俺の名前は織斑一夏。
今日からIS学園の生徒だ…女性しか動かせないはずのISを動かしてしまった俺は、世界で初めての男性操縦者として、なし崩しにこんなすごい学園に入ってしまった。
ISは通称『インフィニット・ストラトス』。「宇宙に行きたい!」と近所に住む束さんが作って、今はスポーツ競技の道具として使われていて、先生は千冬姉で、…現実逃避は止めよう。
ちょっとでも授業から気をそらすと、ただでさえ分からないのに取り返しのつかないことになりそうだからな…!
俺は頭を抱えた。幼馴染の箒は窓側にいるが、理解しているようでノートを取っているし、他の近辺の女の子もやっぱり分かるようだ。教えてもらおうと思ったが、目が合うとぱっとそらされて、真っ赤になりながらノートに丸をぐるぐると書き出した。あれか?そんな大切なことを先生は言ったのか?!赤丸チェックだと?!
また授業に遅れた気がする…右隣のデュノアはどうなんだろうか。
俺が世界初の男性操縦者なら、デュノアは世界二番目の男性操縦者で世界初の双子操縦者らしい。
双子の妹のアズナヴールさんとよく似た顔立ちをしていて、同じくらい髪も長く、おそろいの白いリボンで髪をくくっている。違うのは十字の髪留めをリボンにひっかけていること(アズナヴールさんは十字のペンダントだった)、身長はちょうど千冬姉と同じであること、男であることくらいか。『貴公子』という言葉がぴったりな風貌だ。自己紹介や休憩時間の時の様子から見ても、人当たりもよさそうで優しそうで、妹さんといる時には頼りになるような気がした。それに、デュノア社の御曹司だというし、ISには詳しいよな。
俺は授業を教えてもらおうと思って、右隣を見た。
デュノアがニヤニヤしていた。
……?人当たりもよさそうで優しそう、なデュノアが、困っている俺をニヤニヤ笑いながら、見ている??
(いや、俺のことを笑っているとは限らないいし、まさかな…IS学園に来て疲れているからこんなネガティブになっているんだ…)
俺は、デュノアの机めがけて小さい紙切れを投げた。
デュノアは読んだあと、チラッとこちらを見たので、手を合わせる。…デュノアはしょうがないやつだという視線だ。
(デュノアって実は…)
いや、なんだかんだでデスクに授業の情報を送信してくれたようだから、根は悪いやつではない…と思いたい。送信してくれた「ようだ」というのは、俺がメッセージボックスの開き方が分からなかったからだ。最新設備が俺には仇となった。…こうなることを見越して、わざわざメールで送ったわけじゃないよな?
デュノアはオロオロしている俺を見て、いまやかわいそうな子を見る目をしている。そんな目で見るなよ…
結局山田先生が「どこか分からない所は?」と聞いてくれて、素直に答えたらちふ…織斑先生に出席簿アタックをされ、恥をかいて授業は終わった。
授業終わりのチャイムが俺には救いだった。
「はあ…」
授業中に全精力を使い果たした気がするが、デュノアは俺を(多分)助けてくれようとしたし、お礼は言わないとな。
のろのろと立ち上がりながら、女の子たちに囲まれているデュノアに話しかけた。
「デュノア。さっきの授業は…一応、助けてくれようとしたんだよな?せっかく情報送ってくれたのに閲覧の仕方が分からなくって、活かせなかったんだ。すまん」
「いや、僕の配慮が足りなかったんだよ。ごめんね?送った情報は参考書の授業部分だけ抜き出したものだし、メッセージも大した事書いてないから気にしないでいいよ」
デュノアは申し訳なさそうな顔だ。言葉には慈愛の情が発せられている気がする。
何かさっきまでのイメージと違うような…
俺は違和感を覚えながら、それでも言葉を続けた。
「後でメッセージの開き方と今日の授業範囲教えてくれないか?…あと、改めまして。俺は織斑一夏。一夏でいいぜ。織斑はちふ…いや先生もそうだしな」
「ああ、僕もシャルルでお願い。あ、…僕よりそこの彼女の方がうまく教えられるんじゃないかな。イギリスの代表候補生さんだし」
「ん?」
気づいていなかったが、後ろには金髪の毛先がくるくるした青い目の女の子が立っていた。俺と周りの女子の視線を集めた女子はちょっとたじろぐ。この子の名前なんだったっけな。
「きゅ、急に何ですの?!まぁ、どうしてもとおっしゃるのでしたら、この私、イギリスの代表候補生であるセシリア・オルコットが教えてさしあげてもよろしくてよ?」
名前言ってくれて助かった!しかも色々教えてくれるようだ。
「じゃあ、ちょっといいか?…代表候補生って何?」
教室全体の女子が盛大にこけた。
「そんなことも分かりませんの?!日本の男性というものはこんなに知識に乏しいものなのかしら?常識ですわよ。代表候補生とは国家代表IS操縦者の候補生のことですわ。そう、エリートなのですわ!本来ならば私のような選ばれた人間とクラスを同じくするだけでも奇跡のようなものなのですから、その現実をもう少し理解していただける?」
「そうか、それはラッキーだ」
「…バカにしていますの?」
俺が素直に感心したことを伝えると、オルコットさんは何故か俺がバカにしていると誤解してしまったようだ。それどころか、教官を倒した事実を言うと勝手にヒートアップしてきた。休憩時間の間に、メッセージボックスの開き方とか授業範囲を教えてもらえると思ったのにな…
ちらりとシャルルを見ると、妹さんを真剣な目で見ていた。仲がいい双子に見えたが何かあったのか?
「シャ「これが落ち着いていられま「キーンコーンカーンコーン」??!!」」
オルコットさんの金切り声とチャイムの音が響いた。
結局「代表候補生」以外の用語は分からずじまいだった。「話の続きはまた後で!よろしいですわね?!」なんてすごい剣幕で言われるし、「世界初の男性操縦者というので期待しておりましたのに…」などと勝手に期待されるし、…ため息をつくしかない。
しかし、嬉しいことにシャルルの妹のシャルロットが、システムデスクの使い方や授業範囲を教えてくれたから、明日からは何とか授業についていけそうだ。
何故か「お兄ちゃんをよろしくね」と言われたが、世話になるのは多分俺の方だぞ?
放課後、オルコットさんに絡まれないためにも、勉強を早く理解するためにも、俺はちふ…織斑先生に参考書をもらいに早々に教室を出て職員室に向かう。すると、前方にシャルルを発見した。この廊下の先は職員室しかない。
「あれ、シャルルも呼び出されてたのか?」
「一夏…」
「俺は再発行された参考書を受け取りに職員室まで行くんだけど、シャルルも「違うっての」」
シャルルは手続きの関係で入学式に出られなかったと千冬姉が言っていたから、同じように参考書を渡される仲間かと思ったんだが、めちゃくちゃ嫌そうな顔で否定された。
しかも、口調も大分くだけてるというか、いいところのお坊ちゃんって感じじゃなくなったというか…
「……シャルルって、普段猫かぶってるのか?」
シャルルは驚いたように目を大きくした。シャルロットや他の女子には、あまりに貴公子という言葉が似合う完璧な表情ばかり見せるのに、俺の前であれだけニヤニヤしたりくだけた口調をしたりすれば、いくら「鈍感」と何故かよく言われる俺でも気づく。シャルルは、ちょっと顔をしかめて、俺ににじり寄ってきて顔をのぞきこんだ。
「な、なんだよ」
「いや、本当に一夏かと思って」
「どういう意味だよ…」
意味が分からん。でも、シャルルって何か香水でもつけてんのかな…甘い良い匂いがする。落ち着くと言うか、もっとかぎたくなるというか…男相手に何考えてんだろ。匂いかいでいると知られたらシャルルに何を言われるか分からないと思い、口許に手を当てて目をそらした。
シャルルが二、三歩離れたのでほっとする。
「丁寧な口調にしてるだけだよ」
ん?ああ、猫かぶっているのかに対する答えか。一瞬忘れてたよ。すでに、シャルルは作り物めいた非の打ち所のない笑みを浮かべて口調も元に戻っていた。まるでさっきまでのくだけた感じが幻だったみたいだ。…ちょっと近づけた気がしたのに、今の態度は嫌だな。せっかく、学園で二人の男子なんだから『気のおけない友人』になりたい。どうしたらいいんだろうな。実の妹の前でもこういう口調なのに…
俺は、ふと疑問に思って言った。
「シャルロットの前でも?」
何でその丁寧な口調にしているんだ?と続けて言うはずだったが、次の瞬間息が詰まった。
シャルルが流れるような動きで俺の襟元をつかんだからだ。Yシャツじゃなくてシャルルみたいにタートルネックを着てきたらつかまれなかったかも…って違う!何でシャルルに俺は首をつかまれてんだ?!
「いつからシャルロットって呼ぶようになったんだ。その流れを一字一句違わず今ここで言うんだ」
シャルロットのことで怒っているのか?
「…いや、お前がトイレ行っている間に『お兄ちゃんをよろしく』って言われて、ちょっと話してその流れで『アズナヴールさん』って言いづらかった俺が名前で呼ばせていただく許可をいただいたと言いますか、シャルルさん、めちゃくちゃ怖いので胸倉つかまないでいただけますか?」
シャルルは無意識のうちにつかんでいたらしい。瞬きを一つして、俺の襟元をつかんでいる手を不思議そうに見た。こういう表情は怖くなくてむしろ幼げでかわいいのに…
「俺の妹はお前にはやらん…」
シャルロットが関わるとこんなに怖いんだな。男にしては声が高めのシャルルにしてはドスのきいた声だった。確かに俺も千冬姉がどっかの男に呼び捨てされたとなれば…うん、気持ちは分かるぞ。だから落ち着けって。
やっと襟元から手が離れたので質問を続けた。
「シャルロット…アズナヴールさんの前じゃそんな口調じゃないだろ?」
シャルロットというたびに、シャルルが怖いから、思わずアズナヴールさんと言ってしまったが。
俺の質問にシャルルはこともなげに答えた。
「日本語は俺が教えたんだ…そのときにシャルが真似して粗野な口調になったら嫌だから、シャルの前では丁寧な口調にしようと思ったんだよ」
「シスコン…」
思わず言ってしまった後で怒られるかもと身構えたが、そんなことはないようだ。言われ慣れているんだろうな。それどころか、確信をもった余裕の表情で言われた。
「お前こそだろ」
その余裕の表情を見ると、どこか負けたくない(何にかは分からないが)気持ちにさせられて、俺もそ知らぬ顔で返した。
「当たり前だろ、二人きりの姉弟なんだから」
「俺だって当たり前だ。あんなにかわいいシャルと二人きりの兄妹なんだから」
「「シスコン…!!」」
「もう仲良くなったようで結構なことだ。織斑、デュノア」
気づくと千冬姉が後ろに立っていた。さっきの会話のどこから聞いてたんだ?随分恥ずかしい会話だったんだが…
「千冬姉…いつからそこに」「先生、全く仲良くなんか」
俺とシャルルの声が重なった。シャルルはすねたような顔をしている。
先生は俺たちの言葉を無視しながら、参考書を俺に渡して言った。
「喜べ。お前たちは同室だ。1025室になる」
俺はほっとした。学園で一人の部屋は寂しいし、かと言ってないとは思うが女子が同室でも気を遣っただろう。たとえ、幼馴染の箒でも弱みを見せたり愚痴を言うことは出来ないからな。古い考えかもしれないが、女性に弱みを見せるのは男の矜持に関わるし、女性より男は強くあって女性を守るべきだと思う。
その点、シャルルは男だし、シャルロット関連のことから俺には遠慮しなさそうだし、こっちもその方が気楽だ。それに、どうやら俺の前では貴公子の顔をしないことに決めたらしい。
千冬姉が部屋に案内するため、こちらから目をはずした途端に、軽く睨んでくるシャルルを見ながら、『気のおけない』というところはクリアしたことを感じた。同室になれたんだし、気のおけない『友人』になれたらいいな!