星の在り処   作:KEBIN

110 / 138
魁・武闘トーナメント(ⅩⅩ)

「ヨシュアちゃん、一緒に遊びましょう」

「くっ!」

 百戦錬磨のクルツへの対処は若輩のエステルにはまだ荷が重すぎるので、ヨシュアは何度か義兄の救援に赴こうとしたが、再びアネラスの側に引きずり戻される。

 この技は軽い物体ほど引き寄せる射程距離を伸ばせるらしく、とある事情から体重の概念が無に等しいヨシュアが効果範囲外に逃れるのは不可能。

 独楽舞踊を発動させる前にじわじわと蒼の組側に移動を続けるアネラスに戦場を動かされ、とうとう右側のフェンス手前まで拉致されて、クルツ達とは手の届かぬ距離まで引き離されてしまった。

「貴方を倒さない限り、私はアネラスさんから自由になれない訳ですね?」

「うん、そういう事になるね、ヨシュアちゃん」

「ならば、本気でいかせてもらいますよ、アネラスさん」

 覚悟を決めたヨシュアはアヴェンジャーを展開すると数少ない友人に牙を剥く。

 残像を残すレベルの高速機動力で一瞬でアネラスの懐深くに潜り込み、少女が瞬きする間に左右合わせて二十を越える連撃を叩き込む。

「わっ……わっ……わっ……!」

 演技でなく得物を弾かれかけて、アネラスは両掌で必死に握り込む。

 兄妹間の力量差を考慮すれば、エステルと互角だったアネラスがヨシュアに敵する筈もない。ほんの数瞬の手合わせで絶望的な現実と向き合わされるも、託された仕事はジャイアントキリングではない。

 普段なら死路であるフェンス角の袋小路を逆に利用して、闘技場の隅っこに陣取って正面からの攻撃に備えれば良い態勢を整えると、剣を縦に構えて即死箇所だけは打たれないよう尽力し致命傷を避ける。

「これでは埒が明かないわね」

 卓越した技のキレで敵の急所を斬り裂くヨシュアの戦闘スタイルの特性上、完全防御に入られると決定打を獲るのは難しい。多少のダメージを与えても青龍のオートヒールでアネラスにターンが回る度に傷が治ってしまうので、まさに踏んだり蹴ったりの状態。

 無限回復地獄に業を煮やし再度離脱を試みても、例の独楽舞踊で振り出しに戻され即座に防御態勢で亀のように固まられる。

 攻めれば守られ、逃げれば囚われる。変形のヒット&アウェイに絡め捕られて、焦燥に駆られる。

 十絶陣の二つ名がヨシュアの予測通りの意味合いなら、そろそろ他の戦場にも歪みが発生する頃合いだ。勝利のレールから脱線したチームの現状に危機感を覚え、少女の中に潜む魔性がズキリと呻いた。

『例えば君が本気を出すとか……かな?』

『全てを開放しちゃいなさい、私の可愛いヨシュア。そうすれば、瞬きする間に何もかも終わるわよ』

 先のクルツの問い掛けに重なるように、聞き覚えのある女性が甘ったるく囁く。トクンと早鐘のように波打つ心臓を抑えながら、裡なる声に耳を塞ぐ。

(駄目、アレを入れたら、本当に何もかも終焉してしまう)

 自身と己を生み出した魔女にしか通じない道理で、スイッチを繋げる誘惑に懸命に抗った。

 

        ◇        

 

「ふんっ、せいやぁ!」「うおっしゃー!」

 隣の左側ではジンとグラッツが再び正面からぶつかり合う。

 グラッツの役割もアネラス同様に足止めだが、同僚のような防御戦法は取れない。

 非力なヨシュアと異なり、怪力無双のジンにはガードの上からでも強引にダメージを与えられる剛拳がある。一カ所に縮こまれば必然的に拳法家の領域のゼロ距離バトルに持ち込まれて、一方的なサンドバックにされてしまう。

「いくぜ、奥義グラッツナイトメア!」

 だから俗に云われる『攻撃は最大の防御』の心構えで、一度成す術もなく倒された強敵に特攻精神で愚直に前へ出る。

「旋風剣!(ちっ、技名がシンプルでだせえ)」

 青龍の回復力で持ち堪えながら、豊富なノックバック攻撃を仕掛けてジンを遠方に吹き飛ばして、ひたすら距離と時間を稼ぐ。

 その勇気ある選択が功を奏し、方術の後押しがあるとはいえ今度は五分に立ち回っている。

 もし、微かでも守りに入ろうと弱気に呑まれていたら、自動回復を上回るラッシュにHPを根こそぎ削り取られ、じり貧に陥っていた。

「ふふん、色々と知恵を巡らせてくれた軍師殿には悪いが、こういうのも悪くない」

 試合の流れが当初の思惑から外れ迷走しているようだが、互いの剣と拳に魂が篭もった気持ちの良い決闘に漢二人は至近から不敵に笑い合う。

 無論、チームの役割を忘れて個人プレイに走るつもりはないが、新しい風が吹き込むまでは両雄とも今しばらくはこの死闘を楽しむつもりだ。

 

        ◇        

 

「くそ、何で当たらない?」

 ジンとは逆にエステルはアネラス戦の時と異なりクルツとのバトルを堪能することは叶わず、ひたすら空回りを続ける。

 自分の失策が起点となってグラッツを復活させた挙げ句、クルツを止められずに好き放題の敵陣強化を許してしまった。このままチームが敗退すれば一級戦犯となるのは請け合いで、焦りが更なるミスを呼び込み完全に周囲が見えなくなっている。

「君に問題がある訳ではないよ、エステル君。ただし、カシウスさんも罪作りなことをしたとは思うがね」

 対戦者であるクルツが黒い瞳に僅かばかりに憐憫の色を浮かべて、エステルを慰める。

 エジルも感じていた理不尽だが、年齢を考慮すれば今日までのエステルは飛び抜けた経歴を示しているのに、その功績を霞ませてしまうのが既にA級遊撃士相応の実力者の義妹の存在。

(同じ男児として些か同情するが、試合中に私心は禁物だな)

 エステルには確かな戦闘センスがあるが、焦慮故に今はその使い道を誤っている。

 クルツは容赦なくその間隙をつく。もはや予知に頼る必要すらない程にテレフォンな攻撃に落魄れた見え見えの金剛撃を避けると、とっておきを披露する。

「方術・鈍重のこと裏麒麟の如し」

「ぐっ? な、何だ?」

 大円の中心点から外周に向かってセンサーのような光の波が走り、どうした所以か敵であるエステル達の方に影響を及ぼす。

 私服姿のまま泳いで海中から陸地に上がり、水を含んでずぶ濡れの服の重みを感じた時のような不可思議な負荷が身体を蝕んだ。

 

        ◇        

 

「おや? 何か急に身体が重くなったような……」

 カルナと銃撃戦を繰り広げていたオリビエは、自覚せざるを得ない体調の悪化に小首を傾げる。

 懸念されていた方術がバンバン発動し、味方陣営が不利に傾いたのは間違いない。現在の戦況を確かめようと戦場全域に目を配ろうとした刹那、銃弾が足元を跳ねる。

「おやおや、あんたから誘った癖に余所見するなんて連れないね、色男? 移り気な浮気性の男は背中から女に撃たれるから用心した方が良いよ」

 瞳に蠱惑的な光を称えながら警告するカルナに、「これは失礼した」と一礼して意識を戻す。姐御肌の女遊撃士は口元に女豹のような微笑を浮かべており、オリビエの背筋に冷たいモノが走る。

「さて、質問です、色男。さっきまでジンさんの局地戦撃破を目指して、あんたらのチームがあたしらを足止めしていたけど、今ではそのお互いの立場がチーム単位でそっくり入れ替わっています。この場合、あたし達が穴と見做した新しい草刈り場はどこでしょう?」

 カルナのクエスチョンに顎先に手を置いて思案する。

 ジンとヨシュアは基本相手より格上。逆に格下のエステルと対峙した敵リーダーのクルツは方術の詠唱に忙しく放置中。ならば、消去法でいくと……。

「ふっ、この僕、漂白の詩人、オリビエ・レンハイムということになるのかな?」

「ピンポン、ピンポン。正解者には報酬としてフレイムキャノンをプレゼントするよ」

 今まで脇役に徹していたカルナが突如主役のアタッカーに変貌する。

 導力砲に匹敵する広範囲爆撃が炸裂。なぜか行動力を衰えさせていたオリビエは回避を遅らせる。直撃は避けたものの、モロに爆風に吹き飛ばされてダメージを負う。

「痛ててっ。あ、危なかっ…………?」

 燕尾服の半分が焼け焦げたものの、重傷を免れてホッと安堵の息をついたのも束の間、追撃の散弾が撃ち込まれて慌てて地面を転げる。

「有り得ない。Sクラフトを放った彼女の方が僕より早く動ける?」

 まさか、ヨシュアなみに硬直(ディレイ)が短く、次行動が速い訳でもあるまい。

 そんなスピードスターなら、もっと早めに単独でケリをつけられた筈。実際に先程までの両者の撃ち合いは互角だった。

 なのに、現在の雌豹は明らかにオリビエを被捕食対象と見做しており、導力カートリッジをアサルトバージョンに取り替えると獲物の縞馬を前に舌舐りする。

「冥土の土産にネタバレすると、今のあたしはあんたの三倍の速度で動けるのさ。けど、時間が経つごとにSPD系以外の攻防バラメタもどんどんしんどくなっていくよ、色男」

 

        ◇        

 

「やっぱり、敵弱化(エンチャント)の方も使えたわけね」

 悪い予感というのは往々にして的中するものらしい。クルツが既に使役した麒麟の裏の顔を唱えると、味方側ではなく敵対チームに対して悪影響を齎す。

 当然、エンチャントでも強化でなく弱化(SPD-50% AGL-50% MOV-4)。ジン達は重力の強い惑星に放り込まれたかのように機動能力を大幅に損なわれた。

 一見、正反対のスキルに思われるが、実は力の加え方を反転させれば良いだけの同延長線上の能力。朱雀、青龍、白虎、玄武、麒麟の五神獣を表と裏で使い分けての『十絶陣』とは良く名付けたもの。

「味方の能力を底上げした上で同時に敵のステータスも弱める。だからこそ、現地人を黄金の羅針盤と戦わせるなんて無茶な芸当が可能だった訳ね」

 石化や混乱などの『状態異常』を防止するアクセサリは数多く存在するが、能力の低下を促す『ステーテス異常』を無効化するアイテムはアーティファクトクラスの希少品で、現状では防ぐ手立ては皆無。

 だからこそ、方術を一度も発動させない方向での完封劇を目指したのだが、その計画は既に御破算になっている。

「とか愚痴りながらも、ヨシュアちゃん自身には素でクルツさんの裏神獣が効かないんだね。ちょっと、ずるくない?」

 急激に動作を鈍らせた男性陣と異なり、一人だけちゃっかり方術を無効化して俊敏性を維持する不思議少女にアネラスが控え目に苦情を申し立てるが、ヨシュアはやさぐれた態度で両肩を竦める。

「泣きたいのはこちらの方ですよ、アネラスさん。謙遜癖が強すぎるあの人は私やジンさんをモンスターだの言いたい放題ですけど、団体戦という枠組みの中で一番チートな真似しているのは紛れもなくクルツさん当人ですよ」

 表裏の麒麟が唱えられたことで、カルナ達の速度が上昇。反面、エステル達(耐性持ちのヨシュアを除く)の機動力は減少させられた。

 戦いで最も重要なステータスは攻防数値(STR/DEF)よりも、行動力を司るSPD。最初にこの能力を集中的に抑えたクルツは実に賢明。両陣営の速度差は三倍にまで広がり、単純計算でこちらが一回動く間に相手は三回の行動選択が可能になっている。

 そんな不均衡が更に加速すれば、オリビエが戦線を維持出来る筈もなく真っ先に脱落する。

 元々後衛のガンナーやアーツ使いは前衛の壁役に守られるのが前提。タイマンで戦えるほどタフではない。オリビエが戦闘不能に陥ればフリーになったカルナが他の戦場に介入し、今度はこちら側が数的不利に怯える立場になる。

「それよりも、追って玄武や白虎も表裏で発動されるだろうから、下手をすればジンさんすら足元を掬われる危険が…………」

 そこまで言い掛けて、ある事に気づいたヨシュアは言葉を呑み込んだ。

 行動回数の増加に伴い傷の回復速度も上昇したクルツチームの中で、未だに疵痕が完治していない人物が一人いる。

 それは他でもないクルツ自身。捻糸棍を受けた左肩は痛々しく晴れ上がったままで、普段は両手で扱う風神雷神を器用に右手一本であしらい、エステルの攻撃を往なしている。

「うん、そうだよ、ヨシュアちゃん。クルツさん本人は一切の方術の効果を得られない」

 どうせ遅かれ早かれヨシュアは自力で解答に達するだろうから、今更隠しても栓なきとあっさり告白する。

 クルツを中心点とした円形の陣を敷いて、陣内にいる者に強化あるいは弱化を施すのが方術の原理。クルツが生存している限りはその効果は永続する。

 陣形の維持には大量の闘気(CP)を必要とし、その間は駄々漏れ状態なので闘魂セット(鉢巻き&ベルト)でターン毎にCPを補えるセッティングにし、即死などの耐性防御が疎かになっていた。

「けど、円内に闘気(チャクラ)を放出し続けるクルツさんは、その対象には含まれない。そういう制約だからこそ、あの人はここまで凄い支援能力を身につけられた」

 そうアネラスは誇らしげに説明する。そんな彼を身体を張って守るのが少女が自身に課した誓約。

「ねえ、ヨシュアちゃんは私に『後衛の盾となって負傷するのが、前衛の役割であり勲章だ』と諭してくれたよね?」

 あの時の言葉があったから、アネラスはアラド自治州でどんな苦難を前にしても挫けなかった。今こうしてヨシュアとのミスマッチを突き付けられても、めげずに頑張れている。

「だから、絶対にクルツさんの邪魔はさせない」

 昔からアネラスの目標は何一つ変わらない。困っている人を助けたい……そして、大切な仲間を守りたい。

 そんな想いが具現化され、壁役として敵を自分に引き寄せる為に編み出されたのが独楽舞踊なのだ。

 

(馬鹿馬鹿しい。私は何を悩んでいたのだろう?)

 アネラスの清々しいまでの決意表明を受けて、ヨシュアは憑き物の落ちたような晴々とした表情で天を仰いだ。

 気分は完全に落ち着き、さっきまでの身体の疼きや脳内を木霊する誘いは鳴り止んだ。

(仲間を信じて、自分の務めを全うするか)

 少女の良く知るスケベな大馬鹿野郎に似たひたむきさを感じさせる頑張り屋さんの姿を目の当たりにして、ヨシュアは自分を取り戻し成すべき道を見出した。

 悪い魔女によって生み出された孤独な漆黒の牙(ヨシュア・アストレイ)に堕落し、血みどろの黒星を敵に押し付けるのでない。

 参謀として悪知恵を働かせて男衆を扱き使う腹黒完璧超人(ヨシュア・ブライト)として新たな作戦を構築し、自軍を白星に導くことである。

(となれば、まず果たすべきは方術のカラクリを見破ることね)

 十絶陣は強化に加えて弱化まで可能という素敵な性能だが、お陰で一つの事実が発覚した。

 敵味方の双方が入り乱れた戦場で好みの対象を選んで強化するのも大変なのに、敵だけに弱化を施し味方には類を及ばさないように瞬時に選り分けるなど不可能だ。

 核となる何かを所持していると確信したヨシュアは、アネラスへの攻撃を一端中止。両目を真っ赤に光らせて魔眼の能力で観察し、ちょうど良いタイミングで次の方術が発動する。

「方術・浅薄なること裏青龍の如し」

 またしても裏シリーズ。毒や凍結状態のように毎ターン味方のHPが削られる(※ヨシュアはレジストしたが)という嘗めた仕様で、逐一チートだと喚くのに飽きたヨシュアは突っ込みを心中に留めて、アネラスの状態変化に意識を注ぐ。

(見つけた)

 メディカルチェックした結果、ちょうど方術の光破線がアネラスの身体を横切るのと同時に彼女の胸当ての内側で長方形状の物体が輝いているのをサーチした。

 何らかの確証を得て方術を根本から封印する方策を思いついたようだが、あの解説魔が直ぐさま種明かしに走ろうとはしない。

 強化の恩恵を授かる敵はアネラス一人でなく、弱化の被害を受けるのはヨシュア以外の味方全員なので、最も効果的なタイミングを狙わなければ戦況を最逆転させるのは叶わない。

「ねえ、ヨシュアちゃん。さっきからぼーっと突っ立ってどうしたの?」

 気恥ずかしい選手宣誓をしてからヨシュアが一向に仕掛けてこない状況に拍子抜けしながらも、油断させて攻撃を誘い込む罠である可能性も考慮しその隙を突こうとは考えないアネラスは訝しみながら尋ねる。

「何でもありませんよ、アネラスさん。私は信じて待つことにしただけです」

「待つって何を? 時間が経過すればするほど私たちが有利になるだけだよ?」

「馬鹿で不器用な癖に諦めが悪い私の可愛い義弟ですよ。私を封じて勝ったつもりでいるようですけど、アネラスさんやクルツさんもエステルを甘く見ると痛い目に遇いますよ?」

 ロレントの愚兄賢妹と不条理に比較されてきた義兄の底力を最も高く評価しているのは、実は他でもないその義妹自身。アネラス達が仲間内で助け合ったように、ヨシュアもエステルを信じ勝機を託す決断をした。

 

 再び試合の流れを変えてジンチームが勝利を掴めるかは、ヨシュアがそうしたように、エステルが自分を取り戻せるか否かに掛かっていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。