星の在り処   作:KEBIN

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攪乱するグランセル(Ⅸ)

 離宮の紋章の間の内側からズシン、ズシンと鈍い音が響く。まだブラッキーがエルベ離宮を退去して一時間も経過しておらず、特務兵が目を覚ますには早すぎる筈だが、いかなる塩梅か?

「忌ま忌ましいブレイサー共が。そう何もかもがお前らの思惑通りに進むと思うなよ」

 室内では十数人の特務兵が扉に体当たりを敢行する。焦燥感を煽る目的で扉が開くと同時にいきなり180秒から数を減らすように仕組まれたダミータイマーに欺かれてマンマと罠に嵌められたが、彼らとて無策で乗り込んできた訳ではない。

 即死、気絶、封技、封魔、混乱、睡眠、凍結など、あらゆる状態異常に対応できるように隊員ごとに異なる装飾具(アクセサリ)を身につけさせてきた。

 今回、『ブラックバングル』という睡眠状態に入ると腕輪の内側から針が肉体を突き刺して気付けを促すアクセサリを装着していた隊員2名が腕の怪我と引き換えに睡魔を免れるのに成功。

 ブラッキーの気配が消えるまで息を殺して待ち続けて、手持ちの『リーベの薬』を駆使して仲間を強制的にヒュプノスの支配下から引き戻した。

「よし、あともう一息だ。せーの!」

 ミシミシと扉の形が歪み続けて、とうとう53回目の体当たりにして紋章の間のドアが破られた。

「よっしゃー、ギルドの奴ら、散々コケにしてくれたが直ぐに借りを返してやるぞ。まずは王城のロランス隊長に報告して……」

「待て、導力通信は傍受の危険性がある。俺たちがこんなに早く自由になったのは敵も誤算だろうから、態々情報を教えてやる必要はない」

「では……」

「連合軍は周遊池の近辺に仮本部を設置しているだろうから、敵の斥候に気づかれないようキルシェ通りを避けて、セントハイム門の方角から王都に進軍する。上手くいけば城攻めをしている親衛隊の奴らを後方から奇襲できる」

「「「「おおっ!」」」」

 中隊長の号令に特務兵は沸き上がると、二列に隊を組んでエルベ周遊道を逆走する。

 ブラッキーが仕事熱心ならこの異変をエステル達に伝えることも可能だったが、彼は既に離宮を離れてセントハイム門の酒場で昼間っから飲んだくれている。まあ、無報酬のアフターサービスで百以上の敵が屯する死地に留まって情報収集を続けろというのも酷な話であるが。

 いずれにしても、全能者の如く世界を俯瞰から見下ろす腹黒参謀もこの予想外の情勢には気づいていない。このアクシデントがヨシュアの計画にどんな歪みを齎すかは現地点では不明である。

 

        ◇        

 

 

「ここが地下水路と繋がる入り口か」

 ジン、タットの二人とオマケのガウは王都グランセルの側にある河川に降りると、少量の水が流れ出る雨水吐き口を覗き込む。案の定、人が入り込めないように鉄格子を嵌め込まれており、既に施錠済み。

「ガウ、ガウ、この鉄格子の狭い隙間じゃ俺でも入り込めないがう」

「格子はグランアリーナみたいな特別製という訳ではなさそうだがら、やって壊せないこともないだろうが、ちと気が引けるな」

 ガウが羽根をパタパタしながら格子の間に頭を突っ込んで危うく嵌まって抜けなくなりそうになり、ジンは軽く格子を指先で弾いて材質を確認したが、今後のことを考えて実力行使に及ぶのを躊躇する。

「やっぱり、親衛隊の人達から借り受けた鍵は合いませんね」

 顔そのもののボール然としたガウの身体を強引に格子から引っこ抜いたタットは西側の地下水路の鍵を錠前に挿してみたが、ガウ同様に明らかにサイズが合わない。

「当然だろう。そいつは王都内の水路への入り口を開ける鍵だからな」

「ガウー、なら王都に入って、その鍵を使える場所で開ければ良いがう」

「それが出来るなら苦労はしないよ、ガウ」

 タットが赤マント越しに肩を竦める。グランセル支部にいるエルナンからの報告によると、現在グランセル全域に二度目の戒厳令が敷かれており外には人っ子一人おらず、多数の兵士が巡回しているだけ。

 遊撃士の手配書も出回っているだろうし、そんな中にノコノコと出掛けたら直ぐに発見されお縄となってしまう。

「とはいえ、タイムスケジュールも押しているし、これ以上、こんな場所で足止めを喰うわけにもいかんな」

 ジンが険しい目つきで鉄格子を睨む。例の地下水路の秘密の抜け道から城内に進入し、城門を内側から開くのが彼らに与えられた重要なミッションなので、ここは少々手荒な手段を使ってでも道を切り拓くべきなのか?

「ふう、仕方がないか」

 タットは軽く溜め息を吐くと無用の長物と化した鍵を仕舞い込んで、錠前に杖を翳す。

「…………鍵よ、開け……open……」

 それから目を瞑って早口言葉のように何かを唱えると、心なしか杖が光り輝く。次の瞬間、カチリと鍵がまわる音がして扉部分の鉄格子が開いた。

「おい、タット。今のは?」

「これで中に入れますよ。行きましょう、ガウ、ジンさん」

 ジンが今の不可思議な現象を尋ねようとしたが、タットは格子を開くと足早に内部に消え、ガウも浮遊しながら続いていく。仕方なしにジンは追求を一時断念すると、頭を天井にぶつけないように低くして入り込んだ。

 

        ◇        

 

「やっと水路の地形が地図の形と一致ししましたね」

「うむ、ようやくグランセルの地下と繋がったみたいだな」

「ガウガウガウー」

 『陽炎』クオーツの迷彩効果で可能な限り魔獣との戦闘を避けながら地下迷宮をうろついていた一行は、何とか東区画に辿り着く。更にマップを頼りに探索を続けて、隠し通路があると思しきポイントで足を止める。

「ここらあたりの筈なんだが、それらしき仕掛けは見当たらんな。まあ、用途を考慮すれば巧妙に偽装されているのは当然の話だが」

「多分、この壁一帯のレンガの一つがスイッチになっていると思います」

「ガウガウ、これ全部調べるのかがう? 時間がかかりそうがう」

「確かにこの数百個ある煉瓦からピンポイントに当りを見つけるのは骨が折れそうだな。下手したら、作戦開始の正午になってしまうかもしれんな」

 ジンが顎先に手を当てながら、意味深な目つきでタットを見下ろす。先のキッピング手品をなあなあで済ますつもりはなさそうなのを察したタットは正体を隠すのを諦めて再び杖を取り出した。

「…………秘密を暴け…………light…………」

 闇に包まれて地下でタットを半円として光が周囲に広がり、やがて煉瓦の一人が照らし出される。

「なるほど、これか」

 ジンは淡い光に包まれた煉瓦に軽く触れたが、特に違和感は覚えない。今度は少し強めに押してみると、ゆっくりと壁が開いて中から隠し通路が出現した。

「ガウガウ、道が現れたガウ」

「城の外から内への使用はイレギュラーなケースだろうから、偶然の事故が起こらないように難易度を高めたのだろうが、ちと凝りすぎだな。俺も確証を抱けなかったら、当りの煉瓦を素通りしたかもしれん」

「それについては時間がないですから、隠し通路の中を歩きながら話しま…………! って、誰だ?」

 タットの杖から火の玉が飛び出て、廊下の角に向けて放たれる。火の玉は壁にぶつかって軽い焦げ目を作っただけであっさりと霧散。ガウとジンが元きた道を戻って曲がり角を覗いてみたが、人がいた痕跡はない。

「ガウガウ、誰もいないがう。俺の鼻にも何の反応もないがう」

「確かに人がいた形跡はなさそうだな」

「すいません、『light』の魔法に反応があったから、賊が潜んでいるかと思ったのですが、僕のサーチミスみたいです。まだまだ未熟ですね」

 高い観察眼を持つA級遊撃士と犬並の怪獣の嗅覚を欺くなどヨシュアのような隠密能力者でなければ不可能なので、タットは赤面しながら前言を翻す。

 敵に作戦を気取られた訳ではなさそうだ。三人は隠し通路に入り込むと、念の為に扉を元に戻しておく。

 

「ふーう、危なかった。危うく見つかる所だった……って、別に見つかっても問題なかったんだよな」

 コツコツコツと足音を響かせながら謎の黒いシルエットが、人の気配が完全に途絶えた隠し扉の前まで歩いてきた。

「それにしても陽炎を凌ぐ完全ステルス性能の『葉隠』クオーツの隠密効果を見破るとは、タット君は何者なのだ? 色々と謎があるみたいだし、うー、気になる」

 シルエットは忘れない内に隠し扉のスイッチとなる煉瓦に油性ペンで目印を書き込む。一筆書きで怪獣(ガウ)のデファルメ画を描くあたり、中々に絵心に溢れた人物のよう。

「さて、どうするべきか?」

 これから三人を追いかけても良いが、エルベ離宮の催し物には完全に乗り遅れてしまい、今から参戦した所で今一つインパクトに欠ける。

「やはり、皆で一緒に参加した方が楽しいイベントになりそうだな」

 そう考えたシルエットは一端この場から離れると、仲間と合流する為に来た道をひたすら戻る。葉隠クオーツとやらの効果なのか、魔獣と接触してもまるでヨシュアのように戦闘は一切発生しなかった。

 

        ◇        

 

「魔法使い?」

「はい、導力革命のはるか昔から古の魔道を受け継ぐ一族がゼムリア大陸の此処彼処に隠れ住んでいるのですが、僕はその末裔の一人です」

 一本道の狭い隠し通路を直進しながら、タットは自らの素性を明かす。これまでの様々な現象は導力魔法(オーバルアーツ)ではなく正真正銘の魔法とのことで、基本物怖じしないジンも唖然とする。

「たとえば、先のように『fire』と唱えると、簡単な火を起こせます。これには種も仕掛けもありません。魔法ですから」

 タットの杖の先から火が溢れ出て、薄暗い地下を明るく照らす。彼の身体は導力特有の光に全く包まれてない上に詠唱のタイムラグなしに火を起こしたので、確かにオーバルアーツではない。

「なるほど、鍵を開けたり仕掛けを暴いたりしたのも、その魔法の効力という訳か? 大した術だ」

「いえ、僕などまだ見習いの導士に過ぎません。僕のお師匠様は空を飛んだり生身で空間転移したりと色々ととんでもない真似ができましたから」

 「俺の仲間にもSクラフト扱いで次元転移する奴はいるけどな」と琥珀色の瞳の少女の顔を思い浮かべながらジンは考えたが、黙っていた。タットの魔法は優れたスキルであるが、似たような真似ができる怪物はこの世界に結構いたりするものだ。

「魔法と謳った所で、今の科学水準ならほとんどが代替が効く代物ばかりです。それでも七耀教会からは邪法認定されているので、普段はなるだけ使わないようにしているのですが」

「そいつは済まないことをしたな」

 ジンは軽く頭を掻くと、申し訳なさそうタットの頭をとんがり帽子越しに撫でる。好奇心に負けてつい探りをいれてしまったが、あまり深入りして良い話題ではなさそうだ。

「別に構わないですよ。ジンさんは吹聴するような人じゃないでしょうし、僕も自身の出自に疚しさは感じてはいませんから。というか妖精に怪獣がいるパーティーに魔法使いがいても特に奇怪しいことじゃないでしょ?」

「そりゃそうだ」

 ジンは軽く苦笑する。メイルやブラッキーは単にエルフに似た耳の形をしているだけだが、ガウの方は文字通りの不思議生命体。その希少性は導力魔法で代用可能なウイザードの比ではない。

 

 話をしている内に北区画の行き止まりに辿り着いたジン達は、その場に腰を下ろす。今度は偽装の必要もないので判り易いスイッチが外部に露出しており、恐らくはこのボタンを押すと城内に忍び込めるのだろう。

 作戦決行までの暇つぶしということで、タット達は四方山話に花を咲かせる。

「お前さんのような魔法使いがこの大陸には結構いるわけか?」

「はい、村同志で交流があるわけじゃありませんし、託された使命はその一族によって全く異なりますけど。この近くだとエレボニア帝国には魔女と呼ばれる巨人の導き手がいるみたいです」

「巨人?」

「僕にも何のことかはさっぱりです。基本的にはその存在も役割も他の部族には秘匿されていますから」

 タットは大げさに肩を竦めると急に真顔になって、世捨て人ファミリーの弊害を訴える。

「僕たちは様々な役割を担わされて、神話が終わった時代に尚、魔道の技を代々受け継いでいます。ですが古くさい風習を嫌って、禁を破って出奔する者がいるのも確かです。僕のお師匠様もそうでした」

 彼の師で大魔道師と謳われたマテリアル・ホルンは、とある自治州で魔神(ガイストレイス)を復活させて世界の転覆を図った。彼を連れ戻す為に弟子のタットは故郷の隠れ里を出てメイルとガウに出会い、長い戦いの末にガイストレイスを再び封印して大魔道師の野望を打ち破った。

「それが四属性の護符を手に入れて、田舎勇者に祀られた語り部のことか?」

「メイル達と旅をして、僕はいかに狭い世界を生きてきて、里の人間が時代に取り残されているのか痛感しました。お師匠様を改心させた後も、まさか賞金稼ぎを経てブレイサーに転職してリベールくんだりまで流れてくることになるとは思いませんでしたけど」

「なるほどな。まあ、若い内に見聞を広げるのは実に良いことさ」

 

 誰だって自分の人生の主人公ではあるが、ここで語られないだけでメイル達が主役として活躍した冒険譚が確かに存在したのだろう。

 今回のリベールの攪乱に置いて、ポップル国の遊撃士パーティーに与えられた役柄はジンたち八人の導かれし者のサポートであるが、自分達が脇役である事実を弁えているタットは彼らにできる精一杯で露場払いをする覚悟である。

 

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