星の在り処   作:KEBIN

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マーシア孤児院放火事件(後編)

「クラム君、無事ですか?」

「ちきしょう、離せよ、この放火野郎。皆と先生との思い出が詰まった大切な家を返せ!」

 エステル達三人がレイヴンの溜まり場の倉庫に駆けつけると、クラムは彼らに取り囲まれたままリーダー格の青年に取り抑えられていた。

「ちっ、このガキ。黙って聞いてりゃ放火だ何だと妙な言い掛かりをつけやがって」

「こいつはちっとばかしキツイお灸を据えてやる必要があるかもな」

「なら、レイヴン流焼き入れのお尻百叩きといきますか? ひゃーはっはっはっ」

 レイスは卑下た笑い声をあげながら、クラムのオーバーオールを脱がしにかかる。

「止めてください。あなた達はこんな小さな子供相手に恥ずかしくないのですか?」

 クローゼが紺色の瞳に鉄をも切断する高温の青い炎のような静かな怒りを灯し、燐とした声で暴挙に待ったをかける。

「クローゼ兄ちゃん」

「あーん? 訳の判らん因縁を吹っ掛けて喧嘩を売ってきたのはこのガキの方だぜ。ほら、あれ見ろよ」

 ディンが後方を指差す。頭部にレイヴンの意匠である赤いバンダナを巻いた取り巻き数人がおでこにたん瘤を拵えている。クラムの得物のバチンコから放たれた石ころで軽傷を負わされた。

「だからといって、やって良い事と悪い事が」

「まあまあ、クローゼ。さっき説明したようにレイヴンが犯人の可能性は低く、彼らはこの子の早とちりのとばっちりを受けただけなのよ。だから、ここは穏便に片をつけましょう」

 ロッコ達に自分が身代わりとしてこの場に残るとの人質交換を持ちかける。

「そんな子供を甚振っても、つまらないでしょ。それよりも私と一晩、色々と楽しいことしない?」

 それとなくフェロモンを発散しながら得意の挑発クラフトで誘惑し、大多数のメンバーの目がハートマークに変化する。レイスらは一も二もなくクラムを解放。替わりに彼らに囲われたヨシュアが木箱の一つに腰を下ろした。

「へへっ、ヨシュアちゃんだっけ? 琥珀色の瞳は奇麗だし、黒髪は艶々していて本当に可愛いね。どんな楽しい事をして遊ぶ? 男と女が深夜密室でやる事といえば、やっぱりカラオケかな?」

「うーん、その前に超えなきゃいけない壁があるでしょ、ほらっ?」

 腰まで届く漆黒の髪をサワサワ撫でながら予想外に健全な提案をするレイスに、「粋がっているけど、この人たち全員童貞みたいね」と内心苦笑しながら、ヨシュアは左手の人指し指を唇に当てて右手で彼女の頼もしい兄弟を指差す。

「げっ、あの時のブレイサーの小僧?」

「そう、エステルは正義の味方のブレイサー。可愛い義姉が悪者の慰み者になるのを黙って見ている筈がないの」

 前回、ディン達がナンパした時は、エステルは可愛い肉親とやらをあっさり人身御供に差し出したような気もするが、白馬の王子様の助けを待つ囚われのお姫様を気取ったヨシュアの記憶から抹消されている。

「というわけで、力づくでもエステルを排除しないことにはナイトフィーバーはお預けよ」

 にっこりと微笑むとパンパンと掌を叩いてバトルを示唆する。別に適当な所で彼らをちょろまかしてトンズラかましても良いが、この手のチンピラは御礼参りがしつこそうなので、クラムの安全を確保次第暴力で叩き伏せる腹だったようで穏健が聞いて呆れる。

「ふん、話か美味すぎると思ったら、可愛い顔してとんだ美人局だな。だが、いくら凄腕のブレイサーでも、この数相手に勝てると思っているのか?」

 黒髪少女の小悪魔的な笑顔に苦虫を噛み潰しながら、ロッコがサッと手を挙げる。メンバー全員が得物の警棒を展開し戦闘態勢に入る。

(流石に今度見捨てて帰ったら、こいつらが皆殺しにされた後で俺も一緒に屠られるよな)

 相変わらずの可愛い子ぶりっ子で後始末を押し付けながらも、きちんとクラムを救出するあたりヨシュアなりに仕事をこなしている。

 今度はエステルが労を惜しまない番だし、何よりも正遊撃士昇格前に殉職したくないので得物の物干し竿を構える。

「クローゼ、お前は下がってクラムを守っていろ。ここは俺一人で」

「いえ、僕も戦わせて下さい。剣は人を守るために振るうように教えられ、今がその時だと思います」

 長方体の包みを解いたクローゼは、ヨシュアの予測通りレイピアを取り出して、フェンシングのポーズで構えると、クラムに声を掛ける。

「クラム君、扉の前まで下がっていて。いいね?」

「う、うん」

 これ以上の足手纒いにならないよう、素直に言いつけに従う。

「良い子です、クラム君。あとは、僕も成すべき事を果たすまでです」

 もしかすると前のケースに倣い、今回もヨシュアにとっては窮地でも何でもないのかもしれないが、クローゼはあくまで自身の道を貫くだけ。クラムを助けてくれた彼女の負担をいくらかでも和らげる為に全力を注ぐ。

「やっちまえー! いくら強いといっても、相手はブレイサーの小僧一人にオマケの一匹だ。俺たちレイヴンの袋叩き……もとい集団戦闘術をあの黒髪の娘に拝ませてやれ」

 エステルとクローゼのコンビにレイヴン総勢十二人が襲いかかり、たちまち乱戦となる。

「私を巡って、これだけの数の男達が血で血を洗う争いを繰り広げるなんて、私って何て業が深い女なのかしら」

 扉の影からハラハラと戦闘の行く末を見守るクラムと対照的に、ヨシュアは一般人のクローゼを修羅場に巻き込んだのをさして気に止めず、木箱の上に立ち上がり両腕を大きく見開く慈愛のポーズを顕示しながら、再び自分に酔い痴れ始めた。

 

        ◇        

 

「なかなかやるじゃないか、クローゼ。ちっとは見直したぜ」

「いえいえ、あくまで護身レベルで、本職のエステル君には敵いそうにないですよ」

 そうクローゼは謙遜したが、彼の剣技の冴えは中々のもの。ここまでの所、エステルに劣らぬ働き振りを披露している。

 二人は互いの死角をカバーし合うように背中合わせの態勢を維持しながら、レイヴン相手に大立ち回りを演じて、既に半数の敵は地面にひれ伏している。

 二人のクラフトはあまり集団戦闘向きでないが、ここまで力量差かあれば鎧袖一触の元に一撃で倒せてしまうので、撃破は時間の問題かと思われた。

 だが、エステル達はレイヴンの人海戦術の真の恐ろしさを未だに知らない。

「死んでんじゃねぇっての!」×2

「死んでんしゃねぇ、ゴルァ!」×2

「死んでる場合じゃないよーん!」×2

 幹部格の三人が倒れているメンバーを蹴ったり、叩いたりした途端、戦闘不能にした連中がフラフラと起き上がる。半壊していたチームが完全復活した。

「な、何が起こった?」

 泡を喰ったエステルが何人かの面子を蹴散らすが、ロッコ達に小突かれ再び息を吹き返す。警棒に加わるパワーやスピードも気絶前とさして変わらず、体力まで全快しているとしか思えない。

「あれは人体の経絡秘孔を突いて蘇生と体力の完全回復を同時に行う、黒社会にのみ流風する伝統的な根性注入法『夜露死苦』」

 たまたま二人がヨシュアの側まで流れてきた時、木箱の上から解説魔がアネラスの独楽舞踊なみに珍妙なクラフトの講釈を垂れる。

「闇世界でも遣い手が途絶えて久しい幻の技と聞いていたけど、まさか未だにこんな所に現存していたなんて、まさしく歴史の証人にでもなった気分だわ」

「使い手がいないって、奴らそんなにスゲエ奥義を己がモノとしているのかよ?」

 HPマックスで戦闘不能を呼び覚ます前代未聞のチート回復術。ギルハート秘書が主張した裏社会との繋がりは伊達じゃないのかとエステルは畏怖したが。

「ううん、秘孔の位置さえ知っていれば意外と簡単らしいから、やろうと思えば多分私にだって扱えるわよ」

「はいっ?」

 得意の話術で盛大に盛り上げておきながら、自ら掲げた梯子を自分でへし折るのがヨシュアの好みとするシチュらしい。エステルは彼女の期待通りに大いに拍子抜けする。

「ただし、一回、根性注入で復活すると寿命を4649時間縮めるらしいから、馬鹿らしくなってそのうち誰も使わなくなっただけよ。もし、二人がこの闘いで戦闘不能に陥ったら夜露死苦で起こしてあげましょうか?」

 ヨシュアが魔性の笑みを浮かべる。二人は表情を青ざめさせながら、はち切れんばかりの激しい勢いで首を横に振る。

「復帰するごとに4649時間だから、一日を二十四時間として、24で割ると…………ひのふのみ。それで一年が365日だから…………ちゅうちゅうたこかいなって、三年も寿命が削られるなんて、一体どんな呪いのクフラトだよ?」

「あのー、三年でなくて、193日だから約半年だと思いますよ、エステル君。それよりも、あの人たち、さっきから戦闘不能になる度に躊躇いなくアレを使っていますよね?」

 ロッコ達がメンバーに活を注入し倒れていた面々が蘇るが、彼らはこの技の代償を何も知らないのだろう。エステルは憐れみでホロリと涙を流し、木箱の上に陣取った最終兵器彼女に援軍要請する。

「なあ、ヨシュア。サッサと終わらせてやろうぜ。このままじゃ奴らがあまりにも気の毒だ」

「そうね、余命を半年も縮めるというのは誇張して伝わっただけの、()()()()、をもじった単なる語呂合わせだろうけど、あんなお手軽な蘇生術を使って身体に何の反動もない筈ないからね」

 根性注入に限らず全ての回復アーツやクラフトの原理は、身体の新陳代謝を活性化させ自己治癒力を早めて短時間で傷を塞いでいるだけ。

 人間の生涯の細胞分裂回数が決まっている以上、程度の差こそあれ寿命を縮める愚行に相違ない。戦場で頻繁に回復技のお世話になっている傭兵は不可解に短命に没する確率が高いのは統計上立証されている。

 また、そういうリスクがなければ態々高いミラと長い時間をかけて病院で治癒する者などいる筈もない。世の中、そうそう都合の良い魔法は転がっていないのだ。

「結局、私が超過勤務することになるわけね」

 集団戦闘技を持たない二人だけでは、このまま『倒して』⇔『復活する』のイタチごっこのサイクルがロッコ達のCPが尽きるまで彼らの生命を磨り減らしながら延々と続くだけなので、木箱の上で高みの見物を気取っていたヨシュアが出陣。満を持して地面に降り立った。

「ヨシュアさん」

「まあ、見ていろ、クローゼ。こういう戦場の方がヨシュアの真価を発揮するんだからよ」

 剣狐を真のタイマン特化型とするなら、漆黒の牙は紛れもなく本物の対集団殲滅型。百匹を数える魔獣の大群をほんの数秒で壊滅させた実績もあるが、対人相手だと些か勝手が違うのを予め通達する。

「殺していいのなら全員狩れるけど、手加減するとなると多分頭目格の三人は討ち漏らすわよ」

 無力な筈の人質の少女が突如牙を剥いた様にレイヴンは戸惑う。そんな彼らを流し目で一瞥しながら双剣を構えたヨシュアは未来予想図を概算する。

 達人といえど、実際は惨殺するよりも殺さずに意識だけを刈り取る方がはるかに難しい。特にヨシュアの場合、レベル差が激しい複数の敵が混じり合っていると無差別蹂躙という技の性質と軽量の得物の特性上、レベルの高い側にはダメージが通らなくなるという困った弊害が発生する。

「それで問題ないぜ。取り巻きの雑魚を駆逐した後は俺たち三人がボスキャラを一対一で倒せば良いだけだ」

「最後の最後まで、面倒見させるつもりなわけね」

 エステルのゴーサインが出たので、ヨシュアは瞳を真っ赤に光り輝かせながら、「漆黒の牙」と囁きジェノサイドを始める。

 疾風のような勢いで、レイヴンが散らばった戦場全体を縦横無尽に駆け巡る。再びエステル達の側に戻った時には予告通り、ロッコ、ディン、レイスの三人以外のメンバーは糸の切れた人形のようにバッタバッタと倒れた。

「一体、どうなってんだよ?」

 自分ら以外の面子が一瞬で戦闘不能になり、慌てふためいたディンとレイスは根性注入で叩き起こそうとしたが、その目前にエステルとクローゼが立ち塞がる。

「おっと、そうはさせないぜ。タイマンに持ち込んじまえば、もうこっちのものだ」

 エステルとクローゼの攻勢に、たちまた二人は劣勢に立たされる。中央のロッコはどちらに加勢しようか首を振ったが、ヨシュアが待機時間ゼロで再び動き出してギョッとする。

 元々ヨシュアのクラフト全般は威力を犠牲に次行動を極端に早める事に特化しているとはいえ、最短でも五サイクル程の硬直時間が必要と云われているSクラフト(※しかも全体)を通常攻撃よりも速いスパンで再起動可能とはチート性能にも程がある。

「このアマ! 猫被って、俺たちをおちょくっていやがったな?」

「んっー、御免ね。私も一応、エステルと同じブレイサーなんだ。昔から良く別嬪さんは、『奇麗な薔薇には棘がある』って譬えられているでしょう? 今後、女で苦労しない為にも覚えておいて損はないわよ」

 無垢を装い騙し討ちした裏切りともいえる少女の魔性にニトロッコの異名通りに爆発したが、ヨシュアは全く悪びれることなく軽く舌を出す。

 そうこうしている間に両隣の二つの戦闘が終止符を打ち、レイスとディンが倒される。数の利で力量差を補ってきたが、元来の基礎能力値が違いすぎるのでサシ勝負に持ち込まれたら実に脆い。

「ディン、レイス。くそっ、ガキどもが舐めた真似しやがって!」

 「負けたくねえ」と心中で呟くと、その場で待機態勢に入って凄まじい量の闘気を身に纏い始める。レイヴン最後の切札の『ブチ切れアタック』。即死率100%を誇る一撃必殺の恐ろしいクラフトであるが。

 ヨシュアはスタスタとロッコの目の前まで歩を詰めると、ニヤーと妖しい笑みを浮かべて俎板の上の鯉を見下ろす。

「あんた、まさか? ち、ちょっと待ってく……ぎゃあああああ!」

「馬鹿かあいつ。壁役の仲間も残ってないのに、ヨシュアの前で待機系クフラトを使うなんて、殺してくれって頼んでいるようなもんだぞ」

 奥義を用いるタイミングを見誤り、無防備状態を躊躇なく滅多斬りにされたロッコの憐れな末路に合掌する。

 一時期、戦士の必須スキルと持て囃された解除系クラフトをヨシュアは一切持たない。逐一敵の技やアーツを解除する暇があったら、その間にぶっ殺すのが彼女の戦闘ポリシー。「闘いは常に一瞬の中にのみ真実がある」を指標とする漆黒の牙らしいスタンスだ。

 

「ち、ちきしょう、俺たちが一体何をしたって言うんだよ?」

 半死半生に叩きのめされたレイヴンは情けなくも泣きを入れるが、元々はクラムの勇み足から始まった諍いなので、そういう風に被害者ぶって開き直られるとエステル達は強く出られず、この件にどう落とし前をつければ良いのか思案しあぐねる。

「ちっ、お前ら、何て情けない態だ」

「アガット?」

「アガットの姐御?」

 倉庫の扉からクラムを押し退けるように両者と面識のある赤毛の女性が姿を現し、両勢力は同時に声を上げる。

「姐御って、アガットさんはこの人たちの知り合いですか?」

「ふんっ、小娘。追い詰められないと働かない怠慢癖は変わらないみたいだな。ましてや腕が立つとはいえ民間人の学生を誑かして身体を張らせるとは、とことん性根が腐ってやがる」

 ヨシュアに一瞥もくれることなく、つまらなそうに囁く。この言い草だとかなり前からこの場に辿り着いてバトルを静観していたらしく、ずっしずっしとロッコ達の前に仁王立ちする。

「てめえらが、渡りカラス(レイヴン)を再結成したと風の噂で耳にしちゃいたが、空駆ける自由な翼の意味を履き違えちゃいねえか? 俺たちは喧嘩上等だがドラッグにカツアゲと素人衆をいざこざに巻き込むのは御法度の筈だぜ。それをこんな小さなガキに」

「うるせえ。今頃になってノコノコと姿を現して、偉そうに指図するんじゃねえ。大体、ブレイサーの親父にケツ叩かれて、ブレイサーに鞍替えしたアンタに…………ぐげぶばあっ!」

 反抗しようとしたロッコの男の大事なところを、アガットは容赦なく蹴り上げる。ロッコは股間を抑えた情けない格好で泡を吹いたまま失神する。

「うわー、痛そー」

 同じY染色体()として心の底から同情し、エステルとクローゼは顔を青褪めて、思わず反射的に己の股ぐらを手で隠した。

「ふーん、大して力を篭めて蹴ったようにも見えなかったけど、そんなに効くんだ?」

 生きた心地がしなそうな男性二人とは逆に、ヨシュアは琥珀色の瞳をキラキラと輝かせる。非力な自分にも可能そうな殿方にのみ有効な新たな(ことわり)の境地に興味津々という面持ちで、足を何度も高く蹴り上げてキックの動作を再現する。

「ひっ、ひえっ、アガットの姐御、もうこいつらには絡まないし、知っていることは何でも話す。だから許してくれー」

 アガットにギロリと睨まれた旧知の二人は土下座する。残った新顔のメンバーはレイヴンOGの顔を知らなかったが、彼女の剣幕と歯向かったロッコの末路に恐れをなしてひたすら平伏する。

 一時はどう収拾をつけたものかと悩んだが、予期せぬアガットの乱入により、この殴り込み事件の責任の所在を有耶無耶に出来そうだ。

 

        ◇        

 

 レイヴンが放火の犯人とは思えないが、念の為に縁者のアガットが彼らを取り調べている間、エステル達はギルドのルーアン支部に集結した。

「アガットさんを倉庫に派遣したのは、ジャンさんの差し金だったのですね?」

「まあね。彼女は、八年前にレイヴンを旗揚げした初代総長で、毎日のように喧嘩に明け暮れていて、ルーアンを恐怖のどん底に叩き落としたものだったよ。初期メンバーで今も残っているのは、例の三人だけだけどね」

 ヨシュアの質問に応えたジャンは相変わらずの軽口で、頼んでもいないのにアガットの黒歴史をじゃんじゃか漏洩する。

 当時のレイヴンは今とは比較にならない武闘派揃い。リーダーのアガットの薫陶宜しく一般人に手をあげることはなかったが、他グループとの抗争やそれに伴う器物破損はお手の物。恐れをなした観光客の足も次第に遠のいていき街は寂れ始めた。

 たまりかねた市の行政委員会はギルドにレイヴン討伐の依頼をし、このクエストを受けた遊撃士は単身で彼らを叩きのめした。

「そのブレイサーというのが、他でもない君たちのお父さんのカシウス・ブライトでね。「悪い娘にはお仕置きだ」とアガットのズボンとパンツを脱がして倉庫の外で生尻百叩きに及んだんだよ」

 ちょうどその現場を見合わせた当時は単なる民間人の野次馬だったジャンは、可笑しそうに笑いを押し殺す。アガットがカシウスをセクハラ爺呼ばわりする訳や、レイヴンの連中が妙にお尻叩きに固執するのはそういう経緯のようだ。

 その醜態劇に愛想を尽かした初期メンバーは例の三馬鹿を除いてアガットの側を離れてしまい、カシウスの目論見通りに初代レイヴンは解散。クエストは成功したが、それ以来、赤っ恥をかかされた報復に赤毛の不良娘からつけ狙われる。

「その度に何度も返り討ちに遭って、気がつけば何時の間にか本人がカシウスさんに感化されてブレイサーになっていたんだから、本当に人生っていうのは……」

「そのぐらいにしておけ、ジャン。潰されたいのか?」

 馴染みの大剣を背負ったアガットがギルドに顔を出し、「思ったより、早かったね」とジャンは冷や汗を掻きながら、受付デスク下の股間を密かに抑えた。

「ふんっ、俺がブレイサーでいるのは強い獲物に困らないのと、何時かあのエロ親父の首を狩るためだ。あと小娘。お前の見込み通りにあいつらは一応シロみたいだ」

 放火の夜、レイヴンメンバーはカジノバー『ラヴェンタル』で、一晩酒とダーツに興じていたのを従業員が証言している。

 ただその日、ラヴェンタルは多くの者が非番で、肝心の証言者がバーテンダーのプレミオ一人だけ。間の悪いことに彼はレイヴン幹部ディンの実兄なので証言の信憑性に疑問を抱く者もいるかもしれないが、レイヴン無罪説の根拠はアリバイ有無とは全く別な所にあったので二人の女遊撃士は特に問題視しなかった。

「『マーシア孤児院の調査』のクエストは俺が引き継ぐ。可燃燐を使う手口、どうやら俺が追っている連中と関連がありそうなんでな」

 ヨシュアが捕縛した黒装束はアガットの手でハーケン門の牢に護送されたが、翌日には同じ仮面を被せただけの薬物中毒患者と思わしき別人に掏り替えられていた。

 アガットの抗議に軍は全く取り合わず、曖昧な取り調べを行っただけで、その身代わりの薬中男性を釈放してしまう。明らかに王国軍内部に奴らの存在が明るみになったら困る勢力が存在しているものと推測される。

 さらにはハーケン門からレイストン要塞に移送されることになったカプア一家の面々が黒装束の姿を見て、「裏切り者」、「内通者」とか色々騒いでいたらしい。

「また横から人の獲物を掠め取る気ですか?」

 黒装束の男とキールの証言を繋げる貴重な情報が得られたのは収穫だが鳶に油揚を攫われるのはこれで二回目であり、ヨシュアが不満そうに口を挟む。

「ケッ、何とでもほざけ。正遊撃士様と見習いが同じ依頼をかち合わせた時の扱いは既に体験済だろ? 何度でも言うが苦情は俺にこのクエストを押し付けたお前らのスケベ親父に言え」

 かつてカシウスがやらかした「おしりぺんぺん」を、アガットは未だに根に持っている。年頃の娘が衆人環視の前でそんな辱めを受けたら自殺もののトラウマなので、実子のエステルに含まないアガットはむしろ陽性なのだろうが、引き継ぎしたクエストの調査に向かう前にクローゼの影に隠れたクラムに一声掛ける。

「坊主、細々とした説教はあの小娘がネチネチと釘を刺しただろうから、俺から言うのは一つだけだ」

 かつてエステルがそうしたように、クラムの頭を帽子越しに撫でる。この時のアガットの黒い瞳はいつになく優しげだ。

「大切な者を守る為に勝ち目のない敵に立ち向かった、心の奥底から絞り出した勇気の灯火を決して忘れんじゃねえぞ」

 

        ◇        

 

「なあ、ヨシュア。お前は今でも、クラムが馬鹿なことを仕出かしたと思っているか?」

 アガットの推測通り、ヨシュアに理論整然と軽挙を詰られたクラムは自らの行いを悔い、もう二度とテレサ先生に心配をかけない旨をエイドスに誓約したが、クラムは勇気の使い所を間違えただけでその行為自体は尊いものだと先輩遊撃士と想いを同じくする。

 合理主義の申し子のヨシュアは激情家の二人と感性が異なるので同意を求めても仕方がないのだが、有りったけの勇気を振り絞った弱者なりの足掻きを結果が伴わないだけで単なる愚行として切り捨てられるのは悲しいものがある。

「正直に言うとね、エステル。私は出来ない人間の気持ちが良く判らないの」

 何時もの己のスペック自慢ではない。マノリア村の諍いから始まったクラムを庇うエステルの一連の問い掛けに彼女なりに真摯に報いようとする。

 小さい頃から利発で人一倍器用だったヨシュアは多くの真理に手が届き、大概のスキルは大した努力なしで習得するのが可能。

 勿論、力作業みたいに苦手な分野もあるし、意外とヨシュアは、『出来ること』と『出来ないこと』がハッキリしていたが、『出来ること』を応用すれば大抵の『出来ないこと』を克服できたので支障はなかった。

「だから、合理的でない失敗を何度も繰り返す人の口惜しさとか、私に嫉妬する女の子の情念も全て他人事。私には全く我が事のように感じ取ることができないの。私が心の冷たい人間だから、というか人として壊れているからだと思うけど」

「いや、それでいいんじゃないか。体験したこともないのに『あなたの気持ちは良く判る』とかやたらと理解や共感を示したがる胡散臭い輩より、よほど信頼がおけると俺は思うぜ」

 クラムへの薄情さを問い詰めるでなく、ヨシュアの発言の一部を肯定する。ヨシュアがエステルに授ける叡知と同じぐらい実は義妹も義兄から様々な現実を教えられていた。

 家族団欒で暮らしている幸福な人間に肉親を失った心の痛みを我が事と感じられる筈もなく、飢餓を知らない現代っ子にかつてのシェラザードのように泥水を啜って生き延びてきたスラムの貧困を現実と思える訳がない。

 人は蘊蓄を学ぶことは出来ても、実体験を伴わなければ真の意味で想いを分かち合うことは叶わず。そういう意味では、大切な孤児院を失ったクラムの絶望と怒りはテレサ院長や他の子供たち以外の誰にも推し量れよう筈もなく、エステルらは一般論から推測しているに過ぎない。

「確かにエステル君の言う通りですね。僕も比較的古くからマーシア孤児院に入り浸っていたので想いを等しくしているつもりでしたが、帰る家を失ったクラム君たちと違って僕にはまだ戻れる場所がある。全く自分の思い上がりが恥ずかしいです」

 エステルの哲学が周りに飛び火し、妙に生真面目なクローゼが赤面しながら自己批判を始めたので、エステルは慌ててフォローを入れる。

「いや、理解できないと言っても、人は似たような経験から思いをパズルのように当て嵌めて重ね合わせたりする訳だし、クローゼが感じた憤りはクラムに近いと俺は思うぜ」

「エステル君」

「まあ、何を主張したかったかといえば、落ちこぼれの苦労や劣等感は、全てを成し得る優等生に共感出来る筈はないってことさ。ヨシュアがその辺りをきちんと弁えているのならこれ以上言うことないや。だから、この話題はこのぐらいで終わりにしようぜ。クラムも疲れちまったみたいだからな」

 エステルに背負われたクラムは、先のヨシュアよろしく、彼の逞しい背中に身を寄せ舟を漕いでいる。今日一日色んなことがあり過ぎて、ようやく一段落ついたと思ったら、また小難しい説法が始まったので、自己防衛行動に出て夢の世界へと退避した。

 

 受付のジャンを交えて、ダルモア市長の依頼で正式にクエストと認可された『マーシア孤児院の調査』の中間査定を終えた二人は、今後の指針について検討する。

 先のクエストはアガットに引き継がれてしまい、明日からは正遊撃士達が戻ってくるので、しばらく暇を持て余すことになりそうだ。子供らの慰安を兼ねて、マノリア村でテレサ院長の警護の任に常駐しようかと相談していた折、横からクローゼが声を掛けてきた。

「差し出がましいお願いですが、もしクラム君たちのことを想ってくれるのなら、お二人にどうしてもお頼みしたいクエストがあるので、話を聞いてもらえないでしょか?」

 

 クローゼが持ち込んだ珍奇な依頼により、今度は舞台をジェニス王立学園の敷地内に移し、二人は今までとは趣を違えた新たな冒険(クエスト)に挑戦することになる。

 

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