星の在り処   作:KEBIN

117 / 138
魁・武闘トーナメント(ⅩⅩⅦ)

 「やるじゃないか」「お前こそな」などという漢の友情を育む夕日河原の拳の語らいと異なり、何らの共通解を見出せなかった夜間波止場の女同士のキャットファイトもようやく一段落した。

 呉越同舟した遊撃士兄妹と親衛隊のメンバーは、帝国や共和国の大使館同様に治外法権に等しいグランセル大聖堂の中に避難して王国軍の捜索を遣り過ごすと、「君の名は?」張りにすれ違った互いの素性についての情報交換を行いユリアは仰天する。

「この二人がカシウス殿の御子息だと?」

「ええまあ、私が養女で義姉のヨシュア・ブライトでこちらが脳筋で義弟のエステル・ブライトです」

「よう、久しぶりだな、ジーク。クローゼは一緒じゃないのかっ……て、誰が脳筋だ、ヨシュア?」

「自分の顔にそう書いてあるじゃないの? この手鑑で額を見てみなさいよ、エステル」

「どれどれ……、って、何じゃ、こりゃ? ヨシュア、テメエ俺が寝ている間にやりやがったな!」

「エステルの顔に落書きしたのはドロシーさんよ。とりあえず拭き取るから大人しくしていなさい」

 もう少し救出が遅れたら胃袋に収められたかもしれない白隼と戯れるエステルと、言葉遊びでドロシーに余罪を押し付けてマッチポンプのように自ら書き換えた『脳筋』の文字を消去するヨシュア。

 目の前で繰り広げられる兄妹漫才を晴天の霹靂そのもので指差すユリアに対し、ルクスとリオン(彼は無理やり従犯にされただけだが)は「申し訳ありません、中尉!」とひたすら平伏する。

 大目玉を恐れて失態報告をずるずると引き延ばし、初期に謝罪していれば小傷で済んだのを取り返しのつかない大惨事まで発展させてしまうのは子供はおろか良い歳こいた宮仕えにも良く見られる情景ではある。

「貴様ら…………」

「ユリア中尉。僣越ながら、貴方もどちらかといえば糾弾される側なのでは?」

 この場にいる生き残った八人の衛士の中で、紅一点のエコーが無表情に同性の上官の非を鳴らして、ユリアは言葉を詰まらせる。

 ルクスに煽動される以前からヨシュア討伐に積極的だったので、衝突するのは早いか遅いかの差でしかなかったとはいえ、情報部とは無関係の市民(正確には遊撃士なので公人だが)に刃を奮ったお咎めは免れない。

「まあまあ、済んでしまったことを何時までも引きずっても仕方ありません。今は責任の所在を追求するよりも、数少ない仲間内でいがみ合わずに団結する時でしょう?」

 今回のユリアの暴走の一番の被害者であるヨシュアが加害者である中隊長を庇うような発言をして、親衛隊一堂は眉を顰める。

 ちなみに今のヨシュアはズタボロの八卦服の上から予備の修道服を着込んでいるので、菩薩のような笑顔と言動を掛け合わせてエイドスに遣えるシスターのような敬虔さに満ち溢れている。

「情報部の奸計に陥れられた貴方がたの苦しい胸の内は存じています。私たちはこれから志を等しくする同士なのですから、不幸な行き違いは綺麗サッパリ水に流し共に力を携えてリベールを覆う闇を取り払いましょう」

 背中に後光が差しこんだ黒髪の巫女を皆、眩しそうに見つめて、「おおっ……」とこの場に集った衛士から感嘆の溜息が漏れる。

「へへっ、リオン。俺たちはとんでもない考え違いをしていたのかもしれないぜ」

「同感だな、ルクス。危うく不条理に殺されかけたのに全く根に持たないなど御仏の域に達しておられる」

 内心何を企んでいるかは不明だが、相変わらずY染色体()に対しては絶大な影響力を行使する琥珀色の瞳の少女は早速、親衛隊員を自分のシンパに取り込み始めた。

 逆にX染色体()からは少女の身体から発散される胡散臭さが抜ききらないようで、エコーは無言のまま冷めた瞳で値踏みしユリアも苦々しさを禁じ得なかったが、今の流れで横から口を挟んでも自分の株を落とすだけなので黙っていた。

「ようやくマトモに話が通りそうなので実務部分から掘り下げると、私とエステルはとある目的を携えて武術大会に参加しています」

 ヨシュアはラッセル博士から預かった封書を提示しながら、ロレントを旅立ってからレイストン要塞までの一連の事件から、首尾よく優勝し王城に招かれたらアリシア女王に面談する算段までの物語をオペラ形式で吟遊詩人のように謳う。

 久方振りに少女の歌唱力と演技力を披露する公演の舞台が設けられた。親衛隊の男衆は完全に聞き入って彼方此方から賞賛の声が零れる。

「聞いたか? 例の空賊事件を解決したのも、この二人らしいぞ」

「まだ見習いだというのに、この兄妹が歩んできた旅路の経緯は尋常ではないな」

「この王都でもここまでの神算を巡らせているとは、やはり英雄の子は英雄だな」

 ヨシュアの騙りでは、冒険の主役は正嫡であるエステルを軸に添えている。彼の活躍を嘘のない範囲で大げさに賛美する一方、実際に様々な局面で多大な貢献を果たした当人の働きは過小に申告し、ユリアは違和感を覚える。

(エステル君だったか? 流石はカシウス大佐の血を引くだけあって、あの魔少女と違って裏表は一切なさそうな好少年みたいだが少々解せぬな)

 武術大会準決勝でエステルの腕前を見極めたが、年齢を考慮すればずば抜けているも、裏社会の猛者と渡り合うには色んな意味で経験不足に思えたからだが、ジークの頭を撫でながら居心地悪そうに義妹の演説を聞き流している姿を見て得心する。

(なるほど、あの黒髪少女の性質は他者に華を持たせて実をキープするのだったな)

 実質、ユリアとの決闘を制しながら表面的な勝者の座を譲ったように、ヨシュアは自らが注目を浴びようという願望はなく、影に潜んで状況をコントロールする黒幕の立場を楽しんでいる。

 だから、少女の語り部を額面通りに鵜呑みせずに、兄妹の立身出世の大部分は義妹が裏で暗躍した顛末なのだろうとの真相を看破した。

(本人も嘸かし歯痒いことだろうな)

 エステルの内には確かな資質が眠っており、時間をかけてゆっくりと開花させれば、いずれ本人の力量に応じた正当な評価が得られただろう。

 だが、攪乱したリベールという情勢が、少年が立ち止まるのを許さずに身に余る過酷なステージへと誘う。前任者の救国の英雄たる父親や怪物じみた義妹という理不尽極まる比較対象との性急な成果を求められている。

(やはり異常なのは、あの年齢で多方面に才知を咲き乱れさせるあの娘の方か。カシウス大佐が何を考え養女と娶ったかは判らぬが、何か目的を以ってブライト家に潜伏したなどと穿つのは私がかの少女に偏見を持ちすぎているからだろうな)

 クローゼが関わらなければ極めて理知的な状況判断が下せる中隊長は、そう自分を戒めながら疑惑を切り捨てる。

 黒髪少女とは女の価値観が違いすぎるので心を分かち合えそうもないが、ヨシュアがエステルに対して何らの悪意も抱いておらず、むしろ積極的に栄達を後押ししているのは明白だ。

 

「例のゴスペルがどのような災厄を齎すかは想像もつきませんが、女王陛下からお墨付きを頂ければ、遊撃士協会(ギルド)も内政不干渉を気にせずに堂々と情報部に反旗を翻せます」

 ユリアが自問自答している間にヨシュアのアジテートも佳境に達して、生き残りの隊員達から喝采が沸き起こる。

 大部分の朋輩が捕らわれた劣勢の中、雌伏を強いられた現状でようやく希望の光のようなものが射し込んだのだから、気分が高揚するのも無理はない。

「そういうことであれば、中隊長殿」

「判っている」

 ルクスの催促にユリアは書状を書き記して封をするとヨシュアに手渡す。

 彼女が懇意にしている城の女官長ヒルダ夫人に当てた紹介状。これがあれば特務兵の厳重な監視を掻い潜って、二人を女王に引き合わせる手筈を整えてくれる筈。

「ありがとうございます。それと王太子殿下の監禁先も、その手のツテを頼りに調べさせています。その件に関しては親衛隊の方々も薄々察しているとは思いますが」

「エルベ離宮か?」

 ユリアの問い掛けにヨシュアはコクリと肯く。

 情報部は秘密のアジトを国内に多数隠し持っているだろうが、王族への待遇と守備戦力の集局を同時に満たせるのは消去法的にこの場所以外に考えられない。

 ユリアもシスターの仮装でエルベ周遊道を散策しながら探りをいれているが、ガードが厳しく確証を得るには至っていない。

 王家由来の宮殿である以上、間違いでしたでは済まされないので、いずれ奪還作戦を練る前準備として是非ともクローゼが囚われている明証が欲しい所であるが、それはフューリッツア賞の野心に燃えるナイアルに任せれば大丈夫だろう。

 既に時計の針は決勝戦当日に達している。翌日、ギルドのグランセル支部に集結する約束を親衛隊の面々と交わして、二人はグランセル大聖堂を後にする。

 ここまで事態が進展した以上は、王城進出の為の優勝は完全な必須事項となってしまったが、大会の最終日、果たして運命はどんな結末を関係者に齎すのだろうか?

 

        ◇        

 

「それにしても、今回は珍しくヨシュアは何も悪くなかったんだな?」

 巡回の兵士を避けてグランセル東街区の公園に辿り着いたエステルは毒気を抜かれた表情で修道服姿のヨシュアを見下ろし、「どういう意味よ?」となんちゃってシスターはフード下の頬をぷくっと膨らませる。

 合法詐欺師たるヨシュアは自らは手を汚さない悪辣な遣り口で目的を達する術に長けているので、法で裁けぬ悪を討つ必殺仕置人にでも出張られたのかと思いきや、クローゼの件を含めてヨシュアの側に一切落ち度がなかったからだ。

「更に意外といえば、そのユリアさんをヨシュアが庇ったことか」

 元々同性への情が薄いヨシュアが自分を襲撃したユリアにまるっきり報復しなかったのを不思議がるが、最終的に話し合いで落とし所が見出せるのならそれに越したことはない。

 もし、手紙の主が妥協点を探すのが不可能な漆黒の牙のお客さんの場合、ヨシュアは相手の善悪を問わず返り討ちにする心構えだったので、本日だけは第三者の無法を非難する心境にはなれなかった。

 他者を殺す権利と自分が殺される覚悟は完全なる同義語。

 ミラで雇われた闇社会の刺客でも、愛する者を奪われ復讐を挑みにきた一般人だろうと、その真理だけは絶対に覆らない。

 漆黒の牙(ヨシュア・アストレイ)の名を捨てた今でも、そして恐らくはこの先も永久に少女の中では『殺人』はタブーではない。状況に迫られたのなら何時でも再び手を血で染める用意がある。

 虚ろな人形に魂を吹き込んだあの少年がいなければ、少女はもっと自分の身命を軽く扱ったかもしれないが、もはやその意志はない。

『生命ある限りエステルが出来ない非道を代行し、決して彼の手を汚させない』

 それがブライト家の光を受け継いだ義兄に対して、自ら求めて闇の部分を引き継いだ義妹が己に課した掟であり、自分の家族がそんな生きざまを望んでいないのは百も承知の上で少年の未来の為に道を切り開くつもりだ。

 

「なあ、ヨシュア。親父ってもしかして結構スゲエ奴なのか?」

 義妹の内心の悲壮な決意を知らずに、エステルは前々から思っていた疑問を突き付ける。

 旅の間中チラホラと英雄の血脈を仄めかす発言を小耳に挟んでおり、今回の親衛隊の態度でマイペースなエステルも父親の身の上が気になったようだ。

「そうね。一度、世界(リベール)を救ったことがある英雄程度には祀られているわ」

 自分が本来会う予定の人物像について問い詰められるかと身構えていたヨシュアはやや拍子抜けすると同時に、『過去を詮索しない』というブライト家の取り決めを律儀に遵守しているエステルに苦笑する。

「けど、その事実が発覚して、エステルの中で何かが変わったかしら?」

「いや、何一つ変わらない」

 ヨシュアからそう問われたエステルは、迷いなく明言する。カシウス・ブライトはエステルが物心ついた頃から憧れていた自ら遊撃士を目指す指針となった人物でヨシュアと同じ大切な家族でもある。

 その一事が全てに先行する。彼が思い描いていたエジルのような中堅所の遊撃士でも、大陸に五人といない特別な称号(Sランク)を持つ英雄であろうと、エステルにとっての父親の価値は何も違わない。

「正解よ、エステル。カシウスの息子というだけで無条件の信頼を寄せてくれる父さんのシンパも結構いるみたいだけど、『英雄の血族』という呪いに縛られる必要はないわ。少なくとも私はブライト二世でなく、エステル一世を応援しているつもりだから」

 そう宣言しながら、ヨシュアは険のない笑顔で微笑み、エステルはドキッとする。

 営業スマイルが地についたヨシュアもこの旅の間の様々な経験で自然に笑える術を身につけたようで、エステルはこういう義妹の顔が大好きだった。

「さてと、そろそろ戻りましょう。明日……じゃなくて、今日の試合に勝つ起算は整えてあるけど、それはまた昼飯のミーティングでジンさんやオリビエさんも交えて話すから、それまで休んでおきましょう」

 ヨシュアから差し出された手をエステルは自然に受け取り、夜間のパトロールもそろそろ打ち止めになったようなので、二人は真っ直ぐにホテル・ローエンバウムに帰還する。

 

 こうして場外乱闘を挟んだ一夜が空け、武闘トーナメント最終日の朝日が登る。

 リベールに因んだ多くの人間の運命を託した遊撃士兄妹と情報部との決勝戦が始まるのはもう間もなくだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。