星の在り処   作:KEBIN

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ヨシュアとクローゼの大冒険(後編)

「わが友よ。こうなれば是非もない。我々はいつか雌雄を決する運命にあったのだ。抜け、互いの背負うもののために。何よりも愛しき姫のために!」

「オスカー、お前……。判った、私も次の一撃に全てを賭ける」

「更なる生と姫様の笑顔。そして王国の未来さえも、生き残った者が全ての責任を背負うのだ」

「いえ、今回の勝負はここまでです。何せそこにいる大馬鹿者が利き腕を怪我しておりますゆえ。しかし決闘騒ぎまで起こして勝者がいないのも格好がつかない。ならばハンデを乗り越えて互角の勝負をした者に勝利を!」

「リベールに永遠の平和を!」

 

「ふうー、やっと台詞を間違わずに、ラストシーンまで通せたか」

 エステルは講堂の床下に腰を降ろして、安堵の溜息を吐く。

 寮の門限はとっくに過ぎていたが、生徒会権限を駆使して延長申請し、不在のオスカー、セシリア役をハンス、ジルが一時的に代行して、夜遅くまで稽古に明け暮れる。

「凄いじゃない、エステル君」

「台詞を一度もとちらなかったの、これが初めてじゃない?」

「ああ、皆が付き合ってくれたおかげだぜ」

 その甲斐あってカンペを片時も手放せなかった初期に比べて、見違えるほどの成長ぶりを示し、女子生徒に取り囲まれたまま賛辞を受ける。

 子供の頃のヨシュアが拗ねたように、一晩で台本を丸暗記するような完璧な成果を最初から披露する優等生より、未熟なりに向上心を失わず努力し続ける平均学生を支援するのが学舎の理念なので、お世辞にも物覚えがいいとはいえないエステルを周りが辛抱強くフォローし、とうとう通し稽古をやれる段階に到達。

「結局、ヨシュアは最後まで顔を出さなかったな」

 判っていたが、ここまで一致団結した人の輪に、義妹が入っていないのが気懸かりで、さらには明日からヨシュアが加入することにより、今の一つに纏まった雰囲気がギスギスしそうなのがもどかしい。

「そういえば、顔を出さないといえば、クローゼもか?」

 こんな夜更けまで稽古していたら、クローゼなら遅ればせながらも掛け参じた筈だが、どんな急用を割り振られたのやら。

 現在、クローゼはヨシュアと一緒にこの世ならざる場所でとんでもない冒険をしている最中だが、そんな裏事情はここにいる面子は露知らず、親友の律儀さを熟知するハンスも訝しむ。

 そのハンスはクローゼのピンチヒッターを務めて、剣稽古の相手までこなしてくれた。クローゼほどではないが、ハンスも騎士役に恥じない剣の遣い手で、ジルも同様にセシリア役を過不足なく演じており、当初から反転劇など考えずに、『白き花のマドリガル』を真っ当な男女構想で話を進めていたら、態々ブライト兄妹が助っ人で出張る必要もなかったように思えた。

「それは買い被りすぎよ、エステル君。私もハンスも裏方が精々で、物語の主役を張るような器じゃないのよ。あなた達三人と違ってね」

 ジルは眼鏡の奥を意味深に光らせながら謙遜し、その見解にハンスも同意する。

「そうそう。誰しもヨシュアちゃんやクローゼみたいには、単独では光り輝けないのさ。けど、冴えない脇役がいるからこそ、主役の神々しさも一層映えるのであって、それは芝居でも人生でも同じことかな」

「うーん、そういうものなのか?」

 自らを人生の脇役と称しながらも、その立場に不貞腐れることなく主役陣のサポートを心がける二人は十分器がデカイんじゃないかと、エステルは感心する。

 ただし、ジルはエステルも含めて主役の三人と讃えてくれたが、最近、何だか物語の本筋から自分一人だけ除け者にされているような奇妙な疎外感を感じるのは錯覚か?

 チラっと窓の外を眺める。雲一つない晴天に、キラリと星が流れてきた。流れ星に舞台の成功を祈願しながら、義妹の所在が気になった。

(本当にヨシュアは、今どこで何をしているのだろうな?)

 未だエステルは、少女の本当の想いと、絶体絶命の窮地を知らない。

 

        ◇        

 

(とうとう、積もりに積もった業を清算する時が来たのね)

 終焉の差し迫った異空間を、真っ逆様にひたすら下へ下へと落ちながら、そう覚悟を定める。

 今日まで多くの男性を騙くらかしてきた咎などとは、比べ物にならない原罪をヨシュアは背負ってきた。かつて、ジョゼットに「取り返しのつく間違いと、そうでない過ちとがある」と諭したことがあるが、その基準でいうなら、ヨシュアはもはや救いようがない大罪人だ。

 最期にエステルの顔を拝めないのと、想いを伝えられないのが未練といえば心残りだが、それが課せられた罰と思えば納得できないこともない。

 それでも虚ろな人形だった自分が、追い詰められた最後の最期で己の身命より他者を優先するという人らしい心を失わなかったのが、せめてもの救い。

(あとは裁きを待つだけなのに、私は何時まで落ち続けないといけないのかしら?)

 時間と距離の感覚が完全に麻痺して、まるで無限ループに嵌まったかのように、一時間以上も同じ所を彷徨っているように感じるが、実際はまだ崖下に転落してから数秒も経過していない。

 俗に走馬灯と呼ばれる、死に際の記憶リピート現象。ヨシュアの思考フレームがマイクロ(100万分の1)秒という有り得ないレベルで超高速回転し、一時的に彼女の中の時間が停止している。

 赤ん坊を抱き上げる琥珀色の瞳の少女と銀髪の少年。とある村で起こった悲劇の光景。一つの神を崇める七人の神官と十三人の騎士たち。小さな怪物に全滅させられた軍服を纏った大人の群れ。(ことわり)の術者に喫した初めての敗北と少年との出会い。虚ろな人形が再び魂を吹き込まれ、少年に特別な思いを寄せるようになったあの日。

 産まれてから今日までのありとあらゆる場面場面が、セピス色の風景と共にヨシュアの脳裏に再現されるも、まるで壊れたラジオのように所々にノイズが走る。

 ×××で伏せられた人名。影絵のようにシルエット化し顔を確認できない人物。あの女はこんな今際の際にまで、ヨシュアに思い出を返すつもりはないらしい。

「けちんぼ……」

(あら、ごめんなさいね。でも、まだ記憶は戻してあげられないけど、替わりに別なモノを返却してあげる)

 思わず愚痴を零したヨシュアの頭の中に、どこかで聞いたような懐かしい女性の声が木霊する。思わず走馬灯を止め、姿なき声に問いかける。

「別なもの……?」

(そう、今の難局を脱するのを可能とする私があなたに教えたスキルよ。魔眼の時と同じくもうあなたには使い方は判っている筈よ)

 テレパシーのように頭に響いた声が消失すると同時にヨシュアの魔眼が真っ赤に光り輝く。魔女から授けられし二つ目の異能の能力の封印が今解かれ、次の瞬間、ヨシュアの姿が唐突に消滅した。

 

        ◇        

 

「ヨシュアさぁーん!」

「はぁーい」

 涙目で崖下に向かって叫んだ、クローゼの必死の呼び掛けに、本来有り得る筈のない返事が返ってきた。一瞬クローゼは耳と正気を疑ったが夢ではない。

 足場も取っかかりもない奈落の底から、どうやって這い上がってきたのか、目の前の宙空を瞳を赤く染めたヨシュアが浮遊している。

「ヨ、ヨシュアさん、これは一体……」

「ああ、クローゼ。これはねって、あっ、あら?」

 軽くはにかみながら、一体バーゲンセール中のクローゼの疑問に応じようとしたが、魔眼が収束して表情からは余裕が消える。

 認識の操作に続く第二の能力、空間転移(テレポーテーション)でクローゼの真ん前まで馳せ戻ったものの、この戦技はSクラフト扱いでやたらとCP喰らいの上、今のヨシュアの力量に余るのか転移距離も短く指定座標に若干のズレが生じた。

 結果、目標としたクローゼのいる足場にあと一歩及ばなかったヨシュアは宙に留まることができず、先のリプレイのようにクローゼの目の前を真っ逆様に落下していく。

 既にCPは完全に空っぽなので、Sクラフトの再行使は不可能。

「ヨシュアさん!」

 焦りながらも、目敏く腰元にぶら下げていた龍牙鞭の存在を思い出し、一か八かヨシュアに向かって鞭を放った。

 シェラザードのような達人ならともかく、素人のクローゼがこの土壇場のぶっつけ本番で都合よく標的を絡め捕れる筈もなく、鞭先は落下するヨシュアと見当違いの方向に伸びていったが、そこから奇跡が起きる。

 鞭それ自体がまるで意志を持った獣のように突如軌道を変更して一直線にヨシュアに襲いかかり、幅広の先端部の獣牙がヨシュアの具足の部分に突き刺さった。

「ヨシュアさん、今引き上げます」

 龍牙鞭に足をぶら下げられて、上下反転したまま宙づりになりながらも、何故か物理法則に逆らい捲れない八卦服のスカート部分と、その中身を覆う謎の暗闇。エステルから又聞きした絶対領域の存在が頭を掠めながらも、クローゼは上半身の力だけで思いっきり鞭を引っ張り、まるで小魚のようにヨシュアは一息に釣り上げられた。

 エステルのような怪力ならともかく、細身のクローゼにこの帰結は明らかに不自然。相変わらずヨシュアの体重には不可思議な現象が多いが、そんなことは小事に過ぎない。

 クローゼは釣った魚を両手で抱き留めようとしたが、支えきれず。二人は縺れ合うように地面を転がり、ちょうど転移装置の中央部分で停止する。

 次の刹那、転移装置の効果が働き、二人を空間の外部へと弾き飛ばした。

 役割を全うした転移装置はその輝きを失い、同時に足場は装置ごと完全に崩れ落ちる。橋や足場などの建造物は残らず瓦解し、最後には歪んだ空間そのものすら崩壊して、一切合財が無に回帰する。

 この異空間が先のラビリンスを取り戻すのは、新たな来訪者が正しい手順によって再訪した時となり、それまでの間、無粋に呼び覚まされた紺碧の守護者たちは再び深い眠りについた。

 

        ◇        

 

「元の世界に戻ってこられたみたいね」

 気づくと、ヨシュアはクローゼと一緒に、紺碧の塔の屋上に舞い戻っていた。

 例のアーティファクトは既に完全に輝きを失って沈黙。再び発光現象を起こすのは、また一年後となるのだろうか。

(まさか、異空間で拾ったアイテムがこうまで上手く嵌まるなんてね)

 レジーナガーダーの具足部分に突き刺さった獣牙を引き抜きながら、ヨシュアは肩を竦める。

 先の龍牙鞭の不可思議な軌道修正を見る限り、恐らくこの鞭の先端部の獣牙には、使用した古代の獣の狩猟本能を封じるような魔法が掛けられており、標的の血の臭いを追い掛けて、自動追尾する機能が込められている。

(つまり、この龍牙鞭は生きているということ。まるで、刀自体が意志を持つといわれ、人を斬らずにはいられない妖刀村正みたいね)

 もし全鋼性のレジーナガーダーを履いてなければ、血に飢えた鞭の獣牙はヨシュアの足の甲を貫いて、彼女の生命線の俊敏性に深刻なダメージを与えていたと推測され、ヨシュアは寒けを覚える。

 ただ復讐者(アヴェンジャー)を含めて、異空間で入手した全ての武具は、二人の脱出を後押しするパズルのように設置され、ヨシュアを生かそうとする何者かの意志を感じられた。

(まだまだ、こんな所じゃ死ねないということね。それがエイドスなのか、あの女の導きによるかは判らない…………)

「ヨシュアさーん」

 様々な感慨に耽るヨシュアに、クローゼが彼のキャラクターからは有り得ないくらい大胆に抱きついてきて、ヨシュアは困惑する。

「ちょっと、クローゼ」

「無事で、無事で本当に良かったです。もう二度と会えないのかと思うと、とても不安で」

「もう、クローゼったら、子供みたい」

 園児のように泣きじゃくりながら、きつく抱き締めるクローゼの姿にヨシュアは琥珀色の瞳に呆れた色を浮かべながらも、そっと彼の髪を優しく撫でた。

 今回の一連の冒険の主人公は間違いなくクローゼなので、少しぐらい労ってあげてもいい。

 

「落ち着いた、クローゼ?」

「すいません、ドサクサに紛れて、随分と大それた真似をしてしまって」

 純情なクローゼは先の己の所業も思い出して、今更ながらに赤面して顔を背ける。

「まあ、興奮して感極まるのも無理はないわね。それだけの大冒険だったんだから」

 ヨシュアはクスクス笑いながらも、急に真顔になって警告する。

「けど、最後にあなたを優先したのは、無理やり巻き込んだ咎があったからで、私に落ち度がない場合、次は容赦なく見捨てるわよ。それだけは忘れないようにね」

「は、はあ……」

 クローゼは何とも言えない表情で曖昧に頷く。軽く頬を染めてソッポを向いているヨシュアの態度に、「実は彼女はツンデレなのか?」と新鮮な驚きを覚えた。

「あのー、お取り込みの所、度々申し訳ありませんが、わたくしのことを完璧に忘れていませんか?」

 真ん前にいる自分を無視し、ラブコメを続ける二人の若人の姿にアルバ教授は再度、控え目に自己アピールを繰り返し、二人はど忘れしていた第三者の存在を思い出す。

「もう、酷いですよ、ヨシュアさん、クローゼさん。わたくしはお二人のことが、もう心配で心配で、不安で食事も喉に通らなかったというのにー」

 そう教授は拗ねてみたが、転移前には半分以上残されていた満漢全席が、あらかた重箱の中から食べ尽くされ、二人は呆気に取られる。

 それでも疲労でお腹がペコペコだった二人は、空腹の胃袋を僅かでも満たすべく残り物を箸で摘み体力の復帰を図りながら、屋上から消失後の経緯を説明することにした。

 

「そうなのですか。お二人はそんな摩訶不思議な体験を」

 ことの子細をきめ細やかにヨシュアは物語り、アルバ教授は興味津々という顔つきで耳を傾ける。

「その八卦服や、アイテムの数々が冒険の成果なのですね? あーん、わたくしも一緒に、その不可思議な世界をこの目で拝見してみたかったですわ」

「そうガッカリしないで下さい。教授向けのお土産も持ち帰りましたから」

 予想通り地団駄踏んで悔しがった教授にヨシュアは苦笑いしながら、生徒手帳の自由欄に何かをスラスラと自動書記で手書きし、四枚のメモを千切って手渡した。

「これは、古代ゼムリア文字? ヨシュアさん、この文面はまさか……」

「はい、異空間に設置された石碑に刻まれていた文章です。教授の研究に何かお役に立てば」

「なります、なります。ヨシュアさん、本当にありがとうございます」

 アルバ教授は感動で号泣しながら、二人を強く抱き締めた。

 古代人が書き記した叡知の結晶など、考古学者にとっては垂涎の逸品なのは重々承知しているが、この教授の喜びようはちと大袈裟すぎる。

「実はわたくし、仕事の一部が捗らなくて、少々追い詰められた立場におりまして」

 教授は恥ずかしそうに内部情報をリークする。何でも彼女は十年程昔からとある古代遺跡発掘のプロジェクトに携わってきたのだが、最近成果が乏しくて仲間から突き上げを喰らっているそうだ。

「社長はエイドスのように大変素晴らしい御方なのですが。六人いる同僚はそれはもう毒蛇のような嫌な奴らばかりで、気弱なわたくしはヒドラの巣に放り込まれた小羊のように生きた心地がしませんでした」

 よよよと泣き崩れながら、今の苦しい現状を訴える。

 このままだと、プロジェクトの凍結か。最低でもプロジェクトリーダーの見直しが社内で囁かれた中、データクリスタルの内容を解読すれば存在そのものが疑われていた古代遺跡を立証する足掛かりになる。

 一匹狼の貧乏学者と思われていたアルバ教授が何らかの組織に属していたのは正直、意外だが、遺跡発掘など単身で行える作業ではなく、人、金、資材などの様々な企業支援が必要不可欠なので、教授もスポンサー探しには苦労していたのだろう。

 

 食事と与太話を済ませた三者は、陽炎クオーツの効果で魔獣を遣り過ごしながら、塔を下っていく。

 人形兵器を完全無効化したヨシュアのステルスがあれば、態々、陽炎を前借りする必要もなかったのではとクローゼは勘繰ったが、彼女のステルスでは気配は完璧に消せても生身の人や魔獣の目から透明になれる訳でなく、闇中ならまだしも明るい光りの下では隠形効果は薄れるので、決して万能の能力ではない。

「お二人のお陰で、わたくしのライフワークを前進させる目処が尽きました。しばらくルーアンに滞在するつもりなので、もしかしたら学園祭も見にいけるかもしれません」

 塔の入り口まで辿り着いた教授は、そう挨拶すると、真っ先に単独で外に飛び出していく。何でも町とは反対方向のエア=レッテンに用事があるとかで、ここでお別れとなる次第。ツァイス地方へ渡るならともかく、こんな夜更けに関所に顔見せして何をするのやら相変わらず謎の人であるが、その教授の悲鳴が外から響いてきた。

「アルバ教授、また魔獣にでも襲われ…………」

 教授に続いて塔の外に出た二人は、眼前に繰り広げられた情景に、直ぐさま事態を把握する。

 甲殻を水柱で貫かれたヘルムキャンサーの屍と、潰れたトマトのようなミントポムの残骸が彼方此方に散乱している。先の戦闘の痛ましい爪痕が丸々残されており、その惨状に教授が腰を抜かしたのだ。

「もう生きた魔獣は一匹も残っていないから安心して良いですよ、教授」

「そうなのですか? はあ、びっくりしました。寿命が十年は縮む思いでしたわ」

 教授の手を掴んで彼女を引き上げながら、改めて周囲を確認する。事切れたヘルムキャンサーのビー玉のような真丸の瞳が恨めしそうにこちらをじっと見つめているように錯覚し、思わずクローゼは首を竦めた。

「あの時は必死でしたけど、良く考えれば喧嘩を売ったのは僕たちの方ですよね?」

 クエストに必須のオーブメントを飲み込んだ関係上、討伐に選択の余地はなかったが、別段、人を襲う凶暴な魔獣でもない。今更になってクローゼは忸怩たる感慨に囚われ、彼の想いに同調するかのようにヨシュアも口を挟む。

「そう、本当に皮肉ね。導力革命以前の無敵時代から、ヘルムキャンサーの方には人間を滅ぼす野心なんてなかったのにね」

 それとは逆に人間の方は魔獣に対抗する導力魔法を手に入れた途端、産業開発で森林を切り拓き、ひっそりと隠れ住んでいた数多の魔獣を住処から追いやり、仕方なしに人の生活圏へと出没した魔獣は手配魔獣として問答無用で退治される。

 全ては人間の側のエゴだとヨシュアは憐憫し、魔獣を弔う為に三人の共同作業で、死骸を一カ所に集める。燃焼の補助として可燃燐を一粒だけ死体の山に放り投げ、同時に印を組んで『ファイアボルト』の火のアーツを唱えて、一気に焼き払った。

 教授は神妙に両手を合わせ、ヨシュアは無言のまま、亡骸が燃え盛る様を見守り続ける。琥珀色の瞳の中には、反射鏡した炎が揺らめいている。この光景を前に、少女は何を思うのか?

「ヨシュアさん」

「別にセンチになっているわけじゃないわ。無垢な魔獣と同じぐらい人間を餌にする獰猛な魔獣も数多くいるわけだし。元々私にはそういう感傷は希薄だから、これから先もこちらの一方的な都合で魔獣を狩り続けるだろうしね。だけど……」

「けど、何ですか?」

 先を促すクローゼの問い掛けに、ヨシュアは両目を閉じると軽く首を横に振る。

「何でもないわ。かつて魔獣と分かり合うとしたお馬鹿な見習い候補生と、お人好しの農園の一家がいたのを思い出しただけよ」

 その後、パーゼル農園と畑荒らしとの関係はどうなったのか。

 性懲りもなく野菜を狙ってフランツ達の手を焼かせているのか。それともエステルが信じた通りに相互不可侵の関係を築けたのか。今度ティオに旅の進捗の手紙を出した時にでも、ついでに訊ねてみることにしよう。

 そういえば黒装束のように魔獣を武器として使役していた連中もいたが、あれは正しい魔獣と人間の共生の形と呼べるのだろうか?

 いつか本当に人と魔獣が分かり合える日など来るのだろうか、それは誰にも判らない。

 

 かくして、異空間からの脱出に成功した二人は、様々な因縁を抱えた紺碧の塔を後にする。

 不思議の国での物語にようやく決着をつけたものの、まだ市内でのクエストの後始末が残っている。放置プレイ中の主人公の受難は後一回だけ続く。

 

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