「とりゃああー!」
王家武術大会・幼年の部の決勝戦。
部門名そのものの幼女相手に本気でロングソードを振り翳すポックル少年の斬撃を、レンレンはずば抜けた見切りで回避し続ける。
八葉一刀流は成長期の肉体に負担を強いない教育方針なのでポックルはクラフトを一つも所持していないが、それだけに基本技術を徹底的に身体に染み込ませた一つ一つの剣戟が速くて鋭く攻撃が途切れることがない。
得物に振り回されるのでなく、剣を自在に操っている。攻撃後の硬直も短く怒濤の波状攻めも可能で、同年代クラスならまず無双できた。
ただし、少年の相手も十二歳以下の幼子とは思えぬ体術の遣い手。慎重に剣の間合いを見極めながら、懐に潜り込める機会を伺っている。
こうして一進一退の熱い攻防が続いており、下手な大人の予選よりもレベルの高い好勝負に客席から歓声が沸き上がるも、腕組みしたジンは怪訝な表情をしている。
「解せぬな、あのレンレンとかいう少女」
リスのように身軽で素早く動体視力と反射神経は常人離れしているが、拳法家として見るなら無駄な動きが多くてまるっきり素人に近い。
年齢を考慮すれば未熟なのが自然だが、少女はジンですら会得に数年の修行年月を費やした高難度奥義をマスターしている。どのような流派で学んだにしろ、何かしらの拳術の下地のようなものが浮かび上がらなければ不自然だ。
(拳法とは無縁の武芸者が、Aランク拳術奥義のみを習得したような歪さは一体?)
そう首を捻るジンの隣では、ヨシュアが琥珀色の瞳を真っ赤に光らせて魔眼の能力でレンレンの動きを検証中。何か思うところがあるのか、あの解説魔が口を噤んだまま少女に対する論評を差し控えていた。
(えーん、このままじゃ、埒が明かないよー)
ポックルの剣撃を避けながら、レンレンは八方塞がりな現状に心中で密かに焦りを覚える。
対戦相手の少年の力量に脅威を感じているのではない。少女が勝手に己に課した縛りプレイのハードルが高すぎて、難易度がナイトメアまで跳ね上がったのが問題なのだ。
(えっとー、見せて良い身体能力のレベルはSPDは20、STRは5で、DEFは攻撃を全部交わすから設定してないけど、きちんと技を使ってKOしないといけないんだよね?)
ようするに、『十一歳の少女が巨漢を倒す』というミッションを、周囲に違和感を与えずにクリアしなければならず、本来の能力パラメタを目晦ます為に同僚から習ったのが防御力貫通スキル『寸勁』。
ただし、寸勁を撃つには対象物に手を翳したまま一瞬の溜め動作が必要。待機型クラフトに較べれば微々たる待ち時間とはいえ、接近戦では意外に面倒な誓約だ。
少女が取り決めた瞬発力の数値レベルでは少年の懐に入るのは難しいし、うまく潜り込めたとしても衝撃を放つ僅かなタイムラグの間に避けられるか迎撃されてしまう。
本来であればそういう隙を作る対戦相手との駆け引きが拳法の醍醐味なのだが、ジンが見抜いた通り実は少女は無手格闘術は全くの門外漢。即席で一撃必殺技のみを仕込んできた単なる巨艦大砲だ。
(何時ものスピードが出せれば簡単に懐を取れるし、パワーの設定を上げられるなら相手の攻撃をガードする手もあるけど……)
少女の見かけ上の筋力であの大剣を受け止めるのは素人目にも不自然極まりない。焦れったいながらも全て避けるしかない。
相手の少年が何からのクラフトを使ってくれば、その硬直時間を上手くカウンターに利用できそうだが、その類の小手先の技に頼らずひたすら基礎能力値で勝負するタイプなので中々チャンスを伺えない。
(仕方がない。ちょっとリスクはあるけど)
従来の実年齢に反してあらゆる能力値がチート設定されている少女も、人体構造の特性上、
「でや! どや! てやぁー!」
軽く息せぎながらもスタミナを切らすことなく、どんどん切れ味を鋭くさせるポックルの斬撃に、のらりくらりと交わしていたレンレンはとうとう袋小路に追い詰められる。
少女の俊敏性の高さに梃子ずらされていたポックルは、この死地から逃がさぬようにじりじりと距離を詰めながら少女の下半身を中心に責めたてる。
上半身の見切りと違って足元を狙われると回避する術は少なく、ましてや周囲を壁に阻まれ後方に下がれないとなれば後は空中に逃れるぐらいしか道がない。
左足を払われてふらつき掛けたレンレンは、返す刀で逆足を薙ぎなわれて、たまらずジャンプする。
まさにその瞬間を狙っていたポックルは、自然落下するしかない宙空の無防備な少女に止めの一本突きを放つ。
「何っ?」
この千載一遇の好機を虎視眈々と伺っていたのはレンレンも同じ。相手が大振りする隙を待ち構えていた少女はグローブを嵌めた両手で長剣の上に逆立ちすると、そのまま一回転して少年の後方に逃れる。
慌てて振り返ると、腰元を落として拳を構えた少女は少年のお腹の位置に掌を当てる。
「ぃやぁぁ!」
一呼吸置いてから寸勁が炸裂。衝撃が身体の内部に伝わり、軽く吹き飛ばされた少年は後頭部をフェンスにぶつけてそのまま崩れ落ちた。
「おお、スゲエ」
「ブラボー、チャイニーズリトルガール!」
皆、ちっちゃくって可愛い幼女が花咲くのを望んではいたが、そのサプライズがまさか現実になるとは努々思わなかった。本番前の前座なのに観客は沸騰して拍手の洪水が巻き起こる。
「イタタ、やっぱり切れちゃったか」
擦り切れたグローブ下の両掌の柔肌が少し血で滲んおり、レンレンは傷跡を猫のようにペロリと舐める。
ヨシュアのような訳ありの軽業師ならともかく、軽めとはいえ実剣に全体重を乗せて生手で倒立するなどという無茶をやった代償を受け入れた上で武装モードを解いたが、少女は油断していた。
まだ主審は「勝負あり」の宣告をしておらず、背後からレンレンに向かってフラフラと大きな影が近づいていく。
「えっ?」
「うがああああ……!」
異質な気配にレンレンが振り向いた刹那、ポックルが薙ぎ払った剣が少女のこめかみにクリーンヒットし大きく弾き飛ばされる。
「きゃあああ!」
客席から悲鳴があがる。地面に伏して右手で頭部を抑えたレンレンは、「あれ……何?」と右掌のグローブにべったりと血が張り付いているのを虚ろな瞳で見つめる。
「ストップだ。ポックル君、もう試合は終わり…………ぐあ!?」
少女の身を案じた主審がレフリーストップで強制的に勝負を停止させようとしたが、ポックルの裏剣を鳩尾に叩き込まれてその場に平伏す。
品行方正な八葉一刀流の門下生らしからぬ暴挙の数々に周囲は唖然とする。完全に白目の少年の眼球には黒目がなく、とても正気とは思えない。
後頭部を壁に直撃した際に理性を失ったらしい。今のポックルは闘争本能だけで動く物体を無差別に攻撃する野獣のような存在で、のっしのっしとうずくまって震えるレンレンに近づく。
「おい、これはまずいだろう。誰か止めないと取り返しのつかないことになるぞ」
「そうね、あの子、完全に切れているわ。このままだと殺されるわね」
蒼の組の控室ではエステルが大騒ぎする。瞳を琥珀色に収束させたヨシュアの発言に表情を引き攣らせたエステルは自分が助太刀しようとしたが、目の前の鉄格子は堅く閉ざされたままで闘技場には入り込めない。
「ああっ、くそっ。大会運営本部は何やってるんだ? 死んでも文句は言わない契約は大人の話で、子供の公開処刑なんてあってはならないだろ!」
エステルは物干し竿で格子を叩くも、特殊合金製の柵はびくともせず。そうこうしている間にレンレンの眼前に辿り着いたポックルは大きく剣を振り上げた。
「止めろ、ポックル! もう勝負はついている…………」
「エステル、あなたは何を勘違いしているの?」
「勘違いって…………ヨシュア、お前、一体何を言って?」
必死に少年を呼び止めようとする義兄の見当違いな配慮を窘めながら、ヨシュアは琥珀色の瞳に無機質な光を称えて真相を告白する。
「本当に生命が危ないのは、彼方の男の子の方よ」
「へっ?」という間の抜けた言葉がエステルから漏れるのと、ポックルが剣を振り下ろすのと、どちらが早かっただろうか?
レンレンの小さな頭部がザクロのように叩き割られる光景を想像して、客席の彼方此方が阿鼻叫喚の巷と化すも、少女は左手一つで少年の斬撃を軽々と受け止めた。
「ぐっ?」
ポックルは両手で握りこんだ剣を必死に動かそうとするが、左手一本で剣を支える幼女はピクリとも動じずに、この不可解な力比べの情景に周囲は目を疑う。
頭部からドクドクと血を流したレンレンはさっきまでのお茶目さが嘘のような冷たい目線で少年を射抜きながら、空いている右手を添えて両腕で切っ先を掴むと、ポックルの足元が地面から離れて宙に浮く。
「やぁぁぁっ!」
レンレンは自分を中心円としてその場で高速回転する。剣にしがみついたポックルを遠心分離機のように振り回して、十回転ほど勢いをつけてからハンマー投げの要領で遠くに投げ飛ばす。
「うわあああ!」
今度は背中からフェンスに激突したポックルはそのまま地面に大の字に横たわるも、少女の追撃はまだ終わらない。
先の倍近い速度のチーターのような瞬発力で一瞬で少年のお腹の上に馬乗りになると、そのままマウントポジションをキープする。
「うふふ……死んじゃえ!」
レンレンが大きく右腕を振り被る。
意識が戻り掛けた少年の霞んだ目には、少女の後背に髑髏の形をした死神が憑いているように映ったが、それは錯覚ではない。
少女は『とある契約』により、他者の魂を狩る異能の力を体内に宿している。死そのものを内封した攻撃を受けた者の魂は砕け散るのだが、突然何かに怯えたような表情で振り降ろし掛けた
「くっ!」
身体の芯がゾクリと震えて、背筋に悪寒が走る。
この場に留まれば、数瞬後には首を落とされる死の強迫観念を肌で感じ取ったレンレンは反射的に少年の身体から飛び下りて、殺意の方角を振り向きながら臨戦態勢を築く。
すると鉄格子の裏側の蒼の組控室内で、急激な状況変化についていけずに困惑するエステルの隣で、ヨシュアが冷やかな琥珀色の瞳で少女を見つめている。
(ちっ、あの人形女!)
思わず舌打ちする。ヨシュアは魔眼などの何ら特別な能力を行使したわけではなく、単に『殺意の視線』で牽制しただけだ。
有名な絵画の偽物をそう呼ぶ。中には数千万ミラの値がつけられた有名作品の贋作でありながら、長年専門家の鑑定を欺き通した傑作も存在する。
たとえ偽りであろうとオリジナルに等しい完成度を持つなら、それ即ち本物と何ら変わらないという逸話。演技の寵児であるヨシュアは本物の殺気と寸分違わぬ偽物の殺意だけで、他者に直接死のイメージを喚起させ行動を縛るのが可能。
本物の死神の後継者が
少女が力の一端でも本気で開放したらこうなるのは目に見えていたので、寸勁などという面倒臭いスキルを調達してきたのにこれでは全てオジャンだが、何とか体裁だけでも取り繕うと無理やり笑顔を浮かべる。
「というわけで、相手のパワーを逆利用し自分より重い術者を投げる。打極投の全てを会得してこそ拳法家なので、打(寸勁 )だけでなく投(柔術)もお見せしましたが、機会があれば最後の極(寝業)もご披露するよ」
レンレンが両手を広げたままペコリと頭を下げて、しばらくしてからポツリポツリと拍手が零れる。
本当に柔よく剛を制すの術理だったのか観衆の心にしこりが残ったが、現実として幼子が力任せに大男を投げ飛ばせる筈もない。そう自分を納得させることにした。
「しょ、勝負あり! 今年の幼年の部優勝は蒼の組、レンレンです」
ヨロヨロと起き上がった審判が勝利を告げながら少女の左手を高く掲げて、危うく命拾いしたポックル少年は担架で運ばれる。
こうして前座のお祭りはレンレンが小さなトロフィを受け取って幕を閉じる。八葉一刀流はエステル以来、五年ぶり二度目の黒星をつけられた。
◇
「よう、お嬢ちゃん。あの寸勁は誰から教わったんだい?」
「うーんとね、私の師匠だよ」
疑問は星の数ほどあれど、最も気になる一事を蒼の組控室に戻ってきたレンレンに問い質したが、ある意味必然の解答が返ってきてジンは眉を顰める。
「そのお師匠様の名前を…………」
「私、頭から血が出てクラクラするから医務室で治療してくるよ。おじさん達も決勝戦頑張ってね」
煙に巻かれたのは明白だが、負傷を盾にされては引き止めるのも叶わず。手を振りながら扉の外に消えていく少女を見送る。おじさんと呼ばれて内心でショックを受けていたジンにエステルが疑問をぶつける。
「なあ、兄貴。あいつ柔とか口走っていたけど、ポックルの剣を受け止めてからの一連の流れは……」
「ああっ、技術ではなく紛れもなく純粋な
「やっぱり、そうか。なあ、ヨシュア。お前はどう思う…………って、あれ?」
摩訶不思議な幼女の正体について解説大好きな義妹に講釈を任せようとしたが、何時の間にやら腹黒参謀は控室から忽然と姿を消している。
隠密能力に特化したヨシュアなら誰にも気づかれずに退出するのは容易だろうが、間もなく決勝戦が始まろうというこの瀬戸際でどこに出掛けたのやら、エステル達はハラハラしながら互いの顔を見合わせた。
◇
「貴方、組織の一員でしょ?」
無人のメディカルルーム前の廊下で黒髪の少女から待ち伏せられたレンレンは、ジンに続いて再度の質問責めに合い能面のように無表情になる。
「掌診断から得物と力量を推測されるのを隠す為に拳法家の振りをして籠手を嵌めてきたみたいだけど、目線の動き、間合いの測り方、更には少年を投げ飛ばした
可能性があるとすれば七耀教会の
「もっとも、あなたと私の間にどんな禍根があったとしても、あの女の所為で私はあなたのことを何も覚えていないのだけど……」
「あはは、さっきから何口走ってるの? お姉さん、
ニコニコと微笑みながらご高説を遮り、ヨシュアは琥珀色の瞳に値踏みする色を浮かべながら幼女を見下ろす。
「あの熊みたいなおじさんといい、私みたいなお子様を捕まえて何を聞き出したいのかさっぱり判らないけど、いい加減に帰らないと決勝戦に間に合わないんじゃないの?」
「そう、邪魔したわね。てっきり私に何か用事があるかと思ったけど自意識過剰だったみたいね」
あっさりと前言を翻すとクルリとレンレンに背を向けて、蒼の組の控室の方角に足を運ぶ。
ヨシュアが視界外に消えてからも、なぜかレンレンは医務室に入らずにその身に立ち尽くす。それから五分ほどして、館内にアナウンスが鳴り響く。
「皆様、お待たせしました。長い幼年の部の歴史の中でも屈指の激闘の興奮も醒め止まぬ中、予選開始から一週間に渡って開催されていた武術大会の最終カードを発表します。南・蒼の組、遊撃士協会所属。ジン選手以下4名のチームと北・紅の組、王国軍情報部、特務部隊所属。ロランス少尉以下…………」
「………………何も覚えて…………いない…………ですって………………」
ワナワナと震えながら左手を壁に置く。少女の異常な握力に耐えきれずにコンクリートの壁がミシミシと音を立てて、亀裂を走らせる。
幼子とは思えない険しい形相で、少女の内面を反映したように壁のひび割れが蜘蛛の巣のように広がっていく。
「自分一人じゃ何も考えられない……何一つ決められもしない人形の分際で。もう我慢できない。あのエステルとかいう心の支えの目の前で今すぐ酷たらしく…………いやまだ早い。あんな脱け殻のような腑抜けた状態を倒しても私の渇きは癒えない…………満たされない。ちゃんと記憶と力を取り戻した万全の態勢で、私の方が上だと認めさせないと……捻じ伏せないと、何時まて経っても私の悪夢は終わらな…………」
「ふふっ、荒れているな、レン」
思考にノイズが走り、視野が大きく歪んだレンレンを、後ろから何者かが『レン』という別名で呼び止める。その人物を視野に収めるや否や頭の中の霧が晴れる。
雨嵐のような
「レーヴェ!」
◇
「これより、武術大会団体戦大人の部決勝戦を始めます。両チーム、開始位置についてください」
センターラインを境目に蒼の組側にジン達ブレイサーズが整列。紅の組陣営に仮面の隊長ロランスに率いられた黒装束の特務兵が立ち並ぶ。
いよいよエステル達の命運を賭した、長かった武闘トーナメントを締めくくる最後の一戦が始まる。