星の在り処   作:KEBIN

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終わらぬクエスト(後編)

 物干し竿を振り回して突進するエステルを、カプア一家のレグとディノの二人が迎え撃つ。ライルは前回の戦闘で得物の短剣を失ったのか、ジョゼットの横で待機している。

「へっ、舐めんな。三対一でも敵わなかったのに、二人で何が?」

 殺気を感じたエステルは、反射的にテイクバックする。鋭い射撃音と共に、数瞬前までエステルがいた空間を導力銃の弾丸が貫く。

「危ねえ、危ねえ。けど、そいつも折り込み済み……痛っ!」

 ジョゼットが援護した隙をついて、ディノが手傷を負わせるのに成功し、エステルの左腕から血が滴り落ちる。

「よしゃあ。これで、痺れて動けなく…………がはばあぁぁぁ……な……ん…………で?」

 エステルの棍が鳩尾に食い込み、前のめりにぶっ倒れる。双方の力量差は顕著で、態々クラフトを使うまでもなく、通常攻撃一発で手下一人を仕留めた。

「馬鹿か、お前ら? 手の内が判っていたら、予め対策してくるに決まっているだろ?」

 左耳に嵌めた装飾具(アクセサリ)の『シルバーピアス』を、親指と人指し指で軽く摘む。

 お一人様二個まで装着可能なアクセサリの中には、特定の状態異常を防ぐ逸品も存在する。この銀色の耳飾りには解毒の効果があるので、ヨシュアの宝石箱の奥底で埃を被っていたお古の品をサルベージしてきた。

 

「これで残るは三人か」

 泡を吹いて失神しているディノを一瞥する。魔獣でなく一応人間が相手なので、開戦前の予告と異なり手加減してやったが、しばらくは起き上がるのは不可能。

「くそっ!」

 焦り顔のジョゼットは、クラフト『スタンピード』で、ベア・アサルトを連続発砲させる。弾丸を模した複数の導力エネルギーがエステルの急所を目掛けて襲いかかるが、棍を扇風機のように高速回転されて全ての導力弾を弾いた。

「なっ?」

「生憎だったな、コソ泥ども。俺が毎日稽古している相手は、弾よりも速く動くとんでもない怪物なんだよ」

 エステルの出鱈目な戦闘力に盗賊達が萎縮した隙を逃さずに、手近で棒立ちしていたレグを戦闘不能にする。カプア一家の前衛二枚はあっさりと潰され、後衛の二人が射程内に晒される。

 

「うおりゃあああ!」

 鬼神の如き雄叫びを上げながら、棍を振り回して再突進する。この勢いで敵の増援の飛行艇が駆けつける前に、一気にケリをつけるつもりだ。

「ライル、時間を稼げ」

 エステルの迫力に飲まれていたライルは、ジョゼットの叱咤に、己の役割を思い出す。懐から予備の短剣を取り出し、特攻を仕掛ける。

「僕の最強クラフトが、あんなにあっさりと破られるなんて。頼むから上手くいってくれよ」

 剣や棍などの肉体を駆使した体術系クラフトと異なり、導力銃や導力砲などの銃器系クラフトは闘気(CP)を必要としない代わりに、導力の自動回復に若干のタイムロスが発生するので、否応なくジョゼットは攻撃方法を物理から魔法に切り換える。

 得物のべア・アサルトをホルスターに納めると、祈るように両手で印を組んでアーツの詠唱に入った。

 

「うおおおおおー!」

「りゃあああー!」

 棍と短剣を打ち合う音が数合響く。捨て身故か、ライルは以前三対一でも瞬殺されたエステルに単身で辛うじて善戦する。だが、予備の短剣に『毒の刃』は嵌め込まれておらず。仮に毒効果があっても、どのみちシルバーピアスを装着したエステルには効かないので、撃破は時間の問題。

「んっ、何だ、あの光は?」

 とうとう力及ばずに、ライルは短剣を弾かれる。

 そのまま止めを刺そうとしたが、後方からダダ漏れてくる眩しい光に反射的に目を細める。何らかのアーツの詠唱態勢に入ったジョゼットの身体が、黄色に光り輝いている。

「あいつ、戦術オーブメントを身につけていたのか」

 戦術オーブメントとは、導力バッテリーに充電されたEP(エネルギーポイント)を用いて天変地異を引き起こすバトル専用の導力器。先述したエプスタイン財団によって開発され、ギルドに所属する遊撃士には無償で支給される。

 勿論、ミラさえ払えば悪党を含めた一般人にも入手可能。更には魔獣の中には体内に宿した擬似的な導力回路と呑み込んだセプチウムを共鳴させ、生身で導力魔法(オーバルアーツ)を唱えられる種族も存在する。

 

「何だか判らないけど、とにかくヤバい」

 ゾクリと背筋に寒けが走る。知識と計算で危険を先読みするヨシュアと対照的に、エステルは本能で危機を察知する。

「させるかよ」

 ワンテンポで闘気を棍に注入し、解除系クラフト『金剛撃』を放つ。

 詠唱中で無防備状態のジョゼットが、この重い一撃を受ければノックアウト必至。万が一意識を保ったとしても、金剛撃の効果で詠唱はキャンセルされる。

「坊ちゃん、危ない」

 二人の間に飛び込んできたライルが、ジョゼットの身代わりに攻撃を身体を張って受け止めて、その場に崩れ落ちる。金剛撃は不発に終わり、同時にジョゼットの詠唱が完成する。

「ライル、済まない。これでも喰らえ、脳筋ブレイサー」

「しまった。って、うわあああああ!」

 地のオーバルアーツ『ペドロブレス』により、エステルの踏みしめている大地が濁った沼に変化する。沼から湧き出るガスが、身体をよじ登るように爪先から頭部まで全身を満遍なく被い尽くす。

 やがてガスが晴れると、エステルの形を模った石像がその場に残された。

「はあ、はあ。何とか上手くいったか」

 暴れ猿(エステル)の鎮静化に成功し、ようやく一息つけたジョゼットは額の汗を拭う。

 ペドロブレスは敵を石膏の中に封じ込める即死系アーツだが、肝心の石化の発動率が低く、メインの戦略には組み込み辛い。

 そういう意味ではジョゼットは、単に一発勝負の出目の低いギャンブルに勝利したにすぎない。シェラザードがタロットで占ったように、今日はエステルの厄日のよう。

 

        ◇        

 

「エステル、無事? って、一体なんなのよ、コレ?」

 ヨシュアに文字通りに踏んだり蹴ったりの目に遭わされて、ようやく戦場に辿り着いたシェラザードは目の前に放置された人型の石像に面食らう。

「もしかしなくても、エステルよね? あたしやあの娘の悪い予感が当たったみたいね。待っていなさい、今すぐ元に戻してあげるから」

 露出度の高い衣装の豊満な胸元から、青い液体の詰まった小瓶を取り出す。

 正遊撃士の彼女は、あらゆる危機的状況に対応する為、ギルドから支給されている一通りの状態回復アイテムを常備し、『ソールの薬』は石化を打ち消す効能がある。

「おっと、それ以上、動かないでもらえるかな?」

 鋭い銃声と共に、シェラザードの手元の薬の瓶が弾かれる。瓶はコロコロと地面を転がり、導力銃を構えた青髪の少年の足元で止まった。

「そう、あんたがジョゼットね。可愛い顔して色々とエゲツナイ真似してくれるじゃないの」

 盗賊頭の少年に敵意の視線を向けると、得物のサイドワインダーを構えて臨戦態勢に入る。銃や弓なとの飛び道具ほどではないが、鞭の射程は打撃系の武器の中では格段に広く、ジョゼットが後一歩踏み込めば彼女の間合いだ。

「だから、動かないでと言ったでしょう。でないと、そこで固まっているお仲間が死んじゃうよ?」

 手前に落ちている薬の瓶を無視して、ベア・アサルトの照準をシェラザードでなく、石化しているエステルに合わせる。

「あんた、まさか」

「お姉さんが想像した通りだよ。僕のベドロブレスは、単に身体の表層を石灰でコーティングしただけだから、そのソールの薬で溶かせば簡単に解除できる。でも、石と一体化している今、強い衝撃を受けて身体の一部分でも破損したら、その失った肉体部分は二度と復元できない」

 ジョゼットは威嚇射撃を行い、彼女の足元の小石を跳ね上げ、二射目で中空の石を粉々に打ち砕く。威力・命中率ともに、デモンストレーションとしては申し分ない。

「というわけで、その危険な武器をこちらに渡してくれないかな?」

「くっ」

 微かな期待をこめて、ヨシュアの方をチラ見する。未だに石化したエステルの側で惚けていて、役に立ちそうにない。万策尽きたシェラザードは歯噛みしながらも、鞭をジョゼットの側に放り投げた。

 

「判ってくれたみたいだね。おい、レグ、ディノ。女とはいえ、二人ともブレイサーみたいだし、野放しは危険だ。君らの得物で大人しくしてやれ」

 女傑二人が辿り着くまでのタイムラグの間に、ジョゼットが唱えた水のオーバルアーツ『ティア』で体力を回復させた二人はのそのそと起き上がる。

 シェラザードと放心中のヨシュアが毒対策のシルバーピアスを装備していないのを確認すると、毒の刃付きの短剣をチラつかせて無防備に近づいていく。

「へへっ、済まねえな、お嬢ちゃん方。ちょいとチクっとするけど、我慢……」

 最後まで言い終えることなく、レグは再び失神させられる。今まで置物化していたヨシュアが突如覚醒し、二人を再度叩きのめした。

「なっ?」

「ちょっとヨシュア、何を?」

 驚いたのはジョゼットだけでなく、シェラザードも同じ。だが、ヨシュアは先輩遊撃士の非難を無視し、双剣を構えて徹底抗戦の意志を見せる。

「そいつがどうなってもいいのか? この導力銃の弾丸が命中すれば、君の兄弟は砕け散って死ぬんだぞ」

 ジョゼットは再び照準をエステルに合わせたが、表情には先のような余裕はない。ベア・アサルトを構えた少年の指先が微かに震えているのを驚異的な動態視力で視認したヨシュアは賭けに出ることにした。

「そう、なら実際にやってみせたら? 見習いとはいえ、私達は既にブレイサー。悪者の脅迫に屈するつもりはないし、クエスト中に殉職するのも覚悟の上よ」

 ヨシュアは敢えて淡々と放言し、逆に脅迫者を怯ませる。シェラザードは今度は口を挟まずに、じっと展開を見守る。あの不精な効率主義者が汗だくになって足掻いていた先の一途な姿を思い出す。余人の男性の生死ならいざ知らず、大切な家族を本当に見殺す筈がない。

 エステルの生命を蔑ろにするヨシュアの言行に却って胡散臭さ感じたので、冷静さを取り戻し機会を伺うことにした。

「ブレイサーの癖に、仲間を見捨てるつもりか? なら、君らは僕たち盗人以上の人でなしだぞ」

 シェラザードとは逆に、クールになれないのはジョゼットの方。人質を歯牙にかけないヨシュアの態度に時間稼ぎの当てが外れる。

 何よりも黒髪の少女の冷酷な物言いに、彼女に一方的に抱いていた思慕にも近い幻想が打ち砕かれ、まるで裏切られたような錯覚に陥った。

「見捨てるのではないわ。私はエステルの決意に水を差したくないだけ」

 ジョゼットが逆上すればするほど、ヨシュアは冷淡に言葉を紡ぐ。

 マルガ鉱山で、エステルはこの結晶を守るために、実際に生命を張っている。もし己の与り知らぬ所で身の安全と引き換えにクエストを放棄したら、彼はずっと自分を責め続けるだろう。

「だから、今度はあなたか覚悟を示す番ね、ジョゼット」

 今回の結晶強奪は、所詮は単なる窃盗事件に過ぎない。単にスケールの違いがあるだけで、本質的には駄菓子屋のお菓子を万引きする子供の悪戯と大差ない。

 だが、ジョゼットが脅迫した通りにエステルに手をかければ、それは殺人だ。自らの手を血で汚してでも成し遂げねばならない譲れぬ目的があるのかヨシュアは問うた。

「世の中には取り返しのつく過ちと、そうでない咎ある。人殺しは後者の中でも、償いようがない最悪の…………」

「何も知らない癖に、偉そうに説教するな!」

 提言に耳を背け、大声でヨシュアの論調を遮る。上から目線で諭すような口調にジョゼットは切れる。

「何が取り返しがつくって? もう、何もかも手遅れなんだよ。僕たちカプア一家は、エレボニア帝国から国際指名手配されている犯罪者なんだ。世間から爪弾きにされた立派なお尋ね者なんだよ」

「坊ちゃん」

 涙目になって自虐するジョゼットの痛々しい姿に、ライルは何と声を掛けていいか判らずオロオロする。

「だったら、泥棒の前科に今更、殺人の余罪が一つ二つ付け加わった所で、同じ罪人である事実に何ら代わりはないだろ?」

 今日まで溜め込んできた、鬱折した想いが一気に暴発する。

 誰しも望んで犯罪に手を染める訳ではない。闇世界に身を投じる人間には、それぞれ本人には抗えない切迫した事情がある。

 しかし、売り言葉に買い言葉で、ジョゼットが衝動的に当たり散らした捨て台詞は、ある人物の決して触れてはいけない琴線を刺激してしまう。

 

「泥棒が殺人と同じですって?」

 今まで事態を傍観していた、シェラザードの雰囲気が変わった。

 身体全体から放出される禍々しい怒気の流れに、思わずヨシュアの背筋に冷や汗が流れる。彼女とは短くないつき合いだが、ここまで感情を露わにした姿は少女の記憶にない。

「甘ったれたこと、ほざいてんじゃねえぞ、このガキがー!」

 ヨシュア顔負けの速度で懐に潜り込むと、グーで顔面を殴り倒した。ジョゼットは派手に吹き飛ばされて、地面に尻餅をつく。導力銃こそ手放さなかったものの、その時の衝撃で照準がエステルから大きくズレる。

「何がどうなっているのか判らないけど、チャンスには違いないわね」

 シェラザードの暴走はヨシュアにとっても想定外だが、それでもアドリブで発生した隙を逃さない。ソールの薬を拾いあげて、エステルの身体に振りかける。

 ピシピシと音がして、石灰が皹割れていく。もうしばらくすれば、表層を覆った石は溶け切り、生身の姿を取り戻す。

 エステルの介抱をヨシュアに任せたシェラザードは、殴られた片頬を抑えるジョゼットを凄まじい剣幕で見下ろす。

「坊や、あんた、比喩でなく泥水を啜ったことはあるか? 野良犬のようにレストランのごみ箱を漁り、腐った食物を口にしたことは?」

 銀髪女性の得体の知れない迫力に飲み込まれて、誰一人として声を上げられない。

「確かに盗みは犯罪さね、エイドスも奨励はしないだろうさ。けど、この大陸の貧困地帯(スラム)には、他人の懐を弄らないと生きていけない、憐れな人間が五万といるんだよ。でも、そんなギリギリまで追い詰められたクズだって、最後の一線だけは決して踏み越えなかった」

 手近に落ちていた得物のサイドワインダーを拾いあげると、ピシャリと鞭を鳴らす。

「仕置きが必要ね」

 パーンという空気が張り裂けるような鋭い音が鼓膜を叩き、ジョゼットとカプア一家を震えあがらせる。

 そのままSクラフト『クインビュート』で、ジョゼットにビシバシ折檻しようと、サディスティックに舌舐りする。だが、背中に針で刺されたような鋭い痛みを感じた刹那、鞭を大きく振りあげた態勢で、まるで金縛りに遭ったようにその場に縫いつけられる。

「痛っ! 何よ、コレは? まさか、あの娘の」

 振り返ると、片膝をついたヨシュアが、短剣を振り抜いた姿勢のまま静止している。

 遅延クラフト『絶影』を、敵のカプア一家ではなく味方のシェラザードにぶつけて彼女の行動を束縛し、Sクラフトの発動を強引に阻止した。

「ちょっと、ヨシュア。あんた、どこまで恩を仇で返せば。それとも、まさか、この機に乗じて、あたしを亡き者にするつもりじゃ」

 利敵行動としか思えない裏切り行為に、普段の人間関係を伺わせる嘆かわし疑惑が鎌首を擡げたが、すぐに考え違いであることが判明する。

 激しい銃音と共に、シェラザードとジョゼットの合間を導力砲の機銃が走り抜ける。ヨシュアが介入せず、もう二、三歩足を踏み込んでいたら蜂の巣にされていた。

「ヨシュア。あんた、これを予期して」

 突如、強風が吹き荒れ、三者の上空に大きな影が浮かび上がる。反射的に宙を見上げると、緑色の見慣れぬフォルムの飛行艇が、上空を旋回している。

山猫号(ワイルドキャット)。遅いよ、キー姐」

 待ちに待った増援の存在に、ジョゼット達は息を吹き返す。

 精神・物理両面で自分を痛めつけてくれた二人の女遊撃士を、ジョゼットは忌ま忌ましそうに睨んだが、この場は逃走を選択する。ライル達共々飛行艇から垂らされた縄梯子を掴む。飛行艇が中空で急発進し、四人の盗賊たちは空中へ引き上げられる。

「こら、待ちなさい。ここまできて、逃がすか」

「シェラさん、駄目です」

 射程の長い鞭で、綱登り中のジョゼットを叩き落とそうとするが、ヨシュアが身体を張って止める。

「ちょっと、今度は何よ?」

 ヨシュアは黙って空賊艇を指差す。飛行艇の頂上出入り口では、カプア一家のユニフォームを着た若い女性が、先程見舞った導力砲を構えており、機銃の照準を今度は石化解除中のエステルにセットしている。

「ちっ、そういうこと」

 舌打ちしながら鞭を下ろす。ジョゼットと同じ髪色の女盗賊は、仲間が全員、船内に保護されたのを確認すると、導力砲の照準を畳んで自らも船内におりていく。

 石化が溶けたエステルが身体を動かせるようになった時には、山猫号は空の彼方へと消えていった。

 遊撃士軍団(ブレイサーズ)とカプア一家の因縁の対決の第一ラウンドは、双方痛み分けという結果になりそうだ。

 

「エステル、怪我はない?」

 ヨシュアが涙目でエステルに駆け寄るが、身体中にこびりついた石の欠片を払いながら、白い目を向ける。

「石の中でも一応意識はあったから、お前とジョゼットの会話は全部筒抜けだったぜ。そもそも、俺もシェラ姐もお前の本性を知っているから今更、猫被りする必要は」

「本当に無事で良かった」

 エステルのチョッキを強く掴んで縋り付く。今まで見たことがない義妹の弱々しい雰囲気にバツが悪くなったエステルは、照れ臭そうにソッポを向く。

「一見強そうで、実は脆いか。先生の仰っていた通りね」

 ブライト家の血の繋がらない兄妹の交流を眺めながら、シェラザードは軽く頭を掻いた。

 

        ◇        

 

 ヨシュアが落ち着いた頃合いを見計らって、エステルは立ち上がったが、表情は晴れない。一命は取り留めたものの、まんまとジョゼットに結晶を持ち逃げされたからだ。

「済まねえ、ヨシュア、シェラ姐。俺が先走って、足を引っ張ったせいで」

 石化中は会話以外の外の様子は判らないが、盗賊たちをみすみす見逃したのは、自分が足枷になっていた所為なのは疑いない。

 ジョゼットがエステルを人質にとった時にはヨシュアは彼の脅迫を無視したが、それは様々な検証データからあの少年に人を殺める度胸がないのを見透かしての話。

「腕は確かだけど、色々な意味で甘い上に覚悟も中途半端。けど、だからこそ、まだいくらでも遣り直しが効く位置に彼はいる」

 というのが、ジョゼットに対する率直なインプレッション。

 逆に少年の縁者と思わしき女性に狙われた時は、データ不足で行動の予測がつかないので、素直に白旗をあげることにした。口先でどれだけ非情ぶったところで、ヨシュアが本気でエステルを見殺す筈はない。

 

「けど、その為にロレント市民の感謝の証を奪われてしまった。四カ月後の聖誕祭までには、何としても取り返さないと」

 ロレントの外に出た賊の所在に心当たりはないが、かといって諦めるつもりは毛頭ない。

 エステルは長期の追跡を覚悟したが、ヨシュアとシェラザードは危機感の欠落した表情でお互いの顔を見合わせる。

「エステル、結晶のことなら心配いらないわよ。そうですよね、シェラさん?」

「あら、目敏いわね、ヨシュア。気がついていたの?」

「ええ、私も手癖の悪い方だと自負しているけど、あなたには勝てそうもないわ」

「褒め言葉だと、素直に受け取っておくことにするわ」

「おい、さっきから一体何の話をしているんだよ?」

 お互いに営業スマイルで微笑みながら、微妙な緊張感を維持して意味深な会話を続ける二人の女性に戸惑う。色恋沙汰もそうだか、こういう時のエステルは半端じゃなく察しが悪い。

「つまり、こういうことよ」

 ジャジャジャンと擬音を自ら奏でながら、ジョゼットに強奪された筈のセプチウムを懐から取り出して、掌に返却した。

「シェラ姐、何時の間に奪い返していたんだよ?」

 エステルは目を丸くして驚く。会話から判断した限り、結晶を取り戻す隙はなかった筈だ。

「あたしには『フォックス・テイル』という窃盗クラフトがあってね。最初にあの坊やをぶん殴った時に、こっそり失敬しておいたのよ」

 悪戯っ子のような表情で、白い歯を見せてニカッと笑いながら種あかしをする。

「じゃあ、もしかしてジョゼットに説教したのは、そのことに気づかせない為の演技?」

「そうに決まっているじゃない。このシェラ姐さんに熱血なんて似合わないって」

「そうだよな」

 シェラザードはカラカラと笑い、エステルも釣られるように笑みを返す。

「本当に鈍いのだから」

 似たようなアンダーワールドの住人であったが故に、姐御肌の褐色美人の笑顔の裏に秘められた気遣いを一人悟ったヨシュアは心中で嘆息した。

 

        ◇        

 

 ロレント市に帰参した一同は、奪還作戦の成否を首を長くして待っていたクラウス市長に告げる為、真っ先にギルドに顔を出す。

「おおっ、本当に取り戻してくれるとは」

 あれから居ても立っても居られず、エステル達が戻るまでの間ずっとギルドの受付に張り付いてアイナをウンザリさせていたクラウス市長は、結晶を掲げて子供のようにはしゃいでいる。

「信号弾を打ち上げてから、飛行艇が辿り着いた時間から逆算して、やはりジョゼット達は現在ボース地方を騒がしている空賊団と判断して間違いなさそうですね」

「そう、だとすると取り逃がしたのは少し痛かったわね」

 ヨシュアからのクエスト報告に、アイナは苦虫を潰したような顔をする。

「ただ、私見ですか、ジョゼットがこの結晶を再度狙うことはないと思います。あの程度の説教で改心する筈もありませんが、譬え数百万ミラの宝石といえど、エステルみたいなのにしつこくストーカーされたのでは、向うも割に合わないと思っているでしょうから」

「おい、ヨシュア。それはどういう意味だよ?」

 エステルは顔を真っ赤にし、一同は爆笑して、ギルドは弛緩した空気に包まれる。かくして長い間続いた一連のクエストは、ようやく終わりを迎えることになった。

 

「で、本当に今回の報酬は、あたしが全額貰っちゃっていいわけ?」

 シェラザードが再度念を押したが、二人に異存がある筈がない。

 今回のクエストは、前回の依頼分のアフターサービスのようなもので、いわば落とし前をつけた形に過ぎない。

「今のあなた達なら、渡しても良さそうね」

 シェラザードと兄妹の遣り取りをつぶさに観察していたアイナは、受付の引き出しから二通の封書を取り出した。

「ロレント支部からの『正遊撃士資格の推薦状』よ。あなた達二人を正遊撃士の資格所有者として、正式に推薦します」

 その一言に、エステルだけでなくヨシュアも驚愕を隠せず、常のポーカーフェイスを崩す。世には彼女の合理的な思考フレームでも読めない未来が往々にして具象化する。

「けど、アイナさん。私達のBP(ブレイサーズポイント)は、まだ全然足りてないと思うのですけど」

「ブレイサーズポイントは、単なる目安の一つに過ぎないわ。大切なのは推薦者が、正遊撃士に値する人格と能力の所有者か否か。鉱山での予期せぬトラブルを乗り越えた柔軟性と、一度携わった依頼を無報酬でも完遂した責任感は正遊撃士足るに十分と私は判断したわ」

 無欲の勝利ということか。昇進に焦っていた初期と違い、ひたすら遊撃士の務めを果たさんと邁進し続けた姿勢が結果的に出世の早道となったのだから。

「でも、俺はさっきも足を引っ張って」

「貰っておきましょう、エステル。あまり愚図ると反ってアイナさんの顔に泥を塗ることになるわよ」

 未だに困惑するエステルとは逆にいち早く現状を受け入れたヨシュアは推薦状を懐に仕舞い込む。これとて親の七光と取られかねない中で、敢えて推薦状を発行したアイナの心意気に水を差さない方が良い。

「そういうことよ、エステル。ミスは誰にでもある。その失敗を次に活かすも殺すも全ては自分次第。集めなければいけない推薦状はあと四つ。他の地方でのあなた達の活躍に期待しているわよ」

「シェラ姐」

 女性陣の暖かい励ましに、ようやくエステルも吹っ切れたみたいだ。右手で推薦状の入った筒を握りしめて、左手で得意のピースサインを型作る。

 

「一度、準遊撃士の旅に出たら、下手したら数年は、ロレントに帰れなくなるわよ。いずれ大々的にお別れパーティーとか催さなくちゃいけないけど、その前に内輪だけで、軽くお祝いしましょう。あなた達二人の奢りでね」

 シェラザードは軽くウインクしながら、小悪魔っぽい仕種で微笑んだ。二人は目をぱちくり瞬いたが、聞き間違いではないようだ。

「あの、シェラさん。話の流れ的に、あなたが今回のクエスト報酬を奮発して、皆にサービスすることになると思うのですが」

 駄目元でヨシュアが一応正論を口にしてみたが、聞いちゃいない。先のささやかな復讐を実行すべく、早速、居酒屋アーベントに今夜の宴会の予約を入れに行く。今回のクエストではシェラザードに借りがあるので、二人とも強く訴えることが出来ない。

 飲み会の面子はこの場にいる者に限定されるにしても、『うわばみ』の異名を持つアイナがいる。ドレッドに巻いた髪の束の一つ一つが、生きた蛇が蠢めいているような錯覚すら覚えるので、これはナイアル達と過ごした一夜に匹敵する派手な出費になりそうだ。

 

「推薦状は手に入ったけど、旅費不足で、しばらくはロレントから旅立てそうもないわね」

 じりじりとすり減る懐具合を考慮してヨシュアはそう勘定したが、エステルのマッサージによって強引に筋肉痛を回復させられた翌々日には、二人は性急にも長い間住み慣れたロレント市に別れを告げることになる。

 

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