星の在り処   作:KEBIN

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攪乱するグランセル(ⅩⅠ)

 大時計の正午の鐘の音を合図にして、三ヶ所に陣取った各班は一斉に行動を開始する。フライングで十分前に始動した工作班は城門の開閉装置の制御を奪うべく親衛隊詰所で特務兵と交戦し、周遊池を出発したクローゼの操縦する特務飛行艇は真っ直ぐに王都に急襲する。

「「「うおおおおお……!」」」

 遊撃士・親衛隊連合軍の陽動班は雄叫びを上げながら一団となってグランセルに乗り込んできた。このまま中央通りを突っ切って最短で王城に攻め入ろうとしたが、巡回していた王国軍兵士の大軍に遮られる。

「シュバルツ中尉、あなた達には逮捕状が出ています。大人しく投降……」

「それは本当にアリシア女王陛下の勅命か? お前たちは一度でも陛下のご尊顔を拝謁して直接命を賜ったことがあるのか?」

 ユリアの皮肉の籠もった質問に緑服の隊長は言葉に詰まる。情報部というかリシャール大佐が台頭したここ半年の間、女王の姿を直接見た者は一般兵にはいない。

「少しは身に覚えがあるようだな。ならば敢えて宣言しよう。リシャール大佐と情報部こそが陛下を幽閉した反逆者であり、我々親衛隊は女王陛下を救出する為に乗り込んできた」

 「その証拠がこれだ」とユリアはアリシア女王の玉璽が朱印されて依頼書を提示し、一般兵の間に動揺が広がる。もしユリアの言が事実なら、逆賊に手を貸しているのは自分たちの側になる。

「混乱する気持ちは分かる故、今すぐ加勢しろとまでは言わん。だが、この場は黙って通してはくれまいか? そうすれば、一時間と待たずに陛下が直接顔を出して真実を明らかにする筈だ」

 同じ王国軍同士の無益な争いを潔しとしないユリアは懐柔案を提示したが、隊長は悩みながらも武装解除する意思は示さない。

(やはり、後もう一押し弱いか)

 軍人であればいかな理不尽な指令でも上官からの命令には絶対服従。遊撃士のように個々の良心に任せて自由な裁量を許していたら組織が成り立たない。このあたりは完全に一長一短。非常時には遊撃士のフットワークの軽さに軍配があがるので軍隊の融通の効かなさはユリアも理解できるが、作戦は既にスタートしておりこれ以上のタイムロスは許されない。不本意ながら力ずくで押し通すべきかとユリアが鞘に手を伸ばしたかけた刹那、頼もしい援軍か現れた。

「ちょっと、あなた達。ユリア様の邪魔をするのは許さないわよ」

 此処彼処の家屋から凄い数の女性たちが現れて、瞬く間に一般兵を取り囲んだ。ユリア様ファン倶楽部の面々である。奥方達のこの行動は予定表になかったのでユリアも唖然としたが、(ヨシュアは単に告げなかっただけで、予見していた可能性もあるが)隊長はこのアクシデントに何かを見いだしたようで号令をかける。

「今は戒厳令が敷かれていて、一般人の外出は禁止されている。各兵は奥様たちを安全に家まで送り届けるように」

「「「「イエス・サー」」」」

 リベールにおいては、民間人の保護はあらゆる状況に優先される。戦闘を回避する口実を得た王国軍兵士たちはそれぞれ女性たちをエスコートして王都中に散らばっていく。

「感謝する」

 ユリアは双方に謝意を述べると、そのまま真っ直ぐに進軍する。これも親衛隊中隊長の人徳の成せる技か、連合軍は城外での消耗を最小限に食い止めるのに成功した。

 

「ふん、期待はしていなかったが、やはり日和見ったか」

 王城のバルコニーから戦況を把握した中隊長は鼻を鳴らしたが焦燥感はない。強固な城壁に固く城門が閉ざされている以上、攻城兵器でも持ち出さない限りビクともしないと高い位置から見下していたが、彼の余裕は長続きしなかった。

「中隊長殿。城門が勝手に開いております!」

 その部下の報告にギョッとした真下を見下ろすと、既に城門は完全に開ききって橋の手前まで連合軍は進軍している。

「王城は完全封鎖と命令して筈だぞ!」

「どうやって内部に進入したかは不明ですが、詰所がブレイサーに占拠されたみたいです。制御を取り返そうと交戦中ですが、山のような大男が立ち塞がっていて」

 ジン達工作班は役割を成功させたようで、タットが城門の開閉装置を操作している間、入口は『不動』の二つ名を持つA級遊撃士が通せんぼしている(ガウは出窓から外の様子を確認中)

「中隊長殿、あれは周遊池で我々を打ち破った敵の主力部隊です」

 周遊池の戦闘に参加していた若い特務兵がそう声を張り上げて、中隊長は選択を迫られる。敵の本命が飛行艇でない以上は虎の子の導力砲を遊ばせておく理由はない。

「直ぐに導力砲を城門を狙える位置まで移動させろ」

「待て、導力砲は動かさずにそのまま待機だ」

「ロランス隊長」

 今まで防御策を中隊長に丸投げしていた仮面の隊長がはじめて口を挟み、更に持論を展開する。

「城下に迫る連合軍は囮で、本命は間違いなく空から来る。だから動かす必要はなし」

 指揮権はあくまで上官のロランスにある。そう明言された以上は従うしかないが、それでも控えめに具申する。

「ですが、万が一にも城内に侵入されたら、今の兵数では手がまわらなくなる可能性も」

「私が指示した部隊配置は整っているか?」

「はい、既に玄関口でスタンバっています」

「なら、問題ない。離宮からの援軍が来るまでの時間稼ぎにはなるだろう」

 ロランスはそれだけの指示を伝えると再び指揮を中隊長に託して、自身は敵の最重要奪還対象を警護する為に女王宮に籠もる。

「ふふっ、中々に全てが思惑通りとはいかぬものだな」

 内から城門を開いて周遊池の主力部隊を陽動に使う所までは完璧に見抜いていたロランスだが、開閉装置を開くのはヨシュアの役割と決めつけていたが読み違えた。どれだけ詰所の兵を増やしても、ひと度、漆黒の牙がスイッチを入れたら徒に犠牲が増すだけなので、その可能性を誰にも伝えずに放置していたが今回はその配慮が裏目に出た。

「ヨシュアの隠密能力抜きで一般人がどうやって城内に忍び込んだのやら。王太子経由で秘密の抜け穴でも使ったと考えるのが妥当か」

 腹黒参謀に匹敵する洞察力で真相を突き止めるが、彼にしてみれば単なる後出しジャンケンに過ぎず。予測は現象が発生する前に立てて、現実の成果に流用できなければ意味がない。

「我らが盟主のように面白いように予言を的中させて色々と楽をしてきたようだが、ここから先は少しは苦労してもらうぞ、ヨシュア」

 義妹分の不精癖を承知しているロランスはそう嘯くと、女王宮内の自称次期国王陛下と執事に挨拶して現国王の私室の扉を開けた。

 

        ◇        

 

「直下は激戦なのに俺たちこんな所で油を売っていていいのか……って、あれは?」

 空中庭園に残された兵達は上官の進言に半信半疑だったが、ほどなくロランスが正しかったのを認識する。西側の大空から街壁の遥か頭上を超えて飛行艇が接近してきた。

 

「見えてきたぞ、アレが女王宮だな」

 飛行艇の操縦席では操縦桿を握るクローゼの両脇をブライト兄妹が固めている。空高くから巨大な王都の街をミニチュア模型のように見下ろす様は中々に壮観だが、その景色を堪能する余裕はない。

「このまま空中庭園に乗り入れて……って、ヨシュアさん?」

 庭園がキラリと光ったのを認識した刹那、ヨシュアは説明抜きでクローゼの掌越しに操縦桿を右にずらす。飛行艇は右に大きく傾き、同時に二人はヨシュアの意図を理解する。コンマ数秒の差でさっきまで飛行艇が直進していた航路に爆発が起こり、大きな花を咲かせる。

「助かりました、ヨシュアさん」

「今のは対空用の大型導力砲か? おいおい、庭園から撤去されるんじゃなかったのかよ、ヨシュア?」

「妙ねえ。カノーネ大尉のマニュアル対応なら、慌てて導力砲を玄関口に移動させる筈なんだけど、もしかすると指揮官が変わったのかも」

 三者が問答している間に、二台あるもう一つの導力砲が火を吹く。今度は警戒していたクローゼは進路をずらして辛うじて被弾を免れるも、導力砲の射程範囲外まで距離を稼がざるを得ない。

「くっ、どうすりゃいいんだよ?」

 大きく旋回して再び空中庭園を伺うも、着地ポイントに導力砲を配備した敵は虎視眈々と待ち構えている。王都に来てはじめてヨシュアが作戦の裏を取られて事態が膠着する。

 

        ◇        

 

「まさか導力砲をそのままにされるとは。カノーネを少し甘く見すぎたか?」

 上空で飛行艇が狩りの獲物のように追い回される姿をユリアは歯ぎしりしながら見上げる。もし乗員がヨシュア一人なら撃墜されても眉一つ動かさなかっただろうが、彼女の愛弟も同乗しており表情が焦りに歪む。

「へへっ、奴ら派手にバンバン撃ち捲くってるけど、アレに王太子殿下が搭乗してるって判っているんすかね?」

「いや、やっと救出した王族をこんな危険な特攻に借り出すとは敵さんも思わないでしょう」

「仮に殿下の存在を認識したとしても迎撃するしか道はあるまい。情報部に退路はないのだからな」

 部下の問題提起にユリアは平静さを取り戻すと、今一度戦況を確認する。導力砲の誘導に失敗したのは誤算だが、裏を返せば陽動班が爆撃されることはない。ならば、このまま王城に突入して空中庭園に乗り込み、導力砲を管理する特務兵を斬り捨てれば良い。

「全軍突撃。グラッツ殿、先駆けを頼みます」

「了解、任しておけ」

 この狭い橋上での防扉戦で敵がどのような防御策を取るか読んでいたユリアは申し訳なさそうにグラッツに斬り込み役を依頼し、タンク役の正遊撃士を先頭に縦一列になって進軍する。

「やはり、そうきたか」

 開閉装置を抑えられて大きく口を開いた門扉に五人の特務兵が横一列に並びながらマシンガンを構える。こちら側としては地形の特性上、敢えて虎口に真っ直ぐに飛び込まざるを得ず、大量の薬莢を吐き出しながら実弾が牙を剥く。

「へへっ、無駄よ、無駄」

 グラッツが背中に背負った重装甲防弾盾を翳して散弾をシャットアウト。激しい銃音と共にしばらく銃撃のシャワーが降り続いたが、やがてマガジンの中身を撃ち尽くして雨が止む。

「よし、今だ!」

 血気に逸った隊員二名が敵にカートリッジ換装の隙を与えないようにグラッツの後背から飛び出したが、次の瞬間、有り得ない第二射の銃撃の雨が降り注いで二人を蜂の巣にする。

「ぐわわああ!」

「アベルト、ハーレクイン!」

 防弾チョッキを纏っていたので即死は免れたが、生身で実弾を大量に食らって無傷でいられる筈もない。血溜まりに倒れ込んだ隊員二人を必死に大盾の影まで引っ張って、銃弾のスコールをやり過ごす。

「大丈夫です、命に別状はありませんが直ぐに手当てしないと」

「カルナ、二人を戦闘範囲外まで連れていってやってくれ」

「エコー、お前も付き添ってやれ」

「分かったよ、クルツさん」「了解しました、ユリア中尉」

 両軍リーダーの命令に各軍で戦闘力に劣る乙女ペアが臨時の介護班になる。銃撃の範囲内に身を乗り出さないように気をつけながら、二人三脚のように負傷者に肩を貸して後退する。

 負傷兵をその場で守る余力はないとはいえ、これで4人もの貴重な戦力が戦線離脱。残りは後10人。

「なるほど、そういう策か」

 一向に途切れる気配を見せない銃撃の雨嵐を訝しんだユリアは、玄関広間の様子を確認して諒解する。

 特務兵は五人一組で三列に陣を組んでいる。先頭の組が銃弾を撃ち尽くしたら、即座に二列目にバトンタッチ。二列目が終わったら、今度は三列目。その間に一列目はカートリッジを交換して三列目の背後に並ぶ。以下のようなルーチンで無限循環を繰り返す。

「まだ火縄銃が主流の時代に、第六天魔王と畏怖された伝説の武将が無敵と謳われた騎馬隊を打ち破った戦術か」

 部隊運用としては真に単純。特に巧緻な集団戦術という訳ではないが、このように攻め手が著しく限定される橋上の防衛戦では効果は絶大。

「とはいえ、いくら何でも根回しが早すぎる」

 敵陣の一糸乱れぬ統率といい、とても即席で防御陣を敷いたとは思えない。ならばカノーネは城門を破られるのを予め予見していたということか?

 幸い対銃弾防御に特化したタンクがいるので辛うじて凌げているが、それ以上は進軍すること叶わずに、連合軍は橋の中央付近で足止めされる。

 

        ◇        

 

「うひょおー! 対空戦闘に原始的な攻城戦ときたもんだ。ドロシー、1枚も取り逃すんじゃねえぞ」

「アイアイサー」

 情報部、連合軍がお互いの存亡を賭けて凌ぎを削っている中、30アージュの高さを誇る時計塔頂上からその名の通りに高見の見物を気取っているジャーナリスト二名は興奮の坩堝に包まれる。

「ドロシー、戦闘シーンだけでなく、街の各所の風景も一緒に撮影しておけ」

「了解です、先輩……って、アレ?」

 先輩記者の催促にドロシーは身体を時計回りに回転させながら、流れるようにシャッターを切り続けたが、ちょうど180°反転した所で動作を停止させる。

「どうした、ドロシー。何か面白い対象物でもあったか?」

「はい、先輩。沢山の兵隊さんが凄い勢いで王都に接近中です」

「何だと?」

 「これは絵になります」とパシャパシャと写真を撮り続けるドロシーの手からカメラを引っ手繰ると、望遠レンズで確認する。確かに百名以上の特務兵がセントハイム方向から進軍中。

「おいおい、予定より早すぎるだろ。どうなってやがるんだ?」

 このペースだと王都に辿り着くまで5分とかからないが、城攻めに夢中の親衛隊は全く気がついておらず、このままでは10倍の兵力にバックアタックを食らう形になる。

「何とか知らせないと……おーい!!」

 得意の金切り声で叫んでみたが、距離がありすぎて届かない。今から時計塔を降りて直接伝言するにも時間がなさすぎる。

「どうすれば……っ、そうだ。ドロシー。ストロボも持ってきているか?」

「一応ありますけど、今は真っ昼間ですからこの光量ならフラッシュを焚く必要はないですよ、先輩」

「いいから、よこせ!」

 ナイアルはスピードライトをカメラに取り付けると、チカチカと一定のタイミングでライトを光らせる。「誰でもいいから早く気づけよ」と祈るようにメッセージを送り続けた。

 

        ◇        

 

「何だ、あれは?」

 隊員の一人が眩しさに振り返ると、時計塔の大時計がまるで灯台のように点滅している。

「リベール通信の記者か。ポップコーン片手に戦争映画を鑑賞とは良いご身分だぜ」

「いや、待て。これは……モールス信号だ」

「何々、えーと……テ・キ・ノ・タ・イ・グ・ン・ガ・オ・ウ・ト・ニ・セ・ッ・キ・ン…………敵の大軍が王都に接近…………マジかよ!?」

 ナイアルの暗号を解読した隊員が大声を張り上げて、皆は後方を振り返る。まだ視認できる距離ではないが王都の入り口に土煙が舞っており、確かに軍勢が近づいてきている。

「ちょっと、どうなってるのよ? もしかしてブラッキーの奴、ヘマしたとか?」

「いや、完全に失敗したならもっと早くに辿り着いていた筈。だが、想定した時間よりも早く敵が自由を取り戻したということだろう」

「だとして、何で何の連絡も寄こさないのよ? あの馬鹿、いい加減な仕事しやがって。どうせ全てが終わってからノコノコと顔出しするつもりなんでしょうけど、後でギッタギッタのパーにしてやる!」

 ちゃらんぽらん男の習性を知り尽くしているメイルは鉄拳制裁を決意したが、指揮官のユリアは責任追及よりも先に目の前の現実に対処しなければならない。前門のマシンガン、後門の二個中隊にサンドイッチされたら為す術はない。敵援軍が王都に入る前に城内進出を果たさなければ。

「やむを得ん、これより強行手段を取る。アネラス殿、メイル殿。準備してくれ」

「待ってました」「まっ、仲間のミスはリーダーが尻拭いしないとね」

 実弾相手にリスクが高すぎるので、出来れば最後まで封印したかったカードをユリアは切る。心苦しそうな中隊長に二枚の切り札の少女は快諾すると、盾を翳して銃弾を弾き続けるグラッツの背後にピタリとつく。

「風化陣!」

 アネラスはブーストクラフトを唱えると、軽装の鎧を全てキャストオフして防御を犠牲に攻撃力と機動性を高める。更に迷うことなく命綱の防弾チョッキまで脱ぎ捨てた。

「アネラス君」

「中途半端な真似は命取りですから。後、これを預かっておいてください」

 心配そうに見下ろすクルツに恒例のフレンドリーな笑顔で微笑むと、正遊撃士昇格祝いに授かった虎の子の青龍刀を元の持ち主に返却する。折角STRをアップさせても、武器を手放してしまっては如何ともし難い筈だが、どうするのか。

「なるほど、こりゃ、あたしも腹を括るしかなさそうね」

 アネラスの覚悟に感化されたメイルは柄にもなくヒットアップすると、自分も肩当てと防弾チョッキを外して白のレオタード一丁になるが、こちらは愛用のロングソードを掴んだままで剣を地面に突き刺す。

「グラッツさん、この距離だと届きそうにないので、もう少しだけ近寄れませんか?」

「おお、任せておけ」

 激しい銃弾のプレッシャーに身を晒されながら、グラッツは盾を全面に押し出してジリジリと前進するが、着弾距離が縮まる程に銃撃の威力も増す。既にEPタンクは空っぽでアースガード効果も尽きており、流石の重装甲防弾盾も耐久度を超えて此処彼処に罅が入る。

「頼むから後もう少しだけ持ち堪えてくれよ」

 盾がボロボロになりながらも祈るように前進を続けて、敵の最前列が銃弾を撃ち尽くした時に辛うじてアネラスが満足する射程距離まで辿り着けた。

「行くよ、メイルちゃん」「合点承知の助!」

 シャワーが止んだ僅かなタイムラグを見計らって、剣を構えたメイルと無手のアネラスがグラッツの背中から飛び出し捨て身の特攻を仕掛ける。

「馬鹿が、蜂の巣にしてやんよー!」

 第一陣が後方に退き、準備万端で待ち構えていた第二陣が即座にマシンガンを構える。軽装で俊敏性を高めた二人の少女は特務兵との距離をグングン詰めるが、それでもまだ10アージュ近い間があり確実に餌食になると思われたが、突然アネラスは橋の上から身を投げた。

「何だ? 一緒に突撃した仲間を見捨てて、一人だけ逃げ出したのか?」

「はあーい、独楽舞踊! 私と共に沈みましょう」

 水上でアネラスがそう呟くと、五人の特務兵はアネラスを取り囲むように瞬間移動。彼女と一緒にヴァレリア湖に繋がる川底にドボンと落下した。

「ば、馬鹿な、何が起こった?」

 目の前の第二陣がアネラスに無理心中させられて、泡を食った第三陣の前にエルフ耳の少女が突っ込んでくる姿を目に入った。

「いくわよ、ポップルストリーム!」

「迎撃しろ!」

「まだ換装が完全には……」

「構わぬ、撃て!」

 最速を誇るレアな直線貫通型Sクラフトで突進するメイルに特務兵は銃弾を浴びせる。無防備のメイルは頬や肩などに被弾して手傷を負うが、突進スピードを緩めずに第三陣に体当たりを敢行。纏めて敵を吹き飛ばした。

「今だ、全軍突撃!」

 敵の陣形が完全に乱れた隙を逃さずに、そのまま連合軍は入り口に斬り込む。まだ換装の準備すらできていない第一陣に踊りかかって混戦状態に持ち込む。

 

        ◇        

 

「けほっ、ごぼっ、何とか上手くいったみたいね」

 立ち泳ぎで水中に浮かびながら、玄関口の様子を確認したアネラスはピューっと水を吹きながら、安堵の溜め息を吐く。橋上にドカドカと援軍が殺到する足跡が聞こえたが、さっきとは逆に今度は城門が閉じられつつある。ガウの監視で仲間が全員城内に入ったのを確認したタットが開閉装置を動かしたようで、タッチの差で城門は完全に閉ざされて敵の増援部隊は城外に取り残された。

「私もさっさと逃げないとね」

 アネラスの周囲では入水自殺に巻き込まれた特務兵が溺れている。彼らはカナヅチではないが、鎖帷子の防具に10kg以上の重さの機関銃をハーネスで身体に括りつけており、そのデッドウェイトが水中での活動を妨げる。逆にアネラスは装備一式を脱ぎ捨てて身軽なので人魚のようにスイスイと敵の合間をすり抜けたが、特務兵の一人にスカートを引っ張られた。

「ごぼごぼ、に、逃がすか、このアマ」

「きゃー、ちょっと、どこ掴んでのよ? 離してよ、このエッチ! スケベ!」

 赤面したアネラスは、ドガガガガと特務兵の顔にマシンガンキックを叩き込んで、クイックターンの勢いを利用してそのまま水中に潜る。敵の拘束を抜け出る時にスポッと何かが脱げる感触がして水中抵抗が減ったような気がしたが、特に意識することなくバタ足潜水でそのままトンズラした。

 城から締め出された特務兵たちは橋上に放置されている半壊した大盾に八つ当たり気味の蹴りを入れていたが、橋下で仲間が水死しかけているのに気づいて慌ててロープを垂らして救助する。掬いあげた特務兵の一人はなぜか真紅のミニスカートを左手に握り締めていた。

 

        ◇        

 

「へへっ、何とか城内に逃げ込めましたね」

 玄関ホールにいた特務兵は全て片づけて、城外にいる百を超える援軍は分厚い三枚重ねの城門に遮られているので、親衛隊はようやく一息つけた。

「済まぬ、私は少々君たちのことを誤解していたようだ」

 身の危険も厭わずに身体を張って突破口を切り拓いてくれた傷だらけの女戦士にユリアは頭を下げる。エルフ耳の少女は「同情するならミラをくれ」と呟いており、まだ余裕がありそうだ。

「グラッツ氏もあの盾を破棄してきたのか。一品物だろうに申し訳ないことをした」

「気にするな、隊長さん。流石の俺もあの重盾を担いだままじゃ敵に追いつかれただろうからな」

 自分と仲間の身を何度も守護してくれた愛盾に愛着が沸かない筈はないが、「釣公師団の第二柱にまた造ってもらうさ」とグラッツは笑顔で軽口を叩き、ユリアも笑みを返すが、ふと彼らのリーダーの不在に気がついた。

「そういえばクルツ氏の姿がないな」

「ああ、クルツの旦那なら、「弟子を迎えに行く」といって城に入らずに離脱したよ」

「そうか」

 彼としては単身、敵中に置き去りにされたアネラスの身の上が心配なのだろう。周遊池での戦闘の奇跡の勝利の立役者である方術使いにリタイアされるのは痛いが、今は現状いるメンバーだけで活動を続けるしかない。

「皆、疲れているとは思うが、これより殿下の助太刀に……」

「へへっ、中隊長殿、そう簡単には行かせてくれそうもないですぜ」

「そのようだな」

 玄関ホールの吹き抜けの二階部分から、敵の中隊長に率いられた20名前後の特務兵が階段を下ってきた。城内に残っている情報部の最後の主力部隊と思われる。

「グラッツ殿、メイル殿を頼む。ここは王室親衛隊が引き受ける」

 グランセル遊撃士チーム最後の生き残りに同業者の護衛を任せると、ユリアを含めた6人の親衛隊員は特務兵の集団と真っ向から渡り合う。城内の覇権を賭けた情報部と親衛隊の最後の闘争が始まった。

 

        ◇        

 

「ううっ、寒いよー。やっぱり、この季節に寒中水泳は堪えるよー」

 ひたすら川底を潜水してヴァレリア湖の一部を通過して、何とか湾岸区の防波堤に辿り着いたアネラスはガチガチと歯を鳴らしながら、必死に水場から岸に上がろうとする。

「早く身体を乾かさないと風邪引いちゃう…………わわわっ!」

 藻に足を滑らしたアネラスは真っ逆様に湖に落ちそうになるが、その手を何者かが掴んだ。

「危険な任務ご苦労だったな、アネラス君」

「クルツさん!」

 黄色いリボンをした童顔の少女はパッと表情を輝かせると、引き上げられる儘に一気に水中から飛び出して胸元に飛び込んだ。

「す、すいません」

「いや、それよりも、その格好は目に毒だから早めに着替えた方がいい」

 全身びしょ濡れで衣服が素肌にピッチリ張りついているのに気づいたアネラスは軽く頬を染めるが、同時に少しばかり顔をニヤけさせる。これは何時も自分をお子様扱いしていた師匠が弟子に色気を感じたということなのか?

「えへへ、浄眼持ちのA級遊撃士も私のセクシーな姿に時めいちゃいましたか?」

 アネラスはそう惚気てみせたが、クルツは無言のまま指先を下半身に向け、釣られるように視線を下げたアネラスの表情が青ざめる。妙に水の抵抗が少ないと思ったら、特務兵にスカートを脱がされたらしくパンツ一丁でピンク色の熊さんパンツが水に濡れてヤバイ具合に透けている。

「きゃあああー、むぐ!?」

 悲鳴を上げようとしたアネラスの口をクルツは遮る。王都はまだ敵の勢力下にあるので注目を集めるような真似はしない方が良く、アネラスはコクコクと頷く。

「途中で寄り道してきたグランセル大聖堂でシスター衣装を借りてきたから着替えると……!」

 何かがチカチカと光ったのを勘づいたクルツはグランセルの方角を振り返る。例の時計塔の頂上でフラッシュが炊かれており、こちらを撮影しているものと思われる。

「パパラッチか。不埒な真似を」

 モールス信号の時は助かったが、リベール通信の記者はハイエナの如き嗅覚でシャッターチャンスは逃さない性質らしい。リベール救済記事の一面に弟子のあられもない姿が掲載されるのを不憫に思ったクルツはマントを翳してアネラスの姿を遮り、その隙に着替えさせる。

「それと忘れ物だ」

 シスター服に衣替えしたアネラスに預かっていた青龍刀を渡すと、少女は本当に嬉しそうに微笑んだ。この二人には男女の生臭い話はまだ無縁のようだ。

「クルツさん、これから私たちはどうしたら良いのでしょうか?」

「敵に発見されないように下水道経由で遊撃士協会(ギルド)に戻って、カルナと合流しよう。グラッツは城に残っているとはいえ、我々の役目はほぼ終わっているがね」

「マスター、それはどういう意味でしょうか?」

 その弟子の質問に師匠は軽く左目を抑えると、唱道のように囁いた。

 

「私の浄眼には見えるのだよ。空の神(エイドス)に選ばれた8人の導かれし者がリベールの暗雲を振り払う姿がね」

 

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