最近朝だというのに暑くなってきた。夏が、やってくる。
真っ青な空に白い大きな雲。こんな日が来るとISで空を飛びたいなと思えるようになった。
「IS日和だなー」
隣にいる一夏がそうつぶやいた。「飛びたいな」と言うので、「俺も」と首をすくめて笑ってみせる。
「今日と今週末は無理だろー。臨海学校近いからほとんどの先生たちは学校にいないし、監督者がいないとアリーナ使えないもんな」
一夏が分かりやすいくらい残念そうな顔をするのを見ながら教室のドア前に立とうとした時だった。
いつもより女生徒たちのはしゃぎ声が大きい気がして俺は足を止める。
「シャルル?どうしたんだ?入らないとそろそろ遅刻になるぞ」
「待った、いち……」
今のタイミングで教室に入ると、ろくなことになりそうにないと思い、一夏を止めようとしたら一足先に教室の扉を開けていた。
「あっ、織斑君!デュノア君!ちょうど良かった!」
どうやら予想は的中したみたいだ。
テラテラというかヌラヌラ…少なくとも決して綺麗なキラキラって感じじゃない目の輝きを見せている女子の軍団が扉口の方に押しかけてきた。
「あのね!二人ともこの前のペア戦で優勝したよね?!」
「そ、そうだね?でも、結局先生たちには惨敗したよ」
「先生たちとだったら仕方ないしノーカンよ!勝った人は一夏くんと付き合えるっていう話があったの!優勝したのはシャルルくんとだから…きゃっ☆」
クラスメートの子は腐ってやがったようです。
既に教室にいた鈴と箒からぶわっと黒いオーラが出るのを感じた。暑いと思っていたが、今のやりとりで体感温度じゃ5度くらい一気に下がった気がする。俺は冷たい汗を背に感じながら、諭してやろうと口を開いた。
「付き合うって、それはだんzy「そうなのか?じゃあ、シャルル。買い物にでも付き合うぜ。お前、そういえば日本に来てずっと俺の練習に付き合ってて学校外に出てないだろ。」
一夏!空気読めよ!だから、朴念仁なんだよ!
心の中で般若の俺が猛烈に一夏を罵倒するが、「抹茶のおいしい店にも連れて行きたいしさ」と周囲の女生徒たちに見習わせたいくらい純粋にキラキラした目で言われると、何だか焦っている俺があほみたいに思えてきて力なくうなづいてしまった。
「じゃあ、明日行こうぜ」
「うん……」
「遊ぶ約束はいいが、もうホームルームの時間なんだが?」
「はい……」
俺はさらに脱力して出席簿アタックを待ち構えた。
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土曜日。
いつものように起きて、一夏とISの訓練やら勉強――をしない日。
俺は洗面台で顔を洗い、うっかりすると絡まってしまう髪の毛をとく。面倒だと思って放っておくと一夏が飛んできてせっせと櫛けずりだすから、渋々自分で毎日するようになった。一夏いわく、千冬姉で慣れているから、らしい。それを言うなら慣れているんじゃなくて調教されているっていうのがしっくりくるよ。
「なぁ、いつから外出するんだ?」
俺は、上半身裸でクローゼットの中をまさぐっている一夏に聞いた。
IS学園は外出泊に関して届出が必要になる。寮で住みこみ、大切な子どもを親御から預かっているから、門限だってあるし、休みの管理は特に厳しい。
「あー、昨日千冬姉から『午前9時からなら外出を許可する。帰るのは午後5時だ。許可届は既に出したからその時間を守るように』って言われたんだよな」
そういえば、今日の約束をしてたときに織斑先生もいたな、と頭の痛みと共に思い出した。
ちらりと一夏を見ると、週末の男子高校生らしく薄い水色のTシャツに灰色パーカー、ジーパンというラフな私服スタイルである。一方。
「シャルル、……着替えないのか?」
俺は自分の姿を見下ろした。見下ろした先は、パジャマとして昨夜使ったジャージである。これだって、ブランドもので上下そろえてるし、まぁまぁ値が張るんだぞ、と言ってもダメか。
「……じゃあ、制服で行く」
「制服で行くと目立つから、私服で行った方がいいらしいぞ」
「……別のジャージで」
「シャルルって私服持ってないのか?」
「……ジャージならあるし」
「ないのか。貸すよ」
「……ありがたく借りてやる」
微妙に呆れたような一夏にこっちも折れて、服を借りる。
何せ男物の服は持っていないし、今までろくに外出する時間はなかったから必要性も感じなかったんだよ。
紫色のストライプが入った白地のYシャツにカーキ色のズボンをびしっと着こなして
「サイズ大きいよな、肩とか合ってないし。シャルル、華奢だな」
「うるさい黙れ行くぞ」
――颯爽と俺は腕まくりをして俺たちは出発したのだった。
だが。
「……おかしい」
「何がだ?」
「……いや、気のせいかもしれない」
「何がだよ?」
学校を出てから身構えていたのだが、……いわゆる一夏ガールズがいない。俺の考えだと、絶対に鈴音や箒あたりは追ってくるものだと思ってたんだけど。
一夏を無視してビルの隙間から人影までくまなく後ろを見ながら歩いていると、突然ぐいっと左腕を引っ張られた。
「うあ」
掌があったかくなるのと同時に目の前を急ぎ足のおばさんが通り過ぎる。驚きのあまり間抜けな声を上げながら、ようやく後ろから目を離してつながれた手の先を見ると、怒った一夏の顔と遭遇することになった。
「シャルル」
珍しい表情にうっかり身をすくめて恐る恐る奴を見上げる羽目になる。一夏は怒りを体から逃がすように大きく息を吐いた。次の瞬間よく見るような呆れ顔が現れる。
「後ろばっかり見てたら危ないだろ?しかも、方向逆だぞ。こっち」
「い、一夏……」
意識して、眉間にしわを寄せて眦を下げて、口角が上がっているという印象だ。手を引かれてワンテンポ遅れて一夏の背中を追いかけるが、背中はまだ怒りを宿していた。すっかり気圧されていた俺は思わず「ごめん」と謝る。
「怒ってないし、謝る必要ないだろ」
対して一夏はつれない返事だ。
「明らかに怒ってるじゃん……」
一夏が勢い良く振り返った。手を握られたままだったから、一夏の胸板にしこたま鼻の頭をぶつけて、よろめく。
「一夏、お前、」
抗議しようと顔を上げると、間近にあいつと見つめあうことになった。
赤茶色の瞳が炎みたいに揺らいでいる。あまりに苛烈なもんだから、一歩足を下げると一夏は少し息を飲んだ。つながれた指が力をなくし、するりと掌から抜けていく。
今度こそ一夏は演技ではなく、本気で落ち込んでいるみたいだった。
「……怒ってた。ごめんな。シャルルがそんなに乗り気じゃないのは知ってたけど、……あまりに集中してないっていうか、……何か勝手にムカついたんだよ。悪い……」
振り返ると、俺はいつも一夏から誘ってもらうばっかりで、こいつ仕方がないなって態度で自分から進んで一夏と交流する姿を見せるのを恥だと思っていた筋がある。というか、こいつが構ってくるのが当然だと感じてた。
単に、恥ずかしくて、構ってくれる一夏に甘えてあぐらをかいていて。
決して、一夏のこと、嫌いじゃないのに。
嫌いじゃないどころか、むしろ――。
感情が頭の中で湧き出てきたが、理解する前に落ちていく彼の手を慌てて掴む。
「一夏!」
手の中で一夏がびくりとはねるのが分かった。目が再び宙で合わさり、赤い瞳の中に俺の紫が映る。
「俺、……よそ見しててごめん。ちょっと気になることがあって。でも、俺は、その」
あんまり見るなよ。
一夏の瞳が自分の紫に染まっていくのを見ながら、急激に頭に血が上ってくるのを感じた。
血が上がりすぎたのか、顔が熱いし、自分の言いたいことがまとまらなくなってきたし、若干口を開いたことを後悔し始める。
言葉を切ったが、一夏は俺の言葉を大人しく待っていた。言うしかない。
「俺は、結構お前と一緒にいるの好きだし、その、今日出かけるのだって、実は楽しみだったりしたり……特に、前言ってたあれ、抹茶のおいしい店、ずっと行きたかったんだから……!今すぐ案内しろバカ!」
もうこれ以上言葉に出来なくて力任せに一夏の手を握りこんで、一夏を引っ張る。
「バカってなんだよ」
笑い交じりに聞いてくる一夏に「あんまり名前と変わらないだろ!」と吐き捨てて手をつないだまま歩く。背後からくっついてくる一夏は全力で俺が握っているのにも関わらず痛がる様子もなく、手からは笑っている振動が伝わってくるばかりだ。
「店の方向、逆」
一夏が俺の手を握り返し、横並びに歩き出した。くっついている分、体温が上がって脇の下にじっとりとした汗を感じる。
(このシャツ、一夏のもんだよな……)
絶対自分で洗おう。
俺は固く心に決めて、駅前にあるけど、ひどく狭い小路を通って一夏の勧める店に入った。
10分後。
「!」
俺は非常に感動していた。
久しぶりの抹茶味のせいか、口に合ったのか、うっかり涙が出そうなほどのおいしさだ。抹茶パフェは濃厚な抹茶アイスと抹茶寒天、ぜんざい、白玉、わらび餅等が絶妙なバランスで積み上げられている。
抹茶は舌の上にいつまでも置いていたくなるほど芳醇で、魅惑の香りが常に鼻をくすぐる。甘すぎもしないのに舌はすっかり味をしめていて食べても食べてももっととせがむように唾液を出す。
それにわらび餅は絶品で、ゆっくり噛みしめてたのにすぐ胃にしまい込んでしまっていた。単品で頼もうか本気で悩む。
「ほら」
すると、桜色の小さな小皿の上にわらび餅が置かれた。
向かいの一夏がちょっと笑いながら皿を突き出していた。
「……いいの?」とおそるおそる聞く。だって、こんなにおいしいのに!それを他人に分けるというのか!
「いいって。食べろよ」
「やった!一夏、大好き!」
「お、おう……」
俺の勢いに圧倒されて一夏がひいたようだが構うものか。
ゆっくり大事に咀嚼すると、再度小皿にわらび餅が乗せられる。口に運ぶ。傍から見ると餌付けされているように見えるだろうが、そんなことどうでも良い。また小皿に餅が出てくる。
でも。
「一夏」
「な、なんだよ……」
「一夏、一個も食べてないじゃん」
「俺は別にシャルルが食べればそれでいいんだよ」
歯の浮くようなセリフを真顔でさらっと言いつつ、断る一夏だが、俺だって言い分はある。
「5つは俺が食べたんだし、一個は食べとけって!独り占めするのはさすがに悪いよ」
「いっつもはそんな遠慮しないくせに、どうした」と言った一夏の口にタイミングよくわらび餅を突っ込む。
「ひゃふふ?!はにふんだよ!」
「何言ってるのかわかりませーん。……で、どう?」
一夏は憮然と眉をしかめながら口元は緩めるという器用な表情をしながら、「おいしい」と小さくつぶやいた。
「な?分かるだろ?一人で食べるのはもったいないくらいおいしかったんだ!」
調子に乗って、「俺の手で食べさせたし、おいしさ二倍だな」と笑うと、一夏は急に机に突っ伏した。耳まで赤くしている。
「そう言われてみると恥ずかしい……」
感染したように俺も再度頭に血が上り始めるのが分かった。
(こっちもそう反応されると恥ずかしいわ!)
「ほ、ほら、時間決まってるんだから、買い物もするぞ……!」
手を取っていやいやする一夏を立たせて、俺たちは次の場所に向かったのだった。
――本日はIS日和じゃない。デート日和である。