星の在り処   作:KEBIN

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攪乱するグランセル(Ⅹ)

「エルナンさんの報告通り、戒厳令が敷かれているみたいだね」

 王都を取り囲む導力センサーに反応しないギリギリの範囲外に陣取った遊撃士・親衛隊の連合軍は双眼鏡でグランセルの様子を確認する。

「王都の街は閑静としていますね。多数の王国軍兵士が黙々と巡回しているだけです」

「特務兵の姿は?」

「全く見かけません。あと、外にいる兵の数からして、城内にいる一般兵を全て投入したみたいです」

「なるほど、そういう戦略か」

 ユリアは顎先に手を当てて考える。情報部からしてみれば、一般兵など反乱予備軍みたいなもの。上手く親衛隊と共倒れれば良いし、日和見されたとしても不確定分子を城外に締め出せれば良いと考えた。

「ならば、上手く交渉すれば城外での不要な戦闘は避けられるかもしれんな」

「へへっ、中隊長殿、やはり女王宮に二台の移動式の大型導力砲が配備されてますぜ」

「無粋な真似を……」

 王家の聖域を汚す所業にユリアは憤ったが、敵が空からの襲撃を警戒するのは当然で、着地スペース的に飛行艇を留められるのは空中庭園しかないので、簡単に迎撃ポイントを絞られた。

「何とか導力砲の目をこちらに向けさせる必要がありますね」

 ジンたち二人と一匹は工作班、戦力の過半以上を集結されたこの場の連合軍も単なる陽動班に過ぎず。本命の救出班は王太子を含めた三人が鹵獲した特務飛行艇で行う手筈になっている。

 その電撃作戦を成功させるには敵の対空装備を掻い潜らねばならない。むろん、飛行艇にも武装はあるが、まさか女王宮にミサイルを撃ち込む訳にもいかないので、最悪撃墜すらありえる。

「そのあたりはあの娘も頭を悩ませていたが、殿下のお陰で成功率を高められそうだ」

 工作班が務めを果たせば、城門は内側から開かれて、再びカノーネの意表を突ける。そうなれば敵を城内に入れさせない為に慌てて導力砲を城門付近を狙えるポイントまで移動させる筈。

「へへっ、しかしまあ、中隊長殿は良く殿下を危険な救出作戦に参加するのを許しましたね」

「確かに、中尉なら最低でも自分が警護に就かない限り裁可しないと思いましたが」

 ユリアのクローゼへの過保護振りを熟知するリオンとルクスは疑問を呈したが、ユリアは軽く首を横に振る。

「周遊池で五十名の特務兵を打ち破った連合軍全兵が揃っていなければ今回の陽動は成功しないから、私がこちらに参戦するのに選択の余地はなかった。それに……」

 情報部のクーデターを完全に叩き潰さない限り、この王都に安全な避難場所など存在しない。ならば、いかな戦地といえども、最も頼りになる護衛がいる場所の方がまだ安心できる。

「頼りになる護衛って?」

「あの黒髪の娘だ。あやつは私よりも強いぞ。忌ま忌ましいことだがな」

 多少の口惜しさを込めながらもユリアは素直に双方の力量差を認め、副長二人は小首を傾げる。未だ頑なにヨシュアの名前を呼ばないことからして、二人の間の禍根が氷解したとも思えないが、いかなる心変わりか。

「言っておくが、認めたのは実力だけであって、あの人格を容認するつもりはない。ただ、エステル君が共にいる以上は、あの娘も羽目を外すことはないだろう」

 親衛隊中隊長の目からは純武力的にはエステルはまだまだ未熟な存在だが、明らかに腹黒義妹のストッパーとして機能している節が伺える。大事な救出班を未成年者だけで組ませたのは、その効果を期待してである。

「いずれにしても、今回の救出作戦はあくまで第二段階であって、まだ次が残っているからな」

輝く環(オリオール)ですか?」

 ユリアはコクリと頷く。昨夜、陛下の救出作戦の詳細を練る前に、ヨシュアからアリシア女王と面会した際に仕入れた機密を公開された。

 七の至宝(セプト=テリオン)を復活させるのが情報部の最終目的であり、リシャール大佐は既に行動を起こしている。陛下を救出して情報部幹部を逮捕すればとりあえず幕が引けると信じていた一同は、この寝耳に水ともいうべき大風呂敷にドキモを抜かれ直ぐには消化しきれない。秘密主義のヨシュアは重要な情報を小出しにする悪癖があるが、王太子救出前がカミングアウトに相応しいタイミングとも思えず、ユリアも秘匿していた件を咎めなかった。

「しかし、オリオールなんて本当に実在するんですかね?」

「判らん。だが、リシャール大佐やカノーネはそう信じて、今回のクーデターを実行した。リベールを『救済』する為にな」

 ユリアも情報部が単なる私欲で反旗を翻したのでないのは弁えている。特に大佐が危惧するエレボニアのような周辺諸国への国防策の脆弱さには同調する部分もある。むろん、だからといって、その乱暴なやり方を許容するつもりはサラサラないが。

「へへっ、マジにセプト=テリオンが地下にあるのなら、噂に聞くクロスベルの列車砲を超える戦略級兵器の可能性も……」

「それ以上は言うな、ルクス。我々の職権を超える判断だし、陛下や王太子殿下もそのような邪物に縋るのを潔しとする御方ではない」

「了解です、中隊長どの」

 リオンとルクスは敬礼する。首尾よくアリシア女王の救出に成功したとして、今度は地下に消えた大佐を追いかけて、情報部の暴走を止める最終ミッションが残されている。そう簡単に陛下の六十歳の節目を飾る聖誕祭のグランドフィナーレは迎えられそうもない。

「ねえねえ、七の至宝とか良く分かんないけど、何か凄そうなお宝じゃん。もし手に入れられたら、幾らぐらいで売れるのかな?」

 金儲けの匂いを嗅ぎつけたエルフ耳の少女が目を$マークに変化させながら会話に割り込んできて、ユリアは煙たそうな表情をする。前回の周遊池の戦闘に参加しなかった唯一のイレギュラーがこの場にいるのは、戦線が膠着した時の切り札として重要な役割を果たしてもらう為だ。

 故に本来は怒鳴りつけたい所をユリアは堪えて、側に待機していたもう一枚の切り札のアネラスに守銭奴の対応を任せて、自身は最終調整を煮詰めることにした。

 

        ◇        

 

「一体どうしたんだ、ナイアル君? 三日振りに顔を出したと思ったら直ぐに出掛けるとか」

「ですから言ってるでしょう。歴史あるリベール通信開闢以来のどでかいスクープですよ」

 王都市内にあるリベール通信社ビル。慌ただしく入社してきたナイアルは説明もなしにカメラマンのドロシーを引っ張っていこうとしたので、編集長に問い質される。

「この王都で何かとてつもないヤマが起ころうとしているのは薄々察していたが、今は戒厳令で外に出られないぞ」

 その忠言にナイアルは詰まる。実際、このビルに入る前も兵士から職質を受けており、身分を証明する記者パスがなければ、不審人物として拘留されていた。絶対に町中を出歩かないよう厳重注意を受けていたが、ナイアルは首を横に振る。

「あの腹黒娘にさんざん飲まされた煮え湯を纏めて回収する日がとうとう訪れたんだ。フューリッツア賞は俺のものだ!」

(この大一番にリベールの命運が懸かっているのですよ。その歴史的瞬間に立ち会えるのなら、我が身の安泰ばかりを惜しんではいられませんよ)

「ナイアル先輩、物の見事に建前「音声」と本音(心の声)が裏返ってますよ」

 基本ボケ役の筈のドロシーの突っ込みに、編集長は大きな溜め息を漏らす。ナイアルはマフィアの事務所に潜入捜査した体験もあり、止めて聞くような人間でないのは彼が一番良く知っているので説得を諦める。

「流石に編集長は話が早い。さてグランセル全域を見渡せる最も見晴らしが良い場所は……」

「このビルの側にある時計塔じゃないですか、先輩? ロレントのを模倣したものですけど、こっちは首都にあるだけあってサイズが段違いですよ」

「それしかなさそうだな。問題はどうやって外の兵士を欺くかだが」

「ちょっと危険だが、時計塔までで良いなら手段はあるぞ」

 そう宣言すると編集長はフック付きのロープを見せる。確かに本社ビルと時計塔は直線距離にして10アージュ程なので、ロープクライミングの経験があれば渡れない距離ではないが。

「む、無理でーす、先輩。わたし、体力には自信が……」

「このスクープが成功したら、王都の飲食街で何でも好きな物を飲み食いさせてやる」

「はいです、先輩。死ぬ気で頑張られていただきます」

 あっさりと買収されたドロシーを引き連れて、ナイアルは二階のベランダからロープを時計塔の手すりに投げつける。上手い具合にフックが絡まって綱渡り用の即席のか細い橋を架ける。

 まずはナイアルが四肢をフルに使って尺取り虫のように進んで時計塔まで渡り切り、ドロシーも続く。華奢なドロシーは途中で危うく落ちかけそうになったが、何とか真下にいる王国兵に気づかれることなく、時計塔に移動できた。

「ううっ、掌が切れて血が滲んでいます。嫁入り前に傷物にされた気分です。ナイアル先輩、責任取ってくれますよね?」

「おら、時間がないからさっさと頂上に登り切るぞ、急げ、ドロシー」

「うー、つれないです、先輩」

 猫のように掌をペロペロ舐めていたドロシーは軽く惚気てみせたが、ヨシュア曰くのED中年は全く取り合ってくれなかったので、シュンとしながら後に続く。何時もは掻き回す側の天然トラブルメーカーが、今回は野望に燃える先輩記者に振り回され放しである。

 

「よし、頂上についた!」

 時計塔を取り巻く螺旋階段を登り切って、二人が見晴らしの良い展望台についた途端、後ろにある大時計が正午の鐘を鳴らす。至近距離から大音量を聞かされたドロシーは思わず耳を塞ぐ。

「先輩……」

「ああっ、今こそ天上の門が開く時。恐らくはリベールで最も長い一日の始まりだ」

 

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