星の在り処   作:KEBIN

58 / 138
学園祭のマドモアゼル(ⅩⅣ)

 かくして、ヨシュアの営む江戸前寿司の模擬店は、好評のうちに暖簾を降ろした。

 次のイベントの時間が押し迫っており、簡単な後片付けとカロリーの摂取を並行して行うよう周囲の女子生徒に指示しながら、厨房の奥に声を掛ける。

「デュナン公爵はお帰りになられたから、もう出てきて構わないわよ」

「申し訳ありません、ヨシュアさん。色々とお手数をおかけして」

 後ろめたそうなクローゼが、厨房扉からひょっこりと顔をだす。

 対処療法でその都度トンズラをかましても、どのみち『白き花のマドリガル』の上演で嫌でも顔合わせることになる。クローゼは往生際の悪さを自嘲するが、舞台上で公爵の目を欺く手段は幾らでもあるとアイデアを提供する。

 現在、クローゼの陶磁のように白い肌は小麦色に日焼け中なので、染めるなりして髪色に少し手を加えれば、間の抜けた公爵の節穴ぐらい誤魔化せる。

「まあ、執事さんは気づくと思うけど、あの人はトラブルは望んでいないでしょうから、公爵さんから問われない限りは黙っていると思うし」

「本当にすいません、何から何まで至れり尽くせりで」

「何だ? 馬鹿公爵から借金しているって噂は本当だったのかよ、クローゼ?」

 ひたすら米つきバッタのように平身低頭のクローゼに対し、ルーアン市のドタバタ時のヨシュアの見解を真に受けたエステルが、またぞろ見当違いの解釈の元に口を挟む。

「貧乏なのは判るけどシェラ姐じゃあるまいし、借りたミラを踏み倒すのは良くねえぞ」

 色々問題の多い御仁だが、少なくとも公爵は吝嗇でないのは確か。話せば返済期間の猶予はつけてくれると話がどんどんあさっての方向に進んでいく。ヨシュアは苦笑するも、クローゼはその言葉に身をつまらせる。

「エステル君の言う通りです。何時までも逃げ続けていないで、きちんと正面から向かい合わなければいけないのは自分でも分かっているのですか」

 王位を望み軍部の強力な後ろ盾を抱えながらも器量不足のデュナン公爵と、自らの力量に疑念を抱きアリシア女王の期待に応えるのに躊躇いを覚える王太子。

 玉座は二人のどちらの手に転がり込むのか? 少女の合理的な思考フレームを以てしても、現地点ではデータ不足で全く予測不可能。

 

 ヨシュアの度重なる私用で予定より三十分ほど遅れた影響と、予想を遥かに上回る大繁盛で暖簾を下ろすのに手間取った為、時刻は既にお昼休みに突入。セレモニーの騎馬戦開始まで三十分を切っている。

 騎馬戦参加面子のヨシュアや給仕役の女子生徒は、予め作り置きしておいたオニギリとクラブハウスの冷凍物の在庫をレンジでチンして大慌てでがっついている。

 余りものの寿司を食べれば良いと思われるが、例の大盛況振りでネタがほとんど残されておらず、後夜祭の分を考慮すると出し惜しみせざるを得ない。

 幸いエステルが余分に釣ってきてくれた黒鮪は一匹丸ごと温存してある。『マグロに捨てる所なし』の格言通りにヨシュアの腕前なら、目玉から尾鰭の先っちょまで鮨に握り変えて、その名の通り鮪尽くしを全校生徒全員に振舞える。

「騎馬戦の後には、まだオオトリの『白き花のマドリガル』の上演劇も残っているんだよな」

 催し物が予め立てた予定表そのままに進行する事態などまず有り得ず、大抵は遅れ気味になるのだが、まさにハードスケジュールここに極まり。華奢な義妹か途中でぶっ倒れやしないかと珍しく兄馬鹿振りを発揮したエステルはヒヤヒヤするが、少女の無謬性を神聖視するクローゼは体調の憂慮まで頭が回らずに収入について問い質す。

「それで最終的には、いくらぐらい儲かったのでしょうか、ヨシュアさん?」

「トン単位で購入した米代とか、手伝ってくれた娘に支払う日当とかの必要経費を差し引けば、大凡五十万ミラ前後だと思うけど」

 演算オーブメント顔負けの計算能力を持つヨシュアにしては、比較的アバウトな数字に終始した。売上のミラは特に計算せずに喜捨金を一元管理している生徒会の集金係に纏めて預けてしまい、ぱっと見の目算だからとのこと。

 いずれにしても、学園祭の素人屋台の収益としては前代未聞の大黒字。ジルとの約束で百万ミラの余剰分の半額を報酬として割り当てられるのなら、たった一日で二十五万ミラも濡れ手に粟の勘定になり、寄付金の伸び次第ではヨシュアの白い掌に張り付く粟粒は天目学的な数値に増えていく。

「損得なんてまるで考えずに壱ミラでご奉仕するつもりで料金自由にしたのに、本当に帝国紳士は気前が宜しくて有り難いわね」

 ヨシュアは両掌を胸の前で握りしめて、琥珀色の瞳を無垢にキラキラと輝かせてエイドスに豊穣の祈りを捧げるが、ナイアルとメイベルの解説リレーで種明かしのレクチャーを受講したエステルは、その白々しさに突っ込む気力も沸かない。

 面白いのは、ほとんどの帝国客はエドガーに右に倣って一万ミラ前後の紙幣を落としたのに対し、スペシャルゲストの支払額に個性が出ていた所。

 デュナン公爵は最高額の二万ミラを支払う。先の寄付の一件と併せても、競争相手に倍近い大差をつけて目立とうとするのが自称次期国王閣下の習性だ。

 メイベル市長はリラ嬢の分も含めて五千四百八十七ミラである。

 流石は生粋の商人らしく、場を支配する相場に惑わされることなく、自分たちが食べた分の適正価格をきちんと割り出した。一ミラ単位の細かい端数にまで拘るのは、ちと凝り過ぎな感もあるが。

 同級生のフラッセは親友のレイナ分込みで千ミラ。

 実家が金持ち貴族といえど、親が真っ当なら、学園生活中に自由になる大金など渡される筈もない。むしろ、子供のお小遣いとしては奮発した方で、大の大人でそれ以下のオリビエやアルバ教授の方がアレだろう。

 意外だったのはダルモア市長。彼の支払いはたったの五百ミラで、学生のフラッセにすら劣るワースト3。

 メイベルのように適正かといえば、秘書とセットで少なくともボースコンビの倍近くは食べている。価格自由設定というルール上、法的には何ら問題はないので、オリビエのように風評に左右されずに自分を貫ける大人物なのかと思いきや、支払いをギルハート秘書に代行させる所に微妙にプライドが見え隠れし、なんとも中途半端な印象を受ける。

 ただ、ヨシュアには些か心当たりがある。もし、彼女の推測通りだとすれば、市長の個人財政は火の車。もはや金銭的な虚勢を張る余裕すらないのだ。

 お芝居に支障をきたしたり、ましてや、更に直接的な軽挙に出られても困るので、直情的な殿方二人には学祭が終了するまで被疑者の存在について口を噤んでいるつもりだが、ナイアルにはそれとなく話をつけて既に裏を取る為の行動を起こさせている。

 体育祭の宣伝はともかく、マーシア孤児院の調査を滞らせた挙げ句、呑気にエステル達の海釣りに同船していたナイアルはヨシュアから白い目で呆れられ、否応なく桜の片棒を担がされた。どこか抜けているとはいえ基本優秀なブンヤさんなので、捜査の方向性さえ与えてやれば期待以上の果実を持ち帰ってきてくれる筈。

 テレサ院長や子供たちを苦しめたかもしれない黒幕と呉越同舟で学園祭を楽しむのは複雑な心境だが、この学祭中に何かを仕掛けてくることはまずないだろから、ナイアルの調査結果が出るまでは今は面従腹背で敵の次の出方を伺うしかない。

 

「五十万ミラですか。在り来たりな褒め言葉しか口にできませんが、本当にヨシュアさんは凄いですね」

 ヨシュアの内心の葛藤に気づくことなく、クローゼは本人がいう通りの非個性的な賛辞で一連の荒稼ぎ振りを称賛する。少女恒例の秘密主義に賛否はあるだろうが、学園祭を心から満喫している二人に態々不必要な心労を共有させる必然性はない。

「叔父さ……いえ、デュナン公爵からも、百万ミラも寄付金を引き出されたそうですし、ただ黙ってことの成り行きを見守るしかない僕とは大違いです」

 学園きっての美形である二人の男女は良く大輪の美しい薔薇に譬えられているが、このあたりが温室育ちの薔薇と野生の薔薇との決定的なバイタリティの差だと痛感する。

 結局、どれだけペーパーテストができても、知識を現実の成果として転用できねば意味はない。どんな過酷な世界でも逞しく生き抜いていくであろう遊撃士兄妹に比べて、自分は派手な装飾だけが先行している割には閉鎖された特定の空間の中でしか棲息できない生簀の錦鯉だと自覚している。

「うーん、褒めて貰えるのは素直に嬉しいけど、公爵さんのアレはどちらかといえばオリビエさんの手柄だし、模擬店が成功したのは他でもないクローゼとエステルの二人が頑張ったからよ」

 少しばかり自虐が過ぎなくもないが、率直に自己批判できるのがクローゼのデュナン公爵にない最大の長所と思っているので、別角度から慰めてみる。

 二人に心的負担を与えないように黙秘を貫いたというのに。勝手に自分で掘った落とし穴に嵌まり込もうとする内罰的な王子様のフォローにヨシュアの気苦労は絶えない。

 ヨシュアは屋台成功の栄華を三人で分かち合ったが、これは満更社交辞令だけでもない。

 『料理にマグレなし』という諺があるように。どんな安価な材料でも料理人の創意工夫次第でいくらでも美味しく調理できるのがヨシュアのポリシーだが、生魚をそのまま扱う製法上、鮨だけは誤魔化しが効き辛い。

 少女がしたことはエドガー氏が指摘したように、単に素材のポテンシャルを100%近く活かしたに過ぎない。その極上のネタを釣って、最高品質を保ったまま学園まで運んできた二人の功績が七割弱を占めると贔屓目無しで絶賛する。

「あと付け加えるなら、模擬店を手伝ってくれたここにいる全員の努力の結晶かしらね。旧校舎のお芝居にしても皆がいなければ成り立たなかったわけだし、世の中一人でできることって意外と限られているものね」

 これはお世辞でなく、旅に出てからヨシュアが率直に感じた新発見。

 普段は不精者でどうでも良い部分はすぐに他人に丸投げする癖に、なまじっか人よりも能力が突出している故、状況が切羽詰まると周囲を当てにせずに直ぐに単身力業で解決を図ろうとする悪癖が抜け切らないが、その独り善がりの遣り方ではボースの空族事件は解決されず、今回の寄付金集めも成功しなかった。

 紺碧の塔の異空間の土壇場の選択といい、成長しているのはエステル一人に限った話じゃない。同性の友人の増加といいヨシュアにとっても実りのある旅路となっている。

 もっとも、それで改心したのかと思いきや。

「やっぱり一方的に搾取するのは良くないわね。お互いの利害をハッキリさせて、上手に利用し合うのがベストな選択ね」

 などと、どこかずれた結論を導き出すあたりが、ヨシュアが腹黒完璧超人である所以。少女の肉親だけが賜る無償の愛を周囲に恵むまでの道のりは果てし無く遠い。

 

        ◇        

 

 時間がないので与太話を適当に切り上げたヨシュアは、簡易な昼食を済ませると女子の一段を引き連れて運動場へと向かう。

 メインの女子騎馬戦を鑑賞しようと、トラックの周辺は桜の花見のように茣蓙やブルーシートが彼方此方に敷かれている。満席の観客は彼方此方の模擬店で買い溜めた昼食を摘み、清涼飲料(※当然校内ではアルコールは禁止)で乾杯しながら、騎馬戦の開始を今か今かと首を長くして待ち続けている。

 忙しく移動を続けるヨシュアに比べて、エステルとクローゼの二人は手持ち無沙汰で大きく伸びをする。

 騎馬戦の馬役を申し入れたが、男子は予想通りの希望者多数で籖引き抽選となる。運悪く二人揃って落選してしまい、『白き花のマドリガル』の上演までやることがなくなってしまった。

 企画を発案した彼ら自身が騎馬戦に参加できないとは何とも皮肉な話。良くある依怙贔屓なしできちんと公正に籖が行われた証といえなくもないが、エステルは義妹の見えざる手が働いたのではないかと疑っている。

「ヨシュアの奴、俺が空気を読まずに暴走機関車のように大暴れするのを危惧してやがったからな。きっとジルに入れ知恵して、アミダに細工したに違いねえ」

「まさか、ヨシュアさんがそんな卑劣なことを………………しかねませんね」

 黒髪美少女への憧憬とは別に少女の精神的な潔麗性を微塵も妄信しなくなったクローゼはエステルに同調する。

 『信じる心』とは真逆の『疑心暗鬼の心』を手に入れたクローゼの変化は次期国王としては良い兆候であるが、例えばクローゼに無垢な理想像を重ねているユリアにとってはその変革を促した琥珀色の瞳の少女を斬って捨てるには十分すぎる罪科だったりする。

(確かにエステル君が参加したら、ドッチボールの時みたいに死屍累々の山々が築かれそうだから、有り得ない話じゃない。なら、僕自身もエステル君の宥め役として巻き添えを喰ったか、それとも普通に籤運がなかっただけなのか。僕は単にヨシュアさんの馬になりたかっただけで、波風立てるつもりは毛頭ないのですが)

 王族の分際で、ユリアが聞いたら卒倒しそうな下僕根性をクローゼは発揮。その彼に「危ない」と叫びながらエステルが覆い被さり、ついさっきまで二人がいた空間をフックつきのロープのようなものが横切った。

「大丈夫か、クローゼ?」

「ええっ、何とか……」

 筋骨逞しいエステルが細身のクローゼに上から押し倒す形になり、一部の女子生徒が別な意味で卒倒しそうな態勢を堅持しながら、二人は周囲を警戒する。

 この平穏な筈の学舎での暴挙。可燃燐を使って孤児院を焼き払った裏社会の猛者が痺れを切らして襲いかかってきたのかと思いきや、そうではない。

「ふふっ、よくぞ、避けた。流石はヴァレリア湖畔のヌシを釣り上げ、剛竿トライデントに選ばれた人間だけはあるな」

 塀壁の上から、怪しすぎる風貌の人物が声を掛けてきた。

 全身を白マントに覆って羽根突きの仮面を被り、左手にレイクロードⅡ世を構えて、塀上に置かれたラジカセから『執行者』のサントラをBGMとして鳴り響かせる。先程二人を強襲した一撃は釣竿のルアーらしい。

「釣公師団・釣行者(レギオン)ナンバーⅩ『釣吉紳士』モンブラン。エステル・ブライト。貴殿に爆釣百番勝負を申しつける」

 そう声高らかに宣言しながら右手の白手袋を外すと、決闘を示唆する合図としてこちらに投げつけてきた。

「クローゼ、釣公師団っていう所は、俺たちが思っていた以上の変態の巣窟みたいだな」

「そのようですね、エステル君。さて、どうやって、この困った人にお帰り願いましょうか」

 

        ◇        

 

 エステルとクローゼの二人が仮面の暇人の襲撃を受けていた頃、運動場のトラックでは鈍い銃音が鳴り響いた。

 オリビエが得物の導力銃(シルバースター)を空高く打ち上げる。弾丸は天空で炸裂してハッピートリガーの大輪の薔薇の華を咲かせて、騎馬戦の開始を高らかと宣言する。

「ふっ、今こそ天上の門が開く時、楽しいブルマ相撲の始まりだ」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。