星の在り処   作:KEBIN

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終わらぬクエスト(前編)

「ふーん。それで、失敗しちゃったわけ?」

「申し訳ありやせん。けど、ブレイサーというのは化け物ですぜ」

 市内にあるホテル『ロレント』の一室。頭目格と思わしき人物からの叱咤に、エステルの襲撃に失敗した三人組は面目なさげに俯いている。顔は見えない。足を組んで椅子に踏ん反り返ったまま、振り向かないからだ。ただ声色は幼く、さらに学生服を着用している所から、意外と若造らしい。

「運搬役はまだ見習いだって聞いたけど、そんなに強かったのかい?」

 手元の導力銃(ベア・アサルト)を弄びながら、再び声を掛ける。別に失敗した部下を粛清する訳ではない。自分らは既にアウトローなのだから、以前見たマフィア映画を真似て、ちょっとでも貫祿を出そうと努めているだけ。その稚拙な発想そのものが既に子供っぽいことに本人だけが気づいていない。

「へい、歳の頃は坊ちゃんと同じぐらいでしたが、これがまた信じられない怪力で。ありゃ、ドルン頭領に匹敵するやもしれません」

「その坊ちゃんって言うのは、もう止めてよね。何時までもガキじゃないんだからさ」

 軽く舌打ちする。気分を害したのは、未だにお子様扱いされた己の境遇か。はたまた、同い年で馬鹿力の兄貴に匹敵すると尊ばれた強者の存在か。或いはその両方かもしれない。

「坊ちゃん、いかがいたしやしょうか? 元々、当初の計画にない副業ですし、このままボースに戻るのも手かと」

 呼称を改める気がない上に腑抜けたことを抜かす部下に今度は強く舌打ちする。

 兄姉二人に大見得きってロレントに乗り込んできた以上、手ぶらで帰れるものか。なんとしても結晶を手に入れなくては。

「ライル、君の報告だと、宝石はまだそのブレイサーの手元にある筈だよな?」

 盗賊の一人は頷く。エステルは身元不明の幾人かと居酒屋で一夜を明かしており、市長邸へは朝方届けるものと思われる。

「その若輩のブレイサーは、賢そうに見えたかい?」

「いえ、腕っぷしの強さに比べて、オツムの方はかなり単純そうでしたが。もしかして、市長の金庫に納められる前に再襲撃するおつもりで?」

「はっ、冗談言わないでよ。相手が強いと知って、わざわざ正面から喧嘩を売る馬鹿がどこにいるのさ? じきに奴らの仕事は終わるのだから、その後の無防備な市長邸を狙えばいいだろう?」

「しかし、その場合は例の特殊金庫をこじ開ける必要性がありますぜ」

 強固な合金装甲もさることながら、ツァイス工房製の最新鋭の防犯システムが備えられており、正規の手順以外で扉を開けようとすると町全域に警報が鳴るようになっている。

 彼らの手持ちのスキルでは、突破するのは困難。それ故、輸送中を狙う手筈になっていたのだが、エステルの力量を大きく読み違えていたのが盗賊達の誤算である。

「それは僕に考えがある。そのブレイサーが、君の見立て通りのマヌケなら話は簡単さ。ほら、昔から良く言うだろう? 何とかと鋏は使いようってさ」

 

        ◇        

 

「ふわあああー、まだ眠い」

「シャンとしなさい、エステル。これからクエストの総仕上げに入るのだから」

 朝方の十時過ぎ、開店準備中の札がかかった居酒屋アーベントの正面玄関からブライト家の兄妹が姿を現す。

 あれから他のヨシュアファンのお客を巻き込んでのドンチャン騒ぎを繰り広げた一行は、営業時間終了後も店内に居すわって、なし崩し的に泊り込んでしまう。

 朝方、二人が目を覚ますと、教授は何時の間にか姿を消していた。ナイアルはボース地方でとんでもない事件が起こったとかで王都行きをキャンセルし、寝ぼけたドロシーを強引に引っ張ってボース行きの定期船に乗り込んだ。

 慌ただしく消え去った記者たちと異なり、兄妹はエリッサから朝飯をご馳走になり、さらには洗面所を借りて、きちんと身嗜みを整える。こういう切羽詰まった時には、色々と融通が効く顔馴染一家の存在は実に有り難い。エステルは溜め込んだ食事のツケに加えて、また一つ幼馴染みの少女に借りをつくる。

 アーベントを出ると、受付のアイナへの進捗報告を後回しにして、真っ直ぐに市長邸に足を運ぶ。今、途上にあるギルドの支部に寄り道しても単に二度手間になるだけなので、きちんと結晶を送り届けてからクエストの完了報告をするつもりだ。

 

        ◇        

 

「はじめまして、ブレイサーの皆さん。僕はジェニス王立学園に籍を置くジョゼット・ハールと言います」

 メイドのリタの案内で書斎に招かれると、既に市長は別の来客の対応をしていた。少し線が細そうだが、青髪で童顔の中々の美少年で、紺色のブレザーの制服に襟元に学生の身分を示す緑の章玉をつけている。

「ジェニス学園?」

「ルーアン地方にある全寮制の学校よ。大陸全土から留学生を募っていて、入学には厳しい学科試験があると聞くわ」

 エステルに限らずこの国の大多数の子女は教会の日曜学校で一般教育を受けるので、ミラを上納してまで学問に勤しむ高等教育機関はあまり馴染みがない。

(勉強嫌いのエステルには一生縁がない場所でしょうね)

 そう腹の中で思ったが黙っている。エステル以外の第三者(特に男性体)が現存する場合、義兄への毒舌は常に比べて大幅に軽減される傾向にあるが、近い将来、エステルが王立学園の制服に袖を通すことになる日が到来するなど、合理的な思考フレームを持つヨシュアも想像すらしなかった。

 ジョゼット本人の説明によると、彼はエレボニア帝国からの交換留学生。自主研究の一環として、市の重要文化財の話をロレントの偉人から聞いてまわっている。

 先の失敗から、ようやく守秘義務感覚が芽生えたエステルは、ジョゼットの退席後にクエストの話を持ちだそうと自重していたのだが。

「そうじゃ、エステル君。折角だし、彼にも例の結晶を見せてやってくれんかの?」

 当のクラウス市長自身が、ささやかな配慮を台無しにする。更にご丁重にも、その宝石がロレント市民全員の感謝の意を表す女王陛下への生誕祭への贈り物である機密を得々と語ってみせる。

「忘れていた。クラウス市長はこういう御仁だったわね」

 額を親指と人指し指で支える、頭痛を堪えるようなポーズでヨシュアは嘆息する。

 この白髪白髭のお爺ちゃんは市長職を長年務めながらも、世俗の塵芥に染まる気配すら伺えずに、極めて自然体に好々爺を維持している。

「なあ、ヨシュア。俺達の昨日一晩の苦労って?」

「マスコミ関係の人間の口を封じたことに意味があった。そう思い込むことにしましょう、エステル」

 むしろ自分自身に言い聞かせるように低い声で呻いた。まあ、クラウス市長のようなおおらか過ぎる人物が行政の最高責任者だからこそ、ロレントは策謀や権力闘争の渦とは無縁の平穏な町でいられるのかもしれないが。

 

 結局、市長はジョゼットの目の前で堂々と結晶を受け取って、蘊蓄について一通り語った後、金庫の中に結晶を納めた。

 これで『クラウス市長の依頼』のクエストを無事に成し遂げた。エステルは安堵し、両手の掌を組み合わせて大きな伸びをしたが、ヨシュアは何やら意味深な目つきで、ジョゼットの一挙一動を見守っている。

「今日は時計塔に纏わる感動的なお話と、類まれな宝石を見せて戴き、有り難うございました。僕はこの後、教会でデバイン教区長から説法を聞く予定があるので、これで失礼……って、何か僕にご用ですか?」

 何時の間にか正面に移動し、上目遣いでじっと見つめる黒髪の少女の存在に面食らう。次の瞬間、ヨシュアはジョゼットの両手に自分の両掌を重ね合わせた。

「あのっ?」

 指先に感じる、女の子の柔らかい肌の感触にジョゼットは赤面する。

「やっぱり殿方の筋肉は、私の細腕と違って、とても逞しいですね。ジョゼットさんも、何らかの武術を嗜んでいらっしゃるの?」

 琥珀色の瞳に蠱惑的な光を称えながら、ジョゼットを上目遣いする。

「いえ、僕は単なる学生だから、戦いは素人です。少しは身体を鍛えないといけないかなと思ってはいるのですが。とにかく、これで失礼します」

 ヨシュアの手を振り払うと、しどろもどろになりながら書斎から飛び出していく。途中の廊下でお茶のお代わりを運んできたリタと正面衝突したらしく、「すいません」と謝罪しながら床掃除の後片付けを手伝っている気配が伝わってくる。意外と初な性格らしい。

 

「おいおい、また一人、純朴な少年を誑し込むつもりかよ? けど、報われない恋の犠牲者を作るのは、ロレントの住人に限定しておけって、ヨシュア。お前、意外とああいう草食系っぽい男の子がタイプなのか?」

 異性に対して思わせぶりな態度を取るのは何時ものことであるが、親指を顎先に当て思慮深げに俯くヨシュアの様子に柄にもなくシスコン根性を発揮する。

「そうじゃないわよ、ただ少し気になることがあっただけ」

 そう告げると、先程までジョゼットが腰掛けていたソファに座りこむ。小柄なヨシュアとジョゼットでは座高の高さが異なるので、少しだけ腰を浮かしてみる。目線を彼の高さの位置まで調整し正面を眺めると、ちょうど金庫のアナログダイヤルが琥珀色の瞳に焼きついた。

 

        ◇        

 

「そう、そういう事情なら致し方ないわね。けど、次からは交渉前に必ずギルドに一報をいれて下さい」

 黄土色のロングヘアをドレッドに巻いたシェラザードと同年代の若い女性は表情を変えずに呟く。ロレント支部受付嬢のアイナ・ホールデン。解決済みの二つのクエストを決済してもらったが、今一つ機嫌が宜しくないように感じる。ヨシュアが独断で報酬を値切ったのが要因だ。

遊撃士協会(ギルド)はリベール王家やエプスタイン財団から、法的優遇や技術援助などを受けているけど、クエスト報酬も無視できない財源の一つなのよ」

 まるで民主国家の税制度のように依頼額の高さに応じて、報酬の3%~30%のミラが差し引かれて、各支部の維持・運営費に当てられている。基本、非営利団体のギルドにとって高額クエストは貴重な財政基盤。受付のアイナのようなサポートメンバーの給料はそこから賄われているといっても良い。

「なるほどね。そりゃ、アイナさんの心証が悪いわけだ」

 薄給に苦労しているのは、現場の遊撃士だけではない模様。ギルド全体の懐事情の厳しさを今更ながらに痛感する。

「皮肉なものね。私が半ば失敗して、エステルが成功するなんてね」

 報酬の減額や任務途中の居眠りなど、ヨシュアにとって今回の依頼は色々とケチがつく顛末となった。更に心配していたエステルの方が予期せぬトラブルを全て自力で乗り切り、クエストをやり遂げたとあっては立つ瀬がない。

 尚、当のクラウス市長がアレだったからだろうが、記者達に結晶の存在を明かした失態はノーカンにした。しょぼくれた訳でもないだろうが、自嘲するように俯いたヨシュアの頭を軽く撫でる。

「エステル?」

「別にミスした訳じゃねえだろう? お前はきちんとナイアル達を翡翠の塔へ案内して、無傷で町まで護衛してきたんだ。ただ、当初の予定より、ギルドや俺達の取り分が減っちまった。それだけの話さ」

 エステルがヨシュアを慰めるなど、一体何年ぶりの珍事だろう。何時も賢妹に反発している愚兄であるが、落ち込んだ時ぐらいは年長者の真似事をしてやろうと心から思う。

「何よりも今回の件で、俺はまだまだブレイサーとして半人前なのを思い知ったぜ。鉱山の事故だってヨシュアと一緒ならもっと楽に切り抜けられただろうし、戦闘以外の交渉事となるとまるでお手上げだ。まあ、そんな訳だ。これからは意地を張らずに、お前の悪知恵をじゃんじゃん利用することにする。だから、また一緒によろしく頼むぜ。俺の可愛くない義妹よ」

 少しだけ左手に力を混めて、黒髪をクシャクシャにする。左側のリボンが外れ、束ねていた髪の毛がほつれてヨシュアの顔を覆った。何だか兄貴の威厳を示すつもりが、反って己の未熟さと義妹の腹黒さを浮き彫りにしただけのような気がするが、生来の無骨者だからこのあたりがエステルの限界である。

 ヨシュアは呆れているだろうか? それとも怒っている? エステルは気になったが、自ら荒らした黒髪に遮られて表情を確認できない。

 

「報告書の内容を確認したけど、今回に限ればあなたは十分ベストを尽くしたと思う。私が鉱山に同行していてもあれ以上の仕事は出来なかっただろうから、もっと自分に自信を持っていいのよ」

「何か、似たようなことを親方にも言われたな。それよりも、一体、どうしたんだよ? お前が俺のことを素直に褒めるなんて、熱でもあるんじゃないか?」

 薄ら寒そうな顔をして、左手を額に移し替る。いつもヒンヤリしている冷え性のヨシュアの肌がほんのりと火照っているように感じる。

「少し熱いな。翡翠の塔で体調を崩したと聞いたし、もしかして風邪でも引いたのか?」

「そうかもしれないわね」

 さきの行為で髪の毛が搔き分けられ、ようやくヨシュアの顔が明るみになる。両頬を赤く染めながら、照れ臭そうな表情ではにかんでいる。常日頃見せている営業スマイルと異なり、今のヨシュアは心から笑っているように思える。

 何故かエステルの心臓の鼓動がちょこっとだけ早くなった。

 

        ◇        

 

「とはいえ、当初の目標額から、少し遠ざかったのは確かだな。多少危険でも、また今回みたいな割りの良いクエストが転がり込んでこないかな?」

「何、寝言をほざいているの、エステル。あの二つのクエストは父さんからのご祝儀みたいなもので次はないわよ。それよりも地道にブレイサーの道を極めるんじゃなかったの?」

 ロレント市から自宅への帰り道。常の軽口で横着して地を出しはじめたエステルを呆れ顔で諫める。二人ともようやく本来の役柄を確定させたようで、やはりブライト家の兄妹の関係はこっちの方がしっくりくる。

「ところでブレイサー手帳を確認した時から気になっていたんだけど、エステルを襲ったという盗賊一味は明らかに結晶狙いだったのよね?」

「ああ、それだけは間違いない。そういえば奴らを撃退した際にこんなものを拾ったっけ」

 結晶を納めていたショルダーバッグから、戦利品の短剣を取り出す。ヨシュアは短剣を手に取ると、顔の近くに掲げて色々と調べてみる。柄の部分に黄色の宝玉が嵌め込まれている。地属性のクオーツのようだ。

「どうやら、これは『毒の刃』みたいね」

 クオーツは加工の仕方によって、様々な追加効果を装着した武具に与えることが可能。この短剣の場合は傷つけた対象をクオーツ内部に密封した毒物に汚染させる厄介な性質の凶器に変貌した。

「どんな種類の毒が仕込まれていたかはクオーツを割って内部の毒液を調べてみないと判らないけど、恐らくは即効で相手を麻痺させる神経毒だと思う。もし掠り傷でも受けていたら危ない所だったわね」

 その時は結晶を奪われて、クエストに失敗していたということ。今更ながらにエステルの背筋は寒くなる。力量差の関係で無傷での迎撃に成功し楽勝気分に浸っていたが、実際は紙一重だったということか。

「エステル、もしかすると私達の事件はまだ終わっていない。だとしたら、近いうちに第二幕が切って落とされるかも。色々と気になる符号があるし私の杞憂であってくれればいいのだけど」

 

        ◇        

 

 翌日、ヨシュアの予言は的中した。昨晩の中にクラウス邸に強盗が押し入り、セプチウムの結晶が盗まれたのだ。

 『クラウス市長の依頼』のクエストは完了したが、結晶を巡る一連の騒動は未だに閉幕する気配を示さず。『市長邸の強盗事件』の依頼が新たなクエストとして生まれ変わってギルドに持ち込まれることになった。

 

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