星の在り処   作:KEBIN

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兄妹、旅立つ(ロレント編エピローグ)

「もう出発するの? まだ、お別れ会の予定すら立てていないのに」

 結晶奪還の翌々日。再びギルドに顔を出したブライト家の兄妹は、本日付けでロレント市を旅立ってボース市に向かう旨を、アイナとシェラザードに報告する。

「結局、当初の目標額の半分も貯められなかったけどね」

 ヨシュアが両手の掌を広げるお手上げのジェスチャーをしながら、現在の乏しい懐具合をリークする。

 幾つかの高額クエストを手にしながらも、報酬を減額したりアフターサービスで只働きしたりと、思ったほどには潤わなかったのが実情。さらには、居酒屋アーベントに立ち寄って溜まりに溜まったツケを清算したら、エステルの手持ちは一万ミラを下回った。

 本来なら出発を延期して、その間に少しでも旅費を貯めるよう努めるのが筋だが、そこは性急なエステルのこと。折角、推薦状を貰ったのに無為に日々を送ることに耐えられよう筈もない。「生活費はその地方のクエストをこなしながら、適時稼げばいいだろう」との究極の見切り発射で愚図るヨシュアを強引に口説き落としてしまう。

「まあ、エステルの主張も一理あるわね。足りないミラを色々と工面して旅を続けるのもブレイサーの醍醐味だしね」

「そうだろ、そうだろ。やっぱりシェラ姐は判ってくれるよな?」

「そうよ、予期せぬトラブルこそ本懐。レールに敷かれた一生なんて何が面白いのやら」

 人生をライブ感覚で生き抜いてきた二人は意気投合するが、堅実志向のヨシュアにはこの先に訪れるであろう苦労の数々がありありと伺え憂鬱になる。

 

        ◇        

 

 アイナ達に別れを告げた兄妹は、ギルドの外に出る。

 目の前に聳える巨大な時計塔が、自然と二人の視界に納まる。この塔はエレボニア帝国との戦争時に一度倒壊しており、ヨシュアがブライト家の養女になったのと同年に修復された経緯を持つ。

「ヨシュア、ちょっと登ってみないか?」

 エステルの誘いに、ヨシュアは無言のまま頷く。ロックのハンドルを回して扉を開き、鉄製の梯子に手を掛けた後、ふと思いついたように道を譲る。

「悪い、ちょっと先に行ってくれないか?」

「別にいいけど」

 ヨシュアはミニの普段着姿で無警戒に梯子を攀じ登り、間髪離れずエステルは続く。極めて自然な形でスカートの中身を覗く機会を得たが、このゼロ距離からでも黒い影のような何かに阻まれ、下着が見えない。

(予期した通りだな。やっぱり、これも七十七の特技の一つなのか?)

 

「エステル、まさかとは思うけど、この痴漢行為だけが目当てで、私を時計塔に登らせた訳じゃないでしょうね?」

 気づくと既に梯子は途切れている。大時計が飾られた屋上に、ひょっこり首だけ出したモグラ叩き状態のエステルを、ヨシュアは例のジト目で呆れたように見下ろす。

「いや、これはあくまでついでだ。本命はこっちだぜ」

 下心を見透かされながらも、敢えて先行したヨシュアの自信の源に『絶対領域』の存在を改めて確信しながら屋上に乗り込む。

「おお、あった、あった。やっぱり残っていたか」

 アナログな大時計の長針を指差す。針にはナイフで掘った溝があり、相合い傘で、『エステル×レナ』と刻まれている。

「何これ?」

「五歳ぐらいの頃に、俺がつけた痕さ。大切な文化遺産に恐れもなく。ホント、我ながらとんでもない悪童だったぜ」

 何とも言えない表情をしているヨシュアに誇らしく解説する。時計塔を建て直した際、塔の大部分は新しい素材で作り替えられたが、この大時計はロレント市発足時から現存した貴重な年代物なので、修復時までわざわざ保管して必要最小限の部品交換に留めたらしい。

「エステル。あなた、マザコンだったの?」

「かもしれないな、ほら、男の子の初恋の相手は大抵母親で、女の子なら小さい頃に父親と結婚の約束をするものらしいし」

「そうかしら、女の子は年上の凛々しい近所のお兄さんに憧れるものだと思うけど」

 微妙に話が平行線になったが、本筋ではないので口を挟まなかった。

 尚、大時計の修理を担当したのはメルダース工房の老職人だが、エステルの亡き母親への想いを慮って敢えて傷文字を残しておいてくれた。

「ガキの頃の俺にとって、ここはお気に入りの場所だった。ほら、何とかと煙は高いところを好むって言うだろ? ここからだと、自宅を含めて全てを見下ろせるから、自分が一番偉いような錯覚に浸れたからな。だから、十年前の戦争の時も」

 そこでエステルの言葉が重くなる。百日戦役で帝国軍はロレント市民の戦意を挫く為に象徴である時計塔を砲撃。何時ものように塔に登っていたエステルは崩壊に巻き込まれる。だが、エステルはほとんと傷を負うことなく助かった。

 身体を張って庇ってくれた、母親のレナの生命と引き換えに。

「エステル」

「悪い、少し湿っぽい話をしちまったな。ただ、ここは俺にとって始まりの場所だったんだ。だから、故郷を離れる前にもう一度母さんに挨拶を……って、おい?」

 ヨシュアは目を閉じると、エステルの分厚い胸板に顔を埋め、両手を腰に回す。

「ヨシュア、一体何を?」

「いいから、そのままにしていて、エステル。私がこうしていたいだけだから」

 そのままエステルに身体を預ける。柔らかく暖かい女の子の肌の感触がじかにエステルの身体に伝わってくる。生殺しのような状態が十秒ほど続き、エステルの鼓動が早くなっていく。

 

「行きましょうか、エステル」

 雰囲気に流されヨシュアの細い腰に手を回し抱きしめ返そうとした刹那、するりとエステルの手の内から抜け出し肩透かしを喰らう。本当に猫みたいに気紛れで実に性質が悪い。

 バツが悪くなって軽く頭を掻くエステルを尻目に、ヨシュアは梯子を降りようとしたが、ふと大時計に目をやり動作を停止させる。

「ねえ、エステル。これは何?」

 再びジト目になって、短針と秒針を指差す。長針と同じく傷文字が刻まれていて、やはり相合い傘。それぞれ『エステル×ティオ』、『エステル×エリッサ』となっているが、この落書きはエステルの記憶にないらしく軽く小首を傾げる。

「あれっ、俺、こんなもの掘ったけ? まあ、当時はよく三人でママゴトとかしていたから、その延長で結婚の約束の一つや二つしていたかもしれないな。ほら、麻疹みたいなものだろ、幼馴染み同士で……」

 全く悪びれずに重婚の告白をしたが、最後まで言い切ることは出来なかった。

「まずはエリッサの分」と呟いたヨシュアに足を払われ、バランスを崩したエステルは時計塔の頂上から、五アージュ近い距離を垂直落下し地面に激突する。

「ティオ曰く、犯罪の域に達しているか。まさに、その通りね」

 図抜けた頑丈さを誇るエステルが予測通り怪我一つしていないのを確認すると、梯子を使わずに時計塔の頂上からそのまま飛び下りた。

 

        ◇        

 

「あてて、殺す気かよ、ヨシュア?」

「あの程度で傷つくほど、ヤワな鍛え方はしていないでしょ?」

 エステルは頭部を摩りながら、恨みがましい目をしたが、ヨシュアはムスッとしてそっぽを向いている。

 塔の屋上からのコードレスバンジージャンプ自体は地面に激突する寸前に受け身を取り無傷で遣り過ごしたが、直後に「次はティオの分」と叫びながら落下してきたヨシュアに顔面に見事なドロップキックを喰らう。ちなみに、今回もやはり見えなかった。

(しおらしくなったと思ったら、急に不機嫌になりやがって。本当に扱い辛い奴だぜ)

 移り気なヨシュアに振り回されるのは何時ものことだが、今回は何故か根が深そうだ。その原因のほとんどはエステル自身の鈍感さにあることに、本人だけが気づいていない。

 

        ◇        

 

 知人への挨拶周りを完了させた二人は、ミルヒ街道から町を出ようとする。いよいよロレントを旅立つ時が来た。

(エステル、男の子は泣いちゃ駄目よ)

「母さん?」

 突然、母親のレナの声を聞こえたような気がしたエステルは、後ろを振り返る。つい一時間ほど前に一悶着あった時計塔が再び目に入る。

「どうかしたの、エステル?」

「いや、なんでもない。行こうぜ、ヨシュア」

 不思議そうに見つめる義妹に曖昧に頷くと、エステルは石門を潜って町を後にする。

 正遊撃士の資格が取れるまではロレントには帰らない決意の旅。なので、里帰りできるのはかなり先の話になりそうだ。

 

        ◇        

 

「行っちゃったね。エステル、大丈夫かな?」

「まあ、平気でしょ。何といっても、あのヨシュアが一緒なんだし」

 臨時休業の札がかかった居酒屋アーベントの店内では、幼馴染みの二人の少女が少年の門出を心配する。

「それって出発前に清算した、五年分のツケなんでしょ? 全部で幾らぐらいあるの?」

 テーブル一杯に並べられたミラの勘定に務めるエリッサに、何故か控室の扉のカーテンを身体に巻き付けて、モジモジしているティオが声を掛ける。

 何の因果が、エリッサと同じ猫耳カチューシャを装着したショートヘアの黒髪少女は、一万ミラ前後という親友の返答に、目を丸くする。

「何それ? ツケのレベルを超えて、ほとんどヒモかジゴロじゃないの。ロレントからトンズラかまされる前に、きちんと回収できて良かったね」

「私は別に、そのままでも構わなかったけどね」

 勘定の手を休めたエリッサは、意味深な態度で述懐する。

「エステルが食べに来た時は、父さんに頼んで、特別に厨房に立たせてもらっていたの。完璧超人のヨシュアに及ぶ筈はないけど、それでも私が精一杯こさえた料理を、美味しそうに平らげるエステルの姿を眺めていられるのが、とっても喜ばしかった。それだけで本当に十分幸せだったんだけどな」

「そっか」

 ティオは、カーテンの隙間から手を出して、エリッサの頭を優しく撫でる。

 先の独白でエリッサが何を訴えたいのかは、痛いほど良く判る。物心ついた時から、少女達は一人の少年に、共通の想いを抱いてきた。

「届かなかったね、私達の想い」

「うん」

「まあ、告白もしないで、あの鈍感大王に気づいてもらおうっていうのが、甘いんだけどね。どうせ、小さい頃にした結婚の約束も、エステルは覚えてないんだろうしね」

 ティオは自嘲するように呟く。実際エステルは、その当時の記憶を忘却の淵に沈めていたが、時計塔でエステルが母親の昔語りをした際に、ヨシュアが幼馴染みとの絆を掬い上げる。

 そして彼女達の真摯な想いを、幼年期の憧憬と切り捨てたエステルの酷薄さに、ささやかな制裁が加えられる。

 

「けど、狡いよね。ヨシュアも。突然、後からしゃしゃり出てきてさ。勝てる訳ないじゃん、あんな反則チートスペックにさ」

「ティオ、それは言わない約束でしょ。それに想いを告げられなかったのは、私達みんな一緒なのだから」

 色々あって仲良しになった三人娘ではあるが、わだかまりが絶無というわけではない。ティオが微かな残滓を愚痴るが、エリッサがヤンワリと窘めながら、彼女の身体を抱きしめる。

「ありがとう、エリッサは本当に良い子だね。母さんじゃないけど、私が男の子だったら、絶対に放っておかないんだけどね」

 今は互いの体温と気配りが、傷心に染み渡る。だがティオが調子に乗って、エリッサの胸元に手を伸ばした辺りで、傷の舐め合いに終止符を打つことにし、少女をくるむカーテンを掴んだ。

「ところで、ティオ。何時までそうしているつもり?」

「あっ、やめて」

 カーテンが強引に捲くり上げられ、ティオの姿が露わになる。

 エリッサと同じ猫耳と尻尾つきの猫メイド衣装だが、彼女が纏うオリジナルと比べて、胸の谷間とスカート丈が色々とヤバいことになっており、胸元と股間を抑えて恥ずかしそうにうずくまる。

 ブライト兄妹がロレントに帰参するまで、ヨシュアが仕立てた特注のメイド服でピンチヒッターを努めるのが、ティオに与えられた例のお仕置き。

「ねえ、エリッサ。ヨシュアは本当にこんな格好で給仕していたわけ? このスカート短すぎて、ちょっと動くだけですぐにパンツが見えそうになるし」

 赤面したティオは思いっきりスカートを縦に引っ張ったが、どう見ても布地の面積が下着をカバーするのに物理的に足りておらず、背中からだとお尻の白いラインが丸見えだ。

「給仕どころか、その服飾で歌いながら飛んだり跳ねたりしていたけど、不思議と見えなかったのよね。そんなに気になるのなら、何時もみたいにスパッツを履けばいいじゃない」

「スパッツは、全部ヨシュアに没収された。客の注目が、エリッサから私に移らないと、約束を果たせないとか意味不明なこと言われて」

 確かに今の格好でデビューしたら、邪な男性客の目は、全てティオに釘付けになる。何か弱みでも握られているのか、それとも単に律儀なだけなのか、ヨシュア不在の間でも罰ゲームを反故にする意志はないみたいだ。

「なら、しょうがないよね。バイト代は弾むから、明日からよろしくね、ティオ」

「う~、エリッサの鬼」

 翌日からの仕事中の心理的負担が軽減されそうなので、エリッサは機嫌を良くし、逆に貞操(パンチラ)をミラで売り渡す羽目になったティオは、不機嫌さを露わにする。

 些細な悪戯心から、エステルに仕込んだネタは、後々高くついたみたいだ。

 

        ◇        

 

 幼馴染みが自らの初恋に踏ん切りをつけていた頃、少女達の想い人とその義妹は、ヴェルデ橋の前に辿り着いた。

 手続きを済ませて、関所の反対側に出れば、しばらくロレントには戻れなくなる。

「なあ、ヨシュア。一つ聞いてもいいか?」

 ちょうど良い機会なので、虫の居所が直ったヨシュアに前々から感じていた疑問をぶつけてみる。

「お前は俺より半年も早く、十六歳の誕生日を迎えたんだよな」

「なあに、エステル。ようやく、自分を義弟だって認める気になったの?」

「そうじゃねえよ。何でその時に、準遊撃士の資格を取らなかったんだ? お前なら半年で正遊撃士になれるって、親父やシェラ姐も太鼓判を押していただろ」

 その評価は単なる親の欲目ではなく、客観的な事実。武力だけならエステルも正規の遊撃士と比べても遜色ないが、さりとて腕っぷしの強さだけで遊撃士が勤まる筈もない。

 ヨシュアはエステルを凌駕する戦闘技量に加え、幅広い知識に交渉話術など遊撃士に必要なスキルを全て兼ね備えている。まかり間違えばシェラザードの代わりに義妹がエステルの試験官を努めるという薄ら寒い未来すら有り得た。

 

「正直に言うとね、エステル。父さんみたいに個人的に尊敬している人もいるけど、私はあなた程には正遊撃士になる事に拘りがあるわけじゃないの。自分で暴露するのもアレだけど、私には奉仕や労りのようなブレイサーに必須の献身の精神が大きく欠落しているから」

 人指し指を唇に当てて、当時の思惑を独白したヨシュアは、素直な心情をカミングアウトする。例の巨人との禅問答ではないが、確かに今日までの彼女にとって、他人とは尽くす対象ではなく貢がせる鴨。

 ヨシュアを盲進する町の男衆ならともかく、エステルは義妹の裏の顔と世界に対する愛情の希薄さを熟知しているので、今更驚いたりしないが疑問は膨れ上がる。

「じゃあ何で今頃になって、面倒極まりない正遊撃士を目指す気になったんだ? ましてや俺と一緒に旅するんじゃ……」

 突然、エステルの上下の視界が反転する。得意の柔術の出足払いでエステルの足元を掬い、今度は受け身を取る間もなく、再度、頭から地面に激突する。

「最後は、私の分」

 虫の居所の悪さを再発させると、軽く頬を膨らませてエステルを睨む。結局、きちんと三人分のお仕置きを受ける羽目になった。

 

 たった一つの存在に、己の魂の全てを捧げて、生涯を尽くす。

 翡翠の塔の夢の内容を覚えていなくとも、あの時の回答は、琥珀色の瞳の少女のこれまでの生きざまに色濃く受け継がれていた。

 こうしてエステルとヨシュアは、長い間慣れ親しんだロレントに別れを告げ、東ボース街道に足を踏み入れる。

 

 ブライト兄妹の新たな冒険(クエスト)がスタートする。

 

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