「さて、来場の皆さんお待ちかね。これより小規模ながら、五年ぶりに復活した体育祭の騎馬戦エキシビジョンマッチを始めます」
放送部の女子生徒が、マイクを片手にノリノリで実況する。トラック左右に臨時で作成されたアーチを潜って、四人一組の男女混合の騎馬の一団がゆっくりと歩を進めてくる。
「いよっ、待ってました、大統領」
「サプライズイベントの寿司も堪能したけど、俺たちはこれを見物しに遥々国境を越えてきたんだからな」
「それにしても、男子が馬役ってアリなのかよ? 畜生、羨ましくて仕方がないぜ」
トラックを埋めつくした群衆の声援をバックに、左門から白組の騎馬が入場してきた。大将騎のジルを先頭に騎手役の女子は、皆白い鉢巻きをしている。
「はあー、クローゼ達と違って籤に生き残っただけ有り難いけど、出来ればヨシュアちゃんの馬になりたかったな。敵対した挙げ句、よりにもよって……って、イタタタ!」
「ほらほら、厳正なアミダで決まったんだから、ぼやいてないで、しっかり働きなさい」
自身の境遇に嘆息する中央馬のハンスの左耳をジルは馬上から思いっきり引っ張り、騎馬を組んで両手が使えないハンスは悲鳴をあげる。
「痛い、痛い、判ったから抓るな。それより武士の情けだ。せめて後脚役のどちらかと交代させてくれ」
「流石の私も、今のあんたにお尻を預ける気には到底なれないわ」
ブルマに羞恥心を感じないジルをして、薄ら寒そうに言い捨てる。尚、他の騎馬の娘が全員鉢巻きをしている中、ジルは唯一人、『白き花のマドリガル』でセシリア姫が被る白のティアラを身につけている。
左門手前で大将騎が揉めている中、右門からは赤組の騎馬が行進してきた。ジルと色違いの真紅のティアラを被ったヨシュアを筆頭に、こちらの女子は全員が赤い鉢巻きを結わいている。
面白いのは短髪の娘はシンプルにオデコに蝶々結びしているのに対して、白赤組問わず長髪の娘はボニーテールやツインテールなど鉢巻きを髪留め替わりにヘアスタイルに凝っている所。
互いの鉢巻きを奪い合うゲームなので、色々と解け辛い工夫をしている模様。個性溢れるカラフルな髪型は観客の目を楽しませるという意味でも演出に一役買っている。
トラックの左端と右端に各組の騎馬軍団が陣取る。各々大将騎を中心に最後の作戦タイムに入る。
「ねえ、ジル。契約の方はちゃんと履行してくれるのでしょうね?」
「ええっ、このジル・リードナーに二言はないわよ。狩り取った鉢巻きの数に応じて、来年の各部の予算編成を決める予定だから、ジャンジャン集めてきなさい」
生徒会長様が頼もしそうに確約し、各騎馬の女子が大いにやる気を漲らせる。
白組のほとんどの参加面子はフェンシング部、アーチェリー部など運動部の部長クラス。各騎手の運動能力は極めて高い。
中には美術部などの文化系も混じっている。来年度予算を人質に取られている以上、各部とも最低一人は人身御供をこのイベントに差し出さざるを得なかったが、今更ながらに副会長が頭上の上役に疑問を呈する。
「なあ、本当にこんなしょーもない遣り方で予算を決めちまうつもりなのか? これって、どう考えても職権濫用じゃんかよ」
「まあ、いいんじゃないの。辻褄併せに苦労するのはどうせ来期の生徒会だし、後は野となれ山となれよ」
ゴーイングマイウェイを地で行く会長殿は、『子孫に美田を残さず』の精神で次世代に後始末を丸投げ……もとい難行を託すと、キラリと眼鏡の縁を光らせて最重要事項を通達する。
「それと、これが一番肝心なことだけど、赤組の大将騎には絶対に近づかないように。もし、アレが本気になったら、多分全員で襲いかかっても一網打尽にされるわよ」
ルール上、大将のティアラを奪えばその地点で勝利確定だが、それはミッシッン・インポッシブル。下手に物欲を煽ってもまずいので、ティアラはモブの鉢巻きと同評価で特別な査定は一切行わないことにする。
幸い敵の大将は面倒臭がり屋な上、百人前以上の寿司を握って大層お疲れだから、こちらから挑発するか、もしくは妙な気紛れでも起こさない限りは後方に陣取って高みの見物を決め込んでくれる筈。
ジルが見透かしたように、模擬店と違って直接の稼ぎに結びつかない騎馬戦をヨシュアは真面目に働く気は毛頭ない。ひたすら己が手勢を鼓舞する。
「はーい、皆さん。頑張ってきてね。多くの鉢巻きを掻き集めてくるほど、ランクが上の写真を贈呈するつもりだから」
馬役の男子には皆目見当がつかないが、その一言だけでエステルの『掛け声』すら凌ぐブースト効果を発揮し、女子の
「あの、ヨシュアさん。あれより凄い写真って、もしかしてうにょうにょが……」
「ええっ、言葉に出来ないような、あんな所やこんな所に侵入して…………何よりもその時の快楽と屈辱に彩られた彼の艶やかな表情が……」
「うっはぁー!」
「ちょ、ちょっと止めてよ。鼻血が……」
何人かの女子がマジに鼻穴から血液を垂れ流し、慌ててティッシュで栓をする。「少し刺激が強すぎたか」と危うく戦闘前に自らの手で自軍の戦力を戦闘不能に追い込み掛けた不手際を反省する。
「ねえ、ヨシュア。ジルのティアラを手に入れた場合は?」
「うーん、そうね。鉢巻き五個分といった所かしら」
赤組の方は真っ当に勝利アイテムを品評したが、白組のほとんどの騎馬は運動部員で構成されており、その包囲網を破って大将騎まで辿り着くのは、かなり骨が折れそうだ。
「ヨシュアさん、この度はあなたの馬になれて光栄であります」
大将騎の馬役の三人の男子生徒が、頬を蒸気しながら感動と興奮に声を震わせる。
籤抽選に漏れたスケベ男子から怨嗟の声を一身に受ける騎馬戦参加の勝ち組面々の中でも、最も羨望の境遇の三者。中央馬の彼は自分の両肩に置かれたヨシュアの白く柔らかい掌の感触に至福の時を過ごし、後脚の二人も別の意味で眼福を味わっている。
男を惑わす蠱惑の眼差しで、ヨシュアは三人に微笑みかける。
「カノン君、アジル君、デニス君、今日は宜しくね。といっても、私たちは基本後方待機だから戦闘に巻き込まれることはないと思うけど、万が一の時はか弱い私を庇ってね」
「「「はっ、生命にかえても、必ずお守りします」」」
全員文系の帰宅部なので運動部の女子よりも貧弱な三人組であるが、この時ばかりはお姫様を守護する忠実なナイトになるのを誓約する。
赤組の他の騎馬の女子は例の可愛い子振りっこを至近から拝まされても以前のように苛つくことなく、「ヨシュアもこれさえなければな」と諦観しながら配置に散っていく。
「来場の皆様に改めてルールをご説明します。十五分の制限時間内に多くの鉢巻きを集めるか、もしくは大将騎のティアラを奪ったチームが勝者となります。鉢巻きを奪われるか、もしくは騎馬が崩れたりして騎手の女子生徒の身体が一部でも地面に触れたら、その騎馬は失格になりトラックから退出します。それでは始めますので、オリビエさん、お願いします」
「ああっ、任せてくれたまえ」
ちゃっかりと放送テント内に解説役として、見晴らしの良い特等席を確保していたオリビエは再び得物のシルバースターを構えると弾丸を空高くに打ち上げる。
「愛と真心をきみ達に、乙女達の煌めく汗の輝きを、とくとご鑑賞あれー」
ハッピートリガーが中空で炸裂して、薔薇の花びらがパラパラと観客席に降り注いだ。
これを合図に騎馬戦がスタートする。赤組と白組の騎馬が彼方此方で激突し、馬役の男子が身体を張ってぶつかり合う。馬上では騎手役の女生徒同士が取っ組み合い、お互いの鉢巻きを奪おうと髪の毛の引っ張る。
ブルマ少女たちの供宴に瞬く間に観衆は興奮の坩堝と化す。お互いの意地とプライドと欲望が入り混じった男女混合騎馬による
◇
「それっ、これで終わりだ」
「ば、馬鹿な、こんなことが……」
釣吉紳士を自称するモンブランは、レイクロードⅡ世を取り零すとガックリと地面に膝をつく。
「これにて爆釣十番勝負は終了です。釣った数、魚の大きさ共にエステル君の圧勝ですね」
お互いのバケツをチラ見した審判役のクローゼは、エステルに軍配をあげて高らかと彼の手を掲げる。ここは学園のプール。何とこの変態仮面は何時の間にやらプール内に
色んな意味で非常識な釣公師団の暇人に、この先もしつこくつきまとわれても面倒だ。十番勝負の短期決戦を条件にエステルは挑戦を受けて、小細工抜きで正面から粉砕した。
「これで俺の勝ちだな。約束通り、きちんとプールは元の状態に戻しておけよ」
「ぐぬぬぬぬっ。いっ、いい気になるなよ、エステル・ブライト」
騎馬戦見物に戻ろうとしていた二人をモンブランが呼び止める。ヤラレ役が舞台から退場する前の最後の悪あがきターンに突入。
「釣公師団の釣行者の中でも、俺など下位の未熟者に過ぎん。既に釣帝、痩せ鮪、幻惑のルアー、釣船天使の四人の釣行者がルーアンに潜入している。エステル・ブライト、貴様に安息の日々は…………」
「なあ、お前、釣りは好きか?」
変態さん御一行大集結の情報に辟易とした表情を隠せなかったクローゼと異なり、エステルは何時になく真顔で極めて原始的な問い掛けをし、仮面の下のモンブランの眉がピクリと動く。
「釣りが…………好き?」
「そうだ、生まれて初めてロッドを握り、ドキドキしながら釣糸を水に垂らしても、魚は一向に掛からずイライラし、たまに浮きが沈んで魚信の手応えに思いっきり竿を引っ張っても、その時には餌だけ食い逃げされ腸が煮え繰り返るような思いを何度も味わう。そういった試行錯誤を経て、予想外の大魚を釣り上げた時の喜びは格別。お前にもそんな初々しい時期があった筈だ。もう一度問おうか。お前は釣りが大好きだと心から宣誓できるのか?」
「お、俺は…………」
モンブランの心の迷いを見抜いたエステルは、敢えて厳しく問い詰めて彼は何も言い返せない。いつの間にか手段が目的に掏り変わっていた己の本末転倒振りに気づかされた。
「上手になる為に腕を磨くのは間違っちゃいねえし、他人と競い合ったり厳しい修行を己に課すのも、有りっちゃ有りだろう。けど、釣りを好きな心まで手離しちまったら、その年代物の釣竿に申し訳ねえだろ? それだけは忘れるなよ」
ポンポンと彼の肩を叩くと、そのままプールから退出する。心身共に完璧な敗北を喫したモンブランは大地に両掌をついて項垂れる。彼の折れた心そのままに、仮面が地面に零れ落ちて皹割れた。
「正直、感心しました。エステル君。あの人も、大分身をつまらせるものがあったみたいですし」
人の話を聞かないタイプと思われていた釣公師団の変人に正面から筋を通したエステルの度量にクローゼは素直に感嘆し、エステルは軽く頭を掻く。
「まっ、俺にも経験があったからな。釣りじゃなくて棍術だけどさ」
ヨシュアは脳味噌お花畑と評したが、単細胞のエステルにも無論悩みはある。特にどれだけ努力しても義妹の影を踏むことすら叶わぬ屈辱の日々は、いつしか『強くなる為にヨシュアに勝ちたい』という精進の為の手段を、『どんな汚い手を使ってでも、ヨシュアを負かしたい』という歪んだ目的意識そのものへと堕落させた時期があった。
あの頃はヨシュアとの仲も一番ギスギスしていた。幼馴染みのティオやエリッサにも心配をかけ、色々あって初心を取り戻すのには成功したが、その当時の荒れ具合とヨシュアに行った悪逆非道の数々(※当然、総て十倍返しで返り討ちに遭うのだが)は、ちょっと言葉では表現できない程の忘れたい黒歴史だったりする。
「今でもティオの浅知恵に飛びついたり、なかなか首尾一貫とはいかないから、本当は偉そうに他人に説教できる資格はねえんだけどさ。少なくとも初めて棍を握った時に立てた誓いだけは絶対に忘れないようにしているつもりだぜ」
守るべき者を失わないが為に棍術を極める。
強さを追い求める理由としては比較的ありふれた動機ではあるが、その契機となった『守りたい何か』をエステルはロストしており、無理に思い出そうとすると例の黒い霧が記憶を阻害する。
幼馴染みとの結婚の約束を失念しているように、単に幼少の時分なのでど忘れしているだけなのか。あるいは他者の認識を操る異能の者の手が入り込んでいるのかは現地点では判別がつかない。
(なるほど、これがヨシュアさんが最も高く評価している、エステル君の『世界を広げる可能性』ですか)
地域の平和や民間人の安全という遊撃士のスローガンとは何ら無関係な小事ながらも、宇宙人並に話の通じなさそうな釣人と心を通わせた現実にクローゼは得心する。
エステルの言葉が彼の琴線に響いたのは、そこに謀や打算がないからだ。
これが例えばヨシュアなどの場合、博識なのでボキャブラリーは豊富で口当たりも良いが、人と状況に応じて主張を自由自在に組み換える上に時には彼女自身が信じてもいない正論を用いて他者を煙に巻くこともあるので、心の表皮に触れることはできても奥底にまで浸透せずにその場凌ぎの教訓で終わることが多い。
逆にエステルは語彙も貧弱で決して弁が立つわけではないが、嘘偽りのない己の信念を正面からぶつけてくる。故に押しつけがましくはあっても、その想いは心の芯にズシリと響いて己の生き方を見つめ直す切っ掛けとなることすら有り得た。
ボースで正遊撃士が一致団結し、また悪戯好きのクラムが悔い改めたのも、エステルのまやかしのない情熱に心を奮わされたからと聞き及んでいる。
もちろん、この一事だけで、エステルの言葉が常にヨシュアより重みを持つと主張するのは暴論だ。
ヨシュアはあまりにも多くの知識と何よりも数知れぬ世の闇と絶望を知り尽くしており、自分を偽らずに言葉を紡ぐには無理がありすぎるバックボーンを抱えている。
だから、意地悪な見方をするなら、現在のエステルはあまりに無知蒙昧な世間知らずであるからこそ、己を騙す必要がなく自由に正論を宣えるお気楽な立場だと言えなくもない。
この先も旅を続けて多くの世界を見聞し、過酷な現実と何度も向き合った上でそれでも自分を曲げずに他者に己の正義を貫くことができるのか。
その審判の時を経て、はじめてエステル・ブライトという人間の真価が世に問われることになるが、そんな先の試練は別にして遊撃士兄妹の姿は眩しいぐらいに光り輝いているようにクローゼの瞳に映った。
(ひたむきにどこまでも真っ直ぐなエステル君や八方美人と罵られようと周囲に調和と幸福を振りまくヨシュアさんに比べると、僕自身は何とも中途半端ですね)
陰謀渦巻く宮廷生活が長かったせいで、エステルほどには世の善性を無条件で信じることは叶わず。かといって、ヨシュアのように嘘も方便と達観できずに何とも宙ぶらりんな状態だ。
やはり、どっちつかずな曖昧な態度が良くないと改めて自戒する。
戦闘でもヨシュアのような万能戦士は稀な存在。物理か魔法のどちらかに特化させねば戦場ではまるで使い物にならないとユリアから口酸っぱく教鞭をたれられており、クローゼはどちらかといえばアーツ寄りの適正とのお墨付きを受けている。
(エステル君の底知れない馬鹿…………いえ、能天気さを真似るのは無理そうだから、やはりヨシュアさんの悪辣さを手本とするべきか。そういえばハンスが、『お前なら、ヨシュアちゃんを男バージョンにしたような立派なジゴロになれる』とか太鼓判を押してくれたから、まずはそれを目指してみるとするか)
ユリアが聞きつけたら、泣いて足元に縋りつきながら翻意を促しそうなとんでもない誓いをクローゼは胸に秘めようとしたが、直後に軽く首を傾げる。
(はて? ところでジゴロって何だっけ? 何時も後輩の娘からお弁当を恵んでもらうと周りの男子生徒がジゴロとかスケコマシ野郎って騒ぐけど、その意味までは誰も教えてくれなかったんだよな)
意識して多くの殿方を手玉に取るヨシュアよりも、無意識に学園中の女子を虜にするクローゼの方が上手のプレイボーイかもしれない。
ギャグキャラと思われた釣公師団の変人との邂逅から、ヨシュアを挟んだ二人の少年はこれまでの半生を振り返る契機を得たが、さしあたりこの一件が学園祭のイベントに影響を及ぼすことない。
それよりも、運動場に辿り着いた二人はトラック上で信じがたい光景を目の当たりにし、両眼を大きく見開く。
「あの不精者が、騎馬戦で空気を読まずに大暴れしている?」