王都の武術大会のファイナルマッチ。
審判の合図と共に配置に散っていき、ジンとエステルが最前線に位置取り、ヨシュアが中衛、オリビエは後方に下がる。
ブレイサーズ決戦の変則個人戦モードと異なり、今度はオーソドックスなフォーメーションでパーティーバトルを挑むようで、特務兵達は敵の健康状態をチェックする。
(ぱっと見た所では、昨日のダメージが蓄積されているみたいだな)
見習いの兄妹は無傷だが、準決勝の激戦が尾を引いているのか大人二人の体調があまり良さそうではない。
要注意人物と見做す拳法家は痩せこけた外観からして、能力パラメタを大幅にダウンさせている。数合わせと侮られているガンナーはどうした訳か昼食時とは打って変わって表情を青醒めさせたまま、夢遊病患者のような重そうな足取りを隠さない。
(油断を誘う演技の可能性もあるので慢心は禁物だが、上手くいけば裏技抜きで勝てるかもしれんな)
ドールマンは中央VIPルームを見上げる。己が執事と自分たちの上官を両脇に立たせて貴賓席に踏ん反り返るデュナン公爵の姿を確認する。
所詮は御輿に過ぎないとはいえ、一応は次期国王陛下であらせる。大会を目茶苦茶にして主催者たる公爵の不興を買うのは得策ではない。
さしたる政治的ビジョンもなく気前良く実権を大佐に丸投げして、本人は相応の敬意と放蕩三昧で満足され御仁なので傀儡としてこれほど相応しい人物像は他にない。
もちろん一度関係性が決裂すれば、即座に幽閉されるだけの憐れな存在だが、仲良くやれるならそれに越したことはない。
幸い敵側もベストコンディションには程遠そうなので、真っ当な優劣が定まるまでは正攻法で様子を見ようと緊急手段の一時凍結を決意する。
「
腹黒軍師の推測通りに敵味方の情勢の変化が彼らの実弾使用を躊躇わせたが、その迷いが後に決定的な隙を産むことになるとも知らず。審判の号令と共になし崩し的に決勝の火蓋が切って落とされた。
「ふふっ、愛と真心を君たちに……」
真っ先に動いたのは一人フェンス前まで下がっていたオリビエ。フラフラした動作で例の深紅の薔薇の花束を宙に放り投げると、自ら銃弾を撃ち込んで周囲に花吹雪を展開させた。
「ちっ、前の試合で見せた目晦ましか!」
「どうする?」
「放っておけ。むしろ、これで優先順位が明確に定まった」
戦場の紅一点たる黒髪少女はロランス少尉担当らしい。準決勝のメイルの時のようにアレが闘技場の端に誘導されていく姿を尻目に、特務兵は鉤爪を展開するとドールマンはエステルに、ラウルとメイスンはジンに張り付いて接近戦に持ち込む。
蒼の組の陣地一杯に拡散した煙幕の中に導力マシンガンを目晦撃ちしても上手くオリビエの本体に当たる確率は低いので、膠着状態を維持して敵の飛び道具を封じる策だ。
準決勝までの戦闘経過を見比べれば、人間離れした無双劇を披露したジンを複数人数でマークし、足手纒いとは言わないまでも目立った活躍のなかったオリビエが放置気味にされるのは必然の展開だが、だからこそチーム最大の切札をこの決勝まで温存するのに成功した。
「あれは、オーバルアーツの光?」
ドールマンはエステルの物干し竿と鉤爪を鍔競り合わせ一進一退の攻防を続けながら、赤い光が薔薇の煙幕の微かな隙間から駄々漏れる情景を訝しむ。
オリビエが身を隠したままアーツの詠唱態勢に入る。光色から炎属性魔法のようだが、複数の隙間から同時に光が零れており、術者の位置特定には役立たない。
(解除弾はピンポイントに撃ち込まないと効果がないから、詠唱を止めるのは難しいか………………って、こいつら?)
オリビエの詠唱を見定めた敵側の前衛二人の動きが突然慌ただしくなる。間合いを図るというよりはひたすら敵を引き離そうと攻撃アクション抜きで定期的な移動のみを繰り返す。
(なるほど、そういう狙いか?)
最初はメイル達みたいな自爆作戦かと思ったが、エステル達の首筋には馴染となった褐色に輝く秘石・タイガーハートがペンダントのようにぶら下げられている。
オフザバトルのスペース移動により、上手く敵をアーツの範囲内に置き去りにして、自分らだけ脱出を試みているのだ。
(甘いな、そんな手が通じるのは、本能のままに暴れ狂う魔獣ぐらいだぜ)
彼奴がどれほど手配魔獣退治の傍ら、攻撃アーツを軸にした集団戦術を磨いたかは知らないが、範囲魔法の脅威を知る知恵ある人間がみすみす死地に取り残される愚行を犯すことはない。
「副隊長殿?」
「構うことはない。各対象に取りついて絶対に逃がすな」
炎系アーツは他の属性魔法より高威力な反面、範囲が最大でも中円と手狭なので、密集態勢を取られなければ攻撃を当てられる人数は限られている。
ましてや、物理特化装備のタイガーハートでエステル達の
(アーツを放つ瞬間に振り切られない限りは被害は味方の方が大きくなる計算だから、仲間の身を案じるなら詠唱をキャンセルするしかない)
交戦というよりは鬼ごっこに近い形で命懸けの駆け引きが続く。パワーはともかく単純な機動力では闇の眷属たる黒装束に軍配が上がる。エステルもジンも敵にピッタリとくっつかれたまま引き離せず、カウントダウンが刻一刻と近づいていく。
詠唱完了5秒前、今まで大きく離れていたエステルとジンが互いを目掛けてダッシュし、ぶつかるか否かの寸前で左右に交差して駆け抜ける。
カルガモの雛のようにトレースしてきた特務兵同士を衝突させ振り払う魂胆のようだが、この手の乱戦に馴れているのは奴らも同様。ラウルの手合図で急停止し、辛うじて玉突き事故を回避する。
そのまま各々の標的をスイッチすれば、タイムロスなく追い付ける。遊撃士側の作戦は不発に終わる筈だが、振り返った彼らは目を疑う。
一歩でも距離を稼ごうとしていた敵の前衛二人が突如、反転して自分らの側に突進してきた。エステルはドールマンの腰元に抱きつき、ジンは両腕でラウルとメイスンを抱きかかえたまま前進。敵味方関係なく押し倉饅頭のようにごちゃ混ぜになる。
「ふふっ、煉獄の業火を君達にプレゼントしよう。あっ、そおれぇー」
まさに、その瞬間。煙幕が晴れて視界が良好になると同時にオリビエの詠唱が完成。巨大な焼夷の炎・ナパームブレスが天から降り注ぐ。
ナパームブレスは効果範囲を小円に凝縮することで、四元素最強の火属性の中でも最高火力を誇る単体アーツ。局所に密着した五人の身体を900度の高温で余すことなく焼き尽くす。
「「「ぐおお……!」」」
「ふがあっ!」
「うわあああ、流石にきつい!」
前回に続いてメイスンとラウルは再び炎に焼かれるが、今度はドールマンの他にもエステルとジンまで延焼に巻きこまれている。
導力で作った疑似炎は、現実の火と違って服を焦がしたり肌を火傷させることはないが、体感する熱量に違いはなく燃え盛る炎の中は阿鼻叫喚の地獄が続いている。
術者の魔力の高さに応じて火力を大きく変化させるは、どの属性アーツでも共通。ワンラインの最高魔道師が造り上げた炎の檻は五人を閉じ込めたまま燃え尽きることなく、闘技場の中央に巨大な炎の花を咲かせる。
一分近く燃焼を続けて、周囲の観客を虜にした火の柱がようやく勢いを衰えさせる。やがて燻火を残して鎮火すると、生きたまま火炙りの刑に処された五人の死刑囚がバタリと地面に倒れた。
「しょ、正気か、お前ら?」
「熱い……死……ぬ…………」
「貴様ら、どうして動ける?」
昨日の火達磨を火遊びに錯覚する程の超高熱の疑似炎に長時間焼かれて、体力を根こそぎ削り取られて指一本動かせなくなったドールマン達の掠れ往く瞼に、のそのそと起き上がってきたエステルとジンの姿が映った。
二人もまた首の皮一枚のHPを残した虫の息状態。タイガーハートを装備した物理屋二名が高魔力の炎に蝕まれて生き延びたのか不審がるが、さっきまで茶色をしていたペンダントの秘石が何時の間にか雪のように真っ白に輝いているのに気がついた。
「おっと、ばれちまったか。こいつは
ソウルストーンは
このアクセサリを初めて実戦投入する上で特務兵の目を欺く為に色を塗り替えタイガーハートに偽装していたので、ブレイサーズの前衛二名はこの決勝戦に限って物理でなく魔法特化装備で臨んでいた事になる。
「まっ、ソウルストーンはあくまで補助であって、本命はこっちだけどな」
懐の奥から真っ赤なアミュレットを取り出す。『紅耀石の護符』と呼ばれ七耀石の結晶から作られた
「俺と兄貴、それにオリビエの三人はこの護符を装着している。もっとも、オリビエはソウルストーンの代わりにクリムゾンアイを併用し
背に腹は変えられないと、ヨシュアはクローゼのクリムゾンアイを一時的にオリビエに貸し与えた。お気楽な楽師が妙に体調が悪そうだったのはこの呪石のマイナス効果ゆえ。
ちなみに希少品の紅耀石の護符を何故エステル達が三枚も所持しているかといえば、元々はメイル達の所有物でこの試合限定でヨシュアがレンタルしてきた。
ポップル国の遊撃士チームは、
大会中、彼女らはガウ以外の全員に、土属性の『琥曜石の護符』を装備。タットの
自らの属性を完全に塗り替える代償として、反対属性(土←→風、火←→水)の攻撃を受けた場合にダメージが倍化するリスクがあり、タットがロランス少尉の『零ストーム(※風属性の解除系クラフト)』で一撃でKOされたような事故も起こりえたりする。
いずれにしても彼らの戦法にあやかり、ヨシュア以外の三者の属性を火に変更することにより、オリビエのナパームブレスの火力を上乗せした上でエステルとジンは属性防御によって生き残る作戦を決行。結果、見事に特務兵の三人を纏めて葬り去るのに成功した。
「あのドケチのメイルが秘蔵品を気前良く貸し出してくれるなんて、よほどお前らの悪辣な遣り方が腹に据え兼ねたみたいだな…………って、もう聞いちゃいないか?」
どこまで説明を聞き入れたか不明だが、救国の執念も及ばずラウル達は既に失神している。
クリムゾンアイと紅耀石の護符で二重に底上げたワンラインのオリビエの最高火属性魔力を生身で浴びたのだから、何らの魔法対策も施していない彼らが魂ごと根こそぎ焼き尽くされたのも無理はない。
気絶したメイスンの懐をガサゴソと漁って、黒光りするカートリッジを抜き出して内部を改める。すると国際協定で使用禁止の実弾がビッシリと積められていた。
「兄貴、やっぱりこいつら……」
「何も言うな、エステル。試合を楽しんでいる満場の観客に態々水を差すことはない」
瞳に険しい色を浮かべながらも、ジンは首を横に振る。
準決勝までのガチンコの殴り合いを心からエンジョイしていたウーシュウは、最後の大舞台での顛末に遣り切れなさを覚えたが、何も知らない第三者にまで業を背負わせる気はない。
「俺たちは死力を出し尽くして戦った。それで十分さ。しかしこうなると、やはり軍師殿の方針は正しかったようだな」
腐っても特務兵は闇社会に名を轟かす猛者なので、不調のジンとエステルの二人だけでは物理的な正攻法で三人纏めて瞬殺するのは難しい。
もし、接戦に縺つれ込んでいたら、奴らは反則負け覚悟で銃弾のシャワーをエステル達に浴びせていただろうから、血溜まりに平伏しているのは自分らの側だったかもしれない。
「対人間では半端な誘導は効かないから、前衛の囮ごと敵を道連にする動作を身につけるのが最終目標だったし、魔獣相手に範囲アーツの位置取りを練習した甲斐があったな、兄貴?」
「うむ、後は軍師殿に任せて俺たちは休むとしようか、エステル」
務めを果たした前衛コンビは地面に腰を下ろすと、互いに背中合わせになってその場で休息を取る。
攻撃アーツによる魔力ダメージは肉体でなく精神に多大な負荷を強いるので、人並み以上に物理的にタフな筋肉メンも流石に精魂尽き果てた。
戦場にはまだ圧倒的な戦闘能力を持つロランス少尉が残っているが、アレはこの大会のラスボスなどではなく王城進出を阻む単なる障害物に過ぎないので、武闘トーナメントを締めくくるフィナーレは紅一点の千両役者に譲ることにしよう。