予選・本戦含めて一週間の時を費やした武術大会は、遊撃士チームの優勝で幕を閉じた。
表彰式で代表者のジンは大会主催者デュナン公爵の拝謁の栄誉と二十万ミラの賞金、更には今宵の晩餐会への招待状を授かる。
エステル達の本来の目当ては宮廷内への許可証のみだが、ヨシュアは貰える物は何でも頂戴する主義なので遠慮なく褒賞の山分けに預かる。兄妹合わせて十万ミラもの大金をピンハネしたので、文無しの中年男性を養うのに費やした先行投資額は大幅な黒字で回収できた計算になる。
決勝では特務兵に不穏の影が見え隠れしていたが、腹黒軍師の神風戦術が功を奏して残虐ファイトに持ち込む隙を与えずに瞬殺。大会は表向き恙なく満了する。観客のスタンディングオペレーションに囲まれたまま、ジン達は
◇
「よしよし。あのむかつく覆面野郎面どもをぶちのめしてきたわね」
ホールを出るや否や、まるで出待ちのファンのようにメイル達一行が待ち伏せていた。
情報部に敗退した地点で彼女らは選手パスの効力を失い、既に完売済みの決勝チケットはダブ屋からの割高購入を求められたが、リベールでの生活費が底を突いており、泣く泣くメンバー揃っての観戦を諦めた。
こんな時に便利なのが空中を飛行可能な
「もし、無様に負けていたらレンタル料金を徴収するつもりだったけど、約束通りロハにしてあげるわよ。まあ、それはそれとしてさっさと紅耀石の護符を返して、プリーズ!」
性急な態度で掌を突き出し催促するので三枚の護符を纏めて返却するが、エルフ耳の少女の余裕の無さが気になる。
準決勝で親友のアネラスから命綱の護符を強奪した悪逆非道を目の当たりにし、希少品をなし崩し的に借りパクされるのを警戒しているようだ。ヨシュアは少しばかり傷ついた仕種で拗ねてみせる。
「酷いです、メイルさん。私が他人の持ち物をちょろまかすような悪党に見えますか?」
「うん、見える。というか、あたし達があんたらの立場なら、捕まる前にさっさと国外行きの定期便に乗り込んでそのまま持ち逃げしちゃうし」
常に自分の行動原理を基準点として他者の性根を推し量っているみたいで、エステルは絶句する。純朴少年のタットは一緒だくにされるのに心苦しそうな表情をしていたが、敢えて黙秘する。
少女の破天荒な言い草には流石のヨシュアも苦笑いするしかないが、エステルとは逆ベクトルで裏表がないので案外、腹黒完璧超人と馬が合うかもしれない。
「ぶしつけながら、メイルさん達はミラにお困りのようですが、だぶついた護符を売却してはどうですか?」
現状では七耀石の結晶を加工する製法は解明されておらず、工房でも合成不可能な準レアアイテム扱い。王都のオークションに出品すれば、一枚数万ミラで捌ける。何なら四属性セットで十万ミラで買い取っても良いと賞金の分け前分を惜しみなく投入しようとしたが、メイルは少し悩んでからヨシュアの勧める金策を撥ね除けた。
「悪いけど、遠慮しておくわ。この護符はあたしらが確かに世界の一部を救ったという勲章だから」
エジルが手持ちのアーティファクトに只ならぬ思い入れを持つように、がめついメイルをしてミラでは譲れない大切な仲間との絆が
「了解しました。それとは別にお願いしたいことがあるのですが」
首尾よくアリシア女王からお墨付きを賜ったら、ユリア達親衛隊の生き残りとグランセル支部にいる遊撃士の寡兵で四個中隊(※中隊=50人なので約200人)クラスの情報部と渡り合わなければならず、使えそうな人材は一人でも多く留めておいた方が良い。
故にもうしばらく王都に滞在していれば割りの良いクエストが入る情報を餌に飛行船で故国に帰還しようとしていたブラッキー達に数日分の滞在費を渡して引き止めると、一時の別れを告げてグランセル城に出発した。
◇
「マイハニーは相変わらず悪巧みに忙しそうで何よりだね。お蔭様で僕も色々と恩恵に預かれたしね」
優勝賞金の公平な取り分として、五万ミラも濡れ手に粟のオリビエはホクホク顔。
宵越しのミラに未練を持たない銭金に執心しない御仁ではあるが、王都での行動を縛る為に幼馴染みから小遣い制限を受け日干しにされたので、風来人の自由を保障する先立つものの有り難みを実感している。
「派手な優勝祝賀パーティーを開くのは後日として、まずは宮廷料理を堪能させてもらうとしよう。僕らを持て成してくれる愛と希望のパラダイス…………」
「ふんっ、そう何もかもお前の思惑通りにいくと思うか?」
何者かが城門に続く橋の手前で、エステル達の行く手を阻むかのように両腕を組んで仁王立ちしている。
黒髪で精悍な顔つきをした青年男性。エステル以上の長身で肩幅はがっしりとして、背中にアガット級の大剣を背負っている。
紺を基調とした深い詰襟にマント付きの軍服を重厚に着こなしており、『黄金の軍馬』の紋章が刻まれた勲章を複数個ぶら下げている所からエレボニア帝国の士官だ。
鷹のように鋭い眼光に敵意は含まれてないものの、身体全体から発散される無言の威圧感に思わずエステルは気押されるが、オリビエは彼の姿を視認するや否や人好きのする笑顔で馴れ馴れしく話しかけた。
「やあ、親愛する幼馴染みよ。つい先立って君の吝嗇ぶりを思い浮かべていたらこうして再会できるなんて、やはり僕らは運命の赤い糸で結ばれているんだね」
「おぞましい戯れ言を抜かすな。痴れ者が。お初にお目にかかる。自分はミュラー・ヴァンダール少佐という。先日エレボニア大使館の駐屯武官として赴任してきた者だ」
そう挨拶して仰々しく長駆の頭を下げる。オリビエの知り合いの帝国軍人らしいが、一見して道化師の真逆を往くお堅い人物像であるのは簡単に想像がつく。
「ふふっ、所謂幼馴染みという奴でね。いつも厳めしい顔して、これでも可愛い所があって、「ほーら、遅刻するわよ」と毎朝僕のベッドの布団を捲って起こしに来てくれたり、実は小さい頃は苛められっ子で僕が身体を張って庇ってあげていたの…………」
「死にたくなければ黙れ」
「はい」
「片方は本当のことなのに」とブツブツ呟きながらオリビエは口を閉ざしたが、エステル達はどちらが法螺なのか非常に気になった。
あの体躯で全身に一部の隙も伺えず、もし武術大会の個人戦に参加していたら優勝候補に奉られたのは間違い無さそうな
「失礼し…………!」
パーティーの中に紅一点が紛れているのに気づき嘆息する。この黒髪少女がアーティファクトの通信機で何度か連絡があった例の美人局の仕掛け人のようだ。素性を伏せているとはいえ、大国の皇子から大金を搾取したり漁船に売り飛ばすとは、身の程知らずというか度胸が良いにも程がある。
そう呆れながら、ヨシュアの御尊顔を視界に収めたミュラーの表情が凍りつく。襟詰の下の喉元がズキリと痛み、呼吸が荒くなり息苦しさを覚える。
◇
全てが赤い満月の夜。
野原に聳え立つ一匹の小さな怪物。
爛々とした二つの真紅の魔眼。両の手に握られた凶器から滴り落ちる真っ赤な血。
足元を埋めつくす、人、ひと、ヒト。
軍服を纏った夥しい数の死体が転がっており、本来、緑の草原は血で赤く染まり、まるで赤い海のよう。
死体の山の中に、喉を引き裂かれた虫の息の生者が混じっており、自分の背丈の半分ほどの小柄な怪物を見上げる。
「ばっ…………ば……け……も…………の………………め……」
恐怖と嫌悪感に満ちた瞳で震える唇で、声にならない呪詛を投げ掛けて生者は事切れる。
それを見届けた怪物は、木々の合間を飛翔し、この場から立ち去る。
生ある者のいない死の世界に、息絶えた筈の死者が蘇生する。
周囲を埋めつくす物言わぬ仲間の躯に、生者は声にならない声で激しく慟哭する。
生者は空を見上げる。
全てが赤いこの死の世界で、月だけが、やっぱり赤い。
◇
「どうしたんだい、親友?」
オリビエの声にミュラーは我に返り、改めてヨシュアの姿を観察する。
長い黒髪、整った顔立ち、陶磁のように白い肌、何よりも太股に収納された双剣の得物。
(似ている。歳の頃を考えれば今の年齢にも辻褄が合う。だが……)
琥珀色の瞳に正面から魅入られたミュラーは頭を振る。
闇夜に降臨した化物は、常に瞳を真っ赤に光輝かせていた。何よりもアレは感情というものを一切伺わせないオートマタ。この少女のように人並みに笑ったりしない。
そう自分に言い聞かせようとしたが、古傷の疼きは中々治まらなかった。
「ふふっ、この僕一筋で女性に興味がない堅物を魅了するとは流石はマイハニーだ。けど、残念だけどヨシュア君は僕のものだよ」
「別にお前の所有物じゃねえだろ、オリビエ」
図々しく義妹に抱きつこうとする悪い虫を義兄が身体を張ってガードする。
予期せぬ邂逅に柄にもなく悪友のペースに巻き込まれたのに気づいたミュラーは、普段の仏頂面を取り戻すと従来の目的を告げる。
「立場も弁えず、黙って武術大会に出場した件は不問にしよう。だが、晩餐会への出席は許さぬ故、俺と一緒に大使館に戻ってもらう」
その死刑宣告にも等しい宣言に初めてオリビエの余裕がひび割れる。
公共の社交場で妥協の二文字を知らぬ生粋のお調子者の帝国人が何時ものノリで傍若無人の限りを尽くすのを恐れているようだが、ヨシュアが助け船を入れる。
「ミュラーさんでしたっけ? その心配は杞憂ですよ。主催者のデュナン公爵や参加予定者のメイベル市長はオリビエさんの人となりを重々ご承知ですから、またメンヘラが馬鹿に及んでいると憐れみの目で見逃してくれるでしょう」
「尚更、困る」
いずれ時が満ちれば公の場で彼の出生を明らかにする日が到来するというのに、リベールの重臣にこれ以上妙な先入観をインプリンティングされては溜まったものではない。
ミュラーは問答無用でオリビエの襟首を掴もうとしたが、するりと手をすり抜けた。
「やだい、やだい。僕は絶対にヨシュア君と一緒に晩餐会に出るんだーい!」
地面に背中から寝っころがって純白の洒落た燕尾服を泥だらけにしながら、両手両足をブンブン振り回しジタバタと悪足掻きする。
良い歳こいた大人が玩具を欲しがる幼子のように駄々を捏ねる姿は微笑ましさ皆無。見ていて大層見苦しいが、悲しいことにミュラーを含めてこの場にいる一堂はオリビエの奇行を見慣れ過ぎていた。
「そうか。ならば致し方ない」
「えっ、もしかして出席を許可してくれるの?」
「許せ」
瞳を希望で漲らせ乙女コスモを輝かせたオリビエの鳩尾にミュラーは手刀を撃ちこむ。自称魂の片割れの下克上劇に「ぐぼうっ!?」と唾を吐き出すと、そのまま意識を失う。
本来オリビエは彼の主筋に当たるのだが非ある時は上君といえど平気で体罰に及ぶとは、かつて絶体絶命の窮地で敵の目を晦ます為に敢えて己が主君を鞭打ちした武蔵坊弁慶の故事を彷彿させる悲壮な覚悟が伺えるのか?
「見苦しい所をお見せした」
そう一礼して、気絶したオリビエを米俵のように左肩に担ぐとのっしのっしと背を向ける。細身とはいえ男性としては比較的長身のオリビエを軽々と持ち運ぶとはエステルやジンに匹敵する膂力である。
「なあ、本当にいいのか、あれ?」
「いいんじゃないの。無事に大会も乗り切ったから、もうオリビエさんに用はないし」
利用価値を失った殿方に対する義妹の酷薄さは相変わらずで、色んな意味でエステルはオリビエに同情したが、一応ヨシュアは晩餐会の帯同に支障がない旨のフォロー(※ある意味トドメだったが)はしてあげたので義理は果たしたのだろうか?
尚、同業者のメイル達を手駒としてキープしたヨシュアだが、一応は一般人に該当するオリビエをこの先の戦力と見積もるつもりはないようなので、もしかして冷たい物言いもこれ以上の危険に巻き込まない配慮…………だといいな。
「まあ、人間万事、塞翁が馬って奴だ」と達観したジンのお言葉を深く噛み締めながら、かつての戦友に見切りをつけた三人はグランセルの城門を潜って内部にお招きされた。
◇
「どういうことか説明してもらいましょうか、隊長殿?」
グランセル城の執務室ではロランス少尉がカノーネ大尉からネチネチと先の失態を咎められ、敗軍の将はひたすら恐縮する。
彼女の命で大会に参加した部下たちは、未だにベッドの上で身を焼かれる悪夢にうなされている。
精神に負荷を強いるアーツの後遺症で強いPTSDに陥った。これではしばらく遣い物にならないのに、戦闘を分け身に丸投げしていた指揮官だけがオメオメと帰参したのだから、カノーネが苛つくのも無理はない。
「そもそも、貴方は…………」
「そう責めないでやってくれたまえ、カノーネ君。ロランス君に全力を出さないよう密かに指示したのは私なのだ」
デュナン公爵のお守りを切り上げて王城に帰還したリシャール大佐が姿を現す。カノーネとロランスは反射的に敬礼する。
「計画成就の為に骨を折ってくれた君には申し訳ないが、事を荒立てて公爵閣下との関係に亀裂を生じさせる得策ではない。多忙にかまけて君への連絡が事後承諾に近い形で遅れたのは申し訳なく思っているが」
「いえ、閣下のご意向とあらば何も云う事はありません」
あれほど口汚く罵っていた副官が敬愛する上官の出現であっさりと矛を収めた変わり身の早さに、ロランスは仮面の下で密かに苦笑する。
生身で参戦すればいかに覆面姿といえ一発で正体バレするのは請け合いなので、今の段階ではまだヨシュアの前に姿を晒せず、大佐の命令は彼にとっても渡りに舟だった。
「ですが、このままだと
「いや、それよりも君の報告は確かなのだろうね?」
デスクの上に二枚の写真が投げ出され、カノーネは首を縦に振る。
それぞれエステルとヨシュアが写されている。彼女の調査ではこの二人はカシウス・ブライトの実子と養女で、各地方を騒がせた事件を解決したギルドの中心人物として活躍していた節がある。
またヨシュアの方はなぜか写真の入手自体に手間取り、リベール通信社の新人カメラマンを経由しようやく一枚だけゲットした経緯があったりする。
「ならば何の問題もない。是非とも晩餐会に参加してもらうとしよう。カシウス大佐の血統とは、ふふっ、是非とも一度ゆっくり話をしてみたいものだ」
リシャール大佐は理知的な瞳に好奇の光を称えながら、父親譲りの栗色の髪の少年と美と知性の神から愛された黒髪の少女の顔写真を見つめる。
その顔つきは実に穏やか。クローゼを幽閉して軍事クーデターを企む逆賊とは思えぬ程の聖者の輝きに満ち満ちていた。