星の在り処   作:KEBIN

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攪乱するグランセル(Ⅰ)

「色々と世話になったな。院長先生。この恩は一生忘れねえぜ」

 まだ太陽が昇る前の闇夜。

 ルーアン地方にあるマーシア孤児院では、テレサに匿われたカプア三兄弟がクラムら児童に別れの挨拶を告げる。

 まだ完全に傷が癒えたわけではないが王国軍は脱獄囚がこの地方のどこかに潜伏しているものと必死の捜索を続けており、何時までも留まるのは危険との判断から動ける程度に回復した地点で児童福祉施設を後にする決心を固めた。

「済まねえな、先生。約束通り盗賊稼業からは足を洗うつもりだが、最後にもう一度だけ法を破らせてもらう」

 その犯罪予告が私利私欲に基づいた強盗ではなく、獄中の部下を自由にしたい一心なのを承知していたので、テレサは敢えて翻意しようとはせずに逆に免罪符を施した。

「確かに貴方たちは罪を犯したかもしれません。ですが、それが生涯煉獄に繋がれて二度と日の目を見ることが許されなくなるほどの咎だとは私にはどうしても思えません。だから、どうか御仲間を正しい道に導いてあげてください。例え神様(エイドス)や帝国法がお許しにならなくても、私はドルンさん達を許します」

「本当に済まねえ、先生」

 ドルンの強面の傷のある左目に涙が零れる。

 もう少ししたら夜が明ける。誰かに孤児院の出入りを目撃されてもまずいので、罪を償えたら必ず再訪する旨を手を振る子供たちに約束するとメーヴェ海道に向けて出発した。

 

        ◇        

 

 ジッゼット達が海岸線の砂浜で待機していると、水平線の彼方から中型の漁船が沖合に出没する。

 座礁しないギリギリのポイントで船を止めると、手漕ぎボートが海面に降ろされて二人の男性が乗り込んできた。

 シャークアイとディンのレイヴン子弟コンビ。漁師見習いに一人でオールが漕がせると片目の偉丈夫は船首で腕を組んで仁王立ちしながら、キール達のいる砂浜に接近してきた。

「よう、あんたらが帝国に渡りたいっていう旅人か?」

 小舟の後ろ側でゼハゼハと息せぐディンを尻目に質問し、己と似た目傷を持つ巨漢が無言のまま肯く。

 三人とも素性を隠すようにフードを深く被っている。極悪面の中年男に影のある若い女性と童顔の少年という怪しさ満点の取り合わせに、隻眼に胡散臭そうな光を称えて兄妹を見下ろす。

「ふんっ、いかにも訳ありって面構えだが、まあ良い。エレボニアのサンストブルグ港で密かに降ろして欲しいという話だが、漁船に貴賓席(ロイヤルシート)は存在しないから、到着するまで目一杯扱き使われる羽目になるぜ?」

「ええ、それで構わないわよ。船賃を支払える訳でもないからね」

「良し、なら乗れ」

 

「なあ、兄貴。本当に同船させて良かったのかよ? これって明らかに密航だし、どう見てもこいつら堅気じゃねえだろ?」

 帰り道もオール漕ぎの重労働を課せられたディンは船首に固まって座り込む三兄弟をチラ見すると、隣に座った兄貴分にヒソヒソ声で囁く。

 まさかジョゼット達がボース地方でハイジャック事件を起こした空賊の頭目格だとは努々思わなかったが、特にメリットもないのに密出国の片棒を担ぐなどリスクが高すぎる。

「確かに面倒事に巻き込まれて、とばっちりを受ける可能性はあるかもな」

「なら……」

「けど、こいつは断れねえよ。何しろテレサ先生のお願いだからな」

「テレサ先生って、あのマーシア孤児院の?」

 ディンは少しばかり複雑そうな表情で顔を顰める。

 放火や倉庫での遊撃士兄妹とのイザコザは完全な濡れ衣だが、何者かに操られた顛末とはいえ、寄付金強奪劇に加担させられて子供たちを苦しめるのに一役買ってしまった。

「彼女の亡夫(ジョセフ)と長老は昔、色々と親交があって、そのツテで頼られたんだ」

 孤児院が焼け落ちた時も中々他者の善意に縋ろうとはしなかった院長先生が、犯罪紛いの仕事を第三者に斡旋するとは以前からは考えられない心境変化。「困った時は他人を当てしても良い」という不精娘の忠言に少しばかり感化されたみたいだ。

 マザーテレサのたっての頼みなら、それなりに深い事情があるだろうし、根は悪い連中じゃないんだろうと長老は算盤抜きで引き受けるよう命を下す。

「女性の強請りは無碍に遇わないのも、海人(うみんちゅ)の掟だぜ」

 シャークアイは豪快に笑いながらバンバンと後輩の背中を叩いてディンは咽せ返る。更生したとはいえ、元々彼らはアウトロー。他人にあからさまな迷惑が掛からない些事で法を破るのは一般人に比べたら差程抵抗はない。

 

 こうしてレイヴンメンバーが屯する漁船に拾われたカプア兄妹は病み上がりの身体で馬車馬のように働かされながら、帝国との国境線を海上から越えて船客の窓口になるサンストブルグ港から密入国を果たすことになる。

 ジッゼット達がとある人物の力を借りて、レイストン要塞からアルカトラズ監獄へと移送される一家の奪還作戦で帝国領を騒がせることになるが、それは少しばかり先の未来の出来事だ。

 

        ◇        

 

「本当に良くやってくれました、エステルさん、ヨシュアさん。これで遊撃士協会グランセル支部は緊急体制に入れます」

 女王陛下との面談が無事に終わった翌朝、コンディションを完全に復調させたジンとギルドを訪ねると、冷静沈着が売りのエルナンが何時になくハイテンションに功績を讃える。

 何しろ依頼書には『情報部の国家的特権を全て剥奪する』の一文があり、アリシア女王の玉璽が朱印されている。

 これでリシャール大佐らは王国軍の一部隊でなく、単なる国事犯に成り下がった。遊撃士規約第三項『国家権力に対する不干渉』という最も厄介な枷が外されたことになる。

「関所や発着所が軍によって完全封鎖されたので、残念ながら他の国内支部の協力は仰げそうにありませんが、必要な人材には既に声をかけてあります」

 流石は有能な受付らしく、兄妹が面談に成功するという前提で既に昨晩の内に根回しを終えていた。二階からクルツ達王都チームとメイルらポップル国の遊撃士が降りてきた。

「我々の準備も既に整っている」

 突如、右手側の扉が開いて、ユリア中尉に率いられた王室親衛隊の生き残り9名がワサワサ出現。一階はやや手狭になる。

 ちなみにユリア達は地下に潜った親衛隊の有力な移動手段である地下水路と釣公師団本部に繋がる秘密の抜け穴から乗り込んできて、さらには隣にあるギルドと直接行き来可能なように拵えた即席のドアをから入室した。

 これなら外で他者に見咎められることなく、地下水路から直接王都支部内に潜り込める。ビルのオーナーが同一人物とはいえ、大家に内緒で勝手に部屋同士を連結させるとは後で苦情がきそうだが、今は国そのものが転覆するかもしれない非常事態なので泣き寝入りしてもらうしかない。

 尚、師団の連中は釣り以外に全く興味がないので、一応幹部のエステルが「こいつらは俺の弟子の釣行者候補生だから」の一言で怪しげな連中が内部をうろついていたり、隣と直通のドアを作られても特に気に留めずにスルーしている。

「えっと、遊撃士が10人で親衛隊が9人。ついでに怪獣一匹だから、こちらの頭数は全部で20か」

 この寡兵で四個中隊(約200人)の情報部の十倍の兵力差と渡り合わねばならない。猛者揃いの特務兵は一兵に至るまで数合わせの雑魚は存在しないので、ある意味ではリベールがエレボニアに勝利した百日戦役以上の絶望的な戦力比。

 更には遊撃士・親衛隊連合軍は少数精鋭というよりも寄せ集めに近く、一つの目標に向かって一枚岩とは言い難い。早速、異分子の赤髪の少女が大声を張り上げた。

「ねえねえ、ヨシュアが言っていた割りの良いクエストってこれのこと? 女王の依頼らしいけど、報酬はいくらぐらい貰えるのかな?」

 メイルが目を$マークに変化させながら、分け前を貪欲に催促。ユリア達親衛隊の連中が眉を顰めたので、少女の暴走ストッパー役の黒髪の少年が窘める。

「メイル、この火急の状況で、少しは時と場合を弁えてよ」

「何でよ、タット? これって結局はリベールの権力闘争で、本来あたしらには関係ないじゃん?」

「何だと、小娘? もう一度言ってみろ!」

 エステル以上に空気が読めないエルフ耳の少女の暴言を聞き咎めて親衛隊の一人が掴みかかろうとしたが、タットが赤マントを衝立のように二人の間に翳して衝突を回避させる。

「メイルの失礼な物言いは僕から謝罪しますけど、一つだけ確認させてください。歴史の浅い自治州ならまだしも、小国とはいえリベールほどの由緒ある伝統国で軍事クーデターを起こされるなど大陸中を見回してもあまり例がありません。経済は安定して民を飢えさせたという話も聞かないので、そのリシャール大佐という人物が権力目当ての野心家という解釈で宜しいのでしょうか?」

「うーん、ごめんね、タット君。そう言い切って君らを安心させたいのは山々なんだけど、困ったことに私が接触した限りでは大佐と情報部は自分たちの行動が国を救うと信じているみたいね。あくまでも、あの人達の主観的にはだけどね」

 何か思惑があるのか、ヨシュアが何時になく馬鹿正直に陛下のついでに大佐と面会した時の印象をカミングアウトし、「なら、やっぱりアリシア女王に問題があるわけ?」とメイルが火に油を注ぐような発言を噛ますので、ポップル国遊撃士と王室親衛隊との間が一発触発の雰囲気になる。

「まあまあ、メイルさん達の意見は貴重ですよ。今回の一連の事件をリベールに柵がない第三者がどのように受け止めるのかという貴重なサンプルとして」

 ヨシュアにそう宥められて、親衛隊の面々は考え込んだ。

 リベールの住人なら誰もがアリシア女王が聰明な君主なのを承知しているが、物事の表層的な事象だけで判断するしかない外来の人間はまた解釈が異なる。

 ましてやクーデターが本格的に露見したら、国主の統率力を疑われても仕方がない側面がある。周辺諸国に対する国際信用力を維持するという意味では、どう落とし前をつけるかが重要になる。

(リベール以外の国なら、まず間違いなくリシャール大佐をはじめとした情報部幹部と傀儡とはいえ簒奪に与したデュナン公爵を斬首するだろうけど、あの女性はなさらないでしょうね)

 一国の最高権力者らしかぬ女王陛下の人となりを大凡把握しているので、そう確信する。個人的には甘いと思うが、別段ヨシュアも武断的な処罰を望んでいるわけではないので、流される血の量が少しでも減少するのなら目出たい仕儀だ。

 ただし、一度反旗を翻されその罪をきちんと裁かないとすれば、次に似たような謀反を起こされてもそれを処罰する正当性を失ってしまう。

 ましてや、『実は愛国故の行為だった』と取り繕えば最終的に生命は許されると侮られれば、形だけ模倣する性質の悪い子悪党が次々に出没しても不思議はない。そのあたりの折り合いをどうつけるか戦後処理が問われる。

(どうせデュナン公爵は謹慎あたりの温い処分で許されるだろうから、私の方から自分の仕出かした事の重大さを大袈裟に吹聴するとしますか)

 事破れた暁には極刑も覚悟しているであろうリシャール大佐と情報部の面々と比べて、『王を殺して地位を奪う』という簒奪の当て字の本来の重みをまるっきり理解していない馬鹿公爵へのお仕置きを算段するも、それはこの決戦に勝利できた場合の話。

 このクーデターが成功すれば、大佐の振る舞いは歴史書に簒奪ではなく革命へと書き記され、逆賊として歴史の狭間に消え入るのは自分らの側となるので、少しでも勝率を高められるように守銭奴の納得できる条件を提示する。

「メイルさんが仰せの通り、確かにこれはリベールの問題なので、アリシア女王から支払われた報酬は全額メイルさん達に差し上げます。国庫をリシャール大佐に抑えられているので、今の陛下が自由に出来る前金は十万ミラが限界でしたけど宜しいでしょうか?」

「よっしゃあ、その商談に乗った! 大金が儲かるならどんな危険な任務だって請け負うわよ、あたしらは!」

 国家規模の超高額クエストの褒賞としては微妙な額だが、武術大会の優勝賞金の半額が一日仕事で濡れ手に粟なら悪い稼ぎではない。

 メイルは即決でゴーサインを出す。ヨシュアは馴染の遊撃士の側に向き直ると、軽く頭を下げる。

「話の展開上、只働きに落ち着いてしまって申し訳ありません。外国籍のジンさんには私のポケットマネーから補填を……」

「そんなに気を遣わなくていいぜ、ヨシュア。武術大会では世話になったし、お前たちの父親にも借りがあるから、この件に最後まで付き合わせてもらうつもりだからな」

「私達も皆、同じ志しだから大丈夫だよ。ヨシュアちゃんの言う通り、この事件は私たちリベールに住む人間には絶対に背を向けられない試練だからね」

 頼れる兄貴分のジンだけでなく、グランセル遊撃士チームの四人を代表しアネラスが無報酬での参加を宣誓する。

 元々クルツ達はアラド自治州で雀の涙の報酬で命懸けのクエストに取り組んだこともあるのでこの流れは必然だが、今まで黙ったことの成り行きを見守っていたエステルが初めて口を挟んだ。

「なあ、ヨシュア。前々から思っていたんだけどさ。ブレイサーとはいえ、いや遊撃士(ブレイサー )だからこそ、こんなミラで動く連中を無理に仲間に引き入れる必要があったのかよ?」

 実際に金に煩いのはメイル一人だけなのだが、一蓮托生で三人と一匹のチーム纏めて金の亡者扱いされたポップル国の遊撃士は親衛隊からもあまり快く思われておらず。不協和音の温床にならないか危惧するが、ヨシュアにはまた違った見解がある。

猟兵団(イェーガー)もそうだけど、お金で雇える傭兵は信頼できないけど、意外と信用できるのよ」

 裏社会の住人は一見好き勝手に生きているように見えて、契約には相当シビアだ。

 何しろ雇用主を裏切るという風評が広まれば、特にフリーのエージェントなどの傭われる立場の人間は二度と仕事にありつけなくなる。その依頼が完了するまでの間は更なる大金を積まれても敵に寝返るケースは少ないそうだ。

「とにかく使える駒は何でも使いましょう」

 グランセル全域に戒厳令を敷かれて、援軍の当てもない劣勢の真っ只中で、戦力を選り好めるような余裕はない。

 ましてやメイル達は犯罪や遊撃士の理念を穢した訳でもなく、賃金交渉という全ての社会人に保障された正当な要求を突き付けただけ。あまり過剰に反応するのは良くない。

 そう言いくるめて辛うじて内部分裂を阻止したヨシュアはこの話題を強引に打ち切って、『王太子救出作戦』の計画の煮詰めに入る。

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