星の在り処   作:KEBIN

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学園祭のマドモアゼル(ⅩⅩⅠ)

「時は七耀歴1100年代。百年前のリベールは、未だに貴族制が残っていました。一方、商人達を中心とした平民勢力の台頭も著しく、貴族勢力と平民勢力の対立は、日増しに激化していったのです。王家と教会による仲裁も功を奏しませんでした。そんな時代、時の王が病に崩御されて一年が過ぎたくらいの頃、早春の晩。グランセル城の屋上にある空中庭園から物語が始まります」

 放送スピーカーから聞こえてきた語り部のナレーションが途切れると、切ない恋の歌がスピーカーを通さない肉声で堂内に浸透する。

 観客が歌い手の姿を探すまでもなく、スポットライトが二階右前方の渡り廊下を照らし、白の姫セシリアの姿が露わとなる。

 ヨシュアが態々この位置まで移動したのは、観衆より高いポジションをキープすることで王城の空中庭園から街の光を見下ろし、セシリアが人々の輝きと幸福を重ね合わせるシーンを巧みに表現する為。

 真っ新な額縁に、『白き花のマドリガル』というジグソーパズルが組み立てられる。全てのピースが所定の位置に嵌め込まれた時、どんな絵図が描かれるのか。見る者、演じる者全てを含めて現地点では誰にも判らない。

 

「ああーユリウス、ああーオスカー。わたくしの愛するひとー」

 甘くもの悲しいメロディーが、観衆の心に染み渡る。

 ヨシュアが歌っているのは、一時期、エレボニアの帝都で流行ったラブソングをこのお芝居用にアレンジした替え歌。二人の殿方の狭間で揺れ動くヒロインの心の移ろいを歌詞にしている。貴族出身のユリウスと平民出のオスカーの身分の異なる三角関係を軸に、王国そのものを巻き込んだ過酷な運命に翻弄される白の姫の葛藤を演出するのには、うってつけの秀歌。

「なるほど、ヨシュアが一部アドリブを入れるといっていたのは、こういうことだったのね」

 放送室で語り手役のジルが、演出機材のスイッチを忙しそうに弄くっているハンスを相方に感心したように呟く。

 厳しい連日の稽古で全体の演技力が格段に向上したとはいえ、未だ天才少女のマックスを引き出す域には達しておらず。ヨシュアは力をセーブせざるを得ないのだが、こういう形で部分的にリミッターを解除し限界突破を試みた。

 それが、物語開始前のソロコーラス。これなら全貌のバランスを崩すことなく、少女の売り物とする絶対音感を思う存分観客に堪能させるのが可能。帝国劇場の歌謡コンサートにも引けを取らない圧倒的な歌唱力で、聞くものの心に締め付けるように訴えかけてくる。

「私には愛する歌があるから,信じたこの道を、私は行くだけー。全ては心の決めたままに、それこそがー琥珀色の愛ー」

 歌い終わると同時に渡り廊下のセシリアの姿か神隠しのように消失。次の刹那、舞台の上に再出没し二人の侍女を相手にプロローグに入る。

 漆黒の牙お得意の神出鬼没を思う存分使いこなし、プロレベルの歌唱からイリュージョンマジックのメドレーリレーに観衆は息を呑む。

 導入部のつかみとしては上々。観客の心を鷲掴んで有無を言わさず物語にグイグイと引き込ませてから、二人の主演男優が満を持して登場する。

「覚えているか、オスカー? 幼き日、棒切れを手にして、この路地裏を駆け回った日々のことを……」

「ユリウス、忘れることができようか。君とセシリア様と無邪気に過ごしたあの日々は、かけがいのない自分の宝だ」

 満場の視線を必要以上に意識することなく、二人は伸び伸びと演技する。本番前に感じていた緊張感やプレッシャーは、もはや欠片も存在しない。

「ふふ、あの時は驚いたものだ。お偲びで遊びに来ていたのが、私だけではなかったとはな……」

 棍術でもそうだが、元々エステルは練習よりも本番でこそ本領を発揮する実戦派。舞台に登った途端、余計な雑念を全て消し飛ばして役柄に没頭。稽古の時以上のポテンシャルを解放して、紅の騎士ユリウスを完璧に己が物とする。

(流石ですね、エステル君。なら、僕も負けてはいられないです)

「舞い散る桜のごとき可憐さと、清水のごとき潔さを備えた少女。セシリア姫はまさに自分達にとっての青春だった」

 エステルに対する様々な対抗意識がプラスの方向に働いた結果、クローゼも引っ張られるように演技を昇華させる。実在の蒼の騎士オスカーが憑依したような配役とのシンクロニティを見せる。

「きゃあきゃあ。クローゼお兄ちゃん、とってもステキ」

「エステル兄ちゃんも負けてないぜ」

「ふふっ、二人とも静かに見ましょうね」

 ボクシングのミックスアップのように共に刺激し合いながら互いを高めあっていくライバル同士の姿に、最前列のマリィとクラムは身を乗り出すほど興奮し、テレサ院長が苦笑しながら窘める。

 

「ああ、オスカー、ユリウス。わたくしは、どちらを選べば良いのでしょう?」

 そんな発展途上の二人の頑張りに呼応するように、ヨシュアが徐々にギアを上げ始める。

 エステルが自ら輝く太陽なら、ヨシュアはまさしく光を照らす月のような存在。周囲のレベルが底上げされる程、その輝きは一層増す。十五夜の存在に導かれて舞台は更なる高みへと進化。ジグソーパズルにどんどん新しいピースが嵌め込まれて、美しい絵図が完成されつつある。

「ユリウスよ、判っておろうな。これ以上平民共の増長を許すわけにはいかんのだ。ましてや、我らが主と仰ぐ国王が平民出身となった日には伝統あるリベールの権威は地に落ちるであろう」

「オスカー君、君が拒否するのであれば流血の革命が起きるだけのこと。貴族はもちろん、王族の方々にも歴史の闇に消えて頂くだけのことだ」

 公爵家嫡男のユリウスを旗印として、平民勢力の台頭を叩き潰さんとするラドー公爵をはじめとした貴族勢力。帝国紛争で功績を挙げて一躍民衆のヒーローになったオスカーを推し立てて、下克上の機会を伺うクロード議長を中心とした平民勢力。両陣営の対立はもはや不可避。勝利の鍵と目されるは、先代国王の忘れ形見セシリア姫。

「私とオスカー。近衛騎士団長と若き猛将との決闘を許していただきたいのです。そして勝者には姫の夫たる栄誉をお与えください」

 互いに属する陣営の利益を代弁し、何よりも恋い焦がれるセシリアの愛を射止めるために、二人の騎士は剣にて雌雄を決する決意を固める。

 革命ということになれば、どちらが勝つにしろ夥しい量の血が流れる。決闘ならば失われる人命は一人だけ。譬え自分が敗者となったとしても、安心して親友に姫と王国の未来を託せる。

「貴様、何者かに雇われた刺客か?」

 陰謀の魔の手に蒼の騎士が手負いとなり、公平に技を競い合う機会が奪われるが、運命は二人に猶予の刻を与えず、王立競技場(グランアリーナ)にて決着の時を迎える。

 手に汗握る様々な展開を経て、パズルは八割方組み立てられて全貌を露わにし、最大の見せ場『蒼と紅の演舞』へと突入する。

 

「革命という名の猛き嵐が全てを呑み込むその前に、剣をもって運命を決するべし」

「おお、我ら二人の魂、エイドスもご照覧あれ。いざ、尋常に勝負」

 オスカーとユリウスは鞘から剣を引き抜き、互いに交える。

 飛び散る汗、咲き乱れる殺意、切り裂かれた衣装跡から滴り落ちる赤い血。

 得物は模造刀なので実剣ほどの殺傷力はないものの、バトルは掛け値なしの真剣勝負。殺気も傷痕も全て本物。えもいわれぬ迫力に観客は引き込まれる。

「どうした、オスカー。お前の剣はそんなものか? 帝国を退けた武勲はその程度のものだったのか?」

 武器のある無しに関わらず、基本負けないことを心掛けて消極的にならざるを得ない公式試合というのは見ていて存外退屈なものであるが、この闘いは見応えがある。

 互いが防御を捨ててノーガードの打ち合いを選択した上で、相手を仕留めるつもりで本気で攻撃を繰り出している。見た目の派手さと高い技術戦の両要素を兼ね揃える『素人を楽しませ、玄人を唸らせる』という興業武術として最高の出来栄え。

「さすがだ、ユリウス。なんと華麗な剣捌きな事か、くっ…………」

 互いが愛用する得物を持ち寄るならエステルの力量はクローゼを大きく凌ぐが、握っているのは棍でなく不慣れなレイピア。結果的に実力は拮抗し、名勝負を演じるのを可能とする。

「だが、この身に駆け抜ける狂おしいまでの情熱は何だ? 自分もまた本気になった君との戦いに心を奮わせている」

(何時もはヨシュアに一方的に嬲られているけど、やっぱり実力の近い相手とのバトルは楽しくって仕方がないぜ。俺なんかワクワクしてきたぞ)

「運命とは自らの手で切り拓くもの。背負うべき立場も姫の微笑みも、今は遠い」

(エステル君にだけは負けたくない。剣という僕の領分で戦うが故のなけなしのプライドか、それとも少女の義兄への真なる想いに嫉妬するが所以?)

 お互いの想いと意地が激突し、打ち合わせ無しの実戦形式の剣舞は互角のまま最終プロットへと持ち越される。両者共に勝ちきれかったのを残念に思う反面、劇が壊れなかった現実に心から安堵する。

「次の一撃で全てを決しよう。自分は君を殺すつもりで行く」

「オスカー、お前。判った、私も次の一撃に全てを賭ける」

 オスカーとユリウスは距離を取り、騎兵の最速の一撃とされるランツェンレイターの構えから槍の如く突進する。

「駄目ー!」

 両者の剣が交差する寸前、二人の合間にヨシュアが割って入る。一瞬だけクローゼは逡巡したものの躊躇なく彼女の身体に剣を突き出す。

(どれだけ速くてもヨシュアは必ず避けるから、遠慮なく突き入れろ)

 むしろ躊躇して手元を半端にブレさせた方が逆に危ないと、稽古の時からエステルに口酸っぱく忠告されている。

 エステルが早朝稽古で、華奢な義妹相手に危険極まりない実棍を本気でブンまわせるのは、ヨシュアの力量を心から信頼しているからこそ成り立つのである。義兄妹の絆をクローゼは若干羨ましく想いながらも、己が役割を最後まで全うする。

「ひ、姫?」

「セシリア?」

 それは、まさしく神業であった。エステルの正面からの剣を左脇腹を貫通させるのと並行し、クローゼの背後からの一撃を振り返ることなく右脇腹に仕込んだ血袋を割らせたのだから。

 もちろん、素人目には二つの剣がヨシュアの身体を前後から貫いたようにしか映らず、激しい血飛沫を撒き散らしながら、糸の切れた人形のように崩れ落ちるセシリアの姿に、気の弱い女性の観客から悲鳴が漏れる。

「不思議…………あの風景が浮かんできます…………。幼い頃…………お城を抜け出して遊びに行った路地裏の……………………。…………………………だ……から…………どうか…………。いつも…………笑って………………い……て………………」

 力尽きて息絶えるセシリアの痛々しい姿に、平民貴族を問わず関係者一堂慟哭する。両陣営共に失った代償の大きさを鑑みて、己が愚かな所業を悔やんだ。

「姫、嘘でしょう? 姫、頼むから嘘だと言ってくれえー!」

 顔からは完全に血の気が引き、瞳孔は見開いていて肌の色も青褪め、一時的に脈まで止まっている。あまりに完璧な死体振りに泣きだす子供の観客までいる始末だが、ここから奇跡の復活が始まる。

「ふふっ、それぞれの心に思い当たる所があるようだな。なれば、リベールにはまだ未来か残されているだろう。今日という日のことを、決して忘れることがないように……」

 空の神(エイドス)が降臨し、悔い改めた人々に希望の光を与える為にセシリアの死体に息を吹き込む。

「まあ、ユリウス、オスカー。まさか、あなた達まで、天国に来てしまったのですか?」

 再び目覚める白の姫セシリア。互いに手を取り合い悦び溢れる人々。かくして争いは回避されてリベールに栄光と平和が齎され、舞台はフィナーレへと突入する。

「ですが、姫。今日の所は勝者へのキスを。皆がそれを期待しております」

「……判りました」

 血で染まったドレスの腰元に左手を回すと、クローゼはヨシュアを自分の方向に抱き寄せる。強く抱き締めたら折れそうな括れたウエストライン。

 蠱惑的な琥珀色の瞳に思わず吸い込まれそうな桜色のルージェの唇が初なクローゼをドキマキさせるが、稽古中の失策の数々を思い出したクローゼは心の中で頭を振る。

(今は本番なので、逡巡も失敗も許されない。考えるのでなく感じたままに行動しろ、クローゼ…………いや、オスカー)

 この場面は何度となくNGを頻出させた魔の踏み切り。クローゼは混沌とする意識を捻じ伏せるように、稽古で染み込ませた反復練習の成果を信じ己が本能に全てを預ける。

 結果、穏健に一枚絵として完成する筈だったジグソーパズルの最後のワンピースが、埋め込み場所から弾かれて宙へと舞い上がる。

 

「なっ、私のクローゼが!?」

「あらまあ、大胆?」

「嘘でしょう? 僕のヨシュア君が…………」

 後方立ち見席から恥ずかしがり屋の愛弟の晴れ舞台に目頭を熱くしていたユリア・シュバルツ中尉。隣席のオリビエのしたり顔の解説を馬耳東風しながら、弟分の成長を暖かい目で見守っていた先輩遊撃士シェラザード・ハーヴェイ。自称未来の花嫁の演技を絶賛しながら、隣のシェラ君も捨てがたいと節操のないことを企んでいた愛の伝道師にして漂白の詩人オリビエ・レンハイム。

 など腕に覚えがあり人並み外れた動体視力を誇る面々は、ポーズやフェイクでなくクローゼの唇が直にヨシュアの唇と触れ合ったのを視認した。

(あれっ? 台本じゃ角度をずらして、キスの振りをするたけじゃなかったっけ?)

 自分でも判らない理由で困惑するエステルを尻目に、いかなる感情を示すのかヨシュアの琥珀色の瞳が真っ赤に染まる。ようやく自分の仕出かした所業を悟ったクローゼが、顔を真っ青にして激しく狼狽する。

「ヨ…………ヨシュアさん、あ…………あのっ…………ぼ………………僕………………は………………」

 先にクローゼの方が目に見えて大いに取り乱してくれたお陰で、逆にヨシュアは直ぐさま常の冷静さを取り戻せた。

「…………クローゼ、まだ演技の途中よ」

 魔眼を収束させて瞳を元の琥珀色に戻すと、内心に吹き荒れる感情を抑制しながら叱咤。その一言で我に返ったクローゼは、辛うじて最後の台詞を絞り出す。

「リベールに永遠の平和を」

「「「「「「リベールに永遠の栄光を!」」」」」」

 オスカーに続いて役者一座が一斉に唱和しながら、オーブメント仕掛けの緞帳が閉じられる。

 かくして中空に跳ね上がったラストピースは、物の見事に真下に垂直落下。糊づけされた指定場所へと埋め込まれて一枚絵図を完成させる。

 舞台は大好評のうちに幕を閉じて、堂内は拍手の洪水に埋めつくされる。

 こうして『白き花のマドリガル』の舞台劇は閉幕する。

 

 表面上は手掛けたあらゆるイベントを全て大盛況に導いた学園祭のマドモアゼルだが、最後の一因がヨシュアを挟んでクローゼとエステルの間に小さくないしこりを残して、停滞していた三者の関係に新たな波紋を巻き起こす。

「やっぱり、最後は大団円ですか。あの子もこういう幸せなおはなしが大好きだったものね」

 講堂の扉の前で、エステルとぶつかった赤毛の女性が涙ぐむ。緞帳が完全に閉じられ観衆の拍手が途切れた頃には、その女性の姿は消えていた。

 

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