星の在り処   作:KEBIN

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攪乱するグランセル(Ⅷ)

 王太子殿下の奪還に成功した遊撃士・親衛隊連合軍は、今後の彼の身の振り方をどうするか話し合う。治外法権に等しい共和国の大使館に保護を求める案も囁かれたが、当のクローゼは頑なに首を横に振る。

「無理を承知で遊撃士協会(ギルド)にクエストを依頼します。是非とも王城の開放とお祖母様……いえ、女王陛下の救出を手伝ってもらえないでしょうか?」

 その要求に一同は静まり返るが、特に驚きはない。クローゼを知る者なら彼がそう主張するだろうと薄々察していたからだが、敢えてヨシュアはつれない態度を取る。

「リシャール大佐やデュナン公爵も流石に陛下の命までは奪わないと思うけど?」

「それは分かっています。ですが、お祖母様が長年血の滲むような思いで築き上げたリベールの平和が目茶苦茶に壊されていく様を僕はもうこれ以上黙って見てはいられません」

 クローゼの紺色の瞳に鉄をも切断する高温の青い炎が静かに宿る。彼の覚悟の深さを悟ったヨシュアは最終確認を取る。

「それは簒奪に与したデュナン公爵ではなく、あなたがアリシア女王の跡を継ぐという意思表示と受け取っていいのね、クローゼ?」

「その件はお祖母様を救出して陛下の意志を確認してから改めて話しましょう、ヨシュアさん」

 今はその辺りが限界かと見切りをつけたヨシュアはそれ以上の追求を控えた。今までのらりくらりと解答を先延ばしてきた引き籠もりの王子様が職責を果たす決意をしたのなら、今回の無意味な内乱にも少しは意義があるのかもしれない。

「ならば、実務段階に話を進めないといけないわね。ユリア中尉、例の首尾の方は?」

「…………んっ、ああっ、貴殿に頼まれた通り稚魚を一匹リリースしておいた」

 「クローゼ、とうとう決心を固めましたか」と感涙していたユリアは我に返る。ユリアの隠喩を言葉通りに馬鹿正直に受け取ったエステルは「あれっ? 戦闘後に周遊池で湖釣りをする余裕があったんすか?」と頓珍漢なボケをかます。

「エステル、釣りの話じゃないわよ。ユリアさんに特務兵を一人だけ王都に逃がすように頼んでおいたのよ。生きたメッセンジャーとしてね」

「おいおい、何でそんな七面倒な真似をするんだよ?」

「なるほど、離宮に兵を集めて、グランセル城を手薄にする作戦か?」

 ジンが関心したように呟き、ヨシュアはコクリと頷く。八十名もの同胞が殺されると脅されれば、敵はブラフと疑いつつも援軍を差し向けざるを得ない。まさにその間隙を突ければ、強固なグランセル城といえど攻略できる可能性はある。

「ヨシュアさん、もしかして離宮攻めの前から、グランセル城を落とす下準備を水面下で進行させていたのですか?」

「ええ、次はそういう流れになるとユリアさんと見解を一致させていたからね。私的に不安なのはカノーネ大尉が部下を切り捨てて、城の防備を固めることだけど」

「いや、カノーネは必ず兵を送るさ。悪女ぶってはいるが結構甘い所があるからな。仲間を見捨てることなどできはしないさ」

「随分と高く評価しているのですね、かつての士官学校時代のライバルの人柄を」

「ああっ、あいつがどう考えているかは知らんが、私は今でもカノーネを大切な友人と思っている。理想を違え敵対する立場となったが、リベールの未来を案じる同じ志を持つ者同士、いつかはまた同じ旗の元で王国を護る為に共に戦えると信じている」

「なら、その為には一発ガツンとぶん殴って目を醒まさせてやらないといけないよな、ユリアさん」

「ああ、もちろん、そのつもりだ」

 この手の熱血漢なノリが大好物のエステルが拳を突き出し、ユリアもコツンと拳を合わせる。もっとも、ヨシュアの目からはカノーネ大尉は自分と同様に恋愛脳で動いている節が伺えたので、旧友の鉄拳制裁よりもリシャール大佐に説得させた方が手っとり早いと踏んだが、その為にはまずは情報部の親玉を心変わりさせなければならないので現地点では現実的なアイデアではない。

 

「そういうことなら、あたし達も最後までつき合わせてもらうわよ」

 話を聞いていたメイル達ポップル国の遊撃士も参加を申し入れる。一応彼らとの契約は王太子救出作戦までなので有り難い申し入れだが、延長料金のプライスが気になる。

「いいのかよ? クローゼは貧乏だからミラなんか持ってないぞ?」

「エ、エステル君」

「一国の王子様を捕まえて本当に愉快な言い草ね、エステル」

「正直、あの程度の働きで十万ミラも貰っちゃ申し訳ないって思っていたし、この先はアフターサービスでいいわよ。それで構わないわよね、ガウ、ブラッキー」

「ガウガウ、オーケーがう」

「メイル、僕の意見は聞いてくれないんだね」

「はっはっはっ、当然だよ、マイハニー。グランセル城の城壁がどれほどの強度か知らないけど、僕のとっておきの爆弾で風穴を開けてくれよう」

 珍しくも守銭奴の少女が多少の惚気を交えながら殊勝さを見せて、恋の鞘当てにすらならない同じエルフ耳の青年が頼もしそうに爆弾をチラつかせる。彼はとあるクエストで盗賊団の立て籠もる鉄壁と謳われた砦を半壊させた実績もあるので、その自信はハッタリではなかったが、クローゼは大慌てでボマーの暴挙に待ったをかける。

「待ってください。そんな乱暴な手段を使わなくても、城門を開ける手段はあるんです」

「もしかして、グランセル城に通じる秘密の抜け穴でもあったりするの、クローゼ?」

 ヨシュアが久しぶりに恒例のエスパーモードでクローゼの主張を先読みして、彼を驚かされる。

「どうして分かったのですか、ヨシュアさん?」

「レイストン要塞でラッセル博士を救出した時にも、緊急避難通路を利用させてもらったからね。代々の王族にとっては王城の脱出路の必要性は軍事施設の比じゃないでしょうし」

「お祖母様は何があっても自分がその隠し水路を使うことはないと宣言していました。例え生命は助かっても、王としての命脈は絶たれるからと言って」

 流浪の王子様に民衆が施してくれるのは童話の中だけの絵空事。現実は塩の杭事件で崩壊した旧ノーザンブリア大公国のように国を見捨てた王族に対する民の視線は冷やかだ。

「なら、レイストン要塞の時とは逆に、外から中に進入するのが正しい抜け穴の使い道になるのかな、クローゼ?」

「そうなりますね、エステル君」

 クローゼは苦笑すると、王都の地下水路を記した見取り図を取り出して、一同は地図を覗き込む。ヨシュアの当初の青写真にいくつかの修正が加えられて、救出作戦の第二段階の詳細を煮詰めることになった。

 

        ◇        

 

 翌日のエルベ離宮。予想通り夜襲はなく、更に予測が当たるなら、これからワンサカ敵が押し寄せてくる。既に人払いを済ませて、粛然とした離宮の再奥にある紋章の間からガタガタと音が聞こえてくる。

「特務兵の奴らも、まさか王太子を拘禁する最も強固な檻に、自分たちが閉じ込められる羽目になるとは思わなかっただろうな」

 広々とした離宮に一人留守番役として取り残されたブラッキーはしみじみと呟くが、当然返事は戻ってこない。孤独感に苛まれた彼は溜め息を吐いたが、直ぐに現実に帰ると身支度を始める。

「いけない、いけない。きっちり隠れておかないと。万が一見つかりでもしたらマジに命がヤバイからな」

 ブラッキーは紋章の間の右にある展示室に入り込むと、展示された美術品の一つである等身大の大壷の中に身を隠す。近い未来、ブラッキーと同様にこのエルベ離宮で一人の幼女が遊撃士を相手にかくれんぼすることになるが、彼の場合は身命が賭かっているので鬼に見つからないように必死に気配を押し殺した。

 

        ◇        

 

「こちらC班、左舷方面、人の気配なし。どうぞ……」

「同じくB班、右舷も人の気配なし。どうぞ……」

「A班、正面玄関も人の気配なし。どうやら、本当に留守みたいだな」

 時刻が九時を過ぎた頃、五体満足な精鋭のみ三十名を選抜した救出チームは三つの班に分けて、A班を正面から突撃させて、B班、C班をロープで壁を乗り越えさせて左右から同時に侵攻させたが、敵影の欠片も見当たらずに拍子抜けする。

「戦闘も覚悟していたが藻抜けの殻とは、奴ら本当に離宮ごと爆破するつもりだったのか?」

「もしかすると親衛隊の奴ら、マジに王城を落としに出掛けたのかもしれねえな」

「詮索は後回しだ。まずは離宮内に捕らえられている仲間を助けるぞ」

 中隊長の号令で合流したレスキュー部隊は荒れ果てた庭を素通りして正面の入り口から建物内に進入。やはり内部にも人はおらず、図書館、談話室、応接室、展示室などを調べるが全て外れ。

「残るはここだけか」

 紋章の間の扉の前に陣取った一団はゴクリと生唾を飲み込む。さっきから人の気配が駄々漏れの上に複数のうめき声が響いてくる。収納スペース的にも八十名もの捕虜を監禁可能なのはこの大部屋しか考えられない。

「敵が待ち伏せている可能性もあるが、行くしかないな」

 五十名の大部隊が破れながらも、敢えてそれ以下の寡兵を送ったのは現地で兵を賄えるからだ。実際に捕虜を開放した分だけ、兵力が増強される計算になる。もし、敵が城攻めを敢行していたとしても全ての虜囚の奪還に成功すれば、総勢百十名もの大軍を再編成してグランセル城に取って返せる。

 昨日と違って鍵のかかっていない大扉を開けた特務兵達はギョッとする。中では大勢の仲間が猿轡を嵌めて縛られたまま転がされている。更にはこの離宮全てを吹き飛ばせる量のダイナマイトの束がとぐろを巻いていて、中央に設置された時限式タイマーの数値が既に3分を切っている。

「やはりボマーの爆弾を使うという情報は本当だったのか?」

「それより、もうほとんど時間がないぞ。爆発は正午じゃなかったのかよ?」

「中隊長どうしますか? このままだと我々も……」

 レイストン要塞でのカプア一家がそうであったように、人の性根が最も推し量れるのは死地に相対した時なのは疑いない。情報部は任務の為に良心を凍らせた鬼に相違ないが、共に誓いを立てた同志の窮地を前に熱い魂を取り戻した。

「全員、突撃。一人でも多くの仲間を救出しろ」

「「「「うっ……うおおおおお!!」」」」

 そう命令を下した中隊長が真っ先に飛び込み、その勇気に釣られるように部下たちは後に続くと、手近な同胞から抱え起こして、鍵爪でロープを切断。自由を得た仲間の口から猿轡が外れた。

「おい、大丈夫か?」

「…………だ」

「何だって? 時間がないんだ。急いで扉の外に」

「こいつは罠だ。あのダイナマイトは単なるハッタリだ。敵の本当の狙いは爆破ではなく……」

 拘束されていた特務兵が真相を言いかけた刹那、バタンと後方の扉が閉まる。展示室の壷に隠れてやり過ごしていたブラッキーが外から扉を絞めると、慌てて施錠する。

「いやー、君たち悪者の割には意外と仲間思いで関心だね。殺す気はないから、しばらく眠っていてくれないかな?」

 そうブラッキーが宣言すると、左手に握りこんだ遠隔操作のスイッチを押す。するとダミーのタイマーがゼロになると同時にダイナマイトの束が破裂。中から白い煙が溢れ出て、部屋中に充満する。

「こ、これは、まさか睡眠ガスか?」

「うん、そう。いざ、眠りの世界へ誘われなさーい」

 ガスマスクをつけて扉の隙間から漏れるガスをやり過ごしたブラッキーは聞き耳を立てる。バタバタと人が倒れる音が続いて、やがて全ての特務兵が眠りに落ちたのか何も聞こえなくなった。

「これで少しは時間が稼げるかな? 個人差はあるけど、魔獣(フォレストミスト)から搾り取った睡眠ガスの効力は二時間が限界らしいからね」

 目を覚ました特務兵たちが王都に乗り込んできた場合、城攻めの部隊は二個中隊の大軍に後背を突かれる形となるので、それまでにグランセル城を攻略しないとゲームオーバー。とはいえ、この数の敵を前にして、これ以上彼一人に出来る事は何もないのも事実。爆弾で本当に特務兵を皆殺しにして良いのなら話は別だが。

「まあ、僕はきちんと務めは果たしたから、後はこの国の人たちが頑張れるかだよね」

 そう嘯くと元々あまり責任感のないブラッキーは混乱を究めるキルシェ通りを避けて、エルベ周遊道を伝ってセントハイム門に向かった。そこの食堂で一杯引っかけてから攪乱が終わった王都にのこのこと顔を出して、ちゃっかり戦勝軍に加えてもらって恩賞のおこぼれに与る腹である。

 

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