すでに教室ではホームルームが始まっているらしく、織斑先生は俺たちに外で待っているように言って、入った。
その途端、
ガタガタッ
……バコンッッ!!!!!!
キャー!!!!!!!!
「……シャ、お兄ちゃん。大丈夫かな?このクラス…」
「大丈夫だよ。先生が生徒指導して、その後女子が先生に黄色い悲鳴を上げただけだろうから。…緊張してる?」
正確には、一夏が自己紹介でクラス女子をずっこけさせて、先生に叩かれ、さらに叩かれ、「お姉さま!」等と騒がれただけだしな。「少し緊張してる、かな…」と言うシャルの手を握ると、いつもより冷たかったので、昔シャルがやってくれたようにシャルの手を口許に近づけて息を吹きかけた。
「大丈夫だよ。シャルならすぐに友達を作れるし、実力もある。何より僕が付いているから」
「お兄ちゃん……」
不安げな瞳が揺れる。自分と似た造形なのに何と愛らしいことか。
シャルの手をさすっていると少しだけ温かさを取り戻してきた。
「こら。デュノア、妹を大切にするのはいいが、もう入れ。それから自己紹介だ」
少し呆れ顔をした先生が教室の中から俺たちを呼んだ。
渋々シャルの柔らかい手を放して教室に入る。教室の中は先ほどまでの騒ぎが嘘のように静まり返っていた。ただ、目線だけが俺たちに容赦なく注がれる。この視線は確かにきっついわ…
「シャルロット・アズナヴールです。フランスから来ました。よろしくお願いします」
「シャルロットの双子の兄のシャルルです。卒業後デュノア社の養子になる予定なので、シャルル・デュノアと名乗らせてもらっています。僕と同じ境遇の方がいると聞いて、こちらの学園に入学することにしました。よろしくお願いします」
次の瞬間教室が爆発するかと思うほどの歓声が上がった。咄嗟にシャルの耳を覆ったので、俺の耳にダイレクトに声が突き刺さる。
「フランスの代表候補!!!」
「かわいい妹とかっこいいお兄さん!!!!」
「男の子!しかも御曹司!!」
「玉の輿狙うわ!!!!!!」
おい、聞こえてるぞ。とりあえず、玉の輿を狙う女子だけチェックしとく。もちろん俺にとっての危険人物として。
そして、チラッと一番前の席の、教室内で唯一の男を見た。こいつがシャルにとっての危険人物だからだ。悲鳴の余波を受けて耳を押さえているミスター・ラッキースケベ、唐変木、鈍感野郎、一級フラグ建築士…織斑一夏。
「静かに」
オロオロしている山田先生に代わり、織斑先生の鶴の一声で教室はシンとなる。
「デュノアは織斑の隣だ。妹の方は、デュノアの後ろだ」
俺が席に座ると一夏が人懐っこい笑顔を向けてきた。こいつ、男一人かと思って不安だったんだろうなぁ。
その笑顔を見た女子が何人か顔を赤らめている。あわてて後ろの席を見たが、シャルは普通に笑顔を返しただけだった。よかった…
俺は安心して、よろしくと口パクで言いながら笑みを作った。全員の自己紹介が終わり、山田先生はISの説明を始めた。
「みなさんも知っているとおり、ISの正式名称はインフィニット・ストラトス。宇宙空間での活動を目的として当初は作られたのですが、現在は停滞中です。アラスカ条約によって軍事利用も禁止されているので、もっぱら競技種目、スポーツとして活用されていますね」
俺はハル教官のことを思い出した。今の説明を聞いて一体何人の生徒がISのことを競技用スーツと思ったことだろう。先生は「軍事利用を禁止」と言ったのだ。ここから「ISは兵器だが、今のところスポーツとして使っている」と考えられた生徒はどれくらいいるんだろうな…
「これから三年間、しっかり勉強していきましょうね!」
「「「はいっ!!!」」」
いい返事だ。何にせよこのクラスの女子はモチベーションが高いみたいだし、シャルもメディアの露出を0にして、毎日一緒の学校に通える。楽しみだな!!
……と、思っていたのは初めだけだった。
休憩時間に入って教室の中も外も女子のギャラリーでいっぱいになったのだ。しかも、一夏は早々に箒に連れられて屋上に行っちゃったから、視線を独り占めしている訳で。
「すごい視線だね、お兄ちゃん」
シャルが苦笑しながら言った。男の俺としては今の状況はハーレムなんだけど、女子特有なのか、お互いの動向を探っている感じで、誰も俺に話しかけず、ただ遠巻きに見ている。それは寂しいよなぁ。俺の後ろの席のシャルも巻き添え食っちゃってるし…学校に友達はたくさんいた方がいいだろう…よし!
「みなさん、そんな遠くではなく、近くでお話しませんか?僕、みなさんのこと知りたいんです」
そして、笑顔。これだけは何度も練習させられたから自信がある。
特異ケースに接触しやすいように「人当たりが良い」笑顔、自分のことを知ってもらいたくなるような「人を虜にする」笑顔の練習だ。この練習の間に何度ババアから文句とダメだしをされたか分からん…(「うさんくさい」「意地悪そう」「表情筋硬すぎるわよ」などなど)。
だが、その甲斐あってか、効果は抜群だったようだ。教室に黄色い悲鳴が沸き起こった。
俺とシャルの周りに出来ていた円が一気に狭まる。結局休憩時間は延々と質問攻めされてしまったけど…、俺が質問されている間に、シャルはのほほんさん達と話したり一緒にお菓子食べていたから、いっか!
休憩時間の後はISの座学である。知っていることばかりだが、山田先生の話は分かりやすいし、ポイントを掴んでいるので退屈せずに聞けている。きっと全員まだこの段階で分からないということは…、あぁ、一夏くん。顔が青いぞ?冷や汗も大量だ。俺がニヤニヤしながら見ていると、一夏がこっちを向いた。そして、山田先生が黒板に向かった隙に机の上に小さい紙切れが投げられる。
『ほとんど全部分からないんだ 笑ってないで助けてくれ』
デスクの上にタッチパネルや電動のペンがあるのに紙切れを使うことが何だか面白かった。ただ、助けると言っても全部は無理だしなぁ。チラッと横を見ると、俺の方に向かって手を合わせていた。…しょうがない。俺は、春休みにやつが覚えるはずだった「必読」と書かれた参考書の授業範囲の部分を一夏のデスクに送信した。
『とりあえず春休みにもらった参考書の授業部分だけ送ったよ 頑張れ(笑)』
俺ってお人よしだよなぁ…全ての元凶であるコイツを助けるとか。まぁ嘲笑うくらい、いいよな。
一夏はメッセージが送られたことには気づいたようだが、どうやって開くのか分からないみたいだ。俺のニヤニヤ笑いがあわれみの微笑みに変わったあたりで、山田先生がオロオロしていた一夏に「どこか分からない所は?」と聞き、愚かな弟に織斑先生が出席簿アタックをした。こんなすっとぼけた奴にシャルはやっぱり渡せないな!シャルも幻滅しただろう!!
…と思っていたのだが。
授業終わりの休憩時間、即座にまた女の子たちに質問されていたのだが、一夏が話しかけてきたのだ。
「デュノア。さっきの授業は…一応、助けてくれようとしたんだよな?せっかく情報送ってくれたのに閲覧の仕方が分からなくって、活かせなかったんだ。すまん」
色々言ってやりたいことはあるが(「分からなかったなんてださい(笑)」「一応って何だ」とか)、女子とシャルがいるので、俺は申し訳なさそうな顔を作った。
「いや、僕の配慮が足りなかったんだよ。ごめんね?送った情報は参考書の授業部分だけ抜き出したものだし、メッセージも大した事書いてないから気にしないでいいよ」
一夏は俺の対応にちょっと怪訝な顔をしたが、続けて言った。
「後でメッセージの開き方と今日の授業範囲教えてくれないか?…あと、改めまして。俺は織斑一夏。一夏でいいぜ。織斑はちふ…いや先生もそうだしな」
「ああ、僕もシャルルでお願い。…でも、僕よりそこの彼女の方がうまく教えられるんじゃないかな。イギリスの代表候補生さんだし」
「ん?」
みんなは気づいていなかったようだな。俺は先ほどから俺達に話しかけるタイミングを計っていたセシリア・オルコットの方を見た。
俺と一夏、ついで女子たちの視線を一気に集めたオルコットはちょっとたじろぐ。
「きゅ、急に何ですの?!まぁ、どうしてもとおっしゃるのでしたら、この私、イギリスの代表候補生であるセシリア・オルコットが教えてさしあげてもよろしくてよ?」
「じゃあ、ちょっといいか?…代表候補生って何?」
教室全体の女子が盛大にこける。
さて、俺はさっさと言い合いに巻き込まれないうちに抜け出そうかな…
「お兄ちゃん。織斑君助けないの?もし、教えるの大変なら私も手伝うよ?」
「え」
意外にも俺の逃走を阻んだのはシャルだった。
「同じ男なんだから、シャルル君、助けてあげなよー」
「そうそう、これで二人の絡みが増えるし夏コミのネタも増えるし」
「勉強を教えるって王道のシチュエーションよね!」
周りの女子は無視して、シャルに集中する。それは、一夏に好意があるから俺と一緒にシャルも教えたいいうことなのか、単にお人よしなシャルだからか… だが、シャルはどちらでもない、心配なような悲しそうなどこか怖がっているような、そんな複雑な表情をしていた。
「シャ「これが落ち着いていられま「キーンコーンカーンコーン」??!!」」
俺がその表情の意味を聞こうと同時に、オルコットの金切り声とチャイムの音が響く。
そのまま結局放課後までシャルの表情の意味を聞く機会がなくて…俺は織斑先生に職員室まで呼び出されているので、シャルに先に寮に行ってもらうことにした。
「あれ、シャルルも呼び出されてたのか?」
「一夏…」
職員室に向かっている最中、一夏と会った。
「俺は再発行された参考書を受け取りに職員室まで行くんだけど、シャルルも「違うっての」」
何だか失礼な勘違いをされそうになったので、かぶせて言っておく。放課後の廊下には他に人がいないし、ちょっとくらい紳士的な態度でなくてもいいよな。鈍感・一夏が気づく訳ないだろうし…
「……シャルルって、普段猫かぶってるのか?」
「!」
思わず近寄って、じーっと見てしまった。
「な、なんだよ」
「いや、本当に一夏かと思って」
「どういう意味だよ…」
目の前の男は戸惑ったように口許に手を当てて目をそらした。うーん、名前も声も同じだし、よく見ると織斑先生そっくりだしなぁ。ISの織斑一夏とは性格が変わっているとか?
俺は二、三歩離れて質問に答えた。
「丁寧な口調にしてるだけだよ」
猫をかぶっているといえばそうなのだが聞こえが悪い。俺は図星だったと思われないように笑みを作った…が、一夏の次の発言でうまく笑えなくなった。
「シャルロットの前でも?」
シャルロット…だと…?!
「いつからシャルロットって呼ぶようになったんだ。その流れを一字一句違わず今ここで言うんだ」
「…いや、お前がトイレ行っている間に『お兄ちゃんをよろしく』って言われて、ちょっと話してその流れで『アズナヴールさん』って言いづらかった俺が名前で呼ばせていただく許可をいただいたと言いますか、シャルルさん、めちゃくちゃ怖いので胸倉つかまないでいただけますか?」
何で俺はトイレに行ったんだ…!!
俺は無意識のうちにつかんでいた一夏の襟元を離す前に、「俺の妹はお前にはやらん…」と出来るだけドスの聞いた声で言った。
一夏は襟元を正しながら(あまり苦しそうじゃないのが腹立つ)、再度質問した。
「シャルロット…アズナヴールさんの前じゃそんな口調じゃないだろ?」
「日本語は俺が教えたんだ…そのときにシャルが真似して粗野な口調になったら嫌だから、シャルの前では丁寧な口調にしようと思ったんだよ」
「シスコン…」
「お前こそだろ」
俺は後の臨海学校で先生の水着姿を顔を赤らめながらガン見することを知ってるぞ!
「当たり前だろ、二人きりの姉弟なんだから」
「俺だって当たり前だ。あんなにかわいいシャルと二人きりの兄妹なんだから」
「「シスコン…!!」」
お互いののしったところで、カツンとヒールの音が後ろから聞こえた。
「もう仲良くなったようで結構なことだ。織斑、デュノア」
織斑先生が後ろに立っていた。先ほどの会話が聞こえていたのか、若干気恥ずかしそうにしているように見えるのは俺の気のせいだろうか。
「千冬姉…いつからそこに」「先生、全く仲良くなんか」
先生は俺たちの言葉を無視しながら、一夏に参考書を渡して言った。
「喜べ。お前たちは同室だ。1025室になる」
それはいいので、千冬姉と呼んだこいつを早く出席簿で叩いちゃって下さい。先生。
俺は本来ならば衝撃を受ける場面をスルーしながら、妹を会った日から呼び捨てにする同室の男をにらみつけたのだった。