星の在り処   作:KEBIN

106 / 138
魁・武闘トーナメント(ⅩⅥ)

「夕べは楽しめたみたいね」

 武術大会準決勝の当日、ホテル・ローエンバウム内のレストラン。

 夜半過ぎまで飲み明かしたジンとオリビエの体調を考慮して、十一時という遅めの時間を集合時間に定めた。そのままブランチとしてバイキングビュッフェに参加すると、二つのテーブルをドッキングさせて丸々占拠する。

 健啖家の男衆は店の料理をあらかた席に持ち込み、次々と胃袋に消費していく。摩天楼のように積み上げられた使用済み皿の隙間に微かな領土を許されたヨシュアは、モーニングトーストとベーコンエッグに紅茶を添えただけの細々とした食事で済ませる。

 ふと、隣にいるエステルと目線が合う。何か言いたそうに口をモゴモゴさせたが、軽く首を横に振ると無言を押し通す。

 昨晩の注意力テストに失敗し、秘密主義に与かるチャンスをみすみす逃したのが堪えたようだ。この悔しさを機に一つの事象から十の側面を読み取る遊撃士の気構えを保てるのなら、クローゼの情報公開に踏み切った甲斐もある。

「さてと、ゆっくりと食べながらでいいから、話を聞いてちょうだい。本日のオーダーのことなんだけど……」

 左手のティーカップを軽く口に含み、一堂の箸を止めることなく、こちら側に注意を促す。

 セミファイナルは二試合しかない。前日よりも試合開始時間が遅れるので真昼間から優雅に紅茶を啜る身分でいられるが、まさか控室で相席した他チームの面前で作戦会議と洒落こむ訳にもいかないので、この場で打ち合わせを済ませるつもりだ。

「次の組み合わせは未定だけど、メイルさん達や情報部なら特別な策を講じなくても互角に戦えると思う。だから、クルツさん達と対戦する前提で戦術を説明させてもらうわね」

 ヨシュアはそう前置きすると、「多分、今の私たちじゃマトモにやっても勝てない」とあっさりと正攻法での白旗を掲げて、エステルは眉を顰める。

 導かれし者の二強(ツートップ)が揃っていて太刀打ち不可能な程、アネラス達とのレベル差がかけ離れているとは思えなかったからだが、その点はヨシュアも同意する。

「単純に個々の能力だけを見比べるなら、私たちはクルツさん達にも劣っていない。むしろ、不動がいる分だけ上かもしれないわね」

 ただし、今大会のルールは単体の覇を競い合う個人戦ではなく、仲間同士で力を合わせる団体戦。個の力量差をチームワークと集団戦術の高さで埋め合わせ可能なのは予選試合で立証済み。

 昨日、可愛いもの講談の傍らにアネラスから仕入れた情報によると、クルツのパーティーはここ二月程、アラド自治州にチームで遠征していた。

「アラド自治州?」

「大陸南部にある導力が全く浸透していない未開地区よ。自治州と銘打っているけど、実態は共同体(コミュニティ)みたいなものね」

 首を傾げるエステルにヨシュアはそう補説し、この州の現状を知るジンとオリビエは一端食事を取り止めて互いに険しい表情を見合わせる。

 土地の八割は森と湖に囲まれ、政府や軍隊はおろか貨幣経済の概念すらない。数十人前後の小さな集落を森の中に築いて木を採伐して獣を狩り、自然と共存しひっそりと暮らしている。

 物々交換で商いする導力革命以前の貧しい生活水準。それ故に、『魔都クロスベル』のような紛争や大国の軋轢とも無縁に安寧を享受してきたが、数カ月前にこの州を取り巻く近況が一変する。

「事の始まりは、オーブメントの普及活動で大陸の発展途上国を渡り歩いているNGO団体が、アラド自治州を訪ねた際に七耀石の鉱脈を発見したことにあるそうよ」

 アラドの人間は自然主義者ではあるが、世界のバランスを崩さないエコエネルギーを頭ごなしに否定する程、融通が効かない訳ではない。生活様式を向上させた魔法の技術を無償提供した非政府組織(NGO)の人達にお礼がしたいと滝壺の裏側にある鍾乳洞の中に案内し、奥地には巨大な蒼耀石(サフィール)が手付かずの儘眠っていた。

 岩盤を埋めつくす規模から少なく見積もっても数十億ミラに達するが、彼らにとっては綺麗な石ころに過ぎず、是非ともNGOの活動に役立てて欲しいと気前良く提供したが、水の力を秘めた青色の神秘的な輝きには奉仕活動で貧しい国々を旅する善良なボランティアの心さえも惑わす魔性が秘められていた。

「…………ねえ、ダン」

「そうだね、エリカ。僕達は禁断の魔界の扉を開いてしまったのかもしれない」

 辛うじて誘惑を撥ね除けた団体リーダーのラッセル夫妻には、この宝の山がアラド自治州の豊かな経済発展を約束するのでなく、巨大な災厄を呼び込む破滅の使者としか思えなかった。

 無害、そして侵略価値がないが故に国際社会から見捨てられ平和を維持してきた名前だけの自治州に、こんな天然資源が隠されていると周辺諸国に知れ渡ったら? 飢狼のような国や企業がどう反応するかは火を見るよりも明らか。

「エリカ、諦めよう。発見した場所が悪すぎる」

「口惜しいわね、ダン。これだけのサフィールがあれば、どれ程の貧困地域の生命が救えるか……」

 ラッセル夫妻は、この鉱脈の封印を決めた。チームのメンバーや集落の人々にも決して他言しないように命令したが、人の口に戸口を立てるのは不可能のようだ。

 ミラの魔力に取り憑かれた団員の一人がキャンプを脱走し、隣国の採掘会社に駆け込んで発掘を試みようとしたことから、やがて鉱脈の存在が公に露見して最悪の破局を迎える。

 アラド自治州が大陸連合に加盟していない所謂早い者勝ちの未開地区(フロンティア)であるのも災いした。サフィールの独占を狙って多くの武装集団が押し寄せてドンパチを繰り返す塩の杭事件後に無法地帯と化したノーザンブリアも真っ青な激戦区に早変わりする。

 隣接する小国の正規軍、某国の大貴族が派遣した私兵団、更には大企業が送り込んだ傭兵などが入り乱れて、後に蒼耀石競争戦(サフィールウォーズ)と呼ばれる血で血を洗う戦闘が連日のように繰り広げられた。

 迷惑を被ったのはアラドに住んでいた無欲な原住民。先住権を持つ彼らの存在そのものを目障りに感じたとある巨大財閥はあろう事か『黄金の羅針盤』と呼ばれる猟兵団を雇い、幾つもの集落を焼き払いジェノサイドを敢行する。

 ラッセル夫妻は深く自責の念に苛まれながらも、現実的な対処法として自治州の外への移住を提案したが、争奪戦に参加しなかった真っ当な近辺の国々も数千人単位の難民を受け入れるのは簡単ではない。また強い影響力を持つ長老たちが先祖代々から受け継がれた土地を離れるのを拒絶したので、話が面倒になっている。

 ダンは引退した棍を再び手に取る。集落の防衛に尽力するのと同時に、古巣の遊撃士協会(ギルド)に救援要請。結果、クルツ達のチームが派遣される経緯になった。

 

「どうしたの、エステル?」

 話の最中、胸糞悪そうに顔を歪めた義兄にそう問い掛けたが、本当は判っていた。

 『人間はミラの為に平気で他者を殺せる』

 マーシア孤児院絡みで実体験したこの世の真理の一つに純朴な正義の心が反発を感じているのだろうが、いずれ正遊撃士として大陸を駆け巡るつもりならいい加減慣れてもらわないと困る。

「なるほどな。しかし、クルツ氏はよく見習いを卒業したばかりの新米を、こんな任務に帯同する気になったものだな?」

 ベテラン遊撃士として数々の修羅場を潜ってきたジンは、表情を消して嘯く。

 怒るには値しても、今更驚嘆するに該当しない。大陸の彼方此方で日常茶飯事な悲喜劇の一つに過ぎないのを弁えているからで、事態の深刻さにお気楽なオリビエでさえも空気を呼んで茶々を入れようとはしない。

 黄金の羅針盤は『赤い星座』や『西風の旅団』などの一流所には及ばないが、それでも優秀な傭兵部隊にのみに授けられる猟兵団(イェーガー)の称号を持つ冷酷な武装組織。

 そんな連中の無差別殺戮から少数メンバーで民間人を守るなど、ミッションインポッシブルも良い所。現地で多くの死を目撃することを憂慮すれば、色んな意味でルーキーには荷が重すぎる。

「最初はクルツさんも連れて行くつもりは無かったそうだけど、昇格報告で王都を訪ねたアネラスさんが依頼の内容を知り懸命に頼み込んだそうよ」

 困っている人間を助けたいという遊撃士の基本理念を訴えたアネラスの熱意に絆され、更には方術の特性を活かすにはメンバーの頭数は一人でも多いに越したことはない。クルツ達はたった四人の少数パーティーで紛争地帯に乗り込んだ。

 ラッセル夫妻と合流したクルツチームは、集落の人々に避難の必要性を説く傍ら、昼夜問わず襲いかかってくる傭兵からの防衛戦という至難極まるクエストに挑むことになる。

 国際協定で禁止された実弾兵器を躊躇なく撃ちまくる殺戮者を相手取るのは大変だが、迷路のような森の地理を知り尽くしている地の利を活かし、エリカ博士が得意の発明で数々のトラップを仕掛けて、ダンを含めた新旧遊撃士五人が奇襲のゲリラ戦に徹することで兵力と装備差をカバーする。

 正規軍や私兵団は基本的には村民を無視したことや、雇い主との間の値上げ交渉による黄金の羅針盤の一時的なストライキ。更には寄せ集めの傭兵に至っては膨大な七耀石を我が物にしようとの欲望に駆られ独自の行動に出るなど足並みが揃わなかった僥倖にも助けられ、少数精鋭のクルツ班は一月以上戦線を持ち堪えた。

 ただし、その間も確実に犠牲者は増え続ける。

 特にまだ年端もいかない子供の酷たらしい死体を真近で拝んだ時はアネラスは吐いてしまい、同じ世界の現実だとは信じられなかった。

 果たせない約束。救えなかった生命。まさしくこの先エステルが避けては通れない過酷な洗礼の数々を今アネラスは最悪に近い形で突き付けられていた。

 だが、それでも希望はある。目の前の悲劇をただ指を銜えて傍観するのではない。自分たちの行動次第で、未来を覆すことが可能な位置に少女は立っていたからだ。

 だから、どんな絶望的な光景を目の当たりにしても決して悲嘆に暮れることなく、アネラスは仲間を信じて、現地の人達との交流を深めて日毎に成長していった。

 

 膠着状態が大きく揺れ動いたのは、今からちょうど二週間前。

 雇用主との間の金銭契約で折り合いをつけた黄金の羅針盤が本腰を入れて攻めてきて、数で劣るカルナ達は窮地に陥った。

 七耀教会やギルドの他支部は腰が重くて援軍の当てもなく、孤軍奮闘のグラッツ達は死を覚悟したが、その絶対絶命の危機を救ったのは何と今まで戦禍に怯えることしかできなかった原住民。

 弓や手槍などの原始的武器で狩猟するだけの対人バトル経験のないアマチュアとはいえ、黄金の羅針盤を上回る手勢が加わったことは戦況の変化を意味する。

 そう、『十絶陣のクルツ』の方術が最大限に活かせる環境が整ったからだ。

「方術・猛ること白虎の如し」 

 旧式武器でイェーガーの鎧を貫けるパワーを手に入れて。

「方術・貫けぬこと玄武の如し」

 火縄銃から放たれた実弾でも即死しない防御を手にし。

「方術・神速のこと麒麟の如し」 

 唯一の利である良く知る森の地形を利用して攪乱する快速を足にし。

「方術・深遠なること青竜の如し」

「方術……・がえること…………如し」

 どれだけ傷を負ってもしぶとく抗戦し、倒れても何度でも立ち上がる。

 一つの標的に向かって統率され強化(エンチャント)を施された烏合の羊の群は、訓練された狼の軍団に変貌する。

 確かな力を持つ遊撃士の側に現地人の補佐がつき、交戦した猟兵を確実に一人ずつ戦闘不能にする。次第に双方の負傷比率は逆転し、これ以上の損害は割に合わないと判断した黄金の羅針盤は一時撤退した。

「勝った、いえ、守れたんですよね、私たち?」

 無論、敵は戦力を整えたら再侵攻してくるので、その場凌ぎの時間稼ぎに過ぎないが、これを切っ掛けにクルツ達の戦いは終局へと向かう。

 頑迷に退去を渋っていた長老達も戦闘のプロさえも退けた民族の誇りを垣間見て、拘るべきは場所でなく残すべき血脈たる幼子の命そのものであると気づき避難を受け入れてくれたからだ。

 遅まきながらも七耀教会の働きかけにより移住先が見つかったこともあり、二週間に渡る退却戦でクルツチームはラッセル夫婦と生き残った現地の人らを無事に自治州の外に送り届けるのに成功する。

 こうして、二カ月に渡る命懸けの厳しい戦闘を潜り抜け、AAAクラスの高難易度クエストを達成したにも関わらず、途中で立ち寄ったレマン自治州の協会総本部では全員一階級の昇進を受けただけで特別な栄誉は何も授けられなかったが、胸の内には満足感しかない。

 結局、鉱脈には手付けずだったので貧しい現地人から得られた報酬は微々たる額であったが、ささやかながらも自らの手で死に逝く生命を掬いあげられた誇りは遊撃士にとってはミラにも代えられない勲章だ。

 原住民が全て撤収したアラド自治州では、巨額の蒼耀石を巡って今も争奪戦が続いている。

 

「そっか、アネラスさんも頑張っていたんだな」

 かつて剣と棍を並べて共に戦った盟友のその後にエステルは感慨耽る。

 空族事件以後もルーアン市長との対決やレイストン要塞潜入など準遊撃士にはそうそう縁がない高レベルの依頼をこなしてきた兄妹だが、アネラス達はまさに戦場と呼ぶしかない場所で己を磨いておりボースの頃とは別人と考えた方が良いだろう。

「アネラスさんも自分たちの武勇伝を誰かに語りたくて仕方がなかったみたいね」

 守秘義務が伴うクエストの苦労を分かち合える相手は基本的には同業者しか存在せず、ヨシュアは軽く苦笑しながら昨日の少女の高揚振りを思い浮かべる。

 こういうフレンドリーな部分は以前と全く変わっておらず。お蔭で労せずクルツチームの背景を知り得たが、あまりのはしゃぎ振りにシニカルなヨシュアも完全に毒気を抜かれ、肝心要の方術の謎を聞き出すのを躊躇ってしまう。諜報活動は中途半端な形に終始してしまった。

「話を元に戻すわね。今の過去話で判明したようにアネラスさん達は二カ月近くも同じパーティーで生死を共にし戦地を乗り越えてきた。三日程度の即席の連携しか試さなかった私たちとは、集団戦の練度に大きな隔たりがあるのは改めて理解できたわよね?」

 本能の赴くままに暴れる手配魔獣なら拙いコンビネーションでも勝機はあった。

 だが、武術大会に参加するのは同じ人間(※メイルチームの怪獣を除く)である。人と魔獣を峻別する最大の違いは学習能力の有無。ヨシュア達が知恵を絞るように、対戦相手もまた過去のデータを分析し対策を練ってくる。

 あの学無しのロッコ達でさえも、兄妹を打倒する為にブチ切れアタックをより実践的に改良して挑んできた。それが海千山千の遊撃士ともなれば、戦術の引出しの多さや戦況変化に応じた対応力の高さはチンピラの比ではない。

「その上でパーティーバトルの申し子ともいうべき十絶陣がチームを率いている。単なる現地人を猟兵団と渡り合わせたことでも、方術強化のチート振りは十分伺えるわね」

 マトモに戦っても勝てないと判断したのは二重のアドバンテージがアネラス側にある故だ。

 あと、アガットあたりが良く目くじらを立てる民間人の戦闘介入にジンやクルツのような上級遊撃士が比較的寛容なのは、体裁に拘って最善を尽くさずに敗北すればその守るべき者達をも黄泉に道連れにしてしまう現実を長年の経験から悟っているからだ。

 もちろん時と場合にもよるだろうが、アラド自治州のケースでは現地人の参戦を頑なに拒んでいたらアネラス達は全滅。集落も皆殺しにされていたのは確実である。

「なるほど、ヨシュアの見解は良く判ったし、チーム同士で戦って不利な考察に異論はない。まあ、実際にクルツ達と今日ぶつかる確率は1/3だが、運悪く外れ籤を引いたとして軍師殿はこの強敵にどう立ち向かうつもりだ?」

 食事を終えたジンは軽く腕組みすると、瞳に好奇の色を浮かべて次の助言を待つ。

 血は繋がらずとも、稀代の戦略家と謳われた剣聖(カシウス)の思考力を受け継いでいるのは実兄よりも義妹の方に思えるので、どのような奇抜なアイデアで劣勢を引っ繰り返すつもりなのか楽しみにしていたが、ヨシュアの口から出た言霊は愚鈍と錯覚され勝ちなデカイ図体に反して柔軟な思考力を持つジンにも理解不能だった。

「力を合わせて戦っても勝てないなら、いっそのこと団体戦は止めてしまいましょう。去年までの大会ルールに戻して個人戦に変更しちゃうというのはどうですか?」

 そう不可解な宣言をする。野郎共のポカンとした表情を琥珀色の瞳孔に焼き付けた少女は悪戯に成就した小悪魔のように無邪気に微笑んだ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。