「いくわよ、アサルトモードα!」
アサルトライフルの自動射撃で、マシンガンに近い速度の連射で一方的にオリビエを狩り立てる。
アーツ遣いとしてはワンラインのオリビエが上回るが、壁役の存在しない差し勝負では何のアドバンテージにもならず、逆にガンナーとしての性能は移動中の射撃スキル持ちのカルナの方に軍配が上がる。
しかも敵は三倍速で動ける上に表青龍の回復の後押しがあるので、防御すら考えずにひたすら攻撃に専念できる。更にオリビエは逃げれば逃げるほど裏青龍の効果でHPを削られるというオマケつき。
どこを掘り下げても希望の欠片すら伺えずに既に心が折れてリタイアしても可笑しくないが、オリビエは反撃を諦め転げ回るように逃げに徹することで辛うじて生命を繋ぐ。
「粘るねえ、色男。あんたは泥を啜ってでも生き延びるよりも華々しく散るタイプだと思っていたけど、結構根性を見せるじゃないか?」
オリビエを袋小路に追い詰めたカルナはカートリッジを変更しながら、感心したように口笛を吹く。
「ふっ、これは団体戦だからね。それと勘違いしているが、僕はどんな時も派手好きな人間だよ」
普段の伊達男振りが見る影もないない程に煤で汚れた顔でニカッと笑うと、懐から何かを取り出してカルナに向かって投げ込む。
手榴弾かと身構えたら、真紅の薔薇の花束。「舐めてるのか?」とあっさり迎撃したが、途端に中空で破裂して花びらを散開させる。
「ちっ、目晦ましか?」
どのような仕掛けなのやら、周囲が完全に花びらの煙幕に覆われる。オリビエの姿をロストしたカルナは所構わずめくら撃ちして、匍匐前進の姿勢で身体中を泥まみれにしながら後方に這い出たオリビエはようやく一息つく。
「ふふっ。こうして僕が戦闘不能にならない限りはレディは他の戦場には介入できない。それこそが僕たちのチームの希望なのさ」
◇
(後は白虎と玄武を表裏で唱えれば、私の仕事は終わりか)
クルツは若輩のエステルを一方的に翻弄し、闘魂セットによるCPの回復を待ちながら今後の展望を推し量る。
その頃にはガンナー同士のワンサイドゲームも決着がつく。SPDと共に双方の
(ヨシュア君には裏シリーズが効かないようだから、十絶陣が完成したら望み通りエステル君との一騎討ちを果たしてから、アネラス君の救援に赴くとするか)
ジンやヨシュアは魔物だが、人海戦術と方術支援があれば何とか退治できるだろうとの算段を巡らせるも、警戒対象が多すぎた所為でクルツは眼前の直接の対戦相手への危機感を薄めていた。
「やれやれ、やっぱり止められないか」
焦燥と共に繰り出された散漫な金剛撃も今は影を顰めて小休止状態となっているが、まるで自己アピールのような愚痴が零れてクルツは意識をエステルに戻す。
「まっ、そりゃそうだ。解除クラフト一つで何とかなるなら、ヨシュアは最初から俺をぶつけていた筈だよな。あいつはほとんど突っ立っていただけでクルツさんを封じていたが、凡才の俺に天才の真似事が叶う道理はねえ」
対決の当事者と目の上のたん瘤の義妹の両方への敗北宣言が飛び出しだが、当のクルツはその台詞を額面通りに受け止めていない。諦観や絶望とは全く正反対の燃える闘魂を少年は瞳の中に宿している。
「どうすれば良いかなんてさっぱり判らないし、勝算も作戦も有りはしねえ。だから、俺は今ある俺の総てをこの場で出し切る!」
そう宣誓すると、エステルは溜め込んだ闘気を一気に開放。麒麟功を唱えてSTRとSPDをブーストさせる。
裏青龍のHP減少は防げなくても、裏麒麟のSPD弱化は相殺される形になる。クルツ自身には表麒麟のSPD強化は掛かっていないので、スピードだけは五分に立ち回れる計算になる。
「いくぜ!」
そう告げると同時に物干し竿で襲いかかるが、浄眼に棍筋の軌道が予め映されている。クルツはまた最小の動作で避けて、表白虎を発動しようとしたものの。
「ぬっ?」
浄眼が危機を訴え、反射的にスウェイバックで仰け反ると、その上を棍が通過していく。今度は返す刀で地面に叩きつけようとしたので、大きく後方に飛び退く。
「方術・猛るこ…………」
「まだだ!」
一瞬で距離を詰めたエステルは、左手を翳したクルツに一本突きをかます。クルツはこれも避けるも、そのまま高リーチの長物同士の対戦とは思えぬ接近戦に持ち込まれて、ひたすら棍を振り回す。
まだ裏白虎による弱化は掛かっていないので、STRブースト中のエステルは一発で肋骨をへし折れる破壊力を保持している。一切の強化の恩恵を受けていないクルツは慎重に対応しながら、カウンターの一閃を顎先に叩き込む。
「ぐっ…………まだまだ!」
口の中が切れて血が滴るも全く頓着せずにエステルは連撃を叩き込み、クルツの表情から余裕が消える。
何度打たれようと怯むことなく前に出る。底無しの闘志と豊富な運動量に任せてひたすら手を出し続けて、方術を出す隙はおろか予知すら追いつかなくなる。
(まずい状況になったか?)
二人の戦闘キャリアは大きくかけ離れているので、試合中の駆け引きには雲泥の差がある。故に金剛撃で止めるのに意識を割いていた先までは良い様に翻弄できた。
だが、今のエステルは何も考えずにガムシャラにクルツを倒しにきている。
麒麟功切れの反動はもちろん、この試合の先の未来もアウトオブ眼中。只今一時だけを見据えて本当に全てを出し切る覚悟。
この後先考えない神風特攻こそクルツが最も恐れていた開き直り。エステルは無酸素無呼吸運動で肌を青紫に変色させながらも、棍勢も速度も衰えさせることなくクルツをヒヤリとさせる攻撃を連続させて、ついには額当てに直撃させる。
「ぐっ……!」
闘魂鉢巻きで固定したバックルが割れて、セットした緑色の髪が乱れる。
更なるエステルの一撃にクルツは堪えきれずに、とうとう両腕を使って風神雷神で受け止めた。
(これはもう殺らなければ殺られる!)
崖っぷちまで追い詰められたクルツは、解けた髪と相俟って余裕のない形相でエステルの棍と槍を激突させ、負傷した左肩に激痛が走る。
もはや放置どころか倒さなければ逆に喰われる程の危機感を覚え、本気でエステルを仕留める為に指揮官としての役割を放棄し戦士モードにシフトした。
◇
(風向きが変わった)
今までのらりくらりと対戦を引き延ばしていたクルツが、エステルとの真剣勝負に引き込まれ、他の戦場に気を配る余裕が失われたのを感じ取る。
策を巡らす己とは全く真逆のいかにもエステルらしい無心のクルツ対策にヨシュアは思わず笑みを零す。
まだ未熟とはいえ少女の義弟は紛れもなくタイマン特化型。そのエステルの迷いを捨てた突撃を元来サポートタイプのクルツが片手間で遇い切れる筈はないのだ。
とはいえ、方術による永続効果と異なり、麒麟功の持続時間はさほど長くない。百戦錬磨のクルツが本腰を入れてエステル一人に照準を絞った以上、下克上を起こせるとまでは楽観しないが、束の間とはいえクルツの方術詠唱を阻止したことに意味がある。
(ここが分水嶺ね)
そう睨んだヨシュアはまずは前提条件となるキーアイテムの実在を確認する為に、袋小路で甲羅に潜り込んだ亀の如く縮こまるアネラスに攻撃を仕掛ける。
当然、喉元や心臓などの急所を防御されるがダメージ目的ではない。
連撃を上下に散らして胸元のガードが開いた微かな隙を見計らって、悪友のシェラザード直伝のキャットテイルで体当たりを敢行。目当てのブツを掠め取ると即座に離脱。
「あれっ、何か急に身体を重くなったような………………あっー?」
自らの懐を覗き込んだアネラスは、異変に気がついて表情を青ざめさせる。
泥棒猫は左手に握り込んだ盗品を眺めながら、「対象に掏られた事実を悟られるようじゃ、まだまだ強盗狐の足元にも及ばないわね」と嘯きながらクルリとジン達のいる方角を振り返った。
「ジンさん、やっちゃって下さい!」
シンガーとしての良く通るボイスを活かして、蒼の組の隣にいるチームリーダーに大声で呼び掛ける。彼の意識がこちらに向いた途端、ヨシュアはサムアッブポーズで立てた親指を下側に反転させる。
「判った、軍師殿。勝負所という奴だな」
敵を倒せという当たり前すぎる指令のみで具体的な指示は何もなかったが、判断能力に優れた拳法家は周囲を一瞥して現状認識する。
エステルの善戦が続いて、朱雀による蘇生が封じられた今こそが敵を葬り去る千載一遇の好機。腹黒参謀の要望に応じ、オーバーペース覚悟でとっておきを披露する。
「はぁぁぁぁ…………ぬわあああっ……!」
ジンが身体中の気を上半身に集中させる。ダブルバイセップスフロント(※ボディービルダーが良く取るマッチョポーズ)で両腕をガッツポーズのように掲げると、胸部の筋肉が隆起し胸元のボタンが弾ける。
増幅された筋量を抑えきれずに胴着は半壊。只でさえ太い上腕二頭筋の力瘤が更に膨れ上がり、気押されたグラッツは反射的に後ずさりする。
「行くぞ」
以前、洞窟湖の主に使った奥義の更に上を逝く『真・龍神功』によって肩幅を倍近くにビルドアップ。のっしのっしと接近する大魔神のような威圧感にグラッツはゴクリと唾を飲み込む。
「く……うおお!」
直ぐに気を取り直し大剣で斬り掛かるが、ジンは避けることなく左肩の部分に突き刺さる。
彼我の
「ごべおう!?」
グラッツは短い空中遊泳を強いられ、紅の陣側のセンターライン近くまで吹き飛ばされる。
口から大量の血が零れ膝はガタガタと笑う。たった一発で自動回復五回分のHPを削られたというのに、ジンは大剣を喰らった箇所をボリボリと痒いでおり、ダメージを受けた様子は全く見られない。
「くっ……負けてたまるか!」
負けん気の強いグラッツは次は十八番のグラッツスペシャルで空高くから剣を振り落とすが、さっきは両腕クロスで辛うじて止めた必殺技を今度は片腕ガードのみで楽々受け止められ、カウンターの強烈なアッパーカットにより再び宙の高みへロケットのように打ち上げられる。
「人間じゃねえ……」
辛うじて立ち上がったグラッツは、完全に恐怖に呑み込まれる。
彼が畏怖するのも無理はない。真・龍神功は潜在能力を限界まで出し切るブースト技の頂点で、
その分、失われる代償も半端ない。解除後の能力低下はもちろん、反動からのベストコンディション復帰に相当な時間を要する諸刃の剣だが、明日の決勝の余力など一切考えずにエステル同様この場で総てを曝け出す腹らしい。
「どうする? 今の旦那に機動力は無いから闘技場を逃げ回れば、その中に裏青龍のHP減少効果で力尽きる筈……?」
戦士にあるまじき弱気な誘惑に囚われたが、ジンが組み合わせた両手の掌が光り輝かせて、その矛先が中距離のカルナに向けられているのを視認し考えを改める。
例のストリートファイターのように達人クラスの拳法家は無手から気弾を放てる。
ジンも『雷神掌』という飛道具を所持しており、狐狩りに夢中のカルナは自分がウーシュウの射程内にいる現実に気づかず銃を乱射している。
(敵わぬ敵を前にする都度、あれこれ理由をつけて後衛の仲間を見捨てて逃げ出すのかよ? 前衛の
「おい、ジンの旦那。あんたの相手は俺だろ? ここから一歩も動かないから、勝負しろや、おらっ!」
恐怖心を力付づくで捻じ伏せたグラッツは、ミエミエの挑発で意識を強引に自分の方に向けさせる。するとジンは不敵な笑顔を浮かべながら雷神掌をキャンセルして、真っ直ぐこちら側に歩を進める。
(ありがてえ……)
こちらの意図を察しながら、思いを汲み取ってくれたジンの心意気に感謝する。グラッツも身体に闘気を纏うと、レイヴンのブチ切れアタックと同じ待機型Sクラフトで小細工抜きでの最後の大勝負に出る。
「いくぜ、旦那。これが俺のアルティメット奥義『グラッツビッグバン』!」
目の前の大巨人に対して、やたらと装飾過剰だが実際にグラッツスペシャルの倍以上の威力を誇る闘気を纏った最強の剣戟を叩き込み、左腕で受け止めようとしたジンの籠手を粉々に砕いた。
「よっしゃあ………………な、何い!?」
歓喜したのも束の間、籠手は壊せても鍛え抜かれた
グラッツ当人や周囲の観客も目を疑うが、良く観察するとまるで河童のように左腕と右腕の太さが異なっている。全ての闘気を左手のみにシフトし、一点に集極させて斬撃を防ぎ止めた。それからジンは明らかに左腕よりもか細い右手の握り拳を、グラッツの重鎧に押し付ける。
「大丈夫だ。闘気を左腕に集中した以上、右手一本で俺をKOする程の力は残されていな……」
「こぉああ…………ふん!」
ジンは拳をパッと開くと、そのまま掌を胸当てに密着させたまま前方に押し付けるように突き出す。次の刹那、不可思議な衝撃を受けたグラッツは前のめりにぶっ斃れる。
「な……な…………ん…………で?」
重装の胸部分には皹一つ入っていないのに、一撃で戦闘不能にされたのが未だに信じられない。
泰斗流には『寸勁』という身体の内部に直接衝撃を与える秘伝の奥義がある。極めし者は今のジンのように固い鎧さえも素通りし、内部の肉体に直接ダメージを与えるのすら可能とする。
「へへっ、我が人生に一片の悔いなしで締めたい所だが一つ未練が残った。いつか旦那のいる頂きまで必ず登り詰めてみせるぜ」
「おうっ、何時でも挑んでこい。楽しみに待っているぜ」
持てる力の全てを振り絞り二度目の戦闘不能に陥った誇り高き戦士にジンは敬意を表して両手の拳を合わせる。
また一つ新たな約束が生まれたが、武闘家としてはこういう気持ちの篭もったライバルの出現は大歓迎だ。
「ジンさん、グラッツさんの懐からこれと同じ御守りを回収して。そうすれば、もう二度と復活することは出来なくなるわ」
勝負の余韻も醒め止まぬ中、ヨシュアがアネラスから掠めた東方風の袋状のアミュレッドをこれ見よがしに顕示する。
この御守りには方術の強化を受け入れて、逆に弱化を受け流す判定機能が備わっている。だからこそ、クルツは無差別に方術を詠唱しても、ピンポイントに敵味方を識別できた。
「なるほど、良く考えたものだ」
ジンは感心しながらヨシュアの指図に従い、首紐を力付くで千切ってグラッツの首から『陰陽』を示す太極図の模様の入ったお守りを引き剥がした。
腹黒参謀の推理が正鵠なのは、背後で顔を土色にして狼狽するアネラスの態度が克明に物語っている。これで戦いの流れは再びジンチーム側に大きく傾いたことになる。
◇
「グラッツ? くそ、もう少しの所だったのに!」
グラッツが身体を張って大騒ぎしたお蔭で、ようやくカルナは仲間の戦線離脱に気づいた。
薔薇の煙幕が晴れて後は止めを刺すところまでオリビエを追い詰めながらも、既にセンターラインを超えた位置まで接近しつつある大魔神の驚異に対処せざるを得ず、標的を変更する。
「喰らいな、アサルトモードβ!」
再びカートリッジを入れ換えて、アサルトコンビネーションで派手に弾幕を張るが、人の限界を超えた鋼の筋肉は全ての導力弾を豆鉄砲のように弾き返す。
「化物かよ。実弾でも使わないことにはダメージすら…………って、そうだ!」
カルナは導力銃を背中に仕舞うと、印を組んで身体を真っ赤に光らせてアーツの詠唱に入る。
本来なら壁役抜きでの無防備状態を晒すなど論外だが、表裏の麒麟の効果でジンがここに辿り着くよりも早く詠唱が完了する筈。
裏青龍の蓄積とグラッツの奮戦でジンのHPは半分以下に減っている。更には物理特化装備のタイガーハートで
「よっしゃあ、もらった…………がっ?」
掌に集中させた炎の塊を投げつけようとした刹那、何故かアーツが解除されて火の玉が陽炎のように消失する。
右肩の軽い痛みに右の肩当てを覗き込むと、銃痕が刻み込まれている。発射元を確認するとフェンスに背中を押し付けて座り込んだオリビエがこちらに銃口を向けている。
解除クラフト『スナイプショット』で彼女の詠唱をキャンセルした。態々肩当てを狙い女性の柔肌を傷つけないように務める所がいかにも気障なオリビエらしい。
「ふっ、泥臭くも華麗に生き延びた甲斐があったようだね、レディ?」
「色男、あんたは…………はっ?」
ゾクリと背筋に寒けを覚えたカルナは反射的に振り返ると、ジンが思いっきり右拳を振り被っている。
渾身のストレートがカルナの顔面に減り込んで、彼女はダンプカーに跳ね飛ばされたように地面を二回バウンドしてから壁に叩きつけられ、そのままピクリとも動かなくなった。
「はっ?…………い、今のは?」
カルナが意識を取り戻すと、ジンの拳は目と鼻の先でピタリと寸止めされている。
ジンが本気で豪腕を奮ったらどうなるかという末路を走馬灯のように垣間見たようだ。目の前に突き付けられ拳の威圧感と頬に感じた風圧に耐えられなくなったカルナはヘナヘナと崩れ落ちる。
「どうする、まだやるかい?」
ジンは拳に殺気を残したまま、敢えてぶっきらぼうに尋ねる。
彼はフェミニストではあるが、自らの意志で戦場に立った者を女だからという理由で保護対象と見縊るのは女戦士に対する侮辱であるのを弁えており、まだ抗戦の意志を示すなら本気で先の幻視を現実に変える気構えで指先に力を篭める。
「ははっ、ガンナーが
心が折れたカルナは得物を地面に取り落とし、両腕を頭の後ろに組んで降伏の意を顕す。
用心深く御守りを取り上げたジンは、こちらにフラフラと歩いてきたオリビエと目を合わせて、互いにニヤリと笑い合うとハイタッチを決める。
団体戦は不利と睨んで個人の力量差での殲滅を目論んだジンチームだが、意外とクルツチームに劣らず味方同士のチームワークが成り立っているみたいだ。
◇
「グラッツさん…………カルナさんまで…………うぷっ…………!」
瞬く間の戦況変化にアネラスはアタフタしながら、口元を苦痛で歪める。
命綱の御守りをヨシュアに強奪されて表シリーズの強化の加護を失ったばかりか、裏シリーズの無差別弱化の対象に含まれターン毎にHPを削られてしまう。もはや時間稼ぎは自分の首を締める悪手でしかない。
守っているだけでは更に状況が悪化するだけなのを悟ったアネラスは、玉砕覚悟で前へ出る決意をして懐に手を伸ばす。
万が一クルツが戦闘不能に陥ったケースの保険として、『セラスの薬』を忍ばせている。これでグラッツを蘇らせればまだ再逆転の芽は残されているが、その策を成功させるには目の前にいるヨシュアの壁を突破しなければならずに再び賭けに出る。
「風化陣!」
全身に纏った軽装の鎧をキャストオフする。完全に防御を捨て攻撃力と俊敏性を高め、持てる全ての集中力を剣先に集めて青龍剣を輝かせる。
「いくよ、ヨシュアちゃん。これが私の全力全開!」
光り輝く剣を構えたままアネラスはヨシュアに対して捨て身の特攻をかまして、剣から『光破斬』の光の刃を放つ。
地を這う光の渦がヨシュアの身体を二つに切り裂いたと思いきや、漆黒の牙お得意の残像。本体は瞬く間にアネラスの無防備な後背に回り込む。
「やっと攻めてきてくれて嬉しいです、アネラスさん」
まさしく電光石火。太刀筋すら見えない複数の斬撃に襲われて、アネラスは一瞬だけ宙を舞い、そのまま地面に叩きつけられる。
少女の身体には傷一つついてないにも関わらず、目の前に落ちた愛剣に手を伸ばそうとするも指一本動かせない。
手心を加えられたのは確実。残酷なまでの実力差を見せつけられたアネラスは自虐的に笑う。
「あははっ、まさか、こんなに差があったなんて。そりゃクルツさんが攻めるなって命令する筈だよね」
「アネラスさんは今の貴方に出来る精一杯をやり遂げられたと思いますよ。最初に個人戦に嵌めた時は勝利を確定させたと早とちりしましたが、まさかあの状況から敗走が頭の中を過るまで私の計算が覆されるとは想像しませんでしたから」
自分の武名よりも仲間との絆を優先するアネラスがこんな御為倒しで納得するとは思えなかったが、今考えつく限りの労いの言葉を掛けてみる。
「優しんだね、ヨシュアちゃん」
アネラスは力なく微笑んだ後、そのまま意識を失い、ヨシュアは複雑そうな表情を隠せない。
腹黒完璧超人を『優しい』などと形容したのは、クローゼに次いで二人目。同性からの理解者は彼女が最初で最後のような気がしたからだ。
◇
(ここまでか……)
エステルと激しく鍔競り合いながら、現在の戦況を確認したクルツはそう腹の中で覚悟を決める。
グラッツとアネラスは戦闘不能に陥り、カルナは両手を後ろに組んで膝をついた上でオリビエに至近距離から銃を突き付けられている。
更には止めとばかりにジンとヨシュアの大援軍がエステルの後背に出現した。
(まさか、私がこの少年に掛かりきりになった途端、ここまで戦線が崩壊するとはな)
人の域を越えた大魔神と正面からぶつかったグラッツ。司令塔にも関わらず目の前の獲物に集中しすぎて周囲の警戒を怠ったカルナ。戦況変化に焦り防御に徹するのに堪えきれずに自滅したアネラス。
各々戦術的な選択ミスはあったかもしれないが、それは結果がハッキリ提示された今だからこそ論評可能なのであり、先の見えない暗闇の中で仲間は自分に出来る最善を尽くしたとクルツは信じている。
(そう、あれだけの怪物を相手に皆、良く戦ってくれた。もし、敗因を探すのならこの少年の底力を侮った私の驕りだな)
多少強化を遅らせてもエステルが己を見失っている中に致命傷を与えておけば、また違った展開になりえた筈だと自嘲する。それこそ後出しジャンケン理論だが、勝因は仲間全員の功績で敗北の責任は指揮官が全面的に請け負うものという上位者の亀鑑のような信念の所有者はそう結論づける。
(いずれにしても勝敗が決した今、これ以上の抗戦は無意味か)
「主審殿、グランセル遊撃士チームは棄権…………」
「おい、待てよ、クルツさん。まだ俺たちの決着はついてないだろ?」
得物の風神雷神を下げたクルツは、決勝に駒を進めるジン達の体力温存を憂慮して審判に試合放棄を申し入れようとしたが、対戦相手のエステルが引き止める。
物干し竿をクルツの鼻先に近づけて、好戦的な視線で正面からクルツを睨む。強敵との死闘を前に勝ちを譲られる形で勝負を終わらせるのに納得いかない心情のようだ。
「エステル、我が儘はいい加減にしなさい」
劣勢だった戦況を引っ繰り返す期待通りの頑張りをみせたと思ったら、やはり義兄は少女の良く知るお調子者のようで琥珀色の瞳に呆れた色を浮かべる。
仮にヨシュアとジンが二人のバトルを傍観しタイマンを続行させとしても、状況は何一つ変わらない。
エステルに勝利したところで、後に控える導かれし者の
「そうだな、エステル。お前の気持ちも判らなくないが、そいつはクルツ氏に悪すぎるだ……」
「私は一向に構わないよ」
ジンも弟分の気持ちを汲みながらも相手の立場を慮って窘めようとしたが、その対戦者からゴーサインが飛び出して軽く太眉を顰める。
「強化を果たした後は彼の相手をすると約束したし、後輩を導くのも正遊撃士の務めでもあるしな。ただし……」
クルツはもはや意味を成さなくなった方術の大円を解除して、風神雷神を構える。
十絶陣の消滅と同時に男性陣の身体を蝕んでいた弱化からも開放されたが、代わりにクルツは陣形の維持に意識を割く必要がなくなり、目の前の敵にのみ集中できる。
「この団体戦は君たちの勝利も、君自身が決勝の舞台に立てるか保障できないがね!」
個人技にCPを回せるようになったことから、さっそく突きと薙ぎ払いを交互に繰り出す多弾攻撃『夕凪』でエステルの足元を掬い、態勢の崩れた所に五月雨突きを叩き込む。
「そうこなくっちゃな、クルツさん!」
身体の中心線に複数被弾しながらも得意のタフネスで持ち堪えたエステルは態勢を建て直すと、クルツの五月雨突きに合わせ自らも連続突きを叩き込む。
物干し竿に長槍・風神雷神。リーチや特性の似た二つの得物が絡み合い、エステルとクルツは歯を剥き出しにして至近距離から睨み合み、客席からも歓声が沸き起こる。
「いいぞ、二人とも頑張れ!」
「やっぱり、最後の一人までケリをつけてこそ団体戦の華でしょう」
「やれやれ、知将っぽいクールな振りして結局クルツさんもお馬鹿さんの一人ですか? 満場の観衆といい男の人は皆そうなんですか?」
「そう、ぼやくな、ヨシュア。効率主義者のお前さんには納得いかないことが山程あるだろうが、この戦いでエステルが得られる経験値は小さくない筈だ」
最後の大一番に沸騰する観客の手前、流石に空気を読んで乱入を控えたものの、溢れ出る溜息を止められないヨシュアをジンが軽く肩を叩きながら慰める。
日頃の修練の積み重ねが地力を築くのは間違いないが、実戦の中でしか培われない色濃い経験値というのは確かに存在する。
ましてや、それが自分より格上の猛者なら尚の事。エステルは決してタイマン特化型とはいえないクルツから戦いの駆け引きともいうべき呼吸を無意識に学んでいる。ヨシュアとしてはどちらが勝利するにしても決勝に尾を引くような怪我をしないことを祈るだけ。
両チームの最後の威信をかけた一進一退の熱い攻防が続くが、クルツは左肩を負傷し、逆にエステルも麒麟功の効果が消えかかっているので、共に長期戦は考えていない。
被弾ダメージによるCP蓄積で、ようやくSクラフトを放てるだけの闘気が溜まったので、クルツは最後の大博打に打って出る。
「いくぞ、エステル君。こいつを受けきれるかな? 来たれ雷神、空と海の狭間よ!」
クルツの槍先に雷撃の闘気が集中して、バチバチと稲妻が走った風神雷神をエステル目掛けて放り投げる。エステルは紙一重で何とか交わして、槍は後ろの地面に突き刺さる。
ただし、クルツのSクラフト『雷神招来』は、槍に蓄電した雷エネルギーを一気に放電し一定範囲内にいる敵を感電させる奥義。エステルは大きくジャンプして中空のセーフティーゾーンに逃れると、そのままクルツに襲いかかる。
「もらったぜ、クルツさん!」
空中で大きく棍を振りかぶって、Sクラフト『桜花無双撃』の態勢に入るが、突然、更なる頭上から剣のようなものがエステルの身体を貫通して、その場に串刺しになる。
「なっ…………これは一体…………って、あれ?」
後方を振り返ったエステルは唖然とする。
敵を黒焦げにする闘気が注入された風神雷神が微量の電気を放出しているだけの不発状態だったからで、Sクラフトが単なるフェイクだったのに気づかされる。
「方術・儚きこと裏朱雀の如し。まだまだ爪が甘かったようだね、エステル君」
シャドウスペア互換の即死クラフトが炸裂。エステルは魂を砕かれる嫌な即死感覚を再度味わい、前のめりにぶっ斃れる。
今回はアクセサリはヨシュアが全てセッティングしスカルペンダントを未装着だったので、レイヴン戦のように戦闘不能を免れるのは叶わなかった。
「20%の低確率といえど、遣り直しの効かない一発勝負では侮れぬな」
従来、石橋を叩いて渡らないクルツだが、既にチームの勝敗が定まった後の余興なので運否天賦に身を任せる気になった次第である。
ヨシュアのように百と零以外の数値を一切信用しないのも行き過ぎだが、やはりクルツも鉄火場で無鉄砲な暴勇を奮う気にはなれそうもない。
直後、クルツは審判に試合放棄を宣告。一人の戦闘不能を含めて、男衆は全員満身創痍状態ながらも、辛くもジンチームは決勝戦に進出した。
【エステル達の密かな目標である、王城進出までに必要な勝利は、あと一つ】