空が青い。そんなの周知の事実だが、当たり前のことをもう一回言いたくなるくらい今日はきれいな晴れ空だった。こんな日にISで空を駆け抜けると気持ちいい。
今日は絶好のクラス代表戦日和だ。
自分でISを操作して飛び回るのも気持ちいいが、上手い人間が空を自由に飛翔しているのを見るのもいい。
特に、あいつの白い機体が飛び回る姿なんか青空に映えて……
「はぁ」
「シャロ、一夏って……鈍感だね」
ピットにあるモニター越しに俺とシャルは試合会場を見ている。
空中には静止している一夏と鈴音の機体。
絶望的なまでの一夏の朴念仁っぷりに、シャルは呆れた声を出し、俺はため息をついていた。公開チャネルから聞こえる音声は
「あれから考えたんだけど、…毎日酢豚を作ってきてくれるなんて俺相当心配されてんだな。たんと食べてるから安心しろ」
だった。あの馬鹿め。
鈴もよくあの男を怒れるよな。鈍感すぎていっそ面白いくらいなのに。
耳が駄目になりそうなヒステリックな声と怒りを体現する猛攻を見ながら俺はそう思った。ちなみに少し離れたところにいる箒に関しては、怒りの視線を投げている。
鈴と箒っていうのは良い友達になれるんじゃないかな。性格が似ているし。
そう思いながら箒を見ていると、急に彼女がモニターを見て目を見開いた。
「何だ、あのISは?!」
一夏を襲撃しに来た謎のIS(無人機)です。
心の中で箒の問いに答えながら、俺はその機体を見る。
いびつで大きい機体は武骨といった表現が似合うもので、爽やかな青い空にはそぐわない。
(確か一夏たちが倒すんだよな)
俺は手出しする必要はないとのほほんと構えていたら、急にシャルが「あれ、箒?!」と言う。
何だっけ、この後…
「箒!」
あ。
箒がしびれを切らして応援しに行ってISに狙われるんだっけ?!
モニタールームのドアに消え去る箒の長い髪を見て、思い出した。シャルも走って着いて行くのを見て、慌てて追いかける。
原作通りなら平気でも…絶対なんて、ない。既に未来は変わっているのだ。シャルが傷つく可能性もある。
嫌な汗が体から噴き出した。
シャルが少しでも傷つくようなことがあれば許さない!
許さない相手が、黒いISか後先考えず走った箒か守れない自分か分からないまま走った。
「一夏!男ならッ、…男なら、その程度の相手倒せなくてどうする!!」
「!箒!」
放送室で叫んでいる箒を二人で避難させるのと、謎のISを一夏が両断したのは同時だった。
ほっと息をつき、放送室のガラス越しに箒を救った白い機体を見る。
まるで雲のようにゆらゆらと揺らめき、その中にいる人物と目が合った途端俺は箒をシャルに押し付け、再度走っていた。
「一夏ぁ!」
ISを展開し、ガラスを薄い膜のように引き裂くと、一夏は微かに目を見開き、微笑んだ。
次の瞬間、白銀の機体が宙に霧散する。
女生徒の甲高い叫び声があがった。
雪のように散っていく白い結晶と細雨のようにそそぐガラス片よりも速く、ISで駆け抜ける。
これ以上もないくらい手を伸ばした。
「いちかッ!!」
届いた!
俺は落ちていく一夏に追いついた。落ちるガラスが当たらないように一夏を抱え込む。
背中でシールドが展開しガラス片を防いでいる気配がした。
硬質の雨が降り終わった後そっと腕の中の人物をのぞきこんだ。彼は、疲労か、極度の緊張感からか、気絶しているようだった。顔色は悪いが、満足げに笑ったまま目を閉じている。
「…ばか」
泣きそうになった俺は瞬時に悪態をついた。
それでも、こいつが無事で生きていて、本当に嬉しくて口元は笑っていたから、泣き笑いみたいになっちまったが、一夏は見ていないし別に良かった。
目が合ったとき。何だか、こいつが儚くて消え入りそうで、役目を果たし終えたって顔をしていて、俺の方を見たら安心しきった顔をしてたから。
間に合って、駆けつけて、傍にいて良かった。
駆け寄ってくる生徒たちと一緒に保健室に行く間、腕の中の人物はやっぱり幸せそうだった。
*********************************************
「シャルル君!あとはお願いね!」
俺は女生徒を追い払いつつ、自分も定時に帰る保険医の清々しい後姿を見ながら困り、さらに「内側からしかあかないからー」と鍵を掛けられた音にため息をついた。
一夏はやっぱり緊張で気絶したらしく、その日は保健室に泊まることになったので、同じ『男』である俺がパジャマや下着を届け、あまつさえ着替えさせ、世話を焼くことになったのだ。鍵を掛けるのは、女生徒が入らないようにするための配慮らしく、決して俺を閉じ込めてる訳ではないのだが……何だろう、この押し付けられた感じ。
「一夏」
呼んでも起きてこない奴の顔を見ていると不安になってくる。
寝ているだけに見えるけど目を覚まさなかったら?そもそも、あんな空中で緊張を解くなんて、
「俺がいなきゃ死んでたかもしれないんだぞ……」
一夏の頬を軽く指で押す。あったかい。生きてる。
ぷにぷに。
何回か繰り返して、俺はやっと次の行動を起こすことにした。
「……服脱がすか」
シャロンさんの体でどこまで介護できるか分からないが。
とりあえず、頭の下に手を差し込み、上半身を起こそうとしたが、思った通り女の体では重い。仕方がない。
意識がないことを幸運に思いながら寝ている一夏の上に馬乗りになった。
「う……よいしょ!」
そのまま両手を一夏の後頭部に回し、頭を抱き込むようにして上に上げようとした時だった。
「ん?!」
胸の中でくぐもった声が聞こえた。相手の腕が背中に素早く回って、背筋がぞわっとする。
「うひゃ?!」
思わず声を漏らした。ついでに体を反らしたことで顔が見えたのだろう。
「…シャルル?何やってんだ」
いつもより随分近くでルームメイトと対面する羽目になった。
長く寝ていて頭がくらくらしたのか、力ない様子の一夏に対して、俺も平然と
「着替えさせようと思ったんだけどお前重かったから、上に乗って上半身持ち上げようとしたんだ」
と答えた。
一夏は「ああ」と納得したようで、「シャルルは軽いからな」と実際に自分の体に乗っかっている俺の重さを確かめるように脇の下に手を添えた。子どもの高い高いの要領だ。
「細いし。柔らかいし筋肉あるのか?」
そのまま力を入れられる。お尻が少し浮いたところで、俺は慌ててべしっとはたいてやった。
「やめろ、ばか!……細マッチョなんだよ」
「細マッチョ」と笑う一夏を再度小突きながら上から降りる。
「鈴や箒は?ケガしてないよな?」
忙しい奴だ。自分が医務室のベッドの上なのにそんなこと聞いてる。
「無事、誰もケガしてないしお前以外は倒れてもいない」
と笑うと、「悪かったな」と言いつつ、やつは優しく目を細めた。
こいつの誰かを『守る』という考えは本物なんだな。
心底そう思う。
「お疲れ、一夏。みんなを守ったな。ヒーローみたいだったぞ?」
いつもなら言わないし、倒れて心配させたけど、今日は何となく褒めてやりたくなった。
赤くなる一夏を見ると、気分がいい。ふと視界の端に動くものを見て俺はさらに気分がよくなった。手だ。
白いベッドの上に投げ出されていた手を開いたり閉じたりしている。アニメで織斑先生が『ああいうときは調子に乗っている』と言っていた癖だ。
(……調子に乗ってるのか)
「またからかって……」
素直に褒めたつもりだが、その癖を見てまたにやにやしてしまったらしい。しょうがないだろ。俺が言った言葉で照れるお前を見るのはなかなか愉快だ。
「……俺こそありがとう。シャルルとシャルr…アズナヴールさんが箒を助けてくれてうれしかった」
「シャルが助けに行ったから俺も行っただけ」と言いつつ、本当に箒のこと気にかけているんだなぁと思う。
さっきまでの愉快な気分は消え、自分でも驚くくらいきつい声が出た。
「素直じゃないなー」と笑う一夏の顔めがけてタオルと着替え、スポーツ飲料を押し付ける。
起きたならもう世話する必要もない。
「部屋に帰る」
後ろで「え?あ、ありがとう!」と言う声が聞こえて、俺はタオルを投げつけるのをすんでのところで我慢して良かったと思った。
それにしても、こんなにコロコロ気分が変わるなんて、……生理かな。
俺は月1回の鬱イベントにげんなりしながら、暗くなった校内を歩いたのだった。