなんて、その方が嫌なの!!!!」
俺はシャルの叫びにひるんでしまったが、何とか反論しようとした。
「お、俺は…全然傷ついたり大変だと思ったことなんてないよ…!!第一ISは絶対防御があって安全だから傷つくことなんか…シャル?」
体が思わずはねた。シャルはおもむろに俺の左首筋から右わき腹まで指で触る。そこは…
「シャロ。何で痛そうな顔してるの?もう治っているのに…。それに、何で絶対防御があって安全なのに…あんな…あんな怖がっている顔をしたの…」
今度こそ俺は黙るしかなかった。
刃が怖いとはいえない。だって、そうしたらシャルがあの誘拐未遂事件を思い出してしまうから。
怖くないともいえない。だって、シャルは俺の恐怖にゆがんだ顔を見ただろうから。
「…シャロ」
黙っている俺に静かにシャルが声をかけた。
「シャロはいつも私を守ってくれるよね…でも、私だってシャロを守りたいの。今はそんな力ないけど、せめて一緒に頑張ることくらいしたいの…ごめんね」
150cmようやく越えたばかりのシャルが166cmになる俺を抱きしめた。この小さな体にどれだけの優しさと強さが詰まっているのだろう。
俺は、IS適性検査を受けに行くというシャルを止めることが出来なかった。ただ、アリーナから研究者と一緒に出て行く妹を見送った。
「美しい姉妹愛だこと」
「………!!」
気づけば俺はババアの襟元を締め上げていた。
「だましたな…」
怒りで、口もうまく回らない。
ババアはババアで襟元を締め上げているのだが、ちっとも動揺することなく、喋り出した。
「契約内容には反していないわ。あの子に私は『虚偽の発言』なく、事実を告げただけ。あなたのお姉さんはISに乗って、生活費を得ているのよって。そうしたらあの子、勝手にISに乗りたがったの。『無理やりISに乗せた』わけじゃないわ。
……まあ、結果的に社として優秀なパイロットを手に入れることになったけど」
俺は歯を食いしばって襟元から手を離した。ISを動かすよりも今自分の手を開くことの方が困難だった。
ババアはなおも話し続ける。
「本当のことを言うの?
それでも契約は続くわよ。お母さんを盾にされていやいやISに乗るか、何も知らずにあなたと二人でお母さんを守っていると思い込んだままISに乗るか…。本当のことを知ったところで、あの子もあなたを残してパイロットの座から降りることはないでしょう?
なら、今のままが彼女は幸せ、ね」
自分が許せなかった。ババアは契約したときからこうなると分かっていたに違いない。
俺は何も守れていなかったのだ。
ババアはくすくす笑うと、アリーナを出た。俺は、いつの間にか自分の十字の待機状態のISを握りしめていた。
どれくらいそうしていただろうか。
「シャロン・アズナヴール」
「教官…」
濃い青の瞳が俺をじっと見ていた。そういえば、ハル教官のことすっかり忘れてたよ。どこから聞いていたんだろうな…
「教官、俺を強くして下さい」
俺が刀を怖がらずに一人でも十分やれている様を見せられていたら、シャルはこんなこと言い出さなかったかもしれない。それに、もしIS学園に行ってしまうことになるのならば…数々の敵に対して、シャルを守る強さが必要だ。
教官が無言で頷くのを見て、俺は予備のラファールを取りに行った。カスタムの充電を待つ時間も惜しかった。
俺は強さが欲しい。
心底そう思った。