織斑一夏とうっかりキスしてしまった日。
結局、箒の一撃でノックアウトされている一夏(気絶していたが、なお箒さんにボコボコにされていた)を追加で殴る訳にもいかず、そのまま力任せに一夏が希望していた奥側ではないベッドに投げ飛ばすに留めておいた。
でもやっぱり殴っておいた方が良かったかもな。モヤモヤするし。
お母さんにも夜中に電話かけたとき、「何かあった?」と聞かれてしまったな…。
一夏が起きる前に制服を着ておいて昨日のことについて話し合おうと思っていたが、どうやら一夏は早起きらしい。起き抜けに目がばっちり合った。
「お、おはよう」
「おはよう…」
お互いの気まずそうな声が部屋に響いた。昨日のことを解決してしまおうとは決めたもののあまりに唐突で何も考えていなかったので、なかなかいい言葉が浮かばない。やっと決めて、口を開くと向こうも同時に話し始めていた。
「「その」」
思わずまた口を閉じる。
「何だよ?」
これから勇気を出して言おうとした言葉を止められたような気がして、俺は不機嫌な声を出した。
「その、すまん…洗面所、お先にどうぞ…」
その「すまん」は言葉途中で口を挟んでしまったからなのか、昨日のことなのか、よく分からなかった。多分箒や鈴の理不尽な怒りに対して毎回謝り慣れている一夏ならば後者だと思うけど。俺はこういう物事曖昧にする奴も、後ろ向きな奴も嫌いなんだよ!曖昧に言うと、ババアのときみたいに騙されたり後々尾を引くってことを学んだし、後ろ向きでも状況は何も変わらないからな。
「…おい、一応言っておくけど昨日のことなら謝る必要ないぞ。俺もお前も悪くなかった。タイミングが悪かっただけだ。あと…その、…男同士なんだし、きす…の、かずに、はいらない。だから、さっさとわすれろ!」
俺は男らしくそう言って洗面所に早足で向かった。そのまま鍵をかけて顔を思いっきり洗う。シャロンさんの唇の分まで昨日投げ飛ばしたり箒がボコボコにしたし、俺にも非がある。それに、このまま気まずくなって一夏に近づけなくなると情報が手に入りにくくなる。俺、男だし、気にしていないんだし。
普通に接するのがベストアンサーだ。
水が昨日の唇の傷にしみたが、出来るだけ無視して急いで胸当てと制服を身につけた。待機状態のISをつけた、お母さんからクリスマスにもらったリボンで髪を結び、ゆっくりとドアを開ける。
「一夏、先に食堂に行くぞ」
「ああ…」
一夏はまださっきと同じベッドの上にいるが、大丈夫だろうか。「遅刻すんなよ」とだけ言って俺は食堂に向かった。
食堂ではすでに箒とシャルがご飯を食べていた。
…箒さんは、すこぶる機嫌が悪くていらっしゃるようだ。シャルがなだめている。それに、俺が食堂に入った瞬間の女子のはしゃぎようといったら。
「昨日織斑くんとシャルルくんが、廊下でキスしてね…」
「えーっ、大胆!」
「私も見たかった…!誰か写真は?!」
「唇の傷ってその時の…?!は、激しい…!!」
これは、一夏は来なくて正解かもしれない。この空気は嫌すぎる。かと言って、動揺するとますます(腐っている)女子の中で(主に薄い本的な意味で)どう思われるのか分かったもんじゃない。
俺は昨日についての質問を大量にしてくる女子に「あれは事故なんだよ。僕も一夏ももう気にしてないよ」と言い続け、それでも言い募ってくる女子には「一夏より僕…君とキスしたいな…」などと言い、撃沈してもらって、ようやくクロワッサン三個、牛乳、サラダにハムエッグ、コーンスープにプリンを確保してシャルのいる席に着いた。
「おはよう、シャル、篠ノ之さん」
「おはよう、シャ…お兄ちゃん」
「…デュノアか。おはよう」
正直無視されると想像していたので、箒に挨拶されて驚いた。続いて、「い、一夏は…大丈夫そうだったか?」と聞かれて、それを聞くために挨拶を返したのかとは思ったが。一夏に非はないのにボコボコにしてしまったことを箒は箒で悪いと感じて心配していたんだな。
一夏に素直に聞きに行けないなんて、損な性格している。顔を赤らめながら、いじらしくも一人の男のことを案じる箒はかわいらしく、そういう姿を一夏に見せてアピールした方がいいと思った。
「大丈夫そうだったよ。支度に時間かかりそうだったから、僕は先に来たんだ」と返すとほっとした顔を浮かべて、みそ汁をすすっている。俺もあまり時間がないので朝食をさっさと食べた。クロワッサン一個と牛乳半分、プリンが残ったところで、寮長でもある織斑先生がやって来た。
「早く食べろ。授業に間に合わんようになるぞ」
時間を見ると、授業まであと10分といったところだ。教室までは早足で5分くらいだったな…早起きしたのにこんなにギリギリなのは女子の質問責めのせいだ。シャルと箒はちょうど食べ終わっている。俺はせめてプリンだけでもと食べていたところで、一夏が走って来た。そのまま俺たちのいる席について「おはよう」と言いながら息を整えている。
「おはよう、一夏」
「ふん…」
「食べる時間があと5分もないよ、一夏」
上からシャル、箒、俺である。
一夏は、シャルの挨拶に笑顔で答え、箒の反応に昨日のことでまだ怒っているのかと困った顔をし、俺の発言で「そ、そんな…」と机に突っ伏した。
しょうがない奴だなぁ。
「まだ手つけてないし、クロワッサン嫌いじゃなかったら食べなよ」
と言って、一夏の目の前に差し出した。
一夏が口を開けたのでそのままクロワッサンを放り込む。急いで咀嚼しているようだが、つまらせたらしい。…こいつ、早起きで食べ物喉つまらせやすいとか、じいちゃんかよ…。ため息をつきながら、まだ半分あった牛乳を差し出すとごくごく全部飲んで「し、死ぬかと思った…」と言っている。
「ぐぬぬ…今日は朝から「あーん」や間接キスまで…!!」
箒のかみしめた歯がきしむ音に恐怖を覚えた俺は、全力で貴公子の笑顔を作り「早く行かなきゃ遅れるね。食器返してくるから先に行ってて」と言って、シャルと箒と自分の食器を持った。
俺の行動って…まあ、確かに「あーん」とも間接キスともとれるけど!男同士なんだからいいんじゃ、……いや、この学園の一部の女子のおかずになってもいいのか、俺!
反省しながら食器棚に皿を置いて、食堂のお姉さんにお礼を言った。
「「ありがとうございます」」
あれ?俺と重なったのは、一夏の声だった。
何で先に行かなかったのか聞こうと思ったが、食器棚に置かれたグラスを見て、最後に一夏に渡したグラスを回収していなかったことに気付く。
しまった…箒の言葉に動揺して忘れてたよ。
「ごめん、グラス持って行ってなかった」
「いいよ。それよりパンと牛乳サンキュ。早く行くぞ」
俺と一夏はすでに生徒のいない廊下を走る。せっかく早起きしたのになぁ。
あれ?そういえば、
「何でこんなに遅く食堂に来たんだ?」
「ああ…何というか、昨日のこと…気になってあまり眠れなくてさ。気になってって言うのは、シャルルに怒られるんじゃないかとか嫌われるんじゃないかってことなんだけど!せっかく、学園で二人きりの男子なんだし『気のおけない友人』になりたいから心配だったんだ。それで、朝…『お互い悪くない』って言ってくれただろ?安心したら眠くなっちゃって、今まで寝てたんだよ」
恥ずかしそうに頭をかく一夏は、ラッキースケベする奴だしシャルの心を奪ってしまう可能性のある奴だけど…いい奴で優しい。
俺は「細かいこと気にすると若いうちからはげるぞ」と軽く笑いながら、そっと腕につけている時計を握った。クリスマスにお母さんからもらったものだ。シャルとのおそろいでもある。
俺は、昨日初めてババアに一夏のデータを送った。身長とかつけられていた盗聴器の数とか専用機はまだ来ていないとかそんな簡単なデータだけど、確かに送った。
俺がここにいるのはシャロンさんの代わりに、お母さんとシャルを守るためだ。
だから、…一夏とはそんな関係にならなくてもいい。罪悪感なんか感じる必要はない。
俺は「はげるって何だよ!」と言う一夏をおいて一気に教室まで走り抜けた。
追いついてきた一夏とデッドヒートをしながら教室に入ると、授業開始ギリギリだった。織斑先生はすでに教壇に立っており、俺たちを見て出席簿を下していた…直後にチャイムが鳴り、あと少しでも遅れていたらあの出席簿で叩かれる運命だったのだと気付いて安堵の息をつく。
「これより来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決める。自薦、他薦は問わない。誰かいないか」
いち早く女子が手を挙げて他薦を始めた。
「はい、織斑くんを推薦します」
「私も!」
「私はシャルルくんを推薦します」
「いいねー!」
し、しまった!先に根回しして自分が当たらないようにするんだった…!!
「じゃあ、私はアズナ「先生」
俺は強引に女の子の言葉を遮って言った。
「僕はセシリア・オルコットさんを推薦します」
「お前自身やアズナヴールは推薦しないのか?」
織斑先生は楽しそうに聞いてきた。俺が言葉を遮った女の子はシャルの方を向いているし、ほかの女子は先生の言葉に頷いている。確かにシャルは有名な代表候補生だから、みんなが推薦するのは分かるけどな。
「僕は一企業のテストパイロットにすぎません。国家代表候補生のオルコットさんの方が適任かと。
それに、妹のシャルは早くから国家代表候補生としてメディアなどに出たり練習を重ねたりしていたので、中学校もあまり通えず、ましてや放課後自由に遊ぶ時間などありませんでした。学園に入ってようやくそういった時間が作られたのです。ですから、放課後も生徒会や代表戦に向けての練習や説明会に時間を割かれるクラス代表をさせたくないのです…」
本当は、クラス代表はこれから謎のISに襲われたり目を付けられたりしやすいからなんだけどな。それにオルコットみたいに、シャルが一夏におちてもらっては困る。
クラス女子は「いいお兄ちゃん…」、シャルは「シャ…お兄ちゃん、そんなことまで考えてたんだ…」とうるうるした目で言い、織斑姉弟は「シスコン…」と言うような呆れた目で俺を見た。教室に妙な余韻が残る。
それを打ち破ったのはセシリアであった。
「理由はともかく、このイギリス代表候補生セシリア・オルコットを推薦するなんて分っているではありませんか!
そうです!
男が珍しいからといって、それだけでクラス代表などナンセンス!!いい恥さらしですわ!
このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか?!男などクラス代表になるべきではありません!大体文化として遅れている国の人や親の七光りで専用機を持っているような人なんて「オルコットさん、もうやめて」
セシリアの話を止めたのはシャルだった。
「シャ、お兄ちゃんは強い。バカにしないで」
温厚なシャルが怒るところなんて見たことなくて、俺は驚いた。
「まぁ、妹さんに守られるお兄様が?…そんな腰抜けでは妹さんの方が代表候補生になるわけですわ。誇りに思えるお兄様だこと」
「けっと「シャル!」
あ、危ない!あまりに俺のために頑張るシャルが凛としていて見惚れちゃってたよ。普段マシュマロのように甘くて優しいシャルだけど、こんなシャルもあり……いやいや。話を戻そう。
シャルがかばってくれるのは嬉しいけど、俺の代わりにシャルが決闘しても俺の「腰抜け」疑惑は晴れないし、何でクラス代表決定戦から遠ざけたのか分からなくなる。俺は立ちあがって、宣言した。
「僕に売られた喧嘩は、僕が買うよ。…ありがとう。オルコットさん、僕と決闘しよう」
「俺も参加させてもらう。『友だち』をバカにされて黙ってられるか」
一夏もいつの間にか立ち上がって俺に続いて宣言した。「会って2日目で『友だち』かよ……」とぼそっと言うと、一夏は小さく「『細かいこと気にすると若いうちからはげるぞ?』」と言って笑った。…こいつ、会話なんか一字一句覚えないとか言ってたくせに、朝俺が言ったこと、まだ覚えてたのかよ。
何かムカついたような感じがしたので、一夏を軽く睨んでおいた。
別に、決闘に参加しなくても、お前はどうせ戦う羽目になったんだからな!戦う理由を見つけたみたいな顔してんじゃねえ。
「勝手に決闘を決めるんじゃない。次の月曜日に、第三アリーナでクラス代表決定戦を行うが、あまり時間がないからな… 当日、くじ引きで一組選び、勝ったほうが残った一人と戦うことにする。
異論はないな?」
睨みをきかせた織斑先生に異論など言えるはずもなく、俺たちは頷いて大人しく席についたのだった。