星の在り処   作:KEBIN

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ルーアン最終攻防戦(後編)

「すまねえ、ヨシュア。俺たちの方は、寄付金を奪い返してくるだけで精一杯だった」

 ギルドのルーアン支部二階の応接室。ジャンやヨシュアの他にもナイアルとテレサが集っている。

 マノリア村に立ち寄る手間も惜しんで全速で市内に辿り着いたエステルらは面目無さげに報告するが、ヨシュアは特に咎めずに最低ノルマを果たした二人の功を労う。

 実戦は相手有っての出来事なので、そうそう少女が頭の中で思い描いた計算通りに終結する筈がないのを弁えているからだが、「これでは、貧乏籤を引かせた先輩遊撃士に会わせる顔がない」とエステルは頭を垂れる。

「済んだことを何時までも悔やんでいても仕方がないわ。一端寄付金が奪われたからこそ私が担当した作戦は上手くいったのだから、決して無意味な犠牲じゃない。とにかく、ソチラがぽしゃった以上、契約書の不備を突っつく線から攻めるしかなさそうね」

 そう宣言するとヨシュアは、ジャンの隣で黙々と煙草の煙を拭かしていたナイアルを催促する。今更ではあるがダルモア市長の財政状況の調査が完了。負債額の酷さは想像以上で何と一億ミラを上回る。

「よりにもよって、先物取引に嵌まり込んだみたいでな。あれは迂闊に素人が手を出せば必ず大負けする性質の悪い詐欺みたいなシステムなんだが、そういう専門的な話は置くとして、追い証地獄を切り抜ける為に市の予算に手をつけたらしい」

 裏付けがある訳じゃないが、他に負け金を完済する方法はない。市の行政を揺さぶれば直ぐに使い込みは露見するだろうと自信タップリに明言する。

「まさか本当に一億ミラも借金を抱えていたとはね。それ自体は身から出た錆だけど、市長さんにとって泣きっ面に蜂だったのは起死回生を賭して目をつけた一等地のど真ん中にマーシア孤児院が建っていたことね」

 最初からテレサが地上げに応じて孤児院の移転を了承していれば、事は穏便に済んでいた。善良な院長は自分の頑迷さが市長を追い詰めて子供たちの未来を奪いかねない不幸を呼び込んでしまったのかと心苦しそうな表情で俯いた。

「テレサ院長、事情があれば悪事を働いて良い道理はないですし、あなたにもミラでは譲れない大切な想いをあの土地に残されていたのですから後ろめたさを感じる必要はないですよ」

 そう慰めてはみたが、そんな理屈で割り切れよう筈はない。この先は更に過激な相談に進展していくので、これ以上の心労を与えないようにジャンに頼んで彼女を別室に連れていってもらう。

「話を整理しましょう。市長側が用意した契約書の不正内容を暴くのには成功したけど、一つ問題があるの。詐欺師の証言では、このペテン話を持ち掛けてきたのは秘書のギルハートさんらしいのよ」

 彼女が市長の使い走りで動いているのは自然な話。それがどう困窮と結びつくのかエステルは疑問を呈したか、「秘書のお仕事って何だと思う?」と逆に質問に質問で鸚鵡返しされる。

「スケジュール管理や書類の整備など、上司の雑務を取り仕切ることでしょうか?」

「助平上司の密かなセクハラに耐える事とか?」

「そりゃ上役の泥を被って、首を吊ることだろう」

 まずは生真面目なクローゼが模範解答を提出、次いで好色という義妹の市長評を思い出したエステルが冗談めかし、最後に海千山千のナイアルがセクレタリー業務の闇の一面を洗い出す。

 どれも一応正解ではあるが、今回問題とするのはナイアルのファイナルアンサー。帝国や共和国の大物政治家が収賄容疑などの汚職が明るみになると、決まって秘書が独断で仕出かした旨の遺書を残して自殺し責任の所在が有耶無耶となる。

 主人の政治的危機を救う為に自らの命を投げ打ったのなら見上げた忠義心ではあるが、ほとんどの場合は強いられたのだろうとヨシュアは見做している。

「それじゃ何かよ? ダルモア市長は一連の事件の責任をギルハートさん一人に押し付けるかもしれないってことか?」

「その可能性は十分にあるわね。実行犯との仲介関連を彼女に一任して自らの手を汚さないのは、いざという時に蜥蜴の尻尾切りをする為でしょうし」

 ヒラガーを逮捕した王国軍も、彼の供述だけでは逮捕令状を請求できるのは実行犯の秘書のみ。市長に関しては任意同行が精一杯で家宅捜索すら難しいと伝えていた。

 尚、悔い改めた彼女が事件の全容を洗い浚い自供して、既に逮捕の兵がこちらに差し迫っている事実をエステル達は知らないので、このまま悪徳市長をのさばらせても良いのかと憤慨する。むろんヨシュアもここまで深入りして手を引くつもりは微塵もない。市長邸に乗り込んでの大博打に打って出るのを提案する。

「ここまで方々に策を巡らして、結局最後は出たとこ勝負というのも情けない話だけど、他に選択肢もないしトライしてみましょう。上手くやれば手持ちの材料の鎌掛けだけで市長を追い込めるかもしれないしね」

 完璧主義者のヨシュアにしてはあまり完成度が高いとはいえないアバウトな策略だが、ここまで来て否応がある筈はない。スクープの予感に心ときめかし強引に同行を申しつけたナイアルも含めて、一堂はルーアン市長を相手取っての最後の決戦を挑むことにした。

 

        ◇        

 

「なぜ君たちがまだルーアンにいるのかね? それよりも私は今大切な来賓の接客で忙しいのだが」

 色んな意味で想定外の招かれざる一行の来訪をダルモアは豪邸二階の大広間で迷惑顔で出迎える。隣室の応接間で待たせているのはお得意様のデュナン公爵で間違いないだろうが、自分の尻に火がついている現状で呑気なものだ。

 もちろんヨシュアはそんな態度はおくびにも出さずに得意の営業スマイルで、まずは相手の出方を伺う為に『ルーアン市長が用意した信用ある契約』の不備についての事情説明を求めた。

「そうか、やはり彼女の仕業だったのか」

 ヨシュアには遠く及ばないにしろ、ルーアン市長は中々の役者のようだ。違約金詐欺が失敗した吃驚を表層に現さずに高級そうなデスクの引き出しから書面の資料を取り出した。

「実は最近市の予算が使い込まれていて、調べてみたらギルハート君が手をつけたみたいなのだよ。まさか契約書の内容を改竄し詐欺師とつるんでテレサ院長を苦しめるとは公僕として許されざる行為だ。彼女には長い間目をかけてきたのに裏切られたような気分……!?」

 ダルモアの滑らかな二枚舌は、それ以上回転せずに急停止を余儀なくされる。ぶち切れたエステルの物干し竿が捏造資料越しに机に叩きつけられたからで、メキゴキと鈍い音を立てて自慢の高級デスクは粉々に打ち砕かれた。

「いきなり、何をするのだ? このマホガニー製のデスクは一体幾らすると思って……」

「はっ、一億ミラの負債に比べたら微々たるものだろ? それよりも、本当に呆れたクズだな、あんた。テメエのこさえた借金に無理やり巻き込んでおいて、マジにギルハートさん一人に全部責任をおっ被せるつもりだったのかよ?」

 遊撃士兄妹に懐事情を正確に把握されていたと悟らされたダルモアは、今度ばかりは動揺を隠せずに目の色を白黒させる。

「ふうっ、仕方がないわね」

 ネチネチとした誘導尋問で一つ一つ矛盾点を炙り出してやろうという目論見はいきなり御破算になり、ヨシュアは軽く両肩を竦める。エステルの性分からして、市長の不誠実な対応を目の当たりにすれば薄々こうなるであろうと察していたので、いっそ更にダルモアを沸騰させて暴走を引き出す方向に軌道修正する。

「市長さん、エステルが壊した高級机は後ほど弁済させていただくとして、クローゼの発案ですが他の家財一式は屋敷ごと売り払った方が宜しいのでは? そうすれば孤児院に手を出すことなく、身一つの綺麗な身体でもう一度やり直すことも可能ですよ」

「戯れ言を抜かすな、小娘! この屋敷は先祖代々から受け継がれてきたダルモア家の伝統と誇りだ。あんな焼け落ちた薄汚い掘っ建て小屋と一緒にするなあー!」

 マーシア孤児院を侮辱され、思わず激昂しそうになるクローゼをヨシュアは目線で抑える。

 今の暴言など、ほとんど放火を自白したも同然。市長からどんどんボロが出始めおり、自暴自棄に追い詰めるまで後ほんの一押しだ。

「ダルモア家の誇りと伝統ですか? そりゃ、代々ルーアンの市長職を任されてきたのですから奇麗事だけで勤まる筈はなく、中には犯罪すれすれの陰謀に加担された祖先もおられたでしょう。けど、それはあくまで市の最高責任者として市民を守るためで、保身とは違うのでは?」

 クローゼとのデートの待ち合わせ場所に使った三つ目の灯台には、『ルーアン史』という開港都市の歴史が刻まれていた。リベールの時の王が禁断の秘術を用い己が命と引き換えに不治の臣民を救った際、当時のルーアン市長は屋敷を担保に海外の投資家から多額の資金を調達し多くの難民を養ったという。

 その後、恩を感じた市民は市長と一致団結し市を盛り立て、多くの商売を成功させてダルモア家のシンボルである屋敷を買い戻すのに成功したと石碑に高らかと謳われていた。

「あなたが本当にダルモア家の誇りとやらを持ち合わせているのなら、祖先に倣って一端屋敷を手離して、もう一度自分の商才で取り戻せば良かったのよ。けど、装飾ばかりご立派で中身が空っぽの市長さんにそんな甲斐性などありはしないのを御自分でも判っているから、『先祖代々受け継いだ屋敷』という見せ掛けの虚飾に縋りついた。受け継がれるべきは物理的な豪邸などではなく、精神的な気高さなのではなくて? あなたのようにダルモア家の家訓を履き違えて辱めた落ちこぼれの子孫を輩出してしまって、祖先はさぞかし墓の下で嘆いていることでしょうね」

 最も効率良く人体を痛めつけられるのは、実は破壊を本職とする武闘家ではなく本来治癒を司る医者であるように、接待の達人のヨシュアであるからこそ、相手の自尊心を粉々に打ち砕く話術を心得ている。あまりのえげつない突っ込みの容赦の無さにシニカルなナイアルをして思わず市長に同情してしまう。

「ふふ…………ふふふふ……。よくぞ、そこまで言った、小娘が。もう後のことなど、どうなろうと知ったことか!」

 ヨシュアの思惑通りに自棄糞モードに突入した模様。ブチッという血管が切れる音がし血走った眼でヨシュアを睨みながら、壁にあったスイッチを押す。すると隠し扉が開いて、獣の咆哮と共に二匹の大型魔獣(プレデター)が姿を現した。

「何だ?」

「飼育された戦闘用魔獣といったところかしら。黒装束といいどうして悪人の方が魔獣と仲良く付き合えるのやら」

 ヨシュアは軽く嘆息したが、身体全体から発散される獰猛な臭気からしてロレントをうろついている雑魚魔獣とはレベルが違う。

「こやつらは何人ものハンターを返り討ちにした凶暴な手配魔獣の落し子で、殺処分される所を闇オークションで競り落として、ここまで育て上げた至高の逸品だ。殺れ、ファンゴ、ブロンコ!」

 主人の命に同調するかのように、二匹は雄叫びをあげる。反射的にエステルとクローゼは得物を構えるが、復讐者(アヴェンジャー)を展開したヨシュアが二人を制する。

「悪いけど、市長さんのペットと戯れ合うつもりはないわ。現行犯逮捕の口実も取れたことだし、一瞬で終わらせる」

 そう高らかに宣誓すると、外連味もなく切札の『漆黒の牙』をいきなり発動。次の刹那、ファンゴの首が吹き飛んだ。

「馬鹿な!?」

 高ランク手配魔獣の遺伝子を受け継ぐ凶悪な子獣が成す術もなく殺られたのにダルモアは呆然としたが、闇の眷属の実力を熟知するエステル達からすれば既定の結末。ただ、肝心のヨシュアが双剣の手応えに微かな違和感を覚えて、周囲に警告する。

「エステル、クローゼ。多分一匹仕留め損なったと思うから注意して!」

 高アーツ耐性という希有な特性を発揮する機会を与えられないまま討伐されたファンゴとは逆に、物理に強い耐性を持つブロンコは首筋から血を噴水のように吹き出しながらも辛うじて首の皮一枚を残して生き残る。更には生首だけとなったファンゴが断末魔の咆哮を発し、手負いの弟獣を狂化させる。

 この種類の魔獣の最期の雄叫びには仲間のステータスを大幅に増幅させる効果がある。ヨシュアが穿ったうなじの傷がみるみると塞がり、更には只でさえ鋼のように固い皮膚が金剛石なみに強化される。

「ブ、ブロンコ………………ひっ……ひいいっ?」

 ただし、断末魔を浴びた魔獣は見境無しに暴れ狂う。かつての主人に向かって後ろ脚で食台を蹴飛ばして、思わず悲鳴をあげたダルモアはしゃがみ込んで食台を避ける。

「ちっ、この魔獣、完全にいかれてやがる。痛みも感じていないみたいだし、こりゃ手に負えないぜ」

 大木の幹に穴を穿つ破壊力を誇る『捻糸棍』の一撃を額に受けてもブロンコはケロッとしており、エステルは強く舌打ちする。

 既にSクフラトを放ってCPを遣い果たしたヨシュアは、しばらく参入できない。剛力のエステルで無理なら非力なクローゼでは尚の事ダメージは通らないが、自らの限界を心得ているクローゼは剣術に見切りをつけて、レイピアを鞘に納めるとアーツの詠唱態勢に入る。

「あれだけ防御力が高ければ、逆にアーツへの耐性の方は低い筈です。ダイアモンドダストで凍らせますから、壁役をお願いします、エステル君」

「判ったぜ、クローゼ」

 いかに鋼鉄のボディも凍結した状態でぶっ叩けば粉々に砕け散る。エステルは従来の役割に徹して、身体を張ってブロンコの攻撃を食い止めて時間稼ぎに入る。

 鉄壁の防御ほどには攻撃力の方はさほど上乗せされておらず、詠唱完了まで何とか凌ぎ切れそう。このまま撃破可能かと思いきや、余計な闖入者が出没し事態をややこしくし始めた。

「一体なんじゃ、さっきからドタバタとうるさいな。ダルモア市長よ、何時まで顧客を待たせるつもりじゃ? 私は気が短い…………ひっ……ひいいいっ…………ま、魔獣?」

 やはりというか、隣室にいた商談相手はデュナン公爵。待ちくたびれて痺れを切らし、フィリップの制止を振り切って大広間に顔を出したが、途端に魔獣と鉢合わせ大声を張り上げる。

「ぐるるるるぅ……があああ……!」

 甲高い悲鳴に刺激されたブロンコはクルリと身を翻すと、エステル達と逆方向の公爵に向かって突進する。

「ひょ……ひょええええ…………! ま、待て、金か? ミラなら幾らでもやるぞ。だから…………うーん」

 デュナンが懐から分厚い札束をチラつかして命乞いするが、猫に小判というか魔獣に買収効果などある筈もなく、ブロンコは突撃のスピードを緩めない。

「閣下、危ない!」

 自己防衛本能に従い泡を吹いて気絶したデュナンの前に執事が身を挺して立ち塞がる。

 命を捨てて主を守る盾となる覚悟。詠唱が間に合いそうにないクローゼは数瞬先に発生するであろう惨劇に歯噛みするが、ようやくSクラフトの硬直状態を解除したヨシュアが、「クローゼ、借りるわよ」と彼のレイピアを脇差しから引き抜いてフィリップに向かって放り投げる。

「かたじけない、ブレイサーのお嬢様」

 得物を手にした途端、剣狐の気配が一変する。

「はぁぁぁぁぁっ………………! せえいやぁぁぁぁっ!」

 フィリップの老体に他を圧する気迫が籠もる。まるで翠耀石(エスメラス)の内部に閉じ込められたと錯覚せんばかりの緑色の闘気の渦がブロンコの身体に纏わりついて金縛りにする。

「参りますぞ、秘技エスメラスハーツ!」

 そう叫ぶと同時にブロンコの身体を拘束した闘気ごと纏めて斬り捨てる。硬い魔獣の皮膚が豆腐のように斜めに引き裂かれて一刀両断される。

「凄い、これが対人に特化した大陸有数の単体Sクラフト」

 あまりの桁違いの威力にヨシュアをして驚愕を隠せない。恐らくあの闘気の檻に捕らわれた敵の物理的な抵抗力はゼロとなる特性を持ち、その檻ごと敵を葬り去る文字通りの一撃必殺技。

 そうでなくては護身用のレイピアとフィリップの枯れ枝のような細腕で、あの金剛石の魔獣の肉体をいともたやすく貫ける筈はない。これもカシウスが到達した剣の頂きとは全く別の(ことわり)の境地。

物理攻撃力(STR)がなくても、固い物理防御力(DEF)を無効化する方法は幾らでもあるわけね。アウェンジャーの性能に頼っていた私はまだまだ未熟ね」

 その未熟な雑魚専にすら勝てないエステルの立つ瀬がないような謙虚さを口走ったが、それが率直な感嘆の感想。

 自分もまた剣狐とは違った漆黒の牙なりの遣り方で物理防御力を無視してダメージを与えるクラフトを昇華させようと非力な少女は心に秘める。ただ、その神技を披露した老狐にしても身を削るような思いで解き放った禁断の技だったようで、グキリと妙な音を響かせると前のめりにぶっ斃れる。

 「こ、腰が……」と呟きながら尺取り虫のように倒れ込んでいる。今の戦闘の負荷が祟って持病のぎっくり腰を悪化させた。

「叔父さん、フィリップさん。大丈夫です……」

「時よ、凍れ」

 正体を隠す猶予もなく近親者の身の上を案じたクローゼは不発に終わった詠唱をキャンセルし二人に駆け寄ろうとしたが、ダルモアのくぐもった声を響きわたると同時にその場に金縛りに合う。

 辛うじて首を動かすと、しゃがみ込んだダルモアがこちらに向けた杖から異様な導力が周囲に発せられており、この場にいる全員がその場に縫いつけられている。

「何だ、身体が動かねえ、これは導力魔法(オーバルアーツ)か?」

「違います、エステル君。多分、これは古代遺産(アーティファクト)の力です」

「ふふっ……その通りだ。これこそがダルモア家に伝わる家宝『封じの宝杖』。一定範囲内にいる者の動きを完全に停止する力がある」

 ヨシュアの魔眼も似たような遅延の効能を持つが、ある程度のランクの相手からはキャンセルされ易いのと異なり、一つの機能のみに特化したアーティファクトはどんな高レベルの達人でも動きを封じられる。

 その証拠にクローゼやエステルはおろか、様々なステータス異常に強い耐性を持つヨシュアでさえも指一本動かすことが叶わず、柄にもない冷や汗をかいている。

 ダルモアは勝ち誇った表情でノロノロと起き上がったが、ここまでの経緯を思い出して途端に苦虫を噛み潰した。

「お前たちがここまで確信を以って動き回っている以上、王国軍にも露見してしまったと見るべきだろうな。もはや市長の座をかなぐり捨てて海外にでも高飛びするしかあるまい。だが……」

 憤怒の視線で一堂を見回すと、懐から護身用の小銃を取り出す。

「私から全てを奪い去った貴様らだけは、絶対に許さん! 特に私を侮辱した小娘、お前は尚更だ。目の前でまずは小童(こわっぱ)どもを撃ち殺し、その後に絶望の縁で直ぐに冥府に送ってやる!」

 血走った眼でそう叫びながら、エステルの額に照準を合わせる。逆恨みここに極まりだが、あれたけ虚仮にされれば報復衝動に駆られるのは自然な話。もはや、正論も恫喝も市長には通じそうにない。

 身体がマトモに動くならエステルはジョゼットの弾丸を弾いた実績もあるが、いくらタフな彼でも無防備状態で急所に銃弾を喰らえば即死は避けられない。

 『封じの宝杖』の範囲外に位置する公爵とフィリップは共に再起不能状態で助力は期待できそうになく、この場にダルモアの暴挙を押し止められる者は一人もいない。

「ねえ、ダルモア市長。私から一思いに殺してくれる? できることなら『綺麗な身体』のまま死にたいから……」

 ヨシュアが諦観の表情でそう告げると同時にダルモアの目の色が変わる。自分の言葉が好色な市長に与える影響を全て悟った上で、そう挑発した。

「ほうっ、随分と遊んでいるように見えたが、まだ生娘なのか?」

 自らの嗜好を満たした上でもっと効果的な復讐方法を見出したダルモアは、小銃を仕舞い込んでヨシュアの目の前までくる。全身にぴったりと密着した八卦服に身を包んだ少女の艶やかな肢体を上から下まで嫌らしい目つきで眺める。

「ヨシュアさん?」

「てめえ、ヨシュアに何するつもりだ!」

「ふん、決まっておろう。お前達の眼前でこの娘を女にしてやるのだ。義兄やキスまでした男の前で辱められるなど、これ以上の屈辱は他にあるまい」

 嗜虐に打ち震えた表情でそう宣言すると、もはやダルモアは二人に頓着せずに八卦服のボタンを一つ一つ外していき、ヨシュアの上半身を裸にひん剥いた。

 マネキン人形のように無表情のまま微動だにしないヨシュアの白い肌が露わになる。更に乱雑にブラジャーが剥ぎ取れて、少女の豊満な乳房とピンク色の乳首が衆目に晒された。

 「ヨシュアさん…………」

 異空間でも拝めなかったヨシュアのトップレスが披露される。いけないと知りつつも少女の白雪のような裸体から目が離ないクローゼは、敢えて今の苦境を自ら造り上げた少女の本意を悟らざるを得なかった。

 一秒でも長く二人の処刑を先延ばしする。そうやって徒に時を稼げば別の来訪者が訪ねて来るなど、やがて事態が好転する可能性も僅かながらに存在する。

 合理主義者の普段のヨシュアなら一笑に付したであろう、そんな当てのない希望に縋って、何も持たない月兎が自ら火の中に飛び込んだように我が身を人身御供に差し出した。

「おい、止めろ。テメエ。これ以上、ヨシュアに触ったらぶち殺すぞ!」

 恐らくは初めて遭遇した義妹の絶対絶命を面前にエステルがいきり立つが、実効力を持たない口先だけの脅迫などで今更市長の狂気を止められやしない。

 煩わしそうにエステルを一瞥しただけで直ぐにヨシュアの裸体に視線を戻して、能面を維持する少女の顎先を杓った。

「ふふっ……、お前自身が屑と罵った最低男に辱められる気分はどうだ?」

「あまり良い気分じゃないわね。けど、あなたのこの下種っ振りを鑑みるに、秘書さんはさぞかし辛い思いを強いられただろうから、遅かれ早かれ口封じに処分する機会を伺っていたわけね?」

「ふんっ、どこまでも舌と頭がまわる娘だ。破瓜の瞬間までその減らず口が叩けるか確かめてやる」

 そう死刑執行を謳いあげると、マニアックにもスカートを残したまま内部に手を伸ばして下着を脱がしにかかる。

(やっぱり駄目だったか……)

 一縷の望みを託してヨシュアは目を真紅に光らせてみたが、予想通りダルモアには効果がない。やはり性欲と好意とは似て非なる感情らしく、市長はヨシュアの魔眼の発動条件を満たさない。

 ただ、おかげで意外な事実が明かされる。ダルモアの瞳もヨシュアの魔眼に反応して真っ赤に染まっており、既に『あの女』の洗脳を受け人格を改変されているらしい。今の凶行に市長本来の嗜好が混じっていないのか甚だ怪しい所ではあるが。

 最もそれが判明した所で、今の危地を切り抜ける足掛かりとはならず。既に下着は踝の先まで下ろされており、更には誰にも触れさせたことがなかった秘密の場所に魔の手が伸ばされる。

「エステル……」

 切ない声ではじめて少女は少年の名前を呼ぶ。魔眼を収束させた綺麗な琥珀色の瞳が、正面からエステルを見つめた。

「ごねんね……」

 恐らくは無念の想いを内に秘め、少女の意図に反して流された一筋の雫に以前も感じた針を刺すようにチクリとした痛みがエステルの心を貫いた。

(ヨシュア……俺を助けるために身体を張った義妹の窮地を前にして、俺は何もできないのか? 効果がないと分かり切った脅し文句で、ただ子供のように喚き散らすだけなのか?)

「……ちくしょう。畜生、畜生ー!」

「エステル君、ヨシュアさん」

「くそ……、この手が動けば、ヨシュアのヌードをカメラに納めて……」

 この時、少年は生まれて初めて純粋に義妹を助けられる力が欲しいと願った。

 そんなエステルの真なる願いに反応するかのように、少年も少女も存在すら失念していたとある物から漆黒の光が放たれて周囲を浸食する。

「な、何だ、この光は?」

「まさか、父さん宛てに届いた謎のオーブメント?」

 エステルが反射的に懐を弄って半球状の黒い導力器を取り出し、同時に重要なことに気がついた。

「身体が動く?」

「馬鹿な、家宝のアーティファクトの力が………………はっ?」

 ダルモアは恐る恐るヨシュアを見上げると、琥珀色のジト目と目が合った。

「ぐげぶぱあっ! な、何故、見えない?」

 それがダルモア市長の最期の言葉だった。ヨシュアは乳房を両腕で隠したまま下着が引っ掛かったままの左足を180°の角度に大きく蹴りあげて、ダルモアの大事な所を強かにキックする。

「ふーん、確かに、これもまた(ことわり)の一端ではあるわね。あくまで殿方限定だけど……」

「うわー、痛そうー」

 少年たちのダルモアへの怒りと憤りは一瞬にして同情と憐れみに取って代わられた。

 この手の喧嘩馴れしていたアガットはまだ強弱を会得していたが、ド素人のヨシュアに匙加減など判ろう筈もなく。グチャっという鈍い音が響いており、もしかすると睾丸が潰されたかもしれない。

 まあ、仮に本当に異能の術者に操られていたとしても、ヨシュアに働いた痴漢行為の数々を思えば自業自得の顛末ではあるのだが。

「動くな、ダルモア市長! 既に秘書が放火に強盗、収賄など全ての悪行を自供している。大人しく投降しろ………………あれっ?」

 例によって修羅場の援軍は図ったようなタイミングで事が全て成し終えられてから到着するものと相場が決まっているようだ。

 駆けつけた王国軍の兵士たちは、着崩れした八卦服の内側でモゾモゾと下着を履いている黒髪の少女。更なる闖入者にどう対応して良いのか判らずに肩を竦めている男衆。泡を吹いて失神して倒れているルーアン市長や公爵の姿を発見し困惑する。

 

 かくして、ルーアン市を股にかけた最終攻防戦はダルモア市長の電撃逮捕で呆気なく幕を閉じ、一連の事件に終止符が打たれる。

 これで兄妹の開港都市の最後の心残りは、友誼を築いた少年との別れを残すのみとなった。

 

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