星の在り処   作:KEBIN

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漆黒の福音(Ⅲ)

「終わりました。有り難うございます、お兄さん」

 エステルに肩車されたまま隧道の壁に固定された照明灯のオーブメントの部品交換作業を無事に終わらせた少年は、ピョンと肩から飛び下りるとペコリとお辞儀して謝意を述べる。

 整備不良品を正規品に取り替える為に態々中央工房から出向いてきたそうで、内部のクオーツ目当てに壊れた照明灯に群がっていた魔獣に威嚇射撃を行い、先の事態を招いてしまった。

 今では照明は再点灯し魔獣除けの機能も復活したので、再び魔獣に狙われる心配もない。

「にしても、お前、見掛けによらずにかなり力があるな」

 エステルは感心と呆れが同居した目つきで、二種類の飛び道具を所持する男の子を見つめる。

 少年は左手に護身用の導力砲(オーバルカノン)を抱えている。右手側にはマントの裏側に隠し持っていた肩掛け用のショルダーベルト付きの機関砲(ガトリングガン)を左肩から斜めにぶら下げている。

 生物特化の小型導力砲(P-03)はカプア一家頭目ドルンが扱っていた対戦車装備の大型導力砲に比べればサイズも威力も控え目だが、それでも一般人が自在に振り回せるようなお手軽な代物ではない。

 更に驚嘆すべきは、魔獣の群を一瞬で挽肉にしたガトリングガンの存在。

 何でも少年の祖父が趣味でコレクションしていた移動式の機関砲『M61バルカン』という骨董品を自分専用にカスタマイズを施したそうで、人力で持ち運べる大きさまで魔改造するのに五年の年月を費やした。

「本来なら毎分6000発の発射速度が売り物のバルカン砲なのですけど、徹底的に小型軽量化した所為でたった十秒(1000発)の斉射で弾薬庫が空になっちゃうのが残念です」

 「まあ、一斉射撃が終わって生き残っていた魔獣は今日までいなかったですけど」と銃器についての蘊蓄を語る時の少年の屈託のない笑顔は本当に幸せそうだ。

「…………色んな意味で只者じゃねえな、このガキ」

 ノーテンキのエステルをして、得体の知れない幼子への警戒心を隠せない。

 従来100kg前後はある機関砲なのだから、いくら軽量化を謳ってもその重量は30kgはゆうに越える。

 その上でP-03まで保持しているのだから、少年は50kg近い負荷を背負ったまま移動を続けている計算になる。エステルのような巨漢ならともかく、ヨシュアよりも小柄な少年の体型でこの膂力はちょっと尋常ではない。

「それにしても可愛いわね、坊や」

 エステルが慎重になった分だけ、それに反比例するように普段は猜疑深い筈のヨシュアが楽観主義に走った模様。

 先のバーサーカーモードは、少女の中では『無かったこと』にされたらしい。無警戒に顎の下を擽り、「えへへ、良くそう言われまーす」と少年は猫みたいに気持ち良さそうに喉をゴロゴロと鳴らす。

「こいつ、自分の可愛さを自覚し武器にするタイプだな」

 弱っちそうな振りして危険極まりない獰猛な牙を隠している点といい、どことなく腹黒な我が義妹と重なる部分があり、さぞかし周囲の大人(特に女性)から愛され育まれてきたのが容易に想像がつく。

 意図して異性を誘惑するヨシュアと違って、こちらは無意識の産物のようだし、好きになれるかはともかく、別段エステルを害する訳でもないので必要以上の隔意を抱くのは止めることにした。

「改めて自己紹介するわね。私たちは遊撃士見習いで旅を続けているヨシュア・ブライトとエステル・ブライトの姉弟よ。もっとも、私は養女だからエステルと血は繋がっていないけどね」

「はうっ? お姉さんの方がお義姉ちゃんなのですか? 随分と大きな義弟さんなのですね」

「ええっ、私もあなたみたいなちっちゃくて素直な弟が欲しかったかな。ブレイサーの姉弟が訪ねてきたのをツァイス市に大々的に宣伝して頂戴ね」

「はいです、今からネットの掲示板に書き込んでおきますから、瞬く間に広まると思いますよ」

 エステルが態度を決め兼ねていた合間にヨシュアが姉弟の広報活動のアピールを完了させる。懐からモバイルパソコンを取り出した少年はカタカタと一文を打ち込んで送信キーを押す。

 王立図書館の端末と同じく、少年の携帯も大規模データベースとネットワーク接続されている。今の情報はカペルを通じて市内全域に伝わってしまったので、迂闊にもエステルは兄姉競争で遅れをとる事になった。

「僕は中央工房の見習いをしているティータ・ラッセルといいます。宜しくお願いします、ヨシュアお姉ちゃんとエステルお兄さん」

 一点の曇りもない笑顔でにぱっーと破顔しながら礼儀正しくお辞儀するショタっ子にヨシュアは心ときめかしながらも、重要な固有名詞を聞き逃したりはしない。

「ラッセルって…………もしかして、ティータ君はラッセル博士の縁者なのかしら?」

「はいです。導力革命の父ことアルバート・ラッセルは僕のおじいちゃんです。それと僕のことはティータと呼び捨てで構わないですよ、お姉ちゃん」

 祖父を心から尊敬するティータは誇らしげに宣言し、エステルとヨシュアは互いの顔を見合わせる。

 百日戦役の反抗作戦を技術面から支援したリベールが誇る天才科学者の実孫というなら若輩で銃の改造を手掛けた並外れた技術センスにも納得である。

 まあ、この幼子の場合は真に刮目すべきは手先の器用さ云々よりも、歳不相応な体力と攻撃性能の方なのだが、折角の機会なので博士に用事があるのをこの子伝で伝言してもらおう。

「あうぅ、それはちょっとタイミングが悪かったかも」

 梅干しを呑み込んだように口を窄めてティータは気まずそうに俯く。何でも博士は昨日、エプスタイン財団から技術顧問として招かれ本部のあるレマン自治州に出張した。

 ラッセルは財団創立者エプスタイン博士の愛弟子である。恐らくは以前カルノーが話していた新型の戦術オーブメントについて、意見を拝聴し参考にするつもりなのだ。

「何時帰ってくるか未定でして。飽きたら三日で投げ出して戻ってくると思うけど、逆に一旦のめり込んじゃったら半年だって缶詰にされても平気な人ですから」

「それは困ったわね」

 ヨシュアの予想通りに新型の実用試験に携わっているのなら、預けた蒼耀珠も目にするだろう。古代ゼムリア文明の遺産など天才エンジニアにとってはさぞかし食指をそそられる題材だ。

 博士の帰国前に首尾よくツァイスの推薦状を入手できた場合、最悪例の物をティータに預けて王都に旅立つ選択肢も視野に入れなければならないが、曰く付きの一品故に可能ならこの地方にいる間に漆黒に伏せられた中身を暴いておきたい。

「私たちが博士に頼みたいのは、コレの解析なのだけどね」

「わあっ、真っ黒いオーブメント?」

 ヨシュアが黒のオーブメントを翳す。一目で市販製品との異色性を見抜いたティータは瞳をキラキラと輝かせ、犬が鼻でクンカクンカするように至近から食い入るように眺める。

「ふえぇー、アーティファクトを機能停止させたのですか? それは現行の戦術オーブメントの封魔(アンチセプト)では不可能な謎性能です」

 祖父と同じ研究者の血が流れているのか、ティータの目の色が変わる。

 守秘義務の観点から肉親とはいえ部外者にクエストの全貌を明かすのはどうかと思われるが、ラッセル博士を早期に国内に引き戻すには相応の餌が必要。

 黒のオーブメントへの好奇心が古代クオーツを上回れば、博士は万難を排してでも故郷に馳せ参じる筈。

「判りました。おじいちゃんが興味を引かれるよう面白可笑しく伝えてみるです。あんまり遅れるようなら、「僕がこのオーブメントの秘密を全部解明しちゃいますよ」とか脅せば、負けず嫌いのあの人のことだから一目散に慌てて帰ってくると思いますよ」

 ティータは悪戯っ子の表情でシシシと笑いながらも、蒼い瞳の中に探究心のコスモを燃やし、その渦中に黒のオーブメントを取り込む。

 状況が許すなら、敬愛する偉大な祖父を出し抜いて未知なるオーブメントの謎を解き明かすに何ら躊躇いを持っていない。中々に野心的なお坊っちゃんだ。

 

        ◇        

 

 それからティータの案内で二人は迷うことなくカルデア隧道を完走。中央工房の地下区画に辿り着く。

 工房内の設備を一通り紹介してもらい、市長を兼任するマードック工房長に挨拶し事情を説明したエステル達は博士が帰国し例のオーブメントを調べてもらうまでの間、ラッセル宅にお世話になる旨を報告する。

 ティータの両親は発展途上国のオーブメントの普及活動で海外に赴任中なので、現在自宅はもぬけの殻。「泊まってくれると、寂しくなくて有り難い」と熱心に勧誘。ツァイスでの活動拠点を模索していた二人にとっても渡りに船の話なので、ご厚意に甘えることにした。

 ラッセル工房に荷物を降ろして腰を落ち着けた二人は、ティータからお茶とお茶菓子をご馳走になる。

 外国を渡り歩くラッセル夫妻はもちろん、彼方此方の工房から引っ張りだこの祖父も不在がち。一人でお留守番することが多いティータは若年の男の子にしては珍しく家事全般がきちんと行き届いている。

 「いいわね、あの子、このままお持ち帰りにできないかしら」とヨシュアは割合本気でロレントに拉致する算段を巡らせたりしたが、二人はしばらくこの科学都市にたむろするので、『児童誘拐犯の捜査』のクエストがギルドに持ち込まれる危険は当面ない。

 ティータはまだ中央工房のお手伝いの仕事が残っているそうなので、市内を見物する前に二人は遊撃士協会(ギルド)のツァイス支部に顔を出すことにした。

 

        ◇        

 

「合格」

 ギルドの扉を潜った第一声が、いきなりこれ。二人は少々面食らう。

「いえ、こちらの話だから気にしないでちょうだい。ようやくのご到着ね、エステル、ヨシュア。私はツァイス支部を任されているキリカ・ロウラン。以後、お見知りおきを……」

 カルバード共和国の民族衣裳に身を包んだ妙齢の受付女性はそう自己紹介する。

 長い黒髪の東方風の切れのある美人。ヨシュアから愛嬌を抜いて十年程成熟させると、このような東洋系の美女に成長を遂げるのであろうか?

 切れるのは外観だけではない。黒のオーブメントのことや今後のツァイスでの展望など手際良く説明する。ヨシュアを彷彿させるあまりの先読み振りに女の黒髪にはサトリの能力が宿るのかと勘繰ったが、同じ髪色の凡人の幼馴染みの照れ顔を思い浮かべてその妄想を取り消した。

「……これまた、とんでもないクラスの達人」

 この東方美人は少なくともヨシュアに冷や汗をかかせるレベルの武芸者のよう。「どのぐらいか?」と興味本位で尋ねたエステルに「あなたが手も足も出なかったフィリップさんと同ランク」との回答が齎されてビックリ仰天する。

「さっき握手の振りして掌を拝見させてもらったけど、得物は恐らくは偃月輪(えんげつりん)。ただ、結構実戦から遠のいていたみたいだから、そういう意味では執事さんと似たようなハンデを抱えているかもね」

 先立ってエステルが直感で見当てたティータの本質を見誤ったのは欲望でモノクルを曇らせていただけ。恒例のバトルスカウター振りは健在で武具の推定はおろかブランクの有無までも特定し、そのうち戦闘力を数値で測定しそうな勢いだ。

「おいおい、マジかよ?」

 もし、ヨシュアの見込み違いでないなら、大陸有数の剣士たる剣狐から活動限界時間を取っ払った上で人一倍頭も切れるA級遊撃士相当の逸材ということになる。

「何でそんな人間がギルドの受付に収まっているんだ?」

 影ながら遊撃士を補佐する受付業務を軽視するつもりはないが、このような女傑を事務仕事に縛りつけるなど人的資源の浪費ではないかと貧乏性のエステルは勿体なく思ったが、「女には色々とあるものなのよ」とヨシュアは彼女の身の上に幾ばくかのシンパシーを感じたよう。いずれ、その権能に相応しい場所へと羽ばたくにしても、今は翼を休める時期なのだろうと見越していた。

 

 さしあたり、キリカ個人の生い立ちや過去はエステル達の現状に今すぐ被るわるわけでもない。ツァイス支部への転属手続きを済ませた二人は早速、掲示板をチェックする。

 高難易度の依頼が入っていたとしても、新人にお鉢がまわって来ることは有り得ない。案の定、数少ない高額クエストは軒並みベテランの正遊撃士に持っていかれてしまったが、小口のクエストや魔獣退治など報酬は少なめだが危険度の高さから比較的BPを稼げる割の良い依頼は残されている。これでもエジル達は見習いの二人に気を遣ってくれたのだ。

『臨時司書求む』

『トラット平原の手配魔獣』

『新製品のテスト』

『運搬者の捜索』

『新食材の調達』

『禁煙強化週間』

『リッター街道の手配魔獣』

 「…………など様々ね、ふむふむ……」

 掲示板の依頼内容を確認したヨシュアは顎に手を当てて思案する。

 遊撃士不在のルーアン時のような草刈り場状態ではないので、今までのように一月足らずで推薦状を手にするのは無理としても、幸いツァイス支部大御所のエジルと良好な関係を築けているので、二カ月もあれば所定のBP(ブレイサーズポイント)を掻き集められだろうと皮算用する。

 その場合は正遊撃士の最短昇格記録には届かないだろうが、一部のお節介な者が気を揉む程には当人たちは内実の伴わない勲章に拘っているわけでもないので支障はない。

「そうだわ」

 突然、ヨシュアはポンと柏手で打つと、何か悪戯を閃いた小悪魔的な表情でニンマリと微笑んだ。

「ねえ、エステル。独力で依頼をこなしてみるつもりはない?」

 どんな心境変化が芽生えたのが、常にツーマンセルでの行動を口酸っぱく指図していたヨシュアとは思えぬ言い草。単独指令に戸惑うエステルに本意を告げる。

 ルーアンではヨシュアの手足として彼女が立案した策を言われるが儘に遂行しただけなのでさぞかし張り合いが無かっただろうから、今度は自身の頭で思慮しながらクエストに挑んでみてはどうかとの提案。

 学園祭の寄付金集めは実質的には大部分の遊撃士が苦手とする金儲けそのものなので、ヨシュアがアイデアを捻り出さなければお手上げ状態なのは確かだが、既に三つの地方を巡りあれからエステルも戦闘以外に色々と成長した。ロレントの『二つの冒険』の頃とは違い、そろそろ単身で任務を任せても良い頃合いかと再評価し直した。

「私が一緒だとついつい色々と世話を焼いてしまいそうだしね。頼りになるお義姉さんがついていないと心細いというのなら、まだお子様には時期早々ということでこの件は無かったことに……」

「言ったな、ヨシュア。見ていろよ、全ての依頼を俺一人の力で解決してギャフンと吠え面かかせてやるからな」

 相変わらず扱いやすい義弟君はこの程度の挑発にまんまと引っ掛かって、依頼書の束をキリカから引ったくるように受け取るとギルドを飛び出していく。ヨシュアは「いってらっしゃい」と白いハンカチを振りながら単細胞の逞しい背中にエールを送る。

 魔獣退治などの戦闘系はともかく中には知恵や調査能力を必要とする依頼もあるので、脳筋のエステルがヨシュアの助力抜きで独りでどのぐらいやれるのか見物であり、まずはお手並み拝見といった所。

 

「上手い具合に押し付けたわね」

 エステルが消えた刹那、ことの推移を黙って見守っていたキリカが無表情に揶揄する。

 受付同士のネットワークでジャンから「義妹の方は有能だが、不精癖がある」と聞き及んでいたキリカは、「『義姉』なのに『義妹』と記載ミスするとはルーアンの受付は弛んでいる」と理不尽な採点を同僚に下した後、「それで暇を確保したあなたはどうするの?」と問い質してみる。

 まさか昼寝をして過ごすとかの自堕落な返答を期待した訳じゃないだろうが、「エステルに似て不器用で商売下手な先輩遊撃士の商いを支援する」と怜悧な東洋美女をして全く予想外のアンサーに濃い黒眉を顰めた。

 

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