星の在り処   作:KEBIN

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二つの冒険(Ⅲ)

「お兄ちゃん、起きてよ。エステルお兄ちゃん」

「うーん、もう少し寝かせろよ、ヨシュア……って、お兄ちゃん?」

 耳慣れないフレーズに、エステルはベッドの上から慌てて跳ね起きる。

「やっと起きたのね、お兄ちゃん」

 仰向けのエステルの腰元に跨がったヨシュアは、軽く頬を染めてはにかんだ。

 今のヨシュアは、黒のミニスカのメイド服姿に、猫耳バンド型のカチューシャを嵌め、当然のようにお尻から直接生えているヒョロ長い尻尾が、臀部の短いスカートを捲って、白い下着を露わにしている。

「ヨシュア、その格好。いや、それよりもお前、俺のことをお兄ちゃんって」

 色々突っ込みたいところはあるが、まずは根源的な問題から手をつける。ブライト家の養女として五年が経過したが、一貫してエステルを手の掛かる弟分と見做しており、長兄扱いで敬われたことなど一度もない。

「んっ、お兄ちゃんは、お兄ちゃんでしょ?  熱でもあるの、お兄ちゃん?」

 無垢な瞳でエステルを見つめると、おでこを直接、エステルの額にくっつける。

「熱はないみたいね」

(一体、これは何なんだ? クラクラしてきたぞ)

 無条件の信頼をよせるあどけない義妹の笑顔と、『お兄ちゃん』という蠱惑のフレーズ。自分には縁がないと諦めていた世間一般の真っ当な兄妹関係(?)そのものではないか。

「そうだ、これは夢だ、夢に違いない。俺の義妹がこんなに可愛いなんて、現実で在る筈がない」

「まだ、寝ぼけているの、お兄ちゃん? なら、これからヨシュアが、お兄ちゃんを起こしてあげるね」

 夢の中で現実逃避するエステルの狂態を可笑しそうに見下ろしていたが、琥珀色の瞳を閉じると、再び顔を今度はゆっくりとエステルに近づける。

「ヨシュア?」

 艶やかな唇が接近し、エステルと重なった。

 

        ◇        

 

「おい、エステル。大丈夫か、しっかりしろ!」

「ヨシュア……って、あれ、親方?」

 うっすらと目が開く。場所は暖かい自宅のベッドではなく、寒くて暗い鉱山の坑内。心配そうに見下ろすのは、可愛い義妹じゃなくて、ガートンをはじめとした汗臭い中年の坑夫達。

 まさに夢現(ゆめうつつ)。糖分たっぷりの夢世界(ドリーム)に比べて、現実(リアル)は何時だって味気ない。

「おお、目が覚めたみたいだな。 怪我はないか、エステル?」

「やっぱりアレ(義妹との蜜月)は夢だったか。そうだ、俺はマルガ鉱山でクエストの最中で」

 意識がハッキリしてくると同時に、ぼやけていて記憶が鮮明になっていく。巣穴を爆薬で埋めるためにガートンと特攻し、逃げ遅れて爆発に巻き込まれ、生き埋めにされた。

 生存は絶望視されたが、せめて死体だけでも回収しようと、必死にスコップで土砂を掘り続けると、途中で何やら固いものにかち合う。それは裏返しにされた廃棄済みのトロッコ。掘り起こして持ち上げると、中には土まみれの気絶したエステルが膝を抱えてうずくまっていた。

 

「完璧に思い出した」

 爆発から逃げきれないと直感したエステルは、とっさに機転を利かした。坑道の脇に放置されていたトロッコを蹴倒して内部に隠れ、爆風と土砂崩れを遣り過ごしたのだ。

 結果、坑内に侵入した魔獣は全て爆風に吹き飛ばされるか、土砂で埋められるかして壊滅。魔獣の供給源である巣穴をきっちりと塞いだ上で、エステル本人は無傷に近い状態で救出された。

「そうだ、肝心の結晶は?」

「そいつは、お前さんの右手にあるだろう」

 ガートンが指差した通りに、七耀石の結晶を固く握りしめている。

「負傷した傷を治療しようと、数人がかりで掌から取り外そうとしたけど、梃子でも結晶を手放そうとしなかったのさ。大したプロ根性だぜ、お前さんは」

「そっか、結晶は無事だったんだ」

 ゆっくりと掌を開くと、エスメラスは再び緑色の輝きを取り戻し、薄暗い坑内を明るく照らしだす。まるでエステルの未来を祝福しているかのようだ。

「誇っていいぜ、エステル。お前さんは身体を張って、ロレント市民全員の希望の灯を守ったんだからな」

 

        ◇        

 

 再び翡翠の塔。エステルが生死の境を彷徨うほどの危機的な状況に陥っていたとはつゆ知らず、ヨシュアは幾分、緊張感の薄れた依頼人をガードしながら、着々と塔を制覇していく。

「暇だな。次の階層で、塔に迷い込んだ謎の美女が魔獣に襲われていたら、それを助けるヨシュアとセットで、美味しい絵が撮れそうなんだけどな」

 煙草の煙を蒸かして夢見がちな幻想を宣ふナイアルに白い目を向ける。彷徨うも何も、こんな辺鄙な場所に足を運ぶのは、よほどの変わり者か、何か明確な目的を持つ者しか。

「きゃあー、誰か助けて下さいー!」

 まるでナイアルの妄想が具現化したかの如く、甲高い女性の悲鳴が塔内に響きわたる。

「よっしゃあ、スクープだ。ドロシー、準備を怠るなよ」

「アイアイサー」

 火のついた煙草を投げ捨てると嬉々として先行し、ドロシーも続く。根が無精のヨシュアは肝心要の救出作業が自分に丸投げされるのが分かりきっていたのであまり気が乗らなかったが、遊撃士の建前上、魔獣に襲われた民間人を見捨てる訳にもいかず、しぶしぶ階段を駆け登る。上階に到着した三人が見たもの、それは。

 

「お願いです。早く、早く助けてくださーい」

 ナイアルの望み通りの魔獣に襲われる女性の姿。ぷよぷよとしたグロテスクな不定型体で、上部から生やした多数の触手で女性の全身を絡め捕り拘束している。

「あっ、あの、見てないで、助けて……ひぃっ?」

 四股を持ち上げられ、身体中のやばい箇所を触手で弄られた女性は悲鳴をあげる。

「あっ……駄目。そんな所を。嫌、いやあー」

 さっきから男性視点で、サービス満点の艶姿が披露されているが、ナイアルの熱した記者魂は急速に冷まされ、ドロシーのカメラの手も止まっている。

 その理由は救助対象のお姫様がナイアルの身勝手な年齢制限から大きく逸脱していたからだ。決して顔立ちは悪くないが、どう贔屓目に見てもアラフォー。この歳で今更色気を出されても健全男子としては反応に困る。

「十年前は美人だったという残念なタイプか、惜しいな。もう少し若ければ、ヨシュアと一緒に表紙を飾れたんだがな」

「ナイアル先輩酷いです。女の人を年齢や外見で差別するなんて、見損ないました。ねえ、ヨシュアちゃん?」

 夢破れた表情で溜息を吐き出すナイアルに抗議しようと、ドロシーは同性の案内役に同調を求めるが、ヨシュアは魔獣を素通りして、スタスタと次の階層を目指す。

「あの、ヨシュアちゃん。助けなくていいの?」

「見なかったことにしましょう。この女性に関わってはいけないと、私の第六感が警笛を鳴らしている」

 遊撃士失格の問題発言をかましたヨシュアがこの場を離れ、ナイアルもそれを咎めない。意外にも三者の中で最も常識的な対応を示したドロシーが、「本当に良いんですか?」と言いたげな表情でチラチラと被害女性を振り返りながら二人の跡を追う。取り残された女性は顔面蒼白になりながら必死で泣き叫ぶ。

「お願いです。どうか、見捨てないでくださーい。ひっ、ひいっ。ひぎいいぃぃっー!」 

 

        ◇        

 

「はあ、はあ、危うく、お嫁にいけない身体にされてしまうところでした」

 ようやく魔獣から開放された中年女性は、両手に地面をついて呼吸を整える。それから乱れた服装を必死に取り繕うが、眼鏡を落としたことに気づき、「メガネ、メガネ」と地面を弄り始め、ドロシーは自分の装着している眼鏡を女性に差し出した。

「はい、どうぞ」

「これはどうも。あれ、何だか景色が歪んで見えます」

「私の方はボヤケテ何も見えません」

「なに、お約束のボケをかましてんだ、ドロシー」

 度が合わずにフラフラした女性の肩を支えると、元凶の眼鏡を外してドロシーに突き返す。さらに脇の方に落ちていた彼女の物とおぼしきチェーンつきの眼鏡を拾って、手渡した。

「ありがとうございます。助けていただいた上に何とお礼を言えばよいのか」

「気にするな。一時の気の迷いとはいえ、ブレイサーとジャーナリストが挙って民間人を見捨てる寸前だったしな」

 

「あれは確か、マッドローパー。ロレントには存在しない魔獣の筈だけど」

 バツが悪そうに頭を掻くナイアルとぺこぺこと頭を下げる中年女性を等分に眺めながら、ヨシュアはさっき取り逃がした魔獣について思いを巡らせる。

 本来ならボース地方のみに棲息する魔獣。傷を負うと分裂する性質を持つ。故にヨシュアに真っ二つに切り裂かれて倒されたかに見えたが、死にかけた半身を囮にして残りの本体は上手く逃走してしまった。

 救出目的だったので敢えて深追いはしなかったし、また性懲りもなく出没してもヨシュアなら問題なく倒せるレベルの魔獣ではあるが、通常サイズに比べてあそこまで大型で沢山の触手を生やした固体は前例がない。

 マルガ鉱山でエステルが相手をした、地底に潜むキラーキャンサーのような単なる未発見種なのだろうか。

(それとも何者かが、品種改良したアレを態々ここに持ち込んだ? だとしても、一体誰が何の目的でそんな七面倒臭い真似を?)

 どう合理的に思考を押し進めても、まるでメリットが思い浮かばず。悪趣味な悪戯としか思えない。

 

「おーい、ヨシュア。こちらの女性は、この塔の調査にきた外国の学者さんらしい。袖触れ合うも多少の縁というし、取材中の間、同行させても問題ないよな?」

 ナイアルに連れ添われ、中年女性がおずおずとヨシュアに近づいてきた。探検服にズボンとラフで活動的なスタイルだが、左側のみにチェーンを垂らした眼鏡を掛けると、実に理知的な雰囲気を醸しだしており、少し前の狂乱が嘘のよう。

「助けていただいて、本当にありがとうございます。わたくしは北方出身の考古学者のアルバと申します。よろしくお願いしますね、ブレイサーのヨシュアさん」

 アルバと名乗った女性は照れ臭そうに微笑んだが、ヨシュアは終始無言を貫いた。

 

        ◇        

 

「やっと、屋上に辿り着いたか。で、あれが例の装置か?」

 色々在ったが、一行はようやく目的地に到着した。

 翡翠の塔は、王都グランセルを除くリベール各地方に存在する四輪の塔の一つで、『風』を司る聖域と崇められている。大崩壊以前に建造されたとされるこれらの太古の塔に共通するのは、屋上に正体不明の巨大な導力器(オーブメント )が括りつけられている。厳密には既に機能停止した古代遺産(アーティファクト)の残骸。

 ナイアル達は、これから風景画を撮ったり、謎の装置を調べたりと一仕事あるが、幸いにも塔に関する由来は、新たにパーティーに加わった考古学者から聞けそうである。

 

「おい、アルバ教授はどこにいるんだ?」

 気づくと、屋上には三人しかいない。五階の階段を一緒に登ったのは確認していたのだが。

「待ってくださーい。置いていかないでぇー」

 ゼエゼエと息を切らした教授が、屋上に駆け登ってきた。

「すいません、途中で興味深そうなレリーフを見つけて、ついフラフラと」

「本当に命知らずの学者さんだな。例の魔獣がどこに潜んでいるか判らないのに」

 呆れ顔でナイアルが軽く脅しをかけ、先の公開プレイがトラウマになっているらしい教授は、「ひいっ」と自身の身体を抱きしめるようにして怯える。

 「先輩って、口は悪いけど、意外にフェミニストなんですよね」とからかうドロシーをナイアルが小突く。既にお約束の感すらあるコントを、ボケ役をさらに一人追加して目の前で繰り広げていたが、ヨシュアは心ここにあらずといった状態で一人惚けている。

「どうしたの、ヨシュアちゃん?」

「少し気分が悪くって」

 ドロシーが心配して声を掛けたが、確かに顔色はあまり良くない。ヨシュアの透き通るような白い肌がますます透明度を高めている。まるで精巧なセルロイド人形のようで、健康的とは言い難い。

「おいおい、しっかりしてくれないと困るぜ。俺らは戦いのトーシロだし、帰り道もお前さん一人が頼りなんだからな」

「大丈夫よ、少し休めば落ち着くと思うから」

 それだけを告げると、塔の縁に寄り掛かるようにして身体を労る。屋上に吹き込む風がヨシュアの黒髪をなぶり気持ちが良い。頭の中を掻き乱す黒い霧のような何かが薄れ幾分か楽になる。

 仕事を始めたドロシーがロレントの全景をカメラに納め出し、ナイアルはメモを取り出して教授から話を聞いている。二人の会話の端々から、七の至宝(セプト=テリオン)とか、輝く環(オリオール)だかの見知った単語が風に運ばれてくる。

 

(確か七曜教会の聖典に記されている古代ゼムリア文明の失われた遺産よね?)

 古代人がエイドスから授かったとされる七つの超弩級のアーティファクト。陸海空の遍く世界の全てを支配したそうだが、その至宝の一つオリオールがリベールに眠っているという言い伝えがある。

(もし教会の伝承が真実なら、その手掛かりが四輪の塔に隠されているのかしら? ならアルバ教授はこれからリベール各所を巡って、残りの三つの塔も調べて…………)

 

 そこまで思考した所で、ヨシュアの意識は深い闇の底へと沈んだ。

 

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