星の在り処   作:KEBIN

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ヨシュアとクローゼの大冒険(中編)

「謎の異空間、出迎える摩訶不思議な人形兵器(オーバーマペット)に、貴重なお宝の数々。不条理と非現実が織りなすパラドックスの世界。まるで私たちは不思議の国に紛れ込んだアリスそのものね」

 そう感慨に耽りながら八卦服のカンフーガールは目につく宝箱を片っ端から開けるが、『絶縁テープ』や『リーベの薬』などの外れアイテムが連出し舌打ちする。

「そうだ、ヨシュアさん。これをお返ししておきます」

 瞳を真っ赤に染め、その名の通りに目の色変えて略奪に夢中のハイエナ娘の姿にクローゼは百年の恋心をぐらつかされながらも、ペンダント代わりにぶら下げていたクリムゾンアイを首から外し手渡す。

 紺碧の守護者には彼の得意とする水属性アーツは無効化され、未だに借り続ける意義を消失したからだが、魔眼を収束させ瞳を琥珀色に戻したヨシュアは軽く首を横に振るとクローゼの手の中に押し留めた。

「ヨシュアさん?」

「私が持っていてもデメリット効果が気になって有効に扱えそうもないから、クローゼに進呈するわ。戦闘の補助に使うもよし、何なら換金しても別に構わないわよ」

 専ら持ち主に不幸を齎すと不評の曰くつきの魔石なので、デートの記念品としてはあまり洒落たギフトではないが、王都のオークションに出品すれば一万ミラにはなると即金法を伝授するも、千年分の恋心を再燃させたクローゼは頑に拒む。

「ヨシュアさんからの心の篭もったプレゼントを、そんな無下な扱いは出来ませんよ。ありがとうございます、一生の家宝として肌身離さず堅持します」

 色々迷惑を掛けた埋め合わせの一環としての詫びの品を、ここまで手放しに喜んでもらえるなら感無量だ。裏表の激しい自分などと異なり、クローゼの素直さはエステル同様に一切の虚偽がなく、見ていて本当に清々しい。

 

 再び首にぶら下げて、無意味に行動力(SPD)に負荷を掛けようとしたクローゼを、ヨシュアは苦笑しながら引き止めるが、意識は次なる獲物に向かう。渡り廊下の先に意味ありげに設置された単体の宝箱を物欲しそうに眺める。

 一万ミラの秘石を未練なく手放したように、ヨシュアは現金そのものに執心しているわけではないが、ポンポン現出する未知なるお宝に完全に心を奪われた。罠かもしれないと警戒を促したクローゼの注意を一蹴し、お気楽なエステルが憑依したかのように無警戒に宝箱を開き、途端に侵入警報のサイレンが周辺に鳴り響いた。

「しまった。こんな高度なトラップを仕込まれていたなんて」

「云わんこっちゃないです。見るからに怪しかったじゃないですか?」

 ようやく我に返って頭を抱えるヨシュアの姿に、クローゼは諦観の境地に達したが、それでもそう突っ込まざるを得ない。

 この塔に登ってから、馬鹿、もとい向こう見ずな所が、どんどん少女の義兄に似てきており、「捨てられたクリムゾンアイが、元の持主の頭に呪いをかけたのでは?」と非現実な妄想に囚われるも、360°全方位から敵の大群が飛来。過酷というよりも絶望的な現実がクローゼを夢から呼び覚ました。

 哨戒型ブロークンピースB×2、支援型ガードミニオンB×2、殲滅型ガンドールB×2、特攻型ドゥームM-B×2、迎撃型ドゥームD-B×2。

 合計十体のオーバーマペットが二人を取り囲み、目のランプを真っ赤に灯らせて一斉に攻撃モードに移行した。

「ヨシュアさん、何かこの窮地を脱する策は持ち合わせていますか?」

 敵をわんさか誘きよせた失態を詰ることなく、打開策の有無だけを問い掛ける。水のアーツが無効の上、得物すら持ち合わせていないクローゼは完全にお手上げ状態だが、仮にレイピアを所持していたとして、彼の腕力と技量で鉄よりも遥かに硬度なレアメタルの分厚い装甲を貫けたか自信はない。

「態々聞くまでもないでしょう、クローゼ? 戦って勝ち目がある筈もないし、私たちの選択肢は一つしか残されていないわよ」

「またトンズラですか? けど、それが可能なら苦労はしませんよ」

 周囲は完全に大型の人形兵器に包囲され、蟻の這い出る隙間も見当たらない。四面楚歌の中でも冷静さを失わないヨシュアの存在は救いだが、かといって起死回生の妙計を隠して持っているようにも見えない。

(お祖母様、ユリアさん。もしかすると、僕はもう駄目かもしれません。ハンス、君が無理やり僕に押し付けたアレは、ちゃんと処分しておいてくれよ)

 もし、ここで人形兵器の餌食となったら、女王陛下を初め自分の将来に期待を寄せてくれた多くの人たちの想いを裏切るのと、机の引き出しの奥に隠された『とある秘本』が公になり学園内で長年築き上げた爽やかなイメージに傷がつくかもしれないのが心残り。

「ねえ、クローゼ。私を信じて生命を預けてくれる?」

 そんな生への執着心を感じ取ったのか、ヨシュアが琥珀色の瞳に真摯な色を浮かべて、問いかける。エステルから聞き及んだ所、ロレントで少女の甘言に唆されて酷い目に遭わされた被害男性は後を絶えないが、それでも信頼するに足る根拠がクローゼにはある。

 ヨシュアがしばし他者を見下す言動を繰り返すのは、合理主義をとことんまで追求した結果。多くの場合、目に見える成果を残すのに成功するが、あまりに人の心を蔑ろにするので自らの手を汚さない嫌な奴と他者の目には映る。

 だが、ヘルムキャンサー相手に自爆攻撃を厭わなかったように、ヨシュアはそれが最善の道だと信じれば、自ら傷つくことも躊躇わない強さと優しさを秘めている。

「勿論、信じますよ、ヨシュアさん。どのみち僕自身は無策なので、仮に失敗しても、あなたを攻めたりはしません」

 かつてヨシュア本人が指摘したように、利己的な少女の所業の中から労りや友愛を見出すのは惚れた殿方の愚かな欲目かもしれない。けど、エステルですら義妹の性根を疑っている中、せめて自分一人ぐらいは最期までヨシュアに殉じようと想いを定める。

「それで僕は何をすれば良いのですか? 壁役でも囮役でも何でも、引き受けますよ」

「別に特別なことをする必要は何もないわ。ただ、私と手を繫いで、心と呼吸を一つに合わせてくれれば良いから」

 自ら捨て駒の役割を課そうした少年に、拍子抜けするぐらい牧歌的な提案をし、クローゼの両手に自分の掌を重ね合わせた。

 柔らかくてすべすべとした冷たい掌の感触に一瞬ドキッとしたが、互いの目と目が合い視線で促されると、クローゼは要求通りに心の門を開いて少しずつ身体の呼吸を少女の息づかいに合わせる。

 すると、どうであろう?

 チュイイーンと高速回転する丸鋸を目の前にチラつかせ、『ブルーアセンション』という未見の高レベルアーツの詠唱態勢に入り、毎秒百発速射の機関砲(ガトリングガン)の弾倉をカラカラ回転させようとして、異常な金切り音を発し状態異常を引き起こそうと舌舐りし、全方位集中砲火のカウントダウンに突入していた人形兵器の攻撃モードが解除され、突如、標的を見失ったかのように周囲をまごまごし始めた。

 やがて、点灯していた攻撃色の赤いランプを安全色のグリーンに切り換えた人形兵器は散り散りにこの場を離れた。

 

「助かったのか?」

 ヨシュアの手を離したクローゼは、へなへなとその場に崩れ落ちる。今度こそ絶体絶命と半ば覚悟していたが、今の現象は何だったのだろうか? まさか感情を持たない機械の群れが少女と心を通わせたとも思えないが。

「ヨシュアさん、今のは一体どういうスキルで……」

 本当に何度目となるのか。また、『一体』という言葉を大安売りして補説を求めたが、『喉元過ぎれば熱さ忘れる』の格言通りにヨシュアの方は懲りもせずにウキウキしながら宝箱の中身を物色中。

「ねえ、信じられないわ、クローゼ。この双子の短剣を見て、見て」

 子供のようにはしゃぎながら、戦利品の復讐者(アヴェンジャー)の一組を見せびらかす。

 空気のように軽い金属で作られた漆黒の双剣。レアメタルに当たり負けしない強度を維持しながら、非力なヨシュアの膂力でも軽々と振り回せると、まさしく漆黒の牙の為に誂えたような逸品。

「やっぱり果物ナイフじゃ、ロストテクノロジーを相手取るには無理があり過ぎたわね。けど、これで次に人形兵器に襲われても対処できる算段はついたわ」

 装備制限のあるヨシュアが扱える軽量の短剣は限られるとはいえ、ボースマーケットの金物屋で投げ売りされていた刃物で、今日まで戦い続けていたとは驚きだ。うかつに宝箱を開けて危うくお陀仏に成りかけたが、対価として得物を選び過ぎるヨシュアの武装が久しぶりにバージョッアップされたので、この顛末はまさに怪我の巧妙だ。

 

        ◇        

 

 オーバーマペットを迎撃可能と謳ったが、それでも不要な戦闘は避けるに越したことはない。二人は恋人同士のように仲良く手を繋ぎながら、ゆっくりと階層を踏破していく。

 アヴェンジャーの漆黒の輝きに浮かれたヨシュアは頼まれた解説をスルーしたが、少女には人形兵器の光学映像はおろか、赤外線探知による索敵さえも誤魔化せる絶対隠密能力(ステルス)を備えている。

 塔の屋上の記念写真撮影の際、普段はオートで常時展開しているステルスを一時的にオフにしたのを空間転移のハプニングでど忘れしていなければ、先の戦闘でジェニスブレザーを台無しにされることも無かった。

 さらに、こうして手と手を重ねていると、彼女のステルス効能がクローゼの身体にも伝染するらしい。どんどん数を増す人形兵器は二人の存在に全く気がつかずに、脇を掠めても堂々とすれ違っていく。

 その間にも、ヨシュアは宝箱を容赦なく開け続ける。

 この異空間のお宝を根こそぎ強奪し尽くす腹だ。さらなる追加のセピス(水×300、時×100、空×100、幻×100)の他、女性用具足のレジーナガーダーを履いて足回りを強化。龍牙鞭は不用品だが、後々シェラザードにでも高値で売り捌いてやろうとキープし、重量物の荷物はクローゼが纏めて抱え込んだ。

 蒼耀珠という謎のクオーツが入った宝箱を開いた時には、再び警報が鳴り響いて人形兵器が襲来したが、これまた例のステルスで大過なく遣り過ごし、貴重な骨董品をせしめるのに成功。

 蒼耀珠は水属性クオーツであるのは確かだが、クローゼの戦術オーブメントの固定スロットとは規格が合わずに装着不可能。無事に元の世界に戻れたら、ツァイスの技術者にでも見せて解析してもらおう。

 

        ◇        

 

「ここがラストフロアみたいね。あれがゴールかしら?」

 このダンジョンは本当に一本道のシンプル構造の上に、次の階層に転移する都度、円形の転送装置は輝きを失い後戻りを禁じるので、二人は迷うことなく最終階層に辿り着いた。

 うっすらとした光りを放つ今までの転送装置と異なり、橋の突き当たりにはある最後の転送装置は、遠目からでも視認可能な強烈な輝きを放っている。

 紺碧の塔の屋上で自分たちを飲み込んだアーティファクトと全く同じ眩しさで、アレこそ元いた世界への出口。自然、二人の間に流れる空気が弛緩するが、何かに勘づいたクローゼの表情に再び緊張が走る。

「ヨシュアさん、何か突然、周りの風景が風化しているような」

 不吉を感じたクローゼが不安そうに尋ね、ヨシュアも橋下の今まで歩んできた階層を見下ろし、表情を青ざめさせる。何とここまで二人が踏みしめていたフロアが、ボロボロと崩れ落ちている。更には周りの空間そのものが、抽象画家の難解な絵画のように大きく歪んでいる。もしかすると、物理的な足場だけでなく、この空間自体が崩壊している?

「大変、クローゼ。この世界そのものが消滅しようとしているわ」

 この大崩壊に巻き込まれたら、現実世界との接点を失い、永久にこの異空間を彷徨う羽目になるのか?

 もはや、お手つないで、チンタラ歩いている余裕はない。安全対策には目を瞑り、一分一秒でも早くゴールの転送装置に飛び込む他なく、両手を離した二人は猛ダッシュしてラストフロアを全力疾走で駆け抜ける。

 これ見よがしに設置された六個の宝箱を、ヨシュアは未練の眼差しでチラ見したが、断腸の思いで無視する。この土壇場で欲を掻くのは単なる愚か者であり、どんなレアアイテムが秘蔵されていたとしても、生命よりも大事なお宝などありはしない。

 ただし、石碑を横切る際には瞬間記憶能力で内容を丸暗記しておいた。相変わらず意味自体はさっぱりだが、これで合計四つの古代ゼムリア文字の文面をヨシュアは記憶したことになる。

「ヨシュアさん、あれを!」

 当然、こちらに気づいたオーバーマペットが徒党を組んで襲いかかってきた。二人をこの世界の崩壊の道連れにするかのように立ち塞がるが、今の状態でもヨシュアのステルスは有効らしく、少女の存在を無視して攻撃目標を姿を曝したクローゼ一人にターゲッティングする。

「邪魔よ!」

 敵を排除する術のないクローゼに代わり、ヨシュアが新装備のアヴェンジャーを両手に展開して、当初毛程もダメージを与えられなかったブロークンピースBを真っ二つに切り裂いた。

クローゼは唖然とする。いかな業物といえど、あの非力な腕力と小振りの短剣でレアメタルを軽々と両断するヨシュアの技量は常軌を逸している。筋力不足が要因とはいえ、今日まで武装に恵まれずにその力を十全に発揮できなかったのなら、確かにエステルが度々主張するようにヨシュアの瞳が見据えている(ことわり)は自分らとは次元が異なる。

「敵は全て私が始末するから、クローゼは迷わず駆け抜けて」

「判りました」

 女性におんぶ抱っこの自らの境遇に若干情けなさを感じるものの、今は考えている時間すら惜しい。ガードミニオンB、ガンドール、ドゥームD-Bがクローゼ目掛けて波状攻撃で押し寄せてくるが、その都度ヨシュアに鉄屑に解体される。

 最後に現れたドゥームM-Bもスクラップの運命を辿ったが、ヨシュアに双連撃で十文字に切り裂かれた途端、再び無機質な機械音がスピーカーから流される。

「ダメージリツ98パーセント。カツドウケイゾクフウノウニヨリ、ジバクモードニイコウ」

 ドゥームM-Bの装甲の亀裂から、怪しい虹色の光りが駄々漏れる。

「ヨシュアさん、危ない!」

 クラフトの待機時間で微かに硬直したヨシュアの腰元を抱き抱えて、クローゼは必死にドゥームM-Bから距離を取る。次の瞬間、自動人形は自爆して、激しい爆風に二人は吹き飛ばされた。

「ありがとう、クローゼ。助かったわ」

 メディカルチェックして、身体機能に異常が無いのを確認したヨシュアは、軽く安堵の息を吐き出したが、途端に息を飲む。

 ヨシュアが無傷で済んだ代償に、彼女を庇ったクローゼは爆風をモロに下半身に浴びて両足とも大火傷を負った。クローゼは辛そうに唸り声をあげていて、どう見ても歩ける怪我ではない。

 かつてヨシュアの傷痕を綺麗に塞いだように。回復を司る水属性のクローゼなら時間さえ与えられれば己が負傷も癒せるのだろうが、空間の崩壊は秒読み寸前。一刻の猶予もない。

 

「クローゼ、苦しいと思うけど、今は我慢して」

 肩を貸したヨシュアは二人三脚の要領で、苦悶するクローゼを引きずるようにして前進する。

 この螺旋階段を渡り切れば転移装置がありゴールは目と鼻の先にあるのだが、走れば十秒とかからないこの距離が今の二人にとっては果てし無く遠い。

 それでもヨシュアはクローゼの肩を抱えて、懸命に前へ進もうとしたが、非力な彼女の筋力では細身のクローゼすら支えきれずに、その歩みはカメよりも遅い。焦る黒兎に対して手負いの青亀の方が儚げに微笑んだ。

「ヨシュアさん、あなたの得意の合理性で物事を考えて下さい。二人助かる方法かあるならともかく、そうでないのなら、このまま一緒に取り残されるのは、無意味な……」

「黙っていて、クローゼ!」

 ヨシュアらしくない余裕のない表情で、クローゼを一喝する。

「奇麗事を云う気はないけど、あなたをこの修羅場に無理やり巻き込んだのは私なのよ。なのに、一人だけオメオメと帰参したら、エステルは決して私を許さない」

 こんな状況化でもエステルを引き合いに出す想いの深さに、何とも言えない悔しさを己の内部に抱え込む。

 クローゼに諭されるまでもなく、本当にヤバくなれば、エステル以外の他者であれば、自分の身命を何よりも優先する冷酷さをヨシュアは兼ね備えている筈だが、今はどうか?

 この準遊撃士の旅で自分は強くなったか、それとも弱くなったのか、ヨシュアには判らない。

 地を這うような鈍重なペースながらも、あと少しで転移装置に手の届きそうな距離まで詰めてきたが、世界の終焉以前に足場の瓦解が目前に差し迫っている。後方の階層は全て崩れ落ちていて、今自分たちが踏み占めている足元にも亀裂が走った。

(この足場もあと数秒で崩れる。ここが本当の分水嶺ね)

 ヨシュア単独ならコンマ数秒で渡り切れる距離も、今の牛歩状態では踏破前に確実に崩れ落ちる。ここにいたのが自分でなくエステルなら、軽々とクローゼを担いで余裕綽々と制限時間内に走破しただろうに己の非力さが恨めしい。

 ただ、ここまで歩を進めた頑張りは決して無駄な足掻きではない。『とある射程』にまで辿り着くことには成功した。とはいえ、何度合理的な思考フレームで、ミリ(1000分の1)秒の速度で高速演算しても、今の手持ちのスキルでは二人同時に助かるのは不可能。この不思議の国は大団円の結末を与えるつもりはないらしく、最後の選別を迫られる。

 

→1『クローゼを見捨てて、自分だけ助かる』

 2『クローゼと共に、この場に残る』

 

「クローゼ……」

 自分を呼ぶ切ない声に、肩を借りた小柄な少女の綺麗な琥珀色の瞳と正面から目を合わせる。

「ごめんね」

 謝罪の言葉と共に偽りでなく流された少女の真珠の涙に、クローゼはゆっくりと目を閉じた。恨みも後悔もない。少女にとっても身を引き裂かれるような苦渋の決断であることを承知していた。

 この右半身に感じる少女の温もりを消失した時、自分の生命も尽きるのだと覚悟を決めたが、ヨシュアは離れる気配はなく、それどころか強くクローゼの右腕を掴んだ。

「ヨ、ヨシュアさん、まさか? それは駄目です!」

 自分の胸元に顔を埋めて、表情が見えなくなった少女に、クローゼは大声を張り上げる。

 

→2『クローゼと共に、この場に残る』

 

 ヨシュアが選んだのは、『1』でなく、『2』の無理心中なのか。

 エステルの元に帰るよりも自分を見捨てないでくれた黒髪の少女に対して、喜怒哀が無秩序に混じり合った複雑な心境を抱えたが、ヨシュアは右腕と同時に何故か襟首を強く掴み軽い呼吸困難にクローゼは息を咽せる。

「ごめん、クローゼ。更に痛くなると思うけど我慢して」

 そう宣告すると、「イヤァァァー!」と雄叫びをあげながら、得意の一本背負いで、クローゼを豪快に投げ飛ばした。柔術の究極の理とは、マイクロ(100万分の1)精度の狂いのないタイミングを己が手中とすることにあり、その神域の一瞬を見極めし術者はもはや相手の力も利用する必要すらない。

 唐突に空中遊泳を強いられたクローゼは受け身を取り損ねて、派手に背中から地面に叩きつけられ更なる呼吸不全に陥る。先程ヨシュアが図っていた射程は、数アージュ先の転移装置の置かれた足場までの限界飛距離。

 今の痛恨の一撃で危険域のダメージを負ったクローゼは目の奥がチカチカして、頭が白くなるような背骨の痛みに意識が遠のき掛けたが、いるべき正面の場所にヨシュアの姿を見つけられずに強靱な意志の力で視界を取り戻す。

 目の前の螺旋階段はおろか、既にラストフロアそのものが完全に崩れ落ちて、今クローゼのいる足場のみが辛うじて宙空に取り残されていた。

「そんな、ヨシュアさん。あなたは」

 彼女の安否を確かめたい一心で、激痛を懸命に堪えて崖下を覗き込むと、黒髪の少女が真っ逆様に、奈落の底へと沈んでいく姿が目に入った。

 

→3『クローゼを助けて、自分はこの場に残る』

 

 この隠し選択肢こそが、少女がクローゼとこの不思議の国に示した最期の真心。クローゼの声にならない悲痛な叫びが、崩壊寸前の異空間に木霊した。

 

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