シャルロット視点で、前話の「罪悪感と感謝」の話でシャロンが気絶していたときの話になります
私には言えない言葉があった。
ベッドに座って、眠っている双子の姉を見た。頭を撫でると、眠っているとき特有の温かい体温が私の制服越しに伝わってくる。倒れたときよりは顔色が良くなっている。窓から差し込む夕焼けの日差しが、姉を健康的に見せているだけかもしれないが。
こうしていると、子どもの時に戻ったみたい。
小さい頃は同じ布団で寝ていた。大抵私のおしゃべりをシャロが聞いて、私の頭を優しく撫でてくれるんだ。窓から入る月明かりでぼんやりと浮かぶ姉は常に優しく、私のことを愛しいという顔をしていた。私もシャロを撫でようとすると「いいから」と言うんだ。シャロだって、私と同い年なのに、「お姉さんだから」と言う。実際にシャロのほうが落ち着きがあって大人っぽいし、私が何も言わなくても世話を焼いてくれるから言い返せない。それが悔しくてシャロが寝た後には頭を私は撫でて、満足して寝ていたっけ。
一緒に布団に入らなくなったのはいつだろうか。
考えるまでもなかった。私の誘拐未遂事件があってからだ。
シャロはあの事件で言語に障害までもを負ってしまったらしく、フランス語を忘れていた。その代わり、母さんから習った日本語は覚えていたみたいだけど…。「ごめんなさい。遅くまでべんきょ、したい。シャル、べつ、先、寝る。いい?」とたどたどしく私に頼んできた日のことを覚えている。あの日、シャロは申し訳ないって顔、してた。それに、一緒に入っていたお風呂だって。あれ以降、シャロは私に傷跡を見せないようにお風呂に入る時間をずらした。着替える時だって。
私は何も言わなかったけど、本当はいつだって言いたかった。
「私のせいで」
「ごめんなさい」
でも、それを言うとシャロの努力を無駄にする気がした。
私の前では弱音を吐かない強がりな姉。私の「姉」であることを何よりも誇りにしていて、私のために何かすることが自然だと思っている姉。そうすることが幸せだと思っている姉。
事件の後私が泣きながら謝ると、それを見て辛そうな顔をした姉。
私に事件のことを思い出させないように絶対に傷を見せない姉。
事件の後遺症を治そうと勉強を必死にする姉。
私が学校の勉強に集中できるように、お母さんの入院手続きをして入院費を自らデュノア社のISパイロットになることで稼いでいた姉。
…あんなに怖がっている顔をしているのにそれでもISパイロットをしている姉。
あれは、初めてデュノア社の敷居をまたいだときだったか。ISに乗って試合をしている姉を見つけて、その真実を知って、私は初めて言ったのだ。
「シャロはいつも私を守ってくれるよね…でも、私だってシャロを守りたいの。今はそんな力ないけど、せめて一緒に頑張ることくらいしたいの…ごめんね」
シャロは気づいただろうか?
この言葉に込められた思いを。
私のせいで辛い思いをさせてごめん。
私だって頑張るから、もう、無茶しないで。
気づいていないだろうな。
頑張って国家代表候補生になったけど、デュノア社の業績は思わしくない。私が候補生になった程度では持ち直せなかった。母さんの援助をしてくれているのはデュノア社だ。このままではいけない、何とかしないと…と思っている最中、シャロが「男になる」と言い出した。自分が男としてIS学園に入ることで広告塔になると。またシャロは無茶をした。
私の力が足りない分、シャロは無茶をする。
一生消えない傷を負って、性別も捨てて、危険に飛び込んで、…怖い目に遭って。
剣道場でシャロを見たとき、すぐ気づいた。
ああ、シャロはまだあのことに囚われているんだ、刃物を連想させるものや男の人が怖いままなんだって。
学園に入って私は一夏を警戒していた。シャロが怖がっていないか、何もされていないか、いつも二人を見ていた。同時に一夏と交流することで、トラウマを克服出来ないかとも期待していた。
だけど、それはまだ早かったのかもしれない。
一夏が破れかぶれで放った面…大分傾いて袈裟斬りになっていたが、それが出てから明らかにシャロの動きがおかしくなった。シャロが場外に出ていることに気づいて足元を見ているが、一夏が竹刀を下ろして真ん中に戻ろうとするまで構えを解かなかった。剣道の防具の隙間から見える弱弱しい視線を見て私はたまらず声を上げた。
「お兄ちゃん、風邪気味なんだから今日は休んでって言ったでしょ!!」
急いで防具をはずすと、風邪をひいているといっても疑われないほど真っ青な顔をしたシャロが出てきた。もっと早く止めれば良かった…!!
そう悔やむと同時に姉の体が傾いていく。手を伸ばすと、私より先に一夏が受け止めてくれていた。
「シャルル?!」
ギャラリーの女の子たちをかわして駆け足で医務室にシャロを運ぼうとする一夏に私は必死で声をかけた。
「いちかっ、医務室じゃなくって…シャロの部屋に運んで!」
医務室に運んだら、シャロが男の子じゃないとバレてしまうだろう。こんなに汗だくで息苦しそうにしていれば、男と言われていようが関係なく服を脱がすはずだ。シャロ自身は言わないが、性別を偽ったとバレたら少なくとも刑務所行きは免れない。それに倒れたのは風邪じゃなくて、極度の緊張とストレスからだ。いぶかしがる一夏を「後で説明するから!」と説得し、剣道着を脱がせて(一夏が「俺が着替えさせようか?」と言ってくれたがそんなことさせるわけにはいかないので一人で頑張った)部屋のベッドまで連れて行ってもらって今の状況になるわけだ。
私はシャロの頭を撫でながら、後ろにいた一夏に「ありがとう」と言った。一夏は「いいよ。…それより本当に医務室に運ばなくてもいいのか?」と聞き返してきた。
私は悩んだが、シャロの傷のことについては話した方がいいだろうと思った。「お兄ちゃん」が傷を見られないようにしていると一夏が知っていれば、彼は優しいから決して「お兄ちゃん」の裸を見ないようにするだろう。これからISスーツに着替える時も、浴場を使う時も、男として「シャルルお兄ちゃん」は一夏と一緒に行動しなければならないのだから釘を刺しておいた方が、「お兄ちゃん」がお姉ちゃんであると発覚する可能性は低くなる。
「お兄ちゃんには、…傷があって、それを人に見せることを嫌がるの。だから…医務室に行くと見られちゃうから、いいの」
「どうして…」
「私、私のせいなの。小学生のとき、私、知らない男の人に誘拐されかけて…それを阻止しようとしたのが、しゃ、お兄ちゃんだった。お兄ちゃんはそのとき切られて大怪我して…一生消えない傷が首からわき腹に残ったの。恨まれても仕方ないのに、…私に事件を思い出させないように、自分のことを責めさせないように、傷を見せないの。剣とか男の人とかトラウマになっているのに強がりだからそんなこと言わないし、無茶だってするし…私が頼りない、からなのかな…」
一夏は驚いているようだった。そりゃそうだよね。人からそんな話されたら誰だって困る。私自身も思っていたより多くを語ってしまった。「急にこんなこと話してごめんね」と何とか笑ってシャロが起きたときのためにご飯でも持ってこようとしたが、その前に一夏が言った言葉に動きを止めた。
「……俺さ、
詳しくは言えないけど…誘拐されて、千冬姉に迷惑かけたことがある」
思わず一夏の顔を凝視してしまった。
一夏は私のほうを向いてはいるけど、誰か違う人を見ているような気がした。
「だから、今度は俺が強くなって守るんだ。まぁシャルルから学んだんだけど」
シャロから?
驚く私をよそに「シャルロットだって、シャルルが頼りにしたくなるくらい強くなればいいだけだろ?」と言う一夏ははっと気づいたように「国家代表候補生に言うことじゃないな」と、いかにも失敗した!という表情を浮かべた。
一夏は優しいなぁ。
「一夏は織斑先生かぁ…私たち二人とも、お姉さん、とお兄ちゃんを守れるようになれればいいね」
一夏はちょっと意外そうに、「シスコンって言わないんだな…シャルルには千冬姉の名前を出すと大抵シスコンって言われるんだよ…」とつぶやいた。それを言うなら、私のほうも十分シスコンだからね。それに、と入学初日の織斑先生の話を思い出してちょっと笑いながら言った。
「入学の日に一夏はどんな人かってお兄ちゃんが聞いたら、先生、一夏のことすっごい誉めてたよ!シスコンっていうより、お互い大切にしてるって感じかな?」
「そ、そうなのか」
平静を装ってはいるようだけど、彼は耳まで赤くなっていた。さっきまで励ましてくれて頼りがいのある男の子だと思えば、可愛いところもある。今度は笑った。表情がめまぐるしく変わる彼を見ながらふと思った。
(ずっと傍で見ていたい)
あれ?私もしかして、と気づいた時には遅かった。一夏の笑顔を見ると自然に顔が赤くなる。
間違いない。
私は、一夏が好きになったんだ。
あはは、これをシャロに言ったら怒るだろうな、…………一夏を。
また一つ、言えない言葉が出来てしまった。けど、今度の言葉は言えなくても辛くない。
ずっとずっと愛しく、いつまでも胸の中に秘めていたい言葉になった。