初めに言っておこう。
俺の妹が、すごすぎる。
強くなると決意して、あれから二年と九ヶ月。
シャルは高速切替《ラピッド・スイッチ》によって国家代表候補生となっていた。国家代表候補生には、国家代表IS操縦者の候補生という一面だけではなく、国家公認アイドルという立場もあるらしく、モデルの仕事もシャルは兼任している。シャル自身には抵抗があるようだが、これも治療費を稼ぐ一環と割り切って、たまにタレントのようなスタンスでテレビにも出ている。
イタリアの国家代表候補生なんかは俳優業もやっているが、シャルは出るのかな(ちなみに、シャルが出ている雑誌は毎回3冊(保存用、布教用、観賞用)買って、テレビ番組はきちんと録画している)。欧州連合の統合防衛計画『イグニッション・プラン』から除名され、経営危機なうなデュノア社としては、シャルの存在が唯一の救いらしい。研究者たちが影でシャルのことを『デュノア社のジャンヌ・ダルク』って呼んでた。ババアも宣伝になると思っているらしく、テレビの露出をばんばん勧めている。
次にお母さん。
お母さんは一度回復したが、三ヶ月前に白血病が再発してしまった。俺とシャルのために病院内でISの作業をしようとしては怒られている。…回復中に国外に逃亡しようと計画したんだが、二人が事情を知らない上に、ババアが、あんにゃろうが、お母さんの心臓に「うっかり遠隔操作式のペースメーカーを入れちゃったわ」とか抜かすから…。
相変わらずお母さんは人質だ。
悩みながら俺は、デュノア社のパイロットしているってお母さんに話した。初めて言ったときには、泣かれたな…でも俺達がソフィ…社長夫人や社長に普通に扱われていること(特にムカつくことに、シャルはババアになついている…まあ、恩人だと思っているから、社長夫人については良く言っていた)、シャルと俺がISで空を飛ぶことを楽しんでいること、ISに乗ることでお母さんを支えられるなら嬉しいということを言ったら、さらに泣かれた。もちろん、今度は嬉し涙だよ。「IS技術者であるお母さんのことを誇りに思う」って言ったら、病院内でもお仕事するようになったんだが… でも、いくつかの武器を実際に作っているのだから本当にすごい。
だが、二人に比べて、俺ときたら。
「シャロン、また動きが止まっているぞ!」
「申し訳ありません!教官!!」
「ただでさえお前の得物は接近せねば使えん!もっと動くのだ!」
「はい!!」
俺は、ハル教官のレールキャノンを円軌道を描きながら避け、アサルトライフルで自然に俺の移動する直線上にくるように誘導する。教官が直線上に来たと同時にISの後部スラスター翼からエネルギーを放出、その内部に一度取り込み、圧縮して放出した。
瞬時加速《イグニッション・ブースト》!!
爆発的に加速する。そのまま俺の武器である、本来騎兵用に使用される槍を改造して中央部にある取っ手以外を刃にした全長2mの双剣…《ランケアス》を展開する。
「はあああっ!!」
ハル教官は瞬時加速にも冷静に対応して、体を半身にして回避行動をとるが、2mもあるランケアスの攻撃可能な距離にいる。
すれ違い様に教官のISの腹部を狙ってランケアスを突き出すが、教官は背を丸めて腹部をひっこめ、…
スカッ
「あ」
俺の一撃は空を切った。体勢の崩れた俺めがけてプラズマ手刀が振り下ろされる。思わず目をつむって大きな動きで避けてしまい、…そのときには教官に背後をとられていた。レールキャノンが俺を襲う。
「参りました…」
またか…。
ハル教官は始めの一年つきっきりで俺のコーチをしてくれたが、一年契約だったのでドイツに帰った。それでも、その後も二ヶ月に一度程休みを利用してわざわざ俺の稽古の相手をしてくれているのだ。ハル教官に勝つまでは代表候補生の試験を受けさせないと言われたが…
相変わらず彼女には負けっぱなしだ…
ISが光の粒子となり、俺は地面に座り込んでしまった。
「シャロン、瞬時加速使用中は加速に伴う空気抵抗や圧力の関係で軌道を変えることができず、どうしても直線的な動きになる。だから、いくら爆発的に加速できるといっても、あれだけ距離が開いているときに使ったら、バレバレだ。ランケアスも避けられた後、すぐ二撃目を繰り出すべきだ。あの振り下ろした体勢からは難しいが、そのまま円を描くようにランケアスを撃つか、脚甲を使ってランケアスの向きを変えろ。
あと、…相変わらず刃が怖いのだな。目をつむってしまっては相手の動きが見えない。避け方も私が鞭やレールキャノンを使った時と比べて、随分大げさなものだった」
「すみません…」
刃の件は毎回言われているのだが、なかなか難しい。教官の剣筋を見れば毎回のようにあの記憶がフラッシュバックするのだ。いくら競技だし、安全だと考えていても体がすくむ。他のパイロット程度ならばもっと冷静に避けられるし、最小限の動きも出来る。シャルの剣筋は全く怖くないのに…。
銃の高速切替が出来ない俺は、銃を牽制、一番使い勝手の良い槍と格闘をメインの武器として使っている(自分で刃を使う分には怖くなくなった)。ランケアスは突く・なぎ払う・斬るに特化した双剣の槍だが、何せ大きいため、うまく手の中で回して防御・攻撃に使う回転運動と足についている装甲で方向を変えたり下から突き上げたりするコントロールテクニックが必要となる。
これも練習や他の選手ならうまくいくのだが…。
「……シャロンは、まだ強くなりたいと思っているのか?」
「はい」
珍しくハル教官にしては悩んでいる声だった。
「私は…お前は戦闘には向いていない、と思う。
整備やプログラミングにかけてはお前はドイツ軍でも通用する腕を持っているんだから、そちらにすればいいのではないか…?」
「お、わ、私はっ、確かに弱いですが…強くなりたいんです…!!」
確かにシャルの整備やらもやっているし、明らかに向いていると思う。お母さんも、「私のプログラミング能力はシャロンの方に受け継がれたみたい」って言ってたし。それでも、シャルを守るためには裏方じゃダメなんだ。
「…お前は攻撃や防御の技術も形や見目だけならば国家代表のようにきれいだよ。
だが、『死合い』では候補生にも劣る。
これから最後の授業に入る」
「さ、最後って…」
「ドイツ本国での仕事が忙しくなってな…それに、技術だけならばお前に教えることはない」
「え…」
「ISは何だと思う?」
急な質問に俺は戸惑った。
「宇宙空間での活動を想定して作られましたが、現在は競技用として使用されているマルチフォーム・スーツです」
「違うな。
ISは兵器だ」
「…!」
ドキッとした。
頭の中のどこかではそうではないかと感じていたが、刃のトラウマ克服のため、ISは競技用だ、安全だと思っていた俺には厳しい言葉だった。
「兵器だ。
だから、傷つく覚悟も傷つける覚悟も必要なんだ。
シャロン、お前にはそれがあるか?」
「わたしは…」
「ランケアスで攻撃する時も『ISを』狙っていたな。決して『ISを操縦している私を』狙わない。だから、浅い一撃になる。避けられる。
手刀を大きく避けるのも過去にあったことから逃げたいからだ。傷つけられるのが怖いんだ。練習で出来て、本番では出来ないのは、傷つき、傷つけられる可能性があるからだ。ここの他のパイロットならうまくいくときがあるのは、あいつらもISを競技用と考え、殺気がなく、傷つけ、傷つけられる可能性が低いからだ。
違うか?」
「…」
「もう一度言おう。お前は技術面だけならば強いが、兵器だという認識とそれをもつ覚悟がない。だから、戦闘面では弱い」
教官の言葉が頭の中でがんがん響いた。確かに他のテストパイロットは俺よりも雑な動きをするし、勝てるはずだ。だが、負けることがある。ダメージを与えることを躊躇するからだ。シャルは…俺にシャルを攻撃出来る訳がない。
「それでもISに乗るか?」
じっとりとした汗を手に感じた。俺は、傷つきたくない。俺は、傷つけたくない。…だけど、それ以上にシャルとお母さんを守りたいんだ。
それが、きっと俺がここにいる理由だから。
「乗ります」
覚悟とか難しい言葉を使うつもりではない。だが、乗る以外の選択肢は俺の中にない。
ハル教官が笑った。俺も自然と笑えた。
次の瞬間には二人ともISを展開していた。
「シャロン、私からの卒業試験だ!!思いっきり来い!!」
「はい!!!!」
レールキャノンを短い瞬時加速でかわし、ランケアスを回転させながら飛んでくる鞭の軌道をそらす。鞭を斬ってもいいが、少しでも勢いを殺したくない!
俺は思いっきり教官にとっつく勢いでランケアスを突き出した。教官は一瞬回避が遅れたようで直撃をうける…違うな、体の中心部分を狙ったが、咄嗟に避けたんだ。ランケアスはわき腹あたりに当たっていた。
そのまま右に抜けようとする教官に追いつくために右のスラスターからエネルギーを放出し、その勢いのままランケアスでなぎ払った。
「うおおおおお!!!!」
教官にはかなりのダメージがきている。プラズマ手刀がくるが、目を必死であけた。見ろ!見なきゃ見なきゃ……見てギリギリで避けるんだ!!
手刀が、俺のIS装甲の3cmほど前の空を通り過ぎる。
だが、手刀に集中しすぎたのがまずかったのだろう。
教官が笑った。
「まだ弟子に負けるわけにはいかんのでな」
その途端、手足の動きが止まる。
俺がそれを停止結界…AICだと気づいた時には至近距離でレールキャノンが放たれていた。
「うっ…!!!」
そのまま地面に衝突する。残りエネルギーは?!あと206!!!まだある!!
だが、俺の上に教官が降ってきた。そのまま、また世界が止まる。
必死に抵抗しようとするが、停止結界の力は強力だ。
「良い目になったな…抵抗することをあきらめない、覚悟を決めた戦士の目だ。
目をそらすな」
まだ刃は怖い。だが、教官の言うとおりしっかり見た。
教官は手刀を高く振り上げて、俺の体の中心に刀を突き刺して、…ISの絶対防御も完璧じゃない。シールドエネルギーを突破する攻撃力があれば、本体にダメージを貫通させられる。涙で視界がぼやける。刀はシールドエネルギーを突破し、…あまりの圧力と恐怖に俺の意識は暗闇に落ちていった。
起きた時には教官はおらず、便箋とオレンジ色と黒の二色で作られた長細い突起のついた円形のパーツ…
「あははっ」
笑わせないでよ、教官。最後の一撃で腹がちょっと痛いんだから。
俺はオレンジ色のウサ耳を頭につけながら、便箋の中にあったメモ機能のみの端末を読んだ。
教官のことだし、どうせウサ耳の良さが書いてあるんだろうなあ…
『合格。いつでも家族全員でドイツに来い』
「誰が泣かせろと…」
『追伸 なお、このメッセージは自動的に消滅する
クラリッサ・ハルフォーフ』
全部読み終わった途端、端末が爆発した。
「おうっ?!?!」
俺の判断が一歩遅れたら、手に火傷するところだったよ…!
って、クラリッサ?原作の?ドイツ軍の?
…しかし、それよりも言わねばなるまい。
「爆発オチなんてサイテー…でも、超COOLだよあんた!!!」
お礼さえ言わせずに立ち去って、休暇を利用してきてくれて…俺達家族のことを心配してくれるハル教官に俺は感謝した。
「シャロ!!!!」
アリーナでカスタムⅡの整備ともらったうさ耳パーツをセッティングしていると、シャルが走り寄ってきた。
「シャル?どうした?!」
こんなに取り乱したシャルは珍しい。
「これ…これみて…!!!」
息を切らしながら、差し出してきた小型テレビ画面には…
世界初の男性IS操縦者現る、の文字が堂々と書いてあった。