星の在り処   作:KEBIN

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魁・武闘トーナメント(ⅩⅩⅤ)

(だあー、何で俺はこんな所をうろついているんだー?)

 義妹の窮地に白馬の王子様の如く颯爽と駆けつけようとホテル・ローエンバウムから飛び出したエステルは、なぜか西区画にあるグランセル大聖堂とは逆方向を彷徨っており頭を抱える。

 王都の敷地内を夥しい数の兵士が巡回中で、夜間外出が発覚したら尋問を受けるのは必定。隠密能力を持たないエステルは人通りを避けていたら、決勝の舞台たるグランアリーナ近辺に誘われてしまった。

(一分一秒でも時間が惜しい時に…………って、焦りは禁物だな。急がば回れという諺もあるし、東地区をぐるっと一周してそのまま西の方に出れば…………って、やばい!」

 正面から足元の地面を懐中電灯で照らした兵士が見回りにきた。エステルは慌てて北上して、空港の中に退避すると既に先客がいる。両者は大声を出しそうになり、反射的に互いの口を塞ぐ。

「誰かは知らんが、頼むから見逃してくれ」

 ラルフと名乗った男性はペコペコと頭を下げる。

 何でも妻子が大の格闘技好きで、明日の試合の最前列の特等席目当てで徹夜で場所取りをしている。闇夜なのでエステルが彼の息子がファンの遊撃士チームの一員であるのに気づかない。

 口止め料として暇潰しに読んでいた叢書の10巻目を貰ったエステルは何とも言えない表情で空港を後にする。

 奇縁で旅の間中にこのシリーズがエステルの手元に続々と集っている。貧乏性なので破棄せず所持していたが、もし最終巻が手に入れば既に絶版となった『カーネリア全11巻』が全て揃う計算になる。

(全巻セットなら欲しがる好事家がいるだろうし、王都のオークションにでも出品すれば少しはミラの足しになるかもしれない…………って、またかよ?)

 オリビエが宿泊している帝国大使館の前を横切ったエステルは、今度は西と南の両方向から来た兵士に門位置の袋小路で挟み打ちに合う。

 仕方なく行き止まりにある地下水路入口の階段を降りたが、鉄格子には鍵が掛かって内部に逃げ込めない。

 兵士に気づかれないよう祈りながら身を縮こませていると、施錠された格子が内側から開かれて二つの腕がエステルの肩を掴んで引きずり込むと再び扉が閉まる。

「んっ?おい、今何か物音がしなかったか?」

 東北の角地で合流した兵士二人は、ガシャンと格子が揺れ動く音に反応し、地下水路を照らす。入口の鍵穴はきちんとロックされたままで、気のせいのようだ。「特に異常無し」と呟きながら交差するとそのまま相手の来た方角へと別れた。

 

「助かって…………ないのかな? 何だ、あんたら?」

 何とか遣り過ごせて安堵したのも束の間、内部に招き入れてくれた二人組が味方という保障はない。エステルは慎重に棍先を向けるが、相手は腰元にぶら下げた得物に手を掛ける素振りすら見せず、少しばかり警戒心を緩める。

 視力には自信があるが、ヨシュアのように夜目が効く訳ではない。暗がりにぼやけていてハッキリと識別できないが軍服を着ているように思えて、左側の男が丁重言で話しかけてきた。

「準遊撃士でカシウス大佐のご子息のエステル・ブライト殿ですね? 私は王室親衛隊員のリオンでこちらは相方のルクスと申す者です。些細な行き違いから拗れた無意味な争いを止めるのに力を貸してはもらえないでしょうか?」

 

        ◇        

 

 修道服に身を包んだ親衛隊中隊長ユリア・シュバルツ中尉は、バトルセイバーを構えると無言のまま突進する。

 積年の仇敵が一般人でないと知れたので迷わず剣を振るうユリアに対して、戸惑いを隠せないヨシュアは抜刀する決意が沸かず、無手で攻撃を避け続けながら女性の力量と正体を推し量ろうと思案する。

(単純な剣の腕前ならアネラスさんよりも上手ね。服飾からして七耀教会の聖杯騎士団かと思っていたけど……)

 目の前の女性は正騎士クラスの力を有している。元執行者を始末する為に送り込まれた『外法狩り』だとすれば辻褄が合うが、一つ解せない点がある。

 本人は冷静に務めようと無表情を貫こうとしているが、瞳に宿った情念の炎は隠しようがなく、あのような感情に嫌というほど見覚えがある。

(あれはまさしく、同性に対する嫉妬と憎悪の視線)

 ロレントにいた当時に周囲の女性たちから引っ切り無しに浴びせられた意中の殿方を奪い取った恋敵に向ける怨念ともいうべき負の連鎖。

 以上を踏まえてプロファイリングすると、この女性はかつてヨシュアに対して異性関連の禍根があるも、シスターとなりエイドスにその身を捧げることによって煩悩を封じ込めようとしたが、思わぬ場所で仇と再会。怨嗟が再燃して襲いかかってきた。

 一介の田舎娘が神門に降ってから腕を磨いたにしては妙に強すぎるのが不可解だが、一応の筋は通っている。

 愛する人間の生命を奪われたであろう漆黒の牙(ヨシュア・アストレイ)の刺客なら妥協点を探すのは不可能なので胸を撫で下ろす反面、愛する男性の心を奪われた腹黒完璧超人(ヨシュア・ブライト)のお客さんには、また別な難問を抱えているので途方に暮れる。

(だとしたら、参った。心当たりが有り過ぎて、到底一人に絞り切れない)

 ヨシュアはあっさりと匙を投げるも、得意の俊敏性(AGL)でランツェンレイターの四段攻撃を全て避け切って大きく距離を稼ぐと、話し合いで問題を解決しようと対話を試みてみる。

「つかぬ事をお伺いしますが、どちら様の関係者さんで? ハロルドさん? ハイネさん? ミッターマイヤーさん? デュラムさん? アーシェスさん? (30人程の名前を羅列) バドワイザーさん? スクラートさん? ジャインエールさん? それとも………………」

「売女め! 貴様には煉獄の業火すら生温い」

 何やら壮大に火に可燃隣を注いだようだ。ユリアはヨシュアの周りを駆け巡りながら剣尖で三角形を地面に描き上げると、絵図に秘められた闘気が巨大な光の柱となり内部に取り残された少女の身を焼き尽くす。

 

「ねえ、ママ。見て。お空が光っているよ」

「あら、本当。とても、綺麗ね」

 この日、グランセルの夜更かしした一部の市民は波止場の方角から天へと舞い登る光の螺旋を目撃した。

 

「案ずるな、黒髪の毒婦。これでも手加減してある。貴様には聞き出さねばならぬことがあるからな」

 そう嘯くと瀕死のヨシュアをアジトに連れ帰ろうとしたが、光が収束した先に死に体の少女は転がっておらず目を瞬かせる。

「やーれやれ。やっぱり言葉は通じないか」

 何時の間にか後背に回り込んでいたヨシュアは軽く嘆息し、ユリアをギョッとさせる。

「有り得ん。どうやって、トニリティクライスの範囲内から脱出を?」

 ヨシュアの高速機動力を以ってしてもギリギリ間に合いそうになかったので、仕方無しにSクラフト扱いの空間転移(テレポーテーション)で緊急避難したが、手の内を明かす義理はないので黙っている。

(それにしても、どうして女という生き物は男が絡むと、こうまで理性を放棄するのかしら?)

 会話が成り立たずに力で対処するしかないとすれば、魔獣を遇うのと何ら変わらないとヨシュアは諦観せざるを得ない。

 雌同士のこの手の修羅場で理知的な説得が受け入れられた試しはまず無いのだが、一応ヨシュアにも言い分はある。

 雄とみれば誰彼構わず粉掛ける尻軽女と思われがちだが、相思相愛のカップルに割り込む略奪愛や自分に興味のない殿方を追いかけ強引に振り向かせた性的アピールなど一度もない。

 カリンによる諜報活動などの特別な事例を差し引けば、基本的にはヨシュアの姿勢は待ち一本。酒場などの大人の社交場にお粧して繰り出し声を掛けてきた男性と親密になる。

 エステルがティオやエリッサなどの幼馴染みと仲良く遊ぶように、普通に異性の友達を設けているだけ。ヨシュアの美貌に一目惚れし深く付き合って内面の多彩な魅力に虜にされる男子が膨大な数に達するので情が多いと誤解される。

(私は自分にはない他人の様々な個性に触れるのが好き)

 本命の殿方を心の聖域に住まわせてはいるが、それ以外の異性とは指一本触れられない、会話一つ取り交わしてならないとしたら、その人生は狭量に過ぎる。

 世の中に平凡な人間などという怪物は滅多に存在しない。特別な才を持たずとも、ヨシュアの知り得ぬ仕事、趣味、生きざまなどの体験談を聞くのは実に興味深い。酒を飲み交わしたりデートしたりしながら互いの価値観を交換し合い見聞を広めるのはとても楽しい。

 合理的な思考フレームを持つが故に、時折世界を動かすのは理論でなく人であるのを忘れがちになるので、多くの人間の感情サンプルを採取して演技の幅を拡げたり、作戦立案時の敵対勢力の行動予測の下地としている。

(殿方を一方的に利用し使い捨てると専らの評判みたいだけど、私が得られた有意義さに釣り合うだけの見返りはきちんと与えてきたつもりだけどね)

 容姿、話術、気配り、歌唱、裁縫、料理などあらぬるチート能力を駆使し、殿方を楽しませようと務めているので、公平に判定して男性が琥珀色の少女に費やした労力とミラ以上の豊かな時間を享受できたのは疑いようがない。

 だからこそ、ロレントにはヨシュアが一声掛ければ大概のお願いを聞いてくれるコアなファンが大勢いて、『異性の間に友誼は存在しない』という哲学に反して、そうした男性とは今も良好な関係を築けている。

 問題はヨシュアに本気で告白し玉砕した層も結構な数に登るのに、肉体関係はおろか強引なキスに成功した勇者はクローゼ唯一人。悲恋的な破局を迎えて、恨まれるケースも少なくないことだ。

 中には恋人がいながらヨシュアに鞍替えした浮気者や片思いの男性を寝取られた挙げ句、厭きたらポイ捨てされたと信じ込む少女もいる。ヨシュアのスタンスも『来る者は拒まず、去る者は追わず』でプレイボーイや彼女持ち、はたまた勇気を出した純情少年でも全てのモーションは分け隔てなく受け入れるので、後の禍根となるが日常茶飯事だ。

(けど、その種の女性の恨み妬みは自分に振り向かない想人の男性でなく、不思議と私の方に向けられるのよね)

 後々その手の傷心ボーイが生み出されるのを確信犯的に悟った上で自らの行動指針を一向に改めようとしない性根を罪だと論じるなら是非もないが、ヨシュア自身は一つ一つの想いに真摯に向き合ってきたつもりである。だから、付き合ってきた男性の名前や個性を一人たりとも忘れたことはない。

 故に理屈としては単なる逆恨みだと思うが、とある事情からネガティブな感情に理解のあるヨシュアは妄執に囚われた人間の憤りは本人には抗いようがないのを熟知しているので、理不尽な八つ当たりといえど全て受け入れる覚悟だ。

 まあ、ぶっちゃけると振られ男が暴力に訴えようがヤンデレ女がナイフ片手に突進してきても、漆黒の牙にとっては何らの物理的な脅威にならないのでおおらかに構えていられるからだが。

 ヨシュアと関わり相当数の男性が人生の軌道修正を余儀なくされるも、今日までその犠牲者はロレントの住人に限定されていた。

 だが、兄妹が準遊撃士の修行に旅立ったことにより、少女はその権能に相応しい影響力をリベール全土に行使し始める。

 ボース地方で多くの正遊撃士を手玉に取り。

 ルーアン地方のジェニス王立学園で、クイーン・オブ・ハートのフィクサー名で男子生徒の過半を裏から牛耳り、学園祭の寄付金を例年の六倍強も稼がせ海の漢達が集う築地市場に強いパイプを通したり。

 ツァイス地方で商才ゼロの夢追人を一国一城の主に仕立て、難攻不落のレイストン要塞を大混乱に陥れ。

 更には二つの異なる国の皇子の心を掴んだりと天衣無縫の限りを尽くしていて、王都グランセルでは今度はどのような攪乱を齎すのだろうか?

 そういう意味では、ロレントに隠遁していた魔少女を田舎町の外へと引っ張りだし、封印を解き放ったエステルはリベールの平和を脅かした諸悪の根源かもしれず、(※義兄からすれば義妹が勝手に旅に同行してきただけの濡れ衣だか)その堕天使を討とうとする修道女は正義の使徒という解釈も成り立たないでもない。

「あなたが誰の想いを代弁しているのかは知らないけど、どうやら話しを聞くつもりはないようだし降り掛かる火の粉は払わないとね」

 ヨシュアは太股のバインダーからアヴェンジャーを抜くと初めて攻撃態勢を取り、共に大技(Sクラフト)でCPを遣い果たしたアマゾネスは得物を構えたまま正面から対峙する。

 

 武術大会決勝前夜にして、互いの正体を誤解し合った女丈夫二人の場外乱闘(キャットファイト)の行方は次回に持ち越します。

 

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