「二人っきりだね…」
「あ、ああ…」
「ねえ、言わなきゃいけないことがあるんじゃないの…」
IS学園のひどく豪華な部屋に案内された後、俺は問答無用でベッドに座らされた(しかも、ドアに近い方だ。俺は窓側を狙ってたのに)。シャルルは脚を俺のすぐそばに乗せて、顔を近づける。妙な迫力があって俺は身を固くした。
「お、俺…俺は一字一句も会話なんか覚えてねぇっての!!」
ここに来るまで、シャルルは千冬姉がいるためか、ニコニコ笑っていたが、小声でぼそっと「後でシャルロットとの会話。全て話す。いいな?」と俺に念を押していたのだ。だが、会話の内容を全て思い出して話すなんて無理だ。
「『なんか』だと?!シャルと会話するだけでも奇跡のようなものなのに!?さっさと思い出せ!」
「オルコットさんかよ…!!俺、お隣さんに挨拶行ってくる!」
昼間「本来ならば私のような選ばれた人間とクラスを同じくするだけでも奇跡のようなもの」と言ったオルコットさんを思い出してツッコミを入れる。シャルルが俺の台詞の意味を考えている間に、隣の部屋に挨拶するという口実を果たすため、部屋を出た。
(本当シスコンだよな…まぁ、俺もそういうところあるけど、千冬姉の近くに男はいないもんな)
1024号室のドアをノックしながら、シャルルの疑っている顔を思い出す。そりゃ、学園内にもう一人いる男子が妹の名前を呼び捨てにすれば警戒して当然だと思うけど。
「はーい」
ん?
扉を開けてこちらを見ていたのは、シャルルの双子の妹のシャルロットだった。
「あれ、一夏?どうしたの?」
まだ部屋着にも着替えていないので、この部屋に着いたばかりなのだろう。不思議そうに俺を見ている。そういう顔は、やっぱりシャルルに似てるなぁ。
「隣の部屋になったから、挨拶しようと思って。…シャルロットだったんだな。同室の子は誰なんだ?」
「私が来たときにはシャワー浴びててね。まだ会ってないんだ。もうすぐ出ると思うし、一夏がいたらびっくりしちゃうかも。後でまた来てくれる?」
「あー、それが…」
俺は頭をかいた。
「どうかしたの?」
「同室がシャルルなんだけど…、今帰りづらくって」
「へ?!シャ、お兄ちゃんと同室?な、何かあったの?!」
本当はシャルルにシャルロットとの全会話を話すのを強制させられるからなのだが、本人にそれを言うのもなぁ…どうやらシャルロットは何か重大なことがあったと勘違いしたらしく青くなっている。
「ちょっと、話したいから、部屋に入って!」
そのまま部屋の椅子に座らされた。
「日本茶を飲むと落ち着くって聞いたから!」とただでさえ動揺しているのにシャルロットは慣れない手つきでお茶葉を急須に入れてお湯を注ぐ。はらはらしたが、こぼさずに済んで、見ているこっちが安心した。
「それで…なにがあったの?」
「ああ、それが、その、大したことじゃないんだ「誰かいるのか?」」
言葉を選びながら、理由を説明しようとした矢先だった。浴室から声が聞こえた。
「あっ、同室の子出るみたいだから一夏はちょっと外に出て…」
シャルロットが提案してくれたが、俺が廊下に出た時だ。かちゃっと浴室のドアが開き、
「同室になったのか。これから一年間よろしく頼むぞ。私の名前は篠ノ之ほう、き…」
箒がタオル姿で浴室から出てきていた。
俺は、箒が髪をふいていたタオルをどけてこちらを見て息を飲む姿を絶望的な思いで見る。
「い、い、いちか…」
箒は衝撃的過ぎたのか、舌が回っていない。
「あ、篠ノ之さん!これは違うんだよ…!一夏は」
シャルロットがかばってくれようとしたが、箒は「そうか、女性のいる部屋に上がりこんでそれで、わ、私のはだかまで…」とブツブツつぶやいており、聞いているようには見えない。
「ほ、箒?」
勇気を振り絞って言葉をかけると、箒はぱっと顔を上げ、そのまま無言で部屋の端に置いてあったカバンから木刀を取り出した。危険なものを感じた俺は一目散に扉を開け、部屋の外で扉を押さえて息をつく。だが、
ドカッ バキッ メキッ!!
「うわああ、本気で殺す気か!今のかわさなかったら死んでるぞ!!!!」
「一夏あぁあぁぁあああ!!!!」
木刀が扉を貫通した。
抗議をしたが、あまりに怖い箒の咆哮に、今は怒りをおさめてもらうのが先決と思い、平謝りをする。
「ごめん、本当にごめんなさい!!!」
「……」
すると、ちょっと間があって扉が開いた。シャルロットだ。箒も剣道着を着て、まだ顔は赤いが大分落ち着いたように見える。さっきの騒ぎで女子が大勢集まりだしたので、俺はまた箒たちの部屋に避難した。
「篠ノ之さんにはちゃんと理由を説明したよ。ね?だから、仲直りしたらみんなで日本茶飲もう?」
シャルロットに目でうながされて俺と箒は重い口を開く。
「箒…悪かったな…」
「いや、私も確認せずあのような恰好で出てきて、その、はしたなかったとおもう…すまぬ…」
箒とは何度もこんな喧嘩をしているが、こんなにすんなり謝り合えたのは初めてのことだった。仲裁してくれるシャルロットがいて良かった。俺は感謝しながら、シャルロットから日本茶の入った湯呑を受け取ろうとして
「熱っ!!」
シャルロットは日本茶をなみなみと注いでいたらしく、受け渡す時に俺の手に熱いお茶がかかってしまった。
「ご、ごめん!!!冷やさないと!!!!」
シャルロットは俺の手をつかみ、部屋の水道から水を出して流水で冷やしてくれた。
「ああ、赤くなってる…ごめんね…」
泣きそうな声で謝るシャルロットに「いや、だいじょうぶ…」と言いかけて、気付いた。
気付いてしまった。そして、素直に言ってしまった。
「胸が当たってる」
「い、一夏のえっち…!」
ぱっと胸元を覆ったシャルロットが顔を赤らめながら言ったのと、箒のカバンが俺に直撃したのはほぼ同時だった。
「ぐっ…??!!!!」
カバンの口が開いていたようであの重い電話帳みたいな参考書も入っているのが見えた。
めちゃくちゃ痛い!
俺はあまりの痛さと箒のとてつもない殺気のせいで、遅れてカバンから出てきて空中に舞っていたブラジャーが肩にふわりと落ちてきたことに気付けなかった。
木刀を持ち直した箒を横目で見ながら、俺はダッシュで部屋から出る。まだいた女の子たちを避けながら、1025室のドアノブをつかみ、せめて言わないよりましかと思い、「本当に悪かった!!!それじゃ!!!!」と言った。後ろからは箒の「逃げるな!!」という声と、シャルロットの「一夏、箒の、その、肩に…」という声が聞こえる。
「うわああ、そ、それを返せ!!!!」
と箒が言っているが何のことか分からん。とにかく、ここにいては木刀の餌食だと思い、ドアノブを回して押そうとしたとき、
「!」
扉が勢いよく部屋側に引かれた。
あまりの事態に、踏みとどまれず扉の先に倒れこむ。
「「え」」
扉をひいたのはシャルルだった。驚きつつも、俺の肩を押さえてくれるが、男にしては細い体では俺の体重に支えきれなかったらしく、そのまま後ろに倒れこんで、
次の瞬間には、
キス、してた。
唇同士が当たったのは一瞬だったけど、驚きのあまり目を見開いていた俺は確かにキスした瞬間を見てしまった。
それに一瞬だけどすごく柔らかい感触がしたし、驚きで口が開いていたから舌同士も当たったような
…それにしてもファーストキスだよな。俺。
男同士なのに嫌悪感がわかなかったのは、シャルルの女顔のおかげか?これが弾だったりしたら。
俺は悪友とキスするシーンを想像してしまい、あまりの気持ち悪さに顔をしかめる。
「ん…」
シャルルがごそごそ俺の下で動いた。やばい、どかないと…シャルルは怒っていないのか?!怒ると結構怖いことを俺は知っている。恐る恐る見てみると、シャルルは口許に手を当てていた。唇が床に倒れこんだ衝撃で切れてしまっていたらしく、指でその血をなぞるのが妙に妖艶だった。血が安物の口紅みたいに唇を彩り、貴公子で気高い印象のシャルルの顔に不釣り合いで、それでも唇をじっと見てしまう。
(…って、何悠長に見てるんだ!??)
ぱっと唇を手で覆って、シャルルの上から飛びのく。キスしたという実感が今更出てきて、顔が赤くなるのが分かった。
その途端、
「キャー!!!!!写真!!!!写真撮った??!!!!!」
「現実は小説や妄想よりしゅごいいぃぃいいい!!!!!」
「シャロ??!!!!!」
「一夏ぁああああああ!!!!!」
飛び交う悲鳴と、俺の上に木刀が降ってくるのは同時だった。
真剣白刃取りをする間もなく、俺は意識を失った。