星の在り処   作:KEBIN

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魁・武闘トーナメント(Ⅹ)

「へへっ。早速、リベンジの機会が得られるとは、エイドスも粋なことをするもんだな」

 王都武術大会決勝トーナメントの開幕試合に因縁の両チームが選ばれ、闘技場のセンターライン上で互いに向かい合い整列する。

 ディンたち三人は普段とは異なり、意匠の赤いバンダナを頭部に巻いている。

 この真紅のカーチフこそ、まさしくレイヴンの魂そのもの。この戦いへの意気込みがアリアリと伺えるのだが。

「おい、あれって、予選でアタリ籤を二組も提供したチンピラ一味じゃないか?」

「確かあのデカイ拳法家一人に一発でのされて、他の面子は棄権したんだよな? 超ダッセェー」

「今日はきちんと面子も揃えてきたし、同数じゃ勝負にもならないだろ? この赤雑魚どもが何分持つか見物だな」

 そんな彼らの気概とは裏腹に周囲は遊撃士側のワンサイドゲームを予感。短気なロッコなどは沸騰しそうになるが、シャークアイに窘められる。

 「言いたい奴には言わせておけ。試合が終わる頃には誰もが悟るだろうぜ。喧嘩は強い者が勝つんじゃなく、勝った者が強いんだって真理をな」

「押忍、兄貴」

「双方、構え!」

 審判の声が聞こえたので、レイスらは憤りを押し殺して配置につく。

 三馬鹿と前衛二名が互いに最前線に位置取る。ヨシュアは中位置、オリビエとシャークアイは後方へと下がっていき、エステルは訝しむ。

「あれっ? あのレイヴンOBの人は後衛なのか? あのワイルドな風貌からして、どう見てもアーツ屋には思えないんだがな」

 それ以前にレイヴンは誰一人として、戦術オーブメントを身につけていない。

 上半身はランニングシャツ一枚で、その傷だらけの肉つきは異質。一見細身だが無駄な贅肉は一切ない。過酷なトレーニングによって培われたボディビルとは異なる実戦の中で磨き上げられたナチュラルマッスルを誇っており、心なしか左腕の力瘤が右腕よりも発達しているように感じる。

「なあ、ヨシュア。あのおっさんが本当に築地一の漁師なら、俺より先に剛竿に選ばれていても可笑しくないんじゃないか?」

「それはね、エステル。使用する釣具が…………」

「勝負始め!」

 頭の中に渦巻いた不可解な疑問点を義妹に問い質してみたが。その解答を得る間もなく試合開始の合図が下されて、否応なく思考停止を余儀なくされる。

 二十万ミラの賞金と王城進出という遊撃士兄弟の密かな目標を賭した最初のバトルの火蓋が今切って落とされた。

 

「「「先手必勝!」」」

 三馬鹿は横一線に並ぶと、股を大きく開いてべた足でしゃがみ込むヤンキー独特のスタイル、俗に言う『うんこ座り』で威嚇する。

「デカブツ、調子くれてんじゃねえぞ、コラァ!」

「目ぇ、そらしてんじゃねえよ、クソアマ!」

「なめんじゃあないわよ、脳筋野郎!」

 ロックバンドのボーカルに匹敵する大音量に満場の観衆が耳を塞ぐ。思わず目を背ける迫力のメンチ切りの衝撃波をマトモに浴びたジン達は物理防御力(DEF)を削ぎ落とされる。更に『封技』の追加効果まで発動するも、前衛二人は装飾品のタイガーハートの効能で無効化したのだが。

「あらっ?」

 カランと音が奏でる。手を痺れさせたヨシュアが復讐者(アヴェンジャー)を取り落としたのだ。数少ない有効な状態異常に嵌まって封技状態に陥り、しばらく得物が握れなくなる。

「よっしゃあ、早速、特訓の成果が出たぜ!」

 良く練習は裏切らないというが、伝説の喧嘩師に授けられた不良テクが実を結び、三馬鹿はハイタッチを交わす。

 ヤンキーの本場関西式のガンのつけ方を学び、『真・メンチギリ』という封技率100%(※流石にアクセサリの効果は打ち消せないが)の強力なクラフトに昇華させた。

「おいおい、何だ? この糞開幕は?」

 初っ端からいきなりチームのキーマンが潰されるなどサプライズにも程があるが、ヨシュアは想定外の窮地にも動じることなく現状の自分に可能な役割を分析し躊躇うことなく実行する。

「い、いや、来ないで……」

 弱々しい仕種で真珠の涙を零して、しなだれるように地面に寝っ転がり、セクシャルポーズで挑発。八卦服の裾が大きく乱れて、白い生足が剥き出しになる。ディンは一瞬ゴクリと生唾を呑み込むものの、ブルブルと首を横に振る。

「けっ、もう騙されるものか! 硬派な不良魂を身につけた俺らにそんな見え見えの誘惑が通用するとでも……」

「ひゃははっ! その短いスカートを捲らせろ!」

「やぁーん」

 辛うじて挑発クラフトを撥ね除けた二人と異なり、レイスは目をハートマークにすると得物の警棒を振りあげながらヨシュアを追いかけ回す。

「ほーら、ほら。捕まえてごらんなさーい」

「ひゃははっ、待て、待て!」

 恋人同士の微笑ましいキャキャキャウフフか、はたまた変質者にストーキングされる幸薄ヒロインなのか。闘技場全域をフィールドにした前代未聞の鬼ごっこが始まる。客席からも失笑が漏れ、エステルは軽くコメカミを抑える。

「全く、ヨシュアの奴、何考えてるんだ?」

「そうぼやくな、エステル。頭数を均等にする為に自分に敵を惹きつけているんだろ」

「そこまで気を揉む必要のある相手かよ? 二対三でも俺と兄貴で十分に事足りるだろうに」

 途方に暮れたエステルにジンはそうフォローするが、身内の奇行に頭を悩ましているのはロッコらも同様。前衛同士が互いに足を止めて、奇妙な小休止状態ができあがっている。

 いずれにしても、逃げモードの漆黒の牙を補足するなどエステルはおろかカシウスでさえも不可能なミッションなので、封技状態とはいえ心配する必要はない。

 現在のジン達も自慢の防御力が紙装甲なので、DEFが回復するまでの間は守勢に徹して遣り過ごすしかない。

 

「マイハニーのピンチ。ふっ、とうとう僕の射撃の腕前を衆目に披露する時が来たようだな」

 後衛として競技場最奥の壁前に待機していたオリビエは、目前で繰り広げられる追い掛けっこに導力銃を構える。「ここで格好良く救出すれば、ヨシュア君のハートも鷲掴みー」などと妄想全快で皮算用し撃鉄を絞ろうとしたが、ヒュンと音がすると同時に頬もとを何かが掠めて反射的に身体を硬直させる。

 左頬からツーッと血が滴り落ちる。目線を横にずらすと、何か槍のようなものが壁に激突。亀裂を走らせてポロリと地面に落ちる。

 一体どこから飛んできたのか、射撃元を探す。逆側の壁前に陣取っていたシャークアイが「ちっ、外したか」と舌打ちしている。

「まさか、あんな遠方からここまで槍を放り投げてきたというのかい?」

「気をつけて、オリビエさん。シャークアイさんは銛投げの名手よ」

 踊り掛かろうとするレイスの頭の上を跳び箱の開脚跳びの要領で両足を大きく左右に拡げながら飛び越えると、解説魔が己の危機的状況にも関わらず習性のように講釈を垂れる。

 揺れ捲くる甲板の上から五十アージュ先を高速で泳ぐ人食い鮫を一撃で仕留められる豪腕を所持しており、トライデントの後継者にならなかったのは単に釣作法の違いみたいだ。

「つまり、シャークアイさんには前衛後衛の概念は無く、敷地内の何処にいても攻撃範囲ということになるわ」

「そういう死活情報はもっと早く教えてよね、ヨシュア君」

 珍しくオリビエが苦情を申し立てるが、伝説の漁師の参戦を把握したのはつい先程。直後に開幕カードを組まれてしまったので、流石の名軍師も対策を施す時間がなさ過ぎた。

「だが、得物の投銛を既に手離してしまった以上、連射が効く銃の方が有利…………」

 ロングバレルの補助効果で射程が増したシルバスターで狙い撃ちしようとしたが、直後に有り得ない第二射の銛が飛来し導力銃に直撃して大きく弾かれる。

「馬鹿な、どうして?」

 次の瞬間、オリビエは信じられない光景を目撃して目を丸くする。

 シャークアイはニッと白い歯を光らせ、これ見よがしに背中を誇示すると筒状の背負い籠を装備している。籠内には武蔵坊弁慶の刀狩りの如く銛がぎっしり詰まっていて、飛び道具の補充には事欠かない。

「マジですか?」

 流鏑馬(馬上からの騎射)に慣れ過ぎると逆に平地の弓道感覚が鈍るように、海人にとっては不安定な船上の方が狙いをつけ易い。それが二回も外した要因だったが、やっと大地でのコツを掴んでようだ。野球のピッチングスタイルで豪快に振り被ると、左手に握り込んだ銛を投げ飛ばす。

「ひょえええ……!」

 緩やかな放物線を描くことなく、弾丸のようなライナーで一直線に襲いかかる。顔面蒼白になりながら何とか紙一重で避けるも。

「どんどん、いくぞ、おらっ!」

 どこぞの玉葱大佐のようによほど次行動が早いクラフトらしく、次々に銛が連射される。

 コンクリートの壁にひび割れを起こす程の威力なので、細身の彼が受けたら重傷必須。オリビエも道化らしからぬ必死さで闘技場を転げ回り、その跡の大地に銛がドスドスと突き刺さる。

 

「兄貴、ここは俺に任せて援護に行っていいぜ」

「解った、くれぐれも油断するなよ」

 敵コンビの攻撃を絶え凌ぎながら、ようやく守備力を復帰させたエステルが仲間のピンチを尻目にそう催促し、ジンも無意味な押し問答に時間を費やすことなく場を離れる。

 こう戦況が推移すると、タイマン特化型のエステルでは三馬鹿全部を一遍に遇うのはキツイ。レイスを引き離したヨシュアの囮役にも意義はあったものの、ジンの戦線離脱を見届けると、ロッコはエステルを相方に譲り自らは後退する。

「おいおい、これは団体戦だから、気を遣わなくてもいいんだぜ?」

 そう上から目線で諭すも、ディンは無言のまま警棒を鍔競り合わすだけ。「なら、お望み通り差し勝負で仕留めてやろう」とエステルは物干し竿に力を篭めるが、後方に下がったロッコが密かに待機状態で闘気を溜め込んでいるのに気づいていなかった。

 

「ひいいっ……って、アレ、動けない?」

 真下にしゃがみ込んで、七射目を避けたオリビエは、直後、金縛りになる。銛が燕尾服の襟裏を貫通して杭のように地面に突き刺さったからで、昆虫採集の標本よろしく縫いつけられ身動きが取れなくなった。

「随分と手間取らせたが、これで終わりだな、兄ちゃん。鏃を外して殺傷力は落としてあるから内蔵に刺さることはないが、肋骨ぐらいは折れるかもな」

「それも十分に勘弁して欲しいけど、駄・目・か・な? てへっ」

 俎板の上の鯉を前にシャークアイは銛にベロを這わせ舌舐りし、マゾの気はないオリビエは乙女コスモを輝かせて嘆願するが、海の漢はペッと唾を吐き捨てる。

「おらっ! そんなに胸部が嫌なら、その綺麗な顔の方を吹き飛ばしてやるぜ!」

 先のキモい強請りで逆に機嫌を損ねたらしく、更に状況が悪化。止めの一投がオリビエ自慢の高い鼻目掛けて放り込まれる。「助けて、マイ幼馴染み!」と叫んで目を瞑ったが、何時まで待っても覚悟した痛みは発生しない。

「ふうっ、間に合ったみたいだな」

 聞き慣れた声に恐る恐る目を開ける。ジンがその巨体でオリビエの盾となって、仁王立ちしている。分厚い胸板の筋肉に銛が刺さっているが、「ふんっ!」と腹筋に力を篭めて銛を跳ね飛ばすと、痕には僅かな痣が残っているだけでエステルをも凌駕する頑丈さ。

「ジンさん、助かったよー」

「気にするな、後衛を守る為に身体を張るのが壁役の務めだ」

 拘束する銛を引き抜こうか迷ったが、今不用心に敵に後背を晒すのは危険なので、「そこで大人しく見ていてくれ」と振り返ることなく無言でサムアップポーズを決める横幅の広い逞しい背中をオリビエは頼もしそうにウットリと眺める。

「ああっ、駄目。僕にはもう半身というべき幼馴染みがいるのに。けど、ジンさんになら僕の二番目を……」などと意味不明な葛藤に陥る変態の世迷い言をシカトし、シャークアイは次の銛を構えると軽く口笛を吹く。

「ひゅーっ、格好良いね、アンタ。けど、その足枷を庇いながら、どこまで耐えられるかな?」

 獲物が弱みを見せたら、容赦なく噛ぶりつくのが自然界の鉄則。シャークアイは躊躇うことなく次々に銛を投げ込む。

 オリビエが後方に無防備に横たわっているので、ジンは両腕をクロスに構えて顔面をガードすると、一撃たりとも避けることなくその身で銛を受け止める。

「くっ、こいつ?」

 時速150kmで飛来する常人なら一発で病院送りの投銛の嵐を身体に浴びながらも、まるで怯むことなく前進を続けるその姿はまさに『不動』。

 このタフガイの異常な耐久力と何よりも尋常でない精神力の強さにシャークアイの顔にも焦りが浮かぶ。極端に次行動の早い『投銛』クラフトに相応の手傷を負いながらも、とうとう敵を射程内に捕らえる。

「ここは俺たち拳法家の距離だせ、漁師さん」

 そう宣誓するとジンが右腕を振り被り、渾身の正拳突きを顔面に叩き込む。レイヴンエリートの肉体派ブルトを屠った月華掌が脳を揺すり、シャークアイの顔面が拉げる。激しい脳震盪に観客の誰もが一発KOを確信したが。

「どっせぇ、おらっ!」

 ギリギリ踏み止まったシャークアイは、ジンの顔面目掛けて飛び跳ねるようにヘッドバッドを噛ます。

「ぐっ!?」

 思わず巨体が揺らぐ。鍛えようがない人体の急所の一つ、鼻尖への強い一撃に鼻血が零れて、不動がはじめて二歩ほど後退した。

「やれやれ、なんで武術を学んでいる奴らは、どいつもこいつもチンピラを素人と侮るかね?」

 シャークアイの額も割れてツーッと血が滴り落ちる。瞳に好戦的な色を浮かべながら、ペロリと己の血を舐める。

「大時化の荒波に揉まれて、研ぎ澄まされた平衡感覚と三半規管。大海原の雄大さに較べれば、その程度のパンチなんざ屁でもないぜ」

 まだ銛の残数が余っている籠を放り捨てると両拳を握り込んで接近戦に備える。銛投げはあくまで転職後に覚えた余技に過ぎず、レイヴン特攻隊長の喧嘩は何時だって素手(ステゴロ)で、身体一つで総長のアガットの背中を守り抜いてきた。

「済まないな、確かに見縊っていたみたいだ。なら、こっちも本気でいかせてもらうぜ」

 目の前の喧嘩師から凄まじい闘気を感じ取ったジンは鼻血を拭うと、不敵な笑顔を浮かべ同じように拳を構え、両雄は至近距離から睨み合った。

 

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